第23話 遭遇
ユズハは相手に拘束されながら、必死にどうしていいかを考えていた。機体のメーターを見ると攻撃を何度も喰らった所為かエネルギーも残り僅か、そして相手もバッテリー式で動いているMSである以上、敵の母艦までの距離はそう遠くはないだろう。つまり時間が無い。
「お、おちつくのよ、ユズハ。ま、まずは・・・」
自分に言い聞かせ、まずはPS装甲をカットする。少しでもエネルギーを温存する為だった。何かいい方法を思いついてもエネルギーが無いのでは逃れる事もアークエンジェルに帰艦する事も出来ない。それに上手くすれば相手の油断も誘えるだろう。勿論、攻撃された場合、一巻の終わりという危険性も含むのだが・・・・。
「つ、次は・・・・」
全身に冷や汗を流しながら、OSに検索ソフトを走らせどこかに異常な値が出ている箇所がないかを調べる。機体が動かないのが、ハード的な損傷が原因では無く、ソフト的なバグならあるいはそれで、どうにかできるかも知れない。
・・・・・一分、二分が経過する・・・・、そしてコンピュータはピーっという機械音を鳴らせ、異常個所を知らせた
「これはっ!?」
ユズハはすぐさま機材に飛びつき画面を確認する。すると、先ほどの回避から繋がる反撃の時、想定値を超えた動きにプログラムがバグを引き起こしていたのだ。
クロスガンダムは元々テストすら行なっていない試作機、それに加えて、ユズハのナチュラル離れした反応速度、今まで、こう言った欠陥が出なかったのはむしろ幸運だったと言えるだろう。
「こ、このぐらいなら、私でも・・・」
数値を修正し、バグ状態を解除する。その程度の作業なら学生のユズハでも、キーボードなどや専用の調整システム無しでもできた。そして、後はリセットをかけ、OSを再起動すればいい。だが、その最後の選択を実行しようとする指先が震える。
「これで、もし、動かなかったら・・・・・・」
ソフト的に問題があったからと言って、それでハード的に問題が無いとは言い切れない。両方に問題があった場合、再起動させても動かないかもしれない。いや、それならばまだいい。中途半端に動いたりすれば、相手は今度こそ自分を殺すだろう。
だが、彼女は震える指先を押さえ、覚悟を決めてキーを押した。カタカタと音がして、OSが再起動し、再起動が完了する。そして一気に機体を動かした。
「何!?」
グーンのパイロットが驚愕の声を上げた。クロスガンダムは稼動したのである。そのまま拘束している2本の腕を無理やり引き剥がし、PS装甲を展開する。
「くっ!!」
相手はフォノンメーザー砲を発射しようとする。それに対して、こちらに武器は無い。ユズハはクロスガンダムの右腕でその発射口に塞いだ。
「なっ!?」
驚愕の声。エネルギーの行き場を無くした銃が暴発する。その爆発に飲まれ、誘爆するグーン。それに対して、クロスガンダムは流石に右腕を失ったもののPS装甲のおかげで他の箇所の損傷は少なくてすむことができた。
「はあはあはあ・・・・・・・」
息をつくユズハ。まず、エネルギーを再度確認し、ついでナビ・モジュールで位置を確認するとアークエンジェルは移動していないようで、そこまでたどりつけるかどうかギリギリの量だった。
「何とか通信の届く範囲にまで戻れれば・・・・」
そう考え、PS装甲を解除しようとした時だった。"ガキィン"っと嫌な音が鳴り響き、機体はいきなりバランスを崩した。
「きゃあ!!」
機体に無理な動作をした時、先程危惧したように、クロスガンダムはハード面でも駆動系の一部を損傷していたのである。それが最後の動作と、先程の爆発の衝撃により、完全に壊れていた状態になってしまったのだ。 先程と同じようにOSを調べ、ユズハはその事実を確信する。
「・・・・・・・」
絶望の中、ユズハは最後の望みをかけ、救難信号を発し、それが少しでも届くように海面に浮上する。
そして、最低限の浮力を生み出し、ホバリング状態を作る。MSはその自重では浮くようには出来ていない。エネルギーが尽きれば後は沈んでいくだけ。
ユズハは助けを、救いを求めた。
そして・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・助けは来た。
ただし、それは、味方のアークエンジェルのものではなく・・・・・・・・
「なんだ、あれは?」
「あれは!? 連合の・・・・・・」
その海域を偶然にも通りがかった、一台の輸送船。そして、その輸送船に乗るもの・・・・。
ザフト評議会議長の息子、ザフトのエースパイロット、アスラン・ザラだった。
空中から海面に浮かぶクロスガンダムの姿を目撃したアスランがその予想外の存在に驚き、叫ぶ。
そして輸送機のパイロットの二人の内一人が口を開いた。
「どうやら、あの機体から救難信号がでているようだな」
救難信号は、どこで遭難してもよいように全世界共通のものが使われており、開戦後もそれは変えられていなかった。近海を飛行していた輸送機はそれを捕らえ、トラブルに巻き込まれる危険性を考慮し、判断に迷いながらも確認に来たという訳である。
「一体どうするべきかな・・・」
「機体の損傷が激しいな。・・・・出来れば、回収してもらえないか? あのMSは確かザフトでも調査対象に入っていた筈だ」
損壊した敵国の兵器を見つけるという事態にさらなる迷いを見せるパイロットに対し、アスランはそう発言する。彼のその発言は、言葉通りの意図もあったが、もしかしたら今はキラが乗っている可能性もあるかもしれないという思いも裏にあった。
それに対し、もう一人のパイロットの男が難色を示した。
「だが、この輸送機にはMSを引き上げるような設備が無い。君のMSも海上でそのような作業を可能とするようには出来ていないだろう。それに何らかの罠の可能性もある。場所だけ知らせ、後で別の班に回収しに来てもらった方がいい」
そう筋とおった反論をされて、アスランは沈黙する。確かにイージスは飛行できず、バーニアを使えば数秒の上昇は可能だが、別にMS一機を抱えてそのような作業を行なう事は不可能である。しかし、"もしかしたらキラが・・・"そう言った思いを捨てきれないアスランは食い下がる。
「なら、せめて、OSとパイロットだけでも。それだけでも、何かつかめるかもしれない。後回しにすれば、その間に連邦に回収されてしまう可能性がある!!」
そう言われて考え込む二人。そして、彼等は話し合い言った。
「わかった。俺達もザフトの為にできうるだけの事をしよう」
「感謝する!! それで、一応罠を避ける為に提案があるんだが」
アスランはその言葉に勢いよく答えると、表情をより引き締めた状態にして言った。
「言ってみろ」
パイロットはクロスガンダムの周りを旋回させながら、話を促す。それに答え、アスランは自分の考えを話し始めた。
「イージスを動かす。念の為、ワイヤーで輸送機と接続し、私が単機で降下して、罠を確認して、コックピットを開閉するようにして。これなら、爆弾などがしかけられており、最悪の場合でも輸送機は無事に・・・・」
「馬鹿野郎!! 俺らが助かっても積荷が無事じゃなかったら、それは俺らの恥なんだよ!!」
だが、その言葉を途中で遮って男は怒鳴りつける。それに対し、アスランは一瞬、面食らったような表情を浮かべた後、頭を下げ少し敬語を使って謝罪した。
「すいません、ですが、大丈夫です。もし、危険がありそうだと判断したら、すぐさま離脱するつもりですし、PS装甲があります。稼動状態ならそれこそ核クラスの爆発にでも巻き込まれない限り大丈夫でしょう」
「・・・・よし、ならいいだろう」
男がやや不機嫌そうに頷く。それを見てアスランは思った。彼等はこの仕事を、間接的にとはいえ、国を守るという仕事を誇りに思っているのだろうと。
そう考えると、"キラがいるかも"という自分の下心の混じった行動に対し、少しばかり胸が痛いものが会ったが、それを除いてもこの行動が意味がある行動である事は事実だった。イージスに搭乗すると、確実に成功させようと慎重に降りていく。
「罠は・・・・なさそうだな」
機体に乗ったまま、モニターを通し、クロスガンダムのコックピット周りを確認する。爆発物の類は一切見つからなかった。っと、すると、この機体は純粋なトラブルでこの海域を漂流しているのだと彼は推測する。
「開閉スイッチは・・・・これだな」
コックピットを外から開けるスイッチを見つける。そしてそのボタンを押した。
「・・・女!?」
そこに居たのは彼が期待した少年ではなく、一人の少女。これが、ユズハ・クサナギとアスラン・ザラ、時代の鍵を握る可能性を持った二人の出会いだった。
「何やってるのよ!? ユズハがみつからないってどう言う事よ!! もっとちゃんと探しなさいよ!! 早く行きなさいよ!!」
「ちょっと、フレイ、落ち着くんだ!!」
ストライクのエネルギーが切れてしまった為、一旦帰艦したキラに向かってフレイが詰め寄り、それを抑えようとするサイ。それに対し、普段なら気おされてしまうキラだったが今は、彼自身もあせっている為、彼にしては珍しく、この少女に対し、怒鳴りつけるように答えた。
「わかってる!! エネルギーを補給したら直ぐに行く!!」
だが、その言葉を否定するものがいた。格納庫にまで降りてきたマリューがキラに語りかける。
「いえ、もうすぐ日が落ちるわ。電波状況が悪い以上、捜索は目に頼らざるを得ない。今、探しても非効率よ。それに、キラ君、あなたにも少し休んでもらわなくてはならないわ」
その言葉に対し、キラが反論しようとしたその時、そのマリューの言葉を更に否定するものがいた。
「艦長、むしろこれ以上の捜索は無駄ではないでしょうか?敵に連れ去られたにせよ、撃墜されたにせよ。現在まで帰艦も確認もされていない以上、発見確率は極めて低確率です。クロスガンダムを失うのは多くの意味で痛手ですが、この場はせめて、ストライクだけでもアラスカ本部にまで届ける為に、捜索を中断すべきです」
ナタルがそう示唆する。その言葉にフレイが激怒した。
「何よ、それ!! ユズハを見捨てるって言うの!? それに、それじゃあ、ユズハはMSのおまけみたいじゃない!! ユズハがあんな人殺しの道具より価値が無いって言うの!?」
「そ、そうは、言わない。だが、軍人は軍からの命令を果たす義務がある。アルスター二等兵、おまえも軍に志願したのならそれをわきまえるべきだ」
"ユズハに価値が無いと言っているみたいだ"というフレイの痛烈な言葉に軍の規律に対し、忠実な堅物であっても、冷徹な訳では無いナタルは一瞬怯むが、直ぐにきっとして言い放った。
それを受けて、ユズハは拳を握り締めるその手を震わすと、キラの方を向いて大声で叫んだ。
「あなたが居なくなればよかったのよ!! なんで、あなたみたいなコーディネーターが残って、ユズハが居なくならなくちゃいけなかったのよ!!」
「なっ・・・・。」
その言葉にその場が凍りつく。今まで、特に険悪と感じなかった、それどころかかっては、ほのかにあこがれてすらいた相手から放たれた、あまりの痛烈な言葉にキラは呆然とし、立ち尽くす。
「っつ!!」
「フレイ!!」
そして、フレイは背を向けて出口の方に走り去ってしまった。サイがそれを追いかける。
残された者達によって沈黙が落ちる格納庫。その場にいたものはさまざまな表情を浮かべている。そして、その中には共感と言ったものに近いものを浮かべる者も・・・・あった。
「明日、夜明けと共に、正午まで捜索を行います。」
「艦長!!」
そこで、マリューが一歩前にでて言った。その言葉に対し、声を荒げるナタルを振り返り、きつく睨みつけ、彼女はピシリと言った。
「それで、見つけられなかったら彼女の事は諦めます。それで不満なら報告にでも、記録にでも好きに書きなさい!!」
その言葉にナタルは鼻じろむが、それが彼女なりの妥協点を示した意見である事を理解し、大人しく引き下がった。
「フレイ・・・・・ユズハ・・・・」
そして、たった一人置いていかれたような感覚を味わい、キラはその場に立ち尽くし続けた。
南海の小国オーブ、その一室。そこには二人の男が居た。一人は細身、一人は肩幅の広いがっちりとした体格。共に50を過ぎていたが、その眼光、気迫は年齢による衰えを感じさせないものがあった。
そして、細身の男が口を開く。
「ダイキ、これは・・・・・本気か?」
「そのとおりだ。俺はこれがオーブを救う唯一の手立てだと考えている」
二人の男のうち、一人はオーブ前代表首長ウズミ・ナラ・アスハ。そして、もう一人は副代表、ダイキ・コウ・クサナギだった。
形の上ではウズミは代表の地位を退き弟のホムラにその地位を譲っている。これはヘリオポリスでの兵器密造の責任を取った形だった。しかし、それはあくまで形式的な事であり、実験はいまだウズミのもとにあると言ってよかった。
「・・・・・・赤道連合とその他の中立国との同盟。どちらかが武力的侵略を受けた時、その国に明らかな非が在る場合を除き、侵略国に対し、それを協力して退ける・・・・・。これは、我が国の理念、"他国の争いに介入せず"を破る事になるのではないか?」
「理念を守る事は大切だ。しかし、国民を守る事もまた、為政者としての義務だ。このまま、ただ漫然と現状を維持するだけでは、いずれ、オーブは強大な力を持つ支配国、連合かザフトのどちらかに対し、従うか抗うかの選択を強いられる事になるだろう。そして、抗うには我等はあまりに脆弱だ」
ダイキの言葉にウズミが押し黙る。オーブの軍事力が如何に優れていようと国家規模が違いすぎる。戦えば敗北は免れず、また、戦わずしてどうにかなるほど予想される敵は甘くない。
「もし、支配国に従えば、その時こそ、我等は完全に理念を捨てる事になる。かといって抗えば理念は守れるかもしれんが、その代わりそれ以外の全てを失う事になるだろう。理念と国民、その両方を守るには同盟によって力を得るしかない」
現在中立国はオーブと赤道連合以外に4カ国ある。それらの国々が手を組み、また、オーブからは技術を提供し、見返りとして資源の提供を受けられたなら、その時は、連合やザフトに対し、勝てぬまでも容易に攻められない戦力となる事ができる。そして、それは抑止力、抵抗力として十分に機能する。
「ウズミ、理念は人の為にある筈だ。人が理念を守り、理念が人を守る。理念を守ろうと、その為に人を疎かにするのでは本末転倒なのではないか?」
「・・・・・わかった。議会で検討してみよう」
ダイキの言葉にしばし、黙考していたウズミはやがて静かに頷いた。