13話 現実と理想



「うそ・・・うそよぉ! そんなのうそよ!!パパが!!パパが!!」

「落ち着け! フレイ!!」

 植物状態、父親がそうなった事を聞いたフレイが取り乱し、暴れる。

「ごめん・・・・・フレイ・・・・・。」

 そこにユズハがやってきた。フレイのその姿をみて俯くユズハ。

「どうして!!どうして守ってくれなかったのよ!!!」

 ユズハの姿をみてつめよるフレイ。そして彼女の襟首を掴む。

「ごめん・・・・・ごめん。」

 ユズハはそう繰り返す事しか出来なった。

「どうして・・・どうしてよ・・・・・。」

 そんなユズハを見てフレイは力なく沈んでいった。

(守れなかった―――何も・・・!)

 ユズハの後ろについてきたキラは己の無力さをかみしめることしかできなかった。アムロは言った。それは自分達のような軍人の責任だと。だが、そう簡単に割り切れるものではない。

(僕には何もできないのか・・・・・いや・・・・・)

 その時、彼はある一人の事を思い出した。そしてその相手を救う事が、今の彼にはやるべきことに思えた。それは確かに彼の本心、だが、目の前の失態から逃げる代償行為でもあった。彼はある場所へと走った。







「ラクスさん、僕についてきてください。あなたを、アスランのもとに届けます。」

 キラはラクスの部屋に行き、彼女をつれだした。そして格納庫に向かって走る。だが、その途中でトールに会ってしまった。

「何しようとしてるんだお前?」

 固い表情で言うトール。キラは一瞬俯いた後、顔を上げ、叫んだ。

「黙って行かせてくれ!!僕はもう嫌なんだ。彼女みたいな人をさっきみたいに人質にとる行為は!!」

 トールはしばらく黙っていた後、にっと笑って言った。

「ま、女の子人質にとるなんて本来悪役のやることだかんな。」

 その答えにキラが驚いていると、トールが彼の頭をコツンと叩いて言った。

「手伝ってやるよ。」

 そしてトールも加わり3人で格納庫へ向かう。トールが少し先行して、他のクルーがいないかどうかを確認しながら進み、なんとかパイロットロッカーにたどり着いた。そこで入り口の見張りをトールに任せて、キラはラクスの為にノーマルスーツを取り出す。

「これを着て。その上から・・・」

 着ればいい、と言おうとしたが、ラクスのロングスカートを見て言い止まった。その上からでは少々無理がある。ラクスはキラの視線に気付くとニッコリと笑い、肩のストラップを外し、するりとスカートの部分から足を引き出した。

「わっ!? ごめんなさい!!」

 キラは慌てて後ろを向き、ラクスの着替えを見ないようにした。

「?」

 ラクスはキラの気づかいに気がつかず、ただ不思議そうに首を傾げた。そして部屋の外にでる。スカートを詰め込んで、ぽっこりと膨れたノーマルスーツ姿のラクスをみたトールが思わず呟く。

「・・・・・・・いきなり、何ヶ月?」

 だが、キラとラクスが意味が判らぬ様子で首を傾げるのを見て忘れろ、と手を振った。
 そしてストライクに近づき、キラとラクスがコックピットに収まるとトールはほっとした顔になった。キラの膝の上に乗ったラクスが、ダバ達に向かっておっとりと言う。

「またお会いしましょうね?」

「それは・・・・・どうかな。」

 トールは苦笑し、そしてはっと何か思いついたように硬くなった。

「キラ・・・お前は、帰ってくるよな?」

「え・・・・」

 その言葉にOSを立ち上げていたキラが、はっと顔を上げる。その時だった。

「おい!何をしてる!!」

 下の方からマードックのがなり声が響いた。トールは真剣な顔で繰り返す。

「お前はちゃんと帰ってくるよな!?俺達のところへ!!」

 キラは頷く。そしてハッチを閉じ、アークエンジェルを飛び立った。







アークエンジェルから発進したキラは、全周波数で呼びかけた。

「こちら、地球連邦軍アークエンジェル所属のMS、ストライク! ラクス・クライン嬢を同行、引き渡す!」

 キラは前もって、考えていた通りに言った。

「ただし、ナスカ級は艦を停止。イージスのパイロットが単機で来る事が条件だ! この条件を破られた場合・・・」
 
 ここまでは一気に言い続けられたが、流石にこの先の言葉は躊躇いがあった。

「・・・・・・・・・彼女の命は、保障しない・・・!」

 ラクスはその言葉を聞いても、眉一つ動かさなかった。何時もどおりの穏やかな顔で、キラを見つめていた。彼女はキラが自分に危害を加える事など、少しも考えていない。自分の事を信じて、いや、理解してくれているからだとキラには思えた。

「足つきの奴、どういうつもりだ・・・?」

 アデスは眉を顰めて相手の真意を探ろうとする。そこでアスランが通信で叫んだ

『隊長! 行かせてください!!』

「敵の真意は判らんのだぞ! 本当にラクス様が乗っているのかどうかも判らんぞ!!」

『隊長!!』

「・・・・・わかった。許可する。」

『隊長!!』

 クルーゼがアスランの思いつめた顔を見て許可をだす。

「チャンスである事も確かさ。それに向こうのパイロットも幼いようだしな。」

 クルーゼはニヤリと笑い、アデスに指示を出した。

「艦を止め、私のシグーを用意しろ」







「キラ君・・・・・・・。」

 艦内から状況の一部始終を見ていたユズハが心配気に呟く。彼の行動を非難するつもりはない。むしろ彼の考え方には好意的だ。だが、そんな行動をとっても大丈夫なのかという不安もあったし、それとは別に彼女は言いようのない不安を感じていた。そして彼女は格納庫へと走った。







『艦長、あれが勝手に言っている事です!! 攻撃許可を!!』

 通信越しでナタルが叫ぶが、フラガが通信に割り込んできてさらりと言い放つ。

『んな事したら、今度はストライクがこっちを撃ってくるぜ―――多分な』

 ナタルは絶句した。軍規に忠実な彼女には、こんなイレギュラーに対応出来るマニュアルを持っていないのだろう。そんなナタルを見てマリューはキラの痛快な行動にしてはいけないとおもいつつ思わず笑みを浮か
べた。







「あ、お父さん!?」

 ユズハが格納庫に行くとそこにはすでにアムロとフラガがいた。彼らはその経験から相手が何か仕掛けてくる可能性を予期し、備えていたのだ。

「ユズハ、どうしてここに?」

 まさかユズハが来るとはおもっていなかったので、彼女の姿を見て、アムロが驚いたような顔をして問う。

「何か、嫌な予感がして・・・・・・・。」

「・・・・そうか、多分それは正しい。一応MSに乗り込んでおけ。」

 アムロは複雑な表情をして言う。ユズハが戦いの才能に目覚めていく事は彼にとっては必ずしも望ましい事ではない。娘にはそんな世界で生きて欲しくないからだ。だが、今の状況ではそうでなければ彼女は死ぬ確率が高くなる。表情からそんなアムロの気持ちを読み取り、フラガも顔をしかめた。







 アスランはストライクの手前でイージスを停止させた。

『アスラン・ザラか?』

 キラが緊張した硬い。声で尋ねる。

「そうだ」

 返すアスランの声も硬い。

『コックピットを開け!』

 アスランは言われるまま、コックピットを開いた。ストライクのビームライフルは威嚇する様に、コックピットに狙いを付けているが、アスランは気にした風も無い。彼はキラが騙まし討ちするなんて、絶対にありえないと信じていた。怯えも恐怖も含まない相手を信じきった目でストライクを見つめる。すぐに、ストライクのハッチも開いて中の2人の人影が見えた。通信機から、2人のやりとりが聞こえてきた。

『話して』

『え?』

 そこでラクスに声をかけたキラに対してラクスがキョトンとして聞き返した。

『顔が見えないでしょ? 本当にあなただって事、判らせないと・・・』

『ああ、そういう事ですの』

 キラの膝の上に乗ったラクスが、ひらひらとアスランに向かって手を振り、

『こんにちは、アスラン。お久しぶりですわ』

 バイザーが反射して、顔が見えないが、アスランは最初の一声からラクスだという事が判っていた。2人の親密そうなやり取りに、小さく笑みを浮かべながらほっと息をつく。

「確認した」

『なら、彼女を連れて行け』

 アスランはハッチの上に立ち、体を固定し、キラもそれを確認してからラクスの背中を押し出した。渡って来たラクスの体を慎重に受け止め、2人は一瞬視線を交わしすと並んでキラの方を見やった。

「いろいろとありがとう、キラ様」

 ラクスの声の柔らかさに、アスランは彼らの関わりあいを想像した。少なくとも酷い扱いはしていないのは間違いない。軍艦の中でも、ラクスにキラは優しく接してくれていた。幼馴染が変わっていないという事が実感できてほっとする。しかしその反面、辛くもなった。このまま別れては、またキラと戦う事になってしまう・・・。そう思った時、半ば衝動的にアスランは叫んでいた。

「―――キラ!!お前も一緒に来い!!」

(今なら、連れて行ける・・・誰も邪魔はしない)

「お前が連合軍にいる理由が何処にある!? 来い、キラ!!」

 その言葉にキラは一瞬迷う。思わず、手を取りそうになった瞬間、先ほどのトールの顔を思い出された。

「僕だって、君と戦いたくはない・・・!!」

 キラ辛そうに、声を絞り出すようにして答える。

「でも、あの艦には・・・守りたい人達が・・・友達がいるんだ・・・」

 その言葉にアスランは自らの希望が打ち砕かれた事にショックをうけ、そして・・・・ショックを受けた。キラがじぶんよりもその"友達"を選んだ事に。

『ならば仕方がない・・・・・・次に戦う時は・・・俺がお前を撃つ!』

 搾り出すように言うアスラン。

「僕もだ・・・アスラン」

 キラは声を震わせながら答えると、ストライクのハッチを閉め、その場から離脱させた。アスランは遠ざかっていくストライクを、拳を握りしめながら黙って見送っていた。







『敵MS離れます!』

「エンジン始動だ、アデス!」

 アデスの報告と同時にクルーゼが命じ、シグーを発進させる。アークエンジェルはそのヴェサリウスの動きを捉えた。

「艦長達は間に合わんか・・・! 総員第一戦闘配備、MS隊全機出撃!!」

 ナタルは苦い顔をして呟くと、指示を出す。クロスガンダムに乗り込んでいたユズハがまっさきに飛び出した。

『こうなると思ってたぜ!!』

 フラガが叫び、ついでアムロとフラガも発進する。

「ユズハ!?アムロさん!?フラガ大尉!?」

『何もして来ないと思ったか?』

 3機に驚くキラに対してスピーカーから入って来たフラガの言葉にキラはぐっと詰まる。自分とアスランはそんな事しない・・・そう考えて上手くいくと思っていたのだが、そこを第3者につけ込まれた。その可能性を一切考えてなかった故に、アークエンジェルが危険に晒される事にキラは自責と焦りに苛まれた。

「キラ君、俺は君がした事が間違っているとは思わない。だが、正しい事が常にいい結果を生むとは限らない。君はもっと人を信頼すべきだ、今回の事だってもっと誰かに相談して上手く運べば危険性は減らせた。確かにこんな状況だ、まわりが信じられなくなるのもわかる。君に頼ってしまっている俺達が言えることじゃないかもしれない。だが、自分一人で勝手に決めるよりもその方が間違いは少ない。」

 そんなキラにアムロが自らの経験則から得た言葉を語って聞かせる。

「・・・・・・はい。」

 その言葉にキラが頷いた。







『ラクス嬢を連れて帰艦しろ』

 通信機からクルーゼの指示が入り、アスランは思わず問い返した。

「隊長、まさか始めから・・・!?」

『アスラン、我々は戦争をしているのだよ。敵を叩けるのなら叩いておかなければな!!』

 アスランの言葉を否定せずに返し、シグーはその速度を上げた。

「ラウ・ル・クルーゼ隊長」

「通信機のスイッチを入れ、凛とした口調でラクスは呼びかける。

「やめてください。追悼慰霊団代表がいるわたくしの場所を、戦場にするおつもりですか!? そんな事は許しません」

 アスランは驚いてラクスを見ていた。何時もおっとりとしていて、穏やかに笑う彼女の姿しか見た事がなかったからだ。

「すぐに、戦闘を中止してください! 聞こえませんか!?」

 彼女は猛々しくとも思える口調で駄目を押す。しばしの間ののち、クルーゼからの返答が返って来た。

『―――了解しました。ラクス・クライン』

 唖然としているアスランの顔を見ると、ラクスは何時も通りにニッコリと微笑んだ。





 何もせずに反転し、帰艦していくシグーをキラ達は呆気に取られて見送った。

「何が起こったかわからんがとりあえず、帰艦した方がよさそうだな。」

 フラガがそう言って、4機は帰艦を開始する。

「しっかし、とんでもねえお姫さまだったな・・・」

 フラガの呟きにアムロはふとセーラの事を思い出し内心で苦笑する。彼女もある意味"姫"のようなものだったが、方向性は違えどラクスに負けず劣らずとんでもない性格だったと。

「ねえ、キラ君、どうかした?」

 その時なんとなくキラの様子がおかしいと気づいたユズハが問いかける。

「いや、何も・・・・・・。」

 キラは俯いて答えた。目に浮かんだ涙を見られたくなかった。自分はアスランの手を拒んだ。もう、彼らのもとにはいけないのだと。そう思うと悲しかった。それでも、自分はアークエンジェルの皆を選んだのだと、そう言い聞かせた。


感想
何故だろう、ここで戦えばヴェザリウスも含めて全滅させるのも十分可能という気がする。しかしアムロ、昔の経験が生きてると言いますか、やはり経験則は大事ですかな。キラは行かなかったわけですが、史実通りならクルーゼは第8艦隊合流に間に合わないから次はイザークたちだけで勝負?