――おまえで最後だ。
 怯えた眼差しで見上げてくる少女に向かって、わたしは淡々とした口調で告げる。そこに情なんてものは欠片もない。
 命じられるままに殺し、壊す。狂気に支配されたわたしは本当にただそれだけの存在だった。
 ……そんなわたしが死を恐れて怯えているのかと思うと何だか可笑しくて笑ってしまった。
 通路の奥に生まれる光。そして、影。
 ――靴音が、止まった。


   第2話 崩壊する日常


 ――アルシーヴ共和国第7コロニー・イゼリア北部。
 国立大学考古学研究室地価の遺跡――。
「……………」
 ディアーナは思わず言葉を失った。
 彼女の前に姿を現したその人物は彼女の記憶の中の恩人と瓜二つだった。
 恐怖のあまり幻覚を見ているのかと思った。なぜならその恩人は今からちょうど一年前に命を落としてしまっていたのだから。
 例え生きていたとしても、目の前の彼女は若すぎる。
 ディアーナの記憶では彼女がその姿をしていたのはかれこれ10年近くも前なのだから。
 では、何だというのだ。
 止まってしまった思考を何とか動かそうとしていると、不意に前方から声が掛けられた。
「あなたは夕方霊園にいた人ですね」
 声までそっくりだった。そのことに更に驚きつつ、ディアーナは彼女の問いに頷いてみせる。
「やっぱり。わたしのことを見て何か驚いていたみたいだけど」
「いや、君が去年亡くなったわたしの友人にそっくりだったものだから。それで、ちょっとな」
 そう言ってディアーナは苦笑した。
 感傷が見せた幻か。あんな場所だけに、幽霊か何かかとも思った。
 冷静になって考えてみれば、そんなものがいるはずないとすぐに分かっただろうに。
 自分の滑稽さに込み上げてくる笑いを堪えつつ、立ち上がろうとする。
 だが、彼女はこのとき自分が捻挫していることをすっかり忘れてしまっていた。
 動かそうとした途端、右足首に走った痛みにディアーナは思わず顔を顰める。
「どうかしましたか?」
「ここへ迷い込んだ時にうっかり踏み外してしまってな。軽い捻挫だと思うんだが」
「見せて下さい」
「いや、大丈夫だから」
「立てない状態の人が言っても説得力ないですよ。いいから、見せて」
 やや強い口調で反論を封じると、ティナは彼女の傍らに屈んでそっと患部に手を触れた。
「……っ……」
「断裂してはいないようですね。炎症もそんなに酷くないようだから、しばらくすれば痛みも無くなるでしょう。あ、軽くマッサージしておきますね」
「君は医学を齧っているのか?」
「少し。こういうときに役に立つからって言われたので覚えました」
「なるほどな。いや、助かったよ」
 痛みが嘘のように引いていくのを感じつつ、ディアーナは彼女に礼を言う。
「しかし、手当てしてもらっておいて言うのも何だが、君は少し変わった人のようだな」
「はぁ、変わった人ですか?」
「だってそうだろう。普通、こんなところで誰かに出会ったら真っ先に怯えるか銃を向けるかするものだ。それを君はまるで道端で出会ったかのように話しかけてきた。これを変わっていると言わずして何と言うんだ?」
 そう言って笑うディアーナに、ティナは少しムッとした顔になる。
「随分な言われようですね。何なら、このまま動けなくなるまで全身マッサージしてあげましょうか?」
「いや、遠慮しておく。あれは、本当に動けなくなるから」
 何やら既に経験済みのようなことを言いつつ、蒼い顔で首を横に振るディアーナ。その様子が可笑しかったのか、ティナはくすくすと笑っている。
「本当に変わった奴だ。わたしが危険人物だったらどうするつもりだ?」
「そのときは全力を持って殲滅させていただきます」
 笑顔でそう言い切るティナに、つられてディアーナも笑みを零す。
「訂正しよう。おまえは面白い奴だ」
「それはどうも」
 暗い地下の遺跡に少女達の笑い声が木霊する。
 何とも奇妙な光景ではあったが、そこに危険な空気は微塵も感じられなかった。
 ―――――――
 地下で二人が出会っている頃、地上では大変な騒ぎになっていた。
 研究の一部を秘匿しようとする研究室職員に対し、軍が機動兵器まで持ち出して圧力を掛けてきたのである。
 これに対し、研究室側は施設防衛を名目に配備していた同型の機動兵器を前面に押し出して徹底抗戦の構えを見せた。
 その様子をハッキングした施設の監視カメラから見ていたフィリスは大慌てで潜入している三人へと通信を送ったが、肝心の隊長であるディアーナは未だ地下に潜ったままなのか連絡が取れない。後の二人もこの混乱で分断されてしまったようで、別々のルートから合流地点を目指している。
 そんな中、ついに戦いの開始を告げる砲火が放たれる。
 この時代の主戦力はフォースフィギュアと呼ばれる身長16mを超える人型機動兵器である。それが警備隊は3機、国軍は2機。数では警備隊の方が多いが、正規軍の将兵の練度を考えると必ずしも優勢とは言えない。
 堪らないのは施設にいた一般人である。
 フォースフィギュア同士の戦いは歩兵のそれとは比較にならないほどの被害を周囲に強いる。その兵装は一撃で建造物を粉砕し、それを支える機体の重量は軽く数十トンを超えているのだ。
 うっかり巻き込まれたが最後、その人間がただで済むことは万に一つもありはしない。
「ちょっと、いくらなんでもあれはやり過ぎなんじゃない!?」
『そんなことわたしに言われても困ります。とにかく、急いで合流地点に向かって下さい!』
 爆音が轟く中、無線機越しに聞こえてくる悲鳴に怒鳴り返しながらフィリスは急いで端末を操作していく。
 一方、ティナに肩を借りながら地下の通路を進んでいたディアーナは突然の爆音と振動に思わず顔を顰めた。
「……これは爆発か。どうやら、上で何かあったようだな」
「急ぎましょう。このままここにいて落盤に巻き込まれでもしたら大変です」
「そうだな。わたしもこんなところで死にたくはない」
「こっちです」
 ディアーナに負担が掛からないよう配慮しつつ、歩く速度を上げるティナ。
 やがて一番近い階段へと二人がたどりついたとき、再び轟音が大気を打った。
「……この音、まさか!?」
 状況を察し、ティナとディアーナはそれぞれに驚愕の表情を浮かべる。
 ――そこにあるのはひどく非現実的な光景。
 施設のそこかしこで火の手が上がり、黒い煙が逃げ惑う人々の視界を奪っていた。渦巻く悲鳴も怒号も虚しく、撒き散らされた圧倒的な破壊の前に消えていく。
「ティナ!」
 不意に飛んできた彼女にとっては聞き慣れた声にそちらを振り向けば、ファイルケースを小脇に抱えた父が煤塗れになりながら賭けてくるところだった。
「お父さん。何があったの!?」
「軍の奴らが遺跡の存在を理由にこの施設を掌握しに掛かったんだ。今警備隊が応戦している」
「それで、他の人達は?」
「既に大半の者は施設を離れつつある。おまえも早く逃げなさい」
「お父さんは一緒にいかないの?」
「わたしにはまだやらなければならないことがある。済まないが先に行ってくれないか」
 申し訳なさそうにそう言った父親に、ティナは黙って頷く。
「じゃあ、また後でね」
 軽く別れの挨拶を交わしてティナはその場を立ち去る。それが親子の永遠の別れになるとも知らずに……。
「これからどうするつもりなんだ?」
 外へと向かって歩きながら、それまでずっと黙っていたディアーナが口を開く。
「父は自分のやるべきことをすると言いました。なら、わたしもそれをするだけです」
 歩みを止めることなくティナはきっぱりとそう答える。
「わたしもここの人達とは付き合いがあるんです。皆良い人達ばかりですよ」
 そこでディアーナの通信機が着信を告げたため、ティナは一度言葉を切る。
「わたしだ」
『あー、やっと繋がった』
「フィリスか。一体どうなってるんだ?」
『それが軍の人達、ここの遺産を狙ってきたみたいなんです』
「襲撃者は間違いなく国防軍なんだな?」
『傍受した会話を聞く限りでは。どうします、このままではこちらの任務にも支障が出ますよ』
「止むを得ない。ローランドの使用を許可する。許容時間は5分だ。その間にカタをつけろ」
『了解しました』
「こちらもそれまでには合流する。おまえも撤収準備をしておけよ」
 そう言うとディアーナは通信を切った。
「どこまで行けばいいんですか?」
 それを待っていたかのようにそう言ったティナに、ディアーナは思わず目を見開いた。
「その足じゃまだ辛いでしょ。ここまできたんだからちゃんと最後まで送らせてください」
「し、しかし」
「わたしも表に用があるから送るのはそのついでです」
「戦場を突っ切るんだぞ?」
「平気です。わたし、そういうの慣れてますから」
 最後のこの言葉にはさすがのディアーナも驚いた。
 自分に肩を貸してくれている目の前の少女はどう見ても15か16にしか見えない。そんな少女が戦場を経験したことがあるというのだろうか。
 呆然とした拍子に足を止めてしまったディアーナに、同じく足を止めてティナは言う。
「わたしはずっと逃げていたんです。平穏な日常が壊されるたびに、幾ばくかのものを代償に逃げ出して、そして、気がつけばわたしの周りは家族だけになっていました。その家族も去年半分になって。わたしはバカだから、失くしてみるまでそれがどれだけ大切なものだったか分からなかった。守りたかったのに。そのために強くなったのに。それでも足りなかったんですね。守れなかったから。でも、もういい加減そんなのは嫌なんです」
 そう一気に喋って、ほぅっと長い息を吐き出す。
「わたしはここの人達を守るために出来ることをします。力はそのためのものだと思うから」
 決意を秘めた眼差しを外へと向ける。
 それは眩しくも危うい輝き。ディアーナレインハルトが過去に失い、未来に求める希望の形。
 爆音がすぐ側で聞こえる。
 ――戦場はもうすぐそこだった。

 ―――あとがき。
 修正版第2弾です。
 先が見えないという意見をいただいたので少しずつ改めていこうと思います。
 よろしければ、今一度お付き合いください。