C.E15、人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレンが木星への長い旅へと出る直前に、世界中のネットワークに公開した、遺伝子操作技術。それによって生まれるコーディネイターの能力の優秀さが証明された時、最初にそれに目を付けたのは軍だった。
当時は現在のように地球連合などの組織もなく、仮想敵国として彼等が考えていたのは、同じ地球上の強国だった。もしそれと戦争状態に突入した場合、優秀な兵士が一人でも多く欲しいと言うのは自然な考えだった。
そんな考えの元に立案されたのが、遺伝子操作によって戦闘能力に特化した兵士、つまり戦闘用のコーディネイターを生み出す計画だった。
兵器とは違い、人材生産は長い時間が必要とされる。研究は水面下で、極秘裏に行われていった。
旧世紀にヒトゲノムの解析が終了し、そこから人間には戦闘に適した遺伝子が存在する事が分かっている。戦闘用として生み出されるコーディネイター達は遺伝子治療によって、それらの遺伝子を発現、あるいは組み込まれる事で、ナチュラルは当然の事、通常のコーディネイターすらも凌ぐ戦闘力を潜在的に持たされ、この世に生まれてきた。
そしてある程度の成長を待ってから、本格的に兵士としての訓練が開始される事になる。
そうして数十年の時間をかけた実験結果から、生み出された兵士に高い戦闘能力を持たせる事はそれ程難しくない事が分かった。しかし、問題は精神面で、優秀な遺伝子を掛け合わせて生み出された彼等は、理性に反する教育や洗脳に対しても高い耐性を持っていた。
この問題を解決する為、軍は、服従遺伝子を用いた刷り込みに着目した。この方法ならその人間の意志とは無関係に、その行動原理を支配できる筈であった。
この計画は『ソキウス計画』と呼ばれ、莫大な予算と、長い年月をかけ、徐々に成果を上げていく事になり、生み出されたソキウス達の、実戦への投入も、そう遠い未来の話ではないかと思われた。しかし、そこに、思いも寄らぬ事態が発生する。
地球連合とプラントとの戦争の勃発である。ナチュラルとコーディネイターとの戦争。
当然そのような縮図の中で、コーディネイターであるソキウス達に実戦の機会が与えられる事はなかった。
彼等はある者は新型MSのテストの為の標的として、またある者は薬物実験のモルモットとして、人知れず生まれたのと同じように、人知れず闇から闇へと葬り去られていった。
そしてその運命は、イレブン・ソキウスにも例外なく訪れるはずだった。彼の同僚であるセブン・ソキウスが、一時的に施設を脱走して、自分達の有効性を証明しよう、と話を持ち掛けてくるまでは。
「…僕は…生きているのか…?」
イレブン・ソキウスは目を開け、体を起こした。彼はベッドに寝かされていた。当惑しつつ、周囲を見回す。どうやら何処かの医務室のようだ。揺れたり動いたりしている様子は無いから、何処かの建物の中のようだ。少しだけ開けられた窓から入る光が眩しい。
意識を失う前の時間は確か夕暮れ時だった。するとかなりの時間眠っていた事になる。
イレブンは体を起こそうとする、と、その時、
「あ、目が覚めたみたいですね。大丈夫ですか?」
料理の載ったトレイを持って、真紅の瞳の少年、ショウ・ルスカが入ってきた。イレブンはそれには大して驚かない。どういう思惑があったのかは分からないが、とにかくあの状況で自分達を医療施設へ運び込んだ者がいるとしたら、それはショウ以外に有り得なかった。寝起きでもコーディネイターとしての合理的な思考能力は失っていない。
「怪我は僕が治しておきました、後は体力の回復ですが…」
そう言ってショウは持ってきた料理をイレブンに差し出す。
「どうぞ、滋養のある食材を使ってます、きっと効果がありますよ」
イレブンは最初、戸惑ったように料理とショウを見比べていたが、やがてスプーンを取ると、
「君が作ったのか?」
「そんなに美味しくないと思いますけど…」
そんなやりとりの後、イレブンは料理を口にする。はたして、
「おいしい…」
そう言うと黙々と料理を食べていく。美味しいと言ってもらえたのが嬉しかったのか、ショウも満足げな表情で傍らに座っていた。しばらくして、イレブンは食事を終えると、ショウに向き直って、言った。
「ショウ・ルスカ…どうして僕達を助けた…? 僕達は君にとっての敵の筈だ」
その質問に、ショウは殆ど反射的に答える。
「困っている人を助けるのは当然の事でしょう?」
と、むしろそんな事をイレブンが聞く事を疑問に思っているようですらある。イレブンは困惑する。彼は今までショウのような人間とは出会った事はなかった。彼の今まで生きてきた十数年間は、ひたすらマシンと教官に囲まれ、人間的な環境からは切り離されて、訓練ばかりの日々を過ごしていた。ただひたすら、『ナチュラルの為に生きろ』と、呪文のように聞かされ続けてきた。
そして訓練で少しでも成績が落ちれば、容赦なく廃棄処分にされる。彼はそんな同僚を何人も見てきた。だから彼は必死に訓練した。死は怖くはなかった。だが、死んでナチュラルの為に働けなくなる事、それだけが怖かったから。
そんな殺伐とした中で生きてきたイレブンにとって、ショウは不思議な輝きを持っているように見えた。ふと、呟く。
「…君、凄いね。MSを素手で破壊する人間なんて初めて見たよ」
OPERATION,21 共に道を歩む者
「君がショウ・ルスカか…」
ヨーロッパの山奥にある、廃墟と化した市街、ソキウスがショウとの決闘の場所として指定されていたそこに、指定された時間にショウがやってくると、姿は見えないが、何処かに隠れてこちらを見ているのだろう、MSの外部に付けられたマイクから発せられた声が響く。
ソキウスの声は、若干のノイズはあったが、ショウが想像していたよりも幼かった。と言ってもだからと言って油断は出来ない。MSの操縦に、年齢は関係無い。それはショウ自身が誰よりも明確に証明している。
「そう、僕がショウだよ」
ショウは少し大きめに、相手に自分の声が届くように、叫ぶようにして言った。
「まず、僕の挑戦を受けてくれた事に感謝する。あの挑戦状に書いた通り、僕は君を倒して、僕の有用性を証明し、連合へと帰らなければならない。その為に君にも協力してもらいたいのだけど…一つ聞いても良いかい?」
「? 何だい?」
「何故君はMSに乗ってこなかったんだ?」
ショウはその身一つでこの廃墟にやってきていた。ソキウスの声からも、戸惑いのような物が感じられる。
「あなた達如きを相手にするのに、MSなど必要無い、もし、あなた達が僕に勝てたら、誰に憚ることなく堂々と言うと良い、あの有名な『浮遊する悪魔』を倒した、とね。尤も、出来ればの話だけど…」
「そうか、分かった」
と、ソキウスが返答した瞬間、ショウに向けてビームが飛んできて、彼の立っていた周辺を吹き飛ばした。爆煙で視界が利かなくなる。それを間近でみとどけようとしてか、建物の陰から一機のMSが姿を現した。その姿はイザークが乗っていたデュエルに酷似している。
それもその筈、ソキウスの乗機であるGAT−01Dロングダガーは、コーディネイター、あるいは優秀なナチュラルのエースパイロットの為に設計された高性能機で、オプションとしてデュエルの追加装甲、アサルトシュラウドを参考に開発された追加装甲、フォルテストラを装備していたからだ。
ソキウスはそのロングダガーを操りながら、油断無くまだ爆煙の晴れない着弾点に、ビームライフルの照準を合わせている。やがて爆煙が晴れると、そこにはポッカリと穴が開いているだけで、ショウの姿はなかった。
「跡形もなく吹き飛んだのか…?」
そう思い、ソキウスが戦闘態勢を解除しようとしたその時、声が掛けられる。
「残念だけど、僕はここにいるよ」
「!!」
声のした方向に目を向けると、なんとショウはビームライフルの先端に立っていた。その体には外傷はおろか、着衣にすら傷も付いていない。
「くっ!!」
ソキウスは慌ててライフルを振り、ショウを振り落とそうとする。ショウはフワリ、と跳躍する。その瞬間を狙って、ロングダガーの肩に装備されたレールガンが動き、ショウに向けられ、そこから超音速の砲弾が発射される。
勝った。そう確信する。
どれほど動きが速くとも、空中では体勢を変えられず、回避する事は出来ない。が、しかし、ここでもショウは予想外の行動に出る。何と体を捻り、思い切りそのレールガンの砲弾を蹴飛ばしたのだ。蹴られた砲弾は180度そのまま跳ね返り、逆にロングダガーのレールガンを撃ち抜いた。衝撃で倒れそうになるロングダガーを制御しつつ、ソキウスの表情は驚愕に染まる。
「なっ……!!」
「だから言っただろう、あなた達如きにMSなど不要だと。一人では僕には勝てない、二人揃ってかかってきた方が良いよ」
慌てているソキウスに、悠々と瓦礫の上に着地したショウがそう言う。その言葉に眼前のロングダガーに乗っているソキウス、イレブンは僅かに動揺する。そして、物陰からもう一機のロングダガーが姿を現した。そのロングダガーのマイクから声がする。
「ショウ・ルスカ、成る程、ボク達は君を侮っていたようだ。ここからは2対1で行かせてもらうよ」
と、イレブンとそっくりの声が聞こえてくる。違う所と言えば、ややこちらのソキウスの方が、声が高いような気がするが…
と、そんな事をショウが考えている内にイレブンのロングダガーも立ち上がり、再び戦闘態勢を整える。ショウはそれを見て、クス、と笑うと、言った。
「それでは僕も本気でお相手するとしようか…」
そうして再び戦闘が開始される。しかし、形勢は圧倒的に二人のソキウスが不利だった。生身で小回りの利くショウに何発撃ち込んでも悉くその攻撃はかわされ、ミサイルを撃ってもミサイルの上を飛び跳ねてかわされ、そうしてまず、懐に入り込まれたセブンのロングダガーが、ショウのパンチ一発で頭を吹き飛ばされ、倒れ込む。
イレブンの機体がバルカンを乱射しながらショウに近づくも、ショウに一発も当たることなく、逆に蹴りで両脚の関節部分を破壊され、倒れ込んでしまう。その時の衝撃でイレブンは強く頭を打ち、意識が薄れていった。
「そうだ…そしてあの瞬間に、まるで僕の機体を庇うようにセブンの機体が前に割り込んできた所までは憶えているが…」
少々、記憶の混乱もあるようだが、一つ一つ思い出していくように、イレブンは言う。ショウもそれに頷く。
「そう、あの後僕は大破した機体からあなた達二人を引っ張り出して、一緒にここ、オーブの医療施設にまで瞬間移動したんですよ。僕とした事がつい慌てていて、高さの調節を誤ったから地上から40メートル程上空に出てしまって、『空から人が降ってきた!!』って通行人をビックリさせてしまいましたけどね」
と、カラカラ笑いながらとんでもない事を言うショウ。流石にイレブンもついて行けないようだが、ハッ、として、ショウに問い質す。
「そうだ、セブンはどうしたんだ? 彼もここにいるのか?」
その質問に、ショウは少し困った顔になる。
「ええ、あの人も一緒に救助して、怪我は僕が治しましたけど……はあ…」
なにやら難しい顔になり、顔に手を当てて溜息をつくショウ。イレブンはそれを見て、自分の中の不安が増幅されるのを感じる。
「どうしたと言うんだ? 彼は無事なのか?」
「命に別状はありません、ですが、僕がハッチをこじ開けた時……その…どうやら何かの破片で切ったみたいで…それで…あの人のパイロットスーツが裂けていて…ああ、そう言う訳で…」
どんどん歯切れが悪くなっていくショウ。その言い方に、最初に『命に別状はない』と言っているのにも関わらず、不安をかき立てられたイレブンは両手でショウの肩を掴んで、ブンブンと揺さぶる。
「言ってくれ!! 君は一体何を見たんだ!?」
「だからその…画像でお見せできないのが残念です、と言うか……お子様の僕には毒と言うか…つまり…」
明らかに渋々とその先を言いかけた時、イレブンの座っているベッドと隣のベッドとを隔てていたカーテンがシャーッ、と開き、そこからイレブンとそっくりの容姿を持つ、セブン・ソキウスが姿を現した。どうやら怪我などは完全に治癒しており、元気なようだ。が、それを確認した時、イレブンの視線はセブンに、正確にはその胸元に釘付けになった。
今まで個人的に話した事などほとんど無く、また地球軍から脱走してからは常に厚手のパイロットスーツを着ていたので分からなかったが、今の薄い生地の寝間着を着たセブンの胸には、小さなふくらみがあった。これを見て、イレブンは悟った。ショウが彼、いや彼女をロングダガーから引っ張り出す時に、何を見たのかを。
見られたセブンと言えば、恐る恐るショウが後ろを振り返ると、その顔は凄まじいまでの怒りに染まっている。ショウですら命の危機を覚える程のプレッシャーを、今のセブンは発散している。
「ちょ、ちょっと待って、あれは人命救助の際の不可抗力……」
「もはや問答無用!! これは私の心の痛みだーっ!!!!」
グワシャアッ!!
繰り出される鉄拳。蛇に睨まれた蛙状態で動けないショウはまともに喰らってしまう。
「ぎゃびりーん!!」
「これは私の魂を傷つけた分だぁーっ!!!!」
バコオッ!!
「ぶわあおーっ!!」
たった二発の攻撃で、息も絶え絶えになるショウ。
「き、きくうーっ……こんな圧倒的な力を持った人がまだいたなんて…」
セブンがとどめの一撃を加えようと悠然と近づいてくる。
「そして私の正体を許可もなくイレブンに話した罪は一番重い!!」
「く、くそ!! こんな所でむざむざ殺られてたまるか!! 喰らえ火の法術、アルティメットメガバスター!!」
立ち上がったショウが手をかざすと、そこからかつて、ニキがロドニアの研究所で使用したものと同じ、コンクリートをも紙のように貫き通す極太の熱光線がセブンに向かって放たれる、が、セブンは片手でその威力を止めてしまった。
「そ、そんな…アルティメットメガバスターを受け止めるなんて…」
「これで終わりよ!! 私の心の痛みを地獄で償いなさい!!」
セブンがそう叫ぶと、彼女の拳から数十万の光の煌めきがショウに向けて放たれる。その攻撃を木偶のように喰らい続けたショウは窓際まで飛ばされ、そのまま窓をぶち破って落ちていった。
「はあ、はあ、はあ…」
ようやく気持ちが落ち着いたようでセブンは呼吸を整えると、イレブンに向き直った。イレブンは呆然として、セブンを見ている。先に口を開いたのはセブンの方だった。
「ごめんね、イレブン、今まで隠していて。私は、この通り女なの…多分遺伝子調整の段階での突然変異だと、私の担当の研究者は言っていたわ…」
「…どうして…隠していたんだ? 女の子なら女の子だと、そう言ってくれればよかったのに…」
と、些か無神経とも取れるイレブンの発言。セブンはそれに、少し目を伏せて返す。
「……イレブン、私はね。あなたの事がずっと好きだったの。でも、私が女だという事を言ったら、今の関係が崩れてしまいそうで…それが怖かったのよ…そうなるよりは、只の同僚で我慢しようとも思った…」
「……」
「けど、そうも言ってられなくなった。私は聞いてしまったのよ。次に新型MSのテストの為に、標的として使用されるソキウスは、ナンバー11、つまりあなただと言う事を、聞いてしまったから…」
「じゃあ、僕達の有用性を証明しよう、と言ったのは…」
その問いに、セブンは躊躇いがちに頷く。
「そう、勿論それも嘘ではないけど、それ以上に……私はあなたに生きていて欲しかった…だから…」
言葉を続けられないセブン。イレブンはベッドから立ち上がると、震えている彼女に近づき、そっとその体を抱き締めた。セブンの瞳が驚きに見開かれる。イレブンはその耳元に囁きかけるように、静かに言う。
「ありがとう…君の気持ちは嬉しいよ…」
二人の間に静かな時間が流れる。しかしそこに、
「ふうん、成る程、そう言う事だったんですね」
いつの間にか落ちていったショウが立って、話しかけてきた。慌てて体を離す二人。見るとショウの肉体や着衣は、つい数分前までボロボロだったのが、今はセブンの猛攻を受ける前の状態に戻っていた。顔にはニコニコと笑みを浮かべているが、心なしかセブンを見る目が鋭い気もする。イレブンはそれを感じて、進み出ると、
「ショウ、セブンもついつい興奮してやってしまった事なんだ。どうか許してやってはくれないか…?」
「…ゴメン」
丁寧に詫びを入れるイレブンと、ややぶっきらぼうに言うセブン。ショウはそれにあっさりと頷くと、セブンを許す旨を伝えた。そうして一息ついた所で、イレブンが愚痴るように言った。
「…これで僕達の軍への復帰はなくなった。これからどうしようか…」
ナチュラルの為に働く事が存在理由のソキウスである彼にとって、地球軍の為に働く事がもう出来ないという事は死刑宣告にも等しい意味を持っていた。セブンはそんな虚無的になっているイレブンの肩に無言で、そっと手を置く。
「君はどうすればいいと思う? ショウ…」
「何故僕に聞くんです? 生きる理由はあなただけのもの。他人の僕がどうこうするべきものでも、また何か口出しするべきものでもないでしょう?」
と、至極真っ当な返答を返すショウ。確かにほとんど赤の他人であるショウにそんな事を聞くのも間違っている。とは言え、「ナチュラルの為に生きる」事が出来なくなったイレブンは、何かしらの答えを聞かせて欲しいと願っていた。
そんな想いを察したのか、ショウが付け加える。
「あなた達も僕もまだ若い。自分が何をすべきか、時間をかけてゆっくりと考えても良いのではないですか? どうも僕の目にはあなたは生き急ぎ過ぎている様に見えます。…考えた結果、どんな道をあなた達が歩むのか、それは僕には関係の無い事。でも、それでもあなた達は幸福だと思いますよ? 何故なら、あなた達は独りではないから」
イレブンとセブン、二人のソキウスはその言葉に、はっとして、お互いを見詰める。ショウは微笑んで続ける。
「愛すべき存在がいるという事は尊い事ですよ。一生は永い。そんな時間を、自分一人で生きていくのはあまりにも淋しすぎる。だからどんな道を歩むにせよ、その道を共に歩いてくれる人がいる事は大切な事だと、僕はそう思う」
「「……」」
二人はその言葉の意味を考えるように押し黙ってしまう。今まで彼等の周りにはそんな事を言ってくれる人は一人もいなかったのだろう、だからこそ、ショウの言葉を深く受け止め、考えている。ショウはそんな二人を微笑ましく思うと同時に、二人を只の戦闘機械のように育ててきただろう者達を許し難いと感じた。
『…どんな生き方を選択するにせよ、あなた達の未来に幸多からんことを…』
そんな想いを胸の奥に仕舞い込むと、ショウは心の中で二人の為に祈る。そして静かに医務室を退室する。すると、医務室の外にはミナが待っていた。ショウは二人を担ぎ込んだ時に、ミナに話は後ですると言って、ベッドを用意してもらっていた。
約束通り、ショウはミナに事の次第を説明する。事情を聞き終えた彼女は腕を組むと、何か思う所があるかのように考え込み、ややあって言った。
「連合、いやナチュラルの為に生み出されたコーディネイターか。少しばかり共感を覚えるな。私やギナも、オーブの為に生み出されたコーディネイターだから…」
彼女は少し哀しそうな顔になって、俯く。ショウはそんな彼女を見て、何も言わなかった。あの二人とは違い、ミナは自分の足で立ち、自分の道を歩んでいる。今更自分が何かを言う必要も無い。と、考えていた時、今度ははっきりとショウに言う形で、ミナが話しかけてきた。
「しかし先程の言葉は私も考えさせられる所があったな」
「?」
「共に道を歩んでくれる者がいるという事は大切な事だ、という言葉だ。確かにその通りかも知れない。私にはギナがいる。ショウ、お前はどうなのだ?」
ショウはその質問に、少し躊躇うような素振りを見せた後、答えた。
「…僕にも、同じ道を歩いてくれる人達は確かにいました。今は側にはいないけれど…」
「……すまん、何か言いたくない事まで言わせてしまったようだな。許せ」
謝罪するミナ。ショウは気にしていない、と首を横に振ると、
「いいんですよ、ミナ。ところで暫く休暇を頂けませんか? 僕がいない間の教官はキラさんにお任せするという事で、一週間程」
「…構わんがその間、一体何をするつもりだ? まさかこんな情勢下に物見遊山でもあるまい?」
と、ミナは探るような眼でショウを見る。ショウはクスッと笑うと、事も無げに返答した。
「友達と、約束があるんですよ」
*
*
アラスカ、地球連合軍統合司令本部・JOSH−A。その最高司令部のドックに数十隻の戦艦が所狭しと格納されている中で、一際目立つ配色と形状の白亜の巨艦があった。アークエンジェル級一番艦・アークエンジェルである。
先のオーブ領海より離脱後の戦闘で、ショウと、彼の乗るストライクを失ったアークエンジェルは、その後、シェリルの迅速な指示によって戦闘空域を離脱し、アラスカの防空圏に逃げ込む事に成功していた。
そしてその後に行われた査問会によって、アークエンジェルのこれまでの戦闘記録などから、責任の所在などの追及が行われる事となるのだが、それはマリューやムウ、ナタルですら思い出すだけで腹の立つような内容だった。
これまで必死で、まだ年端もいかない少年の命すらも犠牲にして辿り着いたというのに、そこで待っていたものは一方的な非難、糾弾でしかなかった。かつてマリューはハルバートンが、上層部は戦場でどれ程の兵が死んでいるか数字でしか知らないと言っていた事を思い出していた。
そうして問題点等の指摘が数時間も続いた後、査問会は終了となり、その時に、アークエンジェルのクルーの内4名、ナタル、ムウ、シェリル、そしてフレイに転属命令が出された。シェリルはまた別の戦場へと向かう事となり、ナタルは月で宇宙艦の艦長としての特別訓練を受ける事となり、ムウはカリフォルニアの士官学校で教鞭を執る予定であった。そしてフレイは、プロパガンダとして、後方での活躍を期待されている。
あくまでこれは人事局からの通達であり、またザフトの次の大規模攻撃が行われると考えられているパナマへの増援の派遣の方が先決である為、実際の移動にはまだ日を置く事となるが、それを告げられた時、只でさえショウに謝る事も出来ず、そのショウもMIAとされ精神的に不安定となっているフレイは激しい抵抗を見せた。
元々依存心の強い性格の彼女、それが仲間から引き離される事の不安はマリュー達にも理解できた。だとしても自分達にはどうする事も出来ないが…
そんな無力感と、入港してから未だに上陸許可も出ない事への不審を、マリューやシェリルが感じていた時の事だった。
「…アルスター二等兵」
フレイのいる居住区の扉を開き、ベッドに座り込んでいる彼女に声がかけられる。声の主はシェリルだ。彼女は簡単な食事と、薬の乗ったトレイを手に、入ってきた。ここ最近、塞ぎ込んでいるフレイに対して、シェリルは色々と世話を焼いてくれていた。
「何か食べた方が良いですよ。少しでも…」
そう言って、食事を差し出す。だが、フレイは食べようとしない。シェリルは無表情で、その食事の載った皿を置くと、感情を感じさせない無機質な声で言った。
「…こういう言い方は酷だと分かっていますが…あなたがどれだけ悲しんだとて、死んだ者は生き返りはしません。ショウ一人が死んでも、世界は何事もなく回り続ける……それに耐えられないという気持ちは、理解できます、ですが…」
「誰が死んだですって?」
「「!!???」」
不意に入り口の方から発せられた声を聞いて、二人とも一瞬惚けたような表情になり、次に慌ててその声のした方向を向く。有り得ない。この声はまぎれもなく彼の声だ。だが、彼はここにいる筈はない。彼は死んだ筈なのだ。
そんな想いと共に、振り向いた彼女達の視界に入ってきたのは、やはり先の戦闘によってMIAと認定されていた、ショウの姿だった。思わず視線を下げる。足はちゃんとついていた。
「……何となくそんな気はしていましたが、まさか本当に生きているとは」
気を取り直して、呆れたように言うシェリル。この反応にはショウの方が逆に意表を突かれたようだ。
「…驚かないんですか? 死んだ筈の人間が生きていて、しかもこのアラスカにいるというのに?」
「…あなたといると、異常な事が起こりすぎて人間としての常識が麻痺してしまいます。あなたの行動は全ての常識を超越していますから。何故かあなたがあの爆発の中で生きている事も、そしてここにいる事も、それが当然だと、妙に納得させられている気がしますね」
ショウはシェリルの指摘に、苦笑いして返す。次に彼はフレイに向き直る。その瞬間、彼女は感極まったのだろう、両の瞳から大粒の涙を流して、彼に抱きついてきた。その体を受け止めるショウ。彼の腕の中で、フレイは嗚咽した。
「ショウ君、ごめんなさい…ごめんなさい……私、私…」
泣き続け、謝罪の言葉を紡ぎ続けるフレイの唇を、ショウはその指でそっと押さえてやった。フレイが顔を上げると、そこにはショウの透き通ったような笑顔があった。
「いいんですよ。もう僕の事は気にしなくていい。あなたは、あなたの道を歩むといい…」
「私を…憎んでいないの…? あなたを…」
あなたを利用して、戦わせようとした私を。そう言おうとするフレイを遮って、ショウが優しい声で囁きかけるように、
「僕が憎んでいるのは、戦争……だけです…」
そう言ってフレイの体を離す。フレイはもう泣きやんでいた。
「今日、アラスカへ来たのは、友達の所に行く途中に、僕の荷物を取りに来たんです。遺品として取り扱われているのはあまり気持ちの良いものではありませんでしたけどね」
そう言って右手に持っていた箱を見せる。確かに何かの間違いであっても死人扱いされるのは嫌な気分だろう。シェリルは呆れたように溜息をつく。自分も死んだ筈の人間が生きていたのを見るのは初めてではないが、相手が違うだけでこうも印象が違うものだろうか。
「それではフレイさん、大佐、また会う時までお元気で」
ショウが手を振って行こうとすると、そこにシェリルが口を出した。
「一つ訂正です。ショウ、私はもう大佐ではありません」
「…は?」
「あなたと、契約を交わした時に約束した通り、アークエンジェルのデータベースからストライクの戦闘記録・機体のデータの一切を消去したのが査問会で問題視されましてね。責任を取る形で、大尉に降格されました」
「……」
流石に罪悪感を覚え、思わず彼女から目を逸らすショウ。シェリルはクスッと、楽しそうに笑った。
「良いのですよ、気にしなくて。階級が変わっても私自身が変わる訳ではありませんから」
と、彼女は言うものの、本当に気にしなくて良いならわざわざこんな所でそんな事を言う必要も無い。とは言え彼女からは悪意は感じない。するとただ単に自分をからかうつもりだけでこんな事を言ったのだろうか。分からない。どちらにせよショウはシェリルの話術の奥の深さを、改めて認識した。
シェリルは腰のホルスターから銃を抜くと、それをクルクルと回し、銃身の部分を握ると、ショウに差し出した。差し出されたショウは、当惑したように彼女を見る。
「仕事の報酬ですよ。受け取っていただけますか? 個人的に、あなたとの繋がりにしたいとも思いますので」
その言葉にショウは決心したように頷くと、彼女の愛銃を受け取り、懐に仕舞う。そして改めてシェリルとフレイに向き直り、別れの言葉を交わす。
「二人とも、縁があれば、また…」
「次に会う時は平和な時でありたいものですね」
「ショウ君、死なないでね…」
そして、ショウの姿は空間に融けるように消え去った。まるで夢でも見ていたかのような出来事だった。しかし、それが確かにあった事だというのは、シェリルもフレイも理解していた。フレイは自分のその手を、力一杯握り締めた。
*
*
同じ頃、海上を進む一隻の白亜の戦艦、ソレイユ。そのブリッジには、フェニックス部隊の主たるメンバーが揃っていた。操舵席に座るオグマが、計器をチェックして、彼の後ろでそわそわしている二人、カチュアとシスに言ってやる。
「オーブという国まで、後2日と10時間という所だ。しかし、1年や2年はあいつの事を捜して回る事は覚悟していたが、意外に早く足取りがつかめたな」
オグマのコメントに彼の後ろの二人は頷き、今後のプランを艦長席のエターナと話し合っていたニキがそれを聞いて、言った。
「仮に彼と出会えなかったとしても何かしらの手がかりは掴める筈です。その場合はそれを元にまた探し続ける事ですね」
と、他人事のような客観的なコメントである。実際、必ずしもオーブに行ってショウが見つかるとも限らないし、また見つからなかった場合、カチュアやシスの受ける反動を出来るだけ少なくしてやろうという彼女なりの配慮でもあった。
「闇雲に捜し回るより遥かにマシです。それよりこの艦はオーブへと入れるのでしょうね? ユリウス」
今度はエターナがブリッジの片隅に立っているユリウスに聞く。ユリウスは自信たっぷりに頷いた。
「心配要りません。艦体にジャンク屋組合のマークを入れていますから。これがあるといかなる国も攻撃できず、またどんな国も入国を拒否できないそうです」
そう言って彼がキーボードを操作すると、スパナを組み合わせたマークが画面に映った。先日、ユリウスがターンXを使ってソレイユに描き入れていたマークと同じものだった。
ちなみにフェニックス部隊はジャンク屋組合に加盟する際に正規の手続きを経ておらず、ユリウスのハッキングで登録を偽造している。この世界における戸籍などを持たない彼等にとって、正規の手段での登録は色々と面倒が多いのだ。
「さあ、少し早いけどあなた達は今の内に休んでおきなさい。オーブに着いたら足を棒にしてショウを探さなければなりませんから」
夜更かししている子供を叱る母親の様にカチュアとシスに言うエターナ。二人は、
「はーい…」
「…了解…」
そう少しばかり不本意が滲み出た声で返事をして、それぞれの部屋へと戻っていった。
静かな夜の海の上を、ソレイユはゆっくりと進み続けた。
*
*
プラント、アプリリウス市、元プラント最高評議会議長、シーゲル・クラインの邸宅。
現在、最高評議会議長はパトリック・ザラが務めており、シーゲルはその職を彼に譲り、引退した形となっているが、未だに彼の影響力はかなりのものがある。しかし、現在はオペレーション・ウロボロスも遂に最終段階のオペレーション・スピットブレイクを残すのみとなり、そんな気運によって、彼を筆頭とする穏健派は強硬派に押され気味なのが現状である。
彼としては何とか地球側と交渉による終戦を考えていた。先日も地球連合の依頼によってマルキオ導師が持ってきた連合からの和平提案、オルバーニの譲歩案(正確にはその改訂版)を手に、議会へ申し出たものの、結局は強硬派の勢いに押し切られる形で終わってしまった。
シーゲルも確かにそこに記されていた案をそのまま呑むつもりはなかった。オルバーニの譲歩案はある程度の自治を認めはするものの、結局は開戦前と同様に、理事国の管理下には入れという一方的な通告に他ならない。そうなってはたとえ戦争が終わった所でコーディネイターの未来は依然暗いままだ。
今や流れは完全に強硬派の主張する主戦論に傾いている。議員としての職を退いた彼には止める術はない。止める事が出来なくとも、何とか流れを変えるか、穏やかなものとする事は出来ないだろうか。シーゲルはそれを考え続けていた。
彼の娘であるラクスも、彼と同じようにこの流れに心を痛めていた。だが、まだほんの16歳の少女であり、ただの歌姫でしかない彼女がこの流れの中で出来る事はあまりに微力だった。精々が、その歌で人々に争いの愚かさを呼びかける程度だ。
彼女は実際的な力を持たない自分を歯痒く思っていた。
そしてこの日も、シーゲルはアイリーン・カナーバらの穏健派議員との打ち合わせに出かけ、ラクスは庭のサンルームで、マルキオとお茶を飲んでいた。と、テーブルの上で今まで大人しくしていたピンクハロが、急に何かを感じ取ったように動き始めた。
〈ハロ!!〉
「まあ? どうしましたのピンクちゃん?」
ピンクハロはそのまま庭へと出て行ってしまい、ラクスがそれを追いかける。ピョンピョンと飛び跳ねながら、庭を走り回るピンクハロだが、空中に飛び上がった所を伸びてきた手に捕まえられてしまった。
「まあ、あなたは…」
ラクスはそのハロを捕まえてくれた者を見て、懐かしさと驚きで、目を丸くした。捕まえた者、ショウはラクスを見て微笑むと、優雅に一礼する。
「約束通り参りました。ラクスさん」
TO BE CONTINUED..