「父は多分、深刻に考えすぎなんだと思う」

 別れの日、俺とキラの間に、それを認めたくないという想いは確かにあった。だが、それと同時に必ずまた会える、そう信じていた。

「ホントに戦争になるなんて事はないよ、プラントと地球で」

 そう思っていた、その頃は何も知らなかったから。コーディネイターがどれ程に迫害を受けて今まで生きてきたのかも、ナチュラルがどれ程コーディネイターに対して冷酷にも卑劣にもなれるのだという事も、何も。

「…避難なんて、意味無いと思うけど…」

 だが、そうは言ってもこの時の、いや今でもだが、俺達は子供で、自分の意志で自分の道を進む事は出来なかった。親の意向、社会の情勢に逆らう事は出来なかった。

「キラもその内、プラントに来るんだろ?」

 俯いて哀しそうにしたキラを、俺はそう言って励ました。そう、彼もいるべき場所は俺と同じ筈だ。だって、俺も、キラも、同じコーディネイターなのだから。そう胸の中で思いながら、この日の為に造っていた、とっておきの物を取り出す。

「キラ、これ…」

 その掌には、メタリックグリーンの、小鳥を模したロボットが乗っていた。以前、キラが造ってみたいと言っていた物だった。この日に間に合わせようと、何日も徹夜して、昨日やっと完成したものだった。

「アスラン」

 キラはそれを見て、驚いたようこっちを見てくる。俺はほんの少しだけ得意そうな顔になると、

「首傾げて、鳴いて…肩に乗って、飛ぶよ…」

 そうそのロボット鳥、トリィの事を説明してやった。そうして目を合わせる。再び見詰めたキラの瞳は潤んでいた。俺は溜息をつくと、もう一度安心させてやろうと、言った。

「すぐまた会えるさ。そしたらまた遊べるさ、今までみたいに…」

 そうして俺達は別れた。キラは今でも月にいるはずだ。今頃どうしているだろうか。一度…会いたい。あいつが今の俺を見てどう言うのか、どう思うのか分からないが、それでも、友達だから…もう一度…





「う……?」

 アスランは少しだけ呻きを漏らすと、その目を開けた。ここはどこだろう、少なくとも天国ではないようだが…

 横になったまま周囲を見回すと、点滴や医療器具が見えた。どうやらここは何処かの医療施設らしい。確か自分はイージスでストライクに組み付いて、自爆装置を作動させ、爆発の直前に脱出した筈だ。と、すると何処かに収容されたのだろうか?

 まだぼんやりとした頭でそう考えていると、自分の枕元で、何か小さな物が動いたような音がした。アスランはそちらに顔を向ける。そこには、

「!」

〈トリィ〉

 そう、見間違えるはずもない、自分が3年前、無二の親友であったキラとの別れの時に、彼に贈った自作のロボット鳥、トリィ。何故、これがここに? その答えは、すぐに出る事になった。傍らから掛けられた声によって。

「気がついた? …アスラン…」

「…キラ?」



OPERATION,20 選びし道



 そこに立っていた少年は、アスランの記憶の中にある最後に見た時よりもずっと大きくなっていた。その顔は少し大人びて、成長期だけに背も随分伸びている。だが、その眼は、その優しい光を宿した瞳は些かも変わってはいなかった。あの頃と同じ、澄んだアメジストのような美しい瞳だ。その色が好きだった事を、アスランは覚えている。

「キラ、お前がどうしてここに…」

 そう言ってベッドから降りて、キラに詰め寄ろうとするアスランだが、体を起こしただけで、グラリ、と崩れ落ちそうになる。キラは慌てて駆け寄ると、彼の体を支えた。

「まだ薬が効いているんだ、余り動かない方が良いよ」

 そう言って、アスランの眼を覗き込むと、彼が何を知りたいのかを大体察したらしく、天井を見上げて、言った。

「ここはオーブの飛行艇の中、僕達は砂浜に倒れていた君を発見して、収容した」

「オーブ?」

 アスランはぼんやりとした表情でそう返す。キラはそれに頷くと、簡単に自分の事を説明した。自分の両親が情勢の悪化を鑑み、コペルニクスからヘリオポリスへと移住した事。そのヘリオポリスがザフトの襲撃とその後の戦闘によって崩壊した後、自分はオーブ軍に入隊した事。

 そしてこの付近での戦闘の後、この場を離れたアークエンジェルから救援要請信号を受けて、人命救助の名目でこの付近に捜索に来て、そこで半壊したストライクと、それからさほど離れていない砂浜に倒れていた赤いパイロットスーツのザフト兵、アスランを救助した事。

「…それで…」

 自分がここにオーブの軍人としている理由を一通り説明した後、キラはアスランに、最も気になっている事を訊こうとした、が、言いあぐねた。怖かったからだ。その質問の答え次第では、自分はアスランを憎む事になる、いや、それどころか殺そうとするかも知れない。そんな風に自分がなってしまうのが、キラは怖かった。

 だが、その質問が彼の口から発せられる事はなかった。その場にいたもう一人がそれをキラに代わって口にしたからだ。

「訊きたい事がある……ストライクをやったのは、お前だな?」

 敢えて感情を押し殺した声で、カガリが手にした銃の銃口をアスランに向けながら、言った。キラはアスランとカガリを交互に見比べるようにしながら、二人を牽制するように中間の位置に立ち、アスランはその質問の意味をほんの少しだけ考えるように俯くと、やがて、頷いた。

「パイロットはどうした? お前と同じように脱出したのか? それとも……」

 それとも、その言葉の先にある、彼女やキラの探し人の運命が一つしかない事に話しながら気付いて、カガリは言葉に詰まる。だが、それでも、感情を押し殺す事を忘れ、体を激しく震わせながら、彼女は叫ぶように言った。

「見つからないんだ、ショウが」

 ショウ。その単語を聞いて、キラは何かを諦めたようにその目を伏せ、アスランは思わず唾を飲み込む。彼の脳裏に、一瞬、あの少年の姿がフラッシュバックした。頭を振ってその像を振り払うと、無感情に言う。

「あの子は…俺が殺した」

「ッ………!!」

 抑揚の無い、棒読みのような口調で語られた残酷な言葉。カガリはそれを聞いて、最初にそれを認める事を拒むように呆然とし、次に怒りに我を忘れ、間に立つキラを突き飛ばし、アスランに掴み掛かった。まだ薬と怪我で体が上手く動かせないのか、それとも、ショウとカガリとの間に何らかの関係があった事を感じ取り、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのか、アスランは抵抗せず、カガリに為されるままにされる。

 カガリは激情のままに喚いた。かつて砂漠で、町を焼かれた復讐に行こうとする自分達を止めたショウにそうしたように。

「あいつは…子供のくせに偉そうで、まるで違う世界を生きているみたいに何考えてるのか分かんない奴だったけど、でも誰よりも優しい、いい奴だった!! それを…!! お前は…ッ」

 カガリの言葉は、理性やそんな物ではない、全くの感情論だった。これが第三者の死だったなら、自分とは何の関わりもない誰かの死であったなら、これは戦争で、アスランは目の前の敵を撃っただけだ、と言えるだろう。だが、アスランは知っている。”喪う”という事の本当の痛みを。それはあの血のバレンタインの日に、崩壊するユニウスセブンの画像を眼にしていた自分の中にも確かにあった物だ。それと同じ物が今、目の前の少女の中にも生まれているのだ。

 それがアスランには痛い程分かった。

「お前が…お前がッ…」

 カガリはひとしきり叫んだ後、少し距離を置いて、銃を両手で構え、アスランに向けた。一気に場の空気が戦慄する。キラの表情が厳しくなり、アスランもまだ自由に動かない体ではあるが、身構える。

「……俺は、お前に殺されても仕方が無いかも知れない。でも、あの子の命を犠牲にして俺は生きてるんだ。その命を、こんな所で落とす訳には行かない。俺にはまだやらなきゃいけない事があるんだ……」

 そう言ってカガリを睨み付ける。怪我人ながら、その気迫でカガリを圧倒する。

「撃ちたければ、撃てよ。だが、俺もそう簡単には殺されない…」

「くっ……」

 銃を向けていながら追い詰めらたカガリの指が、衝動的に銃の引き金にかかり、アスランもその瞬間に意識を集中させる。しかし、その時、

「やめてカガリ」

 静かなキラの声が掛かり、ヒュッ、という風切り音が鳴り、一瞬遅れて、カガリの銃の銃身が乾いた音を立てて、真っ二つに切れた。驚いてキラに向き直るカガリとアスラン。彼の手には一振りの剣が握られていた。ショウから譲り受けた日本刀である。キラはそれを用いた居合いで、カガリの銃を斬ったのだ。

「キラ、どうして…こいつは…」

 詰め寄ってくるカガリ。キラはきっぱりと答える。

「…アスランは友達なんだ、僕の。死なせたくない」

「キラ…?」

 先程のキラとアスランの会話から、薄々気付いていたが、やはり面と向かって言われると、カガリは言葉に詰まってしまう。

「確かに僕も、ショウ君を殺したアスランを憎いと思う気持ちは正直あるけど……でも…それでも僕はアスランを死なせたくない。ずっと昔からの、小さい頃からの、友達だから…」

「キラ…」

 アスランは自分を庇う様に立つ親友の背中を見て、何と声を掛ければ良いのか、分からなかった。言葉の節々から、ショウがキラとも何かしらの繋がりを持っていた事は分かる。ならばそれを奪ってしまった自分は彼に何と言えばいいのだろう。何も言えはしない。

 罪悪感に俯くアスラン。カガリは涙を流しながら、壊れた銃を未だにアスランに向け続けている。

「…それに…ここでアスランを殺したとしても、ショウ君は喜ばないよ…」

 その脳裏に小さくて大きな、自分の師の姿を思い浮かべながら、キラは言った。その一言が決め手になったのだろう、カガリは銃を向けた手を下ろすと、その場にへたり込んで、泣きじゃくった。アスランは何も言わず、ただその横で俯いていた。キラはそんな二人を見て、天井を仰ぐと、心の中で呟く。

『これで……良かったんだよね…? ショウ君…』





 数時間後、連絡を受けたザフト側から迎えのヘリが到着して、アスランはそちらに引き渡される事となった。アスランはキラとカガリと共にボートに乗り、置きに停泊しているザフトのヘリへと運ばれる。ボートが止まった時、アスランは後ろに乗っているキラを振り返って、言った。

「キラ…お前はプラントには来ないのか…?」

 気力も体力も殆ど残っておらず、疲れを隠す事も出来ないアスランのその問いに、キラは静かに頷く。

「うん…今の僕には護りたいって思うものがあるから…君と行く事は出来ない。ごめん…アスラン…」

「そう…か…分かった…元気で、な…」

「君もね、アスラン…」

 その言葉を最後にアスランはヘリへと乗り移った。ハッチから、マルス、イザーク、ニコル、ディアッカの4人が身を乗り出して、口々に言う。

「よく生きていた」

「心配かけさせるな!! このバカ!!」

「怪我は大丈夫ですか? アスラン」

「さっさと横になりなよ」

 言葉はそれぞれ違うが、全員一様にアスランの身を案じている。アスランはその好意に甘える事にして、ヘリに付いている簡易ベッドにその身を横たえた。まだ体力がまるっきり回復していないアスランは、そのまま深い眠りに落ちていった。



 カラン…

 キラの刀が彼の手から滑り落ち、床にぶつかった音が格納庫に響いた。キラは目を丸くして、目の前にいる人物を見ている。彼の隣に立っていたカガリも同じだった。まるで幽霊でも見たかのような顔をして、口をパクパクさせている。

「随分遅かったですね。待ちくたびれましたよ」

 捜索を終え、オーブに戻った彼等を迎えたのは、他でもないその捜索の対象となっていた、ショウ自身だった。彼は紅茶片手にリラックスした様子だ。見た所、その体には全く外傷は無い。ショウの後ろには、彼の第一発見者であるジャンク屋、ロウ・ギュールが蒼い顔で突っ立っていた。

 ロウの話によると、ちょうど近くに行く用があって、そこでイージスとストライクの戦闘を目撃したのだという。そしてイージスが自爆し、半壊したストライクに近づいて調べてみると、電気系統が故障したのかハッチが開かなくなっており、何とかこじ開けようとした瞬間、

「すいません、ちょっとよろしいですか?」

 と、不意に肩に手を置かれた。驚いて振り返ると、それがショウだった、と言う事らしい。

 その後ショウはロウがマルキオ導師の元へ行くという用事を済ませた後、彼の乗機であるアストレイ・レッドフレームに同乗してオーブに戻ってきた。と言う事で、どうやらキラやカガリとは入れ違いになったようだ。

「…な、何だか複雑な気分だけど…とにかく生きていてくれて何よりだよ。ショウ君」

「心配かけてごめんなさい、キラさん…これからは…」

 と、ショウがキラに詫びの言葉を言った、その瞬間、

「「!!!!!?」」

 二人の背筋に走る凄まじい戦慄、それ程の殺気を背後から感じた。それはさながら獲物を狙う猛獣が真後ろにいるような、恐ろしい気配だった。反射的にキラは刀を抜き、ショウも懐から銃を取り出し、身構える。が、振り返ったそこに、獣の姿は無い。

『…当たり前だ、こんな所に獣なんかいる筈がない。でも…』

『それでは僕達は一体何の気配に反応したんだ? 確かに野獣のような気配を感じたのに…? …!!? あれは!!』

 二人の視線の先には、カガリの姿があった。ただしその姿は普通ではない。ショウやキラのような達人にしか”観え”ないだろうが、彼女の体から沸き上がる黄金色のオーラが膨れ上がり、形を成していく。百獣の王たる威厳と気品を兼ね備え、鋭い牙と爪を持つその姿は、まるで…

「…黄金(ゴールド)獅子(レオ)…」

 その威風堂々たる姿に対して、圧倒されながら何とかそう呟くショウ。次の瞬間、カガリは閃光の如きスピードで突進すると、



「この…大馬鹿野郎ォォォォッ!!!!」



 咆吼と共に金色に輝く右拳をショウに向けて繰り出し、そこから空を切り裂く青白い雷光が飛ぶ!!!!

「うぎゃああああああーーーーっ!!!!」

 その攻撃をまともに喰らったショウ。木の葉のように吹き飛ばされ、向かい側の格納庫の壁にぶつかる。

「あじゃぱァーッ!!」

 そしてそのまま床に落下。

「どぴい!!」

 薄れ行く意識の中で、ショウは思った。

『うう…み、見えなかった、カガリさんの拳が…な…なんという光速の拳…超高速で拳を繰り出し、空間の空気を切り、そこに高電圧を打ち込む…希薄な気体を通して起こる放電…真空放電現象…お…お見事……』

「…はあ、はあ、ふう…… 私がどれだけ心配したと思ってんだ!! このバカ!! 馬鹿!! 大馬鹿!!」

 倒れたショウを前にして、笑顔を浮かべて、その瞳から大粒の涙を流しながら、カガリは叫んだ。腹が立ったのは本当だった。ほんの数分前まで、喪失の悲しみに打ちひしがれていた自分が馬鹿みたいだった。でも、それでも生きていてくれた事が嬉しかった。それ故の涙と笑顔だった。

「カガリ…」

 そんな彼女の気持ちを察してか、キラが彼女の肩にポン、と手を置き、カガリをなだめる。と、その時、

「これで少しは気が済みましたか?」

「うっ!!」

 気絶していた筈のショウがあっさりと立ち上がった。今度こそキラもカガリも驚いた顔になる。呆然としてキラが言った。

「カガリの右ストレートをまともに受けて何事もなく立ち上がってくるなんて…不死身なのか…?」

「はは…まあ冗談はさておき、ミナとの契約で僕はこれから暫くの間、オーブのMS部隊の教官として働かせてもらう事になりましたので、どうぞよろしく」

 キラの突っ込みは冗談の一言であっさりと受け流すと、本題を言う。それを聞いたキラとカガリ、またしても驚く。もう今日は何回驚いているか分からなくなってきた。そんな二人にショウは気付いているのかいないのか、いや間違いなく気付いているが気付かない振りをしているのだろう、面白い悪戯を思いついた子供のようにニンマリと笑うと、二人を見る。

「…フフ、キラさん、またあなたをみっちりとシゴいてあげます。それとカガリさん、先程の一撃、あなたにあれだけの潜在能力があるとは知りませんでしたよ。あなたには軍団の戦いにおける戦術と戦略を教え、それとその潜在能力を引き出してあげます。さあ、早速始めましょう!!」

 パンパン、と手を叩いて、ショウが合図する。

「い、今から訓練を始めるのかい?」

 慌てたように聞く。ショウは当然、と頷いた。

「思い立ったが吉日と言うでしょう。さあパイロット候補の人達を揃えて下さい!!」

 そう言うと、もはや諦めたのかキラとカガリが慌ただしく動き出す。それを格納庫の隅から見ている者が一名。

「…俺の出る幕じゃねぇなあ…」

 ロウは少し寂しそうにそう言うと、格納庫から出て行った。



 一週間後、旧ロゴスヨーロッパ支部。

 フェニックス部隊による情報公開でロゴスの上層部が一斉に検挙され、その支配体制が瓦解した後も、残されていた資産や武器は相当量のものがあり、下部機構は形を変えて、未だに違法の武器取引や人身売買などを行い、存続していた。

 このヨーロッパ支部はそのような各地に分散した組織の中でも最も勢力の大きな一派の拠点であった。彼等のリーダー格にある者達は既に、世界中の犯罪組織や非合法の人体実験を行っている研究所などを無差別に襲撃、徹底殲滅している謎の戦闘集団の存在には気付いていた。

 当然、その襲撃に備えて、あらゆるルートで確保した様々な兵器、戦車や戦闘機、そしてジンやザウートなどのMS数十機と、それらを操る屈強の兵士達が数百人。その中には業界最強のサーペントテールは残念ながら雇えなかったが、それでも金に糸目を付けずに集めた凄腕と言われる傭兵も何十人か混ざっており、まさに鉄壁の防御態勢と言えた。

 勿論、相当の出費ではあったが、背に腹は代えられない。攻め滅ぼされるよりはマシだ、という考えの元での事だった。

 しかし、この日、その鉄壁の防御はいとも簡単に壊滅させられ、彼等は炎に包まれる基地の中を逃げ惑っていた。

 既に守備隊は戦車も戦闘機もMSも一機も残っていない。全て撃破されてしまった。たった2機のMSによって。

 外部からその2機によって破壊活動が行われるのと平行して、内部でも次々に武器庫や食料庫、メインコンピューター室から火災が発生し、支部の内部は大混乱に陥っていた。その喧噪をまるで見物しているかのように、支部の数十メートル上空に、その2機が滞空していた。

 一機はその背に天使のような純白の翼を持ち、その右手には身の丈程もある巨大な二連のライフルを持っており、そしてもう一機は、不自然に膨れ上がった胸部と両肩を持った異形の姿をしていた。

 純白の翼を持つ機体、そのコクピットのモニターには、もう一機の異形の機体のコクピットの様子が、どうも落ち着かないように体を揺すったり周囲を見回したりしている栗色の髪の少女、シスの姿が映っていた。それを見て、翼を持つ機体のパイロットであるカチュアは、クスクスと笑いながら言う。

「シス、潜入したステラ達の事がそんなに心配?」

「!!……」

 図星を突かれたからか、シスは一瞬体をぶるっと震わせると、ぷいっと明後日の方向を向いてしまう。その様子を見て、カチュアはそれを肯定と捉えると、安心させるように言った。

「大丈夫だよ。あの子達だってもう私達の仲間、特にステラはあなたが手塩にかけた愛弟子でしょ? 不安要素は皆無だよ」

 カチュアにしてみればそれは励ますと言うよりも、ただ事実を述べていると言うだけのものだった。それは当然、シスも分かっている事なのだが、なおも彼女は不安そうな様子だ。弟子を持つという事はこういう物なのだろうか? と、カチュアが考えていると、

 ピピピピ……

「「!!」」

 通信が入ってきた。待ち構えていたかのような速さでシスが回線を開く。通信機からは、カチュアにしてみれば予想していた事だったが、やはり今回、支部の内部に囚われているであろう子供達の救出に向かった、ステラ、スティング、アウルの3人の声が聞こえてきた。

〈シス…捕まってた子供達は…全員助けたよ…「あーん、あーん」…ああ、泣かないで〉

〈そう言う事だ。俺達はこれから…「ふえーん、怖かったよぉー」…お、おい!!〉

〈脱出するから、回収よろし…「うわーん!!」…ちょっ、ちょっと!! 泣くなよ!!〉

 …どうやら彼等も子供達も無事のようだ。ほのぼのとした通信にシスと、それにカチュアも、思わずほっと胸を撫で下ろす。そうして気持ちに余裕が出来たからだろうか、ふと、カチュアが呟く。

「ねえ、シス…」

「ん?」

「…ショウに、会いたいね…」





 カチュア・リィスがショウ・ルスカと出会ったのは、AC(アフターコロニー)195年、戦火に巻き込まれた北ヨーロッパの小国での事だった。

 当時、OZを掌握したロームフェラ財団はかつての連合のように地球圏の支配に乗り出した。しかし、これに対して旧OZトレーズ派は各地で財団と戦闘を開始、世界は新たなる戦乱の時代へと進んでいった。

 そしてカチュアの故郷でも、プログラムによって作動する無人のMS、MD(モビルドール)との戦闘が繰り広げられていた。MDの相手は財団によって軟禁されたトレーズを今でも慕う、元OZの部隊だった。

 旧式のMS・リーオーと、新型MD・ビルゴが入り乱れる戦場の中、カチュアは一人、泣いていた。両親は既にこの世にはおらず、たった一人になってしまった彼女は生きる望みを失っていた。流れ弾が彼女のすぐ横の地面を抉っても、何も感じなかった。ただ、涙で滲んだ視界の向こう側に鋼鉄の巨人が見えるだけで。

 …私は…ここで死ぬのかな……それもいいか…お父さんと、お母さんの所に行けるなら…

 そう漠然と思っていたが、そうはならなかった。気が付くと、自分の前には一人の少年が立っていた。少年は自分と大して変わらない年格好で、ブカブカのパイロットスーツを着ていて、そして彼の後ろには、見た事もないようなMSが佇んでいた。その周囲の背景にはスクラップと化したMSやMDがあった。

『良かった…生きててくれたね…』

『…誰? 私を助けてくれるの…?』

 その問いに、彼はこう答えた。

『うん…近くを飛んでいた時、感じたんだ。とても小さな…君の…助けを呼ぶ声が…』

 少年、ショウはそう言うと、カチュアの傷だらけで、泥だらけの手を優しく握ってくれた。その手の暖かさを、カチュアは今も憶えている。ショウはカチュアを抱き寄せると、言った。

『感じるかい? 君がこの戦場の中で生きてこれたのは、君のお父さんとお母さんが護っていてくれていたからだよ』

 突然そんな事を言われて、カチュアは戸惑い、そして自分の両親は既に他界している事をショウに告げる。しかしショウは首を振ると、やんわりと、諭すように言った。

『君がご両親を喪っても、ご両親の願いは、君を護りたいという想いは消える事はない…君の側で、その想いが今までも、そしてこれからも、永遠に君を護る…』

 そして天を仰ぐと、静かに、決意を秘めた声で言い放つ。まるで、目に見えない、だが確かにそこにいる誰かに訴えかけるように。

『安心して下さい。この娘の面倒は僕が見る…この娘が大きくなって、自分の足で自分の道を歩いていけるようになるまで、あなた方の代わりに、僕がこの娘を護っていく。だから…安心し…て…眠って…下さい…』

 最後の方はその真紅の瞳から涙を流し、とぎれとぎれにに言葉を紡ぐ。祈るように。そしてそれが終わると、彼は涙を拭い、手を差し出した。

『さあ…行こうか、カチュア…』

 差し出されたその手を、掴む事にカチュアは躊躇わなかった。だって、その手はいままでお父さんとお母さん以外に感じたことがないくらい、暖かかったから。

 そうしてカチュアはショウに引き取られ、育てられる。フェニックス部隊に参加したのは、ショウには黙っての事だった。当然、後になってそれを知ったショウは激怒したが、最終的にはカチュアの意志の強さに折れる事となった。

 ショウがフェニックス部隊を結成したその目的は、様々な時代の流れに翻弄される、力無く、だが懸命に生きている人を護る為。その力は弱くて、脆くて、でもそれでも優しい人達が傷つかないように、その為の力。

 その力になる事こそがショウへの恩返しだと、カチュアは思っていた。今、彼女は自分でも気付いてはいなかったが、そうしてショウを想う自分の姿を、シスを想うステラの姿に重ね合わせていた。





 ピピピピピ…

 再びの通信が、カチュアを思考の世界から現実へと連れ戻した。モニターをチェックすると、母艦、ソレイユからの暗号電文だった。早速解読する。シスの方も同様に解読を行っているようだ。電文の内容はこうだった。

『現在の作戦が終了し次第、全員母艦へ大至急帰還せよ ユリウス』



「一体何があったの? わざわざ暗号なんか使って!!?」

「何か一大事でも…?」

 10時間後、救出した子供達を養護施設へ送り届けると、蜻蛉返りでソレイユへと戻ってきたカチュア達5人。急ぎ足でユリウスのいる通信室に入ると、ユリウスが興奮した面持ちで返した。

「一大事も一大事、聞いて下さい、遂にショウの居場所が分かりましたよ!!」

「「!!!!」」

 その言葉に、カチュアとシスは衝撃を受ける。お互い互いの顔を見合わせ、そしてユリウスに詰め寄る。

「ちょっ、ちょっと、それは本当なの!!?」

「確証はあるのでしょうね!?」

「も、勿論ですよ、これを見て下さい!!」

 興奮したシスに首を絞められながらも、ユリウスが待ってましたとばかりにキーボードを操作すると、部屋に無数にあるモニターの内、一番大きな物に、ショウの顔写真の載った書類が映し出された。それを見てカチュアもシスも、思わず息を呑む。ユリウスがそれを見て、説明する。

「何か手がかりはないかと色んな国の中枢にハッキングを仕掛けていたんですが、その時にオーブって国の軍事に関するリストに、彼の名前が載っているのを見つけたんです。どうやら彼は今はオーブで教官をやっているみたいですよ」

「ユリウス、偉い!!」

 そう言ってカチュアは思いっきり彼の背中を叩く。バシン!! という気持ちの良い音がして、ユリウスはピョンと飛び上がった。

「また、あの子に会えるのですね…」

「隊長と、またMS戦術論について語り合いたいものです」

「私も、彼とお茶でもしたいな…」

「拙者は主君であるあのお方を今度こそお守りするでござる!!」

「俺はもう一度あいつと共に戦いたい」

 いつの間にかそこに、エターナ、ニキ、ミラ、ケイン、オグマの5人も来ていた。まとめ役であるエターナが一歩進み出て、全員を見回す。彼等の想いは一つだった。

「行きましょう!!」

 彼女の号令と共に、ソレイユは動き出した。オーブへ向かって。



「…と、言う訳でこの最終段階に残ったのはあなた方3名のみ、残り297人は全て脱落しました」

 オーブ、モルゲンレーテ地下の格納庫で、臨時の教官となったショウは、自分の教え子である3名に向き合っていた。最初、ミナから紹介された時には300人のパイロット候補生がいた。が、どう見ても子供のショウが自分達を教えると言うので、それに少なからず反感を持つ者も少なからずいた。

 しかしそんな輩はショウが実力のほんの片鱗を見せてやっただけで沈黙する事になる。それはまだ、未だに正規のパイロットでもない彼等と、誰よりも多くの戦場を越えてきたショウとの差だった。

 そうして反対意見を黙らせると、早速ショウは様々な課題を彼等に課した。ところがその課題は凄まじく過酷で、まず最初の試験で200人以上が脱落し、その後も次々と数が減っていき、生き残りは彼の目の前にいる3人しかいないという有様であった。この3人のみがショウから直に指導を受ける事が出来るのである。

 ちなみに脱落した候補生達については、ショウはそれぞれ一人ずつの適性に応じた特訓メニューを作成し、それを配布している。それにはそれぞれの長所を伸ばしたり、短所を補ったりする為に最適のトレーニング方法や知識が書き込まれていた。

 この最終段階に残った3人、キラとカガリ、そしてもう一人、黒髪のポニーテールの壮漢、バリー・ホー。以前は格闘一筋で、俗世間から離れ、修行に明け暮れる日々を送っていた彼だったが、昨今の世界情勢の悪化を鑑み、母国であるオーブの為、軍に志願していた。

 ショウにしてみれば、短期間ではあったが自分の全てを伝えた愛弟子であるキラと、有名な格闘家であるバリーが残るのは予想していた事だったが、もう一人、カガリが残った事は意外だった。確かに彼女は潜在能力こそ大した物だが、まずは色々と基礎訓練を積むのが先だ、と思っていたが、しかし彼女は予想外の実力を発揮し、最終段階まで生き残った。

「……」

 そう言えば一つ気になる事があった。人間が持つ精神の波動。これには顔や指紋、声のように、個人個人の特徴がある。ショウ達、ニュータイプや強化人間は、その波動を感じ取り、自分の波動をシンクロさせる事によって、ある程度の距離を隔てていても他者の存在を感じたり、あるいは意志を通わせたりする事が出来る。

 当然カガリからもそれは感じるのだが、彼女の場合、それがキラが持つ精神の波動と、恐ろしく似ているのだ。まるで二人が兄妹であるかのように。

 それについて興味関心が無い、と言えば嘘になるが、

『まあ、それは僕がどうこうする事でもないしね…』

 取り敢えずは自分の胸の内に留めておく事にして、訓練の内容を伝えようとする。と、そこに、

「やってるね、ショウ」

 エレンがやってきた。MS操縦の教官を務める以上、それにはどうしても整備班の協力が必要となる。優秀なパイロットの育成にはシミュレーターだけではどうしても限界があり、実機を用いた訓練が必要だからだ。優秀なメカニックとして、エリカ・シモンズも一目置くエレンは正に最適任と言える人物だった。また、彼女自身もショウが行う訓練から、現在研究中の改良型M1の為のデータ収集に余念がない。

 しかし、どうやら今日はデータを貰いに来たのではないらしい。彼女は手に持っていた紙をショウに渡した。見た所手紙のようだ。ショウはわざわざ持ってきてくれたエレンに礼を言うと、その手紙を見る。

 それは裏ルートのコネクションを使って送られた、ショウに対する挑戦状だった。挨拶の類の言葉はなく、コーディネイター最強のパイロットであるショウと対決したいという内容が簡素な言葉で記されていた。他に時間や場所についても明記されている。

 ショウは一通りの内容を読み終えると、手紙の最後に記されていた、差出人の名前に目をやった。

「……ソキウス…?」





TO BE CONTINUED..


感想
……カガリ、何時から獅子座のゴールドセイントに? しかしなんでパイロット候補にカガリが。お前仕事はどうしたw?
しかし、何でパイロットに格闘家が居るのだろうか。原作がそうなのだから仕方ないんですが、コマンドにでも行く方が正しい気がします。そしてロウは何をしに!?