「しばらくのあいだ拘束させてもらうぞ」

 オーブへの入港直前、ユズハの元を訪れたイザークはそう言ってユズハに手錠をはめて柱と繋げる。そしてタイマーを作動させた。

「こいつは一定の時間が経過すると自動的に外れるようになっている。俺達の事を告げ口されたりしたら面倒だからな。4時間で解放する、俺達は5時間で戻ってくる予定だからその間に逃げて置くんだな」

 そして、イザークが理由を説明する。ユズハはその言い分に多少の不満を覚えたが、相手も危ない橋を渡ってくれているのだと思い頷き、そして気になった事に対し質問した。

「もし・・・予定より早く帰艦する事になったら?」

「引き伸ばせる時は引き伸ばすが、無理な状況になったら今回は諦めろ。また、何か機会をつくってやる」

 その言葉に対し、今度はすこし躊躇いながら頷くユズハ。そして、もじもじとして、何か言いたそうにする。

「・・・・・・わかったわ。それで、あの・・・・」

「なんだ?」

 そのユズハの態度にじれったそうにして、イザークが口調をきつくして問う。そこで、ユズハは顔を真っ赤にして言った。

「あの、先にトイレに言って置きたいんだけど!!」

 ここにつくまで、下手に動かない方がいいと思いずっと閉じこもっていたユズハは実はかなりの間、トイレを我慢していたのだ。この上、後、5時間は我慢できそうになかった。

「!?...早く言え!! そう言う事は!!」

 予想外の言葉に虚を疲れ、気恥ずかしさを誤魔化すように叫ぶイザーク。それでも他の人間に聞かれないよう何とか声を抑えていた。そして、彼女はイザークにトイレにまで連れられ、手早く"所用"を済ませた後、柱につながれるのだった。







「ここがオーブか」

 ユズハを残し、オーブに侵入したアスラン達4人。彼等は変装の為、モルゲンレーテの作業服に着替え、そして島の地図と工場の第一エリアまでは入れる偽造IDを用意していた。

「見事に平穏ですね」

華街を抜けた所でニコルが呟く。それに答えてアスランも頷いた。

「ああ、領海ではなかったとはいえ、近隣した地域で戦闘があったばかりだって言うのにな」

 繁華街の様子は暢気そのものだった。数日前に近海で戦闘があったばかりだというのに。もしかしたら、その事実すら知らないのではないか? そう感じられ、自国の平和に対してあまりに過信しすぎているようにアスラン達には思えた。

「――平和の国か・・・・」

 彼等は別れて島内を回り、なんとか"アークエンジェル"に続く情報を得ようとしていた。それから3時間が経過し、その間必死に歩き回ったが、情報もつかめず、可能性が高そうな"モルゲンレーテ"に入り込む隙も見つけられない。工場区に面した集合場所に一旦彼等は集まっていた。

「そちらはどうだ?」

 アスランが尋ねると、イザークが苛立ちもあらわに首を振った。

「・・・・・まさか、軍港に堂々とあるとは思っちゃいないけどさあ」

 ディアッカがぼやく。

「あの級の艦だ。そうやすやすと隠せるとは・・・・・」

 イザークも端正な顔に焦りを滲ませる。

「まさか、ホントにいないのかよ?」

 ディアッカがうんざりした調子で声を張り上げる。アスランが考え込む。もし、本当にオーブにアークエンジェルがいないのはこうしているのは単なるタイムロスである。しかし、いるのならば、この機会を逃すのは惜しかった。

「――――欲しいのは確証だ。ここに『足つき』がいるならいる、いないならいない―――というな」

 アスランの言葉にイザークも頷く。その時だしぬけに、道路の向こうから声をかけられた。

「すいませーん、第ニドックってどっちかなあ?」

 それはロウ達だった。彼等はストライクとイージスの腕のパーツの引渡しを行い、約束した、パイロットのコーチを務めるため移動途中、道に迷い、アスランらの制服に目をとめてたずねてきたのだ。イザークが「チッ!」と舌打ちをし、顔を隠すようにそちらをみやる。アスランは彼を制し、三人に向かってぎこちない笑みを向けた。

「すいません! 俺達新人なもんで、まだよくわかんなくって・・・・他の人に聞いてください」

 ロウ達はその答えに首をかしげながら立ち去った。幾らなんでも自分の会社の事に対し尋ねられて答えられないのは不自然だからである。

「ったく・・・・どいつもこいつものどかなかおしやがって! 今は戦争中なんだぞ! ここは桃源郷かなにかか!!」

「でも、ここだけでも楽園なら、それはいいことじゃないですか」

 イザークが八つ当たりのように叫ぶ。それをニコルが取り成すようになだめた。

「どこが! あんなものを造っておいて、自分達だけがのうのうとしてるなんて!」

「それでも・・・・幸せそうにしている人達に、よその国の苦しみを被れ――何て言うのも、ぼくらの勝手な意見の押し付けじゃありませんか?」

 ニコルが柔らかで幼い外見にそぐわない、理性的なことを口にし、イザークはむっとして、そして小さく呟く。

「これじゃあ、あの女との再戦は無理か。くそっ!! 忌々しい」

 その呟きは他のものには聞こえなかったが、直ぐ側にいた上、ピアノをやっていて聴覚の優れたニコルにだけは聞き取れていた。そして、それを聞いて自分も呟いた。

「まあ、僕はその方がいいんですけどね。あの人とは色んな意味でもう戦いたくないですし」

 知り合いになった相手とは戦いたくないし、そうでなくてもユズハは自分よりも強い事がはっきり自覚できていたので誰にも聞こえない声でそう呟いた。

「そおそ、平和はいいよなあ。女の子はかわいいし、いい国だぜ、ここ」

 そんな二人をよそに、おどけるように言うディアッカにアスランが突っ込みを入れる。

「それと、平和とどういう関係があるんだ?」

 アスランがもっともな突っ込みを入れるが、ディアッカは聞いていない。

「いや、ナチュラルの女の子も結構いいよ」

「お前は女のことにしか興味がないのか!?」

「おい、やめろ」

 イザークが怒鳴りつける。仲間達の争いを止め、アスランは低く言った。

「移動しよう。これ以上不審に思われてはまずい」

 っと、その時だった。3人の学生と思われる少年と少女の集団がこちらの方に歩いてくるのが見えた。そして、その中の一人の少女が隣の少年に

「ねえ、トール、やっぱりキラ達ここにいるのかな?」

「TVに映ってたあの艦、あれ、間違いなくアークエンジェルだったろ?」

「けど、あの艦は直ぐに出て行ったって話じゃないの?」

 それは、トールとミリアリア、カズィの3人だった。このオーブへ移住していた3人は、2日前、TVでアークエンジェルが領海に接近した様子が放送されたのだ。それを見て3人は話し合った結果、駄目もとで、関係のありそうなモルゲンレーテに言って聞いてみようと言う事になったのである。

「おい、あいつら」

「ああ、何か知ってるのかもしれないな」

 そして、彼等の言葉を聞いてアスラン達は驚き、目を光らせる。
 アークエンジェル、今、自分達が探している艦に対し何らかの事を知っていると思われるもの達が話している。偶然というにはあまりに出来すぎな幸運。
 特にアスランにとっては"キラ"という名前までも出てきたのだからなおさらだった。

「なあ、君達」

 そこで、アスランが3人の前に立って、声をかける。怪訝な顔をする3人。アスランはできるだけ警戒心を立てられないように注意しながら問いかける。

「あの艦、アークエンジェルに対して知っているのか?」

 トール達がどこまで知っているのか。それを探ろうとする。彼等は"アークエンジェル"という固有名詞が出た事に驚く。TVではそこまで明かされて居なかったからだ。そこで、彼等は逆に問い返す。

「やっぱり、アークエンジェルは今、オーブにあるんですか?」

「いや、俺達は下っ端でその辺詳しく聞かされてなくてね。ちょっと気になっているんだが、知っている事があるなら、よかったら教えてくれないか?」

その言葉にトール達は顔を見合わせ、そして頷いた。







 道のど真ん中に居ては邪魔になるかもしれない等と理由をつけ、アスラン達はトール達、人に見られる可能性の少ない場所に移動した。

「それで、君達はアークエンジェルの事をどうして知ってるんだい?」

「俺達、あの艦に乗ってたんですよ。知ってるでしょ? ヘリオポリスがザフトに襲撃した事・・・。それで、俺達、他の避難民の人達と一緒に艦に乗ったんです」

 やや、沈んだ声で言うトールにザラたちに罪悪感が過ぎる。特に、先日ユズハから同じような話をきかされたアスランは特に。だが、トールの次の言葉はその罪悪感も吹っ飛ぶ驚きがあった。

「けど、それだけじゃなくて、俺達は艦の操舵とかも手伝ったりしたんです・・・・・」

「!! じゃあ、お前達は連合の軍人だったのか!?」

 アスランが叫ぶ。その叫びがあまりに大きかったので、驚くトール達。それをみて、アスランは怪しまれてはいけないと思って、慌てて取り成そうとする。だが、それよりも早くトールが説明した。

「いや、俺達は軍人って訳じゃなくて、ただ、俺達の友達のキラとユズハって二人が俺達を守る為に戦ったんです。MSに乗って」

「!! どうしてそんな事に?」

その言葉にアスランが驚愕する。イザーク達、他の3人も彼ほどではないが驚いた顔をした。

「他のちゃんとしたパイロットはみんな死んじゃったらしくて、それで、キラ達にはMSを動かせる才能があったんだ」

「・・・・・・・・」

「それで、俺達はせめて何ができる事はないかと思って手伝いを志願したんです。」

以前、キラから"友達を守る為に戦っている"と聞かされた時、アスランはキラがナチュラルに騙されているのだと考えた。だが、こうして事情を知るものから話を聞いて、自分が如何に狭量だったかを知った。だが、彼には今更どうする事も出来なかった。何故ならキラは彼自身の手によってこの世から葬り去られたと彼は思っているのだから。

「大変・・・・だったんですね。それで、その後はどうしたですか?」

 何とか声を絞り出し、続きを促す。そして、トールは自分の知る最後までを話して聞かせた。

「それから、僕達はなんとか連合軍の他の部隊と合流して、地球に降りたんですけど、父親をザフトに殺されたフレイって娘と一緒にキラとユズハはアークエンジェルに残ったんです。だから、その後の事はわからないんですけど、数日前TVにアークエンジェルが映って・・・・」

「そうか、色々と話してくれてありがとう」

 これ以上、話しても得られる情報は無いと判断し別れる。トール達の姿が見えなくなった後にイザークが毒づいた。

「ちっ、無駄骨だったか」

「そうですか? 僕は有益だったと思います。自分達のした事に意味と、それにナチュラルの考えとかを少しでも知る事ができた」

「そうだよな。ちょっとだけど、罪悪感、感じちまうぜ」

 それに対し、ニコルは真剣な表情で反論する。ディアッカもいつものおちゃらけた調子ながら、目だけは少し真剣になって言った。反論されたイザークはニコルを睨みつけるが、反論はせず、ちっ、っとだけ言ってそっぽを向く。

「・・・・・さっきの話について考えるのは後だ。今はアークエンジェルについて調べる」

 アスランがそこでそう場を占める。だが、彼の心の中にも靄が渦巻いていた。

「ああ、だが、どうする?」

「・・・・・危険だが、内部に潜入する。内部に侵入できるパスを持つものを捉えてな。それで、何も発見できなったら、アークエンジェルはオーブにいないと判断する」

 具体的にはどうするのか尋ねたイザークに対し、アスランが指示する。その指示に全員が頷いた。


感想
なんと言うか、アスランたちが不幸だ。とっくに出航したアークエンジェルを探し回ってオーブを探し回るとは。骨折り損のくたびれ儲けとはこの事か。イザークも違う意味で不幸だったような。しかし、見つからなくて良かったなイザーク。トールたちは久々に出てきましたが、ちゃんとオーブに付いてたみたいで一安心。