10話:ピンクのお姫様
ナタルに追いかけられた後、機体の整備を行ったユズハとキラは途中で一緒になったカズィと一緒に食堂へ、少し朝食をとりに行くところだった。
「うーん。」
「どうしたの、ユズハ?」
整備の作業の時も何やらずっと悩んでいるような様子だったユズハを心配してキラが声をかける。そこで、カズィが軽口を叩いた。
「体重が増えてダイエットで悩んでるとか?」
「もう、失礼ねえ、違うわよ。」
少し、頬を膨らませて怒るユズハ。その姿がかわいらしかったのでついカズィはさらにからかってしまった。
「だったらいいけど、無理なダイエットするとただでさえ、小さな胸が・・・・・・。」
その次の瞬間、コーディネーターのキラにさえ捉えきれないスピードでユズハが動き、カズィを投げ飛ばしていた。彼女の実家に伝わる合気道の技を改良したものである。
「な・に・か、言った?カズィ君?」
カズィを見下ろして恐ろしい笑顔を浮かべるユズハ。胸が小さい事は彼女のコンプレックスだった。マリューやナタルはもとより、フレイやミリアリアと比べてもその胸はかなり小さい。その鬼神のような表情を見てキラとカズィは顔を真っ青にする。
「すいません、すいません、ごめんなさい!!」
必死に土下座をするカズィ。ちなみにオーブでは土下座は文化の一つとして伝わっている。
「カズィ君、女の子にあんまり必要なこと言わないでね?」
「は、はい。」
笑顔で詰め寄るユズハの静かな迫力にさらに顔を青く、いや、むしろ白くして何度も頭を下げるカズィ。
「そ、そういえば悩みの方は何だったの?」
キラが話題を変えようと早口に言う。それを聞いてユズハはキラを見ると再び考え込むような感じで言った。
「うーん、よくわからないんだけど・・・・何かあの女の子を見た時、ちょっと変な感じがね・・・・。」
「あの女の子って、さっきの脱出ポッドの?」
ユズハの発言に対して、キラが問い返す。ユズハが頷き、続ける。
「私、昔っから初めて会った人がどういう人かってイメージがパッと頭に浮かぶ時があるんだけど、今までに会った事の無いような、なんていうか変わった感じがね。純粋と計算高さが分離してくっついているっていうか、まざりあっているんだけど溶けあってないって言うか・・・・・。」
「ふーん。」
ユズハの話を第一印象からくる偏見の類だと思い、カズィは特に関心のないように頷いた。キラも特に気にせず、受け流してしまった。そして、食堂の入り口をくぐろうとした時、少女の甲高い声が聞こえてきた。
「嫌ったら嫌、!」
「もう、フレイってば、なんでよお?」
フレイとミリアリアが、食事のトレイを持って言い争っていた。トールは仲裁しようとするが入れないでいる。ユズハがサイに尋ねてみる
「何があったの?」
「キラがつれてきた女の子のことで、ミリィがフレイに持ってくように言ったんだけど、フレイが嫌がってるんだ。」
その言葉に反論しようとしてフレイが悲鳴に近い叫びをあげる。
「嫌よ!コーディネーターの所に行くなんて、怖くって・・・・・・」
「フレイッ!」
ミリアリアが慌ててフレイをたしなめる。フレイもキラを見て流石に失言だと気づいたらしい。
「も、もちろんキラは別よ。でも、あの子はザフトでしょ。コーディネイターって、反射神経とかも凄く良いんでしょう。なにかあったらどうするのよ!?」
よりにもよってキラに同意を求めるフレイ。その時おっとりした声がキラ達のは以後から聞こえた。
「まあ、誰が誰に飛びかかりますの?」
キラたちが反射的に振りかえると、そこにいたのは今まさには話の主役だったのラクス・クラインだった。
「あら、驚かせてしまったのならすいません。」
「い、いえ、別に・・・・・・」
半ば呆然としながらユズハが答える。だが、彼女の思考回路も半分麻痺していた。なんせ、現在捕虜の身である筈の彼女が一人で歩き回っているのだ。
「じつは、わたくし、喉が乾いて・・・・・それにはしたないことをいうようですが、ずいぶんお腹もすいてしまいまして。何かいただけるとうれしいのですけど・・・・」
そこで正気に戻った少年少女が次々と叫びだす。
「・・・・・・て、ちょっと待った!!」
「鍵とかってしてない訳!?」
「やだあ、何でザフトの子が勝手に歩き回ってるの!?」
「あら、『勝手に』ではありませんわ。わたくしちゃんとお聞きしましたもの。出かけてもいいですかって・・・」
「で、行っていいって言われたんですか!?」
無邪気に目を見開くラクスに、キラが慌てて尋ねる。
「それが、どなたもお返事をして下さらなかったんですの。でも、3回もお聞きしたから、良いかと思いまして・・・」
「それを勝手にって言うんじゃないかなあ。」
ぼそっと突っ込みをいれるカズィ、ユズハも内心でそれに頷いた。
「それに、わたくしはザフトではありません。ザフトは軍の名称で―――」
「なんだって一緒よ! コーディネーターなんだから!」
「一緒ではありませんわ。私は軍の人間ではありませんもの。あなたも軍の人間ではないのでしょう?でしたら同じですわね。」
フレイの言葉にも気にした様子を見せず、笑顔で手を差し出すラクス。しかし、フレイは差し出された手をみて後ずさった。
「コ、コーディネーターのく「あ、そういえば、あなたの名前ってなんていうの?」」
"コーディネーターのくせになれなれしくしないでよ"そう言おうとしたフレイの言葉を何かまずいことを言おうとしていると察知したユズハが遮った。
「あら、そういえばまだ、自己紹介もしておりませんでしたね。ここの艦長の人たちにはしていたのでつい、言ったような気に。申し訳ありませんでした。わたくし、ラクス・クラインと申します。」
「ラクスね。私はユズハ・クサナギ。よろしくね。」
そう言って、今度はユズハの方から手をだし、ラクスと握手した。
「ところで、部屋に鍵とかってかかっていなかったの?」
そして手を離すと先ほどから気になっていたことを聞く。
「ああ、それはこのハロが開けてしまったんですの。」
「ラクス、ラクス」
そう言ってピンクのハロを見せるフレイ。それを注視してユズハが言う。
「それにしても見れば見るほどハロペに似てるわねえ。名前もほとんど一緒だし。」
「あら、そういえばあなたも同じようなものを・・・・。今、どこにいらっしゃるのですか?」
「ヨンダカ?」
タイミングをはかったように転がってくるハロペ。ユズハはそれを抱き上げ紹介する。
「これはハロ・ペット、通称ハロペ。お父さんが作ってくれたの。」
「まあ、そうなんですの?私のこれは婚約者のアスランがつくってくれたんですよ。」
「婚約者?」「アスラン!?」
婚約者と言う言葉に興味をひかれたのか、いままで距離を置いていたフレイが顔をのりだそうとするが、同時にアスランと言う名前にキラが叫び声を上げ身をすくめてしまう。
「どうしたの、キラ君?」
ユズハの問いかけにキラは沈んだ顔をして答えた。
「アスランは、僕が月で幼年学校に通っていた頃の友達なんだ。3年前にアスランはプラントに行ってしまって、僕はヘリオポリスに移り住んだ。」
「へえ、凄い偶然ねえ。」
キラの幼馴染がキラが助けた少女の婚約者、本当に凄い偶然だとミリアリアが感心する。
「・・・・・・アスランは、ザフトにいたんだ。ヘリオポリスを攻撃した連中の中に、彼は居た。イージスのパイロットになって・・・・・・・僕と、戦ったんだ。」
続けたキラのその言葉に全員が強いショックを受ける。まさか、そんな事情があろうとは思っていなかったからだ。そしてユズハはキラがあれほど思いつめてた理由の一端を知った。
「戦争とは・・・・・残酷なものですわね。」
ラクスのもらしたその言葉が静かになった食堂に響き渡った。
呼び出しを受けたアスランとシャナ。すると、そこにはアスランの父であるパトリック・ザラとクルーゼがいた。
「アスラン、ラクス嬢の事は聞いているかね?」
「・・・・・はい。」
クルーゼの問いかけに対し、すぐにユニウス・セブンに向かった視察船が消息を絶った事だと、思い当たり鎮痛な顔をする。
「そうだ、彼女の乗っていたユニウス・セブンに向かっていた視察船が消息を断った。」
「・・・まさかヴェサリウスで捜索、救援に向かうのですか!?」
クルーゼがこの場でそんな発言をする意味に思い当たり、驚いて叫ぶアスラン。
「オイオイ、冷たい男だな君は。彼女は君の婚約者だろう?」
「ラクス嬢とお前が婚約者である事はプラントの誰もが知っておる。なのにお前がいるクルーゼ隊がここでのんびりとしている訳にはいくまい」
クルーゼに続けて言うパドリック。そしてそれだけ言うと最後に一言加え、退室した。
「彼女はアイドルなのだ。頼むぞ。クルーゼ、アスラン。」
そして短い沈黙の後、アスランが口を開く。それは問いかけではなく確認だった。
「・・・彼女を助けてヒーローの様に戻れ、と言う事ですか・・・」
「あるいは・・・その亡骸を抱いて号泣しながら戻れってとこでしょうね。あなたのお父さんは何が何でもあなたをヒーローに仕立てあげたいみたいね。もっともそれはあなたでなくてもかまわないのかもしれないけど。」
シャナの言葉にアスランがぎょっとする。彼女はかって、キラに会いたいという彼に対してイージスで出撃するのを手助けしたことがある。そのような人情味あふれる女性である一方でこのような冷酷な発言をする事があるのだ。
「そういうことだろうな。ザラ委員長は事態がどちらに転ぼうと、君が行かねば話にならないとお考えなのさ。」
そう、クルーゼが続ける。二人の言葉にアスランは父に対する不信感を感じずにはおらずにはえなかった。そして、それが事実だと思えてしまう自分が嫌だった。
「しかし、まー、補給の問題が解決したと思ったら今度はピンクのお姫様か・・・」
フラガがマリューをみてからかうように言う。
「・・・あの子もこのまま、月基地へ連れて行くしかないんでしょうね・・・」
「他に寄港予定地が無い以上そうなるだろうな。」
マリューの溜息交じりの発言にフラガが答える。
「しかし、月基地へ連れて行けば彼女は・・・」
「・・・外交上の有利なカードとして利用されるだろう。体の良い人質といった所だな。」
アムロが確信に近い推測を述べる。アムロはオーブ軍の二佐であるが、この艦では何の権限も持たない。したがって、本来はこの場に居合わせる筈もないが、この問題に対してどう判断を下すか、アムロの人間性も含め、興味を持ったフラガが呼び寄せ、同席させたのだ。
「でも・・・出来ればそんな目にあわせたくは無いんです。民間人の、まだあんな子供を・・・」
マリューが迷いを口にすると、ナタルがせせら笑うように言った。
「お忘れかもしれませんがユズハ・クサナギにキラ・ヤマト等をやむ得ぬとはいえ戦闘に参加させて、あの子だけ巻き込みたくないと? あの子はクラインの娘です。と、言うことは、その時点ですでにただの民間人では・・」
「ふざけるな!!ユズハ達を既に巻き込んでいるから他は巻き込んでもいいだと?過ちを仕方なく犯したからといって、それを重ねるな!!」
ナタルの言葉をアムロの怒声がさえぎる。そのプレッシャーにマリューやナタルはおろかフラガまでも気圧される。
「し、しかし・・・・。」
それでも反論しようとするナタルに対して、アムロは続けた。
「それに例え、クラインの娘であっても、本人は民間人である彼女を利用したりすれば、ザフトの反感を今以上に拡大し、中立国に警戒心を持たれても仕方がないぞ!!場合によっては連合国の国民の反感もな。すべてが軍人の理屈で通ると思うな!!」
「そ、それは・・・。」
その言葉に流石にナタルが言葉に詰まった。
(なるほど、クサナギ中佐はこういう人な訳か・・・・・。)
そして、フラガはアムロを見て関心を深めていた。
「また、ここに居なくてはいけませんの?」
ユズハとキラに送られ、元の士官室に連れ戻されたラクスが寂しそうに言った。
「ええ・・・ごめんなさいね。」
ユズハはトレイをサイドテーブルに置いて申し訳なさそうに聞く。
「わたくしもう少し、みなさんとお話したかったのですが。それに一人のお食事というのはつまらないですし・・・。」
ラクスは少しむくれながら言う。
「これは連合軍の艦ですから、コーディネーターの事・・・その、あまり好きじゃない人もいますし・・・」
キラが暗い表情を見せないように、顔を背けながら言う。
「ごめんね。食事が終わるまでは私も付き合うから。」
ユズハのその発言にラクスがうれしそうな顔をし、キラが驚いた顔をする。
「えっ、いいのかな?」
「大丈夫よ、そのぐらい・・・・・・きっと。」
その行動を心配するキラにユズハは笑って答え、最後にぼそりと一言付け加える。
「・・・・そうだね。」
キラも、もともとラクスに対して罪悪感があったので納得する。
「あなた方は優しいのですね。ありがとう」
にっこり笑って言うラクス。
「ユズハはそうかもしれません。でも、僕は・・・」
その言葉にキラはなぜか後ろめたい気分になって、思い切って言いきった。
「僕も、コーディネーターですから・・・」
ラクスは目を丸くし、きょとんと首を傾げる。そして沈痛な顔でキラを見るユズハ。ラクスを見て、驚いているのだろう、とキラは思った。そして次は「何故コーディネーターが連合の艦にいるのか?」と尋ねると予測した。
「・・・貴方が優しいのは、貴方だからでしょう?」
キラの心臓が跳ね上がった。
「そういえばあなたのお名前はまだ聞いていませんでしたわね。教えていただけます?」
ラクスがほわりと笑い、キラはその笑顔に見入っていたがすぐに気付いて慌てて答える。
「あっ、キ、キラです。キラ・ヤマト・・・」
「そう。ありがとう、キラ様」
そう言われながら再びラクスに微笑みかけられ、キラは顔を赤くした。
「キラ君、顔あかいよ?」
それを見てユズハがキラをからかうように言う。それを聞いてさらに顔を赤くするキラ。
「ふふふ。」
それを見て笑うラクス。そしてその後、彼らはしばしの談笑を楽しんだ。