(えと、えと、次はどうすれば・・・・・)

 ユズハは焦っていた。ニコルを叩き伏せた事はしっかりと意識してというより、半ば反射的にやったことなのである。それからどうすればいいかなど彼女の頭にない。片手を下に挟んだ状態でうつ伏せの状態になっているニコルの背中に馬乗りになり、もう片方の腕を後ろ手に捻ってしっかりと掴むというやけに完璧な拘束状態のまま、彼女は必死で考えをめぐらせた。

「あの・・・・・」

 ユズハが考えているうちにニコルが口を開こうとする。叫ばれたりしてはまずいとユズハは口を開こうとしたニコルの口をとっさにあいた手で塞ぐ。そして、混乱していた思考をなんとか落ち着かせ、ニコルに語りかけた。

「え、えーと、叫んだりはしないで欲しいんだけど。後、できれば小声で・・・・」

 ユズハ自身、あまりに間抜けな言葉だと思いながら言ったその言葉に、ニコルは口を塞がれたまま首だけ振って頷く。それを見て、ユズハはしばらく迷った後、手を外した。

「ふう、それで、何故、あなたがここに?」

 口が自由になったニコルは一息ついた後、尋ねる。それに対し、ユズハは少し迷った後、正直に答える事にした。

「えーと、その、イザークって人に連れられてきて、逃がしてやるって・・・・・」

 そして、言ってから気付く。そんな事をいえば、イザークに迷惑をかけてしまうのかもしれないと。どうやら、落ち着いたつもりで、まだ同様していると彼女は気付いた。

「ああ、なるほど。あの人ならありえそうですね。大方、戦場で決着をつけなければ納得できないとでも言ったんでしょう」

「えっ、う、うん、そうよ」

 だが、それに対し、ニコルは得心が言ったという感じにずばり正解な答えを返して、すっきりとした表情になる。その答えに、毒気を抜かれるユズハ。そして、ニコルは更に意外な事を言ってきた。

「それなら、僕も協力しますよ。お姉さんみたいな綺麗な人が拷問とかにあったら僕も嫌ですしね。恥ずかしい事ですけど、上の方も含めて結構、酷い事してるコーディネーターも多いみたいですし」

「えっ?えっ?」

 脱走者の自分に対し、協力するというニコルにますます混乱状態になるユズハ。加えて、綺麗なお姉さんなどと言われた事に対し、童顔であまりそういう風には言われた事の無い彼女は顔を赤くする。

「大船に乗ったつもりで任せてください」

「あ、うん、ありがとう」

 手が自由だったならば、胸を叩いていそうな勢いで答えるニコル。ユズハはもう、彼のペースに飲まれっぱなしだった。
 そして、それから10秒程時間が経過する。今の状況頭を整理していたユズハは申し訳なさそうな表情と声のニコルの言葉に正気を取り戻す。

「あのー、それで、そろそろ手を離してもらえないですか?痛いんですけど・・・・。」

「あっ、ごめんなさい」

 混乱状態の中でも拘束はずっと続けていたらしく、慌てて手を離し、どくユズハ。そしてニコルは彼女の下から自由になっても危害は加えようとせず、にっこりと微笑んだ。







「ここは・・・・・」

 キラが目を覚ます。見回すと白い壁、その光景から自分が今、病院にいるのだという事は直ぐにわかった。だが、何故、病室にいるのかは直ぐに答えがでてこない。

「僕は確か・・・・そうだ、アスラン達と戦って・・・・・」

 アスラン達と戦い彼の機体の自爆に飲み込まれた、そこまでは思い出せた。それで病室にいるのは理解した。だが、自分が今いる病室はアークエンジェル内のそれではない事に彼の中で疑問が生まれた。

「ここは・・・どこの病院なんだ?」

 キラは大気圏に突入した際、以前にも寝込んだ事があるので、アークエンジェルの病室がどんな部屋かは知っている。自分が見知らぬ場所にいる事に彼は不安を覚えた。その時、一人の女性看護士が病室に入ってくる。

「あっ!」

 女性看護士はキラの姿を見て、一瞬驚くと直ぐに笑顔になって言った。

「よかった。目が覚めたんですね。どこか、痛い所とか、違和感のある箇所はありますか?」

「い、いえ、特には」

 本当は体中に痛みがあったが、それほど酷いものではなかったので、大げさにするのも何かと思いそう答えておく。そして、自分の疑問を尋ねた。

「あの、それでどうして、僕はこの病院に・・・・」

「えっ、ごめんなさい。私も事情はよく知らないのだけど、何でも怪我していたあなたを見つけた人がいて、そのままオーブに運び込まれてきたらしいわ。それで、この病室にいれられたのよ」

「オーブ!? ここはオーブなんですか!?」

 自分の今、いる場所を自覚し、その事に驚きを表す。しかし、その勢いに驚いている看護士の姿を見て、直ぐに小さくなった。

「え、ええ、そうよ。あなたはオーブは初めてかしら?」

「あっ、いえ、前はヘリオポリスに住んでましたから・・・。本国に来るのは初めてですけど・・・・」

 看護士の問いに答えながらも、キラは半ばうわの空の状態だった。落ち着いてくるに従い、序々にアークエンジェルの事が心配になってきたからである。出撃前はどうなってもいいというようにも考えていたが、やはりいざとなるとそれを切り捨てられないのは彼のいい所だった。あの後、戦闘はどうなったのか、アークエンジェルと、そしてアスラン達、双方の事が気にかかる。だが、それは、今ここで考えても残念ながら答えのでるものではなかった。

「それじゃあ、先生を呼んでくるから待ってて。一応精密検査とかしておかないといけないから」

「あっ、・・・はい」

 その時、彼の考えを遮るように看護士の女性はそう言うと、そのまま部屋を出て行った。そこで、再び答えのでない考えに入り込む。すると、2分程の時間が過ぎた時、ドアをノックする音が聞こえた。先程の看護士が呼び言った医者の先生が来たのかと思い、キラは声をかけた。

「どうぞ、はいってください」

 そして、一人の女性が部屋に入ってきた。しかし、それは彼が予想していた人物ではなかった。その相手は女性で、今時女医など珍しくも無いが、病院内で白衣を着ていないことから医者でない事がわかる。一体だれだろうと、キラが尋ねようとする前に、その女性がそれを読み取ったように口を開いた。

「始めまして、私はエリカ・シモンズといいます。よろしくね、キラ・ヤマト君」

「あ、はい。こちらこそ、始めまして、シモンズさん。それで、あの、どうして、ここに?それに何で、僕の名前を・・・・・」

 相手は全く見知らぬ女性で、何故、病室にいる自分を尋ね、しかも自分の名前を知っているのか疑問に思う。それに対して、エリカは笑顔で答えた。

「あなたを病院にまで運んで入院させたのが私なの。今日は、ちょっと様子を見に着たんだけど、あなたが目を覚ましたって聞いてね」

「えっ、あ、ありがとうございます」

 目の前の相手が自分の恩人だと知って、キラは頭を下げる。エリカは笑顔のまま、"気にしないで"と付け加える。

「私はたいした事はしてないわ。私がしたのは病院の手続きなんかをしただけで、あなたをみつけてオーブにまで運んだのはまた別の人だから。それより、あなたに話したい事があるの」

「話したい事ですか?」

 キラは一体どんな話だろうと考える。だが、そこで、エリカは時計を見て言った。

「できれば、直ぐに済ませたい所だけど・・・・、ごめんなさい。私、今から約束があるの。それに、今はあなたも目を覚ましたばかりで無理もできないだろうし、また、明日来るわ。その時に話を聞いてもらえる?」

「あ、はい、わかりました。」

 自分と話というのは、あまり、いい内容ではない気がしたが、恩のある相手と言う事もあって、断りづらくキラは頷いた。そして、エリカが部屋を出て行くのと引き換えのタイミングで医者が入ってきて、彼は検査を受ける事になった。







「とりあえず、このまま隠れていてください。あ、それから、僕の事はイザークには黙っておいてくださいね。彼、プライド高いですからね。僕の事がばれると見逃されたみたいに思って、不機嫌になるかもしれませんから」

 そう笑顔で言うニコルに対し、ユズハは不思議そうに言う。

「あの、どうしてあなたは私を見逃してくれるの?」

 イザークには一応彼女を助ける理由があった。だが、ニコルにはそれが思い当たらない。このまま彼女を死なせるのは気が咎めるというような発言があったが、それだけで味方を裏切るような真似をするというのは不可解だった。もしかしたら、この場を逃れる為の方言なのかもしれない、そんな疑いも彼女の頭を過ぎる。 
 そして、問いかけられたニコルは一瞬、驚いたような表情を見せた後、悪戯をする子供のような表情に変わって言った。

「そうですね。実は僕、お姉さんに一目ぼれしちゃったんですよ。」

「えっ!?」

 予想外な言葉にユズハが顔を真っ赤にする。そして、それを誤魔化すように声をあげた。

「か、からかってるの!?」

「すいません、冗談です。僕は女の子には優しくするように両親に言われて育てられたんです。だから、このままあなたが処刑されたりなんてのは幾ら敵国の人でも見過ごせないんですよ」

 冗談、っと言った後、いたって真面目な表情で答える。その答えに、相手を疑うような事を言った自分を恥じると共に、自分をからかうような事を言った見た目年下の少年に対しての怒りから、僅かに頬を膨らませるユズハ。
 その時だった。ニコルが何かを思い出したようにはっとした表情になって言った。

「あっ、そろそろ戻らないとまずいですね。あまり、遅くなるとアスラン達に怪しまれるかもしれません。」

 そして、そのまま部屋を出て行こうとする。それを見て、ユズハは慌てて彼を呼び止めた。

「待って!!」

 そして、少しもじもじとして言いよどんだ後に、心からの笑顔を浮かべて言った。

「・・・・・ありがとね」

 その笑顔を見て、先程までからかう様子だったニコルが思わず見惚れ、顔を赤くする。それに気付き、クスっと笑うユズハ。そして、彼もまた笑顔にを浮かべて言った。

「いえいえ、気にしないでください」







「お待たせ、少し、遅れちゃったかしら?」

「いや、時間ぴったしだぜ」

 キラの病室を後にしたエリカはロウ達との待ち合わせの場所に現れていた。

「そう、よかった。それで、ちょっとついて来てもらえるかしら? 見てもらいたいものがあるの」

そう言って、応じて4人を連れて地下へと移動する。そして、そこにはたくさんのMSが並んでいた。

「こりゃ、すげえぜ!!」

 それを見て感動の大声をあげるロウ。そこにあったのはジャンク屋である彼がヘリオポリスで回収したMSであり、現在の彼の愛機、レッドフレームにそっくりのMS、M1アストレイだった。

「これはM1アストレイ、オーブの守りよ。最も、軍のクサナギ一佐の方が先に実用可能なMSを作っちゃたんで準主力って事になっちゃったけどね」

 そしてエリカはロウ達に説明する。その表情は少しだけ悔しそうだったが、卑屈なものは見えなかった。そして、ロウ達に申し出る。

「それでね、このMSを強くする為にあなた達に協力してもらいたいの」

「んっ、協力してもらいたい事? 俺達にできる事か?」

 ロウの返事にエリカは頷き、そして言った。

「ええ、短い間でもいいからパイロットのコーチをお願いしたいの。オーブのパイロットはほとんどが新人で、人に教えられるような人は精々数人。皆、多忙な人達だからあまり時間もとれなくてね。だから、ナチュラルにも関わらずMSを扱えるあなたにおねがいしたいの。」

「いいぜ、協力してやるよ。せっかく国を守る為に作られたってのに、使い手がへぼじゃあ、こいつもかわいそうだしな」

 エリカの言葉に同意し、M1アストレイの方を見ながら言うロウ。それを見てエリカは笑顔を浮かべ頷くと、その後に思い出したようにつけたした。

「そう。良かったわ。あっ、そうだ、先に言って置かないとまずいわね。実はこの件に関してはもう一人、頼もうと思ってる人がいるんだけど、いいかしら?」

 プライドにこだわる人ならば、そういう行為に不快感を覚える人もいるので、心配そうに言うが、ロウはまるで気にした様子を見せなかった。

「ああ、かまわないぜ。こういうのは大勢でやった方がいいからな。それで、あと一つの願いってのは何だ?」

「ええ、それは、あなたが連れてきた子の乗っていた機体を私達に譲って欲しいの」

 最後の願いについて促したロウに対するエリカの答えに、ロウは"ぬっ"と言った表情をし、その後、少し慌てる。

「あ、やべっ。そういえば、あれにまだマーク入れてなかった」

「それはまずいですね」

 ロウの言葉にリーアムが相槌を入れる。
 ジャンクとして回収したものはジャンク屋ギルドのマークを入れる事で初めて所有が出来る。しかし、キラの事に関するごたごたでその作業を忘れていたのだ。

「そう、じゃあ、あなた達が登録した後、それを売ってもらえるかしら?勿論代金は弾むわ」

 回収したジャンクの所有を認められているのはジャンク屋ギルドに所属するもののみである。例え、廃棄されたものであっても他国が勝手に回収すればそれは違法にあたる。
 最も、ヘリオポリスでのMS強奪をあげるまでも無く、戦争という混乱状態の中ではこの規則は半ば有名無実化しているのだが。
 とはいえ、より確実に揉め事を避けるにはジャンク屋を通すのが一番だった。一度ジャンク屋のものになったものを誰に売ろうが、あるいは買おうが、それは少なくとも形式上は正当な取引と言う事になるからだ。
 それらを踏まえて言ったエリカの提案に、しかしロウは考え込む。

「うーん、せっかくのお宝を譲るかあ・・・。レッドアストレイもいいけど、あいつも乗ってみてーんだよな」

 その呟きを聞いて、ロウが金よりも動くものがあると気付いたエリカは別の対価を支払う事を考えた。

「なら、お金の代りにここにあるM1アストレイとあなたのレッドアストレイにも付けられう飛行用のユニットをセットで交換というのはどう? それから、これは私の担当じゃないから確約はできないけど、オーブには他にも新型MSがあるの。それを見れるように出来る限り計らってあげるわ」

 その言葉を聞いてロウの目が輝く。そして、そのまま身体を乗り出して言った。

「よっしゃー、乗ったああ!!!!」

「ちょ、ちょっと、ロウ・・・・・いいの?」

 勢いで決め手しまったようなロウに対し、キサトが非難の声をあげる。そして、そんな彼等を放ってプロフェッサーが探るような声で言った。

「廃棄MSを新型と飛行ユニットまでつけて交換とはね。あれは、そんなに価値があるものかい?」

「ふふっ、それは、ご想像にお任せするわ。それで、交渉は成立という事でいいかしら?」

 意味深に笑うエリカ。そしてロウの方を再び向いて確認を取る。それにロウは快諾した。

「おう!! もちろんOKだぜ!!」

「よかったわ。それじゃあ、まずは交換と必要な手続きを済ませちゃいましょう。その後で指導お願いね。」

 そうして、彼等は作業を開始し始めた。


感想
ニコル、お前もか。軍律違反にあっさり納得して如何する。しかもユズハの色香に惑わされてるしw エリカさんも国の装備品横流ししちゃいけません。中国製はともかく、軍事兵器は気軽に売れる物じゃないんですよ。最新兵器の技術が漏洩したら如何するんです。