24話 対話
「・・・・抵抗するなよ」
クロスガンダムのパイロットはキラか、そうでなければ熟練の軍人だと思っていたアスランは予想外のパイロットの姿に一瞬驚くが、直ぐに正気を取り戻し銃を向ける。
それに対し、ユズハは彼を真っ直ぐに見据えて答えた。
「・・・・・わかった」
「よし」
そのまま、彼女に銃を向けたまま、OSをディスクに落とす。その処理が行なわれている間、二人はずっと正眼視を続け、重い沈黙が続いた。
そして、一分ほど時間がたった時、処理が終わり、ディスクを取り出すとそれをポケットに入れる。
「来い。お前は捕虜にさせてもらう。このMSの事についても色々と聞かせてもらうぞ」
そう言ってアスランは手を差し出す。ユズハは少し躊躇った後、それを無言で手に取った。
「意外にあっさり上手く行ったようですね」
「そうだな。思ったよりも我が国の政治家は"賢明"で居てくれたようだよ」
アムロとダイキが家で二人、酒を飲みながら語る。ダイキが提案した同盟は予想外にあっさりと受け入れられた。とはいえ、それは、全ての政治家が国民を守る大切さを理解していたという訳ではない。より、打算的な面が大きかった。
オーブが連合の傘下につけば、連合にとってより都合がいいように、扱い易くする為に、オーブは解体される可能性がある。そうなれば、彼等は今の立場を失う事になる。かといって、反抗されれば潰されるだけ。故にこの政策は権力欲を持つものにとって都合がよかったという訳である。
「難しいのはこれからだ。他国が求めに応じてくれなければ絵に書いた餅にすぎんからな。我が国と組めば戦う力を得る事ができるが、それは同時に反抗の意思を示す事ともなる。そうでなくても、余裕のある赤道連合はこちらの足元を見てくるかもしれん。いずれにしても交渉は難航する事になるだろう」
「オーブと赤道連合では同じ中立国でも立場が違いますからね」
オーブはナチュラルとコーディネーターが共存する社会を維持する為に中立を保っている。これは理念の面でも譲れない事象だし、そうでなくても、国内にコーディネーターやその親類、知人を抱えるオーブは、その反発を恐れ、おいそれと連合への参戦はできない。
それに対し、赤道連合はその方が利潤を得られるからこそ、中立を保っている部分が強い。兵器の輸出などを行なう事によって、自国に損失を得る事なく、利益のみを獲得できるからこそ中立を保っているのだ。無論、それが全ての理由という訳ではないが、連合と敵対してまで中立を保とうとするかどうかが問題だった。
「だが、赤道連合も、今のブルーコスモスが権勢を占める連合のやり方には不満も恐れも抱いている。交渉をする余地はある」
「ええ、連合の・・・特に大西洋連合のやり方は目に余る所がある」
赤道連合を味方につけられれば、他の国家も同盟を結んでくれる可能性が高い。だが、逆に赤道連合を引き入れられなければ、連合と戦う事はできないだろう。
それを為すこと、それこそがダイキの戦いだった。
「けど、そうなってくるとユズハの立場はますます苦しくなってしまうかもしれませんね」
「シズク・・・・」
その時、会話に割り込んできたものがいた。長い黒髪のまだ若々しさのある美人で、アムロの妻、ダイキの娘、そしてユズハの母親であるシズク・クサナギだった。アムロは彼女に頭をさげる。
「すまない・・・・」
「いえ、あの子の頑固さは私に似てしまった所為ですから」
同盟が結ばれれば連合との対立関係ができ、連合軍にいるユズハの立場は色々な意味で辛くなる。アムロの謝罪に対し、シズクは父親と同じような言葉で慰めた。
「大丈夫、あの娘は強い子に成長しました。昔のようになる事は無いと思います。何より・・・・」
続く言葉をアムロとダイキが待つ。それに対し、シズクは笑顔で答えた。
「あの子は未来をつむいでいける子。そんな気がするんです。親の贔屓目かもしれませんけどね」
ユズハを輸送船に乗せ、一人彼女を監視し続けていたアスランはユズハは見ながら考える。見れば、見るほど彼には不思議だった。東洋系の血が混じっている事もあって、ユズハは彼からすれば童顔で、同じく童顔で、実際にも年下のニコルと同じ位、幼く見えた。
そんな彼女が軍人、しかもMSのパイロットという事実。ナチュラルの成人年齢が18〜20歳以上だと言う事は聞いてはいた。
「・・・・何故、君みたいな女の子がどうして軍に入って戦ってるんだ?」
思い切って尋ねてみる。それに対し、ユズハは言った。
「最初は・・・・ヘリオポリスが壊されて、戦わなきゃ生き残れなかったから、戦ったの。」
「っつ!!」
自分がした行為が生んだ結果の一つを見せ付けられた形になり、少なからずショックを感じるアスラン。そして、それを誤魔化すように話を逸らした。
「最初は・・・・・って言ったな。じゃあ、今はどうしてなんだ?」
「・・・・・友達を助けたかったの。その友達はお父さんが乗った艦がザフトに襲撃されて、植物状態になっちゃったの。それで、お父さんを守りたいって。少しでも戦争を終わらせたいって、そう言って軍に志願したわ。でも、多分ほんとはザフトを、ううん、もしかしたらコーディネーター全部を凄く恨んでいる。そんなあの娘を私は放って置けなかった。だから、彼女が軍に志願したのよ。」
「!!・・・・だから、お前はコーディネーターを殺す為に戦争に参加したというのか!」
自分が母を殺されてナチュラルを恨んでいるようにコーディネーターに肉親を殺されて恨んでいる者がいる。少し考えれば当たり前の、だが、それを事実として突きつけられ、アスランの心が揺れる。だが、口から出たのは、反発の言葉だった。
「・・・・・今は、間違っていたかもしれないって思ってる。本当にフレイの為を思うのなら、強引にでも彼女を連れて軍を降りるべきだったかもしれないって。殺して、殺して、それで誰が幸せになれるんだろうって・・・・・・」
アスランが唇をかみ締める。先程の自分自身の言葉が矛盾している事には気付いていた。自分だって、している事を何故批判できる?自分が今まで気付いていなかった、いや、きづこうとしなかった罪に既に気付いていたナチュラルの少女、これで、本当に自分達は優れているといえるのか?彼は生まれてから初めてのコンプレックスを感じた。
故に、只でさえ先程から続けざまに自分達の罪を見せ付けられた様に感じていたアスランは、言い訳じみた反論をしてしまう。撤回使用の無い失言を含んだ反論を。
「ヘリオポリスを壊したのは、君達がMSなどを建造したりするからだ。それに、始めに仕掛けてきたのはナチュラルの方だろう。ユニウス・セブンが受けた事に比べれば、ヘリオポリスの事もその友達のお父さんの事も・・・・」
だが、その言葉を聞いた途端、いままでおとなしかったユズハがカッっとなったように叫ぶ。
「ユニウス・セブンに比べれば!? 何言ってるの!! さっきあなただって言ってたじゃない、やられたからやり返していい訳ないわ。人の命は足したり引いたりできるものじゃないのよ!!」
その迫力にアスランが気圧される。彼女の勢いは凄まじく、捕虜の立場にも関わらず、殴りかかってきそうですらある。
「それに、ヘリオポリスに住んでいた人達のほとんどは何も知らずにただ、平和に暮らしていただけなんだから。大きいか小さいかなんて関係ない、罪も無い人達を虐殺した事は変わらないわ!!」
その言葉が突き刺さる。同属を守る為、非道なナチュラルに対し、制裁を下す為、そう思ってしてきた事を単なる虐殺と言われた、ユニウス・セブンにいた母にされた非道と同じ事と言われた。
その事に対し、全く怒りを感じないと言う訳では無い、だが、同時に認めてしまってもいた、無関係なものを巻き込むと言う点でそれは確かに同じことなのだと。
だが、そこでユズハは突然はっとしたようになり、突然消沈する。
「ごめんなさい、よく考えたら私にはそんな事言う資格なかった・・・・」
「どう言う事だ?」
今まで聞いた限りには彼女には確かにそれを自分に対し、言う資格があるようにアスランには思えた。ヘリオポリスでの件に対して、彼女は確かに被害者であり、そして彼は加害者なのだから。
それに対し、ユズハは俯いた状態で呟くように答えた。
「私のお爺ちゃん、オーブの副代表だから・・・・・」
「なっ!?」
その言葉にアスランは今日、最大の驚きを覚えた。
「なん・・・だと?」
連合の少女、ユズハの口からでてきた言葉にアスランは一瞬、その意味を理解する事ができなかった。
「じゃあ、お前はヘリオポリスで連合のMSが開発されていたというのを知っていたというのか!?」
だとしたらどうだという考えがあった訳では無く、ただ感情のままアスランは叫んだ。
「兵器が開発されてるって事は知ってた。私のお父さんは軍人だったし・・・。けど、連合の兵器だって事は私は知らなかったし、お父さんも知らなかった・・・・・と思う。お爺ちゃんは、もしかしたら、兵器が開発されていた事すら知らなかったかもしれない」
アムロがクロスガンダムの設計者という事だけ伏せて、彼女は思いのままを伝えた。最も、もしかしたら・・・・っという疑念が離れなかった為、その声は自信なさ気だった。
「そんな訳がないだろう!! 政府の副代表がそんな重要な事実を知らない筈が無い」
まさか、クロスがンダムの設計者とは思わなかったので、父親が軍人と言う事には特に触れず、副代表であるダイキの事に対して指摘する。それに対し、ユズハは反論した。
「けど、ヘリオポリスとオーブ本国は離れてるのよ。それに、今はNJCも有るし・・・」
その言葉は、実のところ半ば自分自身に言い聞かせる言葉だったが、それを聞いてアスランは考え込む。確かに、今の状況ならばそれもありえるかもしれないと。
だが、秘密というのはどれほど隠しても、どのような状況であっても漏れ、伝わるものである。ザフトや、カガリの耳にも入った情報が、代表、副代表と言ったものの立場に入らない筈も無く、実のところ、彼らは知っていた。だが、それはあくまで噂レベルでまだ確証を得ておらず、理想主義者の気があるウズミは自国の国民を信じるが故に、行動が遅くなり、ダイキはアムロに連絡をつけて確認をとろうとし、それよりも早くヘリオポリスが襲撃されてしまったというのが事実だった。
とはいえ、それはユズハやアスランにとってはあずかり知らぬ所であった。
「そうか、それは確かにそうかもしれないな・・・・。」
その答えを聞いて、何となく、これ以上目の前の少女を責める気にはなれず、アスランはあっさりと引き下がった。
「とりあえず、その事はあまり他の奴には言わない方がいい。色々と面倒になるだろうからな」
だから、ザフトの人間としては間違った判断だと思いつつ、そんな気遣いの言葉を投げかけた。
「・・・・・・・・」
キラが甲板で一人立ち尽くす。
規定された正午まで懸命な捜索を行ったにも関わらず、アークエンジェルはユズハもクロスガンダムも発見する事ができなかった。ただ一つ、破損した左上のパーツを除いて。
『あなたが居なくなればよかったのよ!! なんで、あなたみたいなコーディネーターが残って、ユズハが居なくならなくちゃいけなかったのよ!!』
フレイの言葉が頭をよぎる。あの後、サイは彼は彼女を連れてきて謝らせた。だが、それが心からの言葉でない事は誰の目にも明らかだったし、そして、更に彼の心に突き刺さる致命的な出来事があった。
消沈した状態で艦内を歩いていた時、クルーの二人が話している会話を聞いてしまったのである。
『あのユズハってパイロットほんとに死んじまったのかなあ。』
『残骸が発見されたんだろ? だったら間違いないだろうぜ。 おしいよな可愛い子だったのに。』
『あの、フレイって子の言葉じゃないけど、どうせなら、あのキラっていうコーディネーターの方が死ねばよかったのに。』
『おい!! 幾らなんでも不謹慎だろ!! あいつが戦ってくれてるおかげで俺らはまだ生きてられるんだぞ』
流石に問題発言の言葉に、どなりつけるもう一人の男に対し、男は悪びれずに答えた。
『俺だって別に本気で思ってる訳じゃねえよ。けどよ、どっちかが死ななきゃならなかったらって考えたらお前もやっぱそう思うだろ?』
『そりゃあ、まあ・・な』
戸惑いながら頷くその姿を見て、キラは反対方向を向き、そのまま立ち去った。
「僕は・・・・・なんで戦ってるんだろう・・・」
いなくなってしまったユズハも含め、キラは全てに裏切られたような気がしていた。彼の胸元からお守り代わりに入れていた花が落ちる。
それは、かって幼い少女からもらったものだった。そして、それが、風に乗って飛んでいく。彼はそれに気づかなかった。
嘗て誓った仲間を守る事。その意味が急速にうすれつつある。彼は今、進むべき道を見失いかけていた。そして、その道を新たに示すものは、今、彼の側にはいなかった・・・・。
「おっ、隊長さんのご到着か。」
「ふん、あいつが隊長だと」
戦艦にたどり着いた輸送機を見てのディアッカの軽口に先に合流していたイザークが毒づく。イザーク、ディアッカ、二コル、シャナ、そしてアスラン、この5人をメンバーとしてクルーゼ隊は、アスランを隊長として"ザラ隊"として再結成されていた。そして、合流したイザークとシャナは合流した後で、それを聞かされ、それ以来イザークは不機嫌なのである。
そして、そうこう言ってる内に輸送機が着陸し、アスランが下りてきた。
「遅れてすまない」
まず、彼はそう発言する。そして、イザークの顔を見て驚いた。
「イザーク、その傷は!?」
「この傷は俺に傷をつけたあの機体のパイロットに借りを返すまで消さない。最初の奴と後の奴両方にな。それより、その女は誰だ。」
ユズハはアスランの後ろからついてこさせられていた。それを、見て、イザークが問いかける。それに対して、アスランは難しい顔をした後、やがて決意したように答えた。
「その、クロスガンダムのパイロットだ。機体が破損し、漂流状態だったところを、捉え、捕虜にした」
「何だと!?」
その言葉に驚愕し、そしてすぐにユズハに詰め寄った。睨み付けた表情で言う。
「お前がほんとにあのMSのパイロットだって言うのか!?」
「そうよ。」
気丈とは言え、敵地に一人の状態の15歳の少女、その体は震えていた。しかし、その震えを隠して正面をまっすぐ向いて答える。
「お前みたいなのが!!」
目の前に憎い相手がいるという思いと、それが自分よりも年下に見える少女であることに、感情がごちゃ混ぜになりながら、イザークはユズハの襟首をつかもうとする。そして、それをアスランが彼の手を掴みとめた。
「やめろ、彼女には色々と聞きたいこともある。手荒に扱うな」
「・・・ふん」
イザークはアスランの手を払いのけひっこめる。つい、勢いに任せて手を出そうとしてしまったが、本来女性に手をあげるのは彼の主義に反する事で、やりどころの無い怒りをおさえたまま、明後日の方を向いて、離れていった。
「とりあえず、お前にはあのMSについて知っている事を話してもらうぞ。それからおまえ自身の事ももう少し詳しくな」
そう言ってユズハの方に向き合う。外野ではディアッカが"あの子かわいいじゃん"などと軽口をつき、二コルが相槌をうつ。そして、シャナがユズハの方を見て、鋭い目つきで睨んでいた。