運命の足音




潮の香りを含んだ空気に晒された灰色の石碑を見つめながら、一人の少年が佇んでいた。

沈みかけた夕陽が空と海を茜色に染め上げ、冷たくなりつつある風が少年の長い髪を揺らす。

東の空が青い薄闇に包まれ、銀光を放つ月がうっすらと顔を覗かせ始める。

しばらくして、キラ・ヤマトはその場に腰を下ろし、そっと石碑に触れた。



ぞっとするほど、冷たい。

彷徨える死者の魂が、そうさせるのだろうか?



キラが見つめる石碑には、これが慰霊碑であることが示唆され、刻み込まれている。

二年前。

地球軍によるオーブ侵攻戦の際に失われた多くの命。

その悲劇を忘れず、二度と同じ過ちを繰り返さぬように、と。



慰霊碑は美しく舗装された海岸の公園の側にあった。

設けられた花壇には幾重にも色鮮やかな花々が咲き乱れ、美しく彩られている。

だが、爆撃の傷跡を石畳でならしたとしても、人々の心の傷が癒えるわけではない。

どんなに立派な慰霊碑を建てたとしても、大切な人を失った人々の無念が過去のものになることはない。

キラ自身、先の大戦で大切な人たちを亡くしている。

親友、仲間、そして・・・、守ると約束した人。

だから、分かる。

大切な人を失う苦しみと悲しさが。

そしてキラ自身、多くの人たちの命を奪った。

友達を守りたい、その一心で銃を取った。

だが、戦場ではその一途な思いさえ、何の価値ももたない。

当然だ。

戦場で戦う兵は皆、大切な何かを守るために戦っているのだから。

皆、自分の信念と誇りを賭けて戦っているのだから。

自分だけが正義ではない事を知った。

自分のしている事が正しいのかどうか、分からなくなった。

戦いたくない。殺したくない。

そう思っても、敵は攻めてくる。自分たちの命を奪いにくる。

守るためには、戦うしかなかった。

だから、分かる。

戦争の残酷さと哀しさが。



石碑に触れていた手を握り締め、キラはゆっくりと立ち上がった。

十八歳の少年とは思えない、不釣り合いな悲壮感が漂う。

その姿は、戦場を知らずに生きている同年代の少年少女とは明らかに異なっていた。

違う経験を積み、違う苦楽を味わい、違う世界で生きた証が、祈る姿に表れている。

石碑の前には何処からか摘み取ってきたような、小さな花束が添えられていた。

キラが置いたものではない。

キラより前に、誰かが置いていったものなのだろう。

慰霊公園には、キラ以外の人の姿はない。

聞こえるのは海の波音。

動いているのは水平線に沈みそうな夕陽と上り始めた月。風に揺られる花々だけだ。

時間がゆっくりと流れていくような静けさの中、キラは微動だにせず石碑を見つめ、一心に祈る。


「ここに、帰ってきているのかな?」


しばらくして口から発せられた言葉は、誰に向けられたものだったのだろうか?

答える者はいない。

キラ自身にも、答えはわからない。

脳裏に浮かぶのは、紅い髪の少女。

もし、魂というものが存在するならば、彼女の魂は地球(ここ)に帰ってきているのだろうか?

それとも、まだあの宇宙(そら)を漂っているのだろうか?

アスランとの戦いの時、自分を助けるために命を落とした親友。

彼の魂もまた、あの場所に留まっているのだろうか?

キラは空を見上げた。

今、また戦火にまみれようとしている世界。

まるで、憎しみと絶望が具現化したかのような、あの男の予言のままに進む世界。

亡き死者たちが今この世界を見ることが出来たなら、彼らは何を思うのだろう?

同じ過ちを繰り返す人類を嘲笑うのだろうか?

争いの無い世界を創れぬ人類を悲しむのだろうか?

願う未来の姿は違えども、『平和』を望んだ思いだけは、皆同じだったのではないか?

再び戦いの狼煙が上げられたならば、彼らの死の意味は無くなってしまうのではないか?



長い静寂の中で、いつしか小雨がちらつく。

小雨は無音のまま、辺り一面を覆い尽くしていく。

降りしきる小雨が、灰色だった慰霊碑を黒く染めていく。

それが志半ばに倒れた死者たちの涙であるかのように、キラには思えた。

雨足は徐々に強さを増していく。

それにも関わらず、キラは微動だにしない。

頭をたれたて慰霊碑を見つめたまま、彫像のように動かない。


「やはり、ここにいましたのね」


透明で美しい音色のような声がキラの耳に届く。

体がようやく時を取り戻す。

キラが声のする方に視線を向けると、桃色の髪の少女が優しげな微笑みを浮かべながら佇んでいた。


「・・・・・ラクス」


右手で傘をさし、左手には小さな花束が握られている。

ラクスは慰霊碑の前に立つと持っていた傘をキラに渡し、手にしていた花束を慰霊碑に捧げ、両手を合わせて

静かに祈った。

キラはラクスが雨に濡れないよう、彼女の隣に並んで立つ。

しばらくして祈る手をとき、立ち上がったラクスはキラの顔を見つめ、笑みを浮かべた。

キラも、わずかな笑みを向ける。


「・・・帰ろうか?」

「もう、いいのですか?」

「・・・うん」


もう一度慰霊碑を見つめてから、キラは頷いた。

ラクスはキラの腕を取り、二人は寄り添うようにして歩き出す。

太陽は既に沈み、雲の間から顔を覗かせる月の光が二人を照らす。


「ラクス」

「はい?」


視線を前に向けたまま、キラは唇を開く。


「僕たちは、あとどれだけの時間、こうやっていられるのかな?」


キラの問いに、ラクスは直ぐに答えを返した。


「貴方が望んで下さるのなら、わたくしはずっと貴方のお側におりますわ」


ラクスの眼差しが、自分の横顔に注がれているのを感じた。

ラクスを見る。

曇りのない澄み切った綺麗な瞳が真っ直ぐに見つめてくる。

スカイブルーの瞳ははっきりと、奥に宿したものを映し出している。

先の大戦を知り、その戦いの中である決意をした者だけが持つ、瞳の中に宿る光。

彼女の瞳は未だ曇ることなく、その光を輝かせている。

しばし見つめ合った後、二人は再び歩き出した。

傘がいつもより軽く感じたのは、冷たくなった指先の感覚のせいだろう。

キラは右手に持っていた傘を左手に持ち替え、右手でそっとラクスの肩を抱いた。

ラクスの華奢な白い肩は、温かかった。

慰霊碑には無かった命の温かさがここにある。

守れた命がここにある。

守りたいと願って守れた人が側にいる。


「ありがとう」


優しげで、力強さを感じさせる声が夜の闇に響く。



先の大戦から二年。

傷ついた翼を癒していた勇者と、彼を見守ってきた歌姫。

二人の英雄は再び動き出す。

運命の足音は、もうそこまで迫っていた。




                                                                 

あとがき


こんにちは、JINです。

この作品は現在放送中のSEED DESTINYを元にしたお話です。

だいたい8〜9話くらいをイメージして書いたお話です。本編を見ている方にはおわかり頂けるかと。

短編は初めて書きましたが、なかなか難しいものですね。だらだらと長く書いていたら短編になりませんし、

文章を削りすぎてもお話の内容が見えにくくなってしまいます。

感想などありましたら簡単なものでも構いませんので、是非お聞かせ下さい。

それでは、失礼します。
 
 
 
感想
私はこういうの結構好きですけどね。ただ、DESTINY見てないのでこれがどの辺りかさっぱり
分からないのがネックなんですが。
戦争に出た兵士達は何を願ったか。回顧録なんかでは色んな理由が書かれていますが、やは
り一番多いのは生きて国に帰りたい。という事だそうです。