「ここがアラスカ」
フラガの指がモニターの一点を指し、そのまま下がり世界地図を横断していく。
「―――で、ずっと下がって・・・ここが現在位置。まったく、やなトコに落ちちまったねえ。みごとに敵の勢力圏だ」
「仕方がありません。あのまま、クロスガンダムストライクと離れる訳にはいきませんでしたから・・・」
マリューはカップを口元に運びながら応えた。しかし、彼女の表情は言葉と裏腹に迷いが表れていた。フラガの言う通り、この辺りの地域はザフトの勢力化である。とはいえ、だからと言って自らの決意に後悔している訳ではない。この2機を本部に届け、生産ラインに乗せる事ことこそが自分たちの使命なのだから。
「ところでバジルール中尉とはどうだ?」
「・・・・・・大丈夫よ。」
その時、フラガが付け足した問いにマリューはそう答える。現在マリューとナタルの関係は良好とは言いがたかった。軍人としての規律を重んじるナタルと人情家なマリューは徐々に対立する事が多くなっている。実はキラがラクスを逃亡させた時も、戦力的にはアムロとユズハもいるのだからともっと重い刑罰をナタルは主張した。だが、マリューはそれを跳ね除けたのである。対立はまだ深刻化していない。だが、これから先どうなるかは未だ不透明だった。
(―――これからどうすればいいのかしら・・・・)
目的地は判っている。だが、そこまでの道筋は果てしなく遠く思えた。
「マニュアルに目は通したけど、楽しそうな機体だねえ・・・ストライカーパックも着けられる、支援用戦闘機か」
格納庫にパイロットと整備員が集まり、新しく補給された新型機スカイグラスパーを見ながら今後の戦略を検討していた。そしてそこには何とか体調を取り戻したキラの姿もある。
「2機ありますけど、もう1機は予備ですか?」
フラガの言葉を聞きながら、ユズハがもう1機を見てマードックに問いかける。
「ああ。運用法としては、使用してないストライカーパックを常に装着させる事になるな」
「それで、必要に応じて俺が乗り換えるって訳か。まっ、確かにいちいち付け替えるより方が早いからな・・・。」
フラガは肩をすくめて言う。
「そういえば、これはどうするんですか?」
キラがクライムを指差して言う。すると、マードックは難しい顔をする。
「OSはともかく、ハードの方はもともとコーディネーター用の機体だ。ストライクにくらべりゃあマシだと思うが、並のナチュラルには荷が重い。ま、フラガ大尉なら何とかなるかもしれんが・・・・」
そう言ってマードックがフラガの方を見るとつられてその場の皆が彼を見る。それに対しフラガは真剣な表情になって答えた。
「正直難しいな。どうやらこいつのOSは特にアムロ二佐専用に合わせて組んであるみたいだし、ちょっと設定をいじっただけじゃあ難しそうだ。OSを一から組みなおして使うってんならまだ何とかなるかもしれないが・・・。そういえば、ストライクのOSはキラが組んだんだよな? クライムのOS俺用に組みなおせないか?」
その言葉に今度はキラの方に視線が集まる。キラは戸惑いながら答えた。
「多分・・・できると思いますけど・・・・」
「だったら、話は速い。坊主いっちょ頼むわ。スカイグラスパーもいい機体だが、やっぱ乗りこなせるならMSの方が頼りになるからな」
キラの答えにマードックが肩を叩いて頼む。その時、ちょうどその場に様子を見に来たナタルが叫んだ。
「少尉と呼べ。キラ・ヤマトとユズハ・クサナギは少尉に昇進したのを忘れたのか?」
その『叱咤』にマードックはしまったという顔をする。ハルバートン提督の計らいでアークエンジェルクルーは全員一段階昇進、そしてパイロットとして活躍が目覚しいキラとユズハは少尉に任命されていた。
「はは、すいません、まだ、慣れてないもんで」
そう言ってナタルに対し頭を下げるマードック。格納庫に笑いが走る。そこでユズハが口を挟んだ。
「けど、砂漠じゃ飛べないMSより戦闘機の方が強いんじゃないですか?」
「それはあるかもな。だが、いざと言う時動かせるようにしとけばこの先状況しだいで戦術の幅を広げることができる。頼めるか、キラ?」
「は、はい。」
キラが頷く。
「よーし、遅くても明日、明後日にはコイツを含めてスラスター系の作業は全機終らせますよ。キラもまあ、なるべく早くたのまあ」
そうマードックが話を締めそこで解散となる。パイロット達が格納庫を立ち去った後、整備員の一人が彼に向かって叫んだ。
「マードックさん、まだ空けてないコンテナがありますけど、あれはストライクのパーツですよね」
「ああ。ランチャーパックだ・・・って、一度も使ってねえな・・・いざ使う時になって、四苦八苦してたらシャレになんねぇし・・・一度着けてみるか」
マードックが頭をかきながら言い、ストライクへと向かって行った。
「―――どうかな? 噂の"大天使"の様子は」
上官の声に、赤外線スコープを覗き込んでいたダコスタは顔を上げた。
「はっ! 依然、何の動きもありません」
「ふむ、そうかい。こっちかどう出るか検討でもしてるのかな?」
そう言いながら、バルトフェルドは口にカップを運び表情を変え、ダコスタは咄嗟に身構えた。
「なにかっ!?」
異変でもあったのかと見守る彼の前で、彼は満足そうに顔をほころばせた。
「いや、今回モカマタリを少し減らしてみたんだがね、こいつはいいな!」
その答えにがっくりと拍子抜けするダコスタ。そして、バルトフェルドが口を開いた。
「あー、諸君。これより、地球連邦軍新造艦『アークエンジェル』に対する作戦を開始する」
声は張っているものの、口調はかなり無造作に近い。
「―――目的は、敵艦及び搭載MSの戦力評価である」
その言葉を受けて、1人のMS乗りがニヤニヤしながら質問した。
「隊長、倒しちゃ、マズイですか?」
「まあ、その時はその時だが・・・あの艦はクルーゼ隊、ザフトのエース部隊が沈められなかった相手だ。油断はするなよ。」
そう答えて、最後の支持を出す。
「では、諸君の無事と健闘を祈る」
その合図に兵士達はさっと敬礼をし、バルトフェルドも片手を上げて返した。
「総員、搭乗!!」
ダコスタの号令を受け、兵士達が各々の乗機へと乗り込んでいった。
「機体の調整はどうですか!?」
敵の奇襲を受けたアークエンジェルが第一戦闘配置に入り、ユズハはクロスガンダムに、キラはランチャーが装備されたストライクへと乗り込んだ。
『―――砂丘の陰からの攻撃で、発射位置特定できません!!』
通信回線を通して、ブリッジでのやり取りが聞こえてくる。
『第一戦闘配備に移行! 機関始動!!』
エンジンを始動させる音が艦内を微かに震わせ、その音に二人は身を緊張させた。
『敵影を確認! ザフト戦闘ヘリです!!』
『ミサイル接近!! 機影ロスト!!』
『ヒットアンドウェイを繰り返すつもりか!? フレア発射、迎撃!!』
「まだ出撃しないんですか!?」
通信から聞こえてくる不利な戦況にユズハにもキラにも不安が走る。
「待って、まだ詳しい状況もつかめてないし、フラガ大尉のスカイグラスパーの調整も終わっていないわ。それから汎用に自動調整機能がついてるクロスはともかくストライクは地上用に調整しないと」
その言葉を聞いてキラははっとして急いでOSやシステムを組み替える。そして僅か数分で全ての作業を終えた。
「OSの書き換えは終えました。いけます!!」
キラが叫ぶ。だが、マリューはまだ躊躇いをみせ、はっきりとした決断を示さなかった。
「でも、まだ情報が・・・・」
「いえ、出撃させましょう。このままでは艦は撃墜されてしまいます」
「バジルール中尉!?」
渋るマリューに対し、ナタルが決断し指示を下した。それを受けて、二人は出撃した。
「中尉!!」
「ラミアス小佐、状況は刻々と変わります。時には状況にあわせた的確な指示が必要です」
越権的な行為を行なったナタルに対し、彼女がマリューを諌める。二人の間の亀裂が徐々に開き始めていた。
「くっ、動きにくい!!」
「こんなに重いの!?」
以下に汎用性の高い2機とは言え、ハード面での本格的な調整すら済ませていない状態で、砂漠という特化した地形においてその性能をフルに発揮できる訳もない。加えて二人ともまだ重力下での戦闘に慣れておらず、思うように動くことなどできなかった。
そんな彼等に砂漠用MSバクゥが襲い掛かる。
「キラ君、私が前線に立つわ!!援護して!!」
「わかった!!」
ストライクはランチャーパックを装備している為、機体の機動性はさらに遅い。身軽に動けるクロスガンダムが接近戦を務めた方が有利なのは明らかだった。
「当たれええええええ!!!」
ユズハはビームライフルで射撃する。しかし、バクゥはそれをすいすいかわす。
ズガアアアアン
「くっ!!」
バクゥの砲撃を受けてクロスガンダムが揺れる。そして体勢を崩したところでバクゥが体当たりを仕掛けてきた。
「きゃあ」
そのまますっころんでしまうクロスガンダム。そこにさらに迫るバクゥ。
「ユズハ!!」
キラがランチャーパックで援護する。バクゥは直撃を回避するが、その威力に地面がえぐれ、今度はバクゥの方が動きを止める。
「今!!!」
その隙にユズハはクロスガンダムの体勢を立て直し、ビームブレードでバクゥを切り裂いた。
「・・・・・ごめんなさい」
その瞬間に感じる死の間際の思念。何度やっても慣れるものではない。けれど、ユズハは既に覚悟は決めている。そのまま、他の機体に攻撃を仕掛ける。
そして二人は恐るべきスピードで環境に対して適応を見せ、更に2機目のバクゥを破壊した。
『ここまでだな・・・・・。しかし予想以上の実力だ。・・・・・・・・・調査は終わりだ。全機、撤退せよ。』
そこでバルトフェイドが撤退命令をだした。残りのバクゥが立ち去っていく。
「逃げていく?」
『追撃は控えるわ。ユズハ少尉、キラ少尉、帰艦しなさい』
それに対し、マリューは帰艦命令を出した。こうしてアークエンジェルの地球での初戦は終わった。