15話 決断の時



「180度回頭、減速、相対速度合わせ」

「しかし、いいんですかね? 旗艦『メネラオス』の横っ面につけて」

 操舵士のノイマンが冗談交じりに懸念を口にする。

「ハルバートン提督が艦を良くご覧になりたいんでしょ。自らもこちらにおいでになるみたいだし」

 マリューが微笑みながら言った。戦闘の後、アークエンジェルは無事ハルバートン准将の艦隊と合流を果たしていた。そして、ハルバートンはマリューの元上司でアークエンジェルとXナンバー開発計画を強く後押した人物である。故に少しでも早く実物のこの艦に乗り込みたいのだろう。そしてマリューは彼を迎えに行く為にナタルと一緒にエレベーターに乗り込んだ。するとそこでナタルが切り出す。

「艦長、ストライクとクロスガンダムの事はどうなさるおつもりですか?」

「"どう"とは・・?」

 ナタルの言葉の指す意味がわからず聞き返すマリューに、ナタルがじれったげに言う。

「はい。あの性能は、"彼ら"が乗ったからだと言う事です。特にその構造からナチュラルでは性能をひきだせない"ストライク"は。」

 できればアムロの力も借りたいと思いつつ、流石にこれ以上中立国の軍人を拘束し続ける訳にはいかないのでその事は省いて言う。

「でも、彼等とは友達と一緒に降りられる所まで力を貸してもらう、というのが約束よ。それに、彼等は軍の人間ではないわ」

「ですが! あれだけの力を持っていながら、みすみす・・・!」

「力があるからと言って、彼等を強制的に徴兵は出来ない。そうでしょう?」

 マリューが問い返すと彼女は黙った。しかし、その目には不満気な色が残っていた。








「艦隊と合流したのに、何でこんなことしなくちゃいけないんですか?」

 機体の整備をしながらキラが言う。

「万が一の時の備えだよ。何が起こるかわかんねえしな。文句言うな。アムロさんや嬢ちゃんだって手伝って・・・・・あれ、いねえな。」

 アムロとユズハはいつもキラと同じように機体の整備などを手伝っているのだが、そこにいるのはアムロだけでユズハの姿は見当たらない。

「何かフレイに呼ばれて、どこかに行ったみたいですけど・・・。そういえば、ストライクは? 本当にあのままでいいんですか?」

 そういえばという風にキラが尋ねる。彼がカスタマイズしたOSは、ナチュラルの手に余る代物とはいえ、全員が元に戻すのを躊躇っていた。フラガは難しい顔をして言う。

「うーん・・・わかっちゃいるけどさ。元に戻してスペックを下げるのは・・・。」

 すると上から涼やかな声が降りてきた。

「出来れば、あのまま誰かが使えないかな〜って思っちゃいますね」

 一同が驚いて顔をあげるとマリューがキャットウォークから飛び降りてきた。

「艦長?」

「あらら、こんなむさ苦しい所へ」

 マリューは彼等に頷いて見せた後、ユズハの方を、ついでキラの方を見た。

「あなた、ちょっと、話せるかしら?」

「え?」

 尻込みするキラに対してマリューは少し苦笑いして言った。

「そんなに警戒しないで・・・まあ、無理もない事だけど・・・。」

 その言ってキラをつれるとマリューは移動した。







 キラとマリューは、作業中のクルーから少し離れたクロスガンダムとストライクの前に来た。

「私自身とても余裕が無くて、これまであなたとゆっくり話す機会も作れなかったわね。」

「はあ・・・」

 キラの方を向いていうマリュー。何を話されるのかを警戒しつつ、キラは返事をする。それに対し警戒深げにするユズハ。そんな彼等に向き合い、マリューは微笑んだ。

「その、ちゃんとお礼を言いたかったのよ」

「え・・・?」

「あなたにはヘリオポリスから大変な思いをさせたわ・・・ここまで、ありがとう。」

 深く頭を下げるマリューに、キラは一気に動転し慌てた。彼はこの艦に残るように言われる可能性を少し警戒してたので、彼女の行動に咄嗟に返せなかったのである。

「いやっ、その、艦長・・・」

 どうにか返そうとするキラに対し、微笑えむマリュー。

「口に出さなくとも、みんな、あなたやユズハさんに感謝しています。・・・・・こんな状況だから、地球に降りてからも大変だろうけどがんばって。」

 そう言って彼女は片手を差し出す。キラはまだ戸惑いながらもその手を握った。

「・・・がんばって。」







「ツィーグラとガモフ合流しました。」

 アデスが報告するとクルーゼが念を押した。

「発見されてはいないな?」

「あの位置なら大丈夫でしょう。艦隊はだいぶ降りてますから。」

 クルーゼはあごに手をやり、小さく息をついた。

「月本部に向かうものと思っていたが・・・やつら"足つき"をそのまま地球へ降ろすつもりとはな・・・・」

「目標はアラスカですか?」

 アラスカは地球連合軍の最重要基点だ。そこに入り込まれたら容易には手出しできない。

「何とかこちらの庭にいるうちに沈めたいものだが・・・・どうかな?」

「・・・・・ツィーグラーに"ジン"が八機、こちらに"イージス"、"ファントム"を含めて六機。ガモフからは"デュエル"と"ブリッツ"がでられます。"バスター"は整備が終わってないので無理ですが・・。」

 アデスが数え上げる戦力と相手の戦力を比較し、底冷えのする笑みを浮かべるクルーゼ。

「知将ハルバートンか・・・・そろそろ退場してもらおうか・・・・・。」







「フレイ、それで話って何?」

 格納庫で整備をしていたユズハはフレイに誰も使用していない奥の部屋にまでつれて凝られていた。フレイの真剣な表情を見て、ユズハも大事な話なのだろうと気を引き締める。

「私、軍に志願しようと思ってるの。」

「えっ!?」

 その予想外な言葉に驚くユズハ。しかし、その驚きも冷めぬ間に、フレイはさらに衝撃的な言葉を続けた。。

「だから、お願い!!ユズハも一緒に残って!!」

「!!?」

 その言葉に先ほど以上の衝撃を受け、ユズハは言葉に詰まってしまう。

「パパを守りたいの!!ここで地球に降りてオーブに逃げたって戦争が終わる訳じゃない。もし、連合軍が負けたらザフトはきっとオーブを見逃したりしないわ。だってそうでしょ!?奴らはヘリオポリスにだって平気で攻撃を仕掛けてきたのよ!そしたらパパも私もきっと死んじゃう。だから、戦うの、でも、私だけじゃ対したことができない・・・・。だから、お願い。力を貸して!!!」

「で、でも・・・・・・。」

 躊躇うユズハにフレイがとどめの言葉をさす。

「戦ってくれるって!!守ってくれるって約束したじゃない!!」

 そう言ってフレイの服を掴みフレイに頭を押し付け涙を流す。ユズハの頭の中で以前感じた戦う事に対する無意味さや戦いに対する忌避感と親友の力になってやりたいという気持ちが揺れ動く。そして彼女は決断した。

「・・・・・・わかった。ここに残るわ。」

「ユズハ!!」

 顔をあげて笑顔を浮かべ、そのままユズハに抱きつくフレイ。

「ごめんね、ユズハ・・・・。」

「気にしないでフレイ、私が自分で決めたんだから。」

 抱きしめあう二人。だが、フレイの表情にユズハに見えないところで冷ややかな笑みが浮かんでいた。

(本当にごめんね、ユズハ、あなたを利用しちゃって。でも、親友だもんね。許してくれるわよね?)








「・・・除隊許可証?」

 差し出された書類を見て、トールが狐に摘まれた様な顔になった。

「・・・私達、何時の間にか軍人だったの・・・?」

「いや、そんな事ないから。」

 ミリアリアの的の外れた呟きに、サイがつっこむ。書類を配っていたナタルは、彼女等の質問に答えず書類を配る。

「・・・キラ・ヤマトは?」

 キラの書類を持ち、イライラした調子で彼等を見回す。

「そういえば、まだ戻ってきてないな。」

「・・・まあいい、後で渡してやれ。それから、これは君のだ。」

 答えたトールに、キラの分の許可証を渡し、それからユズハに除隊許可書を渡す。それをじっと見るユズハ。彼女の横にいたホフマンが、不審そうな顔をしている彼等に説明する。

「例え非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えば、それは犯罪となる。それを回避する為に、日にちを遡り諸君等がそれ以前から志願兵として入隊してた事にしたのだ・・・失くすなよ?」

「へえ、・・・面倒なんだな。」

 トールの呟きを聞いて、ナタルはコメカミを引きつらせ、『誰の所為だと思ってるっ!!』と叫びたい衝動に駆られるが、何とか抑える。

「それと、解っていると思うが軍務中・・・つまりこの艦に乗ってから知りえた情報は、例え除隊後であっても・・・」

「あの・・・」

 ホフマンの説明を遠慮がちに発せられたフレイの声が遮る。ユズハは彼女が何を言うのかがわかっていたので緊張した面持ちになった。

「君は戦ってないだろう。彼等と同じ措置は必要ないぞ」

 ナタルが不審げな表情を浮かべて言うと、フレイは俯き加減で前に出て、覚悟を決めた様に顔を上げる。

「・・・私、軍に志願したいんです」

「――――ええっ!?」「なっ!?」

 ユズハを除く皆が同時に、ナタルまでもが声を上げた。皆それを始めて聞いたのだから驚くのも当然である。ましてや、彼女は軍に向いた性格も能力も持っていない。

「何を馬鹿な・・・遊びじゃないんだぞ? 本気で・・・。」

「いい加減な気持ちで言ってるんじゃありません!!それに、ユズハも一緒です。」

 さらに驚愕な発言にその場の驚きが大きくなる。そして、それを聞いたナタルが僅かに色めきたった。

「それは、本当か?」

「あの、その、ちょっとだけ待ってもらえませんか。」

 しかし、ユズハは躊躇いの表情を見せた。その彼女の予想外な行動にフレイが詰め寄る。

「!?どうして!!一緒に残ってくれるって約束したじゃない!!」

「うん、そうなんだけど・・・・。お願い!!ちょっとだけ待って、軍に入る事を決める前にキラと少しだけ話したいの。」

「キラと?」

「うん、私達が残るって先に宣言しちゃったらきっと彼も一緒に残ろうとすると思うから。だから、はっきりと答えを示す前に彼にそれを話しておきたいの。」

 周りが全て残れば、彼はおそらくアークエンジェルを離れることが出来なくなるだろう。よく言えば優しい、悪く言えば周りに流されて自己主張が弱い、そういう少年である事はユズハはそれほど長くない付き合いながらも理解していた。だから、まず彼に答えをはっきりさせたい、ユズハはそう思った。

「そんな・・・!!」

 言ってしまえばフレイにとってこれは予想外だった。ユズハと同じ予想を実のところフレイもしていた。ユズハを確実にアークエンジェルに残し、あわよくばキラもそれが彼女の描いていたプランだったのである。しかし、これではキラが残る可能性が低くなり、下手をすればユズハまで気が変わってしまうかもしれない。

「・・・・わかったわ。」

 しかし、ここで無理に反論したりすれば、却って逆効果である事ぐらいはわかっていたので、彼女は仕方なく頷く。

「・・・・・わかった。1時間後に改めてどうするか答えをだしてくれ。それまでまとう。」

 その様子を見てホフマンがそう言う。彼は軍人であったが、同程度に良識的な大人でもあった。強制もせず、かといって、使える戦力を子供だからといって拒む事もしない。彼はそういう人物だった。

「キラの事か・・・・。」

 サイがポツリと呟く。彼はフレイが軍に残るという言葉を聞いて、自分も軍に志願するつもりだった。フレイを守りたかったから。彼女の側にいたかったから。だが、それはキラの事を考えず、また他の友人の事も考えない行為だったとユズハの言葉で気付かされた。だが、だからと言ってフレイを放って置くことなど出来ない。
故に、彼は考え始めた。軍に残るかそれとも降りるか彼は真剣に考えた。そして、それは他の皆も・・・・・・・。


感想
ユズハも流されるタイプでしたか。しかし、ユズハはともかくアムロとクロスガンダムは降ろさないと不味いのでは。オーブの正規の軍人と試作機ですし、志願とはいかないでしょう。ナタルが何やら残って欲しそうですが。さてキラはユズハに説明されてどう動くか。