「島国と聞いてたけど広いね」

「…で、どうやってショウの正確な居場所を突き止める…? …いくら私達でも国の軍事施設に潜入するのは困難よ?」

「昔から足で拾えと言いますしね。探索あるのみ、です」

「やはりオグマのおっさんやあんた達にここまでさせるなんて、ショウとやらは余程の奴なんだな」

「ねえ、ちょっとどっかで一休みしない?」

「……♪♪」

 オーブに上陸したフェニックス部隊一行は、早速ショウの手がかりを見つける為に行動を開始した。その方法はかつて潜入したアスラン達が行ったように、オーブ中を歩き回り何かしらの手がかりを探るというものである。ソレイユを無人にする訳にも行かないので、エターナ、ニキ、オグマ、ミラ、ケインの5人が残り、カチュア、シス、ユリウス、スティング、アウル、ステラの6人が探索を行っていた。

 先頭を行くカチュアとシスは、それぞれ逸る気持ちを抑えながら周囲を見回しており、ユリウスは旅行者用のマップ片手に捜索ルートを考えているスティングとアウルはそんな3人の様子を面白そうに見ながら付いて行っており、最後尾のステラは踊りながら歩いている。

 そんな風に皆が前方に意識を集中して歩いていた為、メンバーが一人減ったのを気付くのが遅れた。

 ふとカチュアが後ろを振り返って一瞬固まった後、目を丸くしながら彼女の隣のシスの肩を叩く。シスは何かと彼女の方を向くが、次にカチュアの口から出た言葉に凍り付く事となる。

「…ねえ、ステラどこ行ったの?」





 自分は物心付いた時には研究所にいて、そこで優れた兵士となる為の訓練や、コーディネイターをも凌駕する肉体を身につける為の投薬実験の日々を繰り返していた。彼女はそれが苦痛ではなかった。どんなに辛い目に遭っても、それが辛い事だという事さえ分からなかったからだ。

 そんな日々が何年も続いてて、時々襲ってくる薬切れの発作の間隔が、徐々に短くなってきていたあの日、シス達は来てくれた。自分とアウル、スティングをあの研究所から助けてくれて、それまで自分達が持っていなかった物をくれた。

 強化処置の効能を保つ為の薬を必要としない体だけじゃない、自分達が、本当は、ホントの本当は心の奥底で欲していた物を、シス達は全て与えてくれた。何よりも、彼女達といると、胸が暖かくなるような、そんな不思議な、気持ちのいい感覚に包まれる。私はそれが好きだった。

 今日、こんなに人の大勢いる所に出たのも、覚えている限りでは初めての事だ。目に見える全ての物が新鮮に感じる。自分がどれ程世間知らずだったのか、思い知った気分だ。

 ふと視線を落とし、シスが買ってくれた服を見る。こんなに綺麗な可愛い服を着るのも生まれて初めてだ。

 クルクル、と、体を回してみる。それにつられ、服の広い袖もはためいてなびく。

 他愛の無い事だが、ステラにはそれがとても面白かった。

 そのまま周囲も碌に見ずに、道行く人の視線を集めているのも全く気に留めず、踊りながら歩くステラ。暫く歩いて、流石に気分が悪くなったので止まって、周りを見渡してみると、

「……あれ?」

 何故か自分のすぐ前を歩いていた筈のシス達の姿が、一人も見えなくなってしまっていた。ぼんやりとしながらもう一度キョロキョロと見回してみるが、やはり彼女らの姿はどこにも見えない。

「…シス、どこ行ったの?」



OPERATION,22 出会った者達 



 プラントでは雨の時間だった。クライン邸は海にも面しており、その風景は晴れの日は勿論だが、雨の日にはまた違った趣がある。そんな風景をショウはサンルームの中で、のんびりと紅茶片手に見ていた。そこにはラクスとマルキオも同席している。

「…平和ですね、ここは」

 ショウの口からぽつりと、感想が漏れる。ラクスはその言葉に頷いた。確かに彼の言う通り、このプラントはまだ戦火からは遠く、一部の地区を除いては平和という言葉がピッタリと来る。それもこのまま戦争が続けば、どうなるかは分からないが。

「この平和の時が、地球の人にも同じ平和であれば良いのだけど、残念ながらそうは行かないのが今の世界の現実……地球はあちこち回って色々見てきた。だから次はここ、プラントがどんな所なのか、それをこの目で確かめたいと思ったんだ」

 自分がここに来た理由を説明する。その言葉にはラクスは何も言わない。ただ静かに耳を傾けている。

「地球では平和と戦火は紙一重だった。ならばこのプラントは? 僕は、真実が知りたい。この戦争がどこへ向かっているのか、流れはどのような未来へと流れているのかを。そしてその流れの中で苦しむ人がいるのなら、その為に僕の力を尽くしたい。それが僕の誇り。この力は……その為にこそ在るのだから」

 『一人でも多くの力弱き人々の命と笑顔を護る』

 以前アークエンジェルにいた時、ショウが語ってくれた彼の戦う理由。ラクスはその時のショウの顔を思い出していた。そしてそれを今、眼前にいるショウに重ねる。

 変わっていない。あの時と些かも。父の情報網から入ってくるアークエンジェルやストライクの状況から、彼が相当な激戦を経てきた事はラクスにも分かる。それでもなお、あのアークエンジェルで自分が感じた輝きを、この少年は失っていない。

「それがあなたの戦う理由でしたね……」

 穏やかな声でラクスは確認するように言う。するとショウの向かいの席でお茶を飲んでいたマルキオが体をショウの方向に向けると、言った。

「…あなたはSEEDを持つ者ではありませんが…それをも超越した何か、説明できない何かを持っている。この私の見えぬ目にはそう映る。そう感じます」

 SEED、その単語にはショウは心当たりがあった。オーブにいた時、エレンが色々と教えてくれたが、その中にSEEDという言葉があった。それが何の略称かまでは忘れてしまったが、確か人の認識能力に関する研究で、学会で発表されたきり忘れられたものだ。マルキオ導師はこれを自分の思想に取り入れたらしい。

 遺伝子を操作した所で、ナチュラルやコーディネイターというものでしかなく、所詮ヒトであることに変わりはない。肉体面ではなく、精神面での改革が必要なのだと、マルキオの思想は極々簡単に言えばそう言う事だった。

 ショウは、いつの時代でも人はそういうものを持っていた事を思い出していた。ある時代では人の革新、一歩先へ進化した人間という思想が語られていたし、またある時代では、自分と同じように人の限界を超えた強さを持つ戦士が多くの人の運命を背負っていた。

 どんな時代でも人は何かしらの価値観を求めていた。そしてこの世界でも。

 そこまで考えて、少し意地悪っぽく、心の中でマルキオの言葉に対してコメントする。

『まあ、確かに色んな意味で人間離れはしてるけどね』



「……」

 シス達とはぐれてしまったステラ。オーブに来たのは彼女は当然初めてで、しかも地図はユリウスが持っており、更に踊りながら歩いていたので道など碌に覚えていない。この上なく迷子という状態である。が、この状況にあっても、彼女は余り現状を理解していなかった。

「…シス、どこ…?」

 だが、やはり彼女の中でシスが占めているウエイトは大きく、彼女の姿を探そうと、フラフラと歩き出す。しばらく大通りを歩いてみるが、シスの姿は見えない。ステラは少し不安になったのか、彼女の歩く速度が少し速くなる。そうして彼女が曲がり角にさしかかった時、横から人が飛び出してきた。

「うおっ…とっ」

 その飛び出してきた少年とステラがぶつかった衝撃で、彼の持っていた買い物袋がドサドサと落ちてしまう。ステラはそのはずみで転びそうになったが、その少年の手が彼女の体を後ろから抱きかかえて支えてくれた。

「大丈夫?」

 かけられた声にステラが振り向くと、その少年の顔が見えた。赤い瞳を持ち、黒髪で、まだあどけなさを残す顔立ちのステラと同じぐらいの年頃の少年だ。

「…だれ?」

 そうステラが呟くのと前後してその少年は何かに気付いたように目を見開くと、慌ててステラから距離を取った。ステラは彼の様子をきょとんとして見ていたが、やがてシスから教えられた事を思い出して、即実行する。こういう時はどうすれば良いか。

「…ありがと…」

 その礼の言葉を聞いても、相変わらず少年はどぎまぎしたままだ。ステラはその様子に首を傾げる。と、その視界に足下に散らばった買い物袋が入った。彼女は何も言わずにしゃがみ込むと、その袋や散らばった荷物を集めていく。すると今度は横から茶色い髪と紫紺の瞳を持つ小さな女の子が出てきて、ステラが散らばった荷物を拾うのを手伝っていく。少年の方はまだ固まったままだ。それを見た女の子が、怒ったように言った。

「ちょっとシンお兄ちゃん、手伝ってよ!!」

「あ、ああ…マユ…」

 その女の子、マユにシンと呼ばれた少年は、その一声で正気に戻ったようになると、慌ててしゃがんで、荷物を拾い始める。その途中で偶然ステラと手が触れあった時、彼の心臓がドクンと鳴ったのはお約束でありご愛敬だ。

 シンは取り敢えずステラもそれには気付いていないようだし、声をかけてくれて有耶無耶にするチャンスをくれたマユに感謝していた。とても言える筈もなかったからだ。『さっきぶつかった時、その拍子にあなたの胸を掴んでしまいました。ごめんなさい』などとは。



「…GAT−X131『カラミティ』、X370『レイダー』、X252『フォビドゥン』、X402『フューネラル』…」

 モニターに、次々とMSの映像とスペックが映し出されていく。全身に砲を持ち、一機のMSに詰め込めるだけの火力を詰め込んだような機体。可変機構を持ち、機動性を重視しているのだろう、背中に大型の三角翼を持つ機体、用途は不明だが、背中に亀の甲羅のような巨大なパーツを背負った機体。そして2本の対艦刀を背負い、そのボディの随所に先に表示された3機の特徴を併せ持つ、スマートな印象を受ける機体。

「……」

 指がキーボードを叩くと画面が切り替わり、また別のMSの設計図が映し出された。

「…ZGMF−X10A『フリーダム』、X09A『ジャスティス』、X99A−MARS『グローリィ』…」

 背中に5対10枚の羽を持ち、背には2門のビームキャノン、腰には同じく2門のレールキャノンを装備した火力、機動力重視と思われる機体。背中に背負う大型のリフターに様々な装備を搭載し、本体には格闘戦用の装備を数多く持つ接近戦用と思われる機体。そして可動スラスターとしての役目を持つ2対4枚の翼を持ち、両手両脚にイージスの物を発展させたと思われるビームソード、その他にビームガトリングガンやビームキャノンを装備した見るからに癖の強そうな機体。

「はあ、連合もザフトもどんどん新型機を投入するつもりなんだねぇ…この辺でもう止めといても良いと思うけど…」

 と、ぼやくように言い、座っている椅子の上で背伸びをするオッドアイの少女、エレン・アルビレオ。

 今日はモルゲンレーテの仕事は非番の彼女は、公共のパソコンから連合やザフトのコンピューターにハッキングをかけ、両陣営で現在開発中、もしくは開発が終了しテストを行っている最中の最新鋭機のデータを閲覧していた。自分の研究に何か役に立つような新技術でも開発されていないかと思ったからである。

 しかし、どちらもそれほど目新しい技術は開発されておらず、強いて言えば連合の最新鋭機の内の一機、フォビドゥンに搭載されているコロイド技術を応用したエネルギー偏向装甲ぐらいの物だったが、それは彼女の目を引く物ではなかった。

 その他にもう一つ、現在ザフトで開発中の3機については動力は従来機と同じバッテリーではなく、全く別の物を使用するという事が引き出したデータにはあったが、その動力の詳細についてはプロテクトが最高レベルであった為、流石の彼女もそれを破る事は出来なかった。

 それに気を悪くするでもなく、彼女は傍らに置いてあったフルーツジュースを一口飲むと、再び目の前のパソコンに向き直り、それまでとはまた別のプログラムを行っていく。周囲の人は彼女の余りのタイピングの速度に目を丸くして人だかりが出来ているが、集中している彼女はそれを気にも留めなかった。



「…メイドさんが欲しいなあ…」

 一方、オーブの港に寄港している空飛ぶ白亜の宮殿、ソレイユの甲板の上にテーブルを置き、パラソルを立て、のんびりとくつろいでいる留守番組の女性陣3人、ニキ、ミラ、エターナ。その一人であるミラがエターナの入れたお茶を飲むと、机に突っ伏してそう呟いた。その内容にニキとエターナはギョッとした表情になる。

「突然何を言い出すのです、ミラ?」

「その通りです、何故メイドなど今更雇わねばならないのですか? 基本的に私達は自分の事は自分でやるのが信条ですし……まあ私は料理が不得意ですけど、それはカチュアやシスがやってくれているじゃありませんか」

 と、反論する二人。それを聞いたミラはキッ、と顔を上げる。その顔には涙が滝のように流れていた。

「あなた達に私の味わってきた地獄の何が分かるというの!!? この前だって、カチュアが『ショウと出会えた時に作ってあげるんだ』って言うから、新開発のメニューの試食に付き合ってみれば、口にした瞬間意識が遠のいて、後で問い質してみれば『やっぱり隠し味のトリカブトがいけなかったかな? テヘ♪』なんて事があったのよ!!!!」

「そ、それはお気の毒に…と言うかよく生きてましたね…」

「……」

 その涙ながらの告白に、引きつつも同情するニキ。エターナはそれを聞いても澄ました顔だ。そして他の留守番組2名、ケインとオグマの二人は、前者は趣味の盆栽を弄りながら、後者は手元の銃を整備しながら、その話に耳を傾けている。

「その前はシスに特性の栄養ドリンクって言う紫色の液体を無理矢理飲まされ、体が金縛りにあったように半日も動かなくなって、更にその前はカチュアに塩と砂糖を間違えた特大シフォンケーキを食べさせられ、そのまた前は…」

 彼女の不幸話は延々と30分近くも続き、ひとしきり言い終わった後、現在部隊の最終決定権を持つエターナに直訴した。

「お願いです隊長代理!! どうかメイドさんを雇って下さい。何も贅沢は言いません、まともな料理を作ってくれればそれで良いんです、どうか私を助けると思って、お願いします!! このままあの二人にこの艦の厨房を任せていては私が殺されてしまいます!!」

「出来ません」

 即答で却下された。食い下がろうとするミラを制して、エターナが説明する。

「私達の持つ力はあまりにも強大な物。私達が望まずとも、私達の周りには争いが引き寄せられてくるでしょう、そんな中に一般人を巻き込んで、それは私達の信念に反する行いだとは思わないのですか?」

「うう…」

 ミラは正論で返され、反撃の言葉が出ない。それに加えて、フェニックス部隊はメンバーの大多数が料理を作る事が出来るという事実も、彼女にとっては不利な材料であった。自ら『料理は不得意』と言っているニキでも、簡単な食事を作る事ぐらいは出来る。一見料理などとは無縁に見えるオグマやケインも、独身生活が長いせいかそこは手慣れたものだ。現在料理を担当しているカチュアやシスは言うまでもない。そんな中で彼女だけは料理が壊滅的に不得意だった。

「それに、そんなに気にする事でもないと思いますが?」

「は?」

 がっくりとうなだれたミラにかけられるエターナの言葉。そこに含まれる意味が今一つ読み取れず、聞き返す。が、続く言葉を聞いて、愕然とする事になる。

「知らなかったのですか? 二人に言って、私達の食事には毎食少量ずつ天然の毒物が混ぜられているのですよ? もし敵が毒針でも使ってきた時、耐性が出来るようにね。日々訓練です。体は鍛えなければ強くなりません」

 その衝撃の事実にニキはガタン、と椅子から立ち上がり、ケインはうっかり盆栽を根本から持っていた鋏で切ってしまい、オグマは分解していた銃のパーツをバラ撒いてしまった。そしてミラは、

「そ…そんな…私は何て不幸なんだああああああっ!!!! うわあああああああん…!!!!」

 泣き叫びながら走っていってしまった。残った4人の中で、ニキが努めて冷静な口調でエターナに詰め寄る。

「た、隊長代理、先程の言葉は真実なのですか?」

 自分達は気付かない内に毒の入った料理を毎日食べていたのか。彼女はその事実を突き止めるべく、決死の覚悟で質問する。返ってきた答えは、

「嘘ですよ」

 しれっと言うエターナ。他の3人は思わずほっと胸を撫で下ろした。先程のエターナの言葉は冗談に聞こえなかったからだ。

「では何故あんな事を? ミラは本気にしてしまいましたよ」

「うん、ちょっとからかってみるだけのつもりだったのですが、思いの外効果は絶大だったようですね。やはり慣れない事をやってみるものではありませんね」

 真顔で言うエターナ。確かにその通りだと、他の3人も心の中で頷く。もし仮に、部隊では悪戯好きで通っているカチュアがあんな事を言ってもミラはそう簡単には信じないだろう。普段から真面目で通っているエターナだったからこそ、効果は絶大だったのだ。

「しかし大丈夫でしょうか彼女。もし生きていく事に絶望して自殺、なんて事になったら…」

「…確かに彼女の性格からするとそれも有り得ない話ではありませんね。分かりました。私がこれを持って、先程の事は冗談だったと彼女に説明に行きましょう。こんな事で大切な仲間を喪う訳には行きません。もし彼女が戻ってきて入れ違いになっても困りますので、あなた達はここで待っていて下さい」

 そのニキの懸念にエターナは真剣な表情になると、椅子の下から『ドッキリ大成功』と書かれた看板を取り出し、彼女の後を追っていった。後に残された3人が、誰からともなく呟く。

「しかし…メイドでござるか」

「一考の余地はあるな」

「萌え、の代表ですね」



 ちなみにこの数時間後、オノゴロ島の海岸で海に向かって、



「馬鹿野郎ォォォォォ!!!!」



 と絶叫するミラの姿が確認された。



「…見つからない?」

「…うん、シス達…いない…」

「大丈夫、この島はそんなに広くないし、すぐに見つかりますよ」

 通りをこんな会話と共に歩いているシン、ステラ、マユの3人。ステラはあの後荷物を拾い終わると、迷惑ついでにとシンに自分が迷子になった事を伝え、道を聞いた。すると彼はしばらく彼女の連れを捜すのを手伝うと言い出したのだ。ステラの方はその申し出を断る理由も無かったので快諾し、3人でシスやカチュア、スティング達を捜す事となった。ちなみにシンがステラにその事を言った時、そんな兄の姿を見てマユが『フフーン』と、笑っていたのは秘密だ。

 そうして暫く捜し回ったが、やはりそう簡単には見つからない。ステラはだんだん自分の中の不安が大きくなってくるのを感じていた。どうしよう。またひとりぼっちに戻るのだろうか。シスと、もう会えないのだろうか。そんなの、イヤだ…

 そう彼女が感じていた時、横から小さな悲鳴が上がった。マユの声だ。

「きゃっ」

「どこ見て歩いてやがる、このガキ!!」

 ステラが己の内面から現実に意識を戻し、見てみると、見るからに柄の悪そうな男達が彼女達の前にいた。ざっと見渡した所20人はいる。

「痛ぇ、痛ぇよお、死んじまうよぉっ!!」

「た、大変だ、兄貴の足が折れちまってる!?」

「おい、手ぇ前ぇ、この落とし前、どう付けるつもりだ!?」

 と、呆れる程わざとらしい芝居を打ち、凄んでみせるチンピラ達。ステラから見れば、こんな奴等が何百人いようと恐れるものではないが、一般人で小さな女の子であるマユはそれでも怯えていた。頭を下げて、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言い続けている。それを見て、チンピラ達は余計に図に乗る。

「じゃあ、誠意ってものを見せてもらおうか、誠意ってもの…!?」

 そう言いかけたチンピラは、シンが繰り出した鉄拳とステラの繰り出した蹴りを同時に喰らって吹っ飛ばされた。ステラは相変わらずのんびりとした顔で、対照的にシンは驚いたようにステラを見る。出会ったばかりの彼女が助けてくれるとは思ってもいなかった。

 一人を倒された事で怒ったチンピラ共。それぞれ懐から分銅やナイフ、アーミーナイフなどの武器を取り出す。それを見てシンは体を緊張させると、マユを庇うように彼女の前に立った。正直、いくら自分がコーディネイターでも、多勢に無勢。何とかステラとマユだけでも…

 そうシンが考えていた時、ステラは何かを思い出したように掌をポン、と叩くと、言った。

「思い出した。こういう人達って、『どこにでも出てくる見飽きたチンピラ共』って言うんだよね」

「「「………」」」

 その発言に、一瞬、その場に痛い程の沈黙が降りる。そして次の瞬間、

「女に生まれた事を後悔させてやるぜ!!」

「ぶっ殺せ!!」

「舐めやがって!!」

 逆上したチンピラ達が一斉に襲いかかってきた。身構えるシン。ステラはそんな中でもシスから教えられた事を思い返していた。敵の数が多く、また自分の側には戦えない人、護るべき人がいる。そんな状況では…

「!」

 それを思い出したステラは、シンとマユの体を抱えると、チンピラ達とは逆方向に走り出した。この場はひとまず、

「逃げよ」

 そう言う間にもどんどん走っていくステラ。チンピラ達も当然その後を追ってくる。人二人抱えていても、強化された肉体を持ち、フェニックス部隊での訓練を受けているステラは常人以上の速さで走る事が出来る。後ろを見ると、チンピラ達も意地になっているのか中々諦めてくれない。ステラはそのまま走り続けた。





「ああ、ステラはどこにいるの?」

 カチュア達は行方不明になったステラを捜して、オノゴロ島を歩き回っていた。カチュアもそうだが、シスの様子が落ち着かない。まあそれも仕方のない事か、と横で見ているユリウスは思う。ステラがシスの事を慕っているのは見れば分かるし、シスもステラを可愛がっている。それが行方知れずになれば落ち着いていられる訳もない。

 自分も弟子を取り、指導する立場になればそんな風になるのだろうか、と考えながら、スティングとアウルの方を見る。彼等もずっと一緒だったステラがいないと不安なようで、彼女の名前を呼びながら歩いている。

「帰ってきたらお説教ですね」

 場の空気を和ませようと冗談交じりに言って前を見ると、

「うん? あれはステラさんじゃないですか?」

 それを聞いて、全員が一斉に前を見る。するとこちらに向かって少女が走ってくるのが見えた。両手に抱えている二人の少年少女が気になるが、明らかにあれはステラだ。ほっとした顔になる一同。ステラの方もこちらに気付いたようで、笑顔を浮かべて止まり、シンとマユを下ろしてやる。すると一同の中でシスが怒ったようにステラに詰め寄った。

「…ステラ…私達に心配かけてどこ行ってたの…?」

「ごめんなさい、シス…でも…」

 しゅん、となってしまったステラ。謝ると、自分の走ってきた方向に目をやる。反射的にシスもそちらを向くと、こんどはそっちからチンピラ達がやって来た。全員手に手に武器を持っている。ステラ、シン、マユを除くその場の全員が、成る程、と言う顔になる。

「…そういう事…あんなのに絡まれていたのね」

「戦う事も出来たのにその二人の事を考えて一旦逃げてきたんだね、偉い偉い」

「ま、僕達の仲間に手を出したのを不運と思っていただきましょう」

「ステラに何かしようってなら俺が相手だ!!」

「ちょうど良いかもね。最近運動不足で、体がなまっていた所だし」

 言いながらステラ達を護るように立ちはだかる5人。チンピラ達は自分達が19人に対して相手はたかが5人、しかも内3人は幼い子供なので侮って、そのまま突っ込んでくる。それが命取りになった。

 グワシャッ!! ドカッ!! バコッ!! ベキッ!! ガシッ!! ドシャッ!!

 シス達5人は一瞬でチンピラ共19人を片づけてしまうと、何事もなく立っているステラと、その後ろでとんでもないものを見たかのようにあんぐりと口を開けっぱなしにしているシンとマユに近づき、一同を代表してユリウスが話しかけた。

「すいません、僕達の仲間がご迷惑をおかけしてしまったようですね。お詫びと言っては何ですがその辺でお茶でもどうですか? 勿論お代は僕達が持ちますので」





 こうしてシンとマユを含む8人でカフェに入った一行。席に座るとそれぞれジュースやコーヒーを注文する。カチュアとユリウスはそれに加えてパフェを注文した。

 他愛のない話で他の者達が盛り上がっているのを尻目に、ユリウスは店のテーブルに備え付けられていたパソコンにログインした。結局今日の捜索ではショウの行方の手がかりは掴めなかったので、もう一度ネットワークからの情報を洗い直してみようと考えたのである。

 常人には有り得ないスピードでキーボードを叩き、オーブ軍本部のセキュリティを次々と突破していく。全てがいつも通り順調に行くかに思えた。その時である。

 ビーッ…ビーッー

 警報音が鳴る。ユリウスは慌てずに現状を把握しようと努める。

「見つかった…? いや違う……侵入者?」





「…おい、ユリウスの奴どうしたんだ?」

 最初にそれに気付いたのはスティングだった。その声に他の6人がそちらを向くと、ユリウスがパソコンに向かって、鬼気迫る表情でキーボードを叩いていた。キーを叩くスピードは既に先程の数倍に達し、まだ速くなり続けている。

「ちょ、ちょっとユリウスどうしたの?」

 その彼の様子に尋常ならざるものを感じたカチュアが声をかけるが、

「静かに!! 気が散るっ!!」

 その一言で一蹴される。シスが後ろから画面を覗き込んでみると、どうやら何者かがユリウスの使っているパソコンに不正アクセスを試みてきたらしい。普段ならユリウスはそんな輩は簡単に返り討ちにして、特製ウイルスの一つでも送り返す所なのだが、どうやら彼が今戦っているのは相当な凄腕プログラマーのようだ。

 シスが見た限りハッキング対決の形勢は五分と五分。相手(ハンドルネームは〈ケフェウス〉とある)とユリウスは一歩も譲らない。そしてユリウスがプログラミングの速度をどんどん上げているというのに、〈ケフェウス〉の方もそれに遅れずついてくる。シスは信じられないものを見た気分になっていた。と、その時、ステラが彼女の肩を叩いた。

「シス…」

「…どうしたの? ステラ?」

「右見て」

 言われたままに彼女が右を向くと、そこにはやはり凄まじい速度でキーボードを叩いているユリウスの姿が見えた。それがシスに見えた事を確認すると、次にステラは、

「じゃあ次は左を見て」

 と言った。シスがそちらを振り向くと、

「…なっ!?」

 彼女にしては珍しく声を荒げる。何と彼女から見て左側の席に、ユリウスと同じぐらいの凄まじい速さでキーボードを叩いている砂色の髪の少女の姿があった。他の者もそれに気付いたようでその少女とユリウス、二人の姿を代わる代わる見る。

「……この人がユリウスの相手をしているのかな? やっぱり」

「……でしょうね。ことプログラミングに関して、ユリウスは私達の中でショウをも凌ぐフェニックス部隊最速。それと対等にハッキング勝負できる人間が5人も6人もいる筈がないし…」

「凄ぇ…見ろよ、二人とも手の肘から先が見えないぜ。それ程速い」

「あんなスピードを持っていたなんて…」

 と、そんな事を勝負の真っ最中の二人のすぐ側で話しているカチュア達だが、二人とも文字通り全神経を勝負に集中している為、その声は聞こえていない。10分、20分と時間が過ぎるが、二人の勝負は互角のまま全く終わりが見えてこない。と、その時である。

 バチッ…

「…??」

 マユが何かびっくりしたような顔になる。それに気付いたカチュアとシスが彼女に聞く。

「どうしたの? マユちゃん?」

「え…あの、見間違いだと思うんですが……さっきユリウスさんの使っているパソコンから火花が出た気が…」

「「火花…?」」

 そう言われてカチュアとシスも、ユリウスの使っているパソコンを注意して見る。すると、

 バチバチッ…

「!!」

「本当だ…本当に火花が出た…」

 そうして彼女達が驚いている間にも、二人のタイピング速度はどんどん速くなっていく。それに比例するように火花が見える回数も多くなり、ついにはパソコンから黒い煙が出てきた。周囲も異常に気付いているらしく、野次馬が集まってきている。そんな者共には目もくれず、勝敗の行方を見守り続ける一同。と、カチュアが何かを思い出したように口を開いた。

「ねえ、シス、私今”ひでぶ”を感じているんだけど」

「”ひでぶ”? 秘孔でも突かれたの?」

「そうじゃなくて、以前にもこんな状況、私達は体験した事がなかった?」

「ああ、既視感(デジャビュ)ね。実を言うと私もさっきからそんな気がしていたのよ」

 そう言って考え込むシス。暫く顎に手を当てて考えて、そして思い出したのか顔を上げる。

「…そう、確かあれは未来世紀に行った時の事ね。ネオホンコンのゲームセンターで、ガンダムファイターのドモンとアレンビーが体感ゲームで勝負する事になって…」

「ああ思い出したよ、その後ゲームマシンが二人の動きについていけなくなって…」

「「それから……」」

 その先を言おうとして、二人とも表情が固まった。マユがどうしたのかとその顔を覗き込もうとすると、いきなりカチュアが彼女を抱きかかえ、店の外へと走り始めた。シスも隣にいたステラの肩を掴み、

「ステラ、逃げるわよ、急いで!!」

 そう言うと彼女もエースパイロットに遭遇したパオロ艦長の様に、血相変えて走り出していく。ステラもその様子からただ事ではない事を悟ると、近くにいたシンを抱えて走り始めた。残されたスティングとアウルも、取り敢えず彼女達の後を追う。ユリウスと彼の隣の席の少女は、やはりそんな喧噪は目に映らなければ耳にも聞こえないらしく、一心不乱にキーボードを打ち続けていた。その速度は更に速くなり、パソコンから出る火花や煙もどんどん増える。

「もう少しです、もう少しで…」

「この相手の居場所が分かる…」

 二人はハッキング勝負と平行して、自分の相手の居場所を捜す作業も行っており、その作業の進行速度も全く同じ速さだった。この勝負に決着が付く。自分の勝利という形で。そんな想いが、二人のプログラミング速度を更に速くする。そして、

「「見つけた!!」」





 ボカーン……

 自分達が逃げ出してきたカフェから数百メートル程離れた所で、後ろから聞こえてくる爆発音に、カチュア達はようやく足を緩めた。後ろを振り返ると、カフェの方向から火事でもあったような煙が立ち上っていた。

「ユリウス…無事かなぁ…」

 心配そうに言うカチュアを見て、シスが声をかける。

「大丈夫よ、カチュア」

「え?」

 彼女は真顔で、自信たっぷりに言った。

「あの種類の爆発では黒コゲにはなるけど怪我をしたり死んだりはしないから」





「うう…中々やりますね…まさかこの僕と五分の勝負をするとは…僕はユリウス・フォン・ギュンターです。あなたは?」

 シスの言った通り、怪我こそしていないものの全身黒コゲになり、ご丁寧に髪がアフロになったユリウスが、自分のすぐ後ろの席に座っていた少女に言った。その少女、エレンも彼と同じように黒コゲになっており、口から黒い煙を吐きながら、しかしさっぱりとした表情で返す。

「あなたこそ大した物ね。天才であるこの私が認めたげるよ、私はエレン・アルビレオ」

「…天才は天才を知る、ですか。エレン。フフフ…」

「クスクス…」

「あっはっはっは」

「アハハハハ!!」

 半壊したカフェの中で笑い合う二人。この後カフェの支配人に壊れた店舗の修理代を支払い、別れようとした時、ユリウスの懐から一枚の写真が落ちた。それに気付いたエレンがその写真を拾ってやる。ユリウスはそれを見て、

「ああ、エレン、その写真の人を見た事はありませんか? 僕達は彼を捜しているのですが…」

 と、問いかける。エレンはその写真に写っていた人物を見て、暫く考えた後、首を縦に振った。

「これって…ショウ君…だよね?」





TO BE CONTINUED..


感想
漢どもの夢に乾杯、ですかね。しかしメイド、給料は幾らで雇うつもりなんだろう。いっそステラにやらせてみるとか。
ステラはシンと会いましたが、抱えて逃げるなステラ。かえって目立つぞ。よく警察に通報されなかったものです。
そしてパソコン合戦は、べたべたな展開になりましたね。髑髏マークのボタンから続く歴史を持つギャグ、自爆ボケとは。