『…やはり…違う…時の流れは確実に別の方向へと流れている…』

「そうですか…やはりそれは、彼の力と存在による物でしょうか?」

 隊長であるショウが不在の現在、フェニックス部隊を指揮している副長、エターナ・フレイルが、姿の見えない、少女のような不思議な声に相鎚を打つ。彼女は今、七色の霧や靄のような物に周囲を包まれた、不思議な空間に立っていた。そんなありえない景色の中にあっても、彼女は微塵も動揺を見せない。

 不意に、彼女の周囲に無数の鏡のような物が現れ、そこに映像が映し出される。その映像は全てが戦闘の映像だった。

 一つの鏡では小型の宇宙艇のようなものとドッキングした白と赤のガンダムが、圧倒的な火力によって核ミサイルを迎撃している姿が映っていた。

 一つの鏡には、背中に赤いX字のような装備を持つガンダムが、全周囲にビームバリアを展開している銀色のガンダムと戦っている映像が映った。

 また別の鏡には金色のフレームを持つ、禍々しい印象を受けるボディの黒いガンダムと、巨大な剣を持つ青いガンダムと見事な仕上がりの日本刀のような武器を手にする赤いガンダムとが戦っている映像が映っていた。

 それらの映像を見ながら、エターナは呟く。

「…戦う為の力…人はそれを、”ガンダム”と呼んだ…か…」

 その他にも、様々な局面での戦闘の様子が映されている。エターナがそれを一通り見終わるのを待って、再び声がした。

『…私の中にあるこの世界…黒歴史の一つ、コズミック・イラの歴史の記録と…今、現実に私達のいるこの世界の状況とでは、かなりのずれが生じている…エターナ、ロゴスの壊滅のように、あなた達の行った干渉による影響は考えないとしても…それ以上に大きな力が歴史を動かしている……』

「それがあなたのマスターでもある、ショウによるものだと、そう言うのですか? リコリス」

 エターナはその声、彼女はリコリスと呼んだそれに向けて言う。声はしばしの間、逡巡するかの様に沈黙した後、語る。

『…確かにショウなら可能よ。彼は特別。人の身でありながらその力は既に黒歴史のどの戦士・兵器にも比肩しうる者はなく、それでいてその心は太陽のように温かく、雪のように清く、海のように深い………だから、だと思う…人に絶望した無限力が、彼をこの世界に送り出したのは…彼に何かひっかかるものを感じたからだと思う…その為にこの世界は別の可能性に分岐してしまったんだと思う』

 と、不思議な声、リコリス。エターナは腕を組んで、考える。

「…別の可能性…パラレルワールドという事ですか?」

『そう、ショウがこの世界のどの時間に落ちたのかは分からないけど…とにかくその時に世界が枝分かれしたのよ。彼がいる世界といない世界に…私の中の記録には存在しない、別の、もう一つの(ANOTHER)コズミック・イラの歴史…それが私達のいる今なのよ…』

「…そうですか…まあ、私達の目的に変更はありません。私達の隊長と、もう一度同じ時を生きる為に……私達は皆、その為に来たのですから」

『一つ、聞いてもいい?』

 再びリコリスと呼ばれた声が語りかけてくる。先程よりも若干声が優しくなっていた。

「? 何です、リコリス?」

『どうして…あなた達はそこまでしてショウを…私のマスターを追っているの? その為にあなた達にはもう戻る場所も、戻る部隊もなくなってしまった。なのに何故…?』

 その質問にエターナは困ったように笑うと、言った。

「…その答えは…あなただって判っている筈でしょう?」

 その答えに、リコリスは満足したような溜息を漏らす。

『うん…そうだね……じゃあ…エターナ、また…』

 その言葉を最後に、リコリスの気配が遠ざかっていくのが、エターナには感じられた。それと同時に視界の一面を覆い尽くす霧や靄が消え、別の光景が彼女の視界に広がっていく。そこはMSのコクピットだった。全周囲モニターにはソレイユの格納庫の壁が見えている。

 エターナはハッチを開けると、そのMSから降り、格納庫の床に立つと、さっきまで自分が乗っていたそのMSを見上げた。その両腕に4枚の巨大な翼を持ち、そのボディは赤と白のコントラストが印象的だ。そしてその頭部は、明らかにガンダムの特徴を持っている。

 彼女はその脚に、ポン、と手を触れると、呟いた。

「ショウ…私達は皆あなたを待っているわ……あなたは今、どこで何をしているの…?」

 そのガンダムは、そんなエターナの声を聞き、その心を感じ取ったかのように、カメラアイを二、三度、瞬かせた。





「エターナさん、ここにいましたか」

 リコリスとの話を終えたエターナがソレイユの通路を歩いていると、後ろから声を掛けられた。振り向くと、ユリウスが右手に書類を持ち、彼女に走って追いついてきた。エターナは彼の歩幅に合わせて歩みを僅かに遅くする。

「ユリウス、何か用ですか?」

「ええ、先日保護したあの3人の事ですが…」

 ユリウスの言葉にエターナも表情が僅かに揺れる。3人とはロドニアの研究所にいた、スティング・オークレー、アウル・ニーダ、ステラ・ルーシェらの事だ。シスからも報告を受けていたが、彼等をソレイユに連れてきた後、ユリウスが行った精密検査と、回収したデータとを照合した結果、やはり彼等はエクステンデッドと呼ばれる強化人間だった、という結果が出た事は、エターナも聞いていた。

「色々考えてもらって、そしたら僕達と一緒に来ると…」

「…そう、ですか…私達と共にいる事の危険性は説明したのでしょうね?」

 少しばかり強い口調で、睨む様にユリウスを見て言うエターナ。ユリウスはその言葉に頷くと、手にしていた書類を見せた。

「それは勿論。その上での事です。特にステラさんが、シスさんと一緒にいたいと引いてくれなくて……シスさん、懐かれたんでしょうかね? そう言う訳で彼等には逆強化を施して、今はそれぞれ生きる為に色んな事を学んでもらってます。それはそのデータです」

 エターナは歩きながら、その書類に目を通していく。一通り見終わった後、彼女はその書類を一瞬で灰に変えた。

「…逆強化は上手くいったようですね」

「そりゃあ天才であるこの僕の仕事ですもの。この上無いぐらい完璧に上手くいきましたよ」

 と、自分の胸を叩いて言うユリウス。

 逆強化とは読んで字の如く、強化処置の効果を無効化する処置の事だ。かつて彼等やショウが所属していた、歴史への介入をその主たる任務とする軍特務機関、DOBH(Descendant Of Black History)では、被験者の人格や精神に影響を及ぼさない強化処置の技術が確立されていた。これはかなり実績のある技術で、実際にフェニックス部隊9名の中で、ミラ、オグマ、ケイン、シス、ユリウス、ニキの6人が強化人間だ。

 逆強化の技術はそれをユリウスが研究していく中で開発したもので、これによって強化処置に付き物の記憶障害や依存症、情緒の不安定さを解消する事が出来る。書類に示されていたデータを見た限りでは、3人には副作用も現れておらず、術後の経過も順調のようだった。

「……ところで誰が彼等に教えてるんです?」

「ああ、それなら…」





「馬鹿者!! この程度の距離が当てられんで戦場で生き残れるか!!」

 オグマの怒鳴り声が響き渡った。だが、射撃訓練をしているスティングも言われっ放しではない。怒鳴り返す。

「んなこと言ったって、この風の中で弾丸が当たるもんかよ!! 当てられるとしたらそいつは化け物だぜ!!?」

 彼等はソレイユの甲板の上に標的を設置して射撃訓練を行っていた。だが、スティングの撃った弾は殆ど標的に当たっていない。実はそれには訳がある。現在、ソレイユは高度5000メートルを高速で飛行している。そんな中での射撃訓練である。吹きすさぶ強風によって弾は流されてしまう。

「フン、良く見ておけ」

 オグマはそう言うとスティングの銃を奪い取り、じっくりと狙いを付ける事もなく、すぐさま標的に向かって撃つ、撃つ、撃つ。弾倉が空になるまで撃ち続けた後には、人間で言うと胸の部分に何発も集中して弾が当たり、大きな穴の開いた標的があった。オグマはその結果をさも当然と言った顔で、スティングはあんぐりと口を開けてそれを見ている。

 スティングに銃を返すと、再びオグマは怒鳴る。

「銃撃戦はいつも室内で起こるとは限らんのだぞ!! 悪条件を克服しろ!! そんな事では仲間も、自分自身も、誰も護れんぞ!!」

 その言葉がスティングの胸に突き刺さった。そうだ、俺はアウルやステラを護らなきゃならない。あいつらは危なっかしいから、俺が色々とフォローしてやらなきゃならない。その為に、俺は、強くなる。

 スティングは鬼気迫る表情で銃を構える。それを見ているオグマは、ほんの少しだが仏頂面が緩んだ。





「…想像できないかも知れないけど、私達のような職業の人間は良く本を読むの。好奇心や教養の無い人は良い兵士にはなれないから…」

 アウルへの指導を担当しているのは部隊のオペレーターである、ラ・ミラ・ルナだった。アウルは最初は彼女に渡された本を読んでいたが、じきに怒ったように立ち上がった。手にした本を振り回して、言う。

「だからって何で、『家庭で出来る野菜の育て方』なんて読まなきゃいけないの!?」

 だがミラは、澄ました顔で答えた。

「野菜型の宇宙人が攻めてきた時、役に立つでしょう?」

 その回答に絶句するアウル。冗談かと思いミラの目を見るが、その目は本気だった。逆らうと後が怖そうなので、取りあえずは彼女の言われた通りに渡された本を読む事にした。彼は口では文句を言いながらも、その目は笑っていた。

 不思議な気分だ。こんな感覚はロドニアにいる時は、”母さん”と一緒にいる時だって感じた事は一度だってなかった。不思議と心が落ち着く。そんな安らぎの様な感覚を、アウルは感じていた。





「きゃあっ!!」

 オグマとスティングが射撃訓練を行っているのとはまた別のブロックの甲板上では、シスとステラが近接戦の訓練を行っていた。シスの繰り出した投げで、ステラの体が甲板に叩き付けられる。右手に拳銃を、左手にナイフを持っているシスは、うずくまっているステラに手を差し伸べようとはせず、抑揚のない声で言う。

「…接近戦では必ずしもナイフより銃の方が有利とは限らない。だからハンドガンとナイフファイトを瞬時に切り替えながら戦う事の出来る戦闘技術が必要になるの。立ちなさい、ステラ。強くなるんでしょう?」

 そう言われて、ステラは痛みをこらえながら体を起こすと、手にしたナイフと銃を構える。

「強くなる…強く…強くなって…今度は、私がシスを…護るの…」

 その言葉を聞いたシスは少し驚いたような顔になって、その後、フッ、と微笑んだ。それは彼女自身気付いていないが、目の前の少女に自分の姿を見た故の事だろうか。大切な人を護る為に…

「…そういう感情は私には良く分からないけれど…私をそういう風に想ってくれるのは幸せだと、そう感じるわ…その為にも…さあ、来なさい!!」

 気合いを込めて、シスが叫ぶ。ステラは彼女に立ち向かっていった。





「…と、言う訳でオグマさん、ミラさん、シスさんの3人が担当してます」

「…で、彼等にどういう仕事をさせようと思っているのです? あなたは?」

 と、エターナ。ユリウスはその問いに少し考えると、答えた。

「やっぱりMSのパイロットでしょう。検査の結果、全員にパイロットとしての適性はあるようですし…タイミングの良い事に、この世界で捕獲できたMSと、リコリスの持っていたデータを掛け合わせて設計した機体が3機、手元にあるじゃないですか」

「……」

 彼等フェニックス部隊は地球軍、ザフトのどちらにも属さない独立した勢力だ。だが、どちらの陣営でも開発されていないMSを所有・運用しているので、時には連合やザフトの部隊と偶発的に遭遇、敵機と認識され、戦闘に突入する事もある。その場合、大抵は敵を完全に殲滅するのだが、時々研究の為に比較的損傷の軽微な機体を奪ったりもする。

 ユリウスの言う3機とは、それらの機体のデータを素材として、通常では有り得ないルートで開発したMSの事だ。リコリスによると、これらの機体がこの世界で開発されるのには、本来なら後2年程の時を待たねばならないらしい。

「そうですか…まあ、無理はしないように…」

 エターナはそう言うと、ユリウスを残して、通路を歩いていった。



OPERATION,17 ショウVSキラ



「…しかし、驚きましたよ、あの時あなたと出会った時は、こんな事には縁の無い、普通の学生さんだと思っていたのに…どうしてあなたのような人が軍人に…?」

 と、キラに言うショウ。実際、こんな所で再会しようとは夢にも思っていなかった。まあカガリが無事だったのを砂漠で見た時点で、キラも無事だろうとは思っていたが、まさかオーブ軍に志願して、テストパイロットとしてM1の開発に携わっていようとは。

〈…君みたいな子供が僕の代わりに犠牲になって、それで全てを忘れて日常に戻れる程…僕は強くはなかったから…だから、僕の力が誰かの為に使えるのなら、何もしないよりもその為に使いたい、そう思ったんだ〉

 そう通信機からキラの声が返ってきて、目の前のM1が回し蹴りを繰り出してくる。ショウは自分のM1をしゃがませると、その攻撃を回避した。

 現在、ショウとキラの二人はM1に乗って、格闘戦を演じている。それにはこんな経緯があった。



「…と、言う訳で現在M1のOSは私とキラでかなりのレベルまで構築してあるけど…私に言わせればまだ70点なのよ。私はサポートOS無しでMSを動かせるし、キラはコーディネイターだけど、私もキラも本格的な戦闘は殆ど経験してない。つまり実戦の、生きたデータが不足してるの。ショウ、あなたに協力してもらいたいのはそこなのよ」

 身振り手振りしながら説明するエレン。ショウも成る程、と頷いている。シミュレーションを何度やってもシミュレーションはシミュレーションでしかなく、実戦ではない。例を挙げると軟式野球と硬式野球の違いのようなもの。ルールに殆ど差が無くても、使うボールが違うだけでかなり感覚は異なる。たったそれだけの違いだが、毛程の差が生死を分ける実戦に兵器を投入する側としては、切実な問題だ。

 その点、ストライクの戦闘データはまさに生きるか死ぬかの真剣勝負の記録の蓄積だ。問題解決にかなりの働きをする事は、期待して良いだろう。

「それと、いくらOSが改良できても、まだまだM1の稼働データは不足しているの。それの収集にも協力して欲しいの」

 と、エレン。この要求も、ショウの予想の範疇ではあった。データは、特に優秀なパイロットが機体を操った時のデータはその機体の運用方法等に大きな助けとなる。そしてショウには、決して彼の自惚れではなく、客観的な事実として、それだけのデータを残せる実力がある。

 だが、いや、だからこそ、彼は一つの条件をこの場の責任者であるエリカ・シモンズに突きつけた。それは、彼の力の存在意義に関わる事。自分が手に入れた力を何の為に使うのか、その意志を貫いているからこその条件だった。

「…僕の協力でこのM1が完成し、MSを実際的な戦力としてこのオーブが保持した場合、その力を自国の防衛以外に決して使わない事。それが僕が技術協力する為の、ただ一つの条件です」

 その条件にその場の全員が息を呑む。勿論エリカは只の技術者であり、そんな事を約束する事は出来ない。だが、それは問題無い筈だ。この国の理念、他国を侵略せず、他国の争いに介入しない、それが守られる限りは。そんなエリカの中の想いを分かっているのかいないのか、ショウは続ける。

「…もし、それによって完成したMSをそれ以外の目的に使用した場合、それはこの国に自分の力を提供した僕の過ち。その時は僕自身が、全ての始末を付けに来る……それを忘れなければ…それでいい…」

 静かな口調で、だがその内に強い決意を秘めた声で、エリカと、その場にいる全ての者に言い放つ。その時、ショウ以外の全員が同じ事を感じ取っていた。ショウの言葉が脅しでも何でもなく、ただの彼の意思の表明に過ぎないと。もし彼がオーブに与えた力が自国の防衛以外の為に使われる事があった時、その時はショウがこの国に戦いを挑んでくる時だろう。彼等にはそれが、確信として分かった。

 ショウ本人にしてみれば、この条件はとても重要なものだった。へリオポリスで、初めてストライクに乗った時から考えていた事だが、彼がストライクに乗って戦うという事は、直接MS戦で敵MSを撃墜し、その中に乗っているパイロットを殺すという事以上に、多くの人の生と死に関与している。

 ストライクは地球連合、その中でも大西洋連邦が、ジンの驚異的な性能に着目し、自軍でもMSという戦力を持つべく、データを収集し、それによって量産型を開発する為の試作型だ。そのデータが渡れば、地球軍のMS開発は飛躍的に進み、高性能の量産機が開発され、それによって地球軍は一気に攻勢に出る。という予測が成り立つ。

 宇宙で第八艦隊と合流した時、そのデータは幾つかの艦に分散して残されたが、それらの大元である完全なデータは未だにストライクのOSに記録されている物のみだ。勿論、OSの問題は地球軍の独力でもいずれは解決される事だろう。ショウの戦闘データ、力はそれをただ早めているだけ、という見方も出来る。だがだからと言って、それを利用される事を彼は良しとしなかった。

 実際、宇宙でシェリルに雇われた時にも、報酬以外にそれに関する条件をショウは提示している。彼女はそれを了承してくれた。

『僕の力は人を傷つける為にあるんじゃない、そんな事の為に手に入れた力じゃない』

 かつて、アルテミスで、ショウは自分の技術を利用しようとするガルシアに向かって、そう言い放った事がある。それは彼の信念でもあった。力を持ち、戦う以上、自分の目の前に敵として立ちはだかる誰かの命を奪う事は避けられない。それから目を背けるつもりは無い。だが、その中にあっても、自分の信念だけは忘れたくなかった。忘れる訳には行かなかった。自分が奪ってきた命の為にも。

「…さあ、テストを始めましょうか、ぐずぐずしていると日が暮れてしまいますよ?」





 そうしてテストが開始される。最初にストライクのOSのデータの解析が行われた。ここでキラ達を驚かせたのは二つの事だった。まず一つめは、ストライクのOSだが、それはショウがへリオポリスで初めてストライクに乗った時に調整・最適化した物で、ある程度海中や砂漠のような局地に対応する為の改良が為されているが、基本的にはそのままだ。

 エリカやキラが驚いたのは、そのOSの、特に反応速度に関する部分だった。反応速度はMSの操縦、と言うか、あらゆる戦闘において非常に重要なファクターだ。そのOSでは、操縦系のレスポンスは機体が反応できる限界ギリギリまでシャープに、研ぎ澄まされていた。

 当然と言えば当然の事だが、機械で計算したデータと、実際に操縦するのとでは違いがある。機体の反応速度がいくら速くても、そんな物は使いこなせなければ意味の無い数値でしかない。その為に多くのMSには反応速度を制御するリミッターが存在している。パイロットに合わせて、最適な機動性能に調節する為に。

 ストライクにもリミッターは当然存在しているが、ショウはそんな物は最初の戦闘から一切使用していなかった。普通ならそんな事をすればまともな操作など出来なくなる筈なのだが、彼は普通ではなかった。だがそこまでしても、ストライクは彼の能力に追従できていない。

 エレンは以前大気圏に突入し、海上に落ちたショウを拾った時と、そして現在、テストの傍らストライクのメンテナンスをしている時に関節部分の駆動系、特に今回は地上での運用と言う事なので、足回りを重点的にチェックしてみたが、案の定、比較するとかなり無理がかかっていた。

 ショウの乗るストライクの実戦での被弾率はゼロコンマ1パーセント以下だ。僅かに被弾した事と言えば、紙一重で敵機の放つビームやレールガンを避ける時、ほんの少し、それが機体を掠めるぐらいだ。だから、ストライクはこれまで幾度となく激戦を繰り広げてきたと言うには信じられない程、綺麗な機体だ。外見だけを見れば。それとは対照的に、中身はボロボロだ。

 敵の攻撃による被弾を外傷とするなら、内部の状態はさしずめ更年期障害のようなもの。正直、エレンにもこれほど稼働部を酷使して、よくこれまでの戦闘で保ったものだ、と思える。それ程に負荷が掛かっていた。それこそ戦闘中にいつバラバラになってもおかしくないくらいに。それでもこれまで戦ってこれたのは、ショウの絶妙な力加減によるものだろうか。

「こりゃメンテは完璧徹夜仕事になるわね…」

 と、エレンは呟いた。

 そしてそのデータを吟味し、OSに組み込む作業に移る。ここでもショウはそのオペレーティング能力の高さを見せつけ、周囲の者を驚かせた。

 こんな具合で戦闘データの提供は終了、続いてM1の稼働データの収集に移る。その方法としてはより実戦に近いデータを取る為、2機のM1を使用しての模擬戦を中心とする旨がショウに伝えられる。一機は当然ショウが使うとして、その相手となるもう一機には、この場にいる中で、最もMSを扱える者、つまりキラが乗り込む事となった。

「始めて!!」

 エリカの声が試験場の天井に設置されたスピーカーから響き、それと同時にキラのM1は相手に向かって突進し、ショウの機体はどっしりと腰を落ち着けて、向かってくるキラ機を迎撃する構えを取った。



「はっ!!」

 キラの掛け声と共に、彼の乗るM1は次々と、パンチやキックなどの攻撃を、様々な角度から繰り出していく。手数が多いだけでなく、一発一発の鋭さも中々の物だ。が、その攻撃の一発もショウのM1に命中する事はない。ショウ機はまるで時の止まった世界にいるかのような正確な見切りで、キラ機の攻撃を紙一重でかわし続ける。

 キラも闇雲に攻撃を繰り返しているだけではない。上手く機体を動かし、試験場の隅へとショウ機を追い込もうとする。が、ショウの方はそんな狙いなどお見通しらしく、まるでボクシングのアウトボクサーのようにキラ機と一定の間合いを保ち続ける。積極的には攻めず、たまに倒す気など全く無いような気の抜けたパンチを放つ程度だ。

 とは言え、二人の操縦技術はかなり高い水準の物で、自然と見学の目も増えてくる。別室のモニターでそれを見て笑みを浮かべる、どこか怪しげな魅力を放つ風貌の黒髪の女性、ロンド・ミナ・サハク、そしてエリカやエレンのいるブロックに入ってきたジャンク屋、ロウ・ギュール、リーアム・ガーフィールド、山吹樹里、そして傭兵部隊『サーペントテール』のリーダー、叢雲劾の代理人としてオーブを訪れていた少女、風花・アジャー達がそうだった。

「凄えな、二人とも…」

 眼前で繰り広げられる格闘戦を見て、思わずそう呟くロウ。彼はメカマンでもあり、地球軍がヘリオポリスで開発していたGのデータを盗用して製造された機体、M1アストレイのプロトタイプ、その一機のパイロットだ。だから実戦を知る者として、目の前で行われているのが訓練とは言え、どれ程レベルの高い物か分かる。

「だが…二号機のパイロットと比べて、一号機のパイロット、ありゃ本気じゃねえな」

 その言葉に一同が「えっ!?」という表情になる。その中でただ一人、エレンはロウの事を見直したような表情になる。一度ストライクの状態を見た彼女には、それが良く分かっていた。今のコーディネイターであるキラを相手とした、ほぼ五分五分の戦いでさえ、ショウの本気には程遠い物だろう。

 スペック実証の為に、採算度外視で造られた高性能機であるストライクでさえ、彼がその力の片鱗を見せるだけで駆動系がボロボロになるのだ。ましてや量産機のM1で全力を出しでもしたら確実に機体が分解してしまうだろう。

 だが、それでも、ショウの乗るM1一号機の動きは、キラの二号機よりも、速く、鋭い。恐らく機体の駆動系の耐久力と反応速度との限界を見極め、そのギリギリの所で機体の能力をフルに発揮しているのだ。言葉にすると簡単だが、実際は恐ろしく精妙なコントロールを必要とする高度な技術だ。少なくとも自分やキラには出来ない。ほんの少しでも自分の反応速度が上回れば、機体に過負荷が掛かり、最悪の場合行動不能に陥るのだから。

「…あれで本気じゃない…? だとしたら彼の実力は劾以上かも…」

 ゴクリ、と唾を飲み込みながら、ショウの実力を推し量る風花。彼女の今まで見てきた世界で一番強い存在、自分達の部隊のリーダーの戦い振りを思い出し、それと目の前で戦っている機体の動きとを重ね合わせる。今見せている動きでも劾が、今は彼の専用機となったアストレイの一つ、ブルーフレームを操った時と同等、あるいはそれ以上に速く感じるのに、更に上があるとは!? そう考えると、彼女は空恐ろしい気分になった。





「くぅっ…」

 M1二号機のコクピットで、キラは舌打ちした。こちらの攻撃が当たらない。それも一発も。今まではこんな事は一度だって無かった。自分がその全力を発揮すれば、いかなるハードルだって越えてきた。

 救命ポッドでヘリオポリスから避難し、その後地球に降りてオーブ軍に志願して、M1の開発に参加した時も、殆どの問題は自分の、コーディネイターとしての能力で乗り越えてきた。今の彼には、今までサイやトールのような友達にも殆ど見せた事の無い力を使ってでも、成し遂げたいと思う信念があった。

 あの運命の日に、己の身を顧みず、自分とカガリを救ってくれたショウ。銃撃戦の真っ只中に彼のような子供が一人。そしてその後、ザフトと地球軍との戦闘によってヘリオポリスが崩壊したという知らせが舞い込んでくる。それを聞いた時、彼の体の中をたとえようもない怒りと悲しみが突き抜けた。カガリは、ショウが別のシェルターに避難したかも知れない、と言っていたが、キラにはそうは思えなかった。あんな修羅場の中を子供が一人。到底助かるとは思えなかった。

 どうして、あんな子が、まだ生まれてほんの10年位のあんな小さな子供が死ななければならなかった?

 最初に生まれたのは自分達の外の世界で起こっていた戦争という狂気への怒り。

 何がコーディネイターだ……人より頭が良くて、体が丈夫で…それが何だ? 何の意味がある!? 僕はあんなたった一人の子供さえ救えなかったじゃないか。あの子は、ショウ君は、僕とカガリの為に死んだも同然だ。あの時、僕が無理にでも二人をポッドに押し込んでいれば…

 次に、何も出来なかった自分への怒り。

 じゃあ、何で僕は生きてるんだ? あの子に貰ったこの命で、僕は何を為すべきなんだ?

 最後に残ったのはその疑問。キラは考え続けた、何日も。その間は食事も碌に喉を通らなかった。そして、彼の中で一つの答えが出る。それがオーブの軍人となって、この国の人達を守る為に戦う事。その為に自分の力を使う事。

 全てを護る事は出来ない。それは自分自身の傲慢でしかない事は分かってるから。でも、それでも、僕は、もう彼のような優しい人が死ぬのを、もう見たくない。僕が…護る。その為に、僕は強くなる。もう、喪わない為に。あの時僕達を救ってくれた、ショウ君の魂に応える為に。強くなってみせる。必ず。

 そう、誓った。だが、今、その自分の運命を変えた少年が、巨大な壁のように、自分の前に立ちはだかっている。

 負ける訳にはいかない。僕は強く、強くならなきゃいけないんだ。

 その想いがキラを突き動かす。思い切り機体の重量の乗った拳を繰り出す二号機。だが、ショウの一号機は半身ずらしでそれを避けると、二号機の背中にパンチをたたき込む。勢い余って転倒してしまう二号機。しかしキラがすぐに立ち上がらせる。と、再びショウから通信が入ってきた。

「焦りすぎです、力任せで間合いも取れないんですか?」

 まるで教師が生徒に言うような口調でのアドバイスだ。

「くっ!!」

 それを受けて少しむきになったようにキラは二号機を動かすと、再び攻撃を繰り出す。が、ショウの一号機はその攻撃も簡単にかわしてしまう。その瞬間に、再び通信が入ってきた。

「タイミングが遅い。一撃で仕留めるつもりでなければ敵は倒せない。何も護れませんよ!!」

 護れない。その一言がキラの胸に突き刺さった。確かに今の自分は弱い。でも、もういつまでも弱いままでいるつもりはない。強くなる。強く、強く!!!!

 瞬間、キラの中で何かが弾けた。思考は相変わらず熱いままだというのに、感覚は彼自身が驚く程、今まで一度も感じた事がない程にクリアに感じられる。視界が一気に広がり、その中にある全てを把握できる。

 その感覚が何なのか、キラには分からない。だが、これなら。

「えええええいっ!!!!」

 雄叫びを上げてM1を駆るキラ。彼の操る二号機の動きが明らかに先程と違う。いち早くショウはその変化を感じ取ると、一号機を動かす。キラの二号機が振り下ろしてきた拳を、両腕をクロスさせて受け止める一号機。初めて二号機が繰り出した攻撃がショウの操る一号機に当たった。その様子をモニターしている者達から、驚きの混じった歓声が上がる。

 続けざまに攻撃を繰り出すキラの二号機。ショウの一号機は回避が中心だったスタイルから一転、主に左腕に装備されたシールドを使って、その攻撃を受け流すスタイルに変わる。その猛攻を捌いている最中にも、ショウからキラへ、通信が入ってくる。

「少しはマシになったけど…その程度ですか?」

 と、今度は挑発するような口調だ。だがその声はキラの耳に入っていない。今の彼は戦士としての力を全開にしている状態。余計な事に神経を割く余裕など無いのだ。

『間合いを取る……相手のスピードに…』

 そして彼の思考はショウのアドバイスを的確に分析し、一秒ごとに二号機の動きを洗練させていく。最初の方はショウの一号機はその場に留まって攻撃を捌いていたのが、徐々に、ほんの僅かずつではあるが、後退していく。キラの繰り出す攻撃が鋭くなり、ショウに余裕が無くなってきているのだ。

 そして遂に、二号機の一撃がヒットする。頭部に正拳を叩き込まれ、たたらを踏むように後ずさる一号機。しかし、キラの攻勢もそこまでだった。一号機は二、三歩よろめいた所で踏み留まると、そこから一気に踏み込み、二号機の腕を取り、そのまま投げ飛ばす。その一連の動作はとてつもなく速く、かつスムーズであり、今の特殊な感覚の中にいるキラですら、全く反応できなかった。

 コクピットに衝撃が走り、メインモニターの映す映像が、いきなりショウの乗る一号機から試験場の天井に変わったのだけは知覚できた。投げ飛ばされて仰向けに倒れたという事を理解するまで暫くかかった。

「僕の勝ちですね」

 ショウはそう言うと、一号機のコクピットハッチを開けて、飛び降りてくる。キラも倒れたままの二号機から出た。完敗だった。最後の方こそ多少善戦できたものの、終わってみればショウの圧勝だった。だが、不思議と怒りや屈辱は湧いてこなかった。

 持ち前の身体能力でM1のボディに飛び移り、キラの前までやってくるショウ。その顔にはいつもの、優しい笑みが浮かんでいる。

「…まだまだ修行の余地はあるけど、素晴らしい素質ですね。そしてその心も…」

「…心?」

 思わず聞き返すキラ。ショウは頷く。

「…信じる信じないはキラさんに任せますけど、僕は感じる事が出来るんですよ。人の心を……あなたの心は感じていて気持ちが良い。純粋で、でも、それ故に強くなろうと生き急ぎ過ぎている………もう一度お聞きします。キラさん、あなたは何の為に軍に入ったのですか?」

 その質問に、キラは少しの間、目を伏せる。少しの間そうして、やがて目を開けると、ショウの瞳を真っ直ぐに見据えて、言う。

「…僕は、強くなりたかったんだ。あの時、君が僕とカガリをポッドに入れて、自分は残った時、僕は君が死んだと思った。その時、この戦争に、そして何よりも君みたいな子供を犠牲にして生きている自分に腹が立ったんだ。だから僕は強くある為に、君のような小さな命を、もう、喪わない為に…」

「…そう、ですか…」

 キラの答えを聞いたショウはほんの少し、哀しそうな、切なげな笑顔に変わる。

「じゃあ、もし、僕が敵として、あなたの護りたいと願うものを傷つけようとしたら、奪おうとしたら、あなたはどうします?」

「…!!」

 次にその笑顔が消えて、能面のような表情で発せられたその問いに、キラは一瞬固まる。言葉に詰まり、その拳は爪が掌に食い込む程に握り締められている。何か言おうとして、一瞬躊躇った後、キラは答えた。

「…その時は…僕も、僕の護りたいものを護る為に、君と戦う。戦わなきゃならない……でも…」

「…でも?」

「…覚悟は出来てる、でも僕はそれでも誰かを傷つけたくない。だから、探すよ…戦わないで済む道を、考えるよ。考え続ける」

 澄み切った笑顔を浮かべて言うキラ。その笑顔を見て、ショウは思う。この人もあの時から、ずっと苦しんできたんだな、と。戦場に立ち、銃を撃つ事はしなくても、それと同じ位の、あるいはそれ以上の十字架を背負って、耐えてきたんだ、と。

 ショウはもう一度頷くと、キラの顔を見上げて言った。

「じゃあ、強くならなければなりませんね。あなたの護りたいものを護る為に」

「うん」

 確認の意味を込めたショウのその言葉に、キラは強く頷く。

「…アークエンジェルは艦体にかなりのダメージを受けている。僕の見立てでは修理に、まあ…三週間はかかるでしょうね」

「え? あ、う、うん」

 突然、前後の文脈とは関係の無い話を始めるショウに、キラは戸惑いながら合わせる。ショウはその反応を見て、予想通り、とでも言いたげに笑うと、

「その間で良かったら、僕があなたを強くしてあげましょうか?」

「なっ?」

 予想もしない質問に、キラは目を見開く。その動揺には構わずに、ショウは続ける。

「…大切なものを護りたい。あなたのその想いは尊敬に値します。真剣にそう想ってる事が、僕の心に伝わってくる……今が平和な時代であれば、あなたは今のままでも誰かを護れたでしょうね、その優しさで人を救えた筈……でも、今は戦乱の世。力無くば誰も護れない、自分の身さえ。だから、いずれ戦わなければならない時が来て、その時自分の無力さに後悔しないだけの力を授けてあげます。あなたが望むなら」

「…ありがとう、ショウ君…」

 自分の進む道は茨の道、泥の沼を歩くようなものだろう。それでも、キラはその道から逃げ出す事を考えもしなかった。無意識の内に理解していたのかも知れない。強くなる、そう誓ったのに、ここで逃げたら昔の自分と変わらないと。だから、逃げない。

 そんなキラの心を感じ取って、ショウは聞き取れないぐらいの小声で呟く。

「…キラさんは…昔の僕に似てる…護りたくて、でも…護れなくて…」

「え?」

 それでも僅かに聞こえたのか、キラが振り向く。ショウは慌てた素振りもなく、言った。

「いや、何でもありません。さ、あなたはモタモタしている暇はありませんよ。一刻も早く強くならなくちゃ」





TO BE CONTINUED..


感想
キラ、いきなり種割れてますね。しかしショウ君、M1を投げ飛ばすって、機体が砕けたらどうするつもりだったのか。というかこの2人、データ取り機壊す気で動かしてるような。仕事がそっち系なので、つい直す人たちの苦労に同情してしまいましたよ。
しかし、M1のデータ蓄積はまだしも、ストライクのデータ提供は不味いでは済まないのでは? ばれたら機密漏洩で軍法会議直行ものですよ。