「やった、やったわ!!」

 エリカは思わずガッツポーズを取る。そして、次いで周囲で喝采が湧き起こり、研究員達は互いに互いを称賛し始めた。
 今、彼女達の目の前にあるもの、それは、素早い動作で動く、M1アストレイの姿だったのだ。

「やりましたね。」

「ええ、これで、会社に首を切られずにすみそうね。」

 部下の言葉に対し、エリカは冗談めかした口調で笑顔で答える。M1アストレイのOSは改良に改良を重ねられ、数ヶ月の時間をかけ、そして、ついに彼等の努力が報われ完成したのだ。キラ・ヤマトの力の力を借りる事なく。

「とはいえ、これでもまだ、アムロ一佐の作ったMSには適わないんだけどね」

「卑下する事なんかありませんよ。機動性なら、アストレイの方が勝ってますよ!!」

 喜んだその後、小さく溜息をついて自嘲するエリカを部下が励ます。その言葉にエリカは"そうね"と頷いて笑顔に戻って答えた。







 ユズハとアスラン、二人は椅子に向かい合って座っていた。尋問の為である。その役目には隊長としてアスランが当たっていた。

「まず、聞きたい事がある。アークエンジェルにいるキラ・ヤマトという男を知っているか?」

「え、う、うん。友達だもの」

 まさか、最初に聞かれるのがキラの事とは思わず、驚きながらも答える。"友達"と言う言葉に少し反応しながらアスランは次の質問をした。

「ストライクのパイロットだな」

「・・・・そうよ。」

 隠しても無駄だと思い、正直に答える。それに対し、アスランは"そうか"とだけ答え、軽く溜息をついた。

(やっぱり、あいつはまだ連合のMSに乗ってるんだな・・・)

 僅かに暗い気持ちになりながら、彼女に対し、ある意味本命の質問を開始した。

「それじゃあ、効くが君はキラがコーディネーターである事を知っているか?」

「えっ? うん、知ってるけど・・・」

「それじゃあ、お前はコーディネーターなのか? それともナチュラルなのか?」

「私は、ナチュラルだけど・・・・・」

 前にも同じような事を聞かれながらユズハは答えた。それに対し、アスランは二つの事を考える。一つは“連合はナチュラルでもあれほどの性能を発揮できるMSを開発したのか?”と言う事。そして、もう一つは“キラがコーディネーターである事を知りながら、それを友達と呼ぶナチュラルがいる”と言う事だった。少なくとも、彼女の先程のキラを友達と呼んだ言葉には嘘も含みも感じられなかった。

「本当にナチュラルなのか?」

「本当よ!」

 アスランの念を押しての問いかけにユズハは少しムキになった口調で答える。そこで、アスランは一息ついて言った。

「それについては後で少し検査をさせてもらう。別に危険なものや酷いものでも無いからその点は心配しないでくれ」

 それが一番早いと思い、検査を促した。
コーディネーターとナチュラルを完全に見分ける方法は無い。法律でも認められていない範囲の特異な改造でも為されていたりでもすれば話は別だが、そうでない限り遺伝子検査を行なったとしても、能力検査を行なってもはっきりと区分訳をする事は不可能である。
 しかし、高確率でそれを確かめる手段は存在していた。コーディネーターは病原菌に対して、強い抵抗力を持っている。これを利用して、コーディネーターの多くは抗体を持つが、ナチュラルでそれを持つものは極、僅かしかいない抗体が体内に存在するかどうかを確認すれば99%程度の確率で遺伝子を操作しているかどうかを見分ける事ができるのだ。ちなみに、100%にならないのは、コーディネーターでもそう言った調整をしてないもの、ナチュラルでもそういった抗体を持つもの、あるいはハーフや一部の2世代など、例外も存在する為である。

「それから、他にあの機体について知っている事はあるか?」

 その問いかけに対し、ユズハは自分の父親がそれを製作した事に関して流石に隠しておいた方がいいと思い首を振る。

「そうか・・なら、質問はこれまでだ。君は監禁させてもらうが、検査の後はゆっくり休むといい」

 これ以上、聞いても得られるものは無いだろう思ったアスランはそこで話を打ち切った。彼女が何か隠しているかもしれないと言う事は考えたが、彼の性格では自白剤や拷問を用いてまで、それを聞き出そうとは思えなかったし、どの道、改修したOSと機体を回収して調べれば大体の事はわかるだろうと考えたからだ。そして、彼は彼女を医務室に連れて行き、流石に男が居てはと後に見張りをシャナに任じて、そこで立ち去って言った。





 検査はあっさりと済んだ。結果はまだでないが、やった事は血液と毛髪、それに皮膚をほんの一部採取、それのみであったからである。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 そして、彼女は独房へと、シャナに連れられて歩いていた。彼女はずっと黙ったまま、彼女の前を歩いている。ナチュラルを舐めているのか、ユズハは一環して拘束もされておらず、逃げようと思えば逃げられるかもしれないが、ここで逃れてもそのまま戦艦からも脱出できると考える程彼女は楽天的にも自信過剰にもなれなかったのでそれをしなかった。

「あなた、ナチュラルって嘘でしょ?」
 
 その時、今まで黙っていたシャナが前を向いたまま突然口を開いて言った。

「違うわ」

 アスランにも何度か聞かれた事にややうんざりというように答えるユズハに対し、シャナは僅かに眉をひそめ、今度は振り返って言う。

「そんな筈無いわ。ただのナチュラルがあんなに上手くMSを扱える筈無いもの。いえ、コーディネーターだってあんな速度でMSに慣れる事なんてできないわ。例え、少しぐらい優秀で使いやすいMSだったとしてもあんな事がナチュラルにできる筈が無いわ!!」

「そんな事言われても。できるんだから、しょうがないでしょ!! 検査だってしたんだから、疑うんなら、後で結果を見ればいいでしょ」

「検査結果なんて関係ないわ。ナチュラルにできる筈無いのよ!!」

「知らないわよ!! コーディネーターより優秀なナチュラルがいた、ただそれだけの事でしょ!!」

 普段、ナチュラルだとかコーディネーターだとかにこだわらないユズハだったが、その言い草には流石に腹をたて、ムキになって言い返す。だが、その言葉にシャナはユズハ以上に怒り狂った。

「コーディネーターより優秀なナチュラルですって!? そんなもの、そんなもの認めないわ!! 私達は遺伝子を改造して、そのことでナチュラルから迫害を受けて、それと引き換えに能力を得たのよ。それを、ただ、自然に生まれてそれ以上の能力を持つだなんてそんな事は認めない!!」

 その言葉を聞けば、恐らくは多くのコーディネーターは首を傾げただろう。こう言った卑屈とも言える考え方をするものはコーディネーター全体の中でも少数であり、ましてやプラントに住む者の中では皆無に近かったからだ。だが、彼女にはそう考える"訳"があった。そして、その"訳"が普段は冷静な彼女を怒りに任せ、殴りかからせた。

「!!」

 飛び出した腕を、ユズハは反射的に掴み、そして、そのまま彼女を投げ飛ばした。

「あっ・・・・」

 自分のした事に一瞬遅れて気付き、慌てて倒れたシャナに歩みよろうとする。だが、彼女は自分で起き上がり、先程以上の憤怒の表情を浮かべ、叫んだ。

「生身でもコーディネーターを上回るっていうの!! ナチュラルが!!」

そして再び飛び掛ってくる。常人を遥かに超えたスピードでしかし、理性をなくし滅茶苦茶に殴りかかってくる。一撃目はそれを何とかかわすユズハ。しかし、シャナの勢いの激しさはユズハの技量を凌駕していた。追撃で放たれた拳を今度は回避しきれず、顔面に喰らい殴り飛ばされてしまう。

「おい、何やってるんだ!?」
 
 その時になって、騒ぎに気付いた他のクルー達がかけつけ、そして彼女を取り押さえた。

「認めない!! 私はあなたは認めないから!!」
 
 最後まで、叫び続けたシャナ。そしてユズハは半ば呆然としたまま再び医務室へと運ばれるのだった。







 捕虜に対する暴行かつ命令違反、それに対する処罰として、シャナは独房に入れられていた。

「一体どうしたんだ。君らしくも無い。」

 彼に処罰をくだしたアスランが直接面会に訪れ問いかける。それに対し、シャナは答えず、逆に質問を返した。

「遺伝子検査の結果はでた?」

 それが誰のかは考えるまでも無いだろう。質問に対し、質問を答えるのは失礼だったが、アスランはあえてそれを咎めず出たばかりの検査結果を聞かせた。

「ああ、ナチュラルに対し、希少な確率でしか持たない6種の抗体の内、2種だけが確認された。これはナチュラルとしては400分の1の確率だが、コーディネーターでこういったパターンを持つ確率はその更に100分の1以下だ」

「・・・・つまり彼女は本当にコーディネーターじゃないって事?」

「確率は0に近いがそれでも総数で500人以上はいる理屈になる訳だから断定はできない。それに、ハーフという可能性もあるからな」

「そう・・・・・」

 だが、きっと彼女はナチュラルなのだろう。先程あれほどムキになって否定したにも関わらず、彼女は漠然とそう思った。

「それで、何故、こんな事をしたんだ? 理由次第では俺も君をここから出す事ができる。」

「・・・・・・・・」

 流石に理由もなく、このような騒ぎを起こしたのではアスランとしても隊長として、何の罰も与えない訳にはいかなかったが、理由があるのならまた話は変わってくる。だが、彼女は頑なに口を閉ざし、何も言わなかった。

「・・・・・・話す気になったら話してくれ。」

 アスランは答えてくれない相手に対し、諦め、小さく溜息をつくと、そういい残しその場を立ち去る。
 そして、彼の姿が見えなくなった時、シャナは小さく呟いた。

「そういえば名前もまだ知らなかったわね・・・・」

 もう落ち着きは取り戻していた。だが、それでもなお、その内にくすぶる怒りを、シャナは抑えるつける事ができなかった。彼女にはユズハが許せなかった、いや、"妬ましかった"。

「あの娘はきっと望まれた子なんでしょうね。」

 遺伝子改造を施す事も無く、恵まれた容姿と能力を持った少女。恐らくは両親にも回りの人間にも必要とされているのだろうと考え、そしてそれが彼女には理不尽に思えた。
彼女もまた、必要とされている存在ではある。彼女の能力はコーディネーターの中でも指折りで、その能力はアカデミーでトップだったアスランと比べても引けを取らないどころか、性別を考慮に入れればそれ以上とすらいえる。当然、その人的価値は高い。
 だが、それは代償と引き換えに得た力だった。







 シャナ・ペインは温かい母親の胎内から生まれてくるという人間として当たり前の権利すら放棄させられ、冷たい人工子宮の中から生まれてきた。
 母体という不確定要素を排除する事で、より優秀な、より望みどおりな子供を創りだすスーパーコーディネーターの計画によって彼女は生まれた。
 この計画を実行したものは二人いた。一人はユーレン・ヒビキ教授。そして、もう一人はアメル・クランプトン教授、シャナの実の父親だった。


「くそっ!! 何故だ!? 何故、こんな出来損ないが!!」

 シャナの記憶の中にある最初の父親の言葉がこれ。シャナは能力の面では期待値を満たしていたが、予定に反し、目と髪が赤かった。原因は不明、遺伝子調整の際のミスか、あるいは他に何らかの不確定要因があったのか。

 原因はわからない。だが、シャナは失敗作として生まれた。だが、能力的には満たされていた事、また、胎児の段階で死亡しなかった例が他に無かった為、サンプルとして彼女は生かされた。失敗に対する"痛み"という名を与えられた、シャナ・ペイン・クランプトンとして。それでも、まだ、それは彼女にとって幸せな時期だったかもしれない。父親は彼女に対して冷たかったが、それでも彼女を見てくれ、時には気まぐれな優しさを与えてくれる事もあったから。
 しかし、シャナが生まれて2年後、次の成功作がでないまま、ライバルだったヒビキ博士がスーパーコーディネーターを完成させたという噂が流れた。しかも、男子の。

 遺伝子調整が可能となった現在でも、やはり調整が困難な部分は存在する。女性の方が男性よりも生命力が強いというのもその一つ。故にアメルは男のスーパーコーディネーターを諦め、まずは女のスーパーコーディネーターを創る事から始めた。にも関わらず、自分が諦めたものを自分よりも早く、同じ研究を進めていた研究者が完成させた。その事実に、彼は激怒した。そして、壊れ始めた。彼はシャナを見なくなった。

 それから3年の月日が流れた時、彼の精神は崩壊した。研究も中断し、スーパーコーディネーターの完成を期待しての企業からの援助も打ち切られ、財も尽きていた。そして、彼は刃物を持って、奇声をあげながらシャナに襲い掛かった。

 彼女は死を意識した。その時の彼女は既に死というものを理解できるだけの知能があった。だが、刃物が目の前に迫った時、彼女の頭の中で何かがはじけるイメージが浮かんだ。そして、当時まだ、5歳だった女児は、それをかわし、父親から刃物を奪い取り、そして、そのまま、彼の頚動脈を正確に切り裂いた。

 数分後、騒ぎを聞きつけて、来た近所の男は全身に返り血を浴び、血まみれの父親を見下ろす彼女を見て、一種の倒錯的な芸術作品を見た気分になったと言う。そして、こう呟いた、「bloody fairy―――血にまみれた妖精」と・・・・。


(後書き)
抗体うんぬんの話はS2インフルエンザのエピソードから考察したものです。
実はあのエピソード個人的にはかなり納得できなくて(新種のウィルスの筈なのに、ナチュラルには致死性が高く、コーディネーターには無害って生命力が強いってだけじゃ納得できないよ・・・・・・)過去に流通した何らかの病原菌と酷似した性質でも持っていたのか無理やり納得させてこんな設定を作ってみました。


感想
一応遺伝子操作で病原体への抵抗力を高める、という事は理論上では可能だそうですが、データの無い新種には確かに無理でしょうね。と言いますか、普通は病原体が普通に存在する地球出身の方が清潔なコロニー育ちより抗体が生まれる分抵抗力は上になる筈なんですが。
シャナはスーパーコーディだったんですか。カナードと似たような負の面を持ってるようですが、キラの正体を知ったらどうでますかな。