「!! あれは………ソキウス、ここで止まりなさい」

 シェリルが出したその指示に従い、フューネラルの後をぴったりくっついていた3機のロングダガーは示し合わせたように同じタイミングで停止する。訓練してもここまで正確に、しかもこんな何気のない事までタイミングを合わせられる物ではない。これはパイロットが全員”ソキウス”である事に起因している。

 本来”優秀な兵器”として言い方は悪いが優れた工業製品として誕生させられた彼等は、双生児のように外見が似ているだけではなく思考パターンまでもが類似している。無論人間は生まれ持った才能や素質だけではなく環境によっても変わるものだが、ソキウス達はそれすらもが全く同じように”調整”されているのだ。

 そしてこのソキウスだけが持つ”特性”は戦闘、特に集団戦・組織戦に於いては絶大な威力を発揮する。何しろ思考それ自体がほぼ同一なのだ。世界中探したとしても、彼等ほどに呼吸の合うチームは見付かるまい。

 優秀なパイロットであり前線指揮官でもあるシェリルが自分の部隊に彼等を組み込んでいるのは、そうした理由からでもあった。

 ソキウス達はシェリルのことを上官と尊敬し、また人間として慕ってもいた。彼女は自分達に生きる場所、即ちナチュラルの為に戦う場所をくれた恩人だからだ。それに外見も声も、仕草までもがそっくりな彼等を完全に見分ける事が出来る者も、地球軍ではシェリル一人だった。

「どうなされたのですか? 大尉」

 ロングダガーの一機から通信が入ってくる。

「トゥエルブ、私達の任務は最近地球軍の補給基地や拠点、他にも民間施設を無差別に攻撃して回っている謎のMAの調査でしたが………ですが、どうやら私達の前に先客がいるようですね……既にこの宙域は戦場と化しています」

 シェリルがそう口にすると同時に、ある一点をフューネラルの鋼鉄の指が差す。ソキウス達もシェリルの機体が指差している方向へとカメラをズームし、そしてそこにビームの光条やミサイルの爆発を確認した。そして入り乱れて動く多数のMSの機影も伺える。識別信号にも反応は無く、それらの機体が少なくとも地球軍の物ではない事は確定した。しかもその内の数機には、彼女達は見覚えがあった。

「!! 大尉、あれは……!!」

「ええ、サード………その通り………オーブ解放作戦の際に私達が見た、あの謎の部隊が運用しているMS………」

 大分距離が離れているので見付かる心配はほぼ皆無だが、しかし大事を取ってデブリの陰に4人とも機体を移動させる。その上でカメラだけを覗かせるようにして、戦闘の様子を観察する。相手の情報も無いのにいきなり敵中に突撃するなど、勇気と無謀を履き違えた愚か者の所業だ。

 どうやらザフトの物らしい、用途は不明だが小型ステーション並の大きさを誇る建造物を守るザフトの部隊と、それを攻撃しているジャンク屋・傭兵などの混合MS部隊という構図のようだ。

 戦場全体を見渡せばジンやシグーといったありふれた機体も目に付くが、やはりその中でもオーブでシェリル達が見たMS、フェニックス部隊に所属するその3機は、一際目立つ戦い振りを見せていた。ソキウスの一人が、かつて見たそれらの機体の能力を分析していく。

「………コードネーム・不死身(アンデッド)………正式名称不明………原理は不明ながら機体を自由に分解させ、なおかつバラバラになった手足や胴体・頭といった各部位を自由に操作する事が可能、のみならず再度の合体も自在………MS形態時の装備は右手部分の特殊兵装と背中のラックに搭載される各兵器………それと機体特性を利用したオールレンジ攻撃の破壊力は絶大………要注意………」

 分離、いや分解と合体を繰り返し、予測不可能に近い動きでジンやシグーを翻弄しつつ撃ち落としていくターンX。その様は、まさに体をバラバラにされても何度でも蘇る亡者のようで、不死身というコードネームも頷ける。

「………コードネーム・サムライエックス………正式名称不明………機体特性は背中のX字可変翼による高機動と、ビームサーベルの発展型と考えられる近距離用兵装………機体の全長をも遥かに越える長さのビーム刃とそれを形成するあの兵装の出力………かつ、扱いの難しいであろう機体とその武器を完璧に使いこなしているパイロットの技量………要注意………」

 ムラマサバスターを振り回し、ザフトのMS部隊を次々切り裂いていくクロスボーンガンダムX3のその姿は、まさに合戦場の侍の如し。ソキウスは知らないが、中のパイロットはこれまた侍そのままの人物であり、接近戦のエキスパートでもある。

「………コードネーム・黒い巨人(ブラック・ジャイアント)………正式名称不明………特筆すべきはその巨体とそれがもたらすパワー、そして大火力………その火力は現在確認されているだけでも一個艦隊にも匹敵する物と思われ………それ以上に警戒すべきは通常のMSの倍近い巨体でお世辞にも良いとは言えない運動性でありながら、敵の攻撃をほぼ完璧に回避しきるパイロットの操縦技術、特に反応速度は人間の限界値を遥かに超えていると考えられる………要注意………」

 次にはまさに巨人と言って良いであろう大きさを誇るサイコガンダムMK-Vに目を移す。その破壊力は下手な戦艦では相手にならない程で、装甲も相当に分厚いように見える。その火力と、予知能力者かと思えるほどの敵の攻撃に対してのパイロットの反応速度。現在戦場に投入されている3機の中でも、最も警戒すべき機体であると全員が確信している。

 一応再び敵として現れた場合も想定してその性能を頭にも入れているが、しかし記録された映像と、実際に戦闘を目の当たりにするのとでは全く違う。少なくともソキウス達にはそう見えた。

「……どうしますか、大尉?」

 僅かに動揺を滲ませた声で、一人が尋ねる。シェリルはそれを受けて数秒の間を置き、そして答えた。

「………テン、この戦い、私達はしばらく静観しましょう。あるいは労せずして目的が果たせるかも知れません」

 今回彼女達が受けた任務は、地球軍基地に攻撃を仕掛けてきている所属不明のMA(彼女達はその正式名称を知らないが)リジェネレイトの撃破にある。視界の先の戦場の中には、生存者からの目撃情報の物と合致する形状の機体も確認できる。それがエターナ達フェニックス部隊とジャンク屋・傭兵の混成部隊と戦闘を行っている。

 これは好機だ。

 相討ち共倒れが余計な手間が一切省けて最も理想的だが、そうでなくとも任務によって排除すべき対象と、一部とは言えこの戦争における最大の不確定因子。そのどちらか、場合によっては双方を同時に始末できるチャンスかも知れないのだ。故にシェリル達は今は傍観に徹し、息を殺して事態の推移を見守る事とした。





OPERATION,35 絶対なる”力”





「このジェネシスαをただの破壊兵器と思うな!! こうした使い方もある!!」

 ジェネシスα本体から光線が発信され、それをリジェネレイトはMA形態となった機体の後部で受ける。すると次の瞬間、その異形の機体は先程までとは比べ物にならないほどの加速力で、戦場を疾駆する。

「これがリジェネレイトの切り札……!! ライトクラフト・プロバルジョンだ!!」

 得意満面となりつつ、アッシュはリジェネレイトを乗り回す。表情に滲み出ている狂気を除けばまるで出来の良い玩具を与えられた子供のような笑顔で。

 残像を引きながら飛び回るリジェネレイト。

 並のパイロットであればこれほどの速度を目の当たりにしただけで恐怖し、戦意を失っても不思議ではない。しかしこの戦場に在る者はその誰もが幾百の修羅場を踏破した歴戦の勇士だ。彼等は勝ち目の無い戦いを挑む愚か者でなければ彼我の戦力を客観的に評価できない無能でもない。彼等がこの戦場に居続けているという事は、そこに勝機があるからに他ならなかった。

「………ふむ、成る程……発信されたレーザーを機体に受けることによって推進剤を爆発燃焼させる事によって超加速を得る………なおかつAMBACと逆噴射によって方向転換・減速も自在……中々良く考えられたシステムと言えますね………」

 ターンXのコクピットでは、ユリウスが次々に表示されるデータを読み取りつつ、敵戦力の評価を行っていた。

 ユリウスは分析能力やプログラミング能力に限っては、フェニックス部隊の中で最強のショウをも凌ぐ能力を持っている。故に彼の専用機であるターンXにはハード面の単純な武装強化の他に、解析能力などの強化といった特殊な改造も施されている。

 それらの機能と彼の能力が、徐々にリジェネレイトの力の底を暴きつつあった。

「受けられるかこの最大加速!!」

 勇んで吶喊してくる異形のMA。だが、

「その程度ですか?」

「遅すぎて眠ってしまいそうでござるな」

「なっ!!?」

 通信機越しに入ってきたその声に、アッシュは背中に氷柱を入れられた気分になる。

 見ると、いつの間にかリジェネレイトの速度にぴったりくっつくようにしてクロスボーンガンダムX3とサイコガンダムMk−V。その二機が左右を固めていたのだ。信じられない。まさか通常のMSでザフト最新の特機であるリジェネレイトのマックススピードに追い付ける機体が存在するとは!?

 無理もない話ではあるが、しかしアッシュはそれが想定できていなかった。故に一瞬だけ反応が遅れる。戦場ではその一瞬が命取りとなるのだ。

「確かに速度それ自体はかなりの物ですが、多くの機体の場合MA形態では高い速度を得る為というコンセプトによりスラスター類が一方向に集中し、機動性は高くなっても運動性は落ちます。如何に減速や方向転換が自在と言っても必然的にそれらは大きな角度での動きとなる……ならば、その軌道を予測する事はそれ程難しい作業ではありません」

 エターナがそう呟き、そして同時にサイコガンダムの鉄拳が繰り出される。側面からの攻撃故に前方へと進んでいるリジェネレイトは回避する術を持たず、もろにその攻撃を受けてしまう。幸いにもPS装甲が展開されている為に致命傷にはならなかったが、しかしサイコガンダムは満載されている火器以上に、その巨体それ自体が強力な武器となり得る。

 戦艦の砲弾かと錯覚するような質量とスピードの激突。それによってリジェネレイトはまるでコマのように回転しつつ弾かれてしまう。そしてその先に待っているのはちょうどサイコガンダムと向かい合う形で追いすがってきていた、ケインが乗るX3。既にムラマサバスターを起動させて今にも斬り掛からんとしている。

「ちぃえすとぉ〜〜〜っ!!!!」

「うおおっ!!?」

 独特の咆吼と共に振り下ろされる光刃。しかしアッシュは咄嗟に変形と逆噴射を同時に行う事で機体に無理矢理急制動を掛け、真っ二つにされる事態だけは回避した。が、完全には避けきれずに左腕を持って行かれてしまう。

 しかしそれでも何とか機体を安定させようとしたその矢先、コクピットにフルボリュームで鳴り響く警報。アッシュが体に染み付いた動作でそれに反応して前方のモニターを見ると、そこには異常に長大な刀を携える赤のMSの姿があった。他でもない、ロウのレッドフレームである。

「どりゃあっ!!!!」

 雄叫びと共に、先程のケインのX3の太刀筋にも負けぬほどの一閃。PS装甲ですらその一太刀の前には意味を為さない。まるで切断面の分子それ自体を分離させたかのような、鏡のように滑らかかつ美しい断面で切断される機体。先程のサイコガンダムの鉄拳とX3のムラマサバスターのダメージも合わさって、MS部分はスクラップ同然と化す。

 だがリジェネレイトの本体とも言えるバックパック部分は未だ無傷。ならばアッシュが次にどのような行動に出るのか、それは決まっていた。

「くそっ、こうなったら予備パーツを呼んで破損した部位を交換してやる!!」

 それこそがリジェネレイトという機体の最大の特性とも言えた。恐らくこの機能は人材の乏しいプラント側が、特機を任されるほどの優秀なパイロットの死亡率を可能な限り下げる為、そして艦での補給よりも短いタイムラグで戦線に復帰できるというメリットを考えて付けられた物だろう。

 だが、その機能が活かされる事はない。近距離からの通信が、リジェネレイトのコクピットに響く。

「残念ながらそれは無理だな。何故ならお目当ての予備パーツはさっき見付けて、全て破壊させてもらった」

 その冷静な声は知る人ぞ知るサーペントテール隊長・ブルーフレームのパイロット、叢雲劾。彼の駆る蒼いアストレイの周りには、最早ガラクタでしかなくなった予備パーツが山と浮遊している。

 いくら予備パーツがそれだけでは単なる金属の巨大な人型に過ぎないとは言え、敵軍に発見されれば破壊される可能性がある。そんな物を目に付くような場所に置いておける訳がない。必然的に、隠し場所は隕石やデブリの陰といったレーダーや目視による観測の死角に限られてくる。

「そういった所を調べ回れば、見付けるのは難しくはなかったわ」

「俺達はそれも仕事だからな。鼻が利くのさ」

 ブルーフレームに捕まりながら、ロレッタとリードが言う。劾が残してきた二人の仕事は、レーダーに見付からない生身にてデブリの陰など”臭い所”を探索、発見した予備パーツの場所をブルーフレームに送信する事だったのだ。

「守備隊は俺と……」

「私が倒させてもらった」

 通信に割り込むようにして、イライジャとジャンの声も聞こえてくる。劾達にとっては勝利の道を拓く声であり、アッシュにとっては自分を地獄へと引きずり込む絶望の声だ。だが、人格こそ破滅的だが仮にも彼はエースの称号を得たパイロットである。

 エースにとって必要な物は3つある。

 一つは卓越した操縦技術。一つは己の経験則に基づき数多の選択肢の中から正解だけを選び取り、常に為し得る最善を選択し続ける洞察力・判断力。

 そして、何が何でも生き残ろうとする執念。彼は見栄もてらいも捨て、それを見せる。最初は恐らく獲物を横取りされたくないという感情から一機だけで来たが、この期に及んでそんな事は言っていられない。

「こうなれば周辺の部隊に救援要請を………」

 生きてこそ戦える。生きてこそ、敵を殺せる。極限状況にあっても決して震えたりしない指先で、素早くキーを叩くアッシュ。しかし何度打診しても通信機から返ってくるのは雑音のみで、いつまで経っても回線が繋がる事は無い。Nジャマーによる電波障害だけではない、これは……

<通信は遮断させてもらった。この地球圏で情報を支配する者がいるとしたら………それは私でありたいと思っているのでね……>

 案の定、意図的に通信をジャミングしている者がいた。裏社会でも屈指の情報屋と呼ばれる男、ケナフ・ルキーニ。彼にとっては軍の回線に侵入する事も、流石に簡単ではないが決して不可能な事ではないのだ。頼みの綱の予備パーツが破壊され、援軍は来ない。まさに八方塞がりのアッシュ。

 しかし彼はその時、今のリジェネレイトに唯一残された機能を使う事を決意していた。その気配を悟られぬよう、彼だけが知る暗証番号通りにキーを叩く。そしてそれを打ち終わったその瞬間、最早バックパックのみの無様な姿となったリジェネレイトの眼前に、高々と150ガーベラを掲げたレッドフレームが迫る。

「ど……お………りぃぃぃやああああああーーーーっっっ!!!!」

 一閃、PS装甲を切り裂く巨剣。その一撃でリジェネレイトは既に戦闘不能は確定している。だが、まだロウはダメ押しの攻撃を残していた。

「繰り出す前に言っておくぜ、この一撃は俺だけの一撃じゃない。俺の、そして皆の思いを乗せた一撃……!!」

 150メートルもある日本刀。そんな非常識な武器を軽々振り回すレッドフレームの両腕、パワードレッドがまるで古き時代の蒸気機関車のピストンのように、力強く駆動する。そしてそこから繰り出される一撃は、まさに鉄槌。サイコガンダムの巨拳にすら引けを取らぬ大いなる一撃。

「これが俺の、”赤い一撃(レッド・フレイム)”だっ!!!!」

 それが見事にリジェネレイトに突き刺さり、最早機体は粉々に破壊されて、スラスター制御にまで異常が発生しているのか逆噴射して減速する事もなく、ピンボールのように視界の彼方に飛んでいく。だがその時、恐らく唯一生き残っているであろう通信回線からアッシュの高笑いが聞こえてきた。全員、負け惜しみかと取り合う様子を見せなかった。その一言を聞くまでは。

<貴様等安心するのはまだ早いぞ……!! 破壊される前に、ジェネシスαに最後の命令を送信しておいた……>

「「「!!!?」」」

 それを受けて一同が見ると、巨大な建造物は徐々に徐々に動き出して、その向きを変えつつある。間違いなく、そのレーザーを発射するつもりだ。しかしどこへ向けて? 次の一言でその疑問も氷解した。

<ジェネシスαの目標は、地球だ!! 何もかも……どいつもこいつも死んでしまえ!! うははは……は………>

 やがて距離が離れた為であろう。通信が不能となる。敵戦力が沈黙して戦闘が終わった筈の戦場は、先程よりも大きな喧噪を

「くっ……どうする!?」

 流石に動揺した声を上げるロウ。

 ジェネシスαには外部も内部も、全体にPS装甲が施されている。それにいくら150ガーベラの威力を以てしても大きさが大きさである。間違いなく破壊しきる前に地球へ向けて破滅の光が放たれるだろう。内部に潜入して計器を停止させるにしても遅すぎる。それにアッシュの事だ、そのぐらいは計算してシステムにロックを掛けるぐらいの事はしてあるだろう。

 リ・ホームのプロフェッサーからはジェネシスαの照準が地球へ向けられつつある事が知らされてきている。その報告が彼等の焦りに更に拍車を掛ける事となる。だがその時、戦場に似つかわしくない涼やかな声が、静かに響いた。

「どうぞ皆さん、お心静かに……」

 その声の主は、サイコガンダムMk-Vを駆るエターナであった。彼女の声からは不思議とこの殺伐とした場であっても、人の心を安らかにさせる何かを感じ取れた。

「皆さん、これまでご苦労さまでした……ここより先は、私達フェニックス部隊が担当します……巻き込まれないよう、下がっていてください」

 決して威圧的ではない彼女の言葉。しかしそれに従って、ロウも劾も機体を下がらせる。仮にもこの戦いを共に戦った仲間である。それが何とかすると言っているのだから、自分達はそれを信じよう。言葉にはしないが、しかしそれは共通の認識として彼等の中に確かにあったのだ。

 そして他の機体が下がったのに対応するようにして、フェニックス部隊に所属する機体、ユリウスのターンXとケインのクロスボーンガンダムX3がサイコガンダムに並ぶようにして前に出る。エターナは接触回線で、2機に通信を入れた。

「良いですか二人とも? これはショウからの注文でもあります。私達が持つ最大の攻撃力を以て、ジェネシスαを落としますよ」

「了解!!」

「承知!!」

 自分の部下であり仲間でもある二人から、いつも通り威勢の良い返事が返ってくる。それを受けてエターナは微笑する。そして、

「では私から征きますよ!! お仕置きしてあげます!!!!」

 普段の彼女と比べてやや感情を表に出した強い声で叫ぶとサイコガンダムMk-Vの胸や肩、いや全身に搭載されたビーム砲が一斉に火を噴き、無数の光の槍が束となって、ジェネシスαに突き刺さる。MSクラスならいざ知らず、ステーション並の大きさを持つジェネシスαに搭載されているレベルのPS装甲は、ローエングリンですら弾き返す強度を持っている。

 しかしその強度を以てしても、サイコガンダムMk-Vの砲撃に耐えきる事は出来なかった。命中したポイントを中心に次々に爆発と火の手が上がり、全体に広がっていく。

 エターナの愛機であるそれは攻撃力・防御力共に極限まで改造が施され、特に胸部の主砲は核爆発をも遥かに凌ぐエネルギーを放つ事が出来る。エターナは過去にこの機体を操り黒歴史の幾つかの時代で落下するコロニーを消滅させ、コロニー落としを防いだ事があった。

「次は拙者の番でござるな………」

 ケインの野太い声が響く。それと同時にX3は背中の可変翼に付けられているスラスターを最大限に吹かし、ジェネシスαへと特攻する。と、同時にムラマサバスターの先端から150ガーベラをも凌ぐ長さの光刃が形成され、それを思い切り振りかぶるX3。かつて宇宙世紀に生きた侍の、その雄叫びがコズミックイラに響く。



「征くぞ!! 秘剣………燕返しぃぃ〜〜〜〜っっっ!!!!」



 どう考えても言動も行動も存在もこの宇宙時代にはそぐわない彼だが、しかしその力は最強集団であるフェニックス部隊の一員として相応しい物。極限までの長大さを持つに至ったビームの刃はジェネシスαを、比喩でも何でもなく一刀両断にしてしまった。その巨体が二つに分かれ、別々に宇宙空間を漂い始める。

 これで地球への発射はもう完全に不可能。それは誰の目にも明らかだ。しかしフェニックス部隊は先程のロウがそうしたように、スケールこそは桁違いだが更なるダメ押しの一手を打った。ユリウスが乗るターンXが前に出る。

「それではこれで最後ですね………月光蝶!!!!」

 声変わり前のまだ幼さを残す少年の声が戦場に響き、そして次の瞬間にはともすれば無骨な闘士の様に見えるフォルムを持つターンXの背中に、見る者全てが思わず時と場所を忘れてしまいそうな、それ程までの美しさを誇る、七色に光り輝く巨大な蝶の羽根が開く。

 これこそが究極の破壊のシステムと呼ばれる月光蝶。黒歴史全体を見渡しても、恐らく並ぶ物の無い超兵器である。

 その羽根の正体はナノマシンであり、それに巻き込まれた物は例えそれが何であろうと物理的に分解され、砂塵と化す。人も、建物も、それがMSであっても同じ事だ。

 このシステムの前にはPS装甲であろうがTP装甲であろうが全てが無力。ジェネシスαとて例外ではない。月光蝶は最大出力を発揮すれば地球から木星全土をナノマシンで覆い尽くす事さえ可能とされている。たかが一つのステーション規模の物体を包む事など、造作もなかった。

 全てを破壊し尽くす光を放つ砲台であった建造物が無害な砂塵と化すまで、10分も掛からなかった。そうしてジェネシスαが完全に分解されたのを確認すると、ユリウスは月光蝶を止めた。ターンXの背中に開いていた羽根が消え、妖精は再び闘士の姿に戻る。

「これで終わり……ですね……あれ………?」

 拍子抜けしたような声を上げるユリウス。本来ならここで歓声の一つも上がろう物だが、しかし通信機からは声の一つも聞こえては来ない。返ってくるのは耳に痛い程の静寂のみ。

「……」

 理由は判っていた。皆、自分達の力を目の当たりにした事で声を失っているのだ。無理も無い。この時代には絶対に存在し得ない、核をも凌ぐ破壊力を眼前で見せ付けられたのだから。自分達に掛ける言葉も、ましてや歓声などとんでもないと言った所か。

「………まあ、仕方ないですよね。僕達は絶対の力を持つが故に、一部を除いてその時代の人達とは一緒には生きられない………例外はフェニックス部隊に参加する人だけ……それが僕達の宿命でもありますし」

 どこか寂しげに、彼はそう言葉を紡ぐ。

 フェニックス部隊はユリウスのその言葉通り、超技術の機体と人間の限界を遥かに超えた能力を持つ構成員を持ち、それらの因子は須く、彼等を人々から排斥するために働く。人は自分と違うモノを恐れ、遠ざけ、敵とする。それはナチュラルとコーディネイター、地球とプラントという構図で戦争を行っているこの世界にも当て嵌める事が出来る。

 だからフェニックス部隊はどんな時でもどんな場所でも、常に異邦人なのだ。それはエターナのように黒歴史の果てより来た者も、ショウやシス、カチュアのようにどこかの歴史から部隊に参加した者も同じだ。皆それら全てを承知の上で全ての時代を渡り歩く、歴史の調停者となったのだから。

 手に入れた物は力。失った物は時との絆。その契約をエターナもユリウスもケインも、そしてショウも交わしてきた。

「ユリウス殿……拙者達にはフェニックス部隊という家と、ショウ殿達という家族がいる……それで十分でござろう?」

 慰めるようにケインが言う。ユリウスはしばらく無言だったが、ややあって「ええ……そうですね……」と小さな声で返事を返した。

「…………」

 そんなやり取りを通信回線越しに耳にしつつサイコガンダムMk-Vのコクピットにて、エターナは一枚のディスクを計器から取り出す。

 そのディスクにはサイコガンダムのメインカメラを通して得られた今回の戦闘の様子、その一部始終が焼き付けられていた。だが本来ならこんな事はしない。映像や音声はブリーフィングに使う為なら機体のコンピューターに入れておけば十分だし、またその方が機密性も高くなる筈だ。

 今回彼女が戦闘の様子の撮影を行っていたのは、ショウからの要請でもあった。ジェネシスαを落とすのに、必要以上の攻撃を加えた事も。正直、地球への攻撃を阻止するだけなら自分のサイコガンダムだけで十分だった。

『……今後の任務では出来るだけ派手に破壊活動を行い、また戦闘の様子を機体のコンピューター以外の媒体に記録して持ち帰る事…………一応ショウからの注文はこれで果たしましたが……しかしショウ、私達にそんな事をさせて、あなたは一体何を考えているのです………?』

 ショウ・ルスカ。彼はエターナが黒歴史のある時代で拾い、そして訓練した教え子である。しかしその師である彼女ですら、今回の彼からの二つの要請が一体どのような意味を持つのか? それは読めなかった。既に弟子は師を超えている。

 彼女の手の中で、ディスクは静かに輝きを湛えていた。持ち主の疑問に、答える事は無く。



「………一体何なんですか!? あれは……大尉……」

 フューネラルの通信機から、興奮した声が聞こえてくる。シェリルはやや煩わしそうな様子でその声の主を制する。

「落ち着きなさいトゥエルブ……彼の部隊の戦力が、私達の予想を上回っていた……ただそれだけの事です……しかし、正直これほどまでの兵器を持っているとは、私も想像すらしていませんでしたが………」

 と、彼女も恐れたり驚いたりするのを通り越して、感心するような声色となっている。それも無理はあるまい。

 強力なPS装甲が施されているはずのジェネシスαの装甲を、薄紙に焼け火箸を当てたかのようにして破壊してしまう火力を持った巨大MS、通称”黒い巨人(ブラック・ジャイアント)”。

 そのジェネシスαの巨体を、ただの一太刀で真っ二つにする大きさのビームサーベルを持つ可変翼の機体、通称”サムライエックス”。

 極めつけはどういう原理のどういう技術なのか計り知れないが、とにかくジェネシスαほどの大きさの物体を丸ごと砂塵と帰してしまう兵器を持った機体、通称”不死身(アンデッド)”。

 どの機体が持つ戦力も、これまで自分達が遭遇したときに記録された物を大きく上回っていた。と、再び回線に割り込むように声が聞こえてきた。やはり興奮しているようで、やや早口になっている。

「大尉……どうするのですか? こうなったらここで……!!」

「お止めなさい、サード」

 ビームライフルを掲げようとするロングダガーの一機を、シェリルはフューネラルで制する。すると今度は別のロングダガーから不満そうな声が返ってきた。

「ですが大尉!! あの戦力、生かしておけば後々ナチュラルに大きな被害をもたらします!! それを止める為の捨て石となる事を恐れるような心を、僕達は……」

「落ち着きなさい、テン」

 静かだが、反論は許さないといった強い声でシェリルは言う。通信機を隔てていても、そこに含まれる威圧感は確かに伝わったのだろう。ソキウス達は一様に押し黙ってしまう。それを確認して、彼女は続けた。

「私もあなた達のナチュラルへの想い……その献身・自己犠牲の心は理解しているつもりです……ですが私達4機だけで、あれだけの戦力を持つ機体と戦って勝てますか?」

 勝ち目もメリットも無い戦いは愚挙だ。今ここであの部隊に戦いを仕掛ける行為はまさにそれ。それを行えば恐らくシェリルを含め、4名全員が皆殺しにされるだろう。それを避けるのは当然の事だ。最初は熱くなっていたが彼女のその正論の前に、3人のソキウスは誰も反論を返せない。

「私も軍人としてナチュラル……そして地球連合の庇護下にある人々の為、戦って散る事は厭いませんが……ですが命を懸ける事と命を粗末にする事は正反対の行いです。あの部隊には勝てません。今は……少なくとも勝てるという確信が持てるまでは、戦ってはいけないのです……撤退します。今回はあの部隊の戦闘データを得られ、そして私達には被害ゼロで正体不明のMAが撃破されたという事で、戦果としては十分でしょう」

「「「了解」」」

 彼女の説明に納得したのか完全に声を揃えて、3機のロングダガーは一斉に基地への帰路を取る。そうして自分もその後を追おうかという時、シェリルは僅かに目を凝らすようにして、先程までジェネシスαの在った空間を睨む。彼女の中には喉に刺さった小骨のように、どうしても腑に落ちない事があった。

『………最後のあの巨大建造物を破壊した飽和攻撃………あれは明らかにあそこまでやる必要はなかった筈……施設の機能を不能にするだけなら最初のビーム攻撃で十分だった筈ですし、あんな事をしても各陣営からの警戒心をより強く煽るだけ……それが分からない訳が無い……なのに一体、何の為に……?』

 疑問には思うが、だが考えても答えは出ない。そしてこれ以上は基地に帰還してからと、シェリルもまたフューネラルを離脱させた。





TO BE CONTINUED..


感想
月光蝶は脅しの為、ですかね。余りに圧倒的な力を見せ付ければ刃向かう者も居なくなる、と。でもそれだけだと反抗心から動き出す者は必ず出てくる、その辺りをどうするのか。