「恐らくこの攻撃で、オーブを落とす事が出来るでしょうね……」

 愛機フューネラルのコクピットで、シェリルは誰にともなく呟いた。既にオーブの戦力の大半は撤退を始めており、現在彼女達が相手しているのは、殿としての徹底抗戦、一分一秒でも時間を稼ぐ事を任務としている一握りの物。

 当然それでは彼女の相手にはならず、次々と二振りの対艦刀の餌食となっていく。

「戦力の逐次投入……一区画に大量の戦力を割けないのは分かりますが、ですがその腕、その数では私を止める事は出来ませんよ。降伏しなさい。命を奪う事だけはしない、それはこの私の名の下に約束します」

 彼女の前では、オーブの用兵術は取るに足りない物だった。マルスが認識しているように、ナチュラルでありながらシェリルが持つパイロットとしての戦闘能力は、コーディネイターのエースパイロット10人分に相当する。それが今、地球軍の最新鋭機を駆っているのだ。コーディネイターで編成されたMS一個師団を投入したとしても、対抗出来るかどうか、怪しい。

 オーブのパイロットは殆どが操縦にOSの補助を必要とするナチュラルであり、また数少ない兵士で、可能な限り多くの地球軍の部隊を足止めしなければならないので、必然、一区画に回せる兵力には限りがあった。精々がM1アストレイを3機ほどだ。その程度では彼女とフューネラルの前では砂塵にも等しく、太刀を交える事もなく、次々とそのボディを切り裂かれていく。

 何とか彼女の進撃を止めようと、ただでさえ少ない戦力を割いて、あちこちの区画から救援が送られてくる。しかし、ここでも彼女が持つ驚異的な戦闘能力が物を言った。

 あちこちの区画から救援に向かうと言う事は、当然ながら、フューネラルの暴れている区画へと到着する時間は、その区画への距離によって差が出て、必然的に近い区画で戦っていた者が、先に到着する事になる。そのまま持ち堪えれば、他の区画から来た救援によって、何とかフューネラルの進撃を止める事が出来るかも知れなかった。

 だが、持ち堪えられず、救援が到着する前に、最も近い区画から駆けつけた援軍は彼女に倒され、次に近い区画から駆けつけた者も、その次の者も、と、このようにして順々にシェリルによって倒されてしまい、結局各個撃破の形となってしまっていた。

 全周波で放送された降伏勧告。これによって、一人でも多くの兵士が戦意を喪失してくれれば良いのだが……

 心ではそう考えつつも、彼女の頭は、常に想定し得る最悪の展開、その状況についての最善の選択肢を、刻一刻と選び、シミュレートしている。

『問題は、アラスカでサイクロプスを破壊したあの謎のMS部隊……』

 彼女だけでなく多くの者が、この戦いにおいてあの部隊の戦力が最大の脅威になる。そう認識していた。だが、恐らくあの部隊がこの戦闘に、これ以上介入する事はあるまい。シェリルはそう判断していた。

 先の戦闘では、あの部隊はあくまでも避難民の受け入れに終始し、積極的な攻撃はおろか、オーブの防衛にもそれ程協力的ではなかった。つまり、彼等の目的・任務は防衛ではなく、逃げ遅れた避難民の救助が最優先であると判断出来る。それなのに、まさか避難民を母艦に乗せたまま戦闘を継続する事は出来ないだろう。そんな暇があるなら、さっさとこの国を離れるべきだ。

 自分があの部隊の指揮官でもそうする。と、シェリルは考える。

『ですが、予想外の事が起こるのが戦場……いつ攻撃が来ても、対応出来るよう、油断だけはせぬように心掛けねば……ですね。特にあの紅い、翼を持つMS……あれが相手では、如何に私でも勝利する事は……ほぼ不可能。ここは早急に中枢の制圧を行うべきですね』

 強い者程、相手の強さにも敏感だ。シェリルは先の戦闘で、レイダーとフォビドゥンの2機を同時に相手として、一歩も引けを取らない、寧ろ圧倒していたあの紅いMSを見て、そう結論していた。真っ向から戦っては、自分では勝てないだろう。だが、真っ向から戦う必要など無い。その前に政府中枢を制圧してしまえば、いくらあの部隊やMSが高い戦闘能力を持とうと、関係なくなる。

 そこまで彼女が考えていたその時、レーダーに反応があった。

「新手……? しかし、これは?」

 レーダーに移っていた輝点はたった一つ、MSサイズの物だ。シンが勝手に乗り込み発進させた、デスティニーインパルスである。





 時を同じくして、ソレイユの格納庫では。

「……こんな物しかなかったのですか?」

 用意されたMSのコクピットで、いつも通り制服姿のエターナがぼやいた。

 彼女が今乗り込んでいるのは、改造型のディン。ユリウスが先日、新型の”テラブースター”という強化パーツを開発し、そのテストの為に使っていた機体だ。この機体も、データ取りに使われ、その後は解体して予備パーツとする予定だったのだが、現在、動かせる機体がこれしかない為、エターナが乗り込む事となったのである。

 何しろ彼女の専用機であるサイコガンダムMk−Vは装甲と火力は並はずれてはいるが、速力・機動性はいくら改良されているとは言えそれ程速くはなく、デスティニーインパルスの速度には到底追いつけない。

 他の者の機体を借りようにも、フェニックス部隊のMSはどの機体も完全な専用機として、OSの改良は当然の事、ハード面でも各人それぞれ思い思いの改造が、外装、内部共に徹底的に施されており、オリジナルの機体とは、もう外見が同じなだけの別の機体、と言っても良い程にかけ離れたMSとなっている。故に正規のパイロット以外の人間では動かすのにも四苦八苦してしまう程だ。

 こういう時の為に持ってきた予備の機体の中で、デスティニーインパルスはシンが乗っていってしまった。で、結局動かせる機体はディンしか残っていなかったのである。エターナがぼやきたくなる気持ちも無理は無い。

 そこに、ブリッジにいるオグマから通信が入ってきた。

<艦長、時間が無い。地球軍の侵攻速度は予想以上だ。オノゴロ島が制圧され、カグヤに手が伸びるまで俺の見立てでは、後、長くて数時間って所だ>

「その時間が勝負、ですね……一時的に、ショウから預かった権限を更にあなたに委ねます。あなたが最悪の事態と判断したら、私やシン、ショウが戻らなくても、艦を発進、大気圏を離脱して下さい。避難民の安全が最優先です」

<了解、ご武運を>

 そう言うオグマの声が聞こえて、通信が切れた。

「残念ですが、これまでの私の経験では、運など存在しませんよ……」

 彼女はそうひとりごちるとペダルを踏み、ディンを発進させた。



OPERATION,30 オーブの落日 



「お前等が、お前等さえ来なければ!! あああああああっ!!!!」

 デスティニーインパルスのコクピットで、シンは怒りに任せ、咆吼しながら、モニターに表示されるロックオンの表示を確認するやいなや、トリガーを引いた。すると機体の両側に装備された、2門のテレスコピックバレル展進式ビーム砲塔が動き、そこから収束したエネルギーの光が迸る。

 放たれた二筋の光条は空中を移動する輸送機や、地上を移動するストライクダガーの小隊へと撃ち込まれ、それに貫かれた物は例外無く炎に包まれる。風によって巻き上げられる紅蓮の炎が、シンの目に入った。それはモニターに映る前に自動で光度が調整されてはいるが、それでも、彼の体が実際に感じてはいない熱気を体感してしまうように、赤々と燃えさかっていた。

 俺の目の色だ。

 シンの中のどこかで、そんなとりとめもない思考が生まれる。

 燃えさかる炎を見て、シンの中の怒りの炎は治まるどころか、ますます激しさを増していった。

 戦える。今ので分かった。この機体があれば、俺は戦う事が出来る。もう、父さんや母さんが死んでいくのを前にして、何も出来なかった俺じゃあない。今の俺には力がある。この力で、俺とマユの味わった哀しみの償いをさせてやる。

 もし、シンがこの機体を満足に動かす事が出来なければ、それはむしろ彼の為を思うのなら幸運な事だったかも知れない。しかし、幸か不幸か、コーディネイターである彼にはその力があった。そして先程の一撃で、MSを相手にしても戦える。それが分かった。いや、分かったように思えてしまった。それは間違いなく彼にとって不幸な事だった。

 今の攻撃でストライクダガーや輸送機を撃破出来たのは、ボクシングなどで言う出会い頭のラッキーパンチのような物で、結局、彼が闘争において素人である事は変わりない。そんな彼がまともに戦えば、十中八九生き延びる事など出来はしない。それは自明の理だ。

 だが今の怒りに支配され、憎しみを解放している彼には、それが見えていない。自分が今何をしているのか、今の一撃でどれ程の物を背負い込む事になったのか。それが分かってはいない。いや、もしかすると自分が今何をやっているのかすらも、分かっていないかも知れない。

 彼はただ闘争の本能のままに機体を動かし、目に映る敵を打ち倒さんとする。

 そうして、彼がデスティニーインパルスの背中に背負う、二本のレーザー対艦刀を取り出した時、その眼前に一機のMSが立ちはだかった。

「こいつは……ディン?」

 思わず呟くシン。デスティニーインパルスの眼前に現れたのは、細部に多少の違いこそあるが、ザフトが地上で幅広く運用している空戦用MS、ディンだった。シンもニュースや雑誌などで、ディンの機体は見た事があった。

 何故こんな所にザフトの機体が? 彼は戸惑い、デスティニーインパルスの動きが止まる。そこに通信が入ってきた。

<シン……聞こえますか? 私です、エターナ・フレイルです>

 通信機から聞こえてきた声が耳に入り、シンの顔が驚愕に歪んだ。エターナとは、ステラに連れられてソレイユに行った時、出会っていた。その時シンは、傭兵だという彼女達の紹介を聞いて、ひどく驚いた事を覚えている。傭兵という、殺伐とした印象を受ける職業の中にあって、あんなに綺麗な人がいたなんて。そう思った自分を覚えている。

 だが何故彼女が今、自分の前に? それもすぐに分かった。

 自分の乗っているこの機体は、元はと言えば彼女達の所有物だ。自分はそれを勝手に乗り込み、勝手に動かして、勝手に戦闘を行っているのだから、怒って連れ戻しに来るのは当然だ。

 だが……止まる訳にはいかない。まだ、まだ足りない。まだ俺が、俺達の感じた痛みを、あいつらに味あわせてやってない。

<あなたの気持ちも分かりますが……ですが敢えて言います。莫迦な事は止めてこのままソレイユへと戻りなさい。今ならまだ間に合います>

 その彼女の声を聞いて、シンはかっと頭に血が上るのを感じた。

 分かる、だって? 巫山戯るな。お前に何が分かるって言うんだ。俺達の事を何も知らないくせに。父さんと母さんが目の前で死んで、俺とマユがどんなに悲しかったか、どれ程この胸が痛かったのか。何も分からないくせに。

<……シン…?>

 様子がおかしい。それを感じたエターナは、無意識の内の操作で、機体を僅かに後退させていた。それは彼女が今まで数えるのも面倒な程の修羅場を踏破してきた、その経験則から来る物だった。そしてそれはえてして、頭で考えるよりも適切な結果をもたらす。次の瞬間、デスティニーインパルスが両手の対艦刀を振りかざし、彼女のディンに向けて斬り掛かってきた。

「なっ、くっ!!」

 エターナは咄嗟に、機体に回避行動を取らせる。だがディンの反応速度は、彼女からすれば、思わずコンソールに拳をぶつけて粉砕したくなる程に、鈍い物だった。もし先程、僅かに間合いを取っていなければ、機体を真っ二つにされていただろう。彼女は平常心を保ちつつ、デスティニーインパルスに通信を繋ごうとする。

<シン、どうしたというのです? 莫迦な事は止めなさい……>

 だがシンは聞き入れない。再び眼前のディンに向かって、襲いかかった。

「邪魔するって言うのなら、あんたも敵だ!!」

「……シン、正気になりなさい……」

 エターナは必死で操縦桿を操りながら、デスティニーインパルスの攻撃を捌いていった。

 彼女の搭乗するディンは、両手にジンの使用する重斬刀を抜き、全ての攻撃を紙一重でかわすか、受け流していく。エターナにはそれしかなかった。シンの機体が、本来ならこの2年と少し後にロールアウトする筈の新鋭機であるのに対して、自分の機体は多少の改造が加わっているとは言え、所詮は量産機でしかない。

 彼女のディンはデスティニーインパルスから見れば、比べ物にならない程のパワーやスピードしかない。それでも五分近い戦いを演じていられるのは、ひとえにエターナの、パイロットの能力による物だった。彼女はシンの繰り出してくる攻撃を全て発生より早く見切り、攻撃が来る前に回避を行っているのである。卓越した操縦技術と、そして積み重ねた経験がなければ、出来る事ではない。

「何なんだよ、あんたは!!」

 一方デスティニーインパルスのコクピットで、シンは攻撃を何度繰り出しても、一向に当たってくれる気配の無い眼前のディンに向けて、毒づいた。戦いたくなんてないのに、何で俺の前に立つんだ。何で俺を行かせてくれないんだ。

 エターナは攻撃を回避している最中にも、「落ち着きなさい」とか「止めなさい」とか言ってきているが、それが耳に入るたびに、シンの怒りは倍加され、周りの物が見えなくなっていく。そして、遂に。

「邪魔を……するなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 彼の中で何かが弾けた。奇妙に冴えきった感覚が指先にまで行き渡り、視界が一気に広がる。そしてその広がった視界の中で、だがしかし、そこに動く物全てを、シンは知覚する事が出来た。その研ぎ澄まされた感覚を武器に、彼は機体を突撃させ、すれ違い様に一撃を繰り出す。

 僅かに、手応えはあった。

 それはエターナの方も同じで、今のデスティニーインパルスの攻撃が、自分のディンのボディを掠めた事に、驚愕していた。先程までは、いくら機体に性能差があろうと、パイロットの間にはそれ以上に埋めがたい差があった。それが歴戦の兵士である自分と、素人であるシンとの差であった筈。

 しかし、だとするなら今のシンの動きは何だ? 動きに急に無駄がなくなり、鋭くなった。そして強くなった。戦っている最中に腕を上げているのとも違う。いきなりローギアからトップギアに入ったような。どういう訳かは分からないが、自分の見切りよりも、彼の機体が繰り出す攻撃の速度が速くなりつつある。

『このままでは……拙いですね。仕方ありません……』

 追い詰められている現状にあっても、なお冷静な思考を保ち続け、次の一手を考えるエターナ。一方シンは、自分の中に生まれた感覚に、最初は戸惑っていたが、だがそれは、じきに喜びと高揚に変わる。

 この勝負はもらった。勝てる。今の俺なら。次の一撃で、奴を仕留めてみせる。

 既に眼前の機体に乗っているのが自分の顔見知りである事さえも忘れ、勝利の確信と共に、機体を駆るシン。しかし次の瞬間、思いもかけない事が起こった。

<シン、もうやめて!!>

<お兄ちゃん、待って、お願い!!>

「…!? ステラ、マユ!?」

 通信機から、大切な二人。恋人と、妹の声が入ってきて、一瞬、シンは茫然自失の状態となった。それに伴い、デスティニーインパルスの動きも止まる。その瞬間を、エターナは逃さなかった。

「迂闊ですよ」

 一瞬の内に、装備されていたオプションパーツ、”テラブースター”の大推力を活かして距離を詰めると、両手の重斬刀で、VPS装甲の施されていない場所、関節部分に攻撃を仕掛ける。咄嗟の事で反応の遅れたシンにはその攻撃は避けきれず、両手と翼を破壊され、デスティニーインパルスは墜落し、森に不時着した。

 それをモニター越しに見下ろしながらエターナはその左手の、テープレコーダーを見た。そこからは未だに、先程通信機に入れた物と同じ、「シン、もうやめて!!」「お兄ちゃん、待って、お願い!!」と言うステラとマユの声が、繰り返し繰り返し、流れ続けている。

 これはこんな事もあろうかと、出撃の直前に、二人に頼んで吹き込んでもらった物だ。流石に二人とも、自分の大切な人の命がかかっているとなると、真に迫った声を出してくれた。

「あなたのような未熟者はこの手にすぐかかる。まあ、これもあなたを無事に二人の元に返す為です。悪く思わないで下さい」

 そう呟くと、彼女は微動だにしないデスティニーインパルスを回収すべく、機体を着陸させる。デスティニーインパルスが動かないのは、シンが気絶してしまった為だろう。その証拠に、先程まで激しく感じていた彼の怒りの思念は、今は掻き消えていた。後はこの機体を回収して、ソレイユに戻るだけ……

「……?」

 その時、エターナは何かを感じて、ディンの機体を振り向かせた。そして周囲のモニターを見回し、異常がないか、レーダーもチェックする。果たして、異常は発見出来なかった。しかし、彼女の感覚は、確実に”何か”が迫ってきている事を、彼女に教えていた。

「……そこです!!」

 そして彼女はその感覚の命ずるままに、ディンの持っていた重斬刀の内一本を、放り投げた。MSのパワーによって投げられた剣はかなりの速度で飛び、そして、空間に当たったように跳ね返った。それを見たエターナは、「やはり……」と呟く。

 すると重斬刀の跳ね返った空間が揺らぎ、そこから融け出すようにして、エターナの感覚が捉えた”何か”が姿を現す。それは、

「ミラージュコロイドで姿を消し、排熱や音も極力消していた筈なのに、それでもこの機体の気配を感じ取るとは。成る程、あなたは強敵、ですね」

 それがエターナに聞こえるはずもないが、出現した漆黒のMS、フューネラルのコクピットで、シェリルはそう呟いた。そして彼女の愛機に、両手の対艦刀を構えさせる。

「…………」

 こいつは間違いなく、強い。

 対峙しただけだが、ディンの中のエターナには、それが直感として分かった。そして機体も、デスティニーインパルスには及ばないだろうが、それでもディンなどとは桁の違う、エースパイロットの為の最高級機だ。機体性能では先程のシンとの戦いと同じく、向こうに分がある。

 しかも今回の場合、それを操るパイロットはシンのような素人ではない、地球軍の中で最強を誇るシェリルだ。更にこの状況では、シェリルはシンの機体も敵だと認識している。故にエターナはシンを守りながら戦わねばならない。彼女の不利はどうしようもなかった。

 せめて自分の専用機が、サイコガンダムがあれば。

 一瞬、そんな思考がエターナの中をよぎった。彼女はそんな自分に気付き、失笑を漏らす。

 戦場において機体の性能の差は、それ即ち実力の差だ。無い物ねだりをしても仕方が無い。今必要なのはこのかなり最悪の状況から、どのようにして脱出するか。それだけを考える事だ。

 彼女の中で考えがまとまった時、それを見計らっていたかのように、フューネラルが動いた。両手の対艦刀を回しながら、眼前のディンに向かって斬り掛かる。先程、ミラージュコロイドで隠れているフューネラルを捜し出す時に一本は放ってしまったので、エターナはただ一本の重斬刀で、その攻撃を捌かなければならなかった。

 幸いにしてその重斬刀には対ビームコーティングが施されていた為、対艦刀の攻撃を受ける事は出来た。だが、それだけでは状況は好転しない。受けた攻撃の、その衝撃によって弾き飛ばされるディン。エターナはスラスターを巧みに吹かして、体勢を立て直す。

『やはり、パワーが違いすぎますね……』

 未だに冷静に、事態を分析する。その通り、第一に、ディンとフューネラルでは、その機体が持つパワーに大きな開きがあった。だから攻撃を受け止めても、その勢いを殺しきれずに、弾き飛ばされてしまう。加えてシェリルの技量も見事だった。巧みに防御の難しい部位を狙って、攻撃を積み重ねてくる。

 拙い。エターナの中にそんな単語が生まれる。ショウから地球軍に素晴らしい技量を持つパイロットがいるという事は聞かされていたが、それが今、自分の眼前に立ちはだかっている機体を駆る者だと、エターナは確信していた。だがそれにしてもこれ程とは、正直思ってもいなかった。ショウが認めるだけの事はある。

 そんなパイロットを相手に、性能の遥かに劣るディンで、しかもシンを庇いながら戦わなければならないこの状況は、正直きつい。これでまだ、シンのデスティニーインパルスが動けるようなら、彼だけでも逃がす所なのだが、どうやらそれも出来そうにない。ならばどうするか。

 そうエターナが思案していた時、シェリルもまた、フューネラルのコクピットで、ディンのパイロットの腕前に舌を巻いていた。まさかディンで自分を相手に、こうまで粘るとは。

「見事な操縦技術です。互角の機体に乗っていれば、勝負は分からない……いえ、多分私が負けるでしょうね……」

 シェリルはそれを認めた。MSの操縦に自信を持つ者として、ベストの状態で、このパイロットと戦いたいという衝動は、彼女の中にもあった。だがしかし、彼女は即座にそんな衝動を叩き潰した。

 自分達がやっているのはスポーツでもなければ決闘でもない。戦争なのだ。オリンピックでメダルを争っている訳ではない。目の前の敵を排除する事に、躊躇いを持ってどうするというのだ。彼女は自分を叱咤した。そして、

「私怨はありませんが、あなた程の力を持つ傭兵を、このまま野放しにしておく訳には行きません。全力を以て、排除させて頂きます」

 ペダルを思い切り踏み締め、フューネラルに最大の加速を与えて、目の前のディンへと斬り掛かる。クロスさせた重斬刀が勢いをつけて、振り下ろされる。それをエターナはまるでスローモーションのように見ていた。何とかその攻撃を受け止めようと、力を受け流すよう角度を付けて、重斬刀を構えさせようとする。だが、

「?」

 彼女がレバーを引いても、ディンの腕は上がらなかった。これは……

「先程、攻撃を受け止めた時に、既に関節部分がイカれてしまっていましたか……」

 こうなっては万事休す。だがエターナは、刹那にも満たない時間の中で、まだ何かできることはないかと、思考を巡らせる。だが、3000通り程シミュレーションを重ねてみたが、こうなってしまっては、この状況はどうにもならない。そう結論が出た。そして無情にも、二本の対艦刀が振り下ろされる。

 ガッ!!

「……!!」

「あなたは……」

 だが、その対艦刀が彼女のディンを切り裂く事はなかった。何故なら、一瞬にしてその場に現れた翼を持つ紅いMS、ショウが乗るフェニックスガンダムが、二機の間に立ち、二本のビームサーベルで、攻撃を受け止めていたからである。シェリルは一瞬、その目を少しだけ見開いたが、すぐに状況を思い出すと、バックステップを取らせ、距離を置いた。

「大丈夫ですか。先生」

 少しばかりからかっているような口調で、ショウが言った。それに対してエターナは、

「ええ、健在ですよ。ありがとう」

 と、生真面目に返す。

 フューネラルのシェリルは、隙あらば即座に攻撃を仕掛けようと、新たに現れたMSを睨み付けていたが、打ち込めない。

『隙だらけなようで、全く隙が無い……正攻法でも駄目、奇襲も通用しませんか……』

 手詰まりだと、今まで積み重ねてきた自分の中の感覚が教える。ただ強いだけの相手なら、不意を衝くなり死角から攻撃するなりで、いくらでも攻略は可能だ。だが、今自分の前に立つこの機体は、このMSのパイロットは。それすらも全く通用するとは思えなかった。

 勝てない。次に彼女はそう思った。別に恐れをなした訳ではない。恐怖などという感情は、とっくの昔に飼い慣らした。怖いとは思うが、それが体を萎縮させたり、判断を間違わせたりする事はない。客観的な事実として、眼前の紅いMSと自分では、戦力に開きがありすぎる。それが分かっていた。

 そこに通信機から、別行動を取っていた3人のソキウスの内、サードから通信が入ってくる。

<ルシフェル大尉、大丈夫ですか? こちらはもう、残存部隊の掃討は終わりました。後はカグヤ島を残すのみです>

 サードが、彼女を気遣うように優しい声で報告する。彼女はほんの数瞬、沈黙した後、通信を返した。

「では、補給が必要な機体は一旦帰艦させて、まだ動ける機体は、カグヤへと向かって下さい。私も一旦戻ります」

 そう返すと、彼女は再び、フェニックスを見詰めた。この機体の装甲越しに感じる圧迫感。これを自分は知っている。もっとも自分が知っているのは、味方として戦い、ストライクに乗っていた頃の彼だが。彼女はそこに、まるで畏敬の念がこもっているかのように、呟いた。

「傭兵というあなたの立場上、こうなる事もあるとは思っていましたが……でも実際目の前にすると、信じられないような……つい、そう思ってしまいますよ……ねえ…あなたはどうなのです? …ショウ、ショウ・ルスカ……」

 そしてフューネラルは再びミラージュコロイドを作動させると、その場から撤退した。見事な引き際だ。フェニックスのコクピットで、ショウは思った。この状況下で自分の勝ち目が薄いと見るや、あっさりと退くなど中々どうして。アークエンジェルで共に戦っていたあの頃と同じ、冷静な戦略眼だ。

「流石ですね……シェリルさん……」

 そう呟いた後、背後に座り込んでいるディンと、不時着しているデスティニーインパルスに通信を入れる。

「先生、動けますか?」

 僅かにノイズが混じった後、返事が返ってきた。

「ええ、何とか。腕の関節はイってしまったようですがね。まあ所詮は予備の機体です。替えなどいくらでもありますが。あなたは……ここに来るという事は、既に”仕事”は完了したのですか?」

「ええ、エレンさんが協力してくれたので、思ったより早く終わりました。現在カグヤでは、アークエンジェルとイズモ級二番艦、クサナギを宇宙に打ち上げる準備が、最終段階に入っています。それにソレイユの方でも……」

 そう、ショウが口走ったのと同時だった。彼等の頭上がフッ、と暗くなる。これは、と二人が見上げると、そこにはソレイユの巨大な艦体があった。どうやら避難民達の手当なども無事終了し、発進する事が出来たらしい。

「やれやれ、こうして上手く行ったから良いものの、シンには後でお仕置きが必要ですね」

 と、エターナ。取り敢えずこうして全員生き延びる事が出来たから良かったが、これはその実、紙一重の内容だった。下手をしなくとも、自分とシンは死んでいておかしくはなかった。それが実感出来て、彼女は思わず溜息をついた。それをショウに話すと、通信機から苦笑するような声が返ってきた。

 そうして、デスティニーインパルスを掴んだフェニックスとエターナのディンは、大気圏離脱シークエンスを進めているソレイユへと合流した。



 程無くして、カグヤの近辺からブースターを装備したアークエンジェルが、そしてマスドライバーからクサナギが、宇宙に向かって打ち上げられた。

 マスドライバー施設には、最後までそこに残っていたウズミ以下、数人の首長達が、どんどんと小さくなっていくクサナギの艦影を見詰めている。

「種子は飛んだ……これで良い……」

 透明な笑みを浮かべて、ウズミは万感の思いで、その言葉を紡いだ。自分の役目は終わった。後の事は彼等に委ねよう。カガリと、その兄弟であるあの少年。そして彼等を支える同士達に。この戦乱の続く世界に、まだ希望が残っていると信じて。

 別れ際のカガリの顔が目に浮かんだ。これが恐らく、父との今生の別れとなる事を彼女は心のどこかで悟り、だが指揮官という立場上、涙を見せまいと必死で堪えて、自分に敬礼を返していた。

 愛しいカガリ。ウズミは、最後に彼女の頭を撫でた掌を見詰めた。そこには、まだ微かにあの子のぬくもりが、残っているように思える。

 もう一度、あの子をこの手で抱き締めてやりたかった。それだけが心残りだが、まだ彼には一つだけ、後始末が残っていた。ウズミは目の前にある、カバーのかかったボタンを見詰め、カバーを外し、装置にキーを差し込む。

 これが後始末だ。あとはこのキーを少し捻るだけで、連合がオーブに侵攻した目的である、マスドライバーとモルゲンレーテは崩壊する。その二つはオーブの財産であり、地球の小国家に過ぎないオーブが、今まで他の勢力と、まがりなりにも対等に渡り合えたのは、この二つがあったからこそだ。だがこの二つは今日、失われる。正確には違う。自分が滅ぼすのだ。自分の決断によって。

 これが本当に正しいのか。彼には分からない。だが彼には、この国の理念に背く事は出来なかった。この国の力を、他国を侵略し、支配する為に使わせたくはない。それが彼の信念だった。

 エゴだな。ウズミは思った。自分のように、この国の国民が全て考えられ、そして生きられる筈はない。だがそれでも、彼は自分の愛したこの国の力を、他の何かに渡したくはなかった。そして、決断の時がやってくる。

「オーブも世界も……奴等のいいようにはさせん!!」

 彼はその言葉と同時に、キーを回し、明滅するボタン、自爆スイッチを、ためらいなく押した。一瞬、周囲の機械が大きく唸りを上げ、そして、徐々に小さく、全ての機能を停止させていった。

「……何だと……?」





「ウイルスプログラムによるプロテクト処理は、どうやら上手く行ったようだね……」

 徐々に高度を上げ、オーブから離れていくソレイユのブリッジで、未だ何の動きもないカグヤ島やオノゴロ島を見下ろして、ショウは自分がミナから受けたもう一つの任務が、滞りなく遂行できたことを確信していた。

 ミナから受けたもう一つの任務。それは、ウズミ・ナラ・アスハがマスドライバーとモルゲンレーテを爆破しようと決断した場合、それを阻止する事。これがショウだけに伝えられていた、極秘任務だった。ショウはアメノミハシラを発つ際、ミナと交わした会話を、思い出していた。





『ウズミはいよいよとなればモルゲンレーテとマスドライバーを放棄し、それによって理念を守り抜こうとするだろう。だが、それだけはさせてはならん。あれはオーブという国の力だ。あれはウズミの私物ではなく、オーブという国の財産なのだからなあれを失ってしまえば、オーブという国は、10年や20年では復興できん』

『……よろしいのですか、本当に…』

『構わん。どの道あの二つを失えば、残った国民は食べていく事すらも出来ん。これをウズミに言えば、『今日より明日の事を考えろ』と言うだろうが、だが今日を生き延びねば明日は来ない。最悪オーブの力が地球連合の為に使われる事となっても、国民の生存を優先する』





 そして、依頼を果たす為に一時休戦時の混乱に乗じてメインコンピュータ室に潜り込んだショウだったが、そこには既に、ミナから同じ依頼を受けていたエレンが作業を行っており、自爆シークエンスにプロテクト処理を施し始めていた、という訳である。

 彼女はエリカ・シモンズとのコネもあって、クサナギに乗ってこの国を離れた筈だ。そして今、自分達も救出した避難民と共に、この国を離れつつある。

 シンはあの後、気絶しているのをデスティニーインパルスから引っ張り出して、取り敢えずは医務室に放り込んだ。そこではステラとマユが、彼の看護をしている。

 監視カメラによって表示された映像では、食堂に集められた避難民達は、皆一様に窓から、自分達の住んでいた故国を見詰めていた。自分達の祖国が、失われる。口にはしなくとも、誰もがそれを分かっていた。

 ブリッジに集合した、ショウ、エターナ、カチュア、シス、カナード、オグマ、ミラ、ニキ、セトナ。ステラを除くフェニックス部隊の者達も、モニターに映るオーブという国を、無言で見詰めていた。

 そしてソレイユは遂に大気圏を離脱し、アメノミハシラへと向かう。





 この後、万策尽きたウズミと首長達は降伏を決断。地球軍もこれを受諾し、これによって地球連合による、オーブ解放作戦は終了した。





TO BE CONTINUED..


感想
サイコVやらWゼロカスタム、ターンAがあるなら、島嶼防衛戦という狭い戦場なら十分敵を返り討ちに出来ると思うのですが。何でミナは防衛戦に参加させなかったのでしょうか? ミナが性能を理解できなかったとしても、ショウたちが進言すれば済む事ですし。1戦したあとに圧倒的な武力を背景に連合と交渉する手もあると思うのですが。