「ほう…お前達がショウの仲間だと言うのか…」

 ハッキング対決の余波でカフェを半壊させた騒ぎの後、エレンの紹介でモルゲンレーテに入る事の出来たフェニックス部隊一行。そこでロンド・ミナ・サハクに目を付けられ、彼女の部屋に連れてこられていた。ちなみに今彼女の部屋にいるのは、エターナ、ユリウス、カチュア、シスの4名で、他の者はソレイユに待機している。

「だが残念ながら彼は今ここにはいない。友人と約束があると言って、何処かへ行ってしまっている」

 と、現在の状況を話すミナ。カチュアが溜息をつくと、うんうんと彼女の言葉に頷いた。

「それは間違いなくショウね。その、私達の側以外に一つ所に留まれない所、間違いなくショウだよ」

 独特の理論でミナの言葉を補足する。ミナも少しばかりその論理は強引すぎる気がしたが、カチュア以外の3人はそれに納得したように頷いている。これが彼女達と自分の、ショウと過ごした時間の差なのだろうか、とミナは淋しいような、そんな感覚を覚える。それに彼女は気付くと、フッ、と自嘲気味な笑いを浮かべ、そして目の前の者達に言った。

「しかし…分からぬ。何故お前達はそこまでして彼を捜しているのだ?」

 それは彼女にとっては大きな疑問だった。ショウと出会って、彼女の中では今まで彼女が体験して、見聞きしてきた物以外の価値観が生まれつつある。それは無機質な損得勘定など遠い所にある、純粋で、それでいて熱く燃えているような、そんなショウの生き方を見たからだ。では、その彼の仲間は何を想い、彼を追ってきたのか。それを聞きたいとも思っていた。

 その問いに目の前の者達は、それぞれ同じで、でも違った答えを返した。

 最初にエターナが、

「彼は…私が戦場で拾い、そして弟子として訓練しました。言わば彼は私にとって息子のような存在ですから…」

 と、昔を思い出しているような目をして言い、次にカチュアが、

「ショウは私が戦場で泣いていた時から、ずっと私を護ってきてくれた。だから私もどんな時でもショウを護るって、そう約束したから」

 きっぱりと言った。次にユリウスが、

「彼は僕の大切な友達です。捜すのに理由など要りません」

 そう言った後、「昔の僕なら、全てを知識と理屈のみで割り切ろうとしていた僕なら、彼を捜そうとはしなかったでしょうが」と、付け加えた。そして最後にシスが、

「…ショウは…あの研究所の闇を切り裂いて、私に全てをくれた人…だからその時、私はショウの為に生きる事に決めたの。あの時私に手を差し伸べてくれた時から、ショウは私の全て…」

 静かに彼女の決意を語った。

 ミナは正直それを聞いた後でも信じられない気分だった。ただそれだけの為に、他の全てをかなぐり捨てても、友の為に生きる事の出来る、そんな人間が世の中にいたなんて、信じる事が出来なかった。こんな衝撃はこれが二度目。ショウの心に触れた時以来だ。ミナは彼女らがショウの仲間だと言う事を、強く確信していた。そこらの凡俗には分からなくても、彼女には分かる。彼女達からはショウと同じ輝きを感じる。

「…で、これからどうするつもりなのだ?」

 と、ミナ。4人は暫く顔を見合わせると、やがて一同を代表するようにしてエターナが進み出た。こういう時の最終決定権は、やはり隊長であるショウの代理を務める彼女にあるからだ。

「ミナさん、あなたにはショウがお世話になっているようですし…その借りを返すという意味でも、ショウと私達が出会う事の出来るまでで良ければ、私達が彼の代わりにあなたの力になりましょう…」

 エターナはそう言うと、後ろに控えている3人に向き直った。3人とも異議無し、と言うかのように力強く頷いた。と、そこに、

「ミナ様!!」

 部屋のドアを開けて、エリカ・シモンズが慌てた様子で入ってきた。彼女はミナの側まで行くと、彼女に何か耳打ちする。それを聞いたミナの瞳が、驚愕に見開かれた。 



「マルキオ導師、しばらくこの娘の面倒を見ては頂けませんか?」

 同じ頃、プラント、クライン邸では、いつものサンルームでお茶を飲んでいるラクスとマルキオの元に、ショウが一人の少女を連れてやって来ていた。彼の最近の行動パターンは、朝はラクス達と共に朝食を取り、それから夕方までは、

「今日もプラントを見学に行ってきます」

 と言って出かけてしまい、そして帰ってくる、という事の繰り返しだった。ラクスの父、シーゲルは、おかしな客がやってきたものだ、と思っていたが、ラクスが以前世話になっていると言う事と、まだ彼がここに来てほんの数日である事から、別段ショウに何かを言おうとはしなかった。

 そんなある日、いつもと違って彼が朝に出かけたまま、帰ってこない日があった。ラクスは心配して夜遅くまで待っていたが、結局その日はショウは帰ってこなかった。そしてその次の日、つまり今日の昼過ぎ、彼はその少女を連れて戻ってきたのである。その事実にラクスは多少良からぬ想像もしたが…流石にショウの年齢でそんな事も無いだろうという結論に達した。

 次に彼の後ろに隠れるようにして立っている少女へと注意を向ける。見られている事に気付いた少女は、ペコッ、と頭を下げた。

 年齢は見た所10代前半、髪はコーディネイターの中でも珍しい、ラクスと同じピンク色だった。髪型はかなり独創的な形をしている。それとこぼれ落ちそうな、大きなエメラルドのような緑色の瞳を持つ、美しい少女だ。

 そんな彼女からは、ラクス自身が多少コンプレックスに思っているのと同じ、どこか世間知らずなような、そんな雰囲気が感じ取れた。

 と、そこまでラクスが観察した所で、マルキオが落ち着いた口調で、その口を開いた。

「それは構いませんが…一体どのような経緯でその娘を預かる事になったのですか?」

 それは当然と言えば当然の質問だったが、聞かれたショウの表情は明らかに曇り、彼の後ろにいる少女も哀しそうな顔で俯いてしまう。やがてショウは決心したようにマルキオの顔を見ると、語り始めた。



OPERATION,23 蠢く闇



「きゃああ!!」

 少女の小さな体が男に突き飛ばされ、床に叩き付けられた。男は部屋の片隅で、怯えたように震えている他の子供達を一瞥すると、床に倒れている少女に向かっていく。その時、その部屋にいた子供達の中で、一番年長の、16歳ぐらいの少女が男の肩を掴んで、

「やめて!! その子に乱暴しないで!!」

 男を止めようとする。今、床に転がっている少女と彼女の間には何の血縁関係も無かった。それでも、彼女は護らなければと思った。その想いが彼女の体を咄嗟に動かしたのだ。しかし大柄で筋肉質な男に対して、少女であり、しかも日々の食事もまともに摂らされていない彼女の抵抗は、あまりにも無力なものだった。腕を振っただけであっさりと振り払われ、壁にぶつけられる。

 男はふんっ、と壁にぶつかった衝撃でぐったりとしている少女を見て鼻を鳴らすと、床に倒れている少女に向き直り、ゆっくりと彼女に近づき、とうとうその手が彼女の服を掴んだ。少女の目が恐怖に見開かれる。

 それを見た男は、嗜虐の歓びに染まった笑顔を浮かべると、抵抗できない状況に置いた者に対して、言葉によって苦しみを感じる時間を敢えて多く与えようとするかのように、言った。

「くくく、怖いか? お前等みたいな実験体はこれぐらいしか使い道がないんだから、精々俺を楽しませろ」

 そして、その子の服を掴む手に力が入る。その少女は恐怖に目を瞑り、それを止めようとした少女は、まだ体を打った痛みで声が出せなかったが、それでも心の中で強く、強く叫んだ。

『誰か!! あの子を助けて!!』

 それは完璧に不可能な願い事だった。こんな所に、誰が助けに来てくれると言うのか。だがそれでも、彼女はそれを願わずには、祈らずにはいられなかった。そして、

「うぎゃあああああっ!!!!」

 その部屋中に悲鳴のような恐ろしい叫び声がこだまする。

 その部屋にいた子供達が驚いて見てみると、男は顔面から血を流して床にうずくまっており、そしてそのすぐ側に、男に犯されようとしていた少女を、一人の少年が抱き上げて立っていた。黒髪に真紅の瞳を持つ少年、ショウは例えるなら静かに燃える冷たい炎、そんな印象を見る者に与えるような眼差しを自分の目の前でもがいている男に向けていた。

「貴様ああああっ!! 何者だあああっ!!」

 ショウに殴られて逆上した男は、鼻血を流しながらも拳を振り上げ、彼に殴りかかってくる。コーディネイターの高い身体能力を活かしたパンチ。しかしそれを、ショウは片手に少女を抱いたまま、いとも簡単にいなすと、もう一度男を殴り倒した。

「僕? そうだね…まあ、お前達には関係の無い事だよ」

 世間話をしているような調子で言うショウ。その態度に男はますます怒ったらしく、唾を飛ばしながら叫ぶ。

「馬鹿を言え!! こんな事をして許されると思っているのか!! 俺達のバックには…ぶわっ!!」

 しかしその言葉は、喋っている途中でショウが顔面に蹴りを入れて黙らせた。転がって壁にぶつかった男は、流石に自分の前にいる者と自分との力の差というものが理解できてきたらしく、ガタガタと震え出す。

 ショウはそんな男に止めを刺そうと手をかざすが、不意に何かに気付いたようにその手の動きがピタリと止まった。男は状況が理解できず、恐怖に身を竦ませながらショウの次の動きを目を皿のようにして見ている。ショウは彼に対する慈悲などはまるで感じさせない声で言った。

「……こんな子供達の前で人を殺めるのも気が引ける…命まで取る事はしない…」

 それを聞いて男の顔が一瞬、希望に輝いた。一瞬だけ。

「水の法術、スクリューワープ」

 ショウの人差し指が男の額をトン、と小突く。その一瞬、彼の指の周囲に波紋のような渦が見え、次の瞬間男の瞳から光が失われ、力無く座り込んでしまった。

「スクリューワープは相手の精神を破壊する幻影を見せる術…でも心配する事は無い。それは全て一夜の夢、起きれば忘れる悪夢に過ぎないのだから。ただし、目覚めなければ夢は現実と変わらないし、そもそも目覚めるという保証なんてどこにもないけど」

 そう言うと彼はもう興味を無くしたように男には目もくれず、左手で抱いていた少女を、傍らに立っていた、最初に彼女を庇おうとした少女に渡した。

「あなたがこの場にいる子供達の中で一番年長のようだね。僕はショウ・ルスカ。あなたは?」

 ショウのその問いに、今自分の腕の中の少女を護る為に彼が戦ってくれた事から、少なくとも彼が敵ではないと判断したのだろう、その最年長の少女は、まだ警戒心を完全には解いていない、震えた声で答えた。

「ミーア……ミーア・キャンベルです」

「分かった。ではミーアさん、あなたはこの子達を連れてこの施設の外まで逃げるんだ。そこで待っていて下さい。僕も後から、すぐに追いつくから」

「で、でも、もし私達だけで、警備の人に見つかったりしたら…」

 ミーアは当然の不安を口にした。この施設では彼女達実験体を逃がさない為に、多数の警備員(勿論全員がコーディネイター)を配備している。そんな中を、彼女達もコーディネイターだが、碌に食事も与えられておらず、また幼い子供の多い彼等が無事に逃げ切る事が出来るとは彼女には思えなかった。

「ああ、その事なら心配は無用…」

 だが、ショウはそんな彼女の不安を笑って流すと、スッ、と何かを渡すように彼女達に向けて手を差し出した。するとそこから星屑のような無数の煌めきが零れ出し、ミーアや他の子供達の体の周りを取り巻いていく。

「これは?」

「その光は僕の創った結界。その光の中にいる限りは安全…警備員は僕がここに来るまでに殆ど排除したけど、念のために、ね…」

 そう言うとショウはその身を翻して、部屋から出て行こうとする。慌ててミーアが引き留めた。

「ちょっと、あなたはどうするの?」

「…僕は…弔いを済ませてから行く…」





「く、くそ!! この化け物め!!」

「撃て!! 撃てぇっ!!」

 施設の中を進むショウ。生き残りの警備員達が必死の抵抗を試みるも、それはあまりにもか細い力でしかなかった。闇雲に乱射される弾丸は一発もショウに当たる事はなく、逆にショウが腕を一振りしただけで、それによって生まれた衝撃波に吹き飛ばされ、警備員達は倒れていく。

 そうして簡単に全ての抵抗を排除したショウは、この施設の中枢の部分にまで到達した。その扉は頑丈なロックと、セキュリティーが何重にも敷かれていたが、そんな物は歯牙にもかけずに蹴散らすと、部屋の中に入った。

 そこは、地獄だった。

 部屋の床から天井へ向けて屹立している無数の柱、いや柱ではない。それはカプセルだった。無数のカプセルが床から”生えて”おり、そしてその中は何かの、恐らくは防腐処置の為の液体に満たされ、その中には人間が入っていた。

 その数は一つのカプセルに一人の人間、つまり少なくともこの部屋にあるカプセルの数と同じだけの命が、この施設で失われた事を意味していた。ショウが来るのがもう少し遅ければ、ミーア達も彼等と同じ運命を辿っていただろう。

 それにしてもこの扱いようは何だ。まるで彼等の命を弄ぶだけでは飽きたらず、命が失われた後も晒し者にして楽しんでいるようではないか。

 そんなむかつきのような感覚を感じながら、ショウは部屋の中を進んでいく。

 歩きながら注意してカプセルの中の人間の遺体を見ていくと、まずそれらは殆どが幼い少年少女、3歳ぐらいから10代半ばぐらいまでの者だというのが分かった。次に彼等の中で、無傷の遺体は少ない事が見て取れた。多くの者が腹部にメスで切ったような乱暴な縫合の傷痕があり、ある者は関節が不自然に折れ曲がっていたり、ある者は体の一部から、埋め込まれたのだろう、何かの金属片が露出している。

 ショウだからそんな中でも平然としたものだが、恐らく他の者がこの光景を見たら、まず間違い無く卒倒するか、吐き気を堪えきれずに戻してしまうだろう。

 奥へと進んで行くに連れて、”陳列”されている遺体に一つの特徴が見られるようになってきた。これらはカプセルのプレートに書いてある年月日からして、今から大体一月以内にこの部屋に運び込まれた遺体のようだった。それらには外傷はなく、ただ体のあちこちに水疱のような物が無数に出来ていた。

「……」

 そうして奥の行き止まり、この施設のメインコンピューターに向かうショウ。ピアノを弾くような手つきでキーボードを叩き、ここで行われていた実験のデータを引き出していく。程なくしてモニターに映し出されたのは、やはり彼の予想していた物と寸分違わなかった。

 ギリッ…

 ショウの口から、食い縛った歯の音が漏れる。

「…進化した人類、ナチュラルとは既に別の新しい種…そう言っておきながら、やっている事がこれか…」

 彼はこのままモニターを叩き割ってやりたい衝動に駆られたが、それを必死に抑えて計器を操作し、表示させたデータを全て一枚のディスクに記録した。そのディスクを取り出すと、懐の中に仕舞い、そして振り返る。彼の視界には、無数の人体実験被験者の亡骸が見えた。それら一つ一つに語りかけるようにして、彼は呟く。

「ごめんね……君達を救ってあげられなくて。もう少し僕が来るのが早ければ、君たちを守れたかも知れないのに……済まないけど、僕は君達を救ってあげる事は出来ない。僕に出来る事は」

 右手を振る。部屋中に浄化の白い炎が巻き起こり、その光の中に彼等の体を呑み込み、無に還していく。

「こうして君達が安らかに眠るようにする事しかない…もう誰も君達を傷つけたりはしない世界に……安らかに眠って…安らかに…」

 その中を通って、部屋を出て行こうとするショウ。扉の前に立って、光を振り返ると、言う。その頬には涙が流れていた。

「今日僕が助けた子供達の未来は……君達がそうする事が出来なかった分まで、輝かしい物になる……それだけは、約束するよ…」





 ミーア達は、小高い丘の上から、研究所に火の手が上がるのを見ていた。自分達のいた人体実験研究所は、表向きには工場区の一つにカムフラージュされている。そこから出火したので、隣接する工場も混乱が起こり、消防車が走ってくるのが見えた。

 彼女達はそんな光景を、どこか夢のように感じていた。あの実験所から、こうしてもう一度外に出る事が出来るなんて、そんな想いは、何ヶ月か前に忘れてしまった事だった。それもこれも、みんなあの少年、ショウのおかげだ。

 ふと気配を感じて後ろを振り向くと、ショウがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。ミーアは走って彼の側まで行く。周りの子供達も、彼女に続いた。

「終わったのね…?」

 ショウはその言葉に頷く。

「ええ、弔いは済みました」

 そう言うと、ショウはどこから取りだしたのか、右手の大きめのケースをミーアへと渡した。彼女が首を傾げながら開けると、そこには一杯の金塊が詰まっていた。驚いてケースを閉めた彼女は、信じられないという眼でショウを見た。彼は優しい笑みを浮かべたまま、言う。

「それだけあれば、あなた達が人生をやり直すには十分だろう…」

 ミーアは真っ直ぐにショウを見て、一つだけ、彼女の中で一番の疑問だった事を口にした。

「あなたは…どうして見ず知らずの私達にここまでしてくれるの……?」

 その質問に、ショウは彼女と、彼女の後ろにいる、最初に彼女が庇った少女を見て、言った。

「質問を質問で返すようだけど、あなたがその娘を護ろうとした時、いちいち理由とかそんな事を考えたの?」

 その指摘に、はっとしたようになるミーア。確かにあの時、自分は理由とか、そんな事どうでも良かった。ただ、ただ護らなければと、そう思っただけだった。それが彼女の頭の中に浮かんだのを読み取ったように、ショウが頷いた。

「……僕は小さい頃から、誰かを護れる人間になれと教えられてきた。謂われ無き暴力で消えそうな命、愛する肉親や女性、慈しむべき子供達、信頼すべき友、仲間。それら一つ一つを、命懸けで護れるような男になれと教えられてきた」

 昔を思い出しているように、静かな口調で語るショウ。その静かな声の中に込められた強い想いに、ミーアは静かに聞き入っている。

「けれど、僕は既に肉親は亡く、愛や慈しみが本当はどんな物なのかも分からない子供だ。そして誰よりも信頼していた仲間達も、今、僕の側にはいない……それなら、いやだからこそ、この眼に映る、謂われの無い暴力によって苦しむ人だけは、消え入りそうな命だけは。護りたい……ただ…それだけ……」

 ミーアにもショウが嘘を言っていない事は分かった。今語られている言葉が、彼の嘘偽りのない本心だという事が分かった。だが、だからこそ信じられなかった。こんな人がこの世界にいたなんて。そんな想いから、彼女はふと、口にした。

「あなたは…神様なの…?」

 その質問に、ショウは首を横に振った。

「そんな大層な者じゃない…僕はただ一人の人間…ショウ・ルスカ…」





 こうしてミーア達は何度も礼を言った後、彼の元を去っていったが、一人、彼女達について行こうとせず、その場に残った者がいた。先程、ショウが危ない所を助けた少女だ。ショウは怪訝な顔で、彼女に声を掛けた。

「君は…行かないのかい?」

「……」

 その言葉に、彼女は思い詰めたように俯いたが、やがて決心したように顔を上げると、きっぱりとした声で言った。

「…ショウ…様…お願いがあります、私を一緒に連れて行って下さい!!」

「え?」

 ショウはその言葉に驚いて彼女の眼を見返す。そこにある想いは本気だった。ならば自分も、適当な事を言って誤魔化すのは簡単だが、そんな事は許されない。彼は真剣な声で、彼女に問いかける。

「……それは構わないけど、でも君には覚悟があるのかい?」

「はい、ついて行く覚悟はあります!!」

 きっぱりと答える。だがショウはその返答に首を横に振ると、諭すように言う。

「違う、僕についてきて、その中で生きる事への覚悟だ……僕が生きているのはあらゆる理不尽や不条理のまかり通る戦いの世界だ。今生きている事が出来ても次の瞬間には死んでいるかも知れない。それでも僕と共に来る?」

 ここまで言えば諦めるだろう。そう思って、少女の返答を聞く態勢に入る。彼女の答えは、

「はい、一緒に行きます!!」

「……!! ……そう、か…分かった」

 再び見た彼女の瞳の色は、やはり先程と同じ本気の色だった。人間言葉や表情は偽れても眼はそう簡単には偽れない。もしここで、彼女の瞳に、一片の迷いや恐れが見えれば、無理矢理にでもミーア達と行かせるつもりだった。だが、それらの想いは全く読み取れなかった。ならばその心を大事にしたいと、ショウは思った。

 だがプラントにいる間、不法入国者のショウが、実験の被験者だった彼女を連れ歩く訳には行かないので、一時マルキオ導師に彼女を預け、地球に戻った時に改めて迎えに行くという事を伝えた。彼女は少し残念そうだったが、ショウの事情も理解したらしく渋々頷く。と、そこまで話が進んだ時、ショウが思い出したように彼女に尋ねる。肝心な事を聞いていなかった。

「君、名前は?」

「…セトナ。セトナ・ウィンタース…」



「どうしたフィナーレにはまだ早いぞ?」

「くっ、くそぉっ…!!」

 何処とも知れぬ洋上に浮かぶ、全長50qの巨大な人工島、ギガフロート。マルキオ導師やジャンク屋組合が計画の中心となって設計を進めている、民間用のマスドライバー施設である。数多くの浮体構造物を組み合わせて造られている。

 数多くのジャンク屋達が一同に集い、完成を目指していたこの施設であるが、この日、ギガフロート上はまさにあちこちから爆煙が立ち上り、コアに受けた損傷によってフロートそのものが崩壊を始めているという、大混乱の中にあった。

 事の始まりはどこからともなく現れた隻腕の黒いMSである。そのMS、MBF−P01、通称ゴールドフレームの行った攻撃によって、フロートのコアがダメージを受けてしまったのだ。しかも集まってきたジャンク屋達にまで攻撃した。

 その場に居合わせたMBF−P02、通称、レッドフレームパイロットのジャンク屋、ロウはやむを得ず反撃に出たのだが、彼のレッドフレームがノーマルな状態に対して、改良を施され、特に失った右腕に新たに付けられた連合のXナンバーの一機、ブリッツの腕による特殊装備、ミラージュコロイドを持つゴールドフレームとの性能差。そしてナチュラルのジャンク屋の彼に対して、ゴールドフレームのパイロットであるロンド・ギナ・サハクはコーディネイターであり、戦闘のプロでもある。それによる技量の差に苦戦を強いられ、追い詰められていた。

 何とか粘るも、遂に倒されてしまったレッドフレームに、ゴールドフレームの右腕に装備されたビームライフルが向けられる。

「つまらん、死ね!!」

 ギナの指がトリガーを引く、その瞬間、コクピットに警報が鳴り響いた。

「!!」

 反射的に機体を動かす。次の瞬間には、先程までゴールドフレームのいた空間を、ビームが横切っていた。

「何者か!!」

 センサーはMSの接近を感知していた。その方向にカメラを向ける。そこには、

「な…なにいっ!!」

 確かに予想通り、そこにはMSがいた。今までに彼が見た事もないような黒いMS。しかし問題はその場所だ。何とそのMSは海の上に立っていた。しかもそのまま、足踏みもせず、海の上を滑るようにして進んでくる。

「ええいっ、面倒だ、死ね!!」

 とにかくこのMSが先程自分に攻撃を仕掛けた事には間違いないのだ。ギナはそのMSに向けて、ビームを放つ。しかしそのMSは跳躍すると、そのビームを難無くかわした。どうやら海中に、そのMSを運ぶ役目を持っていた機体がいたらしい。

 その黒いMSはギガフロートへと乗り移る軌道で飛んでくるが、そうはさせじとギナはもう一発、ビームを放つ。しかし、予想外の事がまたしても起こった。何とそのMSは空中でバクゥのような四足獣形態に変形すると、それによってビームをかわし、ギガフロートに着陸したのだ。

「むううっ…」

 ギナの直感はこの機体が並々ならぬ強敵である事を教えていた。同じ感覚は、そのゴールドフレームと相対している黒い機体、ZGMF−X88S・ガイアに乗っているステラも感じていた。だが、彼女には恐怖は無かった。必ず勝てるという確信があった。MSの操縦訓練はずっとやらされていたし、何よりこの機体を与えられ、この任務につく時に、シスが言ってくれた。

『あなたなら大丈夫。自信を持って行ってきなさい』

 だから大丈夫。きっと上手くやれる。ステラはそんな自信と共に、ガイアを駆った。

 激突するガイアとゴールドフレーム。だが、ゴールドフレームの方が押されている。本来ASTRAYシリーズは機体を極限まで軽くし、敵の攻撃を避け切るように設計されている。故にその軽量化は、激突時には不利だった、PS装甲のブリッツの腕で受けたものの、後ろへと弾かれる。

 だがギナも然るもの、今までの戦闘の経験を活かし、そう簡単にはステラにチャンスを与えず、中々勝負がつかない。





 そうして二機が激戦を繰り広げている中で、倒れたレッドフレームの側に、また一機のMSが降り立った。モスグリーンの装甲を持ち、背中にポッドを背負った重装備の機体だ。この機体、ZGMF−X24S・カオス。パイロットはスティングだった。火力重視のカオスは今回の任務には向かないので、主に被害者の救助を行う事になっていた。接触回線で、倒れた赤いMSに通信を入れる。

「おい!! 大丈夫か!?」

〈……〉

 暫くの沈黙があった後、

〈あ、ああ…何とか…〉

 スティングはそれにほっと息をつく。すると続けて通信が入ってきた。

〈金色は?〉

「ああ、大丈夫だ。俺の仲間が相手してる」





 バチィィッ!!

 ガイアとゴールドフレームの放ったビームのエネルギーが空中でぶつかり合い、火花を散らしながら拡散する。一端後退するゴールドフレーム。ギガフロートの端まで跳躍し、着地する。

「まだ楯突く気かっ…!!」

 舌打ちするギナ。その時、海からビームが一閃され、ゴールドフレームの足場を撃ち抜いた。バランスを崩した機体はそのまま海へと落ちてしまう。だが流石にギナ程のパイロットとなると、この程度では取り乱すものではない。素早く状況を確認する。ゴールドフレームの前には、二機のMSが現れていた。

「貴様は…P03!? それに…っ!!」

 青いフレームを持つ、ASTRAYシリーズプロトタイプ最後の一機、MBF−P03、通称ブルーフレームと、その隣には同じく青を基調とした配色の装甲を持ち、両肩に大型のアーマーのようなものを装備した機体、ZGMF−X31S・アビスが並んでいた。

「3体目のアストレイか。誰だか知らないがギガフロートに危害を加える者は俺の敵だ」

「ま、俺も右に同じってね。エターナ達から賜ったこのアビスの性能を試させてもらおうか!!」

 二機のパイロット、叢雲劾とアウル・ニーダは、それぞれ口調は違うものの、目の前のゴールドフレームを敵と認識し、戦闘態勢を取る。尤も、アウルにとっては多少劾とは事情が違うので、場合によっては劾が敵に回る事態も想定しなくてはならなかったが。

 その彼等の当面の敵であるゴールドフレームの中で、水中で、しかも2対1という状況下にも関わらず、ギナはニヤリと笑うと、

「いいだろう、貴様等のダンス、見せてもらおうか!!」

 右腕に装備された、本来はブリッツの装備であるランサーダートを発射する。だが、水の抵抗によって地上ほどの速度はない。アビスが前に出ると、その手のランスを使って、簡単にそれを弾いた。

「ハン!! そんなンでこの僕を殺ろうって!? 舐めんなよコラァッ!!」

 そう叫ぶと、アビスを水中用のMA形態に変形させ、そのスピードでゴールドフレームを攪乱する。アビスの通過した軌跡に生じた気泡によって視界が封じられた所に、ブルーフレームが放った魚雷が突き刺さる。その攻撃は何とかシールドで防いだが、後ろに回り込んだアビスの蹴りによって弾き飛ばされ、そこに待ってましたとばかりブルーフレームがアーマーシュナイダーによる攻撃を行った。

 だがその攻撃も紙一重の所で装甲を削るだけに済ませると、体勢を立て直すギナ。敵は2機。しかもどちらもこの水中という局地に対応した機体で、どちらのパイロットの腕も自分に勝るとも劣らない程だ。これでは勝ち目は薄い。

「まあいい、ギガフロートの崩壊はもう止められまい、目的は達した」

 そう言うとゴールドフレームを反転させ、離脱させる。アビスとブルーフレームはそれを追撃しようとはしなかった。劾は元々受けた依頼はギガフロートを守る事だけだったし、アウルにしてもこの形が最も望ましいものだったからだ。

 その後、崩壊の進んでいたギガフロートだったが、ロウを初めとする多くのジャンク屋や、ステラ達の必死の作業により、何とか崩壊だけは食い止める事が出来た。



 その頃、オーブ、ロンド・ミナ・サハクの執務室では、デスクに座っているミナ、その傍らに立っているエターナ、落ち着かない様子でウロウロと部屋の中を歩き回っているシスと、その側にカチュア。そしてエレンがいた。何故か彼女だけはすまなさそうな表情である。

 カチュアがシスの様子を見かねたようで声を掛ける。

「シス、あなたがそんなに心配してもしかたないでしょう? 少し落ち着いたら?」

「え、ええ…」

 そう言って来客用の机に腰掛ける彼女だが、10秒もしない内にまた立ち上がって部屋の中をうろつき始めた。すると彼女に今度はエターナが声を掛ける。

「自分の弟子の初陣は落ち着きませんか?」

 その問いに、暫く考えた後、コクリと頷くシス。それにエターナは微笑むと、

「それは弟子を持った者なら誰もが抱く感情ですよ。ショウもあなた達を初めての任務に送り出した後は、成功の報告が来るまでそんな調子でしたよ。そしてショウを初めての任務に送り出した時の私も、ね…」

 と、エターナ。シスは苦笑混じりに頷く。カチュアもクスッと笑う。と、そこにユリウスが入ってきた。

「ステラさん達から報告がありましたよ。ギガフロートに攻撃を仕掛けてきたP01を見事撃退し、ギガフロート自体もどうにか無事のようです」

 その報告の内容は、幾つか想定していたパターンの中でも理想的な物だった。部屋にいた全員がほっと胸を撫で下ろし、張りつめていた部屋の雰囲気が和らぐ。そうして全員が一息ついた後、まずミナが愚痴るように言った。

「全くギナめ、私に何の相談も無く…お前達には迷惑をかけてしまったな」

 と、エターナ達に詫びる彼女。今回の依頼はミナからの物で、ギガフロートの情報を手に入れ、改修中のP01で攻撃を仕掛けに行ったロンド・ギナ・サハクを連れ戻す事だった。エターナ達はそれにステラ、スティング、アウルの3名にそれぞれの機体を与え、派遣したのだ。この任務ではギナを殺す訳には行かない。アウルが劾が敵に回る可能性を想定したのも、その為だった。

「ホントにゴメンなさい……私がギナ様からP01の新しい腕を造れって言われて…それで連合のデータから作成したブリッツの右腕のレプリカを…」

 そう言って頭を下げるエレン。彼女もまさかギナが民間施設の破壊に行くなどという暴挙に出るとは思わなかったのだ。他の者もそこは理解しているらしく、エレンを責めるつもりが無い事を伝える。彼女の顔に笑顔が戻った。次にユリウスが、

「で、彼女達はどうします? このまま、ギガフロートの作業を手伝わせますか? それも良い経験になるとは思いますが…」

 その意見にエターナは右手を顎にやって、暫く考えた後、言った。

「いえ、彼女達は帰還させましょう」

 そうして一拍置いて、続ける。

「”リコリス”が持っていたこの世界の戦史によれば、ザフトによるアラスカへの攻撃作戦、オペレーション・スピットブレイクが開始されるまでもう時間がありません。それによってどのような変化がこの世界にもたらされるのか……分かりませんが…備えねばならないでしょうね、我々も……」





TO BE CONTINUED..


感想
前から思っていたんですが、何故にショウはこんな細々した事をやってるんでしょうか。何処にでも行けて入手ルート不明ですが好きな情報を手に出来るなら、プラントと連合の首脳部を抹殺して戦争続行不可能に追い込むのが一番犠牲を少なくできると思うんですが。