…………てぃな、……てぃな……。
 耳元で優しく囁かれてわたしはそっと目を開けた。
 目の前にはわたしのことを心配そうに覗き込んでいる見慣れた顔。その顔がやけに近くて、わたしは思わず顔を赤くしてしまう。ナルシストではないわたしが自分と同じ姿の彼女に見惚れてしまうのはそれだけ彼女が魅力的だから。
 ……わたしなんかとはだいぶ違う。
 そんな自分を卑下するような考えを見透かしたのか、彼女は急に怖い顔になって睨んできた。
 ――ダメですよ。そんなふうに自分を過小評価しては。あなたは十分に魅力的なんですから。
 ――そ、そうかな。
 ――そうですよ。特に寝顔は殺人的です。今だって、もう少しで自制が効かなくなるところだったんですからね。
 それを聞いてわたしは背筋に冷たいものを感じた。こ、この娘はわたしが眠っている間に何しようとしてたんだろ。
 にこにこと微笑む彼女に渇いた笑みを向けつつ、わたしはふと気になったことを聞いてみる。
 ――ねえ、アルフィニー。あなた、いつまでそうやってわたしを抱きしめているつもり?
 ――わたしにこうされるのは嫌ですか?
 ――いやじゃないけど。でも、今はちゃんと起きて状況を確認しないと。
 ここはわたしが心の内に抱える夢想空間であって、現実のわたしはまだ目を覚ましていない。
 ――そんなに急がなくても大丈夫ですよ。それほど切迫した事態にはなっていませんから。
 ――でも。
 ――大丈夫。それよりも今はあなたの精神を回復させるのが先です。
 言われてわたしは自分が今、意識を覚醒レベルに保てないほど消耗していることに気づいた。
 ――スタンドアローンタイプ12機への同時干渉に加えて、数秒とはいえ遺跡のセキュリティー中枢に対しても完全に沈黙するまで圧力を掛け続けたんです。幾らESTのブーストプログラムが優秀だからって、無茶しすぎです。
 ――ごめんなさい。
 本気で心配してくれているんだって分かるから、わたしは素直にそう言って頭を下げた。
 ――分かってくれればいいんです。でも、今後はあまり無茶しないでくださいね。
 ――うん。ありがとう。
 そう言ってわたしはそっと目を閉じる。
 ……今は休もう。きっと無理をすべきときじゃないから。それくらいは分かる。
 ――お休みなさいティナ。わたしの愛しい人……。
 彼女の優しい声を耳に、わたしの意識は深い眠りの淵へと落ちていった。
 



  第4話 天上世界


 
 ――イゼリア周辺宙域。
 今、ここに一隻の艦艇が近づきつつあった。
 調整機関コスミックエンジェリア第108任務部隊所属・アルテミス級機動戦艦アルフィス。
 そのブリッジにて。
 イゼリアから脱出するシャトルを見て、イリアラグラックは満足げに笑みを浮かべた。
「……ほぼ時間通り。さすがは戦場の白き狩人と言ったところかしら」
 本人が聞いたら顔を顰めるであろう彼女の通り名を口にするイリアに、側で聞いていた副官の少女が苦笑を浮かべる。
 その少女もそうだが、この艦のクルーはほぼ全員が若い女性、少女といっても差し支えない若年者だった。それも血や硝煙とは無縁そうな美少女ばかり。街で見かけたなら、一体何人が彼女達を戦艦のクルーと見抜けるだろうか。
「艦長、ディアーナさんから通信です」
「噂をすれば。こっちに回してちょうだい」
 オペレーターの声に返事しつつ、イリアは視線をメインスクリーンから手元のモニターへと移す。
『イリアか。こちらは任務完了だ。5分後には予定のポイントに到達する。回収を頼む』
 暫くしてモニターに出た赤毛の少女のぞんざいな物言いにもイリアは笑顔で頷いてみせる。
「ご苦労様。相変わらず手際が良いわね」
『何、これくらいは楽なものさ。……最前線で孤立するのに比べればな』
 軽い調子で笑えない冗談を返してくるディアーナに、イリアの微笑が一瞬凍る。が、すぐに何事もなかったかのように話を進める。
「それで、収獲は?」
『貴金属一式に各種研究資料。後、女の子が一人だ』
「女の子?」
 ディアーナの口から出た意外な言葉にイリアは微かに眉を潜めた。
『ああ。向こうでちょっと戦闘に巻き込まれてな。偶然側にいた民間人を保護したんだ』
「珍しいこともあるものね。あなた、そういうのは面倒だからって嫌がってたんじゃないの?」
「わたしだって人並みの良心は持ち合わせているつもりなんだが」
 面白そうに笑みを浮かべるイリアに対して、ディアーナは憮然とした表情でそう返す。
「まあ、詳しいことは戻ってから報告してもらうとして」
 イリアがそう言いかけたとき、不意に艦内に警報が鳴り響いた。
「レーダーに反応、熱源多数急速接近中!」
 オペレーターの上げた声にすぐさま表情を引き締め、状況を確認する。
「詳細は?」
「戦艦1、巡洋艦2、艦載機多数。所属はすべてクロイシア連邦のものです」
『こちらでも確認した。どうする。このままでは追いつかれるぞ』
 モニターの向こうで緊迫した表情をするディアーナに、イリアは厳しい顔で頷く。
「止むを得ません。多少の無茶は容認します」
「艦長!?」
 それを聞いて副官の少女が抗議の声を上げるが、イリアは構わず続ける。
「明らかに敵対行動を見せるようなら殲滅しても構いません。これは正当防衛です」
『了解した』
 短くそう答えるとディアーナは通信を切った。
「そんなことをして、国際問題になったらどうするんですか!?」
「平時に警告も何もなしにいきなり仕掛けてくる方がよっぽど問題だとわたしは思うけれど」
「そ、それは……」
 少女が言葉に詰まっている間にもイリアは艦長として指示を飛ばす。
 一方、シャトルの方では早くも命令を受けたシェリーとクレアがそれぞれの愛機に搭乗して出撃するところだった。
 これに対してクロイシア連邦軍は2機のアサルトウォーカーと1機のキャノンウォーカー、6機の大型航宙戦闘機を出してきた。これは戦艦一隻に配備されている標準的な戦力のほぼ半数であり、それを見たシェリーは思わず呆れてしまった。
「たかがシャトル一機をどうにかするのにそこまでするかな普通」
「こちらが迎撃に出てくるのを見越していたんでしょうか」
「でなきゃ、さすがにこれだけの戦力を投入してはこないって」
 素朴に疑問を口にするクレアに苦笑しつつ、シェリーは正面モニターを見据える。
『目的はあくまでシャトルが艦に到達するまでの時間稼ぎだ。二人ともあまり無理はするなよ』
「了解」
 通信を送ってきたディアーナに軽く答え、アームレイターを握り直す。
 ……とは言っても相手は9機。すべてを引き付けるにはそれなりの無茶はしないと難しい。
「さて、いっちょ派手に暴れてやりますか」
「具体的にはどうなさるおつもりですか?」
「まず、あたしが突っ込んで敵を霍乱するから、クレアはその間に出来るだけ多くの戦闘機を落として。あれは対艦ミサイル積んでるだろうから、抜けられると厄介だ」
「でも、突撃するなら援護が必要でしょう?」
「それも頼む。あんたの腕なら出来るよね」
「了解しましたわ」
「じゃあ、いくよっ!」
 そう言ってシェリーは勢いよくフットペダルを踏み込んだ。途端に強烈なGが彼女を襲う。
 慣れ親しんだ感覚。戦場特有の高揚感が彼女の心を満たしていく。
 同時にもう一機の右肩部から6発のミサイルが放たれ、目前にまで迫っていた敵の只中へと殺到した。
 ミサイルは両肩にキャノン砲を装備したフォースフィギュア――AGX007C・キャノンウォーカーの弾幕射撃によってすべて叩き落されたが、これでいい。
 爆発によって生じた煙幕を突き破り、シェリーの操る青いローランドが敵機へと切りかかる。
 これに対し2機のアサルトウォーカーは90mmアサルトマシンガンで牽制しようとするが、左手にシールドを構えたシェリー機はそれらを物ともせずに突っ込んでいく。
 その間にもクレアの乗る緑色の機体が連射モードに切り替えた集束ビームライフルで次々と戦闘機を打ち落としていた。
 こちらは先ほどミサイルを迎撃した機体が援護射撃を行っているが、クレアは巧みに機体の位置を変え、逆に追い込んでいる。
「動きが鈍い。連携が取れなければ数は却って足を引っ張るだけですわよ!」
 言いつつもまた一機。無論、突撃中のシェリーへの援護も忘れない。
「サンクス!」
 背後から飛来したビームと合わせて敵機にリストバルカンを叩き込んで戦闘不能にすると、シェリーは軽く礼を投げる。
「戦闘機はすべて落としました。後は」
 言いかけたクレアの言葉を不意に敵機の後方から飛来した90mm弾が遮った。
「増援!?」
「アサルトウォーカー2機、大型航宙戦闘機3機来ます!」
 即座に分析して叫ぶクレアに、シェリーはすぐさま反応する。
「シャトルは!?」
「既にアルフィスに着艦したようです。わたしたちも戻りましょう」
 敵機をライフルで牽制しつつそう提案するクレアにシェリーもあっさり賛同する。
 二人は残りのミサイル計18発をすべて目くらましに使って敵が怯んだところで機体を反転、全速力でアルフィスへと戻っていった。
 ―――――――
 ――その頃、着艦の衝撃で目を覚ましたティナは自分がまったく知らない場所にいることに気づいて大いに戸惑っていた。
 ――ちょっと、アルフィニー。これはどういうこと!?
 慌てて自身の内にいる少女へと抗議の意思を投げるが、すぐに筋違いだと気づいて謝った。
 二人は精神的に極めて近い関係にあるため、微かな感情の動きもダイレクトに伝わってしまう。それを読み取れないアルフィニーではなかったが、問われた彼女は特に気にしたふうもなく現時点で分かる限りの状況を説明してくれた。
 遺跡のセキュリティーを強制的に沈黙させたことで力を使い果たしたティナはその場で意識を失った。その後、アルフィニーの方でESTを解除したところをディアーナに拾われ、今に至る。
 ――それじゃ、ここはあの人の家なのかな?
 ――いえ、ここは……。
 アルフィニーがそう言いかけたところでドアが軽くノックされ、一人の女性が部屋に入ってきた。
「目が覚めたかな」
 そう声を掛けながら近づいてきたのはあの赤い髪と瞳の少女だった。
「えっと……」
「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな」
 困ったような顔で見上げてくるティナに、理由を察した彼女はそう言って微かに苦笑した。
「わたしはディアーナレインハルトだ。好きに呼んでくれて構わない」
「ティナクリスフィードです」
「ティナか。良い名前だな」
「ありがとうございます。その、ディアーナさんも」
 そう言ってお互いに笑みを浮かべたところで、そんなふうに和んでいる場合ではないことに気づく。
「あの、出来れば状況を教えていただけると助かるんですが」
 ティナはなるべく困惑しているふうを装ってそう尋ねた。
 実際のところすべての疑問が晴れたわけでもない。アルフィニーの話を聞いて幾分落ち着いてはいたものの、寧ろ分からないことの方がまだまだ多いのだ。
「では、一緒に来てもらえるかな。君のことも含めて責任者に報告しないといけないのでな。詳しいことはそこで話そう」
「……分かりました」
 少しの躊躇いを見せた後、ティナは頷いて立ち上がった。



 ―――機体解説。
・ナンバー001
名称: DFT−101・ローランド(青)パイロット:シェリーアンダーソン
兵装:集束ビームライフル 重粒子集束剣・フォトンセイバー・ スプリットミサイル×12 リストバルカン×2
解説:IPKO――国際平和維持機構――の機密部門・調整機関コスミックエンジェリアが独自に開発し、保有するフォースフィギュアの一つ。
本機は量産機として開発されたDFT−101・ローランドをパイロットであるシェリーアンダーソンに合わせて調整・改造したもので、機体色は彼女のパーソナルカラーである青を基調としたものになっている。
・ナンバー002
名称:DFT−101・ローランド(緑)パイロット:クレアローレンス
兵装:集束ビームライフル 重粒子集束剣・フォトンセイバー スプリットミサイル×12 リストバルカン×2
解説:索敵・通信機能を強化したローランドクレア使用。後方支援に主眼を置いた改造を施してはいるが、基本が汎用機なので前線での戦闘にも十分に耐えられる。
機体色のエメラルドグリーンは彼女のパーソナルカラーである。


 ―――あとがき。

龍一「ども。久しぶりの天上戦記ティナ、いかがだったでしょうか」
ティナ「わたしは巨大化なんかしてないわよ!」
龍一「うおっ、い、いきなり何だ!?」
ティナ「何だ、じゃないわよ。あなたの表現能力が貧弱なせいでわたしが誤解されてるのよ」
龍一「って、俺のせいか!?」
ティナ「他に誰のせいだって言うのよ。ああ、こんなことが許されていいわけがないわ」
龍一「ちょっと待て。それはひょっとして、もしかしたら、俺が天罰を食らうかもしれないかもしれないと?」
ティナ「正解(1秒)」
龍一「うわっ、笑顔で即答しやがったよ」
ティナ「それでは」
――大いなる天上の神よ、この過ちを正したまへ。
龍一「……………」
――作者の姿が歪んで消える。
龍一「さて、今回から上のような機体解説や用語解説をつけようと思います」
ティナ「邪魔だとか思った人いたらどけさせますけど」
龍一「まあ、これも作者の趣味みたいなものなので」
ティナ「っていうか、何で普通にいるのよ」
龍一「あ、しまった!」
ティナ「というわけで、もう一度。空と時の狭間へ旅立ちなさい!」
龍一「うぎゃぁぁぁぁあぁっ!」
ティナ「では、また次回で」


感想
ふむ、前話で突然現れたディアーナさんは国連軍みたいな組織に所属してたわけですか。
ところで、ここって確かアルシーブ共和国とかいう国で、前回の敵は国軍でしたよね。そこに何故IPKOとやらが介入してきたのか。しかも問答無用で機動兵器を投入してますし。