「あ、キラ君、ちょっと話があるんだけど。」
トールにキラは格納庫にいると言われ、そこに向かったユズハはその途中の通路で戻ってきたキラを見つけた。そして、話を切り出す。
「ユズハ?どうかしたの?」
「あのね・・・・・。」
ユズハは話した。フレイが軍に残る事を決めた事を。そして、他の皆の中にも残るものがいるかもしれない事を。それから、ユズハ自身の中では結論がでているが、キラを惑わせないように迷っているという風に言った。
「そう・・・・なんだ・・・・。」
キラが迷いを見せる。そんな彼にユズハは少しだけ自分の考えを話して聞かせた。
「キラ君、あなたがどちらを選んでも私はそれでいいと思う。けど、一つだけ言える事があると思うの。私達は今まで、仕方なく戦った。けど、ここで残るってのは自分の意思で決めたって事、全部自分の責任になるってことだと思う。戦うのも・・・・人を殺すのも。勿論、それは他のみんなも、この先みんなが残る事を決めて・・・死んでしまってもそれは誰の所為でもないみんな自身の所為」
殺すという言葉、そして死ぬという言葉にキラがびくっとなる。ユズハの表情は真剣そのもので、そして彼女もまた顔を青白くしている。だが、彼女は目をそらさず、じっとキラの事を見つめ、そして言った。
「ユズハは・・・どうしてそんなに強いことが言えるんだ?」
迷っている・・・とは言っていたが、その話の内容からユズハがおそらくはアークエンジェルに残る"覚悟"をしているのだろうという事がその話から検討がついた。そして、その上で彼女は言っているのだ。この先、自分が死ぬのも、仲間が死ぬのも、そして・・・・敵を殺すのも全て自己責任なのだと。
「私は、責任を誰かに押し付ける事も、押し付けられる事もしたくないから。」
それに対し、ユズハはそう答えた。それは彼女自身の根源とも言える言葉。彼女は過去の経験から、行動に対して帰ってくる"責任"の重さを同世代の少年、少女よりも遥かに知っていた。
「僕は・・・・どうしたらいいんだろう・・・。」
キラはポツリと呟く。だが、それはユズハに対する問いかけではない。目の前の強い少女に対し、この状況で頼ることがどれほど情けない事かわからないのほどキラは馬鹿ではなかった。
そして、約束の時間まで、後、10分となった。しかし、キラは今だ決断できていなかった。しかし、それは無理の無い事かもしれない。人生を決めかねない選択に対し1時間という時間は勢いで決めるには長すぎ、熟考するには短すぎる時間なのだから。そして、キラが答えを出すよりも早くサイ達は答えをだしていた。
「返事は決まったかね。」
「俺は・・・・・軍に残ります。」
ホフマンの問いかけに対し、サイは軍に残る事を表明した。彼なりに必死に考え、それでも彼にはフレイを放って置くという選択は残らなかった。
「俺は・・・・・降ります。」
「私もです。」
トールは降りる事を決めた。軍に残るフレイとそして、おそらくは彼女の為に残ると予想していたサイ。彼らは放って自分だけ逃げていいのかという気持ちとその選択がキラを苦しめるのではないかという葛藤。自分の事以上に友人のことを思いやった彼が取った選択は艦を降りることだった。そして、彼の恋人である、ミリアリアも彼のその選択肢に従い降りることを決めた。
「俺も・・・・降ります。」
そして、カズィも降りる事を決めた。彼は軍に残るという事実をかみ締め、その恐怖に耐えられなくなった。そして、この決断をした。
「わかった。後は、パイロットの二人だけのようだが、彼らは?」
ホフマンは彼らの意思を確認した後、今だこの場にいないユズハとキラの事について訊ねる。
「多分、もうすぐ来ると思います。」
ミリアリアがそう答える。時計を見ると、約束の1時間まで後6分、もし、その時まで答えを出せないようなら規律を守れないような軍人など以下に優秀でも必要ない。ホフマンは彼らの答えに関わらず、軍に残すつもりは無かった。
「何で・・・何でこないのよ・・・。」
ユズハが来ないことにいらつきを見せるフレイ。その時、艦に警報が鳴り響いた・・・・。
「もう、時間が無いわ・・・・・私は先に・・・・・。」
ぎりぎりまでキラのそばについていたユズハだったが時計を見て立ち上がる。できれば答えをだして欲しかった。答えを出せずにそのまま結果が決まって知れば後悔するのは目に見えているからだ。そして、彼が答えを出せずにそのまま時間が来てしまったのなら、彼には降りてもらうようにホフマンには進言しようとユズハは決めていた。迷いのまま、戦い続ければ彼は死ぬ事になるだろうから。
「・・・・・・。」
無言のキラ、ユズハはドアを開け部屋を出る。その時、警戒警報が流れた。
「!!」
「敵!?」
驚く二人、そしてユズハはすぐさま走り出した。
そんなユズハを半ば呆然とした気持ちのまま見送り、ふらりとキラは廊下に出る。どの道どちらにせよ、自分はもう部屋を出なければならない。避難民を乗せた地球へのシャトルの降下がもうすぐ行われることになるのだ。この警戒警報のせいで遅れるかもしれないかとも思ったが、予想とは逆に敵の攻撃が激化する前に降下させることに決めたと警戒警報の直ぐ後にアナウンスで流れていた。
「あー! お兄ちゃん」
その時、この間ぶつかった女の子がキラを見つけて飛び出してきた、しかし突然走りだした為転んでしまいそうになる。キラは慌ててそれを支える。そして。女の子は頬を赤くしてニッコリと笑い何かを差し出した。
「お兄ちゃん、これっ!」
それは折り紙でできた花。キラはそれを受け取る。
「・・・僕、に?」
「うん。今まで守ってくれて、ありがと」
キラがその小さな手から、花を受け取ると、女の子はバイバイと手を振りながら、母親に連れられてシャトルのある格納庫の方へと走っていった。じっと、花を見つめるキラ。そして、彼は決意を決め、格納庫の方へと走る。だが、それはシャトルに乗る為ではなかった。ユズハから渡されていた除隊許可書を握りつぶす。彼は戦う事を決めた。それが正しい選択だったのか、それはまだわからない。
『アークエンジェルは動くな!! そのまま本艦につけ!!』
襲撃してきたザフトの艦隊に対し、ハルバートンの命令を聞きながら、アークエンジェルのブリッジでは重苦しい空気を感じながら、全員がモニターを見つめた。数だけならば、第八艦隊の方が上ではあるが、主戦力の性能とパイロットの錬度、腕が違いすぎた。第八艦隊の主力機動兵器は、メビウスであり、性能が既にジン以下なだけでなく、パイロットも殆ど新兵であった為、次々とジンや艦砲射撃の餌食へとなっていく。
「くっ! 対空砲火! 何時でも撃てる様に準備をしろ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
ナタルの命令に士官が準備を進めるが、人手が足りず何時もの様にすぐに準備が終らない。
「すいません! 遅れました!!」
その時扉が開き、サイが艦橋に入ってくる。その姿をみてマリューは驚き振り返った。
「なっ―――!? あなた!?」
「志願兵です。ホフマン大佐が受領し、私が承認しました」
呆然と呟くマリューに、事態を知っていたナタルが短く説明する。
「フレイ以外、他のみんなは降りました。多分キラも・・・・、ユズハはわかりませんが。」
マリューの困惑に気付いたサイが言う。
「俺にはたいした事はできないかもしれないけどやれる事をやりたいんです。」
サイはそう宣言する。その決意は正直ありがたかったが、それでもなお、まだ幼い少年等を本格的に戦争に巻きこんでしまうことにマリューは暗い気持ちを覚えた。
「ユズハの奴、どうしたんだ!!」
シャトルの発射時間が迫っているというのに、姿のみえない娘にアムロがいらつく。その時、トール達がやってきた。
「君達!!ユズハを知らないか?」
その姿を見て、アムロが問いかける。すると、ミリアリアが言いづらそうにしながら言った。
「あの、ユズハは・・・・軍に残るって・・・。」
「何!!」
突然、大声を上げたアムロにミリアリアがビクッとする。その姿を見てアムロは声を抑えて尋ねる。
「あ、すまない、しかし、それはどういうことなんだ?」
「あの、フレイが軍に残るって・・・それで、ユズハも一緒に。」
ホフマンに意思を報告した後、警報を聞き、急ぎシャトルへ移動しようとした時、ちょうどそのタイミングでユズハが現れた。そして、彼女は軍に残る意思をホフマンと彼らに告げたのである。
「くそっ、あの馬鹿娘が!!」
アムロが吐き捨てそして、走り出した。フレイはユズハの親友だ。そして、フレイが父親の事で心を歪めていたのはおぼろげながら気づいていた。おそらく、ユズハはそんな彼女を放って置けなかったのだろうと直ぐに思いつく。だが、ユズハはまだ知らないのだ。戦争がどれほど悲惨なものなのか。軍がどれほど薄汚れているのか。どれほど、しっかりしていてもユズハはまだ15歳の少女なのである。責任の意味をしりながら、その真の重さまでには完全に気がついていない。アムロは罵倒する。そんな愚かな判断をしてしまった娘を、そしてその決意に気づかなかった自分を。そして走った。おそらくは娘がいるであろう場所へ。
ユズハがパイロットルームへ駆け込むと、そこにフレイの姿があった。彼女は警戒警報を聞くと即座に部屋を飛び出すとこの場所に向かい、彼女はきっとここに来ると思い待っていたのだ。
「ユズハ!!来てくれたのね。」
「・・・・・うん。」
笑顔を浮かべるユズハの手を取るフレイに対し、やや悲壮な表情を浮かべるユズハ。そしてその時、更に1人の少年がその場にあらわれた
「キラ君・・・!?」
ユズハがその姿を確認し驚きの声を上げると、キラははっきりとした声で答えた。
「ユズハ・・・僕も残るよ。残って戦う」
「そう・・・なんだ・・。」
ユズハが複雑な表情を浮かべる。キラが自分の意思で決めた以上、ユズハはそれを否定するつもりはなかった。ただ、それがうれしくもあり、恐ろしくもある。正直にいえば彼女だってこの先の事を考えると怖い、不安もある。知り合いがそばにいてくれるのは安心できる要素である。しかし、同時にそれは、これから先もキラが危険にさらされるという事でもある。
「キラ!!」
そんなユズハの葛藤を他所にフレイが彼の胸へと飛び込んだ。柔らかく温かい質感にキラもそれを傍観したユズハも大きく戸惑う。
「フ・・・フレイ・・・な、何を・・・?」
その予想外な行動に何とか言葉を発すると、フレイは潤んだ目で見上げた。
「あなたは行っちゃったと思ってたから・・・」
以前から憧れていた少女に至近距離から見つめられ、更に抱き付かれているのでキラの頭は加熱状態だ。そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、フレイは言葉を続ける。
「私・・軍に残るっていいだしたけど・・・何も・・・出来ないから・・・だから、お願い、私の代わりにユズハを守ってあげて!!」
そう懇願するユズハ。キラはそれに驚き、そして頷く。
「わかった。ユズハは僕が守ってみせる。」
「うん、私もちゃんと帰ってくる。」
答える二人。そして二人はMSに乗り込もうとする。
「ユズハ!!」
その時、パイロットルームに声が響いた。それはアムロの声だった。
「一体何を考えているんだ!! キラ君も!!」
アムロが叫ぶ。だが、ユズハは首を振って答えた。
「ごめん、お父さん、私、フレイを放って置けないから。」
「馬鹿を言うな!!フレイを見捨てろって言ってるんじゃない!!お前は軍と言ったところがどういう所かまだ知らないんだ!!ほんとに彼女の事を思うなら一緒に艦を降りるべきだ。」
「お父さんだって、軍人じゃない!!」
その言葉にアムロは言葉に詰まる。確かにアムロはオーブの軍人である。それを言われれば否定できない。だが、ただ軍に所属しているだけど、戦争にでるのはまた別である。何より、アムロは既に軍人と生き方に慣れてしまっている、だが、娘にはそうなって欲しくなかった。それに、ユズハはもう一つ知らない事がある。彼女が目覚めつつある力が周囲にとってどういう意味を持つのかと言う事を。
「ともかく、降りるんだ!!」
「・・・・ごめんなさい。」
叫ぶアムロに対し、ユズハは謝りコックピットを閉じる。それにならう用にコックピットを閉じるキラ。
「ユズハ!!」
なおも叫ぶアムロを振り払うようにユズハはクロスガンダムを発進させた。キラのストライクもそれに続く。後に残されたのはアムロとフレイの二人のみ。
「くっ」
歯を食いしばるアムロ。そしてその横でフレイは全てが自分の望み通りに進んだ事に薄い笑みを浮かべていた。
(後書き)
アムロは次回で一旦退場です。それにしてもフレイ、書いてて怖い(汗)後、少女(名前なんでしたっけ?)何気にキラの運命狂わせちゃいましたねえ。魔性の女ですねえ(笑)キラは決意を決めたようにも見えますが、何せ優柔不断な男ですから今後、徹底的に叩かれることになるかもしれません。