第20話 永遠の眠る場所

   *
 ――N.P.C.1768年12月28日。
 IPKOの技術監査部から派遣されていた一つの偵察部隊が消息を絶った。その部隊は高速輸送艦に強行偵察型ローランド2機とその護衛のローランド4機、艦の直衛機として最近配備が始まったばかりの高機動型ローランド、通称B型と呼ばれるタイプを2機搭載した部隊で、本部の要請を受けて危険宙域の調査に向かっていた。
「で、その偵察部隊とやらの捜索をどうしてうちがやらないといけないんだ?」
 状況を説明されたディアーナは眠そうに目をこすりながら目の前の人物へと言葉を投げる。それを受けて、艦長質のデスクに腰掛けていたイリアは少々呆れ気味に彼女を見た。
「あなたね。もう少ししゃきっとしなさいよ。正月も今日で終わりなのよ」
 やれやれというふうに溜息を漏らすイリアに、ディアーナの眉が微かに跳ねる。
「そういう台詞はこの部屋の惨状を何とかしてから言ってくれ」
 そう言って彼女が指差した艦長質の床に転がるビールの空き缶の数は軽く2ダースを越えている。イリア自身も軍服を着崩しており、とても他人のことをとやかく言えたような状況ではなかった。
 かく言うディアーナも服装こそきちんとしているものの、自慢の長い赤髪があちこち寝癖で跳ねていてすごいことになっているのだが。
「うちに回された理由だけど、その宙域に所属不明の艦隊が集結しているらしいのよ」
「あからさまに話を変えたな。というか、所属不明の艦隊というのはこの間の奴らか」
「まず間違いないでしょうね。連邦軍のほうでは例の大型戦艦の姿も確認されたそうだから」
「行方不明者の捜索なら軍か警察にでも任せておけば良いだろう」
「一応、捜索願いは出したそうよ。でも、場所が場所だけに難しいでしょうね」
「そうか。しかし、なら、わざわざうちが出ていくこともないんじゃないか?」
「それがね。あのあたりには未だ回収されていないロストテクノロジーが多くあるらしいのよ」
 難しい顔をしてそう言うイリアに、ディアーナはなるほどと納得して頷いた。つまりは捜索を建前に問題の宙域へと侵入し、それらの遺産を回収しようというのだ。
 遺跡から出土する先史文明の遺産には現在よりも遥かに高度な技術が使われている物が多い。中でも軍事に関わるものは下手に復活すれば今のミリタリーバランスを崩壊させかねないのだ。
 しかし、納得はしたもののディアーナの表情は厳しかった。
 ――問題の宙域、エリア38G・5は昔から輸送船や貨客船の事故が多発している謂わば天上世界の墓場だ。その正体は先史文明末期に勃発した戦争の激戦区痕で、今も膨大な量のデブリとともに高濃度のフォトンフレアが滞留している。
 天上開発の最盛期にはフロンティア精神からロストテクノロジーの宝庫と呼ばれたその宙域に挑む者もいたが、それらの大半が二度と帰ってくることはなかった。
「遺跡調査なんてのは大抵危険が付き物だが、今回のはまた格別だな」
「それだけに手当ては弾んでくれたわ。帰還後は休暇ももらえるそうよ」
「それだって生きて帰れなければ意味がないだろう」
「正直、わたしも出来ればあんなところへは行きたくないんだけど」
「また彼女からの頼みか」
「まあね」
 苦笑を交わし合う二人の脳裏にはIPKOの最高責任者である一人の女性が浮かんでいた。
「アルフィスは出られるのか?」
「先日改修が終わったところよ。物資も積めるだけ積ませてあるからいつでも出航出来るわ」
「そうか」
 イリアの答えに満足そうに頷くディアーナ。機体が幾ら高性能でもそれを長期に渡って運用出来る艦がなければ戦力にはなり得ない。
 フォースフィギュアは精密機械の塊だ。それなりの整備も必要だし、専用の資材がなければ破損しても修理出来ない。特にブラックメンバーと呼ばれるものたちの機体は個人の専用機やハンドメイド機が多く、その整備性の悪さから整備班に嫌われていた。
 アルフィス所属のパイロットは全員がブラックメンバーであり、それぞれに専用機を有しているというとんでもない部隊だ。それらを平然と運用しているこのアルテミス級の整備能力が既存の艦の中でも群を抜いていることは言うまでもない。
「フォースフィギュア隊のほうはどうなっているの?」
「問題ない。ファミリアのルビームーンは改装中で出せないが、他は全員出撃可能だ」
「後は参加メンバーね」
「さて、何人残ってくれるかな」
 再び難しい顔をするイリア。それとは対照的にディアーナはどこか楽しそうだ。
 ――アルフィス格納庫。
 つなぎ姿の少女たちが忙しく動き回っている中、ティナは一人整備中の機体たちを見上げていた。
 彼女が見ているのは主にスラスターなどの推進ユニットが取り付けられている背面部分だ。
 フォースフィギュアは背部に装備された高出力スラスターと複数の姿勢制御バーニアを使用することによって複雑な機動を可能にしているが、ティナやアリスのESTにはそれがない。
 代わりにコアである彼女たちの思念を増幅して形成される特殊な力場を用いて姿勢制御を行なっているのだが、その思念は同時に攻撃や防御のエネルギーにも振り分けられるため、戦場ではあまり長時間活動することが出来なかった。
 また、彼女たちの攻撃手段であるアストラルやエーテルというものは通常媒体を通じて発現されるものであるが、ティナは力そのものを増幅して放っているためその消耗は凄まじい。
 それらの問題を解決し、継戦時間を延ばすために彼女はEST用のバックパックユニットの開発に着手したのだった。
「あの形状で翼の邪魔にならないようにするにはやっぱりサイズを小さくするしかないわね。でも、そうすると出力が低下しちゃいそうだし……」
 ――エーテルドライブに直結可能な武器を開発して携行してはどうですか?
 悩むティナにアルフィニーがそう提案する。
「それはもちろんするつもりだけど、それだけじゃまだ弱いのよね」
 ――推進ユニットもエーテルドライブに直結するというのはどうでしょう?
「確かに、それだと燃料はいらないものね」
 ――その代わり、あなたの体脂肪が急激に燃焼されることになりますけどね。
「ダイエットになってちょうど良いわ。体重を気にせず美味しいものをたくさん食べられるし」
 ――他の女性陣が聞いたら殺されますね。
「あはは……」
 さらりと怖いことを言ってくれるアルフィニーに、ティナは思わず渇いた笑みを浮かべた。
   *
 ――クロイシア連邦本土内独立自治領。
 大陸の中でも赤道に近い南の海岸付近に一つの町があった。
 そこは一見して砂浜を中心とするリゾートエリアとその北側の一般市街地とに分けられる。
 ごく普通の町ではあるが、政治に関わるものにとっては特別な意味を持っていた。
 この世界にはいずれの国家にも属さず、されど世界に多大な影響力を持つ一つの集団が存在している。彼女らはかつての世界連合のように恒久平和の実現を掲げ、その実現に向けて着々と成果を上げつつあった。
 ――IPKO某地上支部。
 中央に聳え立つタワーを中心に、町全体が組織の施設となっているそこはIPKOの地上における重要な活動拠点のひとつだ。
 そこに、数日前からある人物が滞在していた。
 ウェーブの掛かった美しい金髪を腰のあたりまで伸ばした20代前半の女性。
 彼女こそ世界平和維持機構――IPKO――の最高責任者、エミリアクロフォードである。
 空調の効いた自分専用のオフィスで彼女は今日も各部署から上がってくる書類に目を通していた。その量尋常ではなく、既に彼女のデスクの上には天上に届く勢いで紙の塔が出来ている。
 そこへ、エミリアの側近であるメイド服姿の少女が新たな書類の束を持って入ってきた。
「失礼します」
 そう言ってデスクに近づくと、持ってきた書類の束を置く彼女。その額には結構な量の汗が浮かんでおり、今まで動き回っていたことが伺える。
「ご苦労様。外は今日も暑いようね」
「はい。さっきも所用でちょっと外に出ただけなんですけど、この通り汗びっしょりです」
 そう言って手の甲で汗を拭う少女にエミリアは仕事の手はそのままに少々申し訳なさそうに彼女へと声を掛ける。
「ごめんなさい。何だか雑用ばかりをさせてしまって」
「あ、いえ、別にこれはわたしが好きでやっていることですから」
 慌ててぱたぱたと手を振る少女にエミリアは僅かに口元を綻ばせると最後の書類にサインを書き入れた。
「さて、とりあえず今日の仕事はこれでおしまいね。あなたのほうはこれから何か予定ある?」
「いえ、特にはありませんけれど」
 聞かれてそう答えつつ、少女はなぜです?というふうに小さく首を傾げる。その仕草が見た目相応のかわいらしさにあふれていることにエミリアは少しの安堵と喜びを覚えていた。
 先史文明の遺跡の奥でコールドスリープに掛けられて眠っていた少女を見つけて引き取ったのは彼女だ。同じ元ピースメイカーであり、そのオリジナルとでもいうべきエミリアにとって、自分を元に作られた彼女は妹であり娘だった。
 目覚めた当初はすっかり様変わりしてしまった世界に戸惑い、自分の在り方を見失っていたようだが、エミリアの生き方、考え方に触れるうちに次第に新たな道を見出した。
 今では彼女を姉と慕い、いろいろと手伝ってくれている。
「そう。じゃあ、これから一緒にお茶でもどうかしら?良い葉が手に入ったの」
「はい。喜んで」
 満面の笑顔で頷く少女。
 彼女たちはホムンクルス。中でも特別に極めて人間に近い存在として生まれたものたちだ。
 今から1800年前、彼女たちを生み出した人間は平和への祈りを込めてピースメイカーと呼んだ。
 圧倒的な力を持って戦争を終わらせる英雄ではなく、闇雲に平和を叫び続けるだけの無力な歌姫でもない。ただ目の前の現実を正しく見据え、一つ一つをより良い方向へと変えていける力を……。
 願わくばそのたどり着く先に真の平和があらんことを。
 ソフィアクレセントは願い、残した。
「先日、イリアの隊がピースメイカーを一人保護したそうよ」
 ストローに口をつけながら、思い出したようにエミリアがそう言った。
「聞いています。確かPMX007のミレーニアさんでしたっけ」
「アイシス、同胞をコードネームで呼ぶのはお止めなさい。わたしたちはもうピースメイカーではないのだから」
「はい……」
 アイシスと呼ばれたメイド服姿の少女はそれに小さく頷くと、アイスティーを一口飲んだ。
 既に半分ほどまでに減っていた琥珀色がストローに吸われてまた少し下に下がる。
 その様子をエミリアは組んだ両手の上に顎を載せて何となく眺めている。
「彼女はどんな道を選ぶのかしらね」
「さぁ、それは本人に聞いてみなければ何とも」
 そう言ってアイスティーを飲み干すとアイシスは少し伺うような視線をエミリアへと向ける。
「あの、お代わりいただいてもよろしいですか?」
「良いわよ。ついでにわたしももう一杯飲もうかしら」
 そう言ってソファから立ち上がるエミリア。二つのグラスを手にキッチンへと行き、冷蔵庫からペットボトルを取り出す。
「でも、本当によろしかったんですか?彼女たちをあそこへ行かせてしまって」
 グラスにアイスティーを注ぐエミリアの背中へとそう問いかけるアイシス。
 ここは彼女たちのプライベートルームだ。二人の他には誰もいないし、話を聞かれる心配もない。
「わたしはもうしばらくここを動くわけにはいかないし、他に行かせられる人もいないから」
「仕方ない、と?」
「まあ、正直に言うと期待はしているわね」
 まだ中身のあるペットボトルを冷蔵庫に戻し、グラスを手に振り返るエミリア。その顔にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「彼女たちなら、もしかしたらエターナルレコードにたどり着けるかもしれないじゃない」
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 ――エターナルレコード……。
 太古の昔より天上世界のあらゆる事象を記録し続けている究極のライブラリである。
 記録の多くは過去の戦争で失われてしまったが、その機能は今も僅かに生きており、必要とされるときを待っている。
 今、その永遠の記録者を廻って一つの戦いが起きようとしていた。
   *
   人物紹介
・エミリア=クロフォード(24歳/女性)
世界屈指の大財閥、クロフォード財団の総帥にして世界平和維持機構IPKOの創始者。先史文明末期に作られたピースメイカーの一人でもあり、以降のシリーズが彼女を元に作られた事からピースメイカーオリジナルと呼ばれていた。
個人として巨大な組織を動かすだけの高い能力とカリスマ性を持ち合わせているが、実は結構人をからかうのが好きだったりする。人間同士が傷つけ合うことを嫌い、皆が笑顔でいられることを強く望んでいる。だが、それはピースメイカーとしての性質ではなく、彼女を世話した人間たちがそうなるように育てたからだ。
・アイシス=クロフォード(16歳/女性)
エミリアの秘書的な立場にいる少女。エミリアから記念に贈られたメイド服を気に入っており、私生活でもメイド服姿で彼女の身の回りの世話をしている。
第2世代型ピースメイカーの最初の一人で、エミリアにとっては娘のようなもの。実際には年の離れた姉妹のような関係で、アイシスもプライベートではエミリアのことをお姉さまと呼んでいる。最近は多忙のためにあまり二人での時間が作れないのが悩みらしい。
  あとがき
龍一「予定より大分遅れてしまいましたが、第20話をお送りします」
ティナ「前がクリスマスの話だったから、一ヶ月以上空いたことになるわね」
龍一「あー、えーっと」
ティナ「しかも、今回全然違う話だし」
龍一「いや、それはまあ予定通りなんだけど」
ティナ「しかも、今回また新しい人が出てきたわね」
龍一「エミリアとアイシスだな」
ティナ「この二人がIPKOの指導者なの?」
龍一「そうだよ」
ティナ「今回他にも幾つかキーワードが出てきたけど」
龍一「コールドスリープは文字通り冷凍睡眠だな」
ティナ「エターナルレコードは?」
龍一「それについては次回以降で」
ティナ「そう。それじゃあ、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました」
龍一「稚拙な文章ではありますが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです」
二人「ではでは」
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感想
 私生活でもメイド服って、アイシアは本部内で普通に浮いていそうですね。しかし、この世界の先史文明人は現在の人間と同じ姿だったようですね。ピースメイカーたちは全員人間と同じ姿のようですから。でも、前にミレーニアはゲシュペンストとか言うのに乗ってましたが、ああいうのをこの人たちも持ってるんですかね?