第19話 砂漠の虎
アークエンジェルのメンバーは物資を補給する為に街へと移動していた。
「うーん、久しぶりの街ね。不謹慎だけど、ちょっとウキウキしちゃうわ」
買い出しのメンバーに選ばれたユズハが笑顔を見せる。如何にしっかりしていようと彼女は15歳の少女である。精神的負担だって溜まっているし、たまには羽を伸ばしたいと感じてしまう。また、女の通例に漏れず買い物好きでもあった。
「でも、平和ね。ここって戦地の街なのよね?これでいいのかしら?」
フレイが不思議そうな顔をする。ユズハもそれに頷く。
「そうね。まあ、平和ならそれに越した事ないわよ」
そう軽く答え、だが、ユズハは直ぐにその答えを恥じるようになった。
「これは・・・・・」
路地を一本外れた裏道、そこから戦争の爪跡がはっきりと見えた。崩れた家、開いた大穴、そして赤い血の痕・・・・。
「やっぱり、戦争しているのね、たくさんの人が殺されて。パパみたいに・・・」
「フレイ・・、フレイのお父さんは死んだ訳じゃないでしょう?」
父親の事を思い出し、急速に沈み込むフレイを何とか元気付けようとするユズハ。だが、彼女は首を振った。
「でも、パパは結局一度も目を覚まさなかった。他のみんなと一緒にオーブに降ろされてそこから連合の病院に入れられるってことになるって艦長から聞いたけど、今はどうなっているかもわからない・・・・・」
「フレイ・・・・。」
ユズハは声をかけられない。そしてフレイは顔を上げた。そして訴えかける。
「お願いユズハ!!もっと一杯敵をやっつけて早く戦争を終わらせて!!」
その言葉にユズハは何も言えなかった。敵を倒すという事は人を殺すと言う事、ナチュラルであること、コーディネーターであること、彼女には最初からそんな区別はない。相手を殺さなければ戦争は終わらないのだろうか?ここまで広がってしまった戦争が今更話し合いだけで片がつくと思うほど彼女は夢見がちではない。だが、少しでも犠牲を少なくして戦いを終わらせる方法はないのだろうか?
彼女がそんな考えに陥っていた時だった。
ズガガガガガガン
銃声が鳴り響く。そしてその音を引き連れてアロハシャツを着た一人の男がこちらの方に掛けてきた。その後ろから銃を持った男が追いかけてくる。
「な、何、一体、何が起こったの!?」
突然の事に動揺するフレイ。そして、男達はユズハ達の方にも銃弾を撃ってくる。そのまま巻男と共に逃げ出すユズハとフレイも。
「いやー、お嬢さん達、どうやら巻き込んじまったみたいだ。すまんね」
ユズハ達の方を向いてへらへらという男。その態度に二人共かなり腹が立ったが怒っている暇は無かった。路地裏を抜け、全速で走る。だが、角を曲がろうとしたその時、銃弾がシャツを着た男の足に命中する。
「痛っ、こりゃあ僕とした事がへましちゃったね」
そんな状況なのに男は余裕そうな言葉を述べる。だが、その表情にはびっしりと汗が浮かんでいた。もう走れそうには無い。男を置いて逃げるかどうか迷っている間に追っ手が追いてくる。そしてこちらに向かって銃口を向けた。
「っ!!」
ユズハは反射的に護身用の銃を抜いて撃った。その銃弾は彼女の狙い通り、銃を持った男の腕を正確に射抜いた。腕を貫かれ痛がる男。
「ヒュゥゥ、たいしたもんだね」
それを見て口笛を吹く男。だが、さらに男を追って何人もの追っ手がやってくる。だが、追い詰められたその時、彼等は銃弾に倒れた。血を流して倒れる光景にフレイが息を飲む。
「大丈夫ですか!?」
そして、それを行なったのは反対方向からやってきた数人の男達だった。男達はシャツを着た男の知り合いらしく、彼に話しかけてくる。
「彼女達は?」
男の一人がユズハとフレイに視線を向け尋ねる。シャツの男は笑って答えた。
「僕の命の恩人だよ。ちょっと巻き込んじまってね。服も汚させてしまったし、丁重に扱ってあげてくれ」
その言葉に二人は裏路地を抜けた際、摺ったり、ひっかいたりして、自分達の服が汚れや傷で一杯になっていた。
「迷惑をかけたお詫びがしたい。その服の修復なんかも兼ねてちょっと僕に招待されてくれないかな。」
そう男が言ってくる。だが、フレイはそれに対し露骨に嫌悪感を表した。いきなり、こんな怪しい男の招待をうければ当然の反応だろう。しかし、周りの男達を恐れ、それを言葉に出せないでいる。
一方のユズハはフレイと同じような気持ちを抱きながら、その一方でこの誘いに逆らいがたい魅力を感じていた。今、この男の招待を受ける事がこの先で大きな意味を持ってくる。そんな根拠の無い直感を感じるのだ。だから、ユズハはしばらく迷った後、頷いた。
「わかりました。その招待受けます」
二人は男に連れられ、彼等が宿舎にしているホテルに招待された。最初渋りを見せていたフレイもユズハが行くならという感じでついてきている。しかし、その部屋の立派さもあって、二人は少し緊張気味になった。そんな二人に男が声を投げかけてくる。
「そう、緊張しないでくれたまえ、連合のエースパイロットさんとそのお友達のお嬢さん。」
「な、なんでそれを・・・!?」
男の言葉に動揺するフレイ。それに対して苦虫をつぶしたような顔をするユズハ。それを見て男はおもしろそうに笑う。
「ははは、そちらのお嬢さんは随分正直なようだね」
「・・・・どうして私の事を知っているんですか?」
ユズハが男の目をじっと見据えて尋ねる。男はニヤついた笑みを浮かべて答えた。
「何、単なるカマかけだよ。街中で銃を携帯していて、しかもあれほど見事な腕前、いや危機対処能力と言った方がいいかな? そんなものを持っているのは、連合とザフト、後はゲリラぐらいじゃないかと思ってね。そして、ゲリラの一員に君のようなものを見た事はない。だから、そうじゃないかとおもってね。」
「・・・・そうですか、流石ですね。砂漠の虎、アンドリュー・バルドフェイドさん」
そのユズハの言葉に男、バルドフェイドの方はその笑みを消し、口調はそのままで真剣な表情になる。そしてユズハの隣のフレイは目の前の男がザフトの部隊隊長である事に緊張した面持ちになる。
「君の方こそよく僕の事を知っていたね。それにしても知っていながらついてきたのかい?」
「さっき、あなた言ったじゃないですか。この辺で武装しているのは連合とザフト、ゲリラだけだって。ゲリラのアジトにしてはこの家は立派過ぎます。そして、あなたは上の立場の人間に見える。そう考えれば私だって答えがわかります」
ユズハは強い相手と向き合う時、弱みを見せたら漬け込まれる事を“知っていた”のでさも当然と言ったように余裕を見せて答えた。その言葉を聞いてバルドフェイドは感心したような表情をみせた。
「なるほど・・・洞察力も見事なもんだ。ところで、率直に聞くが君はコーディネーターじゃないのかね?」
その言葉にフレイがはっと息を呑む。だが、ユズハはきっぱりと否定した。
「違います」
「そうかね?だが、MSが操縦できることといい、少なくとも君が普通のナチュラルだとは思えないがね。」
「コーディネーターでなければ何も出来ないだなんて思わないでください。あのMSは訓練すればナチュラルでも動かせるように出来ています。あまり奢っているとこの戦争負けますよ?」
相手を挑発するように言うユズハ。バルドフェイドはそれに対し、すこしびっくりしたような表情になっておどけた感じで問い返してくる。
「君は連合の人間だろ?こっちの心配何かしていていいのかい?」
「そうですね。そっちが油断していてくれればこっちは楽でいいですね」
ユズハはこの戦争の勝ちに特別執着している訳ではないが、負けるよりはいいと考えている。だから、売り言葉に買い言葉といった意味も込めてきつい言葉を返した。
「こいつは手厳しいね。実際、油断から敗北した部隊はいくつもある。肝に命じさせておいてもらおうかな」
一本取られた、っと言った表情で笑うバルドフェイド。しかし、彼はユズハの自分がコーディネーターでないと言う事場に対し、いまだ半信半疑だった。そして、もし、ユズハがコーディネーターならば未完成の"ファントムクロス"を得ただけではザフト側には確信し切れていない情報、ナチュラルでも扱える優秀なMSを完成させていると言う事がはっきりする。最初の舌戦はユズハが押し切ったように見えて実はバルドフェイドの方に利があった。
「お帰り、アンディ。」
その時、不意に柔らかな声がして艶やかな黒髪を肩まで伸ばした美しい女性がその場に現れる。
「ああ、アイシャ。」
そして、バルドフェイドは彼女の腰に手をまわし、口付けた。その光景を見て、実はまだそう言った経験のない二人は顔を赤く染める。
そして、アイシャはバルトフェルドから離れると、こちらに向き直りニッコリと微笑む。
「この子達ですの? アンディ」
「ああ、如何にかしてやってくれ。僕の所為で服を汚してしまったからね」
「ち、近寄らないで!!私はコーディネーターのほどこしなんか・・・・・」
バルドフェイドの言葉と受けて近づいてくるアイシャに対し、フレイが反発の悲鳴をあげる。だが、そんな彼女にユズハがそっと耳元に寄せて囁いた。
「待って、フレイ。ここで下手な行動は起こさない方がいいわ。おとなしく従いましょ」
「で、でも・・・・。」
「心配しないで。ここに来たのは私の所為だから、危なくなりそうだったら私が必ず守ってあげるから」
そう言って、フレイを安心させる。実際の所、ユズハとてこの場の全員を敵に回して生きて帰れる自信などない。だが、バルドフェイドは自分達に敵意を持っていない――――少なくともこの場ではこちらが迂闊な行動をしない限りどうにかする気はない――――そう言った根拠の無い、しかし明確な確信が沸いてくるのだ。だが、コーディネーターを毛嫌いしているフレイにそう言っても彼女は聞かないだろうから、自分が守るとユズハはそう口にした。
「・・・わかったわ。あなたを信じる」
フレイはそう頷き、アイシャに連れられ、一室へと入っていった。
「ほ、ほーう」
ドレスを着て着飾ったユズハとフレイの姿を見て、バルトフェルドが立ち上がって、ジロジロと検分する。ユズハは特に気にした様子も見せないが、元々不機嫌だったフレイは更に不機嫌な表情になる。
「どうかしら、こんなもので?」
「嫌、流石だね。素材もコーディネートも優秀だよ。」
アイシャの問いかけに、バルドフェイドはフレイとユズハの美しさとアイシャのコーディネートを褒め称える。相手が嫌うコーディネーターとは言え、誉められて悪い気はしないのかほんの少しだけフレイの表情が緩むが、直ぐにそれに気づき不機嫌な顔に戻す。
「何で私達がこんな格好しなけりゃならないのよ!!私達の服を返して!!」
「今、洗濯中よ。洗い終わったら返すわ。」
憤るフレイに対し、そうアイシャが答える。その答えを聞いて流石に裸になる訳にもいかず、不機嫌な顔のまま椅子に座るフレイ。それに続いてユズハも彼女の隣に腰掛けた。そこでバルドフェイドが口を開いた。
「ところで、聞きたいことがあるんだが、君たちはどうやったらこの戦争が終ると思う?」
「そんなものコーディネーターを全部やっつけちゃえば終るわよ!!」
バルドフェイドの言葉にフレイが叫ぶ。それに対し彼は特に気分を害した様子も見せず、逆に納得だと言うように頷く。
「確かに、敵であるものを全て滅ぼせば戦争は終る。君はどう思うかね?」
最後の言葉と共にユズハに視線を向けるバルドフェイド。それと同時に彼の視線が鋭くなる。そのプレッシャーに一瞬気圧されるがこらえ、その目をまっすぐに見据え答える。
「この戦争をただ、終らせるだけなら他にも方法はあると思います。話し合いだけですむと思ってる程甘く考えてはいませんけど、両軍がほんとうに戦争が嫌だと思ってそれを認めれば戦争は終わると私は思います。それから、"本当の意味で"戦争を終らせたるにはどちらかを滅ぼすだけでは無理だと思います」
「と、いうと?」
「人が自分の主張を争う事でしか表現できない限り、ナチュラルだけ、コーディネーターだけになったとしても、きっと自分達同士で戦争を起こす。・・・・・そんな気がするんです」
ユズハの言葉を聞いてバルドフェイドは「ほー」っと感心した表情をし、フレイは複雑な表情をしている。そして、彼は聞き返してきた。
「"自分の主張を争う事でしか表現できない"・・・か。君はそれが変われると思うかね?」
「・・・・わかりません。人類はずっと変われなかった。歴史上同じ過ちを繰り返し続けてきた。けど、だからと言ってこれからも変われないと決め付けちゃあいけないと思います」
「なるほど。少々、奇麗事だが、そういう考え方をするのは嫌いではないかもしれないな、僕は」
ユズハの言葉を聞いて、そう呟くと、彼はそのまま押し黙った。部屋に短い沈黙が訪れる。
「さてっと・・・今日のキミ達は命の恩人だし、ここは戦場じゃない。そろそろ服も乾いたころだし、君達を無事に帰そう」
そう言って、バルドフェイドが立ち上がる。その時、ちょうどタイミングよく、ユズハ達の服が運ばれてきた。その服は洗濯してあるだけではなく、傷までもパッと見、わからないほどに取り繕ってあった。
「今日はキミ達と話が出来て楽しかった―――良かったかどうかは、判らんがね」
そう言って、二人を見送った。そして、二人は元の服に着替えるとアークエンジェルへと帰艦した。
部屋に残った二人、アイシャとバルドフェイド。アイシャが後ろからそっとバルドフェイドを抱きしめ語りかける。
「辛いわね、あなた、ああいう娘達嫌いじゃないでしょ。特に、あの茶髪のショートカットの娘」
「まあね。それにあの娘は是非、先を見てみたいとも思う。それが出来ないってのは正直惜しいかな」
そう言ってコーヒーをすする。彼はその苦味に顔をしかめた。
(後書き)
舌戦難しいですねえ。どちらかを悪役にすれば簡単なんですですけど、互いに正当性のある主張を書こうとするとほんと難しいです。もっと精進しないといけませんね。