突如として現れた謎のMS部隊と白亜の戦艦に、地球軍のパイロット達は戸惑いを隠す事が出来なかった。

 地上に着地した物と飛行している物、合わせて5機の見た事もないようなMSは、恐ろしい程の火力や機動性を発揮し、あっという間に地球軍優勢の流れを止めてしまった。

 その一機である赤いMS、フェニックスのコクピットで、ショウは目の前の敵を叩くのと並行して、仲間達への指示を行っていた。Wゼロカスタムは避難民の誘導に回り、CBとガイアはチームを組んで、上陸しているMS部隊の足止めを行う。ハイペリオンはその絶対的防御力によってM1部隊を援護し、そして自分のフェニックスは最前線で戦い、より多くの地球軍のMS部隊の注意を引きつける。

 この作戦は見事に図に当たり、徐々に地球軍の侵攻の速度が衰え始めた。





 ミナが予想した通り、たった数十時間ではオーブの全国民の避難が完了する筈もなく、戦闘が開始された現在も、残っている民間人の避難が進められていた。飛来するミサイルが宙を引き裂く甲高い音、遠くから聞こえる爆音、鳴りやまないサイレン。それらは確実に避難民達に恐怖を与え、その精神を磨り減らしていった。

 シン・アスカもそんな避難民の一人だった。

「急げシン!!」

「マユ、頑張って!!」

 彼は妹と両親と一緒に、森の中を駆け抜けていく。彼等は軍港に用意された避難船へと向かっていた。後ろを振り返ると、マユが膝に手をついて、息を切らせていた。コーディネイターであるとは言え、彼女はまだ10歳にもならない女の子だ。コーディネイターもある程度まで成長するまではナチュラルの子供とそう変わりはしない。体力の限界が近づいている。

「マユ、もう少しだから!! だからもうちょっとだけ頑張って!!」

 必死で妹を励ますシン。それを受けてマユも何とか頷くと、彼等は再び走り始めた。

 走りながら上空を見上げると、そこでは黒いボディの鉄球を持ったMSと、カーキ色で甲羅のようなパーツを背負い、手には死神を思わせる巨大な鎌を携えたMSが、ビームや機関砲を乱射していた。

 シンはその流れ弾が自分達の方に飛んでこない事を祈りつつ、山道を駆け下りた。



OPERATION,28 信念の元に



 突如として介入してきた謎の勢力によって、部隊に甚大な被害が出ているという報告は、既にフューネラルのシェリルにも伝わっていた。彼女は戦いながら、コクピットに送られてきた映像をチェックする。

「!! これは……」

 いかなる時であっても感情を表に出さない彼女だが、この時は僅かにその目を見張った。その映像に映されていたMSや戦艦は、アラスカでサイクロプスを破壊したものだった。その中に一機、見慣れない機体が混じっているが、同じ勢力の物と考えて間違いはないだろう。

 地球連合の上層部は彼等の事を連合に敵対する不逞の輩、と発表し、つまりは海賊などの類であると考えているが、この戦闘に介入し、オーブに味方しているという事は、彼等はオーブの手の者だったのだろうか?

 そうシェリルが考えていたその時、

〈うわあああっ!!〉

〈ル、ルシフェル大尉!! 助け…ぎゃああああっ!!〉

〈バ、バケモノ!! うあああああ!!〉

 突然通信回線から部下達の悲鳴が聞こえ、3機のストライクダガーの識別信号をロスト、同時に前方で爆発が起こった。何があったのかとフューネラルをそちらに向ける。だがその時、シェリルはその爆煙の中に、微かな違和感を感じ取っていた。

 何かがおかしい…?

 そう感じた彼女は、フューネラルを数歩下がらせる。次の瞬間、金色に光り輝く、凄まじく速い”何か”。コーディネイター以上とされる彼女の動体視力を以てしても、そうとしか表現する事の出来ない物が、爆煙の中から飛び出してきた。彼女は虚を突かれる形になったものの、それでも戦士としての直感と経験によって、その金色の光の攻撃を受け止める。

 十字にクロスさせた対艦刀が受け止めたのは、炎の色の輝きを放つ、二振りの光の刃だった。その金色のMS、グローリィの両腕に装備されたビームサーベルが、フューネラルの対艦刀のエネルギーと干渉し、火花を散らす。二機のパワーはほぼ互角のようだ。

『……オーブの制式MSとは、明らかに型が違いますね。一体どこの所属の機体……』

 その彼女の考えは、視界の下から発せられた光によって打ち切られた。彼女は咄嗟に機体をステップバックさせ、それをかわした。今のは目の前の金色のMSの、脚に装備されていたビームサーベルによる攻撃だった。それを蹴り上げるようにして繰り出してきたのだ。相手の意表を突く攻撃だ。彼女でなければ避けられなかったろう。それでもギリギリのタイミングだったが…

 だがこれで互いに距離が離れた。シェリルは攻撃を対艦刀から、飛び道具に切り替える。フューネラルの胸に装備された、カラミティと同じ、複列位相エネルギー砲”スキュラ”が火を噴いた。だがその攻撃を金色のMSは簡単にかわすと、お返しとばかりに背中のビームガトリングガンと腰のビームキャノンの連射を放つ。

 しかしこの攻撃はシェリルも軽くかわし、再びスキュラを撃つ。負けじとグローリィも反撃する。しかしその攻撃は互いの相手に、悉く避けられてしまう。エネルギーの光は、空しく空を切るか、地面に穴を穿つだけだった。

 4発目のスキュラを撃った所で、シェリルは無駄な努力を止めた。このパイロットに飛び道具は通用しない。それが彼女には分かった。そしてそれはグローリィのコクピットに座るマルスも同じだった。

 このままでは無駄にエネルギーを浪費するだけだ。

「…この動きは……黄金の戦神……何故ザフトの英雄がこんな所に……?」

 とシェリル。マルスがフューネラルの戦い振りからそのパイロットがシェリルである事を見抜いたように、シェリルもまた、今のほんの僅かな時間の戦いを通してその動きから、眼前の機体のパイロットが何者かを見抜いていた。宿敵とはそういう物である。

「やはりお互い、飛び道具で決着を付けるのは難しいようだ。こうなれば剣と剣のぶつかり合いしかないか」

 マルスも殆ど同じタイミングで、戦闘のスタイルを変える必要性を感じていた。フューネラルとグローリィが再び互いの接近戦用兵装を構える。

「個人的な恨みは無いが…消えてもらうぞ。コーディネイターの未来の為に。叩き斬ってくれる!!」

「私の前に立ちはだかると言うのなら、ぶった斬るのみです」

 相手に聞こえる筈のないその言葉を合図としたかのように、漆黒の影と黄金の光が激突した。





「くそっ!! こいつら!!」

 アスランはジャスティスを駆って、3機のMS、アサルトシュラウドを装備したデュエルと酷似した外見を持つそれと戦っていた。

 そのMS、ロングダガーはストライクダガーの部品を一部に使用し、コストパフォーマンスを維持しつつ、なお高性能な機体を。というコンセプトの元に造られた機体であり、当然、特機として開発されたジャスティスの方が性能においては遥かに勝っている。

 しかしロングダガーに乗るソキウス達のコンビネーションは見事な物で、3対1という数的な優位もあってアスランに付け入る隙を与えず、互角以上の戦いを展開していた。

「テン、援護して。僕が行く」

「了解、サード」

「あの紅い機体はかなり接近戦装備が充実している。気をつけて」

 サード、テン、トゥエルブ。三位一体の攻撃に、アスランも苦戦する。だが、

「甘く見るな、俺だってこんな所で死ぬ訳には行かない!!」

 自分以上の強敵と戦い抜いてきた戦場の経験では、彼は優位に立っていた。それと直感とをフルに使い、繰り出される攻撃を回避していく。



「オラオラオラ!! 落ちろ落ちろっ!!」

 オルガ・サブナックの叫びと共に、カラミティはその強大な火力を存分に発揮していた。MS程度の物なら数機まとめて葬り去る事の出来るだけのエネルギーが、全身に装備された砲から放たれる。シスのCBとステラのガイアは、その攻撃をすんでの所で回避した。

 シスは内心顔をしかめた。目の前のMSの火力はかなり強大。攻守共に改造の施された自分のCBならともかく、ステラの乗っているガイアが喰らえば致命傷になる。ならば彼女にはサポートに回ってもらう事にしよう。そう決めると、ガイアに通信を入れた。

「ステラ、私が行くから援護をお願い」

「うん、分かった」

 短いやり取りの後、シスはビームサーベルを起動、カラミティに向けてCBを突進させ、ステラは後方からビームライフルで援護する。だがカラミティの方も、パイロットであるオルガは凶暴ではあるが愚かではなかった。砲撃戦用のカラミティの装備で接近戦を挑むのは不利。そう悟ると機体を後退させ、距離を保つ。当然CBとガイアもそれを追う形になるが、シスにはその進路が気に入らなかった。

『徐々にオーブ内陸部に近づいている……早めに始末しないと、面倒な事になりそうね…』

 彼女はそう判断するとカラミティの進路に回り込むようにして、CBを移動させた。





「消えろ!! 消えろ!! 消えろ!!」

 ハイペリオンのビームサブマシンガンから断続的に発射されるビームが、次々にストライクダガーを撃ち抜いていく。そうして戦っているカナードは、自分の横にキラの機体、クレイオスがいる事に気付いた。長年追い求めた存在が今ここにいる。それを確認した彼は、キラに通信を入れた。

「お前がキラ・ヤマトか……」

 通信機からは戸惑ったようなキラの声が返ってきた。

〈は、はい、そうですけど……あなたは…〉

 モニターに映ったカナードを見て、キラは驚きを禁じ得ない様子だった。それもその筈、カナードとキラの容貌は瓜二つと言っていい程に似通っていたからだ。それはカナードにしてみれば当然の事だったが、真実を知らないキラにしてみれば驚くのも無理はない。カナードはそんな彼を見て、少しだけ、彼への想いが変わった事を感じていた。

「……俺か? 俺はカナード・パルス。お前の影だ」

〈影……? 僕の……?〉

 影。カナードのその言葉は、”成功作”として日の当たる世界を生きてきたキラへの、せめてもの皮肉でもあった。だが、それで動揺が走ってこんな所で死んでもらっては困る。それでは今まで彼を追い続けてきた自分が馬鹿みたいだ。だから当然フォローも入れる。

「言葉の意味、真実が知りたいのなら教えてやる。戦いの終わった後にな。今は生き延びる事だけを考えろ」

 自分から動揺させるような事を言っておいて手前勝手な理屈であったが、そこは勢いで押し切られるキラ。

〈……!! 動かないで!!〉

 だが突然、キラは戸惑ったような表情から戦士の貌になると、ハイペリオンに向けてビームライフルを構えた。カナードも咄嗟の事に一瞬反応が遅れる。次の瞬間にはビームが火を噴き、ハイペリオンを掠めて飛び、そしてそのすぐ後ろの、倒れたストライクダガーに命中した。

「……」

 無言で、そのストライクダガーを観察するカナード。そのダガーの右手のライフルはハイペリオンを狙っていた。あのままでは自分は撃たれていただろう。キラはそれに気付いていたのだ。

「……借りが出来たな…」

 カナードはぶっきらぼうにそう言った。ずっとつけ狙っていた”成功作”を倒すどころか、その彼に自分が助けられるとは。だが不思議と、不快な感情は湧いてこない。以前の自分なら、とふと思った。まだ出会って一月も経っていないが、ショウ達と出会う前の自分ならどうだったろう? そこまで考えて、カナードは思考を打ち切った。今、この戦場では無意味な事だ。

「行くぞキラ!!」

〈了解!!〉

 カナードの叫びと共に、再び二機のMSが並んで、向かって来るダガーを相手に戦い始めた。

 今自分の隣にいるのは、殺したい程憎んでいた相手、長年求め続けていた敵。コイツの為に、俺はずっと地獄を這いずり回らなければならなかった。コイツさえいなければ、そう思っていた。その筈なのに。今はそれと肩を並べて戦っている。その事に、カナードはどこかくすぐったいような、そんな感覚を覚えていた。





 避難船は未だに港で辛抱強く避難民を待っていたが、地球軍はそれを見逃してはくれなかった。次々と流れ弾が飛んでくる中で、一隻、二隻と沈んでいく。遠目からそれを見た避難民達は、安全な所、尤も仮に避難船以外にそんな所があるのならだが、それを捜して逃げ惑う。

 ミサイルが飛んできて、ある家族は、母親が娘を庇うように覆い被さる。またある避難民は頭を抱えて地面にしゃがみ込んだ。しかし命中すると思われた刹那、彼等を庇うようにしてMSが立ちはだかった。

 飛来したミサイルに対して、そのMSの背中の翼。天使の羽根を思わせるそれが、まるで彼等を優しく包み込むようにして動き、盾のようにミサイルの直撃を受けた。彼等は爆発の衝撃で転んだりはしたが、どうやら大怪我を負ったり、死んだ者はいないらしい。

 そのMS、Wゼロカスタムに乗るカチュアはそれを確認すると、搭載されている外部スピーカーを使って彼等に呼びかけた。

〈ここから南に向かった所に白い戦艦が留まっているから、そこへ行って!! そうすれば安全だから!! 早く!!〉

 彼女のその呼びかけに、避難民達は一も二もなく従った。

 カチュアはニュータイプ能力を全開にまで引き上げ、周囲の敵機や飛んでくる砲弾、ミサイルに対して、細心の注意を払う。

 彼女は集中し、その感覚を研ぎ澄ませば、周囲の全ての事物の動きを、眼で見るでもなく、耳で聞き取るでもなく、それこそ心で感じ取る事が出来た。まるでそれが自分の一部であるかのように。フェニックス部隊の中でも、これ程に認識能力の発達した者はカチュアとショウの二人だけだろう。

 その極限まで肥大化した感覚が、飛んでくる砲弾やミサイルの、その数も軌道も、全てを正確に彼女に教える。

「見える、見えるわよ!! 私にはみぃーーーんなお見通しなんだから!!」

 緊迫した戦場の中で、全くそれにそぐわない叫び声を上げると、彼女はWゼロカスタムのツインバスターライフルを二つに分け、二丁拳銃のようにして飛来するミサイル軍に向けて放つ。放たれた二条の光の槍は、同時に複数のミサイルを貫き、大爆発を起こす。ビームが捉えきれなかったミサイルも、その爆発によって空中で誘爆する。

 その爆煙で、一瞬だが視界が遮られた。だが視覚以上に第六感が発達している彼女にとって、それは全く障害にならない。既に彼女には”見えて”いた。爆煙に紛れてこちらに向かって飛んでくる、ミサイルの第二波が。

 避けるのは容易い。だが避けたら今ソレイユへと向かっている避難民の列に、間違いなく直撃する。ツインバスターライフルは威力は絶大だが連射が利かず、暫くの間チャージしなければならない。

「だったら!!」

 彼女が別のボタンを押すと、Wゼロカスタム両肩のパーツが動き、小型のマシンキャノンが姿を現す。

「いっくよーーーっ!!」

 二機のマシンキャノンが爆煙の中に撃ち込まれ、その中から更なる爆煙が上がった。彼女もミサイルを迎撃したのを、自分の感覚で確認する。第三波は、どうやらないようだ。彼女は一息つくと、避難民の誘導に戻った。死という誰も経験する筈の事のない物すら、彼女達ニュータイプは感覚として理解する事が出来る。彼女は今、自分の目に映る彼等を死なせたくないと、それだけを考えていた。





 上空ではフェニックス、フォビドゥン、レイダーの3機のMSが、壮絶なドッグファイトを繰り広げていた。

 レイダーは元々空戦用の特機として開発され、MS形態のままでも飛行が可能、MA形態となればスラスターが一方向に集中するという事もあって、その推力はカラミティを上に乗せたままでも飛行する事が出来るという強大な物だった。

 フォビドゥンはブリッツの持つミラージュコロイドから派生したエネルギー偏向装甲ゲシュマイディッヒ・パンツァーを装備し、ビーム兵器を屈曲させると同時に、TP装甲による物理的な攻撃に対する防御力も有している機体である。また、背面に装備されたリフターを頭部にスライドさせるという簡易な変形によって、重力下での飛行能力をも持たせた機体である。

 この二機に、コーディネイター並の反射神経や強靱な肉体を持つブーステッドマンが乗ればその戦力は正に一騎当千。対抗できるMSなどありはしない、と、アズラエルは確信していた。しかし現実にはたった一機のMSによって、その二機は押さえ込まれ、動きが取れなかった。

 フェニックスに乗るショウの力はそれ程に超越的だった。

「お前えええっ!!」

 フォビドゥンのパイロット、シャニ・アンドラスは憎々しげに目の前の赤いMSを睨み付けると、意味不明な叫び声を上げながら死神を思わせるフォビドゥンの鎌、ニーズヘグを振り回して、フェニックスに向かっていった。しかしフェニックスはその攻撃を簡単にかわすと、逆に蹴りを放ち、それをもろに喰らったフォビドゥンはきりもみしながら海に落ち、巨大な水柱を上げた。

 しかしそれで気を抜く暇もなく、上空からはレイダーが迫る。

「手ぇ前ぇ!! 抹・殺!!」

 かなりデンジャラスな雄叫びと共に、レイダーの右手の鉄球・ミョルニルが勢いよく撃ち出された。が、ショウはこの攻撃を危なげなくかわすと、ミョルニルの鎖が戻る前に、レイダーにフェニックスを肉迫させ、ビームサーベルを振りかざす。他のMSであれば、この状況で次の瞬間に繰り出されるビームサーベルの一撃をかわす方法は無い。だがレイダーにはあった。

「!!」

 ショウも一瞬にしてそれに気付いた。レイダーの頭部に搭載された短射程プラズマ砲・アフラマズダに、光が宿り始めたのだ。咄嗟に攻撃を中止し、フェニックスの上体を思い切りそらさせる。レイダーの吐き出したビームの光は、先程までフェニックスのコクピットのあった空間を通り過ぎていった。

「なあっ……」

 レイダーのパイロットである、クロト・ブエルは驚愕していた。

 絶対に回避不能のタイミングだったはずだ。彼はこの攻撃が外れる事など考えてもいなかった。そこに一瞬の隙が生まれる。それを逃すショウではなかった。攻撃回避によって生じた空中で宙返りをうつ動作を利用して、下からレイダーを蹴り上げる。回避がそのまま攻撃行動に繋がった、美しい動きだ。

 予期せぬ方向から攻撃を喰らったレイダーは、コマのように回転しながら後方に弾かれた。クロトも必死に制御を取り戻そうとするが、その努力は中々報われない。フェニックスはその瞬間を狙って、4枚の翼を全てレイダーに向ける。翼に内蔵された最大の破壊力を持つ兵器、四連装メガビームキャノンを発射する構えだ。ショウは計器がロックオンを告げるのを待たず、狙いを合わせ、引き金に力を込める。だが、

〈ショウ、下から!!〉

「!! ああ!!」

 リコリスが向かってくる敵機を捉えたのと、ショウの感覚がそれを把握するのはほぼ同時、いや、刹那にも満たない程の時間だけ、リコリスの方が早かった。彼が発射態勢を中止し、即座にフェニックスに回避行動を取らせると、その位置を歪曲した軌道を描くビームが薙いだ。先程海中に落としたフォビドゥンが、早くも戦線に復帰してきたのである。

 この回避行動、仮にリコリスが告げなかったとしても、ショウの感覚はフォビドゥンの接近を探知し、問題なく避けていただろう。だがそれでも、一刹那探知が遅れたのは事実だ。別の、もっと追い詰められた状況であったのなら、この刹那のタイムラグは致命的なダメージとなるかも知れない。ショウがリコリスに、戦闘中でも発言を許しているのはこういう理由からだ。

 単純な事実として、彼以上にMSを操れる者など黒歴史のどこにもいない。過去にも、現在にも、未来にも少なくとも今後1000年は現れる事はないだろう。彼はどんなMSも本当に自分の体のように、いやそれ以上に正確に動かす事が出来る。MSを、衣服と同じように”着て”いると言っても良い。ボディは彼の体、放たれるビームは彼の拳であり、翼ですら生身の腕を動かすのと同じ感覚で操る事が出来る。

 そういう意味で、彼は偉大なパイロットであると言える。そしてそこに超高度のレーダーよりも遥かに感度が高く、広範囲に効力の及ぶ、最強のニュータイプとしての感覚が加われば、正しく彼は限りなく無敵に近い存在であると言えた。だが彼はニュータイプとしての力が、必ずしも万能ではない事を知っていた。

 ニュータイプの直感は、それが発達しているとは言え、あくまで視覚や聴覚と同じ感覚に過ぎないのだ。一点に集中すれば必ずどこかに死角が生まれるし、大音響の中で囁き声を聞き取るのが困難なように、何かしらの要因でそれが阻害される場合だってある。

 そんな”感覚の死角”を補うのがリコリスの役目だった。

 彼女は周囲の状況をリアルタイムで収集・解析し、その中で今ショウが必要とする物だけを彼に伝えるのが役目だ。もし、伝えるべき情報を謝れば、またはショウが既に認識している情報をわざわざ伝えたりすれば、それは逆にショウの感覚を乱す事になるだけだろう。が、彼等にはそんな心配は不要だった。彼等は今まで何千時間も共に戦ってきたからだ。リコリスは今ショウが何を必要としているかを知り抜いていた。

 彼等は完全に一体となって、これまで到底不可能とされる任務、他の誰も試そうとすらしない困難な任務を成功に導いてきたのだ。そして今、この時でも、彼等はその力を遺憾なく見せつけていた。

 フェニックスの振るう二刃の光の剣が、一つはレイダーの左腕を斬り飛ばし、もう一つがフォビドゥンのゲシュマイディッヒ・パンツァーの片方を真一文字に切り裂いた。二人がかりだというのに、依然付け入る隙さえ見えない戦いの中で、クロトとシャニは、それが何だか分からないが、忘れかけていた何かが蘇ってくるような、そんな不思議な感覚を覚えていた。

 それが何なのか、薬漬けにされている彼等には考えるだけ思考力は、もう残されていない。だが、何か黒い物が内側から自分の中を浸食していくような、背中に氷を入れられたような、そんな物を感じ、彼等の体は震えていた。

 フォビドゥンとレイダーはフェニックスによって押し戻され、徐々にオノゴロ島上空から離れていった。



 カラミティと戦うCBとガイアは、一進一退の攻防を繰り広げていた。先程の交錯で、CBのビームサーベルがカラミティのバズーカ・トーデスブロックを真っ二つにしたが、それでもなお、カラミティの圧倒的な火力は驚異的な物だった。

 両肩のビームキャノン・シュラークから放たれた光線を、シスはCBを左にステップさせてかわした。目標を見失ったビームはそのまま背後の山の斜面に突き刺さった。

 勝機。シスはそう思った。ビームが主体であるこの機体の弱点は、攻撃を放ち、そして次の攻撃をチャージするまでの、ほんの数秒のタイムラグだ。ショウに訓練された彼女にとって、数秒という時間は、勝負を決するには長すぎる物だ。

 勝てる。

 その確信を持って操られたCBは、バーニアを鋭く吹かせ、カラミティに向かう。しかしその時、突如としてシスの視界が暗転した。

「!?」

 続いて彼女の頭の中に声が聞こえた。

『危ないシン、マユ!!』

『逃げて!!』

 そしてヴィジョンが見えた。その中で彼女は二人の子供の父であり、母だった。彼等はビームの着弾によって引き起こされた小規模な土砂崩れから逃れられないと見ると、咄嗟に側にいた自分の息子と娘を突き飛ばした。最後に見たのは、何が起こったのか分からないように、必死にこちらを振り向こうとする息子と娘の姿。その二人は、シスも良く知る人物だった。それを最後に、ヴィジョンは途切れた。それはその時に、父と母、二人の記憶が消えた為だ。それは同時に、二人の命が途絶えた事を意味していた。

 ヴィジョンの終わりと同時に暗転していた視界が戻り、眼前にはこちらに向かって拳を振りかざしているカラミティが目に入った。シスはその攻撃を後ろに跳んでかわすと、ガイアに乗るステラに通信を入れた。戸惑ったような声が入ってきた。

「シス、どうしたの? 急にぼうっとして……」

 自分を心配して言ってくれているのは分かっている。だがシスはそんな彼女の質問を無視すると、言った。

「ステラ、良く聞いて、私達の後ろに、シンとマユさんがいるわ……」

「え……?」

 ステラには、シスの言葉が良く分からないようだった。だが長々と説明している余裕は無い。シスは有無を言わせない、強い口調で言った。

「疑うなら自分で確認して!! ここは私が押さえるから、あなたは二人を守って」

 ステラは半信半疑で、後方にカメラを向けて、それをズームした。するとどうだろう、確かにシスの言った通り、崩れた土砂のすぐ近くに、シンとマユがうずくまっているではないか!! それを確認すると同時に、再び通信機からシスの声が聞こえてきた。

「好きなんでしょう? 死なせては駄目よ」

 大好きなシン。シスの物とも、フェニックス部隊の人達の物とも違う、でも私の胸に暖かい物をくれる、大切な人。

 マユちゃん。友達で、一緒に笑ったり喧嘩もした。「もしかしたらステラさんは私のお姉ちゃんになるかも知れませんね」なんて言われたりもした。彼女もシンやシス、ずっと一緒だったスティングやアウルと同じぐらい、私の大切な人だ。

 そうだ、私は二人の事が好きなんだ。ならば私のやるべき事は決まっている。

「死なせない、死なせない!! 護る、絶対に護る!!」

 彼女はガイアを変形させ、彼等の元に向かった。カラミティのコクピットではオルガが、「どこ行きやがる!!」と照準をガイアに向けようとするが、CBが立ちはだかった。シスは強い意志の光を宿した眼をして、言った。

「あの子に手出しはさせないわ。私はあの子を護ると、そう約束したから……」





「あ………あああ……」

 シンは呆然と、父と母の埋まった土砂を見ていた。体が動かなかった。と、震えが伝わってきた。自分は震えているのか? 違う、自分が傍らに抱いている、妹の震えが伝わってきているのだと分かった。

「お父さん……お母さん……」

 マユは両眼から涙を流しながら、そう呟き続けていた。これからどうすれば良いのか。シンは思考が働かなかった。だがその時、物凄い音が背後から聞こえてきた。彼が咄嗟の反応で振り返ると、黒い獣を思わせるフォルムのマシンが、こちらに向かって猛然と突っ込んでくるのだ。

 このままでは踏み潰される!! 彼は咄嗟にそう思い、マユだけでも護ろうと、彼女に覆い被さる。

 シンは目を閉じた。だが覚悟した衝撃は、いつになっても襲ってこない。代わりに上から、鼓膜が破れそうな程の轟音、ミサイルの爆発音が聞こえ、彼は耳を押さえる。そしてやっとそれが聞こえなくなったのを確認すると、彼はちょうど腹の部分を見せている黒い機体を見上げる。

 この機体は俺達を護ってくれたのか? だが、どうして……

 その答えはすぐに分かった。

 人型に変形したガイアのコクピットが開き、そこからパイロットが姿を現した。それはシンが良く知っている人物だった。

「ステラ!? 何で君がそんな物に……」

「話は後!! シン、マユちゃん、乗って!! 早く!!」

 ステラが声を張り上げた。シンは、未だに何が何だか分からなかったが、とにかく未だに恐慌状態のマユの手を引くと、差し出されたガイアの掌に乗った。

「お、お兄ちゃん……」

「大丈夫、大丈夫だから!!」

 シンは妹を安心させようと、その体を抱き締める。そして一気に彼女を抱えて、コクピットに飛び乗った。狭いコクピットは流石に窮屈だったが、3人ともそれ程大柄ではなかったのが幸いした。二人が乗ったのを確認すると、ステラはハッチを閉じ、再び四足獣形態にガイアを変形させ、疾走させた。目指すはソレイユだ。





 見当違いの方向に走り始めたガイアを、オルガは見逃さなかった。

 両肩のシュラークと、胸部のスキュラを一斉に放つ。だが、今回もその斜線上にCBが割り込み、もろにその一斉射撃を受け止めた。オルガは「馬鹿が!!」と、言い放ち、ニヤリと笑う。しかし次の瞬間には、その表情は消えた。爆煙の中から、左腕を失ったCBが飛び出してきたからだ。残った腕には、ビームサーベルの光が閃いている。

「なっ………!!?」

「私には……戦う事しか出来ない……ならば私は、せめてこの力を…私の大切な人を、護る為に使う…」

 シスのその呟きと共に繰り出された一撃は、カラミティのコクピットを正確に貫いた。その一撃でオルガの体は光の中に融け……そしてその緑の光刃を引き抜かれた時には、主を失ったカラミティは力無く、仰向けに倒れた。



 ソレイユでは逃げ遅れた避難民の収容は、ほぼ完了しようとしていた。カチュアのWゼロカスタムが飛んでくる流れ弾を次々と撃ち落としている為に、避難民の中で重傷を負った者は皆無だった。

 最後の一人がソレイユに入ったのを確認すると、カチュアはソレイユに発進するように通信を入れた。周囲に感覚を張り巡らせるが、どうやらもう、この近辺に逃げ遅れた人はいないらしい。それをエターナに伝える。

「了解しました。ソレイユを後方へ移動させます。カチュア、あなたには引き続き護衛をお願いします」

 と、返事が返ってきて、カチュアがそれに、「うん」と返そうとしたその時、通信に割り込んでくる者があった。

「待って!! まだ行かないで!! ハッチ開けて、早く!!」

 ステラだ。カチュアが驚いて見ると、物凄い速度で大地を爆走し、こちらに向かって来るガイアの姿が確認できた。慌てて通信を入れ直す。

「エ、エターナ!! ストップ、発進ストップ!! ガイアがこっちに走ってくる、MS用のハッチを開けてあげて、急いで!! このままだとソレイユに激突して木っ端微塵になっちゃうよ!! 早く!!」

 エターナから「分かりました」と返事が返ってくるよりも早く、ソレイユのMS用ハッチが開き始めた。流石にフェニックス部隊のブリッジクルーは優秀だった。接近するガイアを見て、既に行動を起こしていたのだ。だがそれでもまだ完全に開いてはいないハッチの隙間に滑り込むようにして、ガイアは格納庫に飛び込んだ。





 格納庫の中で停止したガイアの中で、ステラは呆然としているシンとマユに笑いかけた。

「ステラ……君って……」

「ステラさん……」

 未だに状況が理解できていない彼らを安心させようと、ステラは優しい声で言った。

「大丈夫……ここなら、安全だから……」



 カラミティの識別コードが消失した。それはグローリィと激しく斬り結んでいる、フューネラルのコクピットからも確認できた。それは自分達の切り札の一つである、カラミティが落とされた事を意味していた。

 彼女は戦いながら、周囲の状況の把握に努めた。

 既にこちらの優位は失われ、ストライクダガー部隊は徐々に海岸線へと押し返されている。ソキウス達の操る3機のロングダガーは、突如として現れた真紅のMSと、互角の戦いを繰り広げていたが、あれでは他に手を回す余裕は無いだろう。

 上空ではフォビドゥンとレイダーが、4枚翼の赤いMSによって大きなダメージを受け、パウエルへと撤退していくのが確認できた。そして自分は、この”黄金の戦神”の相手で手一杯の状態だ。

『このまま戦い続けても、徒にこちら被害を増やすだけですね……どうやら、今回は(イレギュラーである”黄金の戦神”や真紅のMSは別にしても)こちらが敵戦力を過小評価していたようです……ここは一旦退いて、態勢を立て直すべきですね……』

 そう決断した彼女が次の行動に移るのは早かった。

 グローリィと再び鍔迫り合いになり、そして両者が弾かれたように距離を取った所で、胸部のスキュラを放った。だがその攻撃は、前方の金色のMSを狙った物ではなかった。

 その攻撃は地面を狙った物だった。

 巨大な土煙が上がり、マルスの視界が、一瞬だが視界が遮られる。だが彼やシェリルクラスのパイロットとなると、この程度の物では目眩ましにさえ成り得ない。事実、先程はシェリルが爆煙の中から襲い来るグローリィに反応し、その攻撃を見事に防御している。

 勿論シェリルもそれは理解していた。だから彼女のスキュラの一撃は、攻める為の物ではなく、退く為の物だった。

 ヴンッ……

 唸りを上げたグローリィの光刃が、煙を切り裂いた時、そこにはフューネラルの漆黒の機体は何処にもなかった。搭載されたミラージュコロイドを作動させ、周囲の背景にその姿を融け込ませたのだ。マルスは油断無く上下左右全周囲を見回し、気を尖らせる。だが、攻撃の気配は感じ取れなかった。どうやら敵はこの場から完全に離脱したらしい。

 そして数秒後、上空に信号弾が打ち上げられた。幾度となく地球軍と戦っているマルスには、今の信号弾が何を意味しているか、はっきりと分かった。

「撤退か………」

 その言葉を裏付けるように、地球軍のMS部隊は、潮が引くように次々とこの場からの離脱を始めている。

 彼は唇を噛んだ。

 仕留められなかった。自分達の攻撃は、あくまで奇襲で、次の作戦など有り得ない。この一戦で”ソードダンサー”を倒す事が出来なかった以上、これ以上ここに留まり続ける訳にはいかなかった。

 しくじってしまった。この私が……

 束の間、マルスはそんな忸怩たる想いに囚われていたが、すぐに頭を切り替えると、ジャスティスに通信を入れた。

「エスパーダ隊長……」

 画面には、疲れ切って、力を使い果たしたアスランが映った。

「すまんなアスラン。お前まで巻き込んでしまって、結局は失敗してしまった」

 それは事実だった。彼はそれを認めた。

「いえ、隊長がプラントの事を考えての行動だった事は、俺も分かっています。ですから、あまりお気になされないで……」

 アスランはそう、慰めるように言った。マルスはそんな彼に、「感謝するぞ」と、口の中で呟くと、次の指示を出した。

「では予定通りカーペンタリアへ向かおう。大丈夫か?」

「ええ、心配しないで下さい」

 そんなやり取りの後、黄金と真紅、二機のMSは飛び立ち、オーブから離れていった。





 地球軍のMS部隊が撤退した。それをある者は声を上げて喜び、ある者は腑に落ちないという表情で見ていた。だが、それらの反応に関係なく、誰もが思いがけず与えられた休息期間に、ほっと息をついた。

 並んで立つクレイオスとハイペリオンの中で、キラとカナードはヘルメットを脱ぎ、そして互いにハッチを開いて、自分の目で直接相手を見ようとした。キラは生の目で見るカナードに、再び眼を丸くした。カナードは何も知らないキラ、自分の弟を見て、沸き上がってくる想いを、どう口にすればいいのか、顔に出せば良いのか、分からない複雑な気分だった。

「取り敢えずは……守り切りましたね」

 結末は最初から決まっていて、避けられない結果を先送りにした物でしかないとしても。

 カナードはそれを受けて、返事に困った様子だった。キラは辛抱強く相手の返事を待った。そして、

「ああ……そう…だな、キラ……」

 たったそれだけの言葉だったが、カナードがそれを口にするにはかなりの労力を要した。キラはそれを受けて、フッと微笑んだ。つられてカナードも。

 ふと、彼等の頬に何かが当たる感触があった。見上げると、

「雨か……」

 未だに空には日が差しているが、雨が降り出していた。

 それは戦いで散っていった戦士達の血と魂を洗い流し、生き残った者の痛みを和らげる慈しみの涙のように、キラには思えた。





TO BE CONTINUED..


感想
オーブ戦一時停止。しかしピンチにはなりませんね、この部隊。機体性能の差がありすぎると言いますか。対するシェリスとマルスの対決は、両方とも格闘戦型のパイロットだったんですね。シェリスは異名で分かってましたが、マルスもとは。あと、この世界はビームサーベルは鍔迫り合いは設定上では出来ないそうです。