氷の海の奥深く、数隻の潜水艦が高速で潜航していた。それらは数時間前にアラスカから発進した艦で、どの艦にもほぼ収容人数一杯までの人員を乗せ、ごった返していた。そのような有様だから当然搭乗席が足りる訳もなく、士官達の多くは船倉に押し込められ、冷たい床に直に座っていた。転属の命令を受けた、ナタルやフレイもその中の一人だった。
それとは別の、そんな混雑とは無縁の一室に、シェリル・ルシフェルはいた。
彼女だけではない。彼女の後ろには3人、鏡に映したようにそっくりの顔立ちの少年が控えており、彼女の前の椅子には、高級ブランドのスーツに身を包んだ優男が腰掛けている。彼はブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエル。本来は商人であるはずの彼がこの艦に乗っているのは、シェリルと話をする為だった。
他愛のない世間話や無事をねぎらう言葉などかけるが、シェリルはそれには無表情で、
「そろそろ本題を」
と、促した。それにアズラエルは少し残念そうな顔になったが、彼としても雑談する為にわざわざ潜水艦に乗り込んできたのではないので、彼女の望み通り本題に入る。それは今後のブルーコスモス内部での意見について、だった。
「現在は僕達強硬派が勢力を拡大していますが、穏健派の人達も中々どうして、「何も皆殺しにする事はない」とか「彼等とはもっと穏やかな融和を以て、コーディネイターの消滅を測るべきだ」とかってうるさいんですよ。全く何を考えているのか。あんな宇宙の化け物共に情けをかけるなんて、無駄も良い所です。そう思うでしょう?」
シェリルの同意を求める。彼女はやはり無表情で、ただその言葉に目を伏せて頷いただけだった。
「君が前線で戦っている間に状況も変わりました。資料はここにあるので、これを確認して、意見の調節をお願いしますよ」
そう言って、机から分厚い書類を取り出し、シェリルに渡す。シェリルはそれを受け取り、パラパラ、と目を通す。成る程、自分が最後に見た時のデータよりも、随分と変わっていた。
彼女はブルーコスモスの穏健派にその名を連ねており、それなりの影響力も持っている。その為、以前からこうして非公式の場で、上手く強硬派と穏健派、両者が協調出来るよう、意見の調整を頼まれる事があった。他ならぬ強硬派の筆頭である、アズラエル本人から。
「分かりました」
簡素な返事だったが、それで十分彼女の意思は確認できた。アズラエルは満足そうに深く椅子に腰掛けると、彼女の背後に控えている少年達を見て、言った。
「しかし君も物好きだねぇ。こんな奴等をわざわざ引き取って、自分の部隊に組み込むとは」
彼等の名は、サード・ソキウス、テン・ソキウス、トゥエルブ・ソキウス。全員がソキウス計画によって誕生させられた戦闘用コーディネイターであり、ショウが出会ったイレブンやセブンと同様に、遺伝子操作によるマインドコントロールが施されている。
アラスカにいた間、実はシェリルだけはアズラエルとのコネもあって、アークエンジェルとアラスカ基地内を自由に移動する事が許されていた。その時彼女は、基地のデータベースからソキウスに関するデータを引き出し、イレブン達の脱走によって薬物で自我を焼かれそうになっていた3人のソキウスを自分が引き取り、転属後自分が率いる事になる部隊のメンバーに組み込むよう、手続きしたのだ。
それがアズラエルには疑問だった。一体何のメリットがあってそんな事をするのか、彼には分からなかった。ブルーコスモスでもある彼女がコーディネイターを自分の部隊に引き入れるのも良く分からないし、何よりそんな事をしなくても、
「既に薬物の投与や脳内インプラントでこいつらと同等、いやそれ以上の戦闘能力を有する強化人間の開発は進んでいます。何でわざわざこんな奴等を助ける必要があるんです?」
自分の管轄で行っている研究の成果をさりげなく自慢すると共に、遠回しにソキウス達に向けて皮肉を言う。その言葉を受けて、3人のソキウスはほんの僅かに眉がピクッ、と動いたりはしたが、反応はその程度で、殆ど無表情と変わらなかった。
シェリルは溜息をついて、言う。
「私が彼等を部隊に引き入れたのは、彼等が優秀だからです。確かに1対1の戦いであれば、理事の下で製造されているブーステッドマンと彼等は互角、いや、ブーステッドマンの方がむしろ優れているかも知れません。ですがグループや陣形を取って戦う時には、臨機応変な思考力を持ち、戦闘状況の変化に瞬時に対応し、指揮官の指示に従える彼等の方が遥かに優秀です。まともな理性や感情が焼き切られ、創造的な考え方が出来ず、ただ攻撃性や凶暴性が残っているだけで、しかも薬が切れれば戦えないような欠陥兵士よりも余程役に立つと思いますが?」
口調こそ普段の彼女と変わらず丁寧だが、言っている事はブーステッドマンの欠点を挙げる事と、ソキウスの優秀性の肯定だ。3人のソキウスはそれを聞いて一様に笑顔を浮かべ、アズラエルは逆に不愉快そうだ。それも当然だろう。ブルーコスモス盟主の彼が、目の前でコーディネイターの能力の優秀さを説かれて面白かろう筈もない。普段なら大声で喚いて相手を部屋から追い出す所だが、今回はそうしなかった。それは相手がシェリルだからだ。
「それでは僕達の行っている研究が無駄だと、そう言うのですか?」
「……そうは言いませんが、MSも、彼等ソキウスも、戦争に勝つ為の道具なのです。戦闘に勝つ為ではありません。実際の戦闘では1対1の決闘などしないのです。その違いが理事やラボの科学者には分かっていないと、私には感じられます」
と、シェリル。命令を聞かない兵士はどれほど優れた能力を持っていようと、駄目な兵士でしかない。道具と呼ばれた事にソキウス達は何の嫌悪も感じてはいないようだった。それよりも、自分達を認めてくれる人がいた事が嬉しかった。
「転属先で新型Xナンバーの一機、”フューネラル”を受領したら、私もすぐに前線に戻ります。その時、私の持説を証明してご覧にいれます」
「分かりました、期待していますよ」
シェリルの言い分に、一応の納得を示すアズラエル。彼女は下げた頭を上げ、もう一度彼を見て、言った。
「お任せ下さい……お義兄さま…」
OPERATION,25 戦士の帰還
その頃、アラスカではスピットブレイクが発動され、パナマへと戦力を割いた為手薄になった司令部を、周囲は数多くの戦艦や潜水艦が取り囲み、それから発進した、無数のMSや戦闘機が、数少ない守備軍へと襲いかかっていた。
「ミサイル、来ます!!」
「回避!!」
マリューの指示が飛び、ノイマンが必死に舵を切るも、数発のミサイルはかわしきれず被弾、着弾と爆発の衝撃で艦が揺れる。それによって体勢を崩しそうになるも、マリューは椅子に掴まるようにして、体を固定し、目の前のモニターを睨み付ける。そこに映し出される戦況を見て、ふと違和感を覚えた。
ユーラシアの艦が妙に多い……?
だがそんな違和感などこの状況の中ではほんの一瞬のものでしかなく、すぐさま次の指示を叫ぶ。
「ウォンバット、バリアント、てぇーーーっ!!」
バリアントがディンやグゥルに搭乗したジンの部隊を分散させ、体勢の乱れたそこにミサイルが突き刺さり、数機のディンを火の玉に変える。だが、それは大火に対して如雨露で水をかけているようなものだった。落としても落としてもMSの数は減る気配を見せない。
「右フライトデッキ、被弾!!」
チャンドラがひっきりなしに襲ってくる震動の中で、被害状況を報告する。マリューは唇を噛んだ。今の所艦に深刻な損害は受けていない。だが徐々にダメージは蓄積してきている。このままではいずれやられる。
主力部隊はほとんどがパナマに配置されており、アラスカが攻撃されているとなれば支援には動いてくれるだろうが、問題はそれまで自分達が持ち堪えられるかどうかだ。マリューの頭には絶望的な答えばかりが浮かぶ。彼女は頭を振って、ともすればそんな想いに呑まれそうになる自分を戒めると、次の指示を出す。
アークエンジェルのすぐ近くで、必死の応戦を行っていたユーラシアの艦が、飛んできたミサイルによって炎を上げ、沈んでいく。
「くっ、司令部とのコンタクトは!?」
「取れませんーーっ!! どのチャンネルもずっと同じ回答が帰ってくるだけですよ!!」
通信席のカズイが泣きそうな声で答える。
「『各自防衛戦を維持しつつ臨機応変に対応せよ』って!!」
そんな馬鹿な、司令部は何をやっているのだ!? すでに味方の損耗は甚だしく、防衛戦などとうの昔に瓦解し、まだこのアークエンジェルの守るメインゲートは無事だとは言え、幾つかのゲートは落とされ、内部への侵攻も始まっている。そんな状況下にあって、司令部が何の指示も出さないとは!?
「すでに指揮系統が分断されています、艦長……これでは…!!」
再びノイマンが叫ぶ。それと前後して、眼下ではまたしても僚艦が一隻、撃沈された。
*
*
「ひゃあ……こんな戦力で守れと言われた地球軍の人達も大変だね」
目の前で展開されている一方的な形勢の戦闘を見て、愛機のコクピットの中で、カチュアが呟く。その声を拾ったのか、隣を飛行しているシスの専用機から通信が入ってくる。彼女達二人はそれぞれの乗機が飛行能力を持っている事から、ソレイユに先行してアラスカへ向かっていた。
「いつの時代も上層部の人間のやる事は同じね、尤もそれは腐敗ではなく、軍という組織の本質なのかも知れないけど…」
いつも通り何の感情も感じさせない、抑揚の無い声で返答が帰ってくる。カチュアはそれに、
「んー、難しい事は良く分かんないけど、とにかく今はこの戦闘を止めるのが大事だね。じゃあ、行くよ」
「了解」
そのカチュアの言葉が合図になっていたらしく、二人とも自分の乗機を停止させ、カチュアは自分の機体、ウイングガンダムゼロカスタムにその手の巨大な二門のライフルを構えさせ、照準を合わせる。
「ちゃんと狙うのよ…」
注意するように通信を入れるシス。その言葉にカチュアはクスッ、と笑うと、
「見える……見えるわよ!! 私にはみーんなお見通しなんだから!!」
そしてトリガーを引く。次の瞬間、二つの砲身から目も眩むような、巨大な光条が放たれた。
*
*
「ようし、このまま一気に…!?」
「な、何だ!?」
「ビーム攻撃です、それも、これは……!!」
ズゴオオオオ……
ちょうど戦場を真っ二つに斬り裂くように、ツインバスターライフルから放たれたビームが横切る。全ての黒歴史の中でも破壊力においては五本の指に入るその一撃は、たとえそれで撃破されたMSが一機もいなくとも、コクピットのパイロットにその威力を痛感させ、戦場の動きを停止させるには十分だった。
そして戦場のほぼ全ての視線が、そのビームが放たれてきた方向、つまりカチュアのWゼロカスタムと、シスの専用機、ガンダムヴァサーゴチェストブレイクの方に集中する。それと時を同じくして、二機の後方からソレイユが追いついてきた。
「流石にみんな驚いているみたいね…」
「それはそうよ。ソレイユみたいな戦艦はこの世界では珍しいだろうし、そこは私達の存在も、ね……」
と、カチュアとシス。その時、全周波回線でソレイユから、艦長であるエターナが放送を開始した。
〈ザフト、連合、両軍に伝えます、アラスカ基地の地下には、サイクロプスが設置されています。両軍とも直ちに戦闘を停止し、基地より最低でも半径10キロ以上の距離まで離脱して下さい、繰り返します……〉
「さて、どう出るかな…?」
「……大体想像は付くけど……」
放送が終了して、流石にそのあまりに突拍子もない内容に両軍とも虚を突かれたように動きを止めていたが、それも束の間、まずアラスカの周囲に展開されていたザフトのMS部隊が彼等に向かって、攻撃を開始してきた。地球軍の艦船は未だにソレイユ側には攻撃を仕掛けてこない。
「……やっぱりこうなるのね」
CBを操り、飛んでくるバズーカの砲弾やマシンガンの銃弾を羽根のような動きでかわしながら、シスはひとりごちる。あまりにも両軍の反応が予想通り過ぎて、溜息が出そうになった。
この戦闘を優勢に進めているザフト軍からすれば、突然現れ戦闘を中断させ、しかもアラスカにサイクロプスが仕掛けられているなどと言う自分達の言葉は、地球軍の一部隊が味方を救う為にはったりを言っているように聞こえるだろう。逆に地球軍側からは、突然現れたソレイユとそのMSはザフトの新兵器にも見えるだろうが、だとしてもザフトはこの戦闘を優勢に進めているのに、わざわざこんな局面でこんな放送を行う必要がない、という考えから、現時点では判断をしかねているのだ。
「……とは言え、どうしたものかしら…?」
*
*
「……一縷の望みを懸けていたのですが……やはり、こうなってしまいますか……」
ソレイユのブリッジでは、艦長席のエターナが残念そうな表情でその目を伏せていた。しかし、次の瞬間にはその瞳は見開かれ、現在の状況に対応すべき指示を、矢継ぎ早に出していく。
「ターンX、クロスボーンX3、ストライク、カオス、ガイア、アビス、ヴァイエイト・シュイヴァン、メリクリウス・シュイヴァン、全機を出撃させて下さい!! 目的はアラスカにこれ以上ザフト軍を近づけさせない事と、地球軍の艦を一隻でも多く、無事にこの戦闘エリアから離脱させる事です。ユリウスとケインはカチュア、シスと協力しつつザフトのMSの相手を!! キラさん、スティング、ステラ、アウル、イレブンさん、セブンさんは地球軍の艦のガードをお願いします!!」
その指示を、更に矢継ぎ早にオペレーター席にいるミラが、それぞれのパイロットへと伝えていく。エターナは一瞬、ブリッジの床に直に腰を下ろして、手製の機材をそこに並べ、相も変わらぬ凄まじいスピードでキーボードを叩いているエレンを振り返る。
「エレン、サイクロプスの方はどうですか?」
「……うん、起動を中止させる事は不可能だけど、ウイルスプログラムを流してプロテクト処理を施す事で、発動時間を遅らせる事は出来るよ。地球軍のお偉いさん方が、現地に誰かを残して直接作動させる方式にしていたならそれも出来なかったけど、幸い遠隔操作方式だったから。任せて、しっかりと時間を稼いでみせるよ!!」
「期待していますよ」
エターナはそれだけ言うと向き直り、再び指示を出す。
「両舷全速!! このまま一気に両軍の間に割り込み、壁の役目を果たします!! オグマ、回避運動はあなたに任せます」
その命令に操舵席のオグマはニヤリと唇の端を歪めると、オーブを発つ時にもそうしたように両手の指の関節をボギッ、ボギッと鳴らし、そしてハンドルを握り、
「それでは皆さん、これからは少々荒っぽい操艦になるので、どうぞシートベルトをお締め下さい!!」
と、茶化したように言う。その言葉にブリッジの空気が一瞬和み、次の瞬間には引き締まった。
「”これ以上近づけるな”って事は落としちゃいけないって事だよね」
「この数なら問題は無いわ……」
そんな雑談をかわしながらも、既にカチュアとシスは10機以上のジンやディンに軽度のダメージを負わせ、帰艦せざるを得ないようにしていた。だが、それでも自分達に向かってくるMSの数は、一向に減る気配も見せない。再び十数機のディンが二機に迫ってくる。
だがそのディンの部隊は、二機の後方から放たれた攻撃によって、ある機体は手足を撃ち抜かれ、またある機体は切り裂かれ、後退を余儀なくされる。それを行ったのはユリウスのターンXと、ケインの愛機であるクロスボーンガンダムX3であった。
「大丈夫ですか? この僕が来たからには、どうぞ大船に乗った気分でいて下さい」
「各々方、油断めされるな!!」
二人の激励の台詞に、カチュアもシスもにやっ、と笑い、再びザフトのMS部隊に向き直った。その威風堂々たる姿に、押し寄せるMS部隊は気圧されたのか、動きが鈍る。ただ、明らかに他の機体とは異なった特徴を持つMS、Xナンバーの3機を除いて。
*
*
「一体……あれは何者なの…?」
アークエンジェルでマリューは状況の判断に苦労していた。
突如として現れた謎の勢力。彼等がザフトの足止めをしてくれている事から、少なくとも現時点では敵ではないと考えられるが、だが相手の目的が不明である以上、味方と断定するのはあまりに軽率だ。そして彼等が行った先程の放送。
サイクロプスを作動させる? そんな事をすればザフトも、地球軍も一人残らず死ぬ。そんな事を地球軍が実際に行う筈がない。そう信じつつも、彼女の中で知らず知らずの内に芽生えていた地球軍への疑念が、まさか、いやひょっとして、という想いを抱かせる。
本当なら自分はどう行動すべきなのか、その判断に、彼女は一人の人間としての自分と、軍人としての自分の狭間で揺れる。だが刻一刻と変化する状況は、そんな僅かな逡巡すらも、許してはくれない。
「ミサイル五、接近!!」
「回避!!」
はっと正気に戻り、慌てて指示を出す。しかし既にアークエンジェルの損耗率は30%を越えており、通常よりもその動きは遥かに鈍い。
「間に合いません!!」
ノイマンが何とか回避しようと目一杯に舵を切りながら、悲痛な声を上げる。アークエンジェルに向かって飛んでくるミサイルは、もうブリッジからでもはっきりと視認出来た。その内の一発は真っ直ぐこちらに向けて飛んでくる。
避けられない。当たる。当たったら、死ぬ。
時間にすればそれはほんの一瞬に過ぎないが、ブリッジの彼等にはそれはとてつもなく永く感じる。マリューは飛んでくるミサイルに向けて、せめてもの意地とばかりに睨み付ける。これで終わる。何もかも。
そんな絶望が彼女を支配する。だがその時、突如として横合いから放たれたビームが、それは恐ろしい程の正確さで、アークエンジェルに向かう5発のミサイル全てを撃ち落とした。ブリッジの全員が何が起こったのか分からずにビームの飛んできた方向を見て、そして一様に息を呑む。
アークエンジェルに接近する白い機体は、全員の見慣れた機体。今まで幾度と無く自分達を窮地から救い、そしてオーブ近海の無人島での戦闘でロストした筈のストライクだった。だがその機体は、誰がやったのかは分からないが完全に修復されている。ストライクから通信が入り、ミリアリアが思わずそれを繋ぐ。開かれた通信回線から聞こえてきた声は、
〈こちらキラ・ヤマト、アークエンジェル聞こえますか? 援護します、早くアラスカから離れて下さい!!〉
「「「「キラ!!」」」」
ブリッジクルーで、彼の友人、サイ、トール、ミリアリア、カズイは一斉に声を上げる。それを聞いて、キラも取り敢えずではあるが自分の仲間が無事である事を知り、その声が幾分か柔らかくなる。
〈アークエンジェル、早くアラスカから離れて下さい!!〉
だが未だにマリューは決断出来ない。様々な疑問が彼女の頭の中を駆け巡り、何が本当なのか、分からなくなっていた。
「…こ、こちらも状況は理解しているつもりですが……あなた達の行った放送が真実であるという確証が……」
〈……今は、信じてもらうしかありません…とにかく時間が…〉
〈確証ならあるぜ!!〉
突然通信回線に割り込んできた耳慣れた声。ムウだ。カリフォルニアへ転属になった筈の彼が、何故かスカイグラスパーに乗って、このアラスカの空を飛んでいる。面食らったのは艦長席のマリューだ。
「フラガ少佐、あなた転属になった筈じゃ……!?」
〈んな事はどうだっていい!! 皆早くここから逃げろ!! ノロクサしてると”レンジでチン”されちまうぞ!!〉
「じゃあ……!!」
遠回しな言い方ではあったが、その意味はマリューにははっきりと理解出来た。サイクロプスは確かに仕掛けられているのだ。この、アラスカに。
〈守備隊は敵を誘い込む為のエサだ!!〉
そう、自分達は生け贄の山羊だ。だがそれでも、まだ、それを認めようとしない彼女が、彼女の中にいる。それが彼女に叫ばせる。
「そんな作戦は聞いていません!! それにもうすぐ救援が…」
〈そんなモノは来ない!! いい加減目を覚ませマリュー・ラミアス!! 俺達は捨て駒にされたんだよ!!〉
だがムウは、とてもでたらめを言っているとは思えないはっきりとした口調で、明確にその希望を否定し、現実を認識させる。今まで自分は地球軍という組織を、命懸けで信じ、忠誠を尽くしてきた。その結果がこれか。自分の周りの世界がガラガラと音を立てて崩れていくようで、マリューは力無く椅子に座り込む。
「ふ……ふふ…何なのよ、それ……」
もう何も信じられない。彼女は自分の目の前が真っ暗になっていくような感覚を覚えていた。もう、どうでもいい。何もかも………
〈死んじゃ駄目だ!!〉
だが、通信回線越しに聞こえてくる、キラの強い声が、彼女の闇を引き裂いた。彼女は視線を上げ、モニターに映るキラを見詰める。彼の瞳には一片の翳りもない。キラは叫んだ。
〈こんなくだらない物の為に、死んじゃ駄目です!!〉
そう叫びながら、彼はストライクを操り、飛んでくるミサイルを次々に迎撃していく。だが、圧倒的な物量の前に、彼の技量を以てしても、限界は迫っていた。ビームの弾幕を抜けた数発のミサイルが、アークエンジェルに向かう。今度こそ駄目だ、助からない。再びブリッジが絶望に支配される。だが、ミサイルが命中すると思われたその刹那に、光の網が白い艦体を取り囲んだ。ミサイルは全てその網に触れ、突破する事が出来ずに表面で爆発する。
今度は何が起こったのか? その答えを見せたのは、降り立った二機の、白と黒のMSだった。
メリクリウス・シュイヴァンとヴァイエイト・シュイヴァン。今アークエンジェルを守ったのは、白の機体、メリクリウスが展開した難攻不落の防御装置、プラネイトディフェンサーだった。この防御システムはビームサーベルや実剣などの近接攻撃を除く、あらゆる攻撃を無力化する力がある。
そしてそのメリクリウスと対を為す黒の機体、ヴァイエイト。改良され、本来は一門であったのが二門装備する事が可能となったビームキャノンを構え、背中に背負った巨大な二基の粒子加速器を作動させる。そのパイロット、イレブン・ソキウスからアークエンジェルに通信が入る。
〈キラの意見に……僕も賛成だ。あなた達がこの絶望的な戦局の中で、知らなかったとは言え味方である筈のナチュラルに裏切られても、その命を懸けて戦った姿、見させてもらった。大丈夫、あなた達を死なせはしない〉
そして彼のその言葉を、メリクリウスを操るセブンが継ぐ。
〈そう、ナチュラルを護る為に、私達”ソキウス”がいるという事を覚えていて欲しい。全ての害悪からナチュラルを護り抜く事、それが私達、”ソキウス”の名を持つ者の義務であり……〉
エネルギーの充填が完了したヴァイエイトが、バスターをも遥かに凌ぐ火力で迫り来る全てのミサイルを薙ぎ払う。そうしながら、イレブンは再び言葉を紡いだ。
〈その義務を全うできる事こそが、何よりも栄誉な事なのだから〉
「あ……あなた達はっ……!!」
震える声でマリューは言う。少なくとも今、自分達を、一人でも多くの者を生かす為に彼等が戦っている。それだけは彼女にも信じられた。しかし、今の彼女は自分の中の気持ちを伝える言葉を持たない。
戦っているのは彼等だけではない。上空ではモスグリーンの装甲を持つ機体、カオスが、アラスカへ向かおうとするジンやディンを、片端から追い返している。
「どいつもこいつも死に急ぎやがって!! 命を無駄にするんじゃねぇよ!!」
追い返しても追い返しても、また新たに向かってくる無数のMSを前に、スティングはカオスのコクピットで毒づく。
アラスカの地上では、四足獣形態に変形したガイアが、上陸したザウートやジン、ゾノを相手に、足止めを行っていた。ガイアの敏捷性はコーディネイターの反射速度ですら捉え切れず、次々と武装を無力化され、撤退を余儀なくされていく。
「死ぬのは怖い…護る……死なない………死なせない!!」
ステラには細かい事は分からない。だが、死ぬという事が怖い事は分かる。だから自分は死なないし、そして誰かが死ぬのも見たくない。ただ、それだけだった。
水中ではアビスが、ユーラシアの艦に迫る魚雷をランスで次々と叩き落とし、向かってくるグーンやゾノはバラストタンクを一部だけ潰し、潜航できないようにして撃退している。
「フン、別にあんた等が死んだって俺は構わないんだけどさ、やっぱり、命あっての何とやらって言うしね」
アウルは不敵な表情を浮かべ、迫り来る水中MS部隊に向けて、アビスを突進させた。
〈皆一人でも多くの人を助ける為に、滅びの未来を変える為に戦っています。だから……だからあなた達も最後の最後まで諦めないで!!〉
キラの真っ直ぐな叫び。それは確かに、マリューの、そしてアークエンジェルのクルー達の胸に届いていた。マリューは両手で自分の頬を張り、気合いを入れ直した。そして、先程とはまるで別人とも思えるような毅然とした態度で命令する。
「これよりアークエンジェルは残存した守備隊をまとめ、この海域からの離脱を開始します、全艦に打電、『我ニ続ケ』!! 機関最大、西側の一角を切り崩して脱出します!!」
「「「「了解!!」」」」
彼女の意志がブリッジの全員に、いや、メカニックや医療スタッフにさえ伝わったようだった。全員が決意も新たに、その命令に従った。
*
*
一方、カチュア達は、自分達に向かってきた新手の3機、デュエル、ブリッツ、バスターと戦っていた。
「くっ!! 何だよこいつは!!」
「良い腕をしていますね、僕でなければ相手はできないでしょう」
デュエルとターンXの鍔迫り合いが火花を散らし、
「ううっ!! 強い…!!」
「……手強い相手…でも避けては通れない……」
ブリッツとCBがぶつかり合い、
「ちょっ……反則だぜこいつの火力は…!!」
「そろそろやられて!! ……ダメ?」
バスターとWゼロカスタムが砲撃の応酬を続けていた。ケインのX3は他のジンやディンの相手に回っている。
ユリウスのターンXがデュエルに向かってビームを放つが、上手くかわされた。シスのCBも、幾度か回避はまず不可能なタイミングでビームサーベルを振るうも、その攻撃はブリッツの装甲を掠めるだけで終わる。Wゼロカスタムが放ったバスターライフルをギリギリの所で避けるバスター。避けられたビームは海面に突き刺さり、巨大な水柱を立てる。
どちらも決定打が入らず、一旦距離を置き、集合する。
「…今までの相手とは動きが違うわ…さすがガンダムタイプに乗っているだけの事はあるわね…」
と、シス。その呟きが耳に入ったのか、ターンXから通信が入ってくる。
「…確かにそれもあるでしょうが……彼等は僕達の動きを先読みしている感じです。だから僕達にはそれ以上に速く感じる…」
「でも私達と戦うのはこれが最初の筈よ? 何でそれで動きが読めるの?」
疑問を口にするカチュア。ユリウスはほんの少し沈黙した後、言う。
「僕達にMSの操縦を教えたのは誰ですか? 言うなれば僕達の操縦技術の基本となっているのは……」
そこまで聞いて、二人ともはっとする。
「ショウ…」
「彼等はショウと戦った事があると言うの……?」
「…勿論僕の推論に過ぎませんがね。ですが否定できない可能性です」
そのユリウスの言葉に、カチュアはゴクリ、と唾を飲み込み、シスは強くレバーを握る。自分達の隊長であるショウと戦い、なお生き残っている。だとするなら、目の前の相手は、まぎれもなく脅威だ。二人ともそう認識する。
「こんな時、ショウが…いてくれたなら……」
カチュアがふと、そう呟いた。
ソレイユのブリッジでも、戦況はモニターしていた。カチュアやシス、ユリウス、ケインらは勿論、キラ、ソキウス、スティング、ステラ、アウルも頑張ってくれてはいるが、流石に分が悪い。特に正規のフェニックス部隊である4人は、その動きに今一ついつもの精彩がない。
その理由はエターナにははっきりと分かっていた。
原因は不安、だ。本来自分達の中核にいるべき者がいない為に、ギリギリの所で自信が感じられないのだ。
指揮官として指示を出すだけなら、自分は十分にショウの代わりをやる自信がある。だが、自分達はショウが編成した部隊だ。それを率いるのは彼以外にはない。自分にその代わりは出来ない。そんな苛立ちに似た感情を彼女は感じつつも、次々に飛んでくる攻撃に対して、次々と指示を出していく。その隣のゲスト席に座ったニキが、
「艦長、最初に想定した物よりも、撤退の状況が遅れています。このままではサイクロプスの発動までに安全圏に離脱する事が困難になります」
と、状況を報告する。
今の所ソレイユにはほとんどダメージはない。対空砲火でMSや戦闘機を寄せ付けず、飛んでくるミサイルやビームは全てオグマの操縦技術で避け切っている。だがそれでも徐々に押されているのも確かだった。このままではまずい。ならば、
「ニキ、後を頼みます、私も出撃します」
「分かりました」
そう言ってエターナは立ち上がり、自分の愛機であるサイコガンダムMk−Vの元へ向かおうとし、ニキは彼女の代わりに艦長席に着こうとする。だがその時、
「「!!」」
二人ともその動きを止め、モニターに映る、遥か天空を見上げる。いや、彼女達だけではない、ミラも、オグマも、そして現在戦闘中であるカチュア、シス、ユリウス、ケイン達も、全員一斉に蒼天の、その一点を凝視している。
「この感覚は…」
「ああ、間違いない」
「近づいてきますね」
「懐かしいね、この波動。とても暖かくて、優しい」
彼方から感じる気配。その感覚は間違えようもなく、自分達が捜していた、あの少年のもの。シスが全員の想いを代弁するように、ただ一言、呟くように小さな声で言う。
「…ショウが…帰ってくる…」
やがて”それ”は姿を現す。輝く白い四肢を持ち、ボディは青とグレイのツートン、そして背中には蒼い5対10枚の翼を持つその姿は、まるで断罪の天使のような。そのMS、ZMGF−X10A”フリーダム”から、ソレイユも含むフェニックス部隊全機に対して、隊員しか知らない周波数で、通信が入ってくる。
〈みんな……何でここに…? 懐かしい波動を、妙にたくさん感じるとは思っていたけど……〉
と、聞こえてくるショウの声。それを聞いて、真っ先に行動を起こしたのはカチュアだった。
「何で、だって!? ……あなたがMIAになって、私達がどれだけ心配したと思ってるのよ!!」
彼女は眼前の敵であるバスターを放り出して、Wゼロカスタムの緑色のビームサーベルを起動させ、フリーダムに斬りかかっていく。驚いたのはショウである。流石にこんな戦場で、MSに乗っていなければ抱擁すべき感動の再会のシーンで、まさか襲いかかってこられるとは夢にも思わなかった。
不意打ちに近かった最初の一撃こそコクピットを掠めはしたものの、後の攻撃はシールドを使って上手く捌いていくショウ。そして腰のビームサーベルを抜き放ち、Wゼロカスタムの首筋に突きつける。
「!!」
「ごめんよ、心配かけて。お互い、積もる話もあるだろうけど今は状況が状況だからね。一時中断してくれないかな…? どうしても僕が許せない、相手しろと言うのならこんなポンコツじゃなくて、フェニックスに乗って相手するからさ……」
そこまで言ってショウは言葉を切ると、ややあってはにかむように、
「みんな……ありがとう。来てくれて……嬉しいよ、本当に……」
と、たどたどしく言う。カチュアもそれを聞いてやれやれと剣を引く。元々彼女の今の行動はショウに出会えた喜びと、自分を心配させたという、少し理不尽な怒りとがスパークした結果だったので、ちょっと頭が冷えればショウを攻撃する理由など無い。そしてそれを聞いた他の者達も、これが夢ではないという事をようやく認識したようで、
「……お帰りなさい」
「きっと生きていると思ってましたよ」
「ショウ殿、よくぞご無事で!!」
と、それぞれ隊長の無事を喜ぶ。だが今は戦闘中、あまり長くそうしている訳にも行かない。ソレイユからフリーダムに通信が入る。
〈ショウ、状況は認識していますか?〉
「ええ、せんせ…いや、エターナさん、もうすぐサイクロプスが作動するんでしょう? 僕は何とかアークエンジェルの人達だけでも助けようと思って来たんですが…みんなも目的は同じ、のようですね…」
〈その通りです。現時点を以て、隊長代理としての私の権限を全てあなたに返します。あなたが指示を出して下さい〉
そのエターナの言葉にショウは頷くと、まずは正確な状況の把握に努める。
「おおよそで構いません、サイクロプスが発動するまで後どれぐらいですか?」
〈後10分ちょっと、ってとこだろうね。本当なら今頃はこの辺一帯が溶鉱炉と化しているんだろうけど…〉
エターナに代わって、その質問に答えるエレン。ショウは「エレンさん、あなたまで…」と最初は驚いていたが、すぐに現状を思い出すと、それぞれの者に指示を出す。それらはエターナが最初に指示したのとほとんど同じだったが、一人だけ別の指示を受けた者がいた。
「ショウ君!!」
「キラさん、あなたはこれから僕と一緒にアラスカ基地内部へと突入してもらいますよ」
「えっ、そんな、内部に入って何を……」
その指示に疑問を抱いたキラが聞き返す。それに対して、ショウは悪戯っ子の様な笑みを浮かべて、応えた。
「決まってるでしょう? サイクロプスを破壊するんですよ!!」
*
*
「さて、ショウが帰ってきた以上、僕もあまり彼に無様な姿は見せられませんね」
ユリウスはそう笑って言うと、再びデュエルに向かってターンXを突進させる。
「迂闊なっ!!」
その無防備な突進に合わせて、イザークはビームサーベルの斬撃を繰り出す。しかしそれはユリウスの計算通りだった。ターンXはその全身をバラバラに分解すると、その攻撃を回避し、デュエルの背後に回り込む。
「MSがバラバラになるだと…!?」
自分達の常識では考えられない動きに対して、イザークは一瞬だが反応が遅れる。そしてその時、ターンXの右手の溶断破砕マニピュレーターが展開し、強力なエネルギーを帯びて光り輝く。
「天才のやり方は凡人共には理解出来ないのさ!! シャイニング……」
「うおおおっ…こ、これはーーーー!!」
「フィンガァァァァァーーーーッ!!」
その叫び声と共に必殺の一撃がデュエルの頭部に炸裂し、PS装甲をも一撃で粉砕する。精密機械の塊であるMSの中でも、特に中枢である頭部を砕かれたデュエルはフラフラと落下する所を、同じように右腕をやられたブリッツと、左半身に大ダメージを負わされたバスターにキャッチされ、修理の為ひとまず帰艦していった。
デュエルを撃退したターンXの横に、同じく自分の相手にダメージを与え、撃退したWゼロカスタムとCBが並ぶ。
「中々手強かったね」
「……まだ、生きてる、まだ戦えるわ……」
二人の言葉に、ユリウスも頷くと、3人は未だに攻勢を緩めないザフト軍に向けて突撃した。そして最後の一人、ケインもまた、
「行くぞ、秘剣!! つばめ返しーーーーーーっ!!」
クロスボーンX3の最大の武器、ムラマサバスターが作り出す巨大な紅の光刃を振り回し、一振りで4、5機を一度に撤退させている。全員の動きに、本来のキレが戻ってきた。隊長がいるといないとでは、やはり全く違う。
エターナはそう感じつつ、艦長としての自分の役目をこなしていく。そこに、ゲスト席に座っていたニキが言った。
「艦長、今計算したのですが、基地内部に入った二人が生還できる確率は、3720分の1と出ました」
と、絶望的な数字を提示するニキ。だがそれを聞いたエターナ、ミラ、オグマ、そしてそれを言った本人であるニキですら、その表情からは不安の一欠片も見いだす事は出来なかった。そこにあるのは、ただ、ショウへの絶対的な信頼のみ。
「待ちましょう、ショウが帰ってくるのを」
その言葉に頷く、オペレーター席と操舵席のミラとオグマ。
「たとえ可能性が万、いや京に一つでも、彼には十分すぎるんでしたよね」
「奴は帰ってくる。あいつが帰ってくるべき場所は、あいつ自身がいつか言っていたように、ここしかないんだからな。俺達の仕事はそれをちゃんと守り抜く事だ」
*
*
JOSH−A内部に侵入したフリーダムとストライクは、既に侵入しているザフトのMS隊には目もくれず、一直線にサイクロプスを目指していく。幾つもの隔壁を破壊し、それを潜り抜けた先には、成る程サイクロプスの名に相応しい、巨大な一つ目のような構造物があった。しかもそれは不気味な鳴動を始めている。サイクロプスが作動しかけているのだ。
「ショウ君……」
キラが流石に不安そうに声を掛ける。はっきり言ってこの巨大さはMSでも破壊しきれる物ではない。ショウはこれをどのようにして止めるつもりなのか。ショウはキラの質問には答えず、フリーダムのコクピット内で計器を操作している。
と、いきなりフリーダムの背中に装備されたバラエーナ・プラズマビーム砲と、腰のクスィフィアス・レールガンをパージし、ビームライフルとシールドも捨てる。これでフリーダムに残された武器はビームサーベルとバルカンだけになった。そして、
「…Nジャマーキャンセラー停止、主電力をバッテリーに切り替え…」
モニターに、『NUCLEAR REACTOR CUT OFF』と表示され、核エンジンが停止する。ショウはうむっ、と頷く。これで準備は整った。キラに通信を入れる。
「心配しないでキラさん、僕は勝算のない賭はしない。必ずサイクロプスを破壊して、無事に二人で帰りますよ」
その自信に満ち溢れた声に、キラは自分の中の不安が消え去っていくのを感じていた。
それを感じ取ったのか、ショウは精神の集中を始める。すると彼の体を純白に光り輝くオーラが包み、やがてその輝きはフリーダムをも包み込んでいき、それは全身を覆う形から、フリーダムの腕の間に、光の玉となって収束する。
その球体が膨大なエネルギーを持っている事は、キラにも分かった。それを目標であるサイクロプスにかざしているだけで、PS装甲であるフリーダムのボディにヒビが入り、壊れていく。
「正直、僕だけなら何とかアークエンジェルを逃がすぐらいが精一杯だと思ってたんですけど、みんなやキラさん達が来てくれたから、これなら何とかなりそうです」
「ショウ君!!」
彼が何をするつもりなのか、キラにもおおよその見当が付いた。一瞬も油断するまいと、身構えるキラ。
「じゃあ行きますよ……無能なる者に白き闇を。最強完全消滅法術……」
詠唱が行われ、光の玉のエネルギーが最大限に高まり、それと比例するようにフリーダムの機体は崩壊の速度を速めていく。そして、
「ホワイトアウト!!!!」
その掛け声と共にサイクロプスに向けて撃ち出され、その途端にフリーダムが大爆発した。まず両腕は跡形もなく吹っ飛び、左脚も砕け、翼も8枚までが折れる。そうして急速に失速し、落ちていくフリーダムの胴体を、キラのストライクが掴む。
その瞬間、ショウとキラ、二人の視界が真っ白に染まった。
それは幻想的な光景ですらあった。
アラスカの中心部から天へと、一筋の白い光が伸びていく。音は無い。ただ、光だけが。敵も味方も、誰もがその光景に言葉を失い、膨大な光量に目を覆う中で、フェニックス部隊の者達は目を逸らさずに見ていた。やがてその光の柱の中から、半壊したフリーダムを抱え、ストライクが飛び出してくる。
それを確認した瞬間、ある者は歓喜の叫びを上げ、ある者は小さくガッツポーズを作る。
ショウはモニターも壊れ、完全な暗闇となったフリーダムのコクピットの中で、何とか生きている通信装置を使って、全員に呼びかけた。
「作戦終了、みんな、で……帰還するよ」
彼は泣いていた。もう会う事は出来ないと、そう思っていたかけがえのない仲間達。それが今、自分のすぐ側にいると思うと、涙が止まらなかった。
こうしてアラスカの戦いは、連合とザフト、両者の思惑から大きく外れた形で終結する事となった。オペレーション・スピットブレイクは失敗した。この結果に多くの者が狼狽える中、一人歯軋りして、この戦場から離脱していく白亜の戦艦を睨み付けている男がいた。
『仮面の男』、ラウ・ル・クルーゼである。
『あの部隊の持つMS……Xナンバーに近いようにも見えるが……いずれにせよあの性能、敵となるならば脅威だな……だが…邪魔はさせん。私の定めたこの世界の滅びの運命は、何人にも覆させん……』
彼の胸の中の憎しみの黒い炎は治まるどころか、更に激しく燃えさかっていた。自分自身すらも燃やし尽くす程に。
TO BE CONTINUED..