「一体どうなっている? アラスカ方面の戦力が足りないなら、ジブラルタルからも応援を出させろ!!」

「無人偵察機ではダメだ、今欲しいのは詳細な報告なんだ!!」

「そんな話は聞いていないぞ? どこからの情報なのだそれは!?」

 オペレーション・スピットブレイクの発動と前後して、本国に戻っていたアスランとマルス。彼等は到着後すぐにスピットブレイクが失敗に終わったという報告を聞き、同時に現最高評議会議長であるパトリックの命を受け、ここ、国防委員会本部に呼び出されていた。二人がオペレーションルームの前を通ると、様々な人物の怒鳴り声が聞こえる。情報は、かなり錯綜しているようだ。

 二人は目を見合わせると、足早にそこを通り過ぎ、国防委員長のオフィスの手前でそれぞれの認識番号を告げる。程なくしてドアが開き、二人とも急ぎ足で中に入る。オフィスでも数人の補佐官達がパトリックのデスクの前に集まり、状況を報告している。

「とにかく…サイクロプスの存在は事実ではないかと。ですがそれを破壊したエネルギーについては未だに調査中で…」

「クルーゼは!?」

「まだコンタクトは取れていませんが、無事との報告を受けています」

 そう言う補佐官の声を聞いて、アスランはほっと胸を撫で下ろしたい気分になった。クルーゼが無事という事は、恐らくではあるがイザークやディアッカ、ニコルも無事でいるだろう。彼の隣でマルスも、ほんの少しだが表情が軟らかくなったようだった。たとえ共に戦った時間が短くとも、彼にとってもイザーク達は戦友だった。

「アイリーン・カナーバ以下、数名の評議員、それにシーゲル・クライン前議長が事態の説明を求めて議場に詰めかけています。臨時最高評議会の招集を要請するものだと思われますが……」

 アスランとマルスの後から入ってきた補佐官のその言葉に、パトリックは苦虫を噛み潰したような表情になる。彼にしてみればこんな時に、という心境だろう。だがカナーバ等、クライン派の議員達の反応も無理はない。状況から判断すると、パトリックは他の議員達にも内密に、JOSH−Aへとスピットブレイクの攻撃目標を変更したのだ。つまりそれは議会の承認を受けていない、パトリックの独断であった事になる。

 もっともそれも成功してしまえば、一部の議員が何を言おうと世論の勢いに乗せて反対意見など押しつぶせると考えていたのだろうが、結果は失敗。それもかなり悪い部類に入るものだ。

 何者かが情報をリークしていたのか、地球軍は既にJOSH−Aの本部としての機能を別の基地に移しており、しかもその地下にはサイクロプスを仕掛けていた。不幸中の幸いは、戦闘中に突如として介入してきたという謎の勢力が足止めを行った事によって、結果的にサイクロプスに巻き込まれる筈だった多くの兵士達が生き延びる事が出来たという事だ(パトリックはその謎の勢力を地球軍の特殊部隊と認識し、今後これと遭遇する事があった場合は、彼等の使用しているMS・戦艦の奪取、または破壊を命じている)。

 ともあれ、戦略的には間違いなくスピットブレイクは失敗した。これでは事後承諾どころか、下手をすれば議長の椅子すら危ない。

 パトリックはカナーバ等穏健派の議員とシーゲル達を国家反逆罪の容疑で拘束するように命令し、その時、補佐官達の後ろに立つアスランとマルスの姿に気付いたのか、部下達をオフィスから追い出す。そして、今そのオフィスにいるのは3人だけになった。それによって気が緩んだのか、パトリックは深く溜息をつくと、椅子に沈み込んだ。アスランには、いつも冷徹で精悍な父が、この時だけは実年齢より20歳も年老いたかのように見えた。

「父上…」

 思わず口をついて出たその言葉も、そんな肉親への思いやりからの物だったのだが、

「何だ、それは!?」

 返ってきた冷たい言葉にアスランは慌てて姿勢を正すと敬礼する。マルスもそれに倣う。

 パトリックはしばし、二人を値踏みするような目で見ていたが、やがて咳払いを一つすると、言った。

「状況は認識したな」

「あ…」

 思わず何か言いそうになるアスランを押さえて、マルスが発言する。

「情報が錯綜し、誰もが冷静な判断力を失っている事を認識しました」

 歯に衣着せぬ物言いに、アスランはゴクリ、と唾を飲み込む。マルスは相変わらず、その表情は冷静を保っている。彼の今の言葉は別に皮肉でも何でもなく、ただ感じたままを言葉にしただけだった。パトリックは、その言葉にも一面の真実があるのを認め、頷く。だが彼は気付いていない。その言葉の”誰もが”には彼自身も含まれている事を。

 少なくともマルスには、パトリックが賭けに敗れ、追い詰められて平時の判断力を失っている事がはっきりと分かった。いつもの彼なら、議長の強権を発動し、反対派の議員を拘束などと、馬鹿な真似をするはずがない。そんな事をすれば反感を買うのは必至、今はそれで良くとも、遠からぬ未来にそれが身の破滅になるのが見えるようだ。

 そんな思考をマルスが行っているとは夢にも思わず、パトリックは二人を呼び出した理由の説明を始めた。

「これはまだ一般には公開されていない情報だが、極秘裏に開発されていた最新型MS、ZGMF−X10A『フリーダム』が、何者かによって強奪された」

 そう言って、壁に設置された巨大なモニターに、その強奪された新型機のデータを表示する。その形状から、どうやらヘリオポリスで奪取したXナンバーの技術も取り入れているようだ。ちらっと見ただけでも、現在のザフトの主力であるジンやシグーなどとは、全く桁の違う性能を有している事が分かる。

「工廠で、アスランはX09A『ジャスティス』、マルス、お前はX99A−MARS『グローリィ』を受領し、この強奪されたフリーダムの奪還、パイロット及び接触したと思われる人物、施設、全ての排除に当たれ」

「「!!」」

 そのあまりに極端な命令の内容に、アスランは愕然となり、マルスも表情を険しくする。パトリックはそれで話は終わりとばかりにデスク上の呼び出しスイッチを押す。だが納得できないアスランは身を乗り出すようにして、言った。

「待って下さい、接触したと思われる人物、施設まで、全て排除ですか?」

「どれ程高性能とは言え、たかが一機のMSに、過ぎた処置ではありませんか?」

「そうする必要がある」

 重い口調で二人の質問に答えるパトリック。

「フリーダム、ジャスティス、グローリィ、これらは全て、Nジャマーキャンセラーを搭載した機体なのだ!!」

 その言葉の意味が掴めず、二人とも一瞬言葉を失う。だがそのすぐ後に、今度はマルスが食って掛かった。彼は机を叩き、今にも掴み掛からんばかりの勢いでパトリックに向けて怒鳴る。

「どういう茶番です、それは!! プラントは全ての核を放棄する事を宣言したはずです!! その為のNジャマーではなかったのですか!! 一年と少し前、あの忌まわしい兵器によってどれ程の犠牲者が出たか、もうお忘れか!!」

 普段のクールな彼からは想像も出来ないようなその剣幕に、アスランは圧倒される。と、同時に彼の言葉から、ユニウスセブンの悲劇が頭をよぎる。あの時の死者の一人に、パトリックの最愛の妻であり、アスランの母でもあるレノアもいた。

 だがパトリックはそれに対して、冷たく返す。

「勝つ為に必要となったのだ、あのエネルギーが!! ここで負ければ我々の未来は、より閉ざされた暗い物となるのだぞ!!」

 マルスはその言葉を受けて、がっくりと肩を落とすと、

「……了解しました。では私の所属を以前と同じ、特務隊に戻しておいて下さい」

 そう呟くように言って敬礼し、アスランを伴ってオフィスから退室した。

 Nジャマーキャンセラー。正直納得できる物ではないが、だが彼等には疑問を差し挟む事は許されておらず、またその必要もない。彼等は軍人なのだ。どんな命令にも従う。それが軍人だ。軍人は任務に自分の正義を持ち込んだりはしない。

 それに、パトリックの言っている事も正しい。

 負ければまたコーディネイターはナチュラルに搾取されるだけの存在になり、やがてはこの宇宙からその存在さえも消えていくだろう。よしんばそれを免れたとしても、プラントは地球の植民地でしかなくなる。そのような未来を現実の物としない為に、自分達は戦っているのだ。

 今はただ、戦うしかない。それがプラントの、コーディネイターの未来を拓く事になると信じて。



OPERATION,26 鳳凰の翼 



 アラスカでの戦いの後、オーブへ向かうアークエンジェルや、「軍に復帰するのとはまた別の形でナチュラルの為に働く」と言うイレブンとセブンと別れ(この際ショウは餞別として、二人にヴァイエイト・シュイヴァンとメリクリウス・シュイヴァンを譲渡している)、太平洋上を航行するソレイユ。当然、その中にはショウの姿もあった。本来彼等がこの世界に来た目的である隊長であるショウの捜索という目的も果たせた為、数日前まで艦内は、毎日がお祭り騒ぎの様相を呈していた。

 それはショウも同じで、仲間達のいる懐かしい自分の母艦に帰ってきて、自分の部屋に入って数秒後、

「ああっ!! ぼ、僕のアッガイが……あの時感じた悪寒はこれだったのか……どこのどいつだーーーーーー!!!!!」

 と絶叫し、部屋にあったホッケーマスクをかぶり、チェーンソーを持つという縁起でもない格好で艦内を闊歩し始めたのだ。ちなみにマスクやチェーンソーは彼の集めているアクセサリーの一つで、他にも天使の翼や猫耳セット、アフロのカツラ、ヒゲ眼鏡、海賊帽など、一体全体どういう基準で選んでいるのか分からない装飾品が、彼の部屋の大きなクローゼットには仕舞ってある。

 それに対して震え上がったのはステラである。悪気はなかったとは言え、ショウの大切なプラモデルを壊してしまったのは他ならぬ彼女だからだ。そしてまるでホラー映画の怪物のような格好をしている事から、ショウは激怒している様子。もし捕まったら……

 殺られる!!

 そう思った彼女は泣きながらシスに相談した。だがシスも良い手が思いつかないらしく、取り敢えず自分の部屋に匿う事にするのだが…

「正直に名乗り出て謝れば許してあげるから出てこーーーい!!」

 と、チェーンソーを振り上げながら叫ぶショウ。これが普段の彼ならその申し出を受けて謝りに行く所だが、今の彼が言っても全然説得力がない。

 シスは何とかステラを逃がそうと思ったが、ここは航行中の戦艦の中。逃げ場はない。そんな事やっている内に、持ち前のニュータイプ能力で気配の乱れを察知したショウが彼女の部屋までやって来た。部屋に入れまいと適当な言い訳を並べるシスだが、何分彼女は嘘が下手で、結局ステラが名乗り出る事になってしまい……

「あの…私がやりました……ごめんなさい…」

 謝るステラ。ショウはそんな彼女に手をゆっくりと伸ばしていく。シスはどうにかしてショウを止めようとするが……

「次からは気をつけてね」

 と、ショウはマスクを外し、優しい笑顔でステラを許した。差し出した手はコツン、と彼女の頭を叩いただけだった。シスもステラもどんな恐ろしい目にあうかと覚悟していたので、安心する反面気が抜けて、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。その様子から、彼女達が何を思っていたのか、ショウも気付いたらしい。呆れたように笑うと、言った。

「僕だっていつまでも子供じゃないよ」





 こんな事もあった。アラスカを離れてすぐ、ショウはソレイユの大浴場、「それい湯」というのれんが掛けられたそこで、汗を流していた。

 この大浴場は岩で囲まれた露天風呂風の凝った造りになっている。勿論こんな設備はオリジナルのソレイユには備わっておらず、ショウがフェニックス部隊の母艦としてこのソレイユを受領した時に、”長期の任務に就く際、隊員のストレスを発散する為”という名目で各種のレジャー施設や中庭、ショッピングセンターなどを艦内に組み込み、リフォームした時に、この大浴場も取り付けられたのである。ちなみに改造を実行する時、中心となったのはユリウスで、彼はこういった施設と同時に武装面でもかなりの改造を施しており、結果としてこのソレイユはオリジナルに比べて戦闘能力や居住性などが飛躍的に向上している。

 そんな風呂にショウがのんびりと浸かっていると、入り口が開く音が聞こえてきた。誰か入ってきたのかとそちらを向いて、彼はその両眼を、飛び出さんばかりに見開いた。

「ショウ…背中……流しに来たよ」

 そこにはバスタオルを体に巻いた姿のカチュアが立っていたのだ。当然だが「それい湯」は混浴ではない。突然の事態に、顔を茹で蛸のように真っ赤にして動揺するショウ。ところがそこに、今度はカチュアと同じ格好のシスが入ってきた。彼女の目的は勿論…

「……不束者ですが……背中を流しに…!!? ……って、カチュア、何故あなたがここにいるの!?」

 先客に気付き、威嚇するように睨み付けるシス。だがカチュアも負けてはいない。

「何でって…そんなの決まってるじゃない」

「抜け駆けは無しよ」

「五月蠅いわね、早い者勝ちよ!!」

「私はショウと一緒にお風呂に入った事もあるのよ」

「そんなのあなたのカウンセリングの一環でしかないじゃない!!」

 こんな調子でお互い一歩も引かない。ショウはと言うと、すっかり二人の体から発散される圧倒的なオーラに気圧されてしまっている。取り敢えず腰のタオルをしっかりと掴んで、この場から立ち去ろうとする。が、少しばかり遅すぎた。それまでは互いに品のない言葉を投げつけ合っていたカチュアとシスだったが、二人共もう言葉が意味を持たない事を悟ったらしい。そして、

「こうなったら実力行使よ!! エアロクエイク!!」

「ショウの背中を流すのは私よ。オールフリーズ!!」

 風と水の法術が激突する。哀れなのはその余波をもろに喰らったショウである。彼は這々の体でさながらコキュートスと化した風呂場から逃げ出すと、慌てて浴衣を着て、その場から逃げ出していった。

 ちなみにその後、カチュアとシスの戦いは両人共に本来の目的を忘れたまま続行され、ショウから話を聞いてやって来たエターナが仲裁に入って、やっと治まる事となった。この騒動で「それい湯」の男湯は数日間使用不能になってしまい、騒動の張本人であるカチュアとシス、そしてショウは罰として、エターナの説教を延々と聞かされる羽目になってしまった。





 このようなトラブルに立て続けに見舞われたものの、ショウはその中で、ここが自分の居場所であり、そこに帰ってきたという、確かな実感を味わっていた。

 そんなある日、副長であるエターナの指示によって、全員が会議室に集められた。

 壁に設置された大小無数のモニターが赤や青の光を放ち、まるでそこに立つ者にプラネタリウムの中にいるような錯覚を抱かせるその部屋の中央には、巨大なホログラム投影装置が設置され、そこには地球を中心として、デブリ帯や月、プラントなどのコロニーの位置や、幾つかのポイントにおける最新情報が映し出されていた。その周りには等しい間隔で、円を描くようにして席が設けられている。

 ショウも含むフェニックス部隊全員が部屋に集まり、その席に着いた事を確認すると、彼女は皆をこの部屋に集めた理由の説明を始めた。

「全員ご存じの事かと思いますが、数日前、連合が所有するマスドライバー施設の最後の一つ、パナマ基地が陥落しました。同時に連合は赤道連合やスカンジナビア共和国、そしてオーブに対して、”ワン・アース”をアピールし、その水面下では各国政府に対して恫喝に近い加入要求が行われています」

 エターナの説明に、全員が顔をしかめる。

 地球連合の思惑は分かっている。彼等は世界を自分達に与する者と敵と、その二色の色に分けるつもりなのだ。そしてその上で、世界を自分達の一つの色に塗り潰し、支配する。その中核にいるのは大西洋連邦の者達だ。自分達に対抗する事の出来る勢力を持つユーラシアの兵をアラスカで、サイクロプスによってザフトごと吹き飛ばそうとした事実は味方の中にも敵がいるという構図を露わにしている。

 ハッキングによって得た情報によると、”連合に与し、共にプラントを討つ道を取らぬのなら敵対国と見なす”とまで、先に挙げた国々には言ってきているようだ。エターナは全員の意見の交換が一区切りした所を見計らって、説明を再開する。

「また私達については、プラント側は私達を地球連合の特殊部隊、連合側はザフトに与する不逞の輩として、どちらも断固として戦う姿勢を見せています。今回の議題は、このような情勢下にあって、今後の我々が選択すべきオプションについてですが…」

「考える必要などないのでは? 俺達は悠々自適な傭兵暮らし、それで良いではないか。現在、この世界ではレーダーが使えず、ソレイユには完璧なステルス機能が搭載されている。常に移動していていれば発見される可能性などほとんど無いと思うが…」

 と、オグマ。だがニキがそれに反論する。

「そんな簡単な問題ではないでしょう。私達の持つ戦力は世界レベルで見ても突出したもの。存在するだけでこの世界に影響を与えます。それを考えて行動せねば…」

「常に移動していたとしても偶発的に発見される可能性はあります。やはりどこかに拠点を構えるのがよいのではないでしょうか」

「でも私達を受け入れてくれる所がそんなに簡単に見つかるかしら? 私達にMSや戦艦の燃料・武器弾薬などの補給や整備は必要ないけど、それでも……」

 再びそれぞれが自分の意見を言う。その中で、ショウとエターナは自分の意見を口にする事を控えていた。部隊の隊長である彼と、それと並ぶ権限を持つ彼女の言葉は多大な影響力を持つ。それ故に発言には慎重さが要求される。

 次第に意見は、”闇雲に移動を続けるのではなく、行動の拠点を持つべきではないか”という事で纏まり始めた。そうして、全員の視線がエターナと、その隣に座るショウに集中する。二人はそれに頷いて応える。先に口を開いたのはショウだった。

「心当たりはある。僕達を受け入れ、拠点としてそこを使用させてくれる可能性の高い場所が」

「そんな所が?」

 ショウの向かいの席に座っていたユリウスが、体を乗り出すようにして言う。ショウは再び自信ありげに頷き、ちらっと隣に座る美しい女性に目をやる。それが合図だったのだろう、エターナが立ち上がると、ホログラム投影装置のキーボードを叩いた。すると地球圏全体の様子を映していた立体映像はその殆どが消え去り、僅かに残った米粒ぐらいの光の点だったものが、数十倍の大きさにズームされる。

 それはどうやら宇宙ステーションのようだった。上部は完成しているようだが、下部のブロックは未だに設計途中であるかのように内部の構造が露出した部分が存在している。

「ここは……」

「オーブ所有の衛星軌道ステーション、通称アメノミハシラ。将来的には軌道エレベーターの為の施設ですが、現在はその作業は殆ど凍結されています。現在、ここの管理を行っているのは、オーブの五大氏族のひとつサハク家の次期当主候補、ロンド・ミナ・サハク氏です」

 ロンド・ミナ・サハク。この中でも何人かは彼女と直接面識があり、そうでない者もその名や彼女の役割については知っている。エターナはその予想通りの反応に満足した様子で、説明を続けた。

「このアメノミハシラはファクトリーとしてかなりの規模を持っており、それを狙う者は連合・ザフトを初めとして、幾らでもいます。先日もザフトの一個中隊の攻撃を受け、これを退ける事には成功したようですが、アメノミハシラもそれなりの被害を被りました……ロンド・ミナ・サハクは、防衛の為の力を欲しています」

「……拠点として使用する見返りに、私達の戦力を防衛力として提供するのね?」

 とシス。エターナは彼女の言葉を受けて、頷く。そして全員を見回した。全員の心が一つになっている事が感じられる。

「よし、満場一致だ」

 ショウのその言葉によって、その場は閉会となった。他のメンバーが退室した後、最後に残っていたのはショウとエターナだった。その二人も、エターナがホログラムを消すと、並んで会議室を後にする。歩きながら、ショウはエターナに言った。

「エターナさん、ソレイユは準備ができ次第、大気圏を離脱、アメノミハシラに向かって下さい」

「……あなたはどうするのですか?」

 まるで自分がこれから不在になり、その間の行動を指示しているようなショウの言い方に、疑問を感じた彼女が尋ねる。

「僕はちょっとフェニックスで行かなくてはならない所があるので、何かあった場合は連絡を。それが無い場合は僕は用事を果たした後、直接アメノミハシラに向かいますから」

「フェニックスを使う用事ですか?」

 重ねての質問に、ショウは頷き、エターナの目を見て、

「ええ、久し振りに乗ってみたくもあるし、それに”リコリス”にはまだちゃんと挨拶もしていないし…」

 その二つの理由も彼の本音ではあったが、続けて最大の理由を口にする。

「迎えに行かなくてはなりませんから。僕達フェニックス部隊の、新しいメンバーを」





 ソレイユのカタパルトが開き、そこから一機のMAが飛び立った。大きさは大型の戦闘機と同じ位で、かなり大きな翼を持っている。足のようなパーツも確認できる事から、このMAには可変機能があるという事が推測できる。

 その機体、GGF−001『フェニックスガンダム』のコクピットにはショウが座っていた。このフェニックスこそが彼の専用機であり、彼の本来の剣だ。これまで彼はこの機体を己の手足の如くに扱い、ありとあらゆる奇跡を起こしてきた。

 その懐かしい相棒の中で、ショウは上機嫌だった。気まぐれにアクロバティックな動きを試してみる。フェニックスの機体は彼のイメージと寸分の誤差も無く、その動きを正確に行った。

「うん、やっぱりこれだね。ストライクやフリーダムも決して悪くはなかったけど…まるでポンコツの自転車から宇宙ロケットに乗り換えた気分だよ」

 と、久方ぶりの愛機を楽しんでいるショウ。そこに声が聞こえてくる。

〈…私も、あなたとまた一緒に飛べて、嬉しい。お帰り、ショウ〉

「ああ、ただいま、リコリス」

 ショウが”リコリス”と呼んだこの声の主は人間ではない。彼女はこのフェニックスの機体管制を担当する、疑似人格AIだ。名前からも分かるように性別は女性で、共にあらゆる修羅場をくぐってきたショウと彼女は、人間と機械という枠組みを越えた、深い信頼で結ばれている。

 また彼女は様々な世界の黒歴史で起こったあらゆる出来事をデータとして保有しているなど、不思議な特性を持っており、その体とも言うべきフェニックスそのものも、月のロストマウンテンで発掘された未知の機体であり、未だに謎の部分も数多くある。

 尤もショウや他のメンバーは、そんな事をいちいち気にしたりはしない。特にパイロットであるショウにはそんな事は些細な事ですらなかった。そうでなければこんな曰く付きの機体を、自分の専用機に選んだりはしない。彼はこの機体を最も優れた兵器の一つであると見なし、過剰なまでの改造を施している。攻撃力だけなら、恐らく今のフェニックスと対等になれる機体は、黒歴史のどこにもいないだろう。

「これからも、よろしくね」

〈うん〉

 ショウのその言葉に、リコリスは嬉しそうに返事を返す。そんな彼女の心境を表すように、モニターの幾つかが瞬いた。ショウはそれに微笑むとペダルを踏み、フェニックスを急がせた。



〈…今こそ、我々は一丸となって、地球の安全と平和を守る為、思い上がったコーディネイターどもと戦わなければならないのです!!〉

 マルキオ導師の館のTVには、ワン・アースを謳う大西洋連邦の士官の姿が映っていた。木星の椅子に腰掛けたマルキオは、その放送を静かに聞いていた。言葉こそ耳に心地良く響くものだが、その実、連合かプラント、未来において選択するのはどちらか、と未だに中立という姿勢を保っている国に対して問いかけているのである。最近はどのチャンネルでも、この手の報道ばかりが流されている。

 その彼の側には、赤いパイロットスーツに身を包んだアスランと、白のパイロットスーツを着たマルスとが立っていた。

 フリーダム捜索の為に地球に降りてきていた二人は、かつてアークエンジェルと死闘を演じたこの島を訪れていた。そこで彼等はマルキオと出会い、マルキオは別に何を聞く訳でもなく、その日は彼等を自分の館に泊まらせていた。

 そして今日、このニュースを見て、アスランは戸惑いを隠せない様子だった。

「何故、ナチュラルとナチュラルが…」

「ナチュラルとコーディネイターが存在する前から、人は様々な形で対立の図式を生み出し、そして戦い続けてきた。人の歴史はその繰り返しだ。人が存在する限り、争いが無くなる事はない……変わったのは、戦いの場が宇宙にまで広がった事だけだ…」

 マルスはそんなアスランの疑問に答えるように、呟く。その声は、どこか失望しているような、そんな響きがあった。

「人は容易く敵となる……」

 そしてそれはマルキオも同じだった。彼もこの戦争を早期に終結させる為、様々な手段を講じて和平に尽力しているが、残念ながらそれが実を結んでいるとは言い難い。彼は沈痛な表情で、繰り返されるTVの放送を聞いている。そしてアスランとマルスも。ふとアスランが視線を落とすと、一人の男の子が彼の足下に立っていた。

「ザフトなんか俺が大きくなったら、みんなやっつけてやる!!」

 彼はそう叫び、アスランの足を蹴ると、逃げ出していく。愕然とした表情になるアスラン。その子供の目に、涙が浮かんでいるのが見えた。

「オロ!! 申し訳ありません、あの子はカーペンタリア占領戦の折りに、親を亡くしているものですから……」

 彼のような子供に憎悪を向けられ、アスランはショックを受ける。マルスは何かに耐えているように、無表情だった。

 アスランがザフトに入ったきっかけは、ユニウスセブンへの核攻撃、血のバレンタインの悲劇によって、母を喪った事だった。そしてそんな犠牲を少しでも減らす為に、彼は戦っている。だがそれは同時に、別の誰かに自分が味わった苦痛を強いている。それを思い知らされた。

 誰かに憎まれる事。それは軍に身を置き、戦士として戦う以上、覚悟せねばならない事だ。だがアスランはいかに卓越した能力を持っていようと、所詮は16歳の少年に過ぎない。そんな彼に、たとえ軍に所属しているのが自分の意志であったとしても、その覚悟を持てと言うのは酷な事だ。

 アスランは今、迷いの只中にあった。その場の誰も彼に掛ける言葉を持たず、TVの耳障りな音だけが館に響く。

 キイイイイン……

 突然そんな静寂を破る、けたたましい音が聞こえてくる。館の中の全員がそれに驚いたようだったが、その中でマルスはいち早く我に返ると、外へと通じる扉を開けた。今の音は、まるで空戦用MSかVTOL戦闘機が着陸したようだったが…そんな事を考えながら外に飛び出した彼の視界に入ったのは、やはり館のすぐ前に着陸した、一機のMSの姿だった。





 そのMSのシルエットはどことなくXナンバーに似ているようだが、フレームには共通した部分が見当たらない。左右の肩に二対四枚の巨大な翼を持ち、赤と白を基調とした配色が印象的だ。

 マルスに続いて外に出てきた、アスランやマルキオ、それに館の子供達は唖然としてその未知のMSを見上げていた。その時、そのMSの胸の部分のハッチが開き、コクピットからラダーに掴まって、パイロットが降りてきた。だがその降りてきたパイロットを見て、アスランは度肝を抜かれたというのはこういう感覚なのだ、という事を、身を以て理解する事となった。

「お前は…馬鹿な、ショウ……ショウ・ルスカなのか!??」

 大地に降り立ったその少年の姿を見て、真っ青な顔でそう叫ぶアスラン。こいつは俺が殺した筈、なのに……

「誰かと思えばアスランさんですか。それに…」

 ショウも些か驚いた様子でそう言うと、傍らに立っているマルスにペコッ、と一礼する。それを受けたマルスも、彼に向かって一礼して返した。と、未だに動揺の治まらない顔のアスランに、ショウは笑って、

「残念ですが僕は地獄の閻魔や死神の類にはとっくの昔に嫌われていますから」

 茶化すように言った。アスランもその言葉を受けて、まだ納得した訳ではないが、だからといってこの少年が生きているという事実が変わる訳でもないと考え、平静さを取り戻そうと努める。

「それで……お前はここに一体何の用だ…?」

「心配しなくてもアスランさんやザフトに危害を加えたりする事じゃないですから。僕が今日、ここに来たのは……」

 まずは機先を制して、自分が敵ではないという事をアピールするショウ。アスランとマルスはその言葉に半信半疑といった様子だが、その時、彼等の背後から、

「ショウ様!!」

 可愛らしい声が上がり、ピンク色の髪の少女が二人を押しのけ、ショウに飛びついた。ショウは咄嗟に彼女を抱き止める。

「待っていました、やっと迎えに来てくれたんですね!!」

「セトナ、良い子にしていたかい?」

 と、自分の体にぎゅっ、と抱きついている彼女の頭を撫でながら聞くショウ。問われた少女、セトナは顔を上げ、ショウの目を真っ直ぐに見返すと、「はいっ」と満面の笑顔を浮かべて、答える。その様子を、ザフトの軍人二名は呆れたような顔で眺めていた。だがこれでショウの言っている事が嘘ではない事ははっきりした。ショウ本人はともかく、あのセトナと呼ばれた少女の行動は、とても芝居には見えない。

 ショウはセトナを体から離すと、マルキオ導師に向かって、頭を下げた。

「マルキオ導師、今までセトナを預かって下さって、ありがとうございました」

 礼の言葉を口にするショウに倣って、セトナも頭を下げる。マルキオは目は見えていないが、感謝の気持ちというのは確かに伝わったらしい。彼は何も言わず、ただ優しい笑みを浮かべた。

 そうしてセトナを伴って、フェニックスのコクピットに戻ろうとするショウに、マルスが声を掛けた。

「一つ、聞きたい事があるのだが」

「……? 何です?」

「先日、ザフトの工廠から、最新型のMSが一機、何者かによって強奪された。それについて、何か心当たりは無いか?」

 その質問を受けて、無表情を保っているショウだが、内心ドキリ、としていた。彼が言っているのは自分が奪取したフリーダムの事に相違あるまい。あの機体はアラスカ戦の後、ホワイトアウトを放った反動で機体のあちこちに無数にヒビが入っており、メカニックであるユリウスやエレンがとても使い物にならないとして、NJCを初めとするデータを全て吸い出した後、廃棄処分にしてしまった。

 まああくまでもあのMSの重要性の本命はNJCだし、自分にはあれを遥かに凌ぐフェニックスという剣がある以上、あれは存在していても火種にしかならない。シーゲルからの依頼を遂行するには身軽な方が良い。あれを託されたショウ自身もそう判断しての事だったが、勿論それをマルスに告げる訳にも行かない。

「いいえ、知りませんね。僕は情報屋ではありませんから」

 ポーカーフェイスのまま答えるショウ。マルスはその返答に納得していないのか、ジロリ、と彼を睨む。無言のまま睨み合う二人。

「………」

「………」

「…それもそうだな。私もおかしな事を聞いたものだ。忘れてくれ」

 と、自嘲気味な笑みを浮かべながらマルスは言った。ショウは心の中で、ほっと胸を撫で下ろす。そうして彼はセトナと二人でフェニックスに乗り込み、ハッチの閉じる間際に、叫んだ。

「それじゃあ皆さん、またお会いしましょう。その時は出来れば、平和な時代に!!」

 彼がそう言い終わるのとほぼ同時にハッチが閉じ、フェニックスは飛び立った。徐々に速度を増し、遠ざかり、小さくなっていくその機影が見えなくなるまで、マルキオを除くその場の全員がその姿を追い続けていた。



「綺麗ですねショウ様。私、世界がこんなに綺麗だなんて知りませんでした」

 フェニックスのコクピットで、全周囲モニターに映る映像を見ながら、セトナはその碧眼をキラキラと輝かせて、その景色に夢中になっていた。現在フェニックスは高度一万数千メートルを飛行中で、彼等の眼下には真っ白い雲の平原が広がり、その上には果てしなく青い、吸い込まれそうな程大きな空が広がっている。

 ショウはそんなセトナを見て、そしてその体を自分の側に抱き寄せた。真っ赤になって戸惑うセトナ。

「あ、あのショウ様、私まだそういうのは心の準備が……」

「セトナ、しっかり僕に掴まっていて。今から大気圏を離脱するよ」

「え?」

 セトナが予想外の言葉に思わず間の抜けた返事をするのと、物凄い加速が機体に加わり、彼女の体に通常の何倍ものGがかかるのは同時だった。

 ショウは右手一本でその高速移動を行っているフェニックスを制御し、左手はセトナを支えている。セトナは目を瞑って、必死にショウの体に縋り付くようにして、そのGに耐えていた。

 どれ程の間そうしていただろう、気を失っていたのか彼女は耳元で聞こえてくるショウの声で、その目を開ける。すると彼女の瞳に、とんでもない光景が飛び込んできた。

「星? それに地球…? じゃあここは…」

 そう、今は全周囲モニターの、宇宙空間でこういう言い方は適切ではないが、彼女の視界の下には青く輝く、巨大な地球の姿があり、上には無数に瞬く星の煌めきがあった。ショウも言ったが、フェニックスの先程の加速は、成層圏を突破し、宇宙に飛び出す為のものだったのだ。

「素敵…」

 彼女は純粋にそう思った。自分の周りにある地球と宇宙は静かで、美しい。今のこの世界が戦乱の只中にあるとは思えない程に。彼女はそれに感動すると共に、この景色を見せてくれたショウに何か言おうと、彼の方を向く。だが、

「…ショウ様?」

 彼は彼女の方ではなく、何かを凝視するようにして全く見当外れの方向を向いている。セトナも何かあるのかとその方向を見てみるが、別段何も見えない。ただ宇宙空間が広がっているだけだ。

 しかしショウには感じていた。その方向から、”何か”が来る。強い力と、どこか禍々しい気配を持つ者が。彼は操縦桿を握り締め、いつ攻撃が飛んできても対応できるよう、臨戦態勢を取る。

 やがてレーダーにも反応が現れ、肉眼でもこちらに向かって接近してくるMSの姿が、徐々に見えてくる。識別信号は大西洋連邦の物でも、ザフトの物でもない。と、リコリスがモニターに、接近中のMSのデータを表示する。ショウは素早くそれを読み取った。

『CAT1−X1/3・HYPERION…?』

 そうする間にも接近してきたそのMSは、フェニックスと僅かな距離を置いて停止した。ショウはその機体の姿を観察する。

 まずそのボディは白と銀色。確認できる武器は右手の銃、ストライクやデュエルのビームライフルや、ジンのマシンガンとは違う、サブマシンガンのような形状をしたそれと、両脚に付いている、恐らくはビームナイフが二本。バックパックには一見して何の為の物か用途の掴めない、翼のような装備が搭載されている。そしてその頭部は、明らかにガンダムの特徴を持っていた。

「…僕達に、何か用ですか?」

 ショウは普段の彼よりもやや低い声で、問う。するとその銀色のガンダムから、通信が返ってきた。

「お前…その機体、”ガンダム”だな」

 声から察するに相手は十代後半の少年だろうか。ショウは相手からもガンダムという言葉が返ってきた事に、穏やかな驚きを感じる。するとそのMSに動きがあった。右手の銃を、フェニックスに向ける。それを見たセトナが、ショウの服を掴んだ。ショウは油断無く、そのMSの動きを見ている。と、そこに、再び銀色の機体から通信が入ってきた。

「……お前、キラ・ヤマトを知っているか?」





TO BE CONTINUED..


感想
カナード登場ですか。でもハイペリオンでは、ビームシールドは珍しくない装備ですから驚きもしないでしょうし。一方のアスランたちは、オーブ戦には介入する事は無さそうですね。フリーダムも居ませんし、このままショウを追ってソレイユ追撃戦ですかな。後この世界、UCガンダムに較べるとレーダー使えるようです。幾度かパッシブレーダーの使用シーンがありますし、巡航ミサイルを誘導で来てますから。