「いやいや、流石ですね。オーブでは散々だったけど、『ソードダンサー』の力、未だに健在といった所かな?」

 アズラエルは軍の車両に揺られながら、戦禍の跡も生々しいビクトリア基地をまるで物見遊山のように眺めつつ、自分の後ろの座席に座る女性、シェリルに言った。シェリルは無言で、ただ静かに目を伏せて頷いただけだった。

 オーブを制圧した後、地球軍は急いで部隊を再編し、ザフト最大の地上拠点の一つ、ビクトリア基地の制圧、及び現状の最重要課題であるマスドライバーの奪取に成功していた。パナマ基地を落とされて以来、どこの物でも良いからマスドライバーを手に入れる事は連合にとっては死活問題だった。

 地上から食料等の補給物資を送る事が出来なければ月基地は早々に干上がり、連合は宇宙における拠点を失う事になり、そうなれば宇宙での覇権は完全にザフト側に握られる事になってしまう。連合側としてはそれは何としてでも避けねばならない事態であった。

「ルシフェル大尉の部隊の活躍も流石だが、やはりストライクダガーはよい機体ですな。オーブでのアズラエル様が苦戦なさったのは、お伺いした未知の機体によるものでしょう」

 と、アズラエルの横の席に座っていたサザーランド大佐が言う。アズラエルも適当に相鎚を打つ。

 サザーランドの言葉には、言外にシェリルへの非難が入っていた。現在、地球軍上層部、特に実際的な権力を持つ者はその殆どが熱烈なブルーコスモスのシンパ、とりわけ強硬派の者が占めており、彼女の上司であるサザーランドも例外無くその部類に入る。

 そんな彼にとって如何に同じブルーコスモスとは言え穏健派、つまり新たなコーディネイターの誕生のみを阻止し、現時点でこの世界に存在しているコーディネイターの権利や財産は認め、穏やかにナチュラルへと回帰していこう等と言っている連中の筆頭であるシェリルの存在は、ある意味では敵である”コーディネイター”以上に忌々しい物であった。加えて彼女が自分の部隊にコーディネイターである”ソキウス”を3名引き入れ、なおかつその部隊が功績を挙げている事も腹立たしい。サザーランドにとってはコーディネイターは在ってはならぬ物、排除されるべき対象でしかなかった。

 が、シェリルの部隊が挙げている戦績が無視出来ないレベルである事も事実で、流石にそれを感情一つで解散させる程、彼は愚かではない。また無闇に過酷な戦場へ送り込み、彼女程のパイロットを失うのもまた愚か。結果としてこうして口で皮肉を言うのが関の山、というのが現状なのである。尤もシェリルはそんな物は気にも留めてはいないのだが。

「しかし、オーブとあのMS部隊が、まさか関わりがあったとはねぇ」

「上手く立ち回って甘い汁でも吸おうとしていたのでしょう。卑怯な国です」

 馬鹿にしたように鼻を鳴らすサザーランド。それを見ていてシェリルは哀しくなってきた。今の地球軍はここまで堕ちているのだろうか? と。サザーランドの物言いは、いやアズラエルもそうだがオーブとて地球の一国家である以上自分達に従うのは当然、という傲慢極まりない物だ。彼等は他者の意志を認めず、そもそも自分達以外の考え方が存在する事自体考えていない。

 そこまで考えた所で、シェリルは心の中で、そう考えていた自分自身を嘲笑った。

 それは自分が考えて良い事ではない。オーブを攻めたあの戦いに、確かに自分も加わっていたのだから。その時点で彼等と自分は同罪。自分にはそんな事を考える資格は勿論、誰かにそれを語る資格もない。

「で、あの機体、手に入れられるかな?」

 そう言うと、アズラエルは体を乗り出して、後ろに座るシェリルを見た。

「……理事がお望みであれば私の一命を賭して。その為に、私も共に宇宙へ?」

 と、控えめな答えを返してアズラエルに問い返すシェリル。アズラエルは「勿論」と頷く。

「あの部隊のせいで折角の玩具を、一つ壊されてしまったからね。彼等には与えた物に倍するだけの物を返してもらわなくちゃ」

 アズラエルはオーブ戦の折、撃破されたカラミティの事を言っているのだ。シェリルは再び無言で頷く。彼等を放ってはおけないというのは彼女もアズラエルと同じ認識だった。ただアズラエルはあのMSを自軍の戦力に組み込む事を考えているようだが、シェリルは完全なる武装解除、その上での殲滅を考えている。そこだけが違っていた。

 そんな話をしている間に、車は目的としている場所に着いた。アズラエルとサザーランド、それにシェリルが降りると、そこには奪還したばかりのマスドライバーにシャトルが一機、発進の準備を整えていた。彼等はこれに乗って宇宙へと上がるのである。

 そのシャトルのタラップを上りながら、アズラエルは自分に続いて上ってくるシェリルに言う。

「しかし、オーブでの君の戦闘記録を見たけど、とんでもないねコーディネイターってヤツは」

「は………」

 その言葉を受けて曖昧な返事を返すシェリル。構わずにアズラエルは続ける。

「まさかディンで君が乗ったフューネラルと互角に渡り合うなんてねぇ。やっぱりあんな危険な化け物はちゃんと閉じこめておくか繋いでおくかしないと……僕達は弱い生き物なんだからさ……」

「彼等はコーディネイターではありません……」

「え……?」

 何を言っているのだ? という表情で振り向くアズラエル。シェリルは無表情で頷く。

「根拠がある訳ではありませんが……彼等はコーディネイターではないのです。戦った私が、感じました……彼等にはコーディネイターには無い物を感じます……」

「コーディネイターに無い物………?」

「はい、それが何かと、具体的に言葉では言えぬのですが……」

 言葉を濁すシェリル。その言葉通り彼女自身、何がどうコーディネイターと違うのかと、そう問われれば説明に困るような漠然とした違い。だが確かにコーディネイターと違う何か。それをシェリルは戦いの中、対峙したディンや翼を持つ紅いMSとの間に感じていた。

 そして以前、そんな感覚を身近に感じていた時期があった。

『ショウ………』

 アークエンジェルに乗って戦っていた時、ストライクを任せていたあの傭兵の少年。彼と共にいた時に感じていたのと同じ物を、彼女はあのMSと対峙した時に感じていた。一つにはショウ自身が乗っていたであろうからそれは当然であろうが、ならばディンの方は。

『あのディンにも、正確にはあのパイロットに彼と同じ物を感じました……では……ショウと同じ存在が乗っているというのですか……?』

 思考を続けるシェリル。そんな彼女をアズラエルの声が現実に戻す。

「じゃあ一体何が乗っているって言うんです? あれには」

「……分かりません。ですが……少なくともそれが”人間”である事は、確かだと思います」

 その言葉の響きに微かな皮肉を含ませ、シェリルは答えた。ブルーコスモス、特に強硬派の定義ではコーディネイターは”化け物”であって”人間”ではない。その所をシェリルは我知らず強調した訳だが、アズラエルはそれに気付かず、「ふうん……」と頷いただけだった。

 そうしている間に発進時間となり、二人に加えてシャニやクロト、それにソキウス達といったパイロット達、その他随員を乗せたシャトルはマスドライバーによって宇宙、月基地へと打ち上げられた。



OPERATION,32 強襲 



 その頃、ザフト軍地上最大の拠点カーペンタリア基地。その格納庫では2機のMSの前にちょっとした人だかりが出来ていた。

「こいつら本国から無補給で来たって? 凄いな」

「早く量産されねぇかな。俺も乗りてぇよ」

 と、パイロットから整備班まで格納庫に並ぶ2機、ジャスティスとグローリィを見ている。この2機のMSならばきっとこの戦争に勝てる。根拠などは何もないが、見る物にそんな幻想を抱かせるだけの威容が、その2機にはあった。

 そんな喧噪からやや離れた所で、そのMSのパイロット、アスランとマルスが話していた。

「すまなかったなアスラン、オーブでは私の一存で付き合わせてしまって」

「いえ、隊長の判断は的確だったと思います。私も幾度か足つきと交戦して、その中で『ソードダンサー』の力は身に染みる程味わいましたから。機会があればあれを討とうというのは正しい姿勢だと、特務隊の隊員として私はそう思います」

 そう、マルスの謝罪の言葉に対してアスランは返答する。オーブでの戦いは、あれは確かにマルスの独断による物だった。同じ特務隊であるアスランは彼の行動に、如何に要請があったとは言え従う義務は無く、あのまま無視してカーペンタリアへ向かうという選択肢もあったのだが……アスランはそれをしなかった。何故そうしなかったのかは彼自身分からない事ではあるのだが、あるいはそれはこのマルス・エスパーダという人が、あの時私心を持たずに行動したからかも知れないとアスランは思っていた。

 もしあの時、マルスが『ソードダンサー』と決着を付けるとか、そういう理由で行動したのであれば彼は付いていく事はしなかっただろう。

 だがあの時マルスは、純粋に『ソードダンサー』によって流される同胞の血を一滴でも少なくする為に行動した。だからこそ、自分も付いていったのかも知れない。と、アスランはそう思っておく事にした。

 そのマルスが彼の方を振り向き、言った。

「アスラン、ただ今を以て私の権限でザラ議長より承った任務、フリーダムの捜索は打ち切る」

「えっ!! 何故!!」

 突然の彼の決定にアスランは思わず驚愕と抗議の声を上げる。が、マルスは冷静に返した。

「お前もオーブで見ただろう。たった数機で局地的にとは言え地球軍の物量を押し返していたあのMS部隊を。あの戦力は、私に言わせれば核どころの騒ぎではない。あれらのMSを発見し、回収あるいは破壊する事が先決だと判断した」

「核をも凌ぐって……そんな」

「大袈裟なだとでも言うのか? 核ミサイルなら弾幕を張って撃ち落とせばそれで済む。だがアスラン、仮にお前がジャスティスに乗っていたとしても、お前にあのMS部隊のどれか一機でも落とす自信があるか?」

 その問いを返されて、アスランは「うっ」と言葉に詰まる。

 オーブでアスランも、戦いの中で連合の物ともザフトの物とも、そしてオーブの物とも違う多種多様なフォルムを持つMSが猛戦していた様を見ている。その戦い振りはまさに鬼神の如くであり、戦術の初歩として「戦いは数」と教えられていたアスランは、それまで誇張されて生み出された”寓話”の中にしか存在し得ないものだと思っていた「一騎当千」という言葉を、目の当たりにしたように思えたものだ。

 幸い彼等は自分達に対して攻撃する意志を持たないようであったから互いに無視、という形であの戦場ではやり過ごす事が出来たが、だがあれがもし敵として立ちはだかっていたら。そう思うと、アスランは背筋が寒くなる感覚を覚えた。同時にマルスの懸念も理解出来る。

 あの戦力がもしプラントに対して向けられたら……

 マルスはそれを恐れているのだ。

 アスランにもそれが理解出来た。取り敢えずの納得を得る事が出来たと見て、マルスは続ける。

「あの部隊はオーブを監視していたクルーゼの隊の報告では宇宙へと脱出したようだ。だから私達の方も宇宙へ上がらねばだが……シャトルの手配はこの時期だから早くても明日になるだろう。その間、お前はイザークやディアッカ、ニコルにでも会ってきたらどうだ? 彼等もこの基地に来ているらしいし」

「はっ、ありがとうございます!!」

 彼のその気遣いに、アスランは敬礼で返した。





「アスラン!! 久し振りです。元気そうで何よりです」

「フン、貴様が特務隊とはな………」

「本国ではストライクを討った英雄として有名らしいじゃん。女の子にも不自由しないだろ、今度俺にも一人紹介してくれない?」

 と、久し振りに出逢った戦友達はそれぞれ彼等らしい言葉でアスランの無事を喜び、またアスランも彼等にそれぞれ言葉を返す。

 そうしてちょうど昼飯時であったので食事を摂りつつ、旧交を温めていたその時だった。

「うっ!!」

 ちょっとトイレに立とうとしたアスランが、途端に腹部を押さえてうずくまってしまったのである。

「!! おいどうしたアスラン!!」

「アスラン大丈夫ですか? しっかりして下さい!!」

「歩けるかい? 医務室まで……」

 慌てる3人。だがアスランは震える声で、「大丈夫だ。ちょっと最近胃の調子が悪くて……」とそう返すと、懐から錠剤の詰まった瓶を取り出すと蓋を開け、その中身をざらざらと50錠ばかり飲み込み、その後水を飲んで流し込んだ。ニコルが机に置いたその瓶を見ると………

「蝶・強力胃腸薬……? アスランあなた……」

「何々……『体に障る恐れがありますので一回の服用は多くても10錠に留めて下さい』……大丈夫なのかよ、そんなに飲んで……」

 と、瓶をニコルから奪い取り、注意書きを読み終えたディアッカが心配そうな口調で言う。「毒と薬は紙一重」という言葉があるように、過剰に摂取すると薬といえども逆に体にとって害となる事もあるのだ。だが逆に言うと、今のアスランはそのぐらい無茶に薬を服用しなければならないような状態であるとも言える。

 薬が効いてきたのか小康状態になったアスランは、力無く椅子に座り直した。そのアスランを睨むように見据えて、イザークが言う。

「あー………アスラン? 言いにくいんだが……貴様、最後に会った時より額が広がってないか………?」

「……そう言えば何となく顔色も悪いような……?」

 アスランは戦友達の心配そうな視線に、微笑んで返した。





 同じ頃、カーペンタリア基地のとある一室では。

「あー、ボブ? 私、マルスだ。元気にしているか? 早速で悪いが、腕利きの諜報員を100人ぐらい貸して欲しいんだが……」

 電話片手に、マルスが話していた。会話の内容から察するに、どうやら相手はザフトの情報部の者らしい。最初は穏やかな声と口調のマルスであったが、話が進むに連れて徐々にそれらが熱を帯びてくる。

「そんなに長い期間借りようとは思っていない!! ああ、今は忙しい時期である事は分かっている。それを承知の上で頼んでいるのだ!! 何? そこを何とか頼むよボブ、長い付き合いじゃないか!! いや、ああそうだ。内容は話せないが重要な任務だ。そう、ああ、それでは頼んだぞ!! 恩に着る!!」

 と、こんな調子で交渉していた。口振りからするにどうやら今回の交渉は彼に有利な条件でまとまったようである。彼は一息吐くと、傍らに置いてあった眠気覚ましの栄養ドリンクを一気に飲み干し、殻になった瓶をゴミ箱に捨てる。ゴミ箱は既に同じ銘柄の瓶で一杯になっていた。ちなみにこの眠気覚ましも一日一本が限度とされている。

 眠気が飛んだ所で別の電話番号へとかける。今度の相手は……

「あー、リチャード? 私だ。早速で悪いが今本国でロールアウトした新型機、ゲイツだったか? それを40機程私の部隊に回して欲しいのだが……そんな無茶は出来ないだと? そっちがそう来るなら私とてお前の古傷をプラントのネットワークに公開してもいいんだがな……………ああ、15機と、それにシグーが10機か。まああれはまだ数が揃っていないらしいからな。よろしい、その数で妥協しよう。それではよろしく頼む」

 と、今度はがっぷり四つで交渉していた先程とは違い、何やら脅迫じみた言葉を並べて承知させた。

 ちなみに今回の交渉で、彼は最初から40機のゲイツを回してもらう気など無く、20機も回してくれれば万々歳と考えていたので、15機という数はまあ最高とは言えないが概ね満足の行く数字と言える。最初に言った40機というのは交渉を有利に進める為のブラフだったのだ。

 そうして取り敢えず各所との交渉を終えたマルスは椅子にもたれかかるように深く腰を下ろすと、またしても眠気覚ましのドリンクの蓋を開けた。今日はこれで30本目になる。それを飲みながら、彼は今後の行動について思考を巡らせ始めた。

『諜報員が100人もいれば、奴等の足取りを掴むのにはそれ程の時間がかからない筈……だがゲイツを回してもらうにしても使えるパイロットがもう少なくなっている事だし、まずはあちこちの部隊から見込みのある奴を引き抜いてきて、そいつ等を使えるようになるまで仕込むのに……二月はかかるか……』

 彼はオーブで遭遇したMS部隊に対しての対策を練る。諜報員もゲイツも、全てはあの部隊を殲滅する為の物だ。

 新型機15機というのはあれを相手とするには正直戦力として不安だが、だがそれは現状都合を付ける事が出来るギリギリのラインだとも言えた。ただでさえオペレーション・スピットブレイクの失敗、ビクトリア基地の陥落など、最近の情勢はザフトにとってお世辞にも良いとは言えない。と言うか正直厳しい。そんな中で新型機は不足しがちな戦力を補う為にどこの部隊も喉から手が出る程欲しがっており、流石のマルスにもそれだけの数を揃えるのが限界だったのだ。

 加えて彼の頭を悩ませているのは、パイロットの質の低下である。

 既にこの戦争は長期化し、それに伴って腕利きのパイロットと呼べる者は戦死、あるいは負傷によって第一線から退くなどしてかなり少なくなってきている。

 本国に残っている者が彼に伝えてきたニュースでは近々、ザラ議長は14歳となったプラント市民に対して兵役を課す法案を施行しようとしているらしい。

 本来ザフトとは義勇兵によって構成される軍隊であり、このような法案が評議会を通る事自体、人材の払底を如実に示している事に他ならなかった。

 ゼロから新兵を仕込むのは流石に時間がかかりすぎるので、マルスはあちこちの部隊に掛け合って見込みのある者をスカウトせねばならなかった。如何に新型機を集める事が出来たとしても、肝心のパイロットの方がそれを乗りこなせねば意味がない。

 まあ質に関わらず数を集めるだけなら簡単だが、あの部隊を相手に徒に大勢で攻めた所で片っ端から撃ち落とされるのがオチだろうとマルスは見ている。戦争に犠牲は付き物だが、だがだからと言って絶対に死ぬと分かっている任務に部下を送り出して良いと言う訳ではない。命を賭ける事と無駄死にすると分かっている修羅場に飛び込むのとは正反対の事だ。マルスもそれを分かっている。故に彼はそれなりの実力を持つ者を選び出し、更に鍛え上げなければならない。

 そうした条件を十分に吟味した上で、彼の頭の中で出た結論は、

「あの部隊の討伐、と口で言うのは簡単だが……実行するには時間が必要だな……」

 だった。「虎の尾を踏む」という言葉があるが、マルスからすればあの部隊は虎などという可愛い物では有り得ない。三つ首の竜だ。下手に動いて触れようものならその何倍もの力による反撃が返ってくる。だからこそ、彼は慎重にならざるを得なかった。

 入念に準備を整え、必ず勝てると確信した時。その時こそ自分達が動く時だ。彼はそう自分に言い聞かせる。と、その時、手元にあった電話が鳴った。マルスはその受話器を取る。

「私だ。何かあったのか………?」

 更に思考を進めようとしていた所を中断された為かやや面倒臭そうに応対するが、話を聞いていく内に彼の表情は変わっていく。

「………何だと!?」

 その話を最後まで聞き終えた時、その表情は驚愕に彩られた。

「ああ……ではそちらでも”奴”が帰ってきたら絶対に私が戻るまでどこへも行かせないでくれ。私も急いで本国へと戻る…」

 そう言って彼は受話器を置いた。その顔には先程までの驚きは既に消え、今は怒りが取って代わっている。

「あの狂犬め……馬鹿な真似を………」





「ああ……とにかく隊長は確かに一緒にいると気苦労も多いけど、だが立派な方だ。あの人は本当にプラントの事を思い、この戦争による犠牲を一人でも少なくする為に戦っていらっしゃる」

 食堂ではアスランが、彼と共に極秘任務を受けて地球までやって来たマルスの事について、イザーク達3人と話していた。

「けど、あの人いつもむっつりでさあ……」

「「「!!!」」」

 と、コメントするディアッカ。それを聞いていた3人の表情が引きつる。

「伝説の英雄ってのは分かるけど、あれじゃあ女っ気ってもんが無くない? その点俺なんか……ん? どうした?」

「ディアッカ、後ろ……」

 震えながら言うニコル。それを受けてディアッカが振り向くと、そこには、

「げっ………」

 たった今自分が話題に上らせていた、マルスその人が厳しい表情で立っていた。ディアッカは顔面蒼白になる。彼の頭の中では既に、『ディアッカ・エルスマン、享年17歳、星空とグゥレイトが似合う男でした』と辞世の句めいたナレーションが流れている。だが当のマルス本人はそんなディアッカに構わず、アスランに言った。

「アスラン、すまないが予定は変更だ。これからシャトルで本国へと戻るぞ」

「ですがシャトルが取れるのは早くて明日だと……」

「事態が変わり、一刻も早く本国へと帰還せねばならなくなったのだ。一人の馬鹿が暴走してな………その為に無理を言ってシャトルを取った」

 アスランの問いにそう、簡潔にマルスは答える。

「出発は一時間後だ。急いで準備を整えてくれ」

 そう言って彼は颯爽と去っていく。アスランもまた再び痛み出した胃を押さえつつ、彼の後を追っていく。後に残された3人は、

「なあ……」

「え?」

「特務隊ってのも大変なんだな……」

「ああ……そうだな……」

 こんなやり取りを、交わしていたとかいなかったとか。



「メンデル……ユーレン・ヒビキ……当時の遺伝子工学の権威であり、主な研究としてはコーディネイターの潜在能力の更なる向上についての物が挙げられ……いくつかの研究成果を残す。だがC.E55、当時のブルーコスモスの襲撃によって死亡………」

 同じ頃、オーブを脱出したクサナギとアークエンジェルは、ひとまずの拠点としてL4コロニー、メンデルを目指していた。そのアークエンジェルの一室では、キラが難しい顔でモニターと睨めっこをしている。

 彼の頭を繰り返しよぎるのは、オーブで出逢った自分と酷似した容貌を持つ少年、カナードが残した言葉。

『俺はお前の影だ』

『メンデル……ユーレン・ヒビキ……この言葉を辿れ……その先に、真実がある……』

 そしてその言葉と、クサナギを離れる際にカガリから見せてもらった写真。

 その写真はオーブを脱出する時にカガリがウズミから受け取った物で、そこには茶髪の美しい女性が二人の赤ん坊を抱いて写っていた。その写真の裏には「キラとカガリ」と書かれている。その写真に写っていた女性は、自然に考えるならその二人の赤ん坊の母親であり、キラとカガリというのは彼女が抱いている二人の赤ん坊の事だろう。よくよく見れば髪の色など、どことなく今の二人の面影もあるように思える。

 だがその二人を抱いている彼女はキラとカガリ、どちらの母親でもない。

 つまり……今の両親は自分の本当の親ではない?

 キラの頭脳はそう結論を出し、またそれとは別に直感的な部分でカナードの言葉とこの写真とは関係がある、という事を感じ取っていた。無論根拠は何もないが。

 非論理的ではあるが、彼はそんな漠然とした想いから、ネットワークに残されているメンデルやユーレン・ヒビキという人物についての情報を調べていたのである。だが今の所見るべき情報は皆無。悶々としていたその時、彼の部屋のドアが開いた。

「? ロックしておいた筈なのに……」

「電子ロックで私を阻もうなんて甘いわ。蜂蜜のように甘いわ!!」

 開いたそこには、現在のキラの乗機であるクレイオスの設計者、エレンがいた。彼女はずけずけとキラの部屋に入ってくる。キラが「どうしてここに?」と尋ねると、エレンは答えた。何でも彼女はカガリから、キラの様子を見てきてくれと遠回しに頼まれたらしい。

「で? 何か考え込んでるみたいだけどどうかしたの?」

 と、エレン。

「実は……」

 キラが事情を説明する。それを聞き終えた彼女は、いつもの快活な笑顔から一転、厳しい表情をその顔に浮かべる。

 彼女は数分程考えていたようであったが、やがて思い立ったようにキラの代わりにデスクにつくと、凄まじい速さでキーボードを叩き始めた。その速さたるやキラなど比べものにならない。何せ速すぎて肘から先が見えない程である。そうしてその見えないタイピングが数分程続いた後、エレンはキーボードから手を離した。モニターには「HIBIKI」という文字が表示されている。

 キラは驚いたようにエレンを見るが、彼女はこの程度驚くような事ではないと言うように、その頭を振った。

「メンデルの事については私も少しなら知っているわ。以前はあそこで研究をしていた事もあったから……」

 簡単に言うが、その内容にキラは驚きを隠せない。メンデルはバイオハザードが発生し多数の死者を出す以前は遺伝子研究が盛んに行われていたコロニーであるとは聞いた事があるが、そのバイオハザードが発生したのがC.E68、約3年前である。そしてエレンはナチュラルであり、外見年齢は多く見積もっても14歳ぐらい。一体いつから研究に携わっていたんだとキラが聞くが、

「7歳の頃からだけどそれがどうかしたの?」

 と、あっけらかんとした返答が返ってきた。コーディネイターでなくとも凄い人はいるものだ、と少なからず彼は感心する。そんなキラにエレンは難しい表情のまま、言った。

「それより忠告だけど、その先にある物は、見ない方が良いよ」

 通常よりも一オクターブほど低い声だ。それだけで、キラには事の重要性が伝わってきた。エレンは更に続ける。

「あなたはきっと幸せに育ってきたのだろうし、この戦いが終われば日常に戻って、また幸せに生きる事が出来る人だと思う。あなたは……世の中と人間を善い物だと信じてる、そんな眼をしてる。だから、見ない方が良い。見ればきっと、今までのあなたではいられなくなるだろうから…………私自身、人間がこれ程醜くなれるなんて知らなかったからね……」

 最後の言葉だけは聞き取れない程の小声だった。

「入口までは私が案内した。その先にある物を見ても、何も善い事なんて無い。それでも扉を開けてその先にある物を見るか、扉を開けずに引き返すか。それはあなた自身が決めなさい。ただ……どちらを選択するにしても、ようく考えて決める事ね。私からはそれだけ………」

 それだけ言うと、エレンは退室していった。

 キラは彼女の言葉が何を意味するのか。それを考えながら、「HIBIKI」と表示されたモニターを睨み続けていた。



「王手」

「うっ。ま……」

「待ったは無しでござるよ。ニキ殿」

 アメノミハシラに停泊中のソレイユ。その娯楽室では、フェニックス部隊のメンバーであるニキとケインが将棋に興じていた。ケインがごろりと畳に寝転がって、表情もリラックスして打っているのに対して、ニキは正座しつつ、難しい顔で盤面を睨んでいる。どうやら形勢はケインの方が有利なようだ。

 彼等フェニックス部隊の現時点の任務はアメノミハシラの防衛であり、それも敵が攻めても来ない現状では彼等は暇を持て余し、無為に時を過ごす喜びを満喫している状態であった。これは彼等だけに限った事ではなく、オペレーターであるミラはセトナをアシスタントに通信士の席で同人誌の原稿を描いているし、ユリウスは自室で研究に没頭している。

 隊長であるショウは現在地球で任務を遂行中であり、副長のエターナは罰則期間の真っ最中である事を良い事にシンをこき使い、ソレイユの改装に取り掛かっている。カナードとステラもそれを手伝っている。

 他の者はと言うと。





 パン、パン、パン!!

 艦内のシューティングレンジには火薬の匂いで満たされ、発砲音が鳴り響いている。今ここで訓練しているのはオグマとスティング、それにアウルの3人であった。オグマはデザートイーグル、スティングはソーコム、アウルはM19A1で、15メートル先の的へ向かって射撃訓練にいそしんでいた。

 エクステンデッドであるスティングとアウルもかなりの命中率があるが、その二人の腕前ですらオグマの前では霞んでしまう。

 銃という物は思った以上に当たりにくい。特に拳銃だと、十分な訓練を積んだ者でも狙って当てられるのは10メートルそこそこだと言われている。が、オグマはそれ以上の距離でありながら百発百中の命中精度を誇っていた。しかも通称ハンドキャノンとも呼ばれるデザートイーグルを、片手で扱っている。常人が同じ真似をしようとするなら肩が抜けてしまうのがオチだ。そんな離れ業を平然と成し遂げてしまう辺り、彼もまたフェニックス部隊の一員なのだと、スティングとアウルは感じる。

「いいか、残弾数を体に覚えさせるのだ。戦場では一瞬一瞬が生死を分ける。引き金を引いて弾が出なくても、敵は待ってくれんからな」

 自分も訓練しつつ、オグマは教え子達へのアドバイスも忘れない。スティングもアウルもそれを聞きつつ、順調にメニューを消化していく。





「ねえシス………」

「何……」

 カチュアとシスは自室で、シスはベッドに寝転がりながら本を読んで、カチュアは以前ショウからプレゼントされたテディベアにリボンを付けている。二人とも己の作業を続けながら、お互いを見ようとせずに話す。

「私達って、これからどうするんだろうね……」

「これから?」

「今は戦争中だから傭兵としての仕事もいっぱいあるけど、いずれ戦争は終わる。そしたら傭兵を続けていくのは難しくなるんじゃない?」

 と、カチュア。シスはルームメイトのそんな言葉に少し驚いたように、本から目を離した。

「珍しいわね。あなたがそんな事を言うなんて」

 茶化すように言うが、だがカチュアの言っている事も重要な事だ。傭兵なんて仕事はいつまでも続けていく事は出来ない。だからいずれは引退して隠居するなり別の仕事を探すなりしなければならない。そうした事に、彼女も時々思いを馳せる事はあった。

 既にこの数ヶ月の間にこなしてきた数多くの仕事の報酬で、自分達が一生何不自由なく暮らせるだけのお金が手元にある。だから戦いが終われば全ての力を手放して、のんびりとみんなで暮らすというのも悪くはないだろうな、と思う。

「今度、ショウにその話をしてみようかしら……」

 と、シス。その意見にカチュアも笑って頷いた。

 どんな道を選ぶにしろ、自分達はショウと共に生きていく。それだけは変わらない事だと、二人は思う。これまでずっとそうだったように、きっとこれからも。二人は笑って話を切ると、再びそれぞれの作業に戻ろうとする、その時!!

 ヴィーッ!! ヴィーッ!!

 艦内に警報音が鳴り響いた。

「「「「!!」」」」

 それを聞いた全員の動きは速かった。速やかに自分達のしていた作業を中断すると、ブリッジクルーはブリッジに、パイロットはそれぞれの乗機の下へと5分以内に到着し、戦闘態勢を整えた。





 時を同じくしてアメノミハシラの司令室では、ミナが警報を聞いて入室してきた。オペレーターに尋ねる。

「敵は何機だ? ザフトか、それとも連合か」

 尋ねられたオペレーターはすぐさまデータベースを参照し、数秒後に驚いた声を上げた。

「ロンド様、接近中の機体は1機、ですがデータには該当する機種がありません」

「新型か………?」

 その報告を受けて、ミナの頭にそんな考えが浮かぶ。そしてその考えは、次の報告でより確固とした物になった。

「ロンド様、接近中の機体は異様な程のハイスピードです。こんなスピードが出るMSやMAは存在しません!! いやデータにありません」

「目標、光学映像出ます」

 別のオペレーターがそう言い、正面のモニターに画像が表示される。そこに映し出されたシルエットに、その異様さに、思わずミナは息を呑んだ。

「!! ……この機体は……!?」





TO BE CONTINUED..


感想
ヴィクトリアが陥落ですか。連合軍も結構頑張りますね。ザフトはザフトで忙しそうですが、シェリルとマルスは無事にフェニックス隊を押さえ込む事が出来るのでしょうか。それともただでさえ少ない戦力をすり減らして更に混沌とした状況を招くのか。そして最後に出てきたのはMSがオプションだろと突っ込みたくなる某MAモドキでしょうかね。