「バ…バカな…アルミューレ・リュミエールが全く通用しないなんて……」

 両手両脚両翼、それに頭を切り飛ばされ、まさにダルマのようになったハイペリオンのスクラップの中で、少年、カナード・パルスは呆然として、呟いた。





「答える気は無いようだな。ならば……消えろ!!」

 ズババババ……

 彼はショウが自分の質問に答える気がないと判断すると、突然ビームサブマシンガンを撃ち、フェニックスを破壊しようとした。ショウは素早い回避行動でその攻撃を避けるとビームサーベルを起動させ、ハイペリオンに向かってフェニックスを突進させる。これに対してカナードも見事な反応で機体を操作し、フェニックスの攻撃を避ける。だが僅かにショウの攻撃の方が速かった。振られた光刃が、装甲を焦がす。

 だがカナードはそれに対してもくくっ、と笑うと、

「成る程、少しはやる様だな。いいだろう見せてやる、ハイペリオンの輝きをな!!」

 余裕の笑みを浮かべ、手元のスイッチを押す。すると近くのモニターにタイムが表示され、同時に機体の背後に背負っていた翼の様なパーツが立ち上がり、そこから伸びた数機のユニットがそれぞれ光を放ち、ハイペリオンの周囲に、バリアの様な物を形成した。その輝きは、遠くから見れば緑色の光を放つ恒星の様にも見える。

 ショウはその姿には見覚えがあった。要塞に使用されている物とMSに使われている物で規模の違いはあるが、あれは確か、アークエンジェルに傭兵として雇われていた時に見た……

「アルテミスの傘。ビームシールドをMSに応用したという訳か」

 その声が伝わったのだろう、通信機からカナードの声が聞こえてきた。

〈そうだアルミューレ・リュミエール。モノフェーズ光波シールド!! ビームだろうが実体弾だろうがコイツを破る事は不可能だ!!〉

 彼の声からは自信が感じられる。ショウはそれを受けて、少し意地悪そうな笑みを浮かべ、言った。

「では、そのビームシールドの強さを試してみるとしよう」

 フェニックスがビームサーベルを掲げる。すると通信機から、先程と同じように自信に満ちた声が返ってきた。ただし今回は、多少そこに嘲りにも似た響きが混じっている様に、ショウの隣に座るセトナには感じられた。

〈フン、いいだろうやってみろ。その攻撃が通用しなかった時がお前の最期だ!!〉

 そう言って、ハイペリオンがシールドの中でこちらに向けて構えていたビームサブマシンガンを下ろす。どうやら向こうもこの勝負、受けるつもりになったらしい。ショウは再びペダルを踏み、フェニックスを突進させる。

 間合いに入ってもハイペリオンに動きは無い。こちらの攻撃で、自分のビームシールドが破られる筈がないと信じているのだ。そしてビームサーベルが振り下ろされ、その真紅の光と、アルミューレ・リュミエールの緑色の光とがぶつかり合い、炎の色のビームがまるでシールドなど無きが如く、殆ど何の抵抗も無く、薄紙でも斬る様にして緑色のビームを裂き、同時にその内側にいるハイペリオンの右腕と右翼、それに右脚までもを断ち切った。

「なあっ!!?」

 予想もしていなかった事態に目を見開き、驚愕の叫びを上げるカナード。だが遅すぎた。既に右翼を破壊された事によってアルミューレ・リュミエールは停止し、周囲を護っていたビームは霧の様に散った。もうハイペリオンを、自分を護る物は何も無い。彼がその事実を認識するよりも速く、ショウは恐ろしい精度と速度でビームサーベルを振るわせ、ハイペリオンの頭、左腕、左脚、左翼を破壊して、戦闘能力を完全に奪った。





 敵は完全に無力化、戦闘は終わった。ショウはそれを認識すると、

「素晴らしい才能だし、それに鍛練も積んでいる。でもまだまだ、学ぶ事が多いようだ。とりわけ……慢心があなたの弱点らしい。それが命取りになった。強い力を持つ者程、その力に対して慎重で、謙虚でなくてはならない。あなたは僕ではなく、あなた自身に負けた」

 両手に真紅のビームサーベルを持ったフェニックスの中で、落ち着いた表情と口調で言った。彼の横ではセトナが、未だに彼の服をしっかりと掴んで、離すまいとしている。彼は安心させる様に、彼女の背中をさすってやった。

「何……?」

「あなたの心からは深い闇を感じる。そこから生まれる、怒りや憎しみがあなたの強さの根源なんですね。でも、ただそれを暴走させているだけでは僕には勝てない……それどころか、今のままでは、あなたのその闇はいずれあなた自身すらも喰い潰すよ? あなたは苦しんでいる。違うかな?」

「……そ、れは……」

 ショウのその指摘に、カナードは一瞬、言葉に詰まってしまう。ショウの言葉に思い当たる節があったからだ。無意識の内にではあるが、自分でも分かっていた。感じていた。自分の内側から黒々とした感情が、まるで広がり行く不毛の砂漠が緑の土地を呑み込む様にして、自分を浸食していくような感覚を。それが今、眼前の赤いガンダムに乗るパイロットの言葉で、自覚する事が出来た。

「…あなたの中に、怒り、憎しみ、それに……何か、深い恐れを感じる。制御の利かない恐れは怒りを呼び、怒りは憎しみに、憎しみは……苦痛へと繋がる。一つ聞いても良いかな? あなたは何故、キラ・ヤマトを?」

 その問いにカナードは答えなかった。だがそれでもショウは別に気にした素振りもなく続ける。

「まあ……先程の反応を見る限り、あまり建設的な目的で捜している訳ではなさそうだけど……でも失礼は承知の上で言うけど、今のままではあなたは永遠にキラさんには勝てないよ?」

「!! キラを知っているのか!?」

 その言葉にはカナードは弾かれた様に反応した。ショウはそれを受けて頷く。

「知っているも何も、彼は僕の弟子(アプレンティス)。訓練の期間こそ短いけれど、僕の教えられる事を全て教えた自慢の弟子の一人。優秀な教え子」

「キラが……お前の?」

 カナードはその言葉を理解しようと努める様に反芻する。ショウは彼の気持ちの整理が出来るように、十分な間を取った後、

「僕と共に来ますか? カナード・パルス」

「お前、俺の名前を……?」

 ショウは再び頷くと、彼の質問には答えず今言った言葉を、更に核心を突く様にして言い直した。

「僕の弟子となれば……あなたもキラさんと同じ境地に辿り着けるだろう。暗闇の持つ恐怖を克服し、その力と感情を制御する術を学べば」

 ショウのその声は彼の年には似合わない、静かな威厳と自信に満ちた声だった。カナードはショウが自分に手を差し伸べている姿が見えるようだった。そして彼はその手を、握り返した。”本物”を、キラ・ヤマトを倒し、自分が”本物”となる事。彼はそれを糧に今まで生きてきた。そしてその道を、目の前の少年が指し示してくれている。彼には断る理由など無かった。

「ああ喜んで、お前と共に行こう。キラを……超える事が出来るなら」

 その返答は、ショウは満足させるに十分なものだった。フェニックスがスクラップ同然となったハイペリオンを掴むと、真っ直ぐにアメノミハシラへと向かう。そのコクピットでショウは操縦桿を操りながら、カナードへのレッスンに心を馳せていた。

 彼の中には乾いた心がある。貪欲に強さを求めている。それ自体は、自分を高めようとするのは悪い事ではないが、彼の場合それが少し過ぎてしまっているようだ。またその動機もどうやら負の感情に基づく物らしい。結果、その心は闇に囚われてしまっている。まずはそれに対する答えを授けてやらなければならない。己の中の闇に呑み込まれず、それと向き合う為の方法を。

 本当の強さは貪欲さからではなく、優しさから来る。愛が闇に対する答えだ。愛は星にすら命をもたらす。ショウはキラを含む彼の全ての弟子に、それを教えていた。昔、自分がまだエターナ・フレイルの弟子だった頃、彼女から教わったように。



OPERATION,27 舞姫の剣 戦神の剣 



「現状の世界情勢を鑑みず、地球の一国家としての責務を果たさず、頑なに自国の安寧のみを追求し続け、あまつさえ再三の要求にも協力の姿勢を示さぬオーブに対して、地球連合軍はその構成国家を代表して、以下の要求を通告する……」

 ホムラ現代表が読み上げる地球軍から送られたその文には、オーブの現政権の即時退陣や国軍の武装解除、マスドライバーの徴用等、オーブとしては到底受け入れがたい条件が羅列されており、その要求が48時間以内に受け入れられない場合にはザフト支援国家と見なし、武力を以て対峙する、と書かれていた。

「どういう茶番だそれは!! 」

 静まりかえる一同の中で、ウズミ一人が激昂して机を叩いた。だが内なる想いは、他の首長達とて同じだった。こんな愚にもつかない要求は到底呑める物ではない。ウズミはオーブがあくまで中立の立場を貫く事を一同に伝える。

「事態を知ったカーペンタリアからも、会談の申し入れが来ていますが…」

「ふん、敵の敵は味方か」

 その短い言葉だけで、ウズミに会談の意志がない事は、その場の誰にも明らかだった。

「敵か味方かと、オーブはそうして理念を忘れ、法を捨て、ただ与えられた敵と命じられたままに戦う国となるのか!?」

 彼の気迫のこもった言葉に、異議を唱えられる者はいない。

「連合と組めばプラントは敵、その逆もまた然り、例え連合に下り、今日の争いを免れたとしても、明日はパナマの二の舞ぞ!! 陣営を定めれば、どの道戦火は免れぬ!!」





「……と、今頃本国ではウズミが吼えているだろうな。愚かな事だ。奴の決断は、奴の言う方と理念とやらは……国民の血と涙よりも重い物なのか?」

 ミナがアメノミハシラの会議室で、強化ガラス越しに地球の、ここからではほんの小さな点にすぎないオーブの大地を見下ろしながら、言った。その声には失望と哀しみがありありと滲み出ている。前者はウズミに、後者はオーブの国民に向けられたものだ。

「しかしながらザフトの支援を求めたとしても、この戦争でプラントの勝ち目は……正直言って薄いですし、連合に迎合すれば現在のオーブの発展に少なからず貢献しているコーディネイターの力を失い、今と同じ繁栄を取り戻すには相当の時間が必要でしょう。無論、だからと言って民を犠牲にして良いものではありませんが……」

 と、彼女の側に立っていたエターナが意見を言う。ミナもそれに頷く。彼女もオーブの中立という外交政策が、ここへきてアキレス腱となった事を感じていた。どの選択肢を選んでも、オーブの未来に明るい光は見えてこない。

「……戦いが回避できないのなら……せめて一人でも多くの国民を無事に避難させたい。本国でも既に避難活動は始まっているだろうが、時間が少なすぎる。彼等が国外に脱出する前に、戦闘は始まる。巻き込まれて死傷する者の数は想像を絶するだろう……」

 ミナはそう言って、手を、血の出る位に強く握り締める。自分の元にいる兵は全てこのアメノミハシラの守備軍。まだM1やM1Aの数が揃っていない以上、それを動かす事は絶対に出来ない。動かしてここを留守の間に落とされれば、民は拠り所を失う事になる。

「情けない!! 今の私には力が無い……民が一人でも多く生き延びてくれる事を祈るしか……」

「いや、出来る事はある」

 部屋のドアが開く音がして、同時に彼女に声が掛けられる。それにミナとエターナが振り向くと、ショウがフェニックス部隊の制服を着たカナードを伴って、部屋に入ってきていた。

 カナードはショウに連れられてこのアメノミハシラに来てから今日まで三週間、ショウから訓練を受けていた。と、言っても彼は身体能力や技術などは既にショウが教えるまでもないレベルで完成していたので、彼が教えたのは精神面に関する事だった。

 主に一日中ソレイユの瞑想室で、彼に座禅を組ませ、心を平静に、己の内なる声に耳を傾けさせる。どうも力が有り余っているようなカナードに、この修行は向いていないのではないか? と、その様子を見ていた他のメンバーは心配していたが、しかしショウの指導の甲斐もあって短期間ながらも成果が出たのか、今の彼の表情は険が取れて、年相応の少年の穏やかさがあった。

「ショウ、私に出来る事があると?」

 ミナのその問いにショウは頷き、そしてエターナの方をちらっと向いた。それだけで、ショウの師であった女性は彼が何を考えているのかを悟ったらしい。無表情で、ゆっくりと首を縦に振る。

「戦う為の力は、ここにいる」

「!! お前達が、行ってくれると言うのか……?」

「あなたが望むなら」

 ミナはほんの少し、すまなさそうな顔になったものの、すぐに冷徹な為政者の顔になると、ショウに言った。

「ああ、私はお前達に、それを望む」

「了解しました」

 ショウはミナに一礼すると、エターナに向き直って、指示を出す。

「ユリウス、ケインさん、スティングさん、アウルさんの4人はここの防衛の為に残していきます。他の者は全員ソレイユに搭乗して、発進準備を進めて下さい。準備ができ次第、オーブ本国に向かいます!!」

 ショウはそう言うと足早に会議室を飛び出していき、それにカナードとエターナも続く。残されたミナはしばらく彼等が出て行ったドアを見ていたが、やがて疲れたように溜息をつくと、再び窓の外の地球の姿に目をやった。





「やっぱりウズミ様は連合の要求を蹴ったのね……正直、地球連合と戦って勝ち目があるとは思えないけど……でも、それでもあなたはここに残って、そして戦うんだね」

「うん、今の僕の護りたい物は、この国の人達と、僕の仲間………今まで何度か、コーディネイターとして生まれたくなどなかったって、そう思った事もあったけど、でも今はそれを護る為に、僕の力を使う。その為の力を授けてくれたのは、小さくて大きな、僕の師匠」

 数十時間後の連合の攻撃に備えてごったがえすオーブの格納庫を、エレンとキラは歩いていた。キラはオーブの軍人としてこの国を護る為に戦う事を選択し、エレンもまた、ここに残ると言っていた。

「…そうね。私も色々と彼からは学ぶ事があったわ。不思議ね。学べば学ぶ程、自分の無知を思い知る事になるなんて」

 そんな会話をしている内に、二人は行き止まりに突き当たった。そこにはM1とは明らかに違ったフォルムを持つ、一機のMSが立っている。

「これが……」

「そう、現時点での私の研究の集大成。ストライクをベースにここ一月あまり、徹夜を続けて完成させた正真正銘のトップエースの為の機体。既にあなたに合わせた調整は終了しているわ」

 そう嬉しそうに言う。彼女にとっては、そのMSはまさに芸術品だった。自分の持ちうる技術と知り得る知識。その全てを注ぎ込んだ、至高の一品。それが今、キラの新たな剣となろうとしている。

「……力はあくまで力。その力が楽園を創るのか、地獄を生むのかは使う者が選択する……信じてるわよ」

 エレンの言葉を受けて、キラは微笑み、頷いた。

「約束する。僕は絶対に道を誤らない。それを君と、ショウ君に誓う」

 キラのその言葉と真っ直ぐな瞳に、エレンもまた我が意を得たりと頷いた。そうして二人は目の前に立つMS、生まれ変わったストライク、”クレイオス”を見上げるのだった。



 そして、運命の刻がやってくる。時計が九時を指しオーブの近海に展開していた地球連合の旗艦、”パウエル”のブリッジで、そこにいるにはあまり似合わない雰囲気をその身に纏う優男、アズラエルが陽気な口調で言った。

「時間です!!」

 それと同時に地球軍の艦艇の各艦からそれぞれ無数のミサイルが撃ち上げられる。それはオーブという国が初めて経験する、戦争が始まった事の合図だった。領海内に配備されたオーブ軍の艦艇が、機関砲を乱射し、迫り来るミサイルを迎撃する。

 また空母からは戦闘機が飛び立ち、本土に向かってくる。それに対して、地上にずらりと配備されたM1部隊がビームライフルを使って迎撃する。

 オーブに亡命艦として身を寄せていたアークエンジェルも、この戦闘には義勇軍として参加し、今は水際で地球軍の圧倒的な火力を押し返している。

 ミサイルと戦闘機の第一波が途絶えるのと前後して、強襲揚陸艇が海岸に辿り着き、中からストライクダガーを中心として構成されたMS部隊が現れる。また上空の輸送機からも、次々に降下してくる。M1部隊が迎撃に向かい、たちまちその降下、あるいは上陸したポイントは、ビームの光条が何十発も飛び交う修羅場と化した。

 一機のストライクダガーが頭を吹き飛ばされ、力無く崩れ落ちた。M1のコクピットにダガーのビームサーベルが突き立てられ、バックパックに引火し、大爆発を起こす。ダガーの放ったビームが右腕ごとM1のビームライフルを破壊し、次の一発が腹部に命中し、M1は炎に包まれた。

 状況は明らかにオーブ側が不利だった。M1アストレイは量産機としては優秀で、またエレンが特別に改良を加えたナチュラル用のOSを積んでいるので、性能ではストライクダガーを上回っている。だが数が違いすぎた。

 M1部隊は実戦経験の無い事を考えないとしても見事な戦い振りを見せている。しかしその戦い振りと、刻々と増え続ける敵機の残骸の数にもかかわらず、その圧倒的な物量の差に、徐々に後退を余儀なくされていく。

 イザナギ海岸で迎撃を行っていたM1は最初10機だったが、今はその内の7機まで破壊され、残った3機もパイロットがパニックになっているのか、射撃の精度が落ちてきている。それを攻めるストライクダガー部隊もそれを見て取ったらしく、距離を詰める為に前進する。だがその時、どこからともなく飛んできたレールガンの砲弾が、前にいた2機に突き刺さり、爆発が起きる。

 後続の機体も、突然の攻撃に動揺したのか、動きが止まる。

 攻撃を行ったその機体は、その隙を見逃さなかった。

 爆煙を越えて、ストライクダガーの眼前に紅い影が舞い降りる。その姿をダガーのパイロットがはっきりと確認する前に、その後続の3機のダガーは機体を真っ二つに切り裂かれ、爆発した。

「あれは……」

 M1のパイロットは、一体何が起こったのか理解できず、呆然と目の前の爆煙を見ていたが、その中から現れた機体を視認して、驚愕した。

 そのMSは淡紅色の四肢と紅い胴を持ち、その背中にはバーニアとキャノンと、それに対艦刀を組み合わせた装備を付けている。左腕にはガトリングガンを搭載したシールドを持ち、更に目を引くのは、左肩のパーソナルマークだった。そのマークは、獅子と花をモチーフとしてデザインされている。

 それはカガリのパーソナルマーク。そのMS、ストライクルージュIWSPが、彼女の搭乗機である事を示す物だった。コクピットに座るカガリが叫ぶ。彼女はショウの課した訓練と、エレンのメカニックとしての協力によって、この機体を扱う事が出来るようになっていた。そして今、その機体を駆り、陣頭指揮を執っている。

「もう少し持ち堪えろ、すぐに増援が来る!!」

「「「ハッ!!」」」

 M1のパイロット達はそう返事をすると、遮蔽物に隠れながら向かってくる第二波に向かって、ビームを連射する。カガリのルージュも、負けじと背中のレールガンを撃ちまくった。ストライクダガーはその弾幕に次々と撃ち抜かれ、ある機体はがっくりと倒れ、ある機体は爆発する。





「く、くそ!! 何だあのMSは!!」

「どうしてこれだけの数で攻めているのに、こちらが押し返される!!?」

 地球軍のパイロット達が、ダガーの中で毒づいた。彼等の前には、白を中心としたトリコロールカラーのボディを持つ、一機のMSが立ちはだかっている。そのMSの足下には、無数のダガーの残骸が転がっていた。

 地球軍は、まだMSを実戦に配備して日が浅く、MS部隊の練度はオーブ程ではないにしろ、高いとは言えない。それ故にMS部隊の戦術は、必然的に衆を以て寡を押し潰す、物量作戦が選択される事になる。少しぐらい射撃の精度が低くても、無数のMSが一斉に連射すればそれを補う事は十分に可能だ。

 だがどれ程の数のストライクダガーに攻められても、そのMS、キラが乗るクレイオスはびくともしなかった。背中の翼、フリーダムの翼と似た特徴を持つそれを広げ、上空に舞い上がると、両手に持つビームライフルと背中に背負うビームキャノンを連射し、一度の攻撃で十機以上のダガーを破壊した。

「ええい、数で押し包め!! 奴の装備はビームが主体だ!! あれだけ考え無しに撃ちまくっていれば、そろそろエネルギーが尽きる頃だ!!」

 ストライクダガーに混じって、より高性能の機体、デュエルダガーに搭乗する小隊長が指示を出す。明らかに戦意は鈍っているものの、その指示を受けて新たに4機のダガーがクレイオスに向かっていく。

「……狙いは悪くないけど、でも、無駄な事だ」

 コクピットでキラはそう呟くと、バッテリーの残量に一瞬目をやる。相手の小隊長が予測したように、まだ危険域に達してこそいないが、そろそろ一度補給に戻らねばならないようだ。そう、普通の機体なら。だがクレイオスは普通の機体ではなかった。

 キラが操縦桿に付けられたボタンを押すと、両腕からワイヤーが左右二本ずつ飛び出し、それぞれ向かってきていたストライクダガーに絡み付いた。ダガーはふりほどこうとするが、極細でいかにも頼りないそのワイヤーは見た目とは裏腹に、千切れる気配も見せない。

 そのワイヤー、”アステルライン”がしっかりと敵機に絡み付いているのを確認すると、キラは更に別のスイッチを押した。同時に4本のワイヤーがダガーのバッテリーから電力を強制的に放電し、クレイオスへと送っていく。それによってあっという間にバッテリーが回復した。これはミラージュコロイドを応用した技術で、エレンがストライクを改修する際に組み込んだ物だった。

 しかもこの兵器の特性はこれだけではない。

「くそ、ふざけた真似を…」

「まだ終わっていないぞ!!」

 キラはバッテリーが十分に回復したのを見計らって、”アステルライン”を戻した。解放されたダガーのパイロット達は、まだダメージはあってもバッテリーは完全には上がっていないのを確認し、再び目の前の白いMSにビームライフルを向ける。

 だがその時、彼等の意志に反して機体が勝手に動き、それぞれ僚機に照準を合わせると、引き金を引いた。4機のダガーが、同士討ちによって爆発する。小隊長はデュエルダガーのコクピットで呆然とそれを見ていた。

 ”アステルライン”はエネルギーを敵機から吸収すると同時にウイルスプログラムを送り込み、短時間なら敵の機体を掌握する事を可能とする特殊兵器なのだ。勿論それを使いこなすには高度に構築されたプログラムが不可欠だが、キラならそれは全く問題はなかった。

「今の僕に迷いは無い。ここから先へは行かせない。この国を侵そうとする者は全て、滅ぼす」

 キラはそう自分自身に言い聞かせるように呟き、二丁のビームライフルで隊長機を撃破した。この区画を攻めていた上陸部隊の第一波はこれで壊滅した。だがすぐに第二陣、第三陣と押し寄せてくる。オーブの長い一日は、まだ始まったばかりだった。



「…さすがに、一筋縄では行きませんか…」

 旗艦パウエルの格納庫、彼女の為に用意されたMSのコクピットで、シェリルは送られてくる戦況をモニターしていた。こちらの物量は圧倒的だが、オーブ軍も上手く陣形を組んで、持ち堪えている。これに対して先程アズラエルから命令があり、カラミティ、レイダー、フォビドゥンの3機の新型Xナンバーが発進していった。

 見る限り彼等も火力、機動性、特殊兵装といった機体の特性を活かして戦っているようだが、彼女から見れば、その戦い方は効率が悪いと言わざるを得なかった。3機がめいめいバラバラに戦っている為、中々防衛線に致命的な打撃を与える事が出来ない。

「…所詮、これがブーステッドマンの限界ですか…」

 とシェリル。自分の考えていた通りになった。やはりブーステッドマンはただ目の前の敵を狩るだけの獣だ。確かに優れた反射能力や操縦技術を持ってはいるが、獣でしかない。兵士としてはひどく不完全だ。

「仕方がありません、ナチュラルと戦うのは気が進みませんが……これも命令、行きますよソキウス」

「「「了解」」」

 通信機から全く同じ声で返事が返ってきて、そしてパウエルの格納庫が開いていく。そこから3機のロングダガーと、以前シェリルの乗っていたジンと同じ、漆黒のボディを持つ機体が姿を現した。漆黒の機体は背中にレイダーのような翼と二振りの対艦刀を持ち、カラミティなど他の機体が過剰なまでの装備を持つのとは対照的に、そのフォルムはすっきりとまとまっている。シェリルはモニターに映る戦場を睨み据え、言った。

「シェリル・ルシフェル、”フューネラル”発進します!!」





 地球軍の新手のMS部隊に対抗すべく、オーブ側も部隊を移動させていた。戦いはますます激しさを増し、迅速な対応が要求される。そのMS部隊は新たに上陸した、緑色の恐ろしい火力を持つMSを迎撃する為に移動していた。

 だが突如として、最前列を走っていた機体が何かに切り裂かれたように真っ二つにされて爆発した。後続の機体はそれに驚いたようで、背中合わせに固まって、敵がどの方向から攻めてきても対応できるようにする。そのまましばらく様子を見るが、敵の姿は確認できない。

 そう判断して索敵を開始しようとした時、いきなり彼等の目の前に、空間から融け出すようにして、漆黒の影が姿を現した。影は両手に持つ対艦刀の一本で、最も手近にいたM1の胴体を貫くと、そのままもう片手の対艦刀で、左側にいたM1を切り捨てた。

 影、シェリルの乗るXナンバー”フューネラル”は独特の、エレガントさすら感じさせるような動きで最初に撃破したM1から対艦刀を引き抜いた。そのM1はそのまま仰向けに倒れる。それを確認すると、フューネラルは残りのM1アストレイ3機に向き直った。

 このままではやられる!! そうパイロットが感じたのだろう、M1は滅茶苦茶に、自分達に向かってくる漆黒のMSに向かってビームライフルを撃つ。だがそれが命中する事はなかった。

 ビームが放たれるには、引き金を引いてからほんのコンマ数秒程のタイムラグがある。シェリルはライフルの銃口の角度からビームの弾道を瞬時に予測し、その時間に機体を微妙に動かし、全ての攻撃を回避していた。ビームの包囲網の中を、縫うようにして迫るフューネラルに恐怖を感じたのか、最後尾のM1が逃げようとする。だがそれは判断があまりにも遅すぎた。

 そのM1が背中を向けた時には既にその機体も、そして2機の僚機も、対艦刀によってバラバラにされた後だったからだ。

「道を作りますよ。MS隊、後に続け!!」

 フューネラルは3機のロングダガーと、ストライクダガーの一隊を引き連れ、前進を始めた。立ちはだかる敵は例外無く、二本の対艦刀が解体していく。

 疾走、跳躍、回転といった動きを見事に組み合わせ、目にも留まらぬ速さで自在に双剣を回し、操るその剣捌きはまさに舞。それもジンを操っていた時とは比べものにならない程に流麗で、優雅だった。彼女の二つ名である”ソードダンサー”の由来でもあるその動きを見て、ある者は驚き、またある者は見惚れた。



 その遥か上空では黄金と真紅、二機のMSが滞空し、その争乱を見下ろしていた。

 グローリィとジャスティス。そのコクピットに座るマルスとアスランは互いに一言も発さず、ただ戦況を見ていた。

「地球軍の兵力は圧倒的。だが一部を除いてどうにも指揮系統が鈍いな。私がやればこんな国は数時間の内に陥とせるが」

 物騒な台詞を口にするマルスに、ギクリとするアスラン。だが声は出していないので、それがマルスに判る筈もないのだが、だがしかし彼は、

「何、例えばの話だ」

 と、フォローを入れる。同時にグローリィの両手両脚にそれぞれ装備された4本のビームサーベルが一斉に起動した。それを見たアスランは今度こそ驚いて、グローリィに通信を入れる。

「ちょっと待って下さい、何をするつもりですか?」

「分かり切った事を聞くな。あの黒いMS、ソードダンサーを倒す。奴の力は脅威だ。倒せる機会を逃す訳には行かん」

 そう言って右手のビームサーベルをかざす。その先には、凄まじい勢いでM1アストレイを薙ぎ払っていく黒いMSの姿がある。確かにその動きは、アスランも何度か見た事があるものだった。確かにあの力が自分達に向けられたらと思うとぞっとするが、だが……

 アスランは決断できない。しかしマルスはそんな彼の心境など関係無いとばかりにもう一言付け加えた。

「お前も来てもらうぞ。私一人では倒せるかどうか分からん。お前が必要だ」

「で、ですがオーブはこの戦闘におけるザフトからの支援を拒否しています。なのに私達が介入しては……」

 と、外交的な問題を口にするアスラン。確かにこの戦闘にザフトである自分達が介入する事は原則として禁じられている。オーブは中立国として、連合にもザフトにも与せず、あくまでも自国の力だけで戦う事を選んだのだから。

 だがそんなオーブの都合など、マルスには関係無かった。どんな状況下にあろうとも、あのソードダンサーを倒せる機会があるのにそれを放っておく訳には行かない。奴の戦力はコーディネイターのエースパイロット5人、いや10人分にも匹敵する。奴を逃せばこれから先、地球軍とプラントとの戦いで、更に多くのコーディネイターが奴に殺される事となる。その未来を変えるチャンスがあるのだ。たとえ後にこの責任を問われようと、それはザフトの軍人として彼がやらなければならない事だった。

「問題は無い。我々は奪取されたフリーダムを捜索中に、”偶然”オーブと地球軍との戦闘に”巻き込まれ”、”やむを得ず”応戦したのだ。不可抗力なら仕方があるまい? 何も、問題は、無い」

 そう言うとマルスはグローリィのスラスターを停止させ、ゆっくりと地上に降りていった。そしてアスランも、

「いつかあの人に殺されそうだ」

 そう呟いてキリキリと痛み出した胃を押さえながら、ジャスティスを地上へと降下させた。





 グローリィは地上すれすれでスラスターを一瞬だけ吹かすと、殆ど音も無く着地した。故に、それに気付いた者は殆どいなかった。しかし次の瞬間から、誰もがその存在を認識する事になる。

 四本の光の剣を振り回し、その刀身に触れる物全てを切り裂きながら進んでいくその姿は、遠くから見るとまるでその黄金の機体が光に包まれているようだった。

 あっという間に、もっとも近くにいた3機のストライクダガーが斬られ、吹き飛ばされた。それによって生じた爆発で、他のストライクダガーもグローリィの存在に気付き、ビームライフルを撃つ。だが嵐のように降り注ぐビームは、全て滅茶苦茶に振っているように見える光刃に当たり、弾かれる。

 グローリィの動きはフューネラルの美しささえ感じさせる、機動力を重視した物とはまた違ったものだった。その剣捌きは直線的、かつ大胆な動きを基調とし、猛々しく、力強い。一見して出鱈目な動きをしているだけに見えるが、それだけに相手には次にどんな攻撃を仕掛けてくるのか、予測は不可能だった。

 その型破りな動きで敵を圧倒し、人間の目では、たとえそれがコーディネイターであったとしても視認する事すら困難な速度で攻撃を繰り出す。これはこの戦争の初期、ジンやシグーに乗っていた頃から彼が使っていた戦法だが、ザフトの中でそんな事が出来るのは彼一人だった。

 向かってくるストライクダガーを次々に屠り去りながら、マルスは漆黒の機体の姿を捜していた。他のMSは彼にとっては障害物か通過点ぐらいの意味しかなかった。

「死にたくなければそこを退けぇ!! それほど自分の無力を悟りたいか!!」



 そんな予期せぬ介入者の存在もあったが、地球軍の圧倒的な物量の前に、徐々にオーブ軍の被害は増えていった。

 カガリのルージュのすぐ横で、M1がビームに貫かれて爆発した。

 キラのクレイオスが両手のビームライフルを連射し、二機ずつストライクダガーを仕留めていくが、倒れたダガーの残骸を踏み越えるようにして、次のダガーが現れる。自分達は何重にも包囲されているのだ。そう考えると恐ろしい気分にもなったが、しかし彼はその恐怖に囚われる事無く、次々にダガーを撃ち倒していく。

「選択肢は限られてるな」

 カガリがキラに言った。無論だからと言って諦めるような彼女ではない。ルージュの背中のレールガンが断続的に火を噴き、それに当たったダガーが後ろに吹き飛んでいく。だが一向に減る様子を見せないダガーの前に、流石の彼女もほんの一瞬気が緩んだのか、僅かな隙が出来た。

「カガリ、危ない!!」

 同時にルージュを狙っているダガーの姿に気付いたキラが叫ぶ。カガリもすぐにそれに気付き回避行動を取るが、間に合わない。キラもカガリも、そして彼等の周りで戦っていたオーブの兵士達も、誰もがそう思ったその刹那、

 ズババババ……

 突然どこからともなく放たれたビームに、そのダガーは蜂の巣にされ、爆発した。

「あれは!!」

 キラが上空を見上げて、叫んだ。一瞬遅れてカガリやオーブの兵、そして地球連合の兵士達も、真っ直ぐに降下してくる巨大な白亜の戦艦の姿を見上げた。その戦艦、ソレイユの甲板には、WゼロカスタムやCB、ガイア、そして再生の終了したハイペリオンと、その隣にはフェニックスが立っていた。

 それらの機体はソレイユが一定の高さまで達すると一斉にそこから飛び降り、地上に降り立つと、猛烈な勢いでストライクダガー隊を攻撃していく。

「どうやら間に合ったようだね。逃げ遅れた避難民を護る事を最優先に行動するんだ!!」

 ショウはフェニックスから全員に指示を出すと、2本のビームサーベルを起動させ、次々にダガーを破壊していく。

 両軍入り乱れての戦闘が続き、勝敗の行方は、まだ誰にも分からなかった。





TO BE CONTINUED..


感想
新型がわらわらと出てきましたね。しかし、全国指名手配中のショウたちが介入すると、オーブって連合だけでなくザフトからも攻撃を受けるのでは? 勝手に参加してきたマルスは出てきたショウとシェリル、どっちを優先して狙うのか。