一体、いつ俺の人生はこんなに急変してしまったんだろう。

俺は、この騒がしい日常の中で、ふとそんなことを考えてみた。

んなこた最初からわかっている。あの妙に気の合う変なやつがやってきてからだ。

別にあいつが嫌いなわけじゃない。むしろ親友だと思える。

実際、あいつはすごい奴だと思う。苦しんでいた女の子たちを、8人も救っている。少なくとも、俺には真似できそうもない。

ルックスだっていいし、性格は少し変だが根本的にいい奴だ。みんなから好かれているのも納得できる。

だが、しかし。

どうしてそのしわ寄せが、俺に来るんだ?


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北川受難記
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何においても暇な学校生活において、唯一の楽しみと言える昼休み。
その昼休みを、北川は、教室に座り込みながら、何をするともなく、ぼーっとしていた。

(相沢は今、屋上で皆と昼食くってるんだろうな………。)
北川は自分の席に座ったまま、窓から空を見上げた。
どこまでも青い、空。
見つめていると空を飛びたくなってくるのは、俺が詩人だからかな?
などと訳の分からないことを考えながら、北川は空を見上げていた。
(いつもなら相沢たちと一緒に昼飯食ってるはずなのに………)
視線をさらに上、今、祐一たちがいるであろう屋上―――は見えないので天井だが―――に向けて、
小さく、誰にも気づかれないように、小さくため息をついた。
「おい北川。何ため息なんかついてんだ?」
それでも、前の席から声がかかった。
現実逃避をやめて視線を前に戻すと、クラスの男連中(祐一除く)が勢ぞろいしていた。
「ため息だってつきたくなるぞ………大体、どうしてオレが、こんなもんに入らなきゃいけないんだ?」
北川は悪態をつきながら、机の上におかれている紙に視線を移した。
その紙には入部届と書かれている。
別に珍しくもなんともない、ただのありふれた入部届である。
書いてある内容を除いて。
その希望する部活の中には、ドス黒い文字でこう書かれていた。

『相沢祐一抹殺同盟』と。

希望者の欄には既にペンで『北川 潤』と書かれ、入部に必要なことはほとんど書かれている。
あとは印鑑を押して提出すれば、すぐにでも受理されるだろう。
もちろん、北川はこんなものを書いた覚えはない。
「なあ、ひとつ聞いていいか?」
北川が、苦々しく呟く。
「なんだ?参謀長の質問だ。何でも答えるぜ?」
誰が参謀長だ!と心の中で突っ込みと悪態をいれながら、別のことを口に出した。
「………一体、この部活は何だ?いや、そもそもこれは部活なのか?抹殺同盟って書いてあるように見えるんだが………」
そう尋ねると、斉藤はいかにも心外なことを聞かれたような顔つきをした。
周りの男連中も同じように、驚愕にまみれている。

数秒後、中心核らしい生徒は机をドンと叩きながら、半ば叫ぶような声を出した。

「お前は相沢が憎いと思ったことはないのかっっっ!!?」

大声を上げたことに対して驚きよりも呆れた表情を見せている北川を無視して、斉藤は続ける。

「ヤツは朝は水瀬と一緒に登校し、昼は下級生や先輩に誘われて一緒に昼食を食べ、帰りも複数の女とデートまがいのことをし、あまつさえ水瀬宅に居候という、夢のような生活を送っているんだぞ!!!!」

「いや、まあそれはそうかもしれないけどよ………」

「そんな男を許しておけるのか!?いや、許しておけるわけがない!!神が許しても、俺たちは許さん!!いや、神もきっと我らと一緒に戦ってくれよう!!いいか!これは聖戦だ!!メギドの火は、必ずやあの忌まわしき相沢を焼き尽くすだろう!!」

北川の言うことは聞こえず、そのまま手を上げて声高らかに叫ぶ。

(アホだ………筋金入りのアホだ、こいつら………)
北川は半ば演説と化した生徒の叫びに(呆れて)机に突っ伏していた。
教室に残っていた少数の女子達も、気味悪がって教室を出て行った。無理もない反応だ。
北川も今すぐにここを逃げ出して、相沢たちのいる屋上に乗り込みたかった。
それをしないのは、北川が根本的にイイヤツだからだ。
彼は、友人の頼みは基本的に断れない、いや、断らない。
(オレ、友人はもっと選ぶべきなのかなぁ………)
しかし、こんなことを考えているあたり、北川の哀愁が伺えるのである。

しばらくの間、ひたすらに叫び続けていたクラスメイトたちも、疲れたのか、ようやく叫ぶのをやめ席に着いた。
その誰もがぜいぜいと息をついている。明日あたり、喉の痛みに耐えることになりそうだ。
「………というわけだ、お前もぜひとも入部したくなっただろう?」
冗談だとしてもかなり最悪だが、さらに最悪なのは、生徒はそれを本気で言っていることだった。
(今度、どっかいい精神病院を探しておこう。水瀬のおばさんに聞けば多分知ってるだろうし。)
そのおり、北川は、ふとそんなことを決意していた。
そのことはさすがに口には出さないが。

「それより、よくこんな名前の部活が受理されたな………」
なにせ『相沢祐一抹殺同盟』である。思いっきり名指しで、さらに抹殺だ。
(こんなものを許可する教師の顔が見たいぜ……)
その直後、自分たちの担任の石橋の顔が浮かんできて、北川はさらにげんなりとした。
あの担任ならば、ロクに中身も見ずに受理してしまうかもしれない。
そんな北川の様子を知ってか知らずか、先ほどの男子が胸を張って答えた。
「当たり前だ。何しろ、こっちには生徒会がバックについてるからな。怖いものなんてないぜ。」
(水瀬のおばさんの「了承」の一言の方がはるかにすごいような気もするが………)
そのまま笑い出す男子を尻目に、北川はもう何がおきても驚かないだろうな、と確信していた。
多分、これに美坂が参加している参加していると聞いても、納得できてしまうだろう。
とりあえず、男子の自慢には突っ込まずに、質問をぶつける。
「………で、どうしてオレをそれに引き込もうとしてるんだ?」
「それは、お前が唯一、相沢の同性の友人だからだ。行動パターンとか分かるだろ?奇襲をかけやすくなる。」
男子は、予想していたのだろう。よどみもせずに答えて見せた。
北川は、そのあまりにも予想通りな、ばかばかしい返答に心底辟易したようで、そのまま席を立って教室を出ようとドアに手をかけた。

が、すんでのところで押さえつけられる。クラスの中でも指折りの怪力たちだ。北川に抗う術はない。
「どこへ行くつもりだ?北川。まだハンコを押してもらってないぞ?」
男子が怒っているそぶりも見せずに問いかけてきた。その行動が逆に怖かった。
「んなもんに誰が入るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
出せる限りの声を張り上げて拒否するが、それでも拘束はほどけない。
男達は心底不思議なものを見た、というような表情で首をかしげている。天然のようだった。
「何言ってるんだよ、参謀長。お前がいつもハンコを内ポケットに入れてるのはこの時を待ってたからだろ?照れるなよ。」
「誰が照れてるんだ誰がっ!!大体、なんでお前がオレのハンコのことを知ってる!?」
北川の叫びも級友の元には届かない。
「いや〜、これで参謀長も入ったし、ようやく活動ができるよ。いやはや、めでたいめでたい。」
「めでたいのはお前の脳みそだろーーーーがーーーーーーー………‥!!!」

それから三分後、男連中に腕をつかまれて、無理矢理にハンコを押させられている北川が発見された。


昼休み終了まで後五分といったところで、ようやく開放された北川は、激しい焦燥感にあふれていた。
(マズイ、マズイ、マズイ、マズイ、これはひっじょ〜〜に、マズイ状況だ。)
廊下を早足で歩きながら、北川はそんなことを思っていた。
どうしてまずいのか、その元凶ははっきりしている。
(このままじゃ、このままじゃ………オレの命が危ない!!)
北川のその突拍子もない考えは、実は非常に的を得た考えだった。

これは祐一の知らない話ではあるが、祐一を慕う女性たちの戦闘力は非常に高い。
そして、その力の矛先は、祐一に対し危害を加えるものに対して向けられる。
祐一達の親友である北川と言えど、それは例外ではなかった。

(あんな『相沢抹殺同盟』なってあからさまなものに入っていることが水瀬たちにバレたら………)
一瞬。時間にしてそれだけの間に、北川の頭の中にはさまざまなものが浮かんでは消えていった。
剣、怪しい薬、朗らかな笑顔、けろぴー、タイヤキ、あうー。
後半は何がなんだか分からないが、それは別に問題ではなかった。
一番最後に浮かんだのは、あの、オレンジ色のジャム。人類決戦兵器だった。
あれを使われた日には、どこかの女っぽい名前のニュータイプのようになることは請け合いである。
(なんとしてもそれだけは避けないと………)
必死に考えてみる。
普段あまり使わない脳をフル回転させて、いくつかの案を出す。

1:逃げ出す ⇒ 間違いなく見つけられる。晴れて精神崩壊。
2:退部する ⇒ また男連中に連れ戻されてエンドレス。
3:自害する ⇒ ジャムよりかはマシかもしれない。

どれもロクな結果にならなかった。
(ああ、このままでは本当に精神障害者になってしまう………いっそのこと3を選ぶか?いや、しかし………)
しばらくの間、考え続けてみるが、何もいい考えは浮かばなかった。
(………そうだ、ここは素直に事情を話してスパイになれば、オレの無事は保障されるかもしれない………)
キリストの十三使徒の一人ユダは、銀貨三十枚と引き換えにキリストを売ったという。
北川は、自分の命と引き換えに、友人の命を売った。
(よし、そうと決まれば早く誰かに懺悔をしよう。今日中にやらないと危険だ。)
そこまで考えて、北川はふと歩みを止めた。
(けど………一体誰に言ったらいいんだ?)
当然、言うとなれば、名雪、栞、あゆ、真琴、舞、佐祐理の誰かに言うことになるのだろうが、誰でもいいというわけでもない。
北川の予想はこうだった。

名雪に言った場合:眠っていて聞いていない可能性あり。
あゆに言った場合:失礼かもしれないが、あまりアテになりそうにない。
舞に言った場合:その場で剣持って部員に対して血の惨劇を起こしかねない。
真琴に言った場合:あゆに同じ。というか、話を聞こうとするのかさえ怪しい。

中には結構当たりそうなところがあるのが何だかなあ、といった感じである。
(残るは栞ちゃんと倉田先輩か………先輩には何となく言いづらいから、栞ちゃんかな。)
そう思った矢先、運命の女神はまだ彼を見捨てていなかったのか、向こうから栞がやってきた。
目測10段近い重箱をポケットにしまっている最中だった。
(あれが相沢の言っていた四次元か………)
妙なところで納得しながら栞の方へ近づいていく。栞もこちらに気づいたようで、駆け寄ってきた。
「北川さん!今日はどうしたんですか?北川さんが来ないからお姉ちゃんのプレッシャーがすごかったんですよ。」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら聞いてくる。
その様子、仕草はかなり可愛いものがあるのだが、北川は彼女たちの変貌振りを知っているので何も感じなくなった。
少なくとも、異性としては。
「まあ、ちょっとヤボ用があってね。それより………」
「へ?どうかしたんですか?」
深刻な表情を浮かべる北川の様子が変なことに気づいたのか、栞が心配げな表情を見せる。
が、次の北川の一言で、表情は一変することになる。
「オレは今、栞ちゃんたちに投降したい。」
次の瞬間に見せた顔は、軍人、いや、戦士が見せるような厳しい顔だった。
「………事情を説明してください。」
感情を押し殺した、冷たい声だった。
その変貌振りに、脂汗を流しながら、北川がことの経緯を説明する。

「………そうですか、それで私たちに寝返ろうと………賢明な判断です………」
無表情なその声に戦慄を浮かべながら、自分の判断が間違っていないことを痛感した。

北川はじゃれあうことを除いて、祐一に敵対することはしない。
周りにいる女性陣の裏の姿を、よく知っているからだ。
彼女らは、祐一に敵対する者に、一切容赦はしない。あのジャムすらいとわぬほどに。
モテる男というものは、それなりに周囲の反感を買うが、実際に行動を示したものは、例外なく修正されている。
しかし、本当に恐ろしいのは、それを祐一に知られずにこなすことだ。
彼女らは、祐一のために、独自の判断で動く。その裏の顔を祐一は知らない。

「分かりました。ご協力、感謝します、北川さん。いつでもメンバーを集められるようにしておくので、集会の日程が分かったら連絡をください。」
「あ、ああ、分かった………。」
栞の変貌振りに少々引き気味になりながらも、北川は頷いた。
その反応を確かめると、一瞬にしていつものかわいらしい笑みへと戻る。
「それじゃ、私、次移動教室なので、行きますね。それじゃ。」
そのまま去っていく栞の背中を見ながら、北川は級友たちの冥福を祈ることにした。

購買でパンを食べて教室に戻ったところで、ちょうど午後の授業が始まった。
祐一たちは昼食に来なかった北川に疑問をぶつけてきたが、
まさか「お前を抹殺するために結成された同盟に入らされたんだ」などといえるわけもなく、どうにかごまかして過ごした。

そして、放課後。
北川はまっすぐに家へ帰ろうとはせず、部活のないはずの体育館へと向かった。
『今日の放課後、早速体育館で集会がある。絶対に参加しろよ。』
クラスメイトからそう聞いたのは、五時間目が終わってすぐだった。
展開が急なことに泣き出しそうになりながら、何とか栞に連絡し、襲撃をかけるまで、怪しまれないように参加することになったのだ。
栞たちは北川に対し危害は加えない、と約束はしてくれたのだが、それがどれだけ信じられるのか分からない。
誤算や不測の事態は、いつおきてもおかしくないのだ。
(最悪の場合は誰か盾にして抜け出すか………)
そんなことを考えながら、北川は体育館の前までたどり着いた。
閉じられた扉には、「本日、生徒会による体育館の修繕のため、使用禁止」と書かれた張り紙が張られている。
その張り紙を無視して、中に入った北川を待っていたのは、異常な光景で、かつ北川が予想していたとおりの光景だった。

電気は消えており、窓には暗幕がはられ、真っ暗な体育館の中央に、お香のような煙を出している大きなツボが鎮座していた。
(一体どうやって用意したんだ?)
北川は疑問に思ったがとりあえずそれは置いておいた。今は自分の生還が最優先事項だったからだ。
その周りを囲むように頭頂部がとんがった覆面をかぶった、
前身黒ロープ男の集団―――驚くべきことに目算しただけでも100人を軽くこしていた―――が両手を上げて不気味な声を上げている。
北川は最初何を言っているのか分からなかったが、よく耳を凝らしてみると、

「相沢に血の祝福を………」
「奴に地獄を………」
「我等による裁きを………」

などと呟いてることがわかり、北川はさらに後悔するのだった。
しばらくして、彼が到着したことに気づいた男たちが、モーゼの十戒のように割れていく。
ものすごく渋い顔をしながら、いやいや進んでいく北川の前に、おそらくリーダーなのであろう、比較的質の良いローブに身を包んだ男が立っていた。
北川が男の前まで来ると、男は大仰に両手を天にかざして叫ぶ。

「血よりも濃い絆で結ばれた同志達よ!!」
またこのノリか、と頭を抱えてうずくまる北川を無視して、男はよく通る低い声を上げた。
「今日、また一人崇高なる理想の元、同志が我々の元に集った!」
歓声があがるのを、男が手で制して静かにさせてから続ける。
「同志の名は北川 潤!あの憎き相沢に対し、決死の覚悟して潜入し、情報を集めた勇者だ!!」
先程よりひときわ大きな歓声が上がるなか、男は今度は止めようとせず、自然に収まるのを待っていた。
北川はその間、ひたすらに不測の事態に対する対策を考えていた。
(まさかこれだけの規模とは思わなったな………これだといくら栞ちゃんたちでも正面から突撃してくることはないだろ。となると………奇襲か。)
自分でもひどく冷静だと思える自分に、今だけは感謝しながら、続きを考える。
(一番手っ取り早いのは、ここごと爆破するのだけど、いくらなんでも無理があるな………)
生きるためとはいえ、オレは何でこんなことに巻き込まれているんだろう………などと、泣きたくなる気持ちを押さえつけながら考える。
そんな北川の様子を知ってか知らずか、男は演説を続けているようだった。
クライマックスに近づいているらしく、周りの男たちの熱気がさらに膨れ上がってきていた。
「………時は満ちた!今こそ我々は立ち上がり、諸悪の根源、相沢祐一に神の鉄槌を下す!!大義は我らにあり!!戦士たちよ、今こそ剣を持て!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
もう完全にイっちゃっていて意味不明なことを叫んでいる男と、恐ろしいまでに声を張り上げて応じる男連中を尻目に、北川の思考の回転は続く。
(栞ちゃんたちの武装を考えると………煙幕やらガスやらで陽動を仕掛けて、先輩たちが切り込んでくるのが、オーソドックスだな。)

そこまで考えた瞬間、 窓が割れる音が聞こえ、一瞬後に、ものすごい勢いで白いガスが噴出して、あたりを満たしていった。
「くっ、て、敵襲!!………ゴホッ、か、各自、武器を持って対応せよ!!」
教祖らしき男の叫ぶ声もパニックに入った男達にはあまり効果がなかったらしい。
そんな様子を視界にも入れずに、北川はハンカチを素早く口に当てて逃げ出した。
(くそっ!思ったとおりの展開じゃねぇか!このまんまじゃオレまでボコされる!!)
半ば悲鳴じみた思考を振り払って出口へと駆け出す。
(とにかく、どうにかして外まで出れば、いくらなんでも攻撃されることはないはず!!)
とにかく、その一心だけで入り口へと駆け込もうとしたその直後、周りから、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」だの、
「助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」と言った悲鳴が上がってきた。
おそらく、剣を持った舞が斬りこんで来たのだろう。死ぬこたないだろうが、骨折ぐらいはしているかもしれない。
手当てをした方がいいのだろうが………
(すまん!今はオレのことで精一杯なんだ!………っていうか、あいつらの場合、自業自得だからどうでもいっか。)
とにかく入り口へと突進する。途中、何度か耳元で空気を凪ぐ音が聞こえたが、それらを間一髪で交わして、何とか入り口までたどり着く。
(問題はこっからだ………川澄先輩がいないとはいえ、入り口のガードはかなりキツイはずだ。どうにかしてオレだと認識してもらわないと………)
北川の予想が正しければ、最初の煙幕を張ったのは栞だろう。
続いて切り込んできたのが舞だけだと仮定するなら、入り口にはまだ名雪、あゆ、佐祐理、真琴がいるはずだ。
もしかしたら美汐もいるかもしれない。その包囲網を突破するには、自分が北川だと認識してもらって素通りさせてもらう以外、方法などなさそうだ。
(だけど、いくらなんでも声を上げたりなんかしたら回りの連中に気づかれる。そんなことになったら報復されるよな、絶対………)
北川がそこまで考えているうちに、体育館の入り口は既に目前まで迫っていた。
どうしようかと考えていた北川も、どうやら何かを決心したようで、そのままの勢いで走りこむ。
(こうなったら、強行突破して明るい場所に出る!そうすりゃとりあえずとばっちりはない!)

「ここからいなくなれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
ドガッッッッッッッッ!!!!
「うにゅっ!?」
「うぐぅ!?」
「あう〜!?何〜!?」

叫びながらドアに飛び込んで転がる様に着地する。
その際に何か驚きの声を上げたのが聞こえたが、北川の頭は安堵で一杯で、そんなことは頭に入っていなかった。
(よ、よかった………これでオレの安全は保障された………)
北川の頭にあるのはそれだけだった。
真っ暗だった体育館の中ならともかく、もうすぐ日が暮れるとはいえまだ夕日の残る今なら、
連絡の行き届いているはずの名雪たちに襲われる心配はないはずだ。
そう安堵しきっていた。
だから、気づくことが出来なかった。呆れるような、蔑むような冷たい目で、一人の少女が立っていることに。
そして、その手にはめられたメリケンサックにも………。

「何やってるのかしら、北川君?」
摂氏−273℃(要するに絶対零度)のように冷たい声で、香里が話しかけてきた。
「………おお、美坂か………聞いてくれよ、おれの冒険譚を………」
ゼイゼイと息を切らせながら北川があえぐように言葉を漏らす。
しかし、香里はそんなことなど無視して、相変わらず冷たい目をこちらに向けている。
しばらくして、北川がようやく疑問を持ち始めた頃に、香里がポツリと声を漏らす。
「見損なったわ、北川君。」
「へ?」
訳が分からない、といった表情を浮かべている北川に、香里は続ける。
「栞が怪しげな教団があるから、協力してほしいっていうから来てみれば………北川君は一体何やってるの?」
「はい?」
美坂は一体何を言ってるんだろう? という北川の素朴な疑問は、5秒後には氷解することになった。
煙幕の処理が終わったのか、こちらに駆け足でやってきた栞が、北川と香里を見るなり呆然とし、
それから北川に向かって両手を合わせて「ゴメンナサイッ!」というジェスチャーをかましていたからだ。
北川は、できれば理解したくないそれを、理解してしまうことに成功した。
(えっと………これはまさか、美坂に事情を話すのを忘れてたってことですか? 栞ちゃん?)
そう考えるだけで血の気が引いていくのを感じる。
「えっと、美坂………これにはワケがあるんだ!せめて話を聞いてくれ!」
慌てて理由を話そうとするも、美坂は憮然とした表情を崩さない。
「『相沢祐一抹殺同盟』なんてものに入っておいて何を言うっていうの?」
「それは俺の意思じゃなくって無理やり入れられたんだって!!」
「言い訳は見苦しいわよ。おとなしく眠りなさい。」
「………なんかすっごい嫌な予感がするんですけど………。美坂さん………まさか永遠に眠るなんていいませんよね?」
乾いた笑いを浮かべながら尋ねる北川に、美坂は北川を惚れさせた笑みを浮かべていった。
「大丈夫よ。死ぬなんて生易しいマネはしないわ。半殺しにしてジャム漬けにするだけよ。」
「そっちの方がもっといやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「さようなら、北川君。あなたのこと、忘れないわ。」
「なしてオレがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして彼の意識は途切れた。

 

 

次に彼が目覚めた場所は、学校の保健室だった。
寝かせられたベッドから身を起こして周りを見てみても、やはりそこは保健室であることに違いはなかった。
「………えっと、オレはどうしてこんなとこに………」
そう呟いて、北川は自分の顔がどんどん青ざめているのを感じていた。
慌てて自分の周りにアレがないかどうか確かめる。そこにないことを知ってようやく北川は人心地ついた。
「なんにせよ………助かったことには変わりないみたいだな………。」
そういえばあいつらはどうなったんだろう、とか考えてみたが、ゲル状の物質に詰め込まれた級友たちを考えてしまったので頭を振って振り出した。
「あ、北川さん、気づきましたか!」
その折り、ベッドを囲んでいたカーテンを開けて、栞が現れた。
「ごめんなさい………あまりに敵勢力が多かったのでお姉ちゃんに助太刀を頼んだんですけど、北川さんのことを話すのを忘れちゃって………」
しおらしく頭を下げる栞に、怒る気など最初からなかった北川はうろたえてしまう。
「大丈夫だから、気にしなくていいよ。」
と出来る限りいつもと同じ顔で言うのが精一杯だった。
それでも栞は救われたようで、表情を明るくしてありがとうございます、とお礼を言うと保健室を後にしようと背を向けた。
北川がどこにいくのか尋ねてみると、
「まだ処罰が終わってないですから。秋子さんを呼びに行くんです。」
と、とびっきりの笑顔を浮かべて去っていく栞に、北川は聞かなきゃ良かったと後悔したとかしないとか。


どうやら香里に殴られたのは頭だったらしい。
いまだにガンガンと痛む頭を押さえながら、北川は保健室を後にした。
実際、メリケンサックで頭なんて思いっきり殴られた日にゃ、普通に即死するのだろうが、不思議と傷跡は残っていなかった。
自分の生命力には舌を巻く。

「………なんだか、だんだんオレ人間じゃなくなってるような気がするなぁ………」
自分で言った言葉が、冗談に聞こえなかった。肩を抱いて震えてから、下駄箱に向かう。
「にしても、今日は散々だったなぁ………」
思い返してみると、むしろ笑えてしまうくらいツイていなかった。というか普通の人間なら死んでいるかもしれない。
「こういう日はさっさと家に帰って寝るに限るな。」
下駄箱から革靴を取り出す。と、靴のほかにノートの切れ端―――手紙らしい―――と小さい包みが入っていることに気づいた。
「何だ、コレ? ………美坂からだ。」
ノートの切れ端にはきれいな文字で、そっけなく一言だけ書いてあった。
『ごめんなさい』と。簡潔に。
「………美坂らしいな。」
苦笑して、包みの方を開けてみると、クッキーが入っていた。どうやら、お詫びのつもりらしい。
直接言ってこないのは、嫌がっているのではなく、おそらくは恥ずかしがっているのだろうと思う。というか、そう思いたい。
「ま、最後まで悪いことばっかじゃないってことか。」
北川は、クッキーをつまみながら、もうすっかり暗くなってしまった外へと歩いていった。

 

後日談ではあるが、次の日、北川、相沢を除くクラスの男子の80%が欠席し、その大半は次の日には登校してきた。
後で北川がその日のことを尋ねてみると、皆何も覚えておらず、
男の一人に聞いてみたときには『ジャ、ジャムは嫌だ………』と震えていたことを記しておく。


さらに後日談ではあるが、その事件以降、生徒会はなりをひそめたとかひそめてないとか。

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後書き

ワカ :しっかし、我ながら訳の分からん作品だなぁ・・・
北川 :中途半端に壊れてるしな。大体、なんかコンセプトでもあったのか?
ワカ :いんや、ただ単にお前のSSを書きたかっただけだ。個人的にはKanonではお前が一番お気に入りだからな。
北川 :………その割にはオレと美坂がラブラブな様子が見えないんだが?
ワカ :うわっ!!お前平然とラブラブとかさむいこと言うな!!鳥肌が立ったぞ!!
北川 :ほっとけっ!!で、実際のところどうなんだよ?
ワカ :うん、俺はお前個人は好きだが最近は香里とのカップリングはあんまり好きじゃなくなってきたんだ。
北川 :なんだとぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!?
ワカ :うるさい。だって考えても見ろ?あの香里がお前にハートマークとか飛ばしながら「潤」とか呼んでるところを。
北川 :うっ、確かにそれは違和感があるが………
ワカ :だろ?第一俺のSSはあんまりオリジナルのキャラや設定は出さないようにしてるんだ。という訳でお前は香里とは絶対に結ばれん。
北川 :だったら中途半端に壊れを使うな!それ以前にオレの性格自体オリジナルの設定じゃねぇか!!
ワカ :それって、お前がサブキャラだって事認めてないか?………まあいい、結局は趣味だからな。こういうこともある。
北川 :お前、そのいい加減さがいつか身を滅ぼすぞ………大体、壊れ系のくせにあんまり面白くないぞ。
ワカ :………俺はもともとシリアスのほうが書きやすいんだ。
北川 :だったら無理してギャグを書くなっ!
ワカ :………ごもっとも。


うーん、栞が怖いっす。北川が投降した気持ちも分からんでも無い。
つうか、クラスの連中がやば過ぎ。まるで黒魔術の集団みたいだ。
何気に北川が哀れだと思ってしまいました。いや、名前だけの存在だった祐一の方が可哀想かな?