――アルテミス級機動戦艦アルフィス艦内通路。


 ディアーナに先導されてシャトルを降りたティナは途端に宙に浮かび上がってしまっていた。
「おっと」
 慌てて足をばたつかせながら伸ばした手をディアーナが素早く掴んで引き寄せる。
「そんなに慌てなくていい。宇宙は初めてではないんだろう?」
「あ、は、はい……」
 引き寄せられた体制のまま、間近で顔を覗き込まれたティナは思わず頬を赤くして俯いた。それを恥ずかしいところを見られたことによるものと理解したディアーナはすぐに軽く謝って彼女から離れる。
「心配しなくてもすぐに慣れる。それまでは適当にわたしの肩にでも掴まっているといい」
「は、はぁ」
 申し出に戸惑うティナに、ディアーナは遺跡で助けてもらった礼だと言って小さく笑った。
 無重力下での活動に関しては実際慣れるのにそれほどの時間は掛からなかった。コロニーや月都市の間を転々としたこともあって、ある程度の耐性が彼女には出来ていたのだ。
 とはいえ、今いる場所はどこの所属とも知れない戦艦の中。それも物々しい雰囲気から察するに、どうやら戦闘配備中らしい。
 あらゆる状況下において自分を含めた少しでも多くのものを守り抜くためにティナは力を得、技を磨いてきた。だが、実際にはじめてその状況に遭遇してみるとやはり少しは心細くなるもので、自然とディアーナの肩を掴む手にも力が篭ってしまう。それが伝わったのか、彼女はそっとティナの手を握ってきた。
「怖いか?」
「…………はい」
 不意の問いに少し躊躇ったものの、結局はそれを肯定する。
「それでいい。怖さを感じられるということは心が狂っていない証拠だからな」
 安心させるように優しい微笑を浮かべてそう言うとディアーナは空いている方の手でそっとティナの頭を撫でた。
 撫でられた方は一瞬きょとんとした顔になるが、すぐに気持ちよさそうに目を細めてそれを受け入れる。他者の感情の動きに敏感な彼女だからこそ、こんなにも暖かで優しい人には自然と心を許してしまう。
 こんなやり方しか知らないんだと言って謝るディアーナにもティナは小さく首を横に振った。それに、彼女は気づいてしまったから。自分の頭を撫でる白く繊細な手が小刻みに震えていることに。
「あなたも怖いんですか?」
 思い切って尋ねてみると彼女は意外にあっさりとそれを肯定した。
「それはそうさ。戦場では必ず誰かが死んでいくんだ。次は自分の番かと思うと怖くてたまらない」
「そう、ですよね……」
「まあ、わたしはとことんまで死神に嫌われているらしいからな。そう簡単には死なないさ」
 窓から差し込む閃光がディアーナの横顔を照らす。どこか自虐的な笑みを浮かべてそう言う彼女に、ティナは何も言うことが出来なくなっていた。
 そのとき、不意に艦体が大きく揺れた。
 気がつくと二人は艦載機デッキの近くまで来ていた。外では振り切れなかった敵機を相手に、未だシェリー達が迎撃を続けている。戦艦同士の撃ち合いも始まったらしく、時折被弾の衝撃が艦を揺らした。
 よろめくティナを片腕で支えつつ、ディアーナは側のインターフォンへと手を伸ばす。
「ブリッジ、状況を知りたい。シェリー達はどうなっている?」
『二人とも無事です。ですが、戦闘開始からの経過時間を考えますと』
「そう長くは持たないか。わたしも出る」
 インターフォンを壁に戻し、ディアーナは困惑気味に佇んでいるティナへと振り返る。
「行くんですか?」
「仕事だからな。それに、この艦には守ってやりたい奴もいる」
「守れるとは限らない。例え守れたとしても、あなた自身は死んでしまうかもしれない。それでも?」
 ティナは問う。かつて自分も問われ、答えたその問いを。
「君はあのとき施設で世話になった人達のために戦うと言った。わたしも同じだよ。やるべきことをするだけだ」
 そう言うとちょうど通りかかったフィリスにティナを任せ、ディアーナは駆け出した。
 ……そう、わたしは成すべきことを成すだけだ。何も特別なことはない。
 デッキに入り、愛機の元へと駆け寄ると、床を蹴って一気にコクピットへと跳躍する。
『――RFT101C・ローランドクリスティア。ディアーナレインハルト、出る!』
 管制官の誘導でカタパルトへと揚がったディアーナは漆黒の宇宙へとその白い機体を躍らせた。


  第5話 放たれた光



 ――アルテミス級機動戦艦アルフィスブリッジ。

「相対距離300。ミサイル第2波、来ます!」
「ドラックハウトで迎撃。同時にサウザントニードル1番、2番発射!」
「第7区画に被弾!火災が発生しています」
「すぐに消化班を向かわせて。対空砲火、左舷弾幕薄いぞ。何をしているの!?」
 矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、イリアは厳しい表情で前方のスクリーンを見つめる。
 スクリーンの向こうでは青と緑の西洋騎士が5倍近い敵を相手に必死で前線を支えていた。
 ―――――――
 残された言葉を反芻し、ティナはゆっくりとそれを飲み下す。
 ――優しい人でしたね。それに、とても強い意志を秘めている。
 アルフィニーの言葉に頷きつつ、ティナは気になったことを伝える。
 ――でも、どこか思い詰めているみたいだった。
 そのことにわたしがどう関係しているのかは分からないけれど。
 ――気になりますか?
 ――あんな顔を見せられて気にならないわけないでしょ。行くわよ、アルフィニー。
 ――了解です。
 衝撃に艦が揺れた。
「さあ、ここは危険ですから、居住区のほうに移りましょう」
 そっと肩を押すフィリスの手をやんわりと放し、ティナは首を横に振った。
「そこから外に出られるんですよね」
「え、ええ」
 緊急脱出用のハッチを指差して問うティナに、フィリスは思わず頷いてしまう。
「では、行ってきます」
「えっ、あ、ちょっと!」
 慌てて止めようとしたが時既に遅く、ティナの姿はエアロックの向こうに消えてしまった。
 その後、アルフィスではブリッジクルーをはじめ、多くのクルーが唐突に現れ前線へと飛び立っていく一人の天使を目撃することになる。潜入部隊からの報告を受けていなかった彼女達がそろって唖然となったことは言うまでもない。

 ―――――――
 
――イゼリア近隣某戦闘宙域。
 シェリー達の援護に向かっていたディアーナは後方から急速に迫ってくる熱源に思わず眉を顰めた。
 自分に追随する同僚がいなかったことから、彼女はそれを艦からの支援砲撃と判断した。
 ――この速さはエクストラ級高速ミサイルか。イリアの奴、またマニアックな代物を……。
 だが、間もなくして後部モニターに映ったものを見た瞬間にその考えはあっさり吹き飛んでしまった。
 そこにあったのは先程別れた少女の姿。その背には淡い燐光を零しながら輝く一対の白い翼。
 それとほとんど同時に通常回線でディアーナの元に通信が届けられる。
『ディアーナさん、聞こえますか?』
『その声と姿はティナクリスフィードか!?』
『ちゃんとモニターに映っているんですね。それで、わたし以外の誰かに見えます?』
 少し苦笑しつつ問い返すティナに、ディアーナは困惑気味に問いを重ねる。
『やはり、その姿は幻ではなかったんだな。いや、それはいい。どうして君がこんなところにいるんだ!?』
『拾っていただいた恩もありますし、何より今あの艦に沈まれるとわたしも困りますから』
『戦闘なんだぞ』
『大丈夫。出てきた以上はやってみせます!』
 静かだがはっきりとした口調で答えるティナに、ディアーナは結局負けてしまった。
『こちらの識別信号を送る。味方に撃たれたとあっては洒落にもならないからな』
『了解。……受信しました』
『すぐに戦闘になる。味方機を援護しつつ、この宙域から離脱するぞ』
 ディアーナの言葉に一つ頷き、ティナは前方を見据えた。
 ―――――――
 斜め上方から飛来したビームをシールドで防ぎつつ、シェリーは機体を後方へと下がらせる。そのすぐ後を3発のミサイルが追ってきたが、こちらはクレアの援護射撃で残らず爆砕された。
「助かったよクレア」
「いいえ。でも、こう数が多くてはさすがに疲れますわね」
「まったくだよ。こんなことならミサイル残しとけばよかった」
「無いものねだりをしても始まりませんわ。ここは何とか凌ぎましょう」
「そんなこと言ったって……」
 珍しく弱音を吐くシェリー。だが、弾と推進剤の残りを考えるとそれも無理はない。いかに優秀な兵器、パイロットといえどもこの二つがなければ戦うことは出来ないのだから。
 数の差というのも深刻なもので、こちらが2機であるのに対し、向こうは5機。戦闘機も入れれば10機以上はいる。
 時折飛んでくるアルフィスからの援護射撃も合わせてどうにか前線を支えていたが、それもいつまで持つか分からない。
 そんなときだった。唐突に後方から飛来した直径数メートルの光の球が3機の航宙戦闘機と1機のアサルトウォーカーを巻き込んで爆発した。
『待たせたな。ここは我々に任せておまえたちは後退しろ!』
 呆気にとられるシェリーの元にディアーナから通信が入る。
『ディアーナさん、遅いですよぉ』
『苦情は後で幾らでも聞いてやる。さっさと離脱しろ』
『ディアーナ様、あの翼の方はわたしたちの味方なのですか?』
『そうだ。識別信号もそうなっているだろう』
『でも、あれって……』
『詳しいことはこれが終わってから当人にでも聞いてくれ』
 そう言って再度撤退を促すディアーナに、シェリーとクレアは顔を見合わせつつも大人しく従う。無論、この間にも敵からの攻撃は続いているのだが、三人は巧みな回避行動でこれらを外させていた。
『さて、残りは8機か。わたしと君とで4機ずつ。やれるか?』
『もちろん』
『良い返事だ。何なら、このままうちに参加するか?』
『考えておきます』
 などと余裕のある会話を交しつつ、二人は確実に敵機の数を減らしていく。
 その後の戦いは一方的な展開となり、ディアーナの駆る白いローランドタイプが最後の1機を落とす頃には3隻いた敵艦も急いで撤退を開始している。
 結局ティナとアルフィニーは初陣において2機のフォースフィギュアと6機の航宙戦闘機を撃墜し、帰還したアルフィスのデッキで多くのクルーに称賛を持って迎えられることとなる。
「あははは、あんた、すごすぎだよ。一体何物?」
「ディアーナ様についていける方がいらっしゃるなんて。感激ですわ!」
 口々に褒め称えるパイロット達を軽く締めつつ、ディアーナも一つ頷く。
「わたしも正直驚いたよ。まさか、あれほどの動きが出来るとはな」
「あの子は自分の体みたいなものですから。他の機体じゃああはいきませんよ」
「そこまで自分の機体を熟知しているとは。よほど鍛錬しているのだな」
 そう言ってチラリとシェリー達を見ると、なぜか彼女達は一斉に目を逸らしていた。
「まあいいさ。ところでさっきの話なんだが……」
 そうディアーナが言いかけたところで艦内放送が鳴り、副官の少女が命令を伝えてくる。
『総員、第2戦闘配備で待機。本艦は至急、この宙域を離脱します』
「だそうだ。済まないがしばらく我々と行動を共にしてはもらえないだろうか」
「構いませんよ。寧ろ、その方がわたしにとっても都合がいいでしょうから」
 後半は胸の中でのみ呟きつつ、ティナはディアーナの申し出を承諾する。
 どういう理由にしろ、彼女の父は国家に背いたのだ。ならば、娘の自分は重要参考人として連衡されるだろう。実質人質である。そんなことになれば、自分を信じて行動を起こした父の信頼を裏切ることにもなりかねない。
「そうですわ!」
 ティナが思考を纏めていると、唐突に妙案を思いついたとばかりにクレアが手を打った。
「いっそのことこのままうちの隊に加わっていただくというのはどうでしょう」
「それはわたしも考えていた。戦力的にも申し分ないしな」
 クレアの言葉に頷きつつ、どうだろうといった感じの視線を向けてくるディアーナ。
「え、あ、あれって冗談だったんじゃ……」
「何を言う。わたしは一言も冗談だなんて言ってないぞ。君だって考えておくと言ったじゃないか」
「え、っと……」
 真顔でそう返してくるディアーナに、ティナは助けを求めるようにあたりを見回す。
「あたしは賛成だよ。人が増えるのは嬉しいし、仕事が楽になるからね」
「わたしは提案者ですから」
 口々にそう言うシェリーとクレアに段々と追い詰められていくティナ。
「とりあえず、次からはちゃんとカタパルトから出撃するようにしてくださいね」
 不意打ちのような形で残してきたフィリスも圧倒的な彼女の活躍を前にして苦笑していた。
 ――どうするんですか。これじゃ、抜けるに抜けられませんよ。
 ――あ、あははは……。
 咎めるような調子でそう言うアルフィニーに、ティナはただ渇いた笑みを浮かべるしかなかった。
 
―――機体解説。
・ナンバー003
名称:AGX007・アサルトウォーカー パイロット:一般兵士
兵装:90oアサルトマシンガン チタン合金ブレード 頭部60oバルカン砲×2
解説:アスフィック社製の量産型フォースフィギュア。 量産型故の良好な整備製・コストパフォーマンスから正規軍をはじめ、多くの民間警備会社に多数配備されている。また拡張性に優れた本機には様々な用途に合わせた複数のバリエーションが存在しており、新たに解発された兵装の試験機として用いられていることもある。
・ナンバー004
名称:AGX007C・キャノンウォーカー パイロット:一般兵士
兵装:90oアサルトマシンガン×2 ショルダーキャノン×2 頭部60oバルカン砲×2
解説:AGX007の中距離支援型。支援砲撃を目的としている機体だけに両肩のキャノン砲は協力だが、接近されると撃てない。他にも格闘戦用の武器を一切装備していないことから、この機体があくまで支援機であることがうかがえる。
・ナンバー005
名称:コスモファントム級大型航宙戦闘機 パイロット:一般兵士
兵装:対艦ミサイル×2 集束フレアビーム×2 連装ミサイルランチャー×2 対空機銃×2
解説:対フォースフィギュア戦に対応した重火力・高機動型の航宙戦闘機。格闘戦こそ無理なものの、FFより安価なためにすぐ数をそろえられる。ハードポイントによる武装の交換も可能で、外付けの対艦ミサイルは当たれば戦艦クラスにもかなりのダメージを与えることが出来る。ただ、やはりフォースフィギュアほどの戦闘力はなく、徐々に最前線から消えつつある。


感想
宇宙空間を飛ぶ巨大な女の子。でもそれを見たパイロットたちが余り驚かないという事は、この世界ではありえる兵器の1つという事なのでしょうか。まるで最終兵器彼女のようです……