第21話 動いていくオーブ


 

オーブ本国、その軍事基地で威厳の感じる初老の男性がアムロに話しかける。

「クサナギ一佐、M1−クロスの量産体制の方はどうだね? それから、アストレイの方は?」

「M1−クロスの方は順調ですよ。既に予定の生産台数の半分ができていますから。ただ、アストレイの方はやはり、性能の5割弱を引き出せる程度です」

「そうか・・・・。」

 答えを聞いて初老の男は眉をひそめる。連合から盗用したデータを元に生産されたMS、アストレイ、しかし、ハード面はともかく、ソフト面においてそれには問題があった。当初組み立てられたOSでは、訓練してすら、何とか動かせる程度の動きしかできず、到底実戦にでられるレベルではなかった。その後、OSの改良が何度も加えられるものの、それは行き詰まりを見せていた。
 そんな時、アムロが避難民と共にこのオーブへと戻り、自らの開発したクロスガンダムのデータとクライムのOSデータを提出したのである。これを元に、アストレイのOSは大幅な改善が進められ、今までとは格段な動作レベルを見せるようになったが、それでも尚、期待値には満たなかったのである。
 そこで、オーブはアストレイのそれ以上の増産を中止し、計画の主軸を量産型クロスガンダムM−1クロスへと移し、同時に今まで生産したアストレイを無駄にしない為にも、平行してOSの改良はつづけられることとなった。

「・・・・・ユズハは無事だろうかね」

 そこで、初老の男がポツリと呟く。その言葉にアムロの体が小さく揺れた。

「すいません・・・・"お義父さん"」

「いや、君を攻めたりはせんよ。あの子の言い出したら聞かなさは母親譲りだからな。君と結婚すると言い出した時も、私は最初、随分反対したものだが、結局あの子は押し通してしまった」

「・・・・・・・・・。」

 アムロが沈黙する。初老の男の名は、ダイキ・クサナギ、オーブの副代表にして、アムロの妻、シズク・クサナギの父親だった。

「それに・・・先ほどはつい弱音をこぼしてしまったが、多分、あの子は大丈夫だろう。あの子はシズクに似て、強い子だからな」

 その言葉には信じる一方でどこか自分自身に言い聞かせているように感じられた。そして、しばし憂いの表情を見せた後、ダイキはアムロの義父、ユズハの祖父と言った表情からオーブの副代表としての表情に変わる。

「それで、君にも話した・・・"例の件"だがね。」

「!!・・・どうするんです、ダイキ副代表!?」

その言葉を聞いてアムロもまた、軍人としての表情に変わる。

「私は、実行すべきだと言う結論に達した。とはいえ、簡単にはいかないだろうな。おそらくは決断を渋る国の方が多い。それに、まずは、国内で意見を通さないとな。」

「そうですね」

 アムロは頷く。この計画は簡単では無い。だが、おそらくはこれこそがオーブを本当の意味で守りえる唯一の方法となる。

「この計画が上手く言ったなら世界のパワーバランスも変動する事になる。この戦争はこのまま行けば、連合の勝利で終るだろうが、連合では内部抗争があるとも聞く。と、すれば、"我々を容易に取り込めなくなる"以上、決定打がなくなり、ザフトが勝つこともあるかもしれんな」

「そうなればそれでよい・・・・と、いけばいいんですが・・・・」

 アムロが深刻そうな表情を浮かべ呟く。戦争を終えるのも難しいが、その後の平和を維持し続ける事も難しいのだと言う事を彼は知っている。今の議長はナチュラルに対し、尋常ならぬ敵愾心を持った人間だという事を伝え聞いていたので、この戦争が終わった後、あるいは終わる前、ザフトがこれ以上の攻勢を仕掛けてこないか、それがアムロには不安だった。

「おそらく大丈夫だろう。国家規模から考えてもザフトにはもう余力が無い。連合国にさえ勝利してしまえばそれ以上の攻勢をかけようとは思うまい」

 ダイキの方はそれに対しては安心しきっているように見える。確かに、ダイキの言う事は正しい。だが、もし、ザフトがアムロが元いた世界にあった"あれ"のようなものを有していたら?

(考えすぎだな)

 アムロはそう自らの考えを切り捨てた。しかし、その予感は後にそれ以上の最悪な形として実現する事になる。








「どう?」

 期待と不安、それに諦めの混じった表情で部下の一人に尋ねる女性。それに対して、返ってきたのは半ば予想通りの答えだった。

「駄目ですね。ほんの少しマシになったかどうかってとこです?」

「そう・・・。でも、ほんの少しでもマシになったのならよしとするべきかしらね」

「単なる贔屓目かもしれませんよ」

「わかってるわ」

 容赦の無い答えに女性、エリカ・シモンズは溜息をついて答えた。

(まいったわね)

 M1アストレイの開発は思うように進んでいない。現在、何とか実戦に投入できる程度の動作ができるレベルにはなったが、そのレベルではコスト・パフォーマンス、その他もろもろを考えれば現状では欠陥兵器と呼ばれても仕方の無いレベルであった。

(向こうは既に生産ラインに乗った上に2機目まで製作に入っているっていうのに)

 オーブ兵器開発における新しくできた部門、アムロを中心とするチームではM1クロスに次いで、ファントム・クロスの量産型、奇襲戦術用MS、M2クロスの開発まで始まっている。それと比べて自分達の研究の進み具合の遅さに頭を悩ませる。

(このままだと、会社から責任とらされるかもね。このOSを作成したキラ・ヤマトという少年に何とか会えないものかしら?)

 エリカはディスクを手で遊びながら、それを注視して思う。そのOSはキラが作成し、アムロが細部調整(ほとんど最終調整のみ)をしたクライムにつかわれたものだった。そのデータはM1アストレイのOSを作成する上で大いに参考にはなったが、元々、構造の違う機体のデータなのでとても完璧と呼べるものはつくれず、そして、オーブに在住するコーディネーターの中で技師を務めるもの力を総動員してもいまだ完成は遠かった。

(まったく、どうしたものかしらね・・・・・)

彼女はまた、小さな溜息をついた。








 明けの砂漠との交渉を終えたアークエンジェルは現在、紅海洋上空を飛行していた。交渉によって供給する物資はそれなりに揉めたものの、最終的には何とかお互いの妥協点がみつかり、アークエンジェルには現在、ぎりぎりよりもほんの少し多いだけの物資が残されている。そして、それよりも問題なのはカガリがこの艦に乗艦した事だった。





・・・・・数時間前

「そ、そんな事、私に言われても許可なんてできないわよ」

「じゃあ、誰に言えばいいって言うんだ!!」

 カガリから級にこの艦に乗せてくれて言われ、動揺するユズハに詰め寄るカガリ。ユズハは少しだけ考えて答えた。

「そりゃ、やっぱり艦長とか、そうでなかったら副長のナタルさんじゃない?」

「よし、なら、早速言ってくる」

 そう行って、いきなり走り出してしまいそうなカガリをユズハは慌てて止める。

「ちょ、ちょっと、待って!! 艦長達は今、あなたの仲間の人達と話したりしてるんだから、邪魔しちゃまずいわよ!!」

「うるさい、あいつらなんか、もう仲間じゃない!!」
 
 そう言った押し問答を繰り返していると、やがて騒ぎに気付いた何人かがやってきて、カガリを取り押さえた。その後、艦長達の話し合いが終わり、その騒ぎを聞いて彼女等もやってきたのだが、それからがまた騒ぎが起きた。

"この艦に乗せろ!!""けど、連合軍には参加しない"そんな我儘な主張を彼女はし始めたのだ。そしてその主張を頑なに変えないカガリに対し、ナタルは勿論の事、マリューでさえも難色を示したものの、最終的には根負けする形で、妥協案としてこの辺り一帯の地形情報などと引き換えに、北アメリカ大陸に着くまでの乗艦を許されたのだった。







「なあ、なんで、僕達こんな事してていいのかな?」

「いや、俺に言われても。」

 キラとサイは並んで・・・・・釣り糸を垂らしていた。

「えっ、楽しくない?」

 そしてその横にいたユズハがそれを聞いて驚いたように言う。その更に横にはいらいらした表情のカガリとフレイもいた。

「いや、そういう訳じゃないけど・・・・・」

 困ったように言うサイ。実はユズハの趣味の一つに"釣り"というのがあった。しかも、いわゆるスポーツフィッシングとか言うのではなく、極、普通の釣り。これは祖父から教えられたもので、彼女の年齢を考えるとなかなかに渋い趣味といえよう。

「こんなにのんびりしてていいのかなあって思って」

 サイに続けるようにキラが言う。それに対し、ユズハが笑って答える。

「艦長の許可も得られたし、たまには息抜きしなくちゃ。せっかく海があるんだしね。まあ、できれば泳いだりもしたいところだけど、流石にそれは無理よね」

 っと、そのタイミングで魚がかかる。ユズハはそれをひょいっと釣り上げた。それで、既に8匹目。食料に余裕の無い中、気分転換に加えて、多少なりとも食料調達できるというのが、釣りが認められた理由である。ちなみに、竿は何故かフラガが持っていたものを借りている。

「うっー!! 何故、私は一匹も釣れないんだ!!!」

 カガリが叫ぶ。ユズハには及ばないものの、キラが4匹、サイが3匹とそれなりに釣っている中、カガリはまだ釣果がなかった。

「そんなに苛立ってるからよ。殺気を放っていると魚はよってこないわ」

 そういいながら、フレイのバケツを見る。そこにも魚は一匹も泳いでいなかった。

「フレイも・・・・釣れてないわね」

 少し、沈んだ声で話しかける。フレイが父親の事があって以来様子がおかしい事にはユズハも気付きつつあった。それが、単なるショックだけでなく、何か別のものがある事も。
それが、何かはわからないが、今の張り詰めた彼女はまずい、そんな予感がして、いつもと違う事でもしてみれば、そう、思って釣りを企画した動機の半分だ(自分がやりたかったのも本当だが)。

「ごめんなさい、私、気分が悪くなってきたから、部屋に戻るわ」

「あ、フレイ・・・・・」

 その時、彼女が立ち上がって、そして、艦の中に引っ込んでしまう。

「何だ、あいつ?」

「船酔いかな?」

 カガリとキラが訝しげな顔をし、そこでサイが立ち上がる。

「大丈夫かフレイ?」

 そう言って、声をかけるが、フレイはやわらかく彼を拒絶した。軽いショックを受けたような表情で立ち竦むサイ。ユズハはどうしていいか、わからずそれを見守った。


感想
クロス量産してたんですか。まあ動かない機体より動く機体を選ぶのは当然ですね。M1はもう切られたも同然の状態。エリカ女史も可哀想に。アムロが次の新型を設計してるとなりますと、次はリ・ガズィかνガンダムがベースになりますかな。
でも、オーブは何か仕掛けるつもりのようですね。この情勢下でオーブが影響力を持つとなると、第3勢力を築いて政治的に拮抗するか、どちらかに加担するかですが、さて何をする気なのか。