26話 変革の時



「予想通り交渉は難航したな、ホムラ。いや、ホムラ代表と呼ばなくてはいかんな」

「公儀の場以外ではホムラでいいですよ。半分は飾りのようなものだし、それにあなたは幼い頃から色々と面倒を見てもらった。いわば、実の兄以外のもう一人の兄のような存在ですから」

 ウズミに変わってオーブ代表となったホムラが椅子に腰掛ける。ついで、ダイキも正面の席に座った。
 ヘリオポリスでの件に対し、責任を取り、ウズミは弟であるホムラに代表の座を譲った。  しかし、ホムラ自身飾りというように、国外での扱いはともかく、内政ではいまだに、ウズミが強い権力を持っており、現在オーブは国家としては現在やや奇妙な状況にある。とはいえ、特に問題が起きている訳ではない。歴史上影の権力者が存在した国家などいくつもあるし、また、引き続き副代表として代表を補佐する立場についたダイキを中心とする首脳陣がこれを上手く纏めている為である。

「それから、交渉の方は、確かに難航してるが、予想ほどではありません。どうやら、赤道連合も今の連合、特にブルーコスモスの勢力の強い大西洋連邦には予想以上に脅威を抱いていると見えて、こちらの技術がのどから手が出るほど欲しいようです」

 その言葉にダイキが頷く。国力だけ見れば、赤道連合の力はまだ北大西洋連邦と比較できる。しかし、連合にはMSの技術がある。技術的な要素を加えた総合戦力では勝負にすらならないのが現状なのだ。この状況で彼に赤道連合が地球連合に加盟したとしてもよい立場にもっていくのは難しい。どういう選択を選ぶにしろ、諸外国と対等な立場にたって渡り合うためには、オーブの技術は彼らにとって必要なものだった。

「そうか。しかし、気は抜けんな。次の交渉は特に重要なものになるだろう」

 ダイキが厳しい表情で言った。赤道連合は連合に対して、脅威を感じている。しかし、それは即、彼等がオーブと手を結ぶ事にはならない。この場合、赤道連合にとってのベストはMSの技術を持って連合と敵対することではなく、それを手札として自分達に有利な条件で連合に加盟する事と推測されるからである。
 しかし、現状でのそれは実質無理難題に近い理想である。故に現実的には、不利な条件であっても連合に加盟するか、あるいはオーブと手を結ぶことで連合と渡り合えるようになるか、ということになるのだ。

「おそらくは次の話し合いまでには結論が出ることになるでしょう」

 時間が経過すれば、赤道連合はMSを製作し、戦力を整えるだけの時間を失う。そうなれば、赤道連合はオーブからの取引が持ちかけられている事を連合に話す事によって自分達にとって有利な条件で連合に加盟できるようにするというような道を考えてくることになるだろう。

「赤道連合が我が国と同盟を結んでくれれば、他の中立国もおそらくは応じてくれるだろう。逆に、それが出来なければ我が国の敗北がほぼ決まるな」

 次の交渉は6日後、恐らくはその前に相手側の結論は8割方出してくるだろう。無論、こちらとしても手をこまねいていたりはしない。交渉の事前にあちらにとって、有利な条件を幾つか提示する事で相手側の気持ちを傾ける努力は行なう。だが、最終的な結論は相手次第だった。

「後、6日でオーブの運命は決まるか・・・・・・」

ダイキは静かにつぶやいた。







 巨大なブースターが熱流を放射し続ける。そして、それを計器をみながら観測し続ける研究員姿の男達。その中にはアムロの姿もあった。そして、やがて熱流がとまる。それを見て、アムロがは溜息をついてぼやいた。

「この出力を維持できるのは15分が限界か・・・・」

 ダイキが同盟の為に活動している頃、アムロはクロスガンダムの追加装甲の開発を進めていた。海に囲まれたオーブの地形では空戦が可能なMSの重要度が増してくる。その為、クロスガンダムに装着する飛行ユニットの開発を進めていたが、元の世界では空戦MSが発達していなかった為、こればかりはほとんど一から研究を始めるしかなく、順調とは言いづらかった。

「しかし、これ以上、バッテリーを大きくすると重量が重くなりすぎて飛行事態が出来なくなります。いっそ軽量のM2クロスに仕様を変更してはどうでしょうか?」

 アムロの言葉に対し、彼と共に研究を行なう開発チームのメンバーの一人が意見を発する。それに対し、彼は少し考えた後、答えた。

「その方がいいかも知れんな。しかし、M2クロスではせっかく水中戦用に改良したその性能を殺してしまう事になる。それにもともとの機動性やミラージュコロイドの性能もな。M1アストレイの方はどうだ?OS問題も解決していて十分な性能を発揮できる筈だ」

 M2クロスはオーブの環境に合わせ、原型の宇宙用であるファントムクロスから水中戦用に仕様を変更されていた。装甲が薄いので深海には対応できないが、島の周辺のような浅海ならば十分に対応できる。しかし、それ故に、空中戦への仕様は向かないMSでもあった。
 だが、そのアムロの判断に対し、何人かは不満の声を漏らす。なぜならば、この研究チームのメンバーはヘリオポリスの時代からいるものもいれば、オーブに移行してから加わったものもいるが、ほとんどが"cross"のプロジェクトから関わり続けているものだったからだ。その為、ライバルチームとも言えるM1アストレイに頼るような真似はしたくないという考えを持つものが少なくなかったのだ。

「今はくだらない事にこだわっていられる場合ではないだろう。サイジョウ、M1アストレイの場合、飛行できる出力を維持できる時間はどの位になる?」

 アムロはそんな彼等を諌め、計算をさせる。言われた研究員が計算を始め、そして結果を算出する。

「・・・・・・・・・・・M1アストレイだと17分と言ったところですね。ちなみにM2クロスの場合ですと19分です」

 言われたM1アストレイだけでなく、M2クロスに対しても計算し、答えた研究員。その答えを聞いてアムロは渋い顔をする。

「それでも20分に満たないか・・・・。やはり、根本的な改善が必要ということだな」

 現在オーブには3つの量産タイプのMSが存在する。クロスガンダムをベースにした汎用性の高いM1クロス、ファントムクロスをベースに水中戦用に仕様を改変されたM2クロス。そして、M1アストレイの3つである。
 そのうち最も軽量なM2クロスでさえ、19分しか連続飛行できないのでは実戦での活用はなかなか苦しいことで、その事実に、部屋に暗いムードが立ち込める。

「よし、みんな、今日はここまでにしておこう」

 アムロがそこで解散を示した。その判断に対し、研究が思うように進んでいないことから、他の研究員達は異を示したが、彼等の疲れと焦りを見て取っていたアムロはそれを強引に押し通した。







 他の研究員がいなくなった後、アムロはコンピュータを一人操作し始めた。そして、モニターにはあるデータが映し出されれている。

「・・・・・・やはりこれを使うしかないかもしれんな」

 そこに映し出されていたものはこの世界ではまだ、存在しない、小型核融合炉とそれを搭載したMSの設計データ、新型MS『ネオクロスガンダム』のものだった。







「はあ、これで4日目か・・・・・。」

 ユズハが溜息をつく。彼女がアスランと遭遇して既に4日が過ぎていた。その間、拷問や虐待の類は無かったし、与えられた部屋も酷いものでは無かったが、その代わりその他のリアクションも無い。食事が与えられる以外、一日中部屋に監禁されていると言うのは退屈でもあるし、それ以上にストレスの溜まる環境であった。

「ハロペでもいればなあ・・・・」

 そういえば、今の自分の状況はかってのラクスと似ていると思い、ふと思う。あの時、彼女の側にはピンクハロがいた。ハロペがいれば少しは気を紛らわせたと思う。アムロと一緒に地球に降りた丸い物体を懐かしく思う。

「私、これからどうなるんだろう・・・・・」

 不安の言葉が漏れる。“状況がラクスと似ている”、ここからで気付いたのが自分の立場である。普段意識していない事だが、アスランに話してしまったようにユズハはオーブの副代表の孫娘である。連合のパイロットとして扱われるかオーブの息女として扱われるか、どちらにしても自分の先が明るいとは思えなかった。何とか逃げようとも思うが、それは現状では難しい。そんな風に考え、だんだん気分が暗くなってきたその時だった。

「おい、入るぞ」

 部屋にインカムを通して声が響き渡った。突然の事にユズハはビクッっとする。しかし、その後、反応が無い。一体どうしたのかと思っていると再び声がした。

「おい、入っていいのか?」

 どうやらユズハの返事を待っていたらしい。捕虜である立場のユズハに対し、礼儀を通すあたり、いい人なのかもと思いながらユズハは答えた。

「あっ、はい、どうぞ。」

「もっと早く答えろ。」

 ユズハの答えを聞き、文句を言いながら一人の男が入ってくる。ユズハはその顔にある傷に目が言った。

「この傷が気になるか?これはお前に付けられた傷だ。」

「えっ!?」

 男の、イザークの言葉にユズハは驚く。すると、彼女が驚いている間に、彼は放し始めた。

「大気圏上での戦いの時、シャトルを落とそうとした機体を撃っただろう? その機体に乗っていたのが俺だ。この傷はその時ついた。」

「あの時の・・・!! けど、あれは・・・・・」

 イザークの言葉にその時の事を思い出すユズハ。しかし、それは、民間人の乗っていたシャトルだったと言い訳しようとしたユズハの言葉をイザークは遮った。

「わかってる。あれには民間人が乗っていたというんだろう。その事に関して話があってきた」

「話・・?」

 一体どんな話なのかと身構えるユズハ。だが、イザークから発せられた言葉はおよそ予想外なものだった。

「まず、最初に礼を述べておく。お前のおかげで俺は民間人を撃つような卑劣な真似をせずにすんだ」

「えっ?」

 まさか、自分が撃った相手から礼を言われるとは思わず呆気に取られるユズハ。そんな彼女を放ってイザークは続けた。

「まさか、民間人が乗っているとは思わなかったからな。あの時は、てっきり、逃げ出した将校のやつらでも乗っているかと思ったんだ。事実は後で知った。わかっていればあんな事はしなかった。だから、お前には感謝している」

「い、いえ、どういたしまして。」

 真面目な顔でそんな事でいうイザークに対し、ユズハはどう答えていいのかわからず、思わず間の抜けた答えを返してしまう。だが、そこで、イザークの表情が鋭くなる。

「だが、だからと言ってお前に受けた屈辱はそれとは別問題だ。お前と、あのジンもどきのパイロットには必ず借りを返す!!」

 その言葉にユズハに緊張がある。ジンもどきというのがアムロの機体だと言う事もわかった。目の前の男は、自分と父親に対し憎しみを抱いている。その事実にユズハは震えた。もしかしたら、目の前の男はこのまま襲い掛かってくるかもしれないと考える。腕に覚えがあるとはいえ、狭い室内、力勝負に持ち込まれたらナチュラルで女のユズハには勝ち目が無い。だが、予想に反してイザークは何もしなかった。

「しかし、それは戦場での話だ。お前とあのジンもどきのパイロットには戦場で戦って倒す。そうでなければ、俺のプライドが許さないからな。ジンもどきのパイロットの方にも伝えておけ」

 代りにそう宣言してきた。その行動に先程以上にどう答えていいのか戸惑うユズハ。考えて、何とか答えを返した。

「でも、私はこうして捕まっちゃてるだし。もう、戦場で戦うことなんか・・・」

「それは、何とかしてやる。だから、俺と戦うまで死ぬなよ!!」

 それだけ、宣言するとイザークは部屋をでて、鍵をかけるとそのまま立ち去ってしまった。







「一体何のようだ」

 ユズハの部屋を立ち去った後、すぐ、イザークは艦内放送でブリッジに呼び出された。そして、足を運ぶと、そこには既に他のメンバーが集まっていた。

「足つきの現在位置が確認された」

 イザークの問いかけにアスランが口を開く。その言葉にその場にいる者達に緊張が走る。同時にある種の期待も。

「オーブ近海、西に数十キロいったところだ。2時間後に襲撃をかける」

「そうこなくっちゃな」

アスランの答えにディアッカが満足そうに頷く。

「あの、シャナがいないみたいですけど。」

 その時、ニコルが回りを見回し、尋ねる。確かに、その場には他のザラ隊メンバーはいたが、シャナだけはいなかった。

「彼女は今回は待機だ。数日前の事があるからな。今、彼女を戦場に出すのは賭けになる。」

 そうアスランが答える。彼女は既に解放されていたが、何せ、数日前に暴走し、その理由もあかしていない。今、彼女を戦場に出すのは彼女にとっても他の仲間にとっても危険だというのが彼の判断だった。

「そうか。まあ、俺の新型があれば、足つき等シャナがいなくても余裕で沈められるな。」

 その言葉に対し、ザラ隊の中でもシャナと親しい方のイザークは一瞬眉をひそめるが直ぐにニヤリとした笑みを浮かべる。

「油断するなよ、イザーク。足つきはあのバルドフェイド隊にすら勝利してきているんだ。お前だって、苦渋を舐めさせられてきているだろう。」

 そんな彼を諌めようとしたアスランの言葉にイザークは舌打ちをする。それからアスランは思いだしたように付け加えた。

「ああ、それから言い忘れていたが、今回の作戦はモラシム隊と合同で行なわれる事になっている」

「何だと?」

 それに露骨に不満を表すイザーク。それにディアッカも便乗した。

「おいおい、必要ねえだろ。何せ、こっちはただでさえ相手のパイロットを一人捕獲してるんだぜ。戦力落ちた相手に数揃えること無いだろ。つーか、むしろ足手まといになるんじゃねえのか?」

「ここら辺りは元々彼等の管轄だ。優先権は本来、彼等にある。仕方ないだろう」

 それに対してアスランはそう諌めた。その言葉にイザークは多少不満そうながら、"はい、はい、わかりましたよ"と答える。







 そして、2時間が過ぎた・・・・・・・。


感想
アムロが核融合炉って、まさかUCのミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉じゃ。あれが存在するとなるとミノフスキー粒子が必須になりますから、戦略条件そのものが変わってしまうような気が。防御処置されてない集積回路はぶっ壊されますし、赤外線誘導さえ困難に。電波、放射線が吸収されてしまうのでドラグーンもジェネシスも使えなくなってしまいますよ。