「……これが保護した民間人のリストです、お確かめ下さい」

 事務的な口調でエターナがファイルを、今回の彼女達のクライアント、ロンド・ミナ・サハクへと手渡した。ミナはそれを受け取ると、そこに記されている人名に、ざっと目を通す。そのリストにはびっしりと人名が書かれていたが、その数は彼女が予測していたよりもずっと多かった。

 アンダーグラウンドで交渉に携わったりする事も決して少なくなく、内面の動揺を隠す術にミナは長けている。だからこの場合もそれを表情に浮かべたりはしなかったがその実、彼女は報告書の人数に驚きを禁じ得なかった。

「軽傷者は多数、重傷者24名は、このアメノミハシラの医療施設へと、既に運び込んでますよ」

 と、今度は来客用のソファーに座っているショウが言う。この辺のアフターサービスや手際の良さは、流石に超一流、と言った所だろうか。

 記されていた人員の名前に目を通し終わったミナは机にファイルを置き、彼等に向き直った。

「ご苦労だったな。報酬の方は私も既に部下達に言ってお前達の戦艦に運び込ませている。これがそのリストだ」

 ミナが机から出した書類をエターナが受け取ると、先程ミナがしていたようにそこに書かれている内容に目を通す。2分で内容の把握を終えた彼女は、ショウにもその書類を手渡した。彼はパラパラとページをめくり、その内容に目を走らせる。

 しばらくして、彼は読み終えた書類を置くと紅茶を一口飲んで、それからミナにペコリ、と礼をした。それを受けてミナが言う。

「しかし期待以上の働きをしてくれたな。お前達は……私はこのリストに記されている人数の、せいぜい半分も救出してくる事が出来れば御の字だと思っていたのに……」

「みんなが頑張ってくれたからですよ。それに僕は元々こういう目的の為にフェニックス部隊を作ったのですから……」

 と、ショウ。傍らに立っているエターナと視線を交わし、互いにその意志を確かめ合うように頷き合う。それを見たミナは呆れたように溜息をつき、椅子に深く腰を下ろす。そして冗談半分といった感じの口調で言った。

「惜しいな……以前ショウにも言った事だが、お前達程の力があればそれこそこの世界を根本から創り変える事すら夢ではないだろうに。お前達のやる事と言えば世界を流れ流れての人助け。そんな事をするよりは一度世界を征服でもして、そこから新しい秩序を構築した方が楽ではないのか? またそうしたいと、思った事はないのか?」

 とんでもない内容を口にするミナ。勿論彼女にとってもこれは冗談ではあるし、実際にショウ達がそんな事を始めるのが本当にこの世界にとって真に良い事であると思う程子供でもない。ただそれが可能か不可能かと問われた時、不可能だと言い切れないだけの戦力を彼等が持っているのもまた事実であり、それを指摘しただけの事だ。

 その質問に対してショウは少しだけ憂いのある表情を見せると、返答した。

「……あまり過度に世界に干渉する事は、好きではありませんから……それにミナさんの言う方法で創られるのは……結局は僕達一部の者が持つ絶対の力をルールとした支配に基づく世界。勿論支配イコール悪だとは思いませんが、でもそれはきっと僕達だけに都合の良い、僕達だけが幸せな世界だと思うから……僕はそんな物は望まない」

 真紅の目の少年は優しい笑顔を浮かべ、隣に立つ銀髪の美女を見詰めた。

「僕はただ、みんなと一緒にいられればそれで良い。戦争で全てを喪った僕が、やっと手に入れた家族がみんなだから……僕自身は今のままで十分に幸せ。だから後は、この眼に映る人達ぐらいは悲しい顔をして欲しくない…」

「……余程の地位にあるか、才覚器量の人物でない限り、人の生死は歴史に掠り傷も付ける事は出来ないかも知れません……平時の一人ないし一定以上の人数の死が招く大戦も、それが起こるべき要因があるからこそ起こるのですし。逆に戦中は万単位の犠牲すら一読後には忘れ去られるか利用すべき数値としてしか見られないように……ですが、だからこそ一人でも多くの命を救わんとする者が在っても良いでしょう。それが人の人たる所以の尊厳なのですから………そんなショウだからこそ、私達はこれまで従ってきたし、これからもずっと付いていく。ただそれだけです……」

「………」

 静かに二人の言葉に耳を傾けるミナ。彼女はテーブルに置かれていた紅茶を飲むと、呟く。

「無欲なのだな……お前達は。だがそれ位がちょうど良いのかも知れん、強すぎる力を扱うには……お前達が持つあれらの兵器が特定の国家・組織の手に渡れば、それこそ世界の軍事バランスが根底からひっくり返りかねんのだからな……そうなれば最悪の場合、今のこの戦争すら生温く思えるような大戦が勃発するかも……無論可能性の問題だがそういう危険を回避する意味で、お前達が傭兵として連合にもプラントにも属さない事は……正解、かもな……」

 ミナの分析に、ショウは感嘆したような表情になり、そして頷いた。

 彼女の言う通り、”刻の末裔”たる自分達が持つ戦力は余りに強大な物。この力が何者か、特にそれが組織である物に渡った場合、その力を背景に世界征服を企んだりするような馬鹿が現れても何の不思議もない。そうなった場合世界のミリタリーバランスが崩れ、それこそ世界中で紛争が勃発しかねない。

 ならばその強大すぎる力の管理は、それが暴走した場合対抗勢力となり得る唯一の存在、つまり自分達自身で行わねばならない。自分達の暴走は自分達で互いに止める事が出来るから。

 そしてその暴走の危険を可能な限り低くする為に、自分達は傭兵として、特定の勢力に属さない事。

 それがフェニックス部隊を結成した時、ショウが最初に作ったルールだった。強い力を持つ者の責任として。

 そして、全ての世界にとっての異邦人として。



OPERATION,31 シンの受難 



「……しかし、お前達が持つ戦力を見ていると、ついついその力がどうして私の物でなかったのかと思ってしまうな」

 ショウ達が持つ戦力に対して、ミナがそうコメントする。ショウとエターナはそれを受けて「そうですか?」と首を傾げた。ミナは「そうだとも」と頷く。

「お前達のような部隊が後2組もいれば、先の地球軍のオーブ侵攻に対しても、別な手も取れたのだがな……」

 椅子から立ち上がり、その窓から地球の姿を眺めながら呟くミナ。その声には諦めと残念さとが滲み出ている。

「……初戦で敵の侵攻部隊を圧倒的な戦力で叩き潰し、こちらに切り札がある事をアピール、その後にその圧倒的な戦力を背景にして連合と交渉する……ですか?」

 ミナの言う”別の手”について自分ならどうするか、頭の中でシミュレーションした結果を口にするショウ。その答えを聞いたミナは僅かにその目を見張る。今この少年が口にした作戦は、まさしく彼女が考えていた物と同じだったからだ。しかし、ショウの側に控えていたエターナがその作戦に対して意見を言う。

「残念ですがその作戦は私達では不可能ですね……」

 冷徹な口調で言うエターナ。彼女の意見にミナは再び頷く。

「一人の力がMS一個師団を遥かに超える物であったとしても、私達は所詮は10名そこらの一部隊に過ぎませんからね……少数精鋭は防衛任務には不利、一人では一ヶ所しか守れません。元々私達は攻撃の戦術が中心ですから…敵の大軍のど真ん中で単機で戦い続け、最終的に敵を全滅させるのは得意でも、拠点防衛には向きません。…アラスカでもショウが来てくれなかったら正直危なかったと思います……」

 と、エターナ。

 攻撃は優秀なパイロットが乗った高性能のMSを単機で敵本陣に突っ込ませれば簡単だが、防衛はそうは行かない。補給路を確保し、拠点を守り抜かない事には話にもならない。攻めてきた敵のMSや戦艦を全て撃破したとしても、その時拠点を制圧されていれば、それは戦術レベルで勝っていても戦略レベルで負けている。

 実際アラスカではフリーダムに乗ったショウが介入しなかった場合、発動したサイクロプスに地球軍とザフトは勿論の事、彼等も巻き込まれていた可能性がある。

 彼等フェニックス部隊はMSの驚異的な性能と人の限界など超越したパイロットの能力がクローズアップされがちではあるが、その能力は攻撃力・突破力重視である為、アラスカのような防衛を目的とした戦闘では、実はかなり紙一重の内容だったのである。

 ましてや今回の場合、仮にショウが一人で特攻して地球軍の旗艦を沈めたとする。それ自体は彼にとってはそう難しい事ではない。だがその時にはオーブの中枢部はフェニックスの抜けた”守りの穴”の部分から押し寄せるストライクダガーの部隊によって制圧されていただろう。それでは結果は同じだ。

 ましてやあの戦場には、地球軍最強のパイロットとしてだけではなく、超一流の指揮官としてもその名を馳せる『ソードダンサー』シェリル・ルシフェルがいたのだ。彼女なら真っ向からぶつかっても勝ち目の無いフェニックス部隊を相手に、そんな作戦に出る事は想像に難くない。

 それが分かっていたからこその、今回の依頼だった訳だ。そうするしかなかった事をミナも理性では分かっている。だが感情は中々そうは行かない。1か0か、機械のスイッチを切り替えるように割り切る事が出来れば、いっそ楽なのだろうが……

「難しい物だな……」

 そう言ってミナは再び椅子に座る。

「そういう物なんですよ、世の中は。何者も絶対無敵には成り得ない……」

 と、ショウ。この時彼を見る二人の女性、エターナとミナは同じ事を心に思っていた。ずばり『あなた(お前)が言っても全然説得力に欠け(るぞ)ます』であった。そんな二人を見て、”無敵”という言葉の象徴のような少年は再び小首を傾げる。その時、部屋のドアが開いた。

「ショウ・ルスカぁぁぁぁ!!」

 名前を呼ばれて振り返るショウ。入ってきた人物の姿を見て、

「むう?」

「あらあら、美形は何を着ても似合うのですね」

「へえ、馬子にも衣装ですね」

 ミナ、エターナ、ショウが順々にコメントする。

 入ってきたのはシンだった。ただしその格好は随分と変だ。

 一言で言うなら……今の彼はメイドさんの格好だった。勿論女性用の服である。

 だが変な部分もあった。腰には銃身が1メートル近くもあるモーゼルミリタリーが2丁、背中には日本刀を背負い、腰の部分にはウサギの尻尾が付けられ、勿論と言うべきか、頭にはウサ耳がセットされている。

「あらあら、中々に萌える組み合わせですね。色んな種類のインスタントラーメンを混ぜて食べてみたら美味しかった、といった感じでしょうか」

 呑気な調子でコメントするエターナ。ミナは頭痛が起こったのか頭を押さえている。ショウは懐から取り出したカメラでシンの格好を撮影していた。そんな彼等の態度に腹を立てたのか、シンが叫ぶ。

「何で俺がこんな格好しなきゃならないんだぁぁぁっ!!」

 怒れる瞳をして叫ぶシン。だが数多の修羅場を潜り抜けてきたショウにとって、彼の怒りなど微風のような物。全く動じた様子も無く反撃に転ずる。

「何で、って………シンさんもう忘れたんですか? あなたは僕達の私物であるデスティニーインパルスを勝手に持ち出し、勝手に地球軍と戦闘し、しかもその機体を中破させたんですよ? 真っ当な軍隊であれば軍法会議にかけるまでもなく銃殺が確定する所です」

 畳み掛けるように言うショウ。流石にそう言われて非は自分にある事が分からない程シンも子供ではないので「うっ」と詰まる。それを見計らっていたかのようにショウは続けた。

「でもまあ僕達は真っ当な軍隊ではないし、ぶっちゃけて言うと無断出撃なんて日常茶飯事で隊長である僕自身何十回とやっていますからね。だからそれ程重い罪ではありません。だけど集団生活なんですから、決まりはキチンと守らないと。それで罰ゲームがその格好なんです」

「だけど普通そういう場合は営巣か独房に入れるのが常識だろう!!」

 ショウの説明に一つの納得は行った。だがまだそれで半分。残りの納得出来ない部分をシンが問い詰める。返ってきた答えは、

「だってこの艦には営巣とか独房なんて無いもの」

 という恐ろしく常識を逸脱した物だった。シンと、横で聞いていたミナは目が点になる。それを見たエターナが補足説明を入れる。

「この艦をリフォームする時に、ゲームコーナーと鍛錬室の為のスペースに、独房を潰しました」

 とんでもない事実が発覚する。ますます頭痛が酷くなりつつあるミナが「じゃあ捕虜を捕らえた時はどうするんだ?」と聞くと、「ああ、その時はショウのいる艦長室や私の部屋に一緒に入って貰うんですよ。私やショウなら相手がどんな隠し武器や爆弾を持っていても対処出来ますからね」という答えが返ってきた。

 それは自分達の実力に絶対の自信がなければ決して取る事の出来ない方法だ。まあ確かにこの二人が病気や寿命以外の原因で死ぬケースなど想像も付かないが、それでも万が一という事を考えていないのか? と、危険に満ち溢れた裏の世界で長く生きてきたミナは思う。つくづくこの二人の強さはデタラメだ。

 彼女はそれを嫌と言う程痛感して力無くソファーに座り込んだ。

「……どうしてもその格好で過ごすのが嫌だと言うなら他の懲罰もありますけど?」

「えっ?」

 ショウが思い出したように言う。それを聞いたシンはこの服を脱げるかも、という期待に目を輝かせる。が、数秒でその輝きは失われた。彼に提示された罰則は次のような物だった。



 ○MSと拳銃一つで戦う。

 ○100頭の北極熊と素手で戦う。

 ○メイド服を着て一週間の間過ごす。

 ○ショウのデコピン一発。



 と、4つの内どれか一つを選べという内容で、シンが受けているのは上から3番目の懲罰だという訳だ。

 ちなみに彼が身に付けているオプションの内、モーゼルはオグマが、日本刀はケインが、ウサギの尻尾はニキとミラが、ウサ耳はカチュアとシスが、これは「ネコ耳も良いけど折角目が赤いんだし、ここはやっぱりウサ耳だよね」と、楽しんでいる事を隠そうとももせずに付けた物だった。

 それを見せられたシンは激怒すると、叫んだ。



「あんたって人はぁぁぁぁぁぁ!!!!」 

 

 彼が激怒するのも無理はない。4択などと言っているが実質これは2択、あるいは選択肢など初めから存在しないような物だ。どこの誰が拳銃一つでMSと戦って、あるいは100頭の北極熊と素手で戦って生き延びられると言うのか。そんな疑問が顔に出ていたのだろう、エターナが溜息を吐くと、懐から数枚の写真を撮りだしてシンに手渡した。

「……!! これは……」

 それを見たシンの表情が驚愕に彩られる。

 そこにはショウがMSの残骸に乗って手を高々と上げている姿や、背後に無数の熊の死体を並べて熊ナベを食べている姿が映っていた。

「あ、それ合成や特撮とかは一切やってませんから」

 あっけらかんと言うショウ。シンもこの少年がいい加減な嘘を言うような人間でない事は分かっている。だとするとこれらは現実に彼がやったと言う事に……そう思うと背中に氷柱を突っ込まれた気分になる。この少年は見た目通りの存在ではないと、ようやく彼もその事実を認識した。

「ワシントン条約はどうしたのだ?」

 と、北極熊と戦っている写真を見たミナが聞く。その問いに対してはさしものショウとエターナ、フェニックス部隊の隊長と副隊長もばつの悪そうな笑顔を浮かべた。笑って誤魔化すと、シンに向き直る。

「……じゃあ……このデコピンってのも……」

 不安げにシンが聞く。ショウとエターナはお互い顔を見合わせ、エターナの方が懐から大理石で出来たギレン総帥の胸像を取り出した。それを確認したショウが狙いすましたような正確さで指を弾く。すると、

 ゴッ!!

 鈍い音を立てて大理石の胸像が吹き飛んだ。

 ただ砕いたのではない。とてつもない破壊力で粉砕し、文字通り木っ端微塵に、塵にしてしまったのだ。下手な拳銃にも勝るこの威力。あの像がもし自分の頭だったとしたら……そう思うと、シンの全身から脂汗がどっと噴き出した。



「あんたは一体何なんだぁぁぁぁぁぁ!???」



「何って……ただの傭兵部隊の隊長ですよ」

 ショウはそんな問いを聞かれる事自体心外だという調子で答える。ミナは「ついて行けんよ」という調子でぐったりとソファーに身を預け、エターナはショウの傍らでくすくすと笑っている。

「で、どうします? その処置に文句があるのなら、いつでも北極へ連れて行ってあげますけど?」

 勝利の確信に満ちた笑みを浮かべながら、ショウはそう告げる。結局、シンにはメイド服を着て過ごすしか選択肢はなかったのだ。

 それを認識し、シンはがっくりと肩を落とす。その時、彼の背後でドアが開いた。そこから入ってきたのは、

「お兄ちゃん」

「シン、捜したよ……」

「マユ……それにステラも」

 シンが驚いたように言う。

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 と、注意するショウ。だがその口調は柔らかだった。マユが「すみません」と頭を下げる。シンはそのまま二人に引きずられるようにしてミナの執務室から退室していった。彼等の出ていったドアを眺めながら、エターナが言う。

「……シン・アスカ……”戻れる”と思いますか? 彼は?」

 意味ありげなその質問に、だがショウはにっこりと笑って答えた。

「大丈夫ですよ。きっと……」

 そうして彼は自分の、その小さな両掌に視線を落とす。

「シンさんは、まだ今なら日の当たる場所に戻れる。シンさんの手に付いた血は消えないけど、でもまだ引き返せる。復讐に走り、いずれ全てを喪うには早すぎる……彼には……護るべき人がいるんだから……」

 罪は消えない。たとえどんなに償おうとしても。そもそも償えるような物は罪とは言わない。彼は自分達と違って、何の覚悟も無く戦場に足を踏み入れた。今はまだ分からないだろう、だがいずれは冷静に自分の行いを振り返り、気付くだろう。己の手で他人の人生を断ち切ったという事実に。

 当分は後悔に眠れず、悪夢に目覚める日々が続く筈だ。だがそれでもその罪と向き合い、安易に死に逃げたりせず、それを背負って生きていく事が出来るだけの強さ。それこそが本当の強さ。ショウは彼がそんな強さを持って欲しいと、心から思った。

「そう、ですね……でも、あなたが日の差さない深淵の闇に堕ちようとも、その手を拭い切れぬ血で染めようとも、私達はどこまでも付いていきますよ。この命のある限り、ずっと。地獄の果てまでね……」

 ショウの横に立っていたエターナが言う。ショウはしばらく驚いたように目を丸くしていたが、やがてその手をそっと握り返す。

「ありがとう……先生……」

 戦友として、そして師弟として。確かな絆がそこに在った。





 数分程そうしていただろうか。二人は手を離すと、ようやく立ち直ったミナを交えて、今後の方針を話し合い始めた。

「食料等の物資は報酬に込みであるとして、回せる分はお前達に回そう。他に何か必要な物はあるか? 可能な限り便宜は図りたいと思うが」

 と、ショウ達に対してかなり寛容な態度を見せるミナ。彼女からすればこれはショウ達の能力に対する当然の報酬だし、また今後彼等との関係を有利に持っていく為の布石でもある。勿論ショウもエターナもそれは見抜いており、その上で彼女からの援助は受ける事に決めた。

 武器弾薬、それに燃料は「ネェルDG細胞」という一種の永久機関を持つ自分達なら無限に創り出せるが、食料ばかりはそうは行かない。よって保存食中心にもらえるだけもらう事にしていたのだ。

 そうして他にもいくつかの物資などに関しての交渉があり、それが一区切り付いた辺りで、ミナが尋ねた。

「それで……お前達はこれからどうするのだ?」

 今後の方針を尋ねる。彼女としては出来ればこれからずっと、彼等を自分の元に置いておきたかった。彼等の力はこれからオーブという国家を再建する時、その為の剣として大いに役立ってくれる事は想像に難くない。だが、彼等を自分が御しきれるのか? と考えると、それは無理だと自分の中で回答が出る。

 彼等が今自分の元にいるのは契約だからだ。このアメノミハシラを守りきる事が出来るだけの戦力が整うまでの間、ショウ達が防衛の為に力を貸す事。そしてその代価としてミナはこのアメノミハシラを拠点として彼等に提供する。

 無論それとは別に「契約」を交わせば、ショウ達は受けてくれるだろう。そういう意味ではミナはショウ達の力を利用出来る立場にある。ただそれは彼女に限った事ではなく、彼にコンタクトを取れる全ての物が対象だ。ミナにはそれが分かっている。そして分かっているからこそ、先程彼等に言ったように「どうしてその力が自分の物ではなかったのか」とついつい思ってしまう。

 だが彼女は頭を振り、そんな考えを打ち消した。考えた所で詮無き事。どの道強制など絶対に不可能なのだし……

 彼女の質問にしばらくショウが顎に手を当てた考えていた後、答える。

「そうですね……僕は仕事が入っているからしばらくはまたここを留守にします」

「仕事?」

 聞き返すミナ。ショウは頷くと、懐からコンピューターの端末を取り出して彼女に見せた。そこには”傭兵部隊フェニックス”への仕事の依頼が、50件近くメールとして送られてきている。アンダーグラウンドの中で、更に闇の存在である筈のフェニックス部隊の存在を知る者がこれだけの数いる事に、彼女は少なからず驚いたらしい。顎に手をやって感心したかのように呟く。

「全くどこで調べたのか……蛇の道は蛇と言うが…」

「機密情報というのは流出する物ですよ。ゴキブリはどんなにガードしてもどこかの隙間から家に入ってくる」

 エターナがそうコメントする。ミナも頷き、「成る程、上手い例えだ」と笑う。

「この程度の数の仕事ならショウ一人でも十分でしょう。ショウが任務の為に地上に降りている間、私達はソレイユの改装に取りかかります。施設の使用を許可願えますか? ロンド様」

「……良いだろう」

 虫の良いエターナの申し出に、だが許可を出すミナ。勿論純粋に善意からの事ではなく、ここでソレイユの改装作業を見ていれば、あるいは彼等の持つオーバーテクノジーの一部でも手に入るかも知れない。そんな目論見あっての事である。そしてそこはエターナも気付いている為、両者の間では表面上は穏やかでも、お互い一歩も譲るまいと恐ろしい殺気が漂っていた。強力なニュータイプとして、場の空気にも敏感なショウはそれを感じて怯えている。

「と、とにかく今後の方針は決まりました。行きましょう!!」

 彼はそう言って足早に、殆ど逃げ出すようにしてミナの執務室を飛び出していった。後に残った二人も、この空間に入った者がそれだけで凍死するかのような絶対零度のオーラを身に纏って笑い合っていたが、

「さて、改修作業に入らねば……シンさんにも手伝って頂きましょう」

 やがてエターナが先に目を逸らし、部屋を後にした。

 最後に残ったミナは椅子に体を投げ出すと、天井を仰ぎつつ、一言。

「全く、世界は広い……」

 その数十分後、アメノミハシラより地上へ、一筋の紅き流星が飛び立った。



 同日、地球旗艦パウエル、士官室。

 現在は次なる作戦に移る前の待機時間であり、パイロットは機体の整備を終えた後は体を休めておく為に使う時間だった。そんな時間、あてがわれた部屋の中で明かりすら付けず、『ソードダンサー』シェリル・ルシフェルはモニターに表示されるデータに見入っていた。

 それは地球連合の中でも最高機密に属する部類のデータで、如何にアズラエルとのコネがあろうと一介の尉官に過ぎない彼女が見る事の出来るような物ではなく、ハッキングによる無断閲覧だった。それは『未確認MS部隊との交戦記録』と銘打たれ、アラスカやオーブ、その他世界各地で確認されたあの謎のMS部隊の映像や、外部から窺い知る事の出来るデータの推測値などが記録されている。

『……白い翼の装甲に使用されている金属………既存の技術では再現不可能な強度、軽量……動力についても不明な部分が多い……』

 だがそれらの推測値などは現在の技術では考えられない、それこそ夢のような超技術の産物かと思いたくなるようなデタラメな数値や、あるいは解析不能といった表示が出ている部分も多く、これではあのMS部隊がパイロットも含めて想像を絶する戦力を持っている事が再認識出来るだけ。それが彼女の感想だった。

「…ふう……」

 シェリルは体を椅子に預けると、眼鏡を外し、眉間の部分をもみほぐした。





 時を同じくして、ザフト軍カーペンタリア基地。そこでも同じデータに見入っている者が一人いた。

 シェリルの宿敵にして、ザフト軍最強と謳われるパイロット、『黄金の戦神』マルス・エスパーダ。彼の部屋のモニターにも、シェリルが見ている物と同じく、ザフトが入手した”謎のMS部隊”に関するデータが表示されている。ちなみに彼はハッキングなどはせず、特務隊としての権限を使って堂々と閲覧している。

 表示される中には、アラスカでたった10機そこらの戦力でザフト軍の攻勢を抑えているMSの映像や、それとは別に、10機のジンを歯牙にもかけずに吹き飛ばす漆黒の巨大MSの映像があった。

 確かにこれらのMSの攻撃力・防御力・機動性。どれ一つ取っても恐るべき物で、最大級の警戒に値する。が、しかし。それ以上に自らを戦慄させる物を映像越しにとは言え、彼は確かに感じ取っていた。

『敵を視界に収めてからの反応が異様なまでに早い……いや寧ろ、見える前に動いている……?』

 それは最上級のパイロットである彼やシェリルクラスにしか分からず、他の者であれば”見事な戦い振り”で流してしまうだろう。そんな微妙な変化だが、それでも映像の中のMSの動きは異常だった。敵の動きを視認してから回避行動、あるいは反撃に移るまでの時間が異様なまでに短い。それこそ見える前に感じているとしか思えない程に。

 それが1回やそこらなら、まだまぐれの一言で片づける事も出来るだろう。だが画面に表示されているMS等は、そんな動きを何十回と平然と繰り返している。偶然と言うにはあまりにも重なりすぎている。特にその反応速度の速さに関して、紅い翼を持つMSや漆黒の巨大MSはそれが顕著だった。

「……予知能力者でも乗っているのか? あのMSには」

 冗談めかして呟くマルス。だが決して冗談の一言では済まないだけの戦闘力をあのMSのパイロットが持っている。それだけが事実として、彼の頭にインプットされた。





「ショウ・ルスカ……」

 シェリルが呟いた。あの少年と自分は一度はクライアントと傭兵として、共に戦った戦友であり、次に出会った時は敵同士として戦場に在った。あの底知れぬプレッシャーは機体の装甲越しでも間違えようがない。オーブで遭遇したあの紅い四枚翼のMS、あれに乗っていたのは間違いなくショウだ。

「この力……未だに底が見えない………ザフトの全軍で相手しても……勝てるかどうか……」

 モニターに繰り返しリプレイされる映像を眺めながら、マルスが呟いた。モニターにはオーブでグローリィのカメラで撮った、地球軍の新鋭機2機を相手に終始圧倒的な戦いを繰り広げる紅い四枚翼のMSが映っている。それと戦っている地球軍の新型機の能力は決して低い物ではない、寧ろ自分でも簡単には相手出来ない程であると思う。

 しかしその2機を圧倒していながらも、紅いMSは未だにその力の片鱗しか見せていないような、そんな悪寒に彼は囚われた。今彼の口をついて出た言葉は彼自身馬鹿馬鹿しいとは思いながらも否定出来ない、そんな不安の発露でもあった。

「……あなたが支配や殺戮を望む人間ではない事は知っています……」

 シェリルは手元にある、ショウと一緒に写した写真を見詰めながら、言った。

「……だが望むと望まざるに関わらず、かくの如き結果を実現するだけの力がある。それが問題なのだ……」

 マルスはそう言いつつ、モニターのスイッチを切った。明かりが消え、部屋は闇に包まれる。

「最強の力を持つ者がどこの勢力にも属さずに世界を徘徊する……それは野心を持つ事と同義なのです……」

「その存在が、調和を乱す」

 互いに遠く離れた地で、二人のパイロットは同じ相手を見据え、静かに言葉を紡いでゆく。まるでそうする事によって己の中の迷い、あるいは恐れ。そういった感情を封じ込めようとするかのように。

 彼等は知っている。自分達の言う調和も、所詮は自分達の属する勢力の掲げる調和であり、敵対する勢力を全て駆逐しその調和が為されたとしても、その先にあるのがそれ程までに素晴らしい世界では有り得ないだろう事を。だがそれでも、混沌の渦巻く今の世界よりはましだと信じているから、だから戦える。

 そしてあのMS部隊。彼等には自分達に明確に敵対する意志は無いのかも知れない。だが味方に成り得ないのならば敵にだって成り得る。そういう意味で彼等はこの世界の不確定要素だと言う事も出来るだろう。そして疑わしきは罰し、不確定な因子は極力排除する。それが戦いで生き残る為の鉄則だ。

 地球連合とプラント。所属する勢力は違い、またそれ故に意思の疎通が全くの皆無であっても、二人の意見は一致していた。全ては自分達が信じる未来と理想の為に。今自分達に敵意が無いとしてもいずれ僅かでも敵となる可能性がある以上、放っておく事は出来ない。

 シェリルとマルス。二人は心を決めた。

 今の自分達に彼等を討つ力は無い。だがいずれ、どんな手段を使ったとしても必ず……

「あの力……野放しにしておくには……」

「余りに危険すぎる……」





TO BE CONTINUED..


感想
シェリルとマルスはショウたちを潰す事にしたようですね。ソレイユは宇宙ですが、手段を選ばないなら核でも何でも使って破壊しにかかるのか、それとも共通の敵を前に両者が手を組むのか。ショウたちは少し力を見せすぎたというところですね。