ちか姉のあれこれ記(2005年10月〜12月)


2005年12月30日(金) 年の瀬

あっという間に今年も残り一日となってしまった。
さすがにお正月を迎える気分ではないが、
にぎにぎしくしないまでも、
普通におせち料理の準備をしなくては、ということで、
今日は人生初、昆布巻きを作ってみた。
お供え物の昆布の在庫がいっぱいあったからだけのことで。

昆布巻きの芯に豚のモモ肉を使ってみたが、初めてにしては
柔らかく煮えてなかなか良い出来具合だ。^^;

とはいえ、昆布を付けておいた出汁を全部捨てちゃってさ。ぶっ!
慌てて、また付け直したりして・・・(>_<)
旨味が抜けた味になってしまっているわけよね。

明日は最後の力を振り絞って、
煮しめ、黒豆、きんとん、卵焼きを作る予定。
ほんとのところ、何もしたくない心境。
どこかへ、雲隠れしたいな。
来年こそ平穏無事な年であってほしいけど、
ザワザワしたまま、年を越しそうだ。
来年は今まで避けて通ってきたことをいよいよトライしなければ。

我がホームページを訪れてくださった皆さん、今年もありがとうございました。
来年もまた遊びにお立ち寄りください。
そして、良い年をお迎えくださいませ。
では、また。

追伸、CM

マンディのメンバーで、トロンボーンの河野さんはお寺の住職さん。
うーん、お寺の鐘もチューニング済みとは・・・わっはっはっ!
鐘の音が最後に聞こえます。Gに近いG♯かなぁ。
近所の除夜の鐘は何の音でしょうか。注意して聞いてみるとするか。(>_<)

http://www.geocities.jp/toyohashimonday/index.htm

でも、そんな住職さんもほんとにいるかもしれない^_^;
元旦バージョンが楽しみになってきた。
皆様もお楽しみください。


2005年12月28日(水) 微妙

マダムchiさんの腰の具合はだいぶ良くなったようだが、
腰をかばっていた足(太ももから膝)の痛みがなかなか取れないようだ。
自分の部屋が2階なので、階段の上り下りが大変そうなので、何回も上り下りをしないように
合理的な行動をするようになった。
でも、これもリハビリだと思えば、良い運動になるんだけど。
ここの所、痛みのせいとはいえ、ほとんどベッドにもぐり込んでいる日常が続いている。
毎日接骨院に今は一人で通えるようになったし、
全く歩かないわけではないが、いつまでこんな生活が続いてしまうのかと少々心配になってきた。
その内痛みも無くなれば、もっと活動的になるだろうと気楽に思っているが、
最近は人に会いたくないとか、話したくないとか、これが引き籠りと言うのかな、などと
言い出した。
痛みが中々取れないイライラと、パートナーがいなくなってしまった寂しさの実感が
ヒシヒシと押し寄せてきて、気持ちの落ち込みが相当あるのかなと思う。
そんなchiさんの気持ちは私も母を亡くした時に体験済みなので、よくわかっている
つもりだけど、夫と母とでは微妙に違うのだろうと思う。
それにしても、私がchiさんに対して、なんでもかんでも手助けしてしまうことも微妙なんだよね。
自分の親だったら『このまま寝付いて歩けなくなったらどうするのー!』とストレートに
叱咤したいところを遠まわしにしか言えない。今日もちょっと言ってみたが・・・。
でも、あまり無理をしてこれ以上悪くなったらもっと困るし。
ほんとに微妙な今日この頃なのだ。(T_T)


2005年12月27日(火) レッスン納め

今年最後のレッスン(ピアノ)が終わった。
最後の生徒は今年の1月から初めてピアノを習い始めた短大1年生のSさん。
4月からは、大学で教材として使うことになったバイエルと子供の歌(弾き歌い)
を中心にレッスンを進めている。
というのも大学で年に3回あるピアノの実技試験の課題曲としても使われている
ので、私の方で練習してもらいたい曲集は、とてもじゃないが本人余裕なし。

地道に練習しているようなので、毎週1,2曲は仕上がっているが、
それでも一回の試験で10曲の課題曲数が今の所なんとか間に合う状態。
弾き歌いは、童謡や良く知っている歌とはいえ、弾きながら歌うのは案外難しく、
それも全て暗譜でなくてはならないので、なおさらだ。
でも、大学の試験とはいえ、一年足らずで人前で弾けるようになったことに、
本当に感心している。

残念ながら、今月の試験で『弾き歌い』が途中でつまづいた途端、
歌詞を1番と2番と間違えて不合格だったそうだ。
そしてついに、追試の運命に・・・^^;

さて今日は、これからの冬休み、すぐに春休みもあることだし、
少しは楽しめる曲もやってみようということで、タイトルのある曲集を渡した。
これでもっと飛躍できるといいんだけどなあ。

しかし、今日のト長調の曲。シャープを付けずに今日まで平気で弾いていたとは・・・
『変に感じない?』と聞いたら、
『今、シャープを付けて弾いてみて、初めて違うかなあ、と思った』って。
そうかなあ。そんなもんかなあ。変なんだってば。ちょっとがっくり。(-.-)


2005年12月24日(土) 雪国

心配していた雪の天気も先日で一段落。
今日は楽仙へ今年最後のレッスンだった。
山はさぞかし雪でいっぱいだろう思い、
余裕を持って早めに出かけた。301号の中腹
から道はシャーベット状態。既に雪は溶け
掛かっていたが、スキー場へ行く気分。
楽仙当りは入る車もほとんどなく、どこも
かしこも銀世界だった。茶畑もすっかり綿帽子。
到着してしばし、まっさらの雪の上を意味も無く
歩いた。
そして足跡を眺める^_^;
もちろん、このデッキも足跡いっぱい。

2005年12月22日(木) 暖冬修正?

今朝はうっすら雪が積もっていたが、気温が
低いせいか、ガリガリに凍っていた。
午前中は時々ちらほら降っていたが、
午後4時頃から吹雪のように強く降り出して、
みるみる当りは真っ白。
10時頃外を見ると、こんなに積もってた。
通りで冷えるわけだ。
停電も心配になってきた。
それにしても、気象庁はこの冬(12月から2月)
の天候を暖冬から寒冬に修正したらしい。
20年ぶりだとか。
全くもう、この冬は暖冬と言っていたので、
この寒さももうしばらくの我慢、我慢と思っていたのに。
こんな寒い日が2月まで続くかと思うと、
益々肩も凝るってなもんだ。
寝相が変なのかここ数日手が痺れて目が覚める。
12月でこんなに雪マークが続くなんて(土曜日まで)
この地方ではありえない天気だ。

2005年12月20日(火) 

17日に50日祭がなんとか無事に?終わった。
午前中に仮祭壇で50日祭、墓地へ移動して納骨祭、そして直会。
その後、午後4時頃から身内だけで今までの仏壇のお祓い、
御霊を御霊屋へ移す合祀祭と、神主さんの都合もあり、
勢いで終わらせてしまったが、一日三つの行事は流石に
大変で疲れ果ててしまった。
兎に角、初めての行事のうえ、こちらは勝手がわからずで、
神主さんの言われる通りの行動をするしかなかった。
今までに経験したことがないような緊張感の中、
準備万端で一生懸命やっていたつもりだが、
予定していたことを忘れてしまって後の祭りだったり、
手際の悪さ、頼りない自分に情けなくなった。
やはりその場その場になって、私達はアタフタしっぱなしだったのだ。
あ〜ぁ、これも人生の修行なんだ。
でも、霊璽が納まるべきところに納まって、Zマンもほっとしているかな。^^;

さて、喪が明けてやれやれと言いたい所だけど、
マダムchiさんの腰痛。だいぶ良くなってきたようだが、
今度はかばっていた足に痛みがきてしまった。
50日祭の時は痛みがピークだったようだけど、相当我慢していたみたい。
まだまだ病院通いが続きそう。
早く良くなってくれないと、私まで腰痛になりそう(T_T)


2005年12月14日(水) ニワカ書道

訳アリで『空』を書くことになった。
ニワカ書家はひっさん。
普段の字から想像できないくらい、
何回か書いているうちに、
ウマくなってきた。^^;
『左上なんてバランスもまあまあ
だし、いいんじゃないの』と褒めたら
本人、益々書く気マンマン。
『いやぁ、小学校の時、習字習ってた』と
初告白までしてくれた。(-.-)
挙句の果ては『市長賞までもらった!』
思わず『無理しなくていいよ・・・』と言った。
さて、練習はここまで。
本番は如何に。

『カツラって言われたんです』と美容師さんに告げた。
すっきりしたつもりなんだけど、担当の美容師さんが変わってから一年ほど経つが、
イマイチ要望が伝わらないんだよね。(-.-)


最近更新が待ち遠しいマンディナイトジャズオーケストラのHPのトップページ
みんなに宣伝したくなるくらい楽しくって!(^^♪
前回のバージョンも宣伝すればよかったかなぁ。あ〜もったいない。

今回、偶然にも色々とヅラ繋がり?^^; 

くれぐれも大笑いにご注意ください。(音無し)
http://www.geocities.jp/toyohashimonday/index.htm


2005年12月13日(火) 本当のところは・・・

今の髪型がどうにもまとまらないというか、しっくりこない。
この間美容師さんにちょっと長めでと言ったのが、こうなってしまったわけなんだけど。
前髪もなんとなくうるさくなって、自分でカットしてしまったし、
この中途半端な感じが、どうにもこうにもムシャクシャしてきた。
自分でもこんなに嫌なんだから、人からもどう思われてるかわかんないなあと思って、
ひっさんに聞いたのよ。
「ねえ、ねえ、この髪型変でしょ」
「いや、別に、変じゃないけど・・・」
「え、でも、わたしはすっごく嫌なんだけど、ほんとのところは変でしょ」
と、もう一度聞いたらば、
「う〜ん、かつらみたい!」
か・つ・らぁあーーー!」(>_<)

ってことで、
明日、絶対美容院へ行って来る。
もぉーーー!また元に戻すんだから。


2005年12月12日(月) 今日も

朝早くから、マダムchiさんの病院へ付き添い。
市民病院で定期的に検査を受けているので、今日はその結果を聞きに。
特に悪い結果は出ていなかったようで、本人も私も一安心だった。
腰痛もそれが原因ではないこともはっきりわかったことだし、やれやれ。
市民病院の先生から「この腰痛はすぐ治りますよ」と言われたようだ。
どことなく、昨日より歩き方が早くなったみたい。
病は気から・・・かな。ほんのちょっとだけ、良くなる兆しが見えてきて、私もほっとした。

しかし、お役所はこの冬ウォームビズを実行している。
それはそれでいいと思うんだけど、
病院もかー、と思ったしだい。
あの広い玄関ロビーの会計する場所なんて、寒くてたまらなかった。
あんな寒い場所で待ってるなんて、余計に具合が悪くなりそうじゃない!?
あー、肩凝った。(>_<)


2005年12月10日(土) 心配

50日祭が一週間後に迫り、朝から神主さんの所へ打ち合わせに行く。
その前に、この数日で腰痛が悪化したマダムchiさん。
接骨院通いだけでは、いよいよ心配になり、成形外科でちゃんと診て貰う為、病院へ連れて行った。
骨密度は平均値よりやや低いが、骨には異常なしで、本人も私達も一安心した。
でも、相当の痛みがあるようで、ヒーヒー言いながらの行動だ。
痛みが少しでも和らいでくれたらいいんだけど、こっちまで、どっこいしょ、なんて口に出てしまう今日この頃。
また心配事が始まってしまった。
それにしても、さすがH先生。病院で白衣姿を拝見すると、
近寄り難いオーラがいっぱいで、やっぱり大先生なんだ〜。(^_^;)
お宅でお会いする時とはエライ違いだわ。^_^;

楽仙のレッスンはいつもより2時間遅れでスタート。
山では曇っていたせいか、ストーブの火力が弱めだったせいか、寒かった。
でも、部屋の温度は20℃。
最後に来た小1のMちゃんが、先日の日曜日に仮装マラソンで着た衣装を着けて、
部屋に入って来た。
キッコロの衣装をお母さんに作ってもらったと言っていたので、
『今日のレッスンに着て来て!』と私がリクエストしておいたのだ。
いやぁ、かわいかった! 白のマントに葉っぱがいっぱい。
他の生徒とお母さんがいたので、恥ずかしかったのか、すぐ脱いでしまった。
あ〜ぁ、写真を撮ればよかった。


2005年12月09日(金) 打ち直し

2週間前、打ち直しをお願いしておいた敷布団が今日届いた。
今は布団のサイズ(長さ)が210センチが普通だと言われ、
サイズも10センチ伸ばしてもらい、セール中ということもあって、
一枚5千円ちょっとで出来た。
厚みが2倍に増えて、ふかふかだ。
綿はこんなにも膨らむものなのね。

レッスンにやってきた5歳のYちゃんが、ノートに音符を書いている時、突然私の方を見て、
『さいきん、しろいけがでてきた・・・』と言うので、てっきり私の白髪を見つけて言ってるのかなと(^_^;)
『白い毛って、どこに?』と聞き返したら、
『ううん、白い息が出る』だった^^;。外でハァーっと息を吐くと白くなる、あれだ。
何で毛に聞こえたんでしょ。(>_<) 
最近白髪が増えたような気がするから、しろい、だけで過剰反応してしまうんだわ。


2005年12月07日(水) 祀りことはひとつに

何故に神道か・・・
色々な《しがらみ》から(本家、親戚から有無も云われないように)のがれたい。
亡くなったZマンが神仏両方に熱心だった上に、よくわからないどこそこの神様たちを納めたいし、
とにかく、神仏どちらか一方にしたい。
そんなことから、始まった。

長男だったZマンも含め弟二人もここ5年で、みんな亡くなってしまった。
この5年で私は初めて亡くなった義叔父や義叔母やその娘、息子(義いとこ)たちの
顔を見たし、話もできたのだった。
それまで全く付き合いは無し。
それぞれの主が亡くなってからの、降って湧いたような親戚付き合いに、これまた、
アタフタしてしまう。(>_<)

知らん顔していただけでよかった親の兄弟達のツケが、
遺された次世代に回ってきた。
これからは程よい加減のお付き合いをしていかなくてはね・・・(>_<)

祀り事もよくわからないのに、親戚関係もよくわからない人がいるなんて・・・
ま、知らなくてもいいのかもしれないけど(>_<)

今日で40日。


2005年12月05日(月) 奔走

心配だったことが的中した。
昨日、神徒壇をお願いしておいたk神具屋の店主から
『具合が悪くなってしまったので、他の店を当って欲しい』と
断りの電話が入ったのだ。

k店へ辿りつくまでに3店回ってきたのに・・・。
他では神徒壇を扱ってなかったり、イメージのものではなかったりと、
まあ、そんなものなのかなあと3店目で妥協寸前だった。が、何気に入ってみた4店目のk店では
店主が何十年と神徒を勉強したと自慢するだけ、他の店では感じなかった納得のいく説明と
思い通りの品と値段だったのだ。それだけに、そんな電話でショックと慌てたのなんのって。

でも、頭の隅でもしかしたらこうなるかもしれないと不安でたまらなかったのは、そのk店の店主は
80歳を超えるお婆さんで、一人で店を切り盛りしていた。
私達が先月訪ねて行った時には、すでに自分自身の体の具合が悪いことを口にしていて、
歩くのもおぼつかない感じだった。
ほんとに大丈夫かなあと思わせるような対応だったのだ。

まだ50日祭までに半月あるといっても、間に合わせるために他の店を当るにはもう昨日しか日がなかった。
すぐにインターネットや電話帳で調べて、昼食も抜きで手当たりしだい探し回ることになった。
主な店4店見て回ったが、k店のような品物には回り逢えず。また最初に入った店で妥協寸前、
陽も暮れかかる時、隣の市で飛び込んだ専門店でやっとめぐり合えた。
店が閉まる20分前だった。
親切な3代目の女将さんで本当に良かった。
半月分のエネルギーを使ったような気分。兎に角、決まってほんとにやれやれだ。

それにしても、何で最初にここの専門店へ行かなかったかっ!なんですわ(-.-)


2005年12月03日(土) シャンソン ボーカリスト 

○マハの講師をしていた頃の後輩でもあり、偶然にも音大の後輩でもある
『かとうえい子』さんのシャンソンコンサートのお誘いがあった。

20年程前に一度聞いて以来だ。
最近は会うことさえできないくらい忙しい人なので、
良いチャンスと思ったが、やはり出かけるのは難しかった。
とても残念だった。

コンサートを聴いてきた後輩に彼女のCDを借りた。
20年前に聞いた印象より、想像以上に声の深みも情感もすばらしく、
CDだけでも充分惹き込まれてしまった。
中には、フランス語で歌っている曲もありで・・・
歌い続けて20周年とあったが、相当な努力の積み重ねをしてきていることを伺える。
まさに歌で人生を語られているようで、しみじみしてしまった。

私にはちょっと遠い存在だったシャンソンが《かっこいいーっ!》と思った。


2005年11月27日(日) 墓標

Zマンが亡くなって今日で30日。
神経質で用意周到な父は十数年前に既に
墓地を取得していた。
今日はその墓地へ墓標を建てることと、
骨壷を納める用意をするため、家族、
姉妹夫婦と行って来た。
穴を掘るのに大変かと思いきや、砂利の下は
砂が入っているだけだったので、作業は思いの
他、順調に進んだ。
50日祭に納骨。
一年祭には墓石建立となる。
何かと雑用が多い日々が続く。

2005年11月23日(水) すっきり

約2ヶ月弱振りで髪を切って、やっとすっきりした。
こんなに行かないのは久し振りだ。
短いなりにも伸びた髪なので、今までよりは長めにしてみた。
少しずつヘアスタイルを変えて行こうかな。

そういや、一昨日すっころんだ日は『二の酉』の日だった。
酉の市があるお寺の近くを通った時、大きな熊手を担いだお坊さんとすれ違った。
お寺も商売繁盛?を願うんだぁ、と???に思った。
そのことをひっさんに言うと、
『お坊さんがサックスやトロンボーンを担いでいたら、もっと???だら〜、熊手は普通じゃん』

はぁ〜、まぁ〜、そりゃそうだけど、わかったような、わからないような、わけわからん。(-.-)


2005年11月22日(火) うれしいとき〜

お昼に、とあるお寿司屋さんの
一日10食限定、しかも女性限定の『彩り膳』ランチをご馳走になった。

かぼちゃのスープ又は茶碗蒸し、牡蠣のチリソース焼き、
小手毬の形をした創作お寿司が10品&サラダ&味噌汁、デザートで、
なんと1050円。

食べるのに夢中で、写真を撮り忘れ。
それにしても見た目も楽しめました。
昨日のことが嘘のように、今日はしあわせでした〜 《ゲンキンな奴》

朝晩のお参りで正座する度、昨日の膝が疼く(>_<)


2005年11月21日(月) 悲しいとき〜

駅前大通の、大きな交差点のど真ん中で、つまずいて転んだ。
すぐ起き上がって道路を渡りきったが、
右手中指と薬指の第2関節が擦りむいて血が・・・
パンツの膝が破れるほど、左足の膝小僧を擦りむいて血が・・・

泣きたいくらい、悲しかった〜


2005年11月15日(火) 淡々と

10日毎の祭り事も内々だけで済むとはいえ、50日祭の行事に向けての準備で時間が淡々と
過ぎていく。
決めなければならないことが何と多いことか・・・
マダムchiさんとひっさんとの意見の違いに、ハラハラさせられる今日この頃だ。

ちょっと気分転換が必要かなと思うけど、まだまだじーっと篭る日は続く。
とりあえず私は美容院へ行きたいんです!


2005年11月06日(日) ピーク

今日はマンディ・ナイト・ジャズオーケストラの演奏会の日。
残念ながら、今回ひっさんは出演を断念することになった。
私としては折角一年練習してきたのだから、出演しても
良いのではと思っていたが・・・。
やっぱり無理だった。(今日になってわかる)

そんな訳で、昨日はマンディのリハーサルの所へ
会葬のお礼方々、陣中見舞い&激励?&
少し演奏を聴かせてもらってきた。
皆さんの音がクタクタの私達に活力を与えてくれたようで、
「あ〜、音楽はいいなあ」と、少しほっとさせてもらえた。

昨日今日と家族3人疲れがピークに達したようで、午後からは特にヘトヘト。
やるべきことが、次から次へ湧いてくるようで、
毎日それに追われているかの様。

さて、今週から平常にもどらなくては・・・


2005年11月04日(金) この一週間

3年5ヶ月の入院生活をしていた義父(Zマン)が、10月29日、
午後1時05分、亡くなった。(80歳)

今年に入って突発の高熱が数回出たり、この夏には胆石による
黄疸症状が出たり、3日から長くて一週間の点滴だけの時もあり、
その都度ゲッソリとやせ細っていく姿を見るにつけ、かなり心配な時もあった。
でも、熱が下がれば食事は(全部ペースト状のもの)ほとんど
80から100パーセント食べられていた。

徐々に身体が硬くなってきて、介護士の人達が寝巻きを着替えさせる時、
骨が折れてしまうのではないかと、恐いくらいだったようだ。
少しでも身体をほぐすためにマッサージをしたりと、リハビリの方も
出来る限りのことをして下さっていた。
普段、ほとんど寝たきり状態の姿を見ることしかないのだが、たまに車椅子に
座っている姿を見た時は、まだ症状が良い時を思い出して嬉しくなったものだ。

8月頃から、唯一動かすことができた右手の反応が無くなってきた。
病院へ行くと、毎回右手で握手をして、
指相撲をしていたのだが、指を全く動かさなくなった。
入院して一年も経たないうちに、話すことが全く出来なくなってしまったので、
ギュッと親指を押さえるとスッと指が逃げることで、Zマンが元気だという
バロメーターだった・・・。

10月に入ると、目が半眼状態が多くなった。ほとんど眠っているかの様・・・
なんとなく、最悪な事態がよぎるようになってきた。
それでも、食事は毎回80から100%食べられていたので、安心していた。

その日も楽仙へレッスンへ行く前に病院へ寄るつもりが、
時間に間に合わず帰りに寄ることにしていた。
朝から天気も鈍よりして、重苦しい気分だったことが虫の知らせだったのか・・・。
一人レッスンを終える所で、すぐ病院へ来るようにと電話が入った。

昼食を食べ終えたZマンは《これでよし!》と思ったのか、
看護婦さんがベッドを倒しに戻った時は、すでに呼吸停止だった。

そばに誰もいなくて、一人でさっさと逝ってしまったが、
頑固で、几帳面で、生真面目で、我が儘で、それでいてユーモアも優しさもあり、
お酒が何より大好きで、誰にも相談無しに、一人でなんでも決めて
行動していたZマンらしい最期だったのではないかと思う。

良いことも嫌なことも色々と想い出はあるが、
Zマンにはやっぱり感謝の思いでいっぱいだ。


2005年10月27日(木) きゃらぶき  (追加・・・運悪い)

といえば、普通、山菜のふきで作ったものだが、
さつまいもの《ジク》を甘辛く煮たものも美味しい。

もちろんそのことを教えてくれたのも、作ってくれたのもマダムchiさん。
chiさんの友達で、家庭菜園でさつまいもを作っている人がいて、
その話を聞いて覚えていたのでしょうね、
先日わざわざジクをいっぱい届けてくれた。

早速作ってくれて、食べたが、いものジクと言わなければきゃらぶきと思ってしまうほど、
なんの疑いもなく食べられてしまう。ふきよりくせが無いくらい。
やっと、そろそろ終わるかなぁと思っていたところへ、今日また先日よりもドッサリいただいた。

ところが、このジク、筋を取るのに手間がかかることと(意外とスーっと取れるが・・・)
アクが強いので指が真っ黒になってしまうのが、たまらなく嫌だと、chiさんがブツブツ。
私も今日初めて筋取りを手伝って実感した。ヒェー、爪の中まで真っ黒け。
また、この調子で持ってくるといけないと思ったらしいchiさんは、
「こんなにもらっても迷惑よっ!」とズバッと言ったらしい。
流石だ!(-.-) (私も将来ズバズバと言えるようになれるかしら。。。)

今時、さつまいものジクだなんて・・・と正直最初は思った。
でもこれもさつまいもを作っていないと食べられないものなので、
まぁ、貴重な珍品?となるわけ?ね。

*****************************************************************************************

0時35分*追加
今日、ひっさんは名古屋でサックスのレッスン。
名古屋まで行くのに車か電車か迷うところを、居眠り運転しそうだからと電車にしてもらった・・・
それなのに、なんと、帰りの電車が蒲郡の手前で人身事故で《ただ今電車が停車中》と連絡があった。
警察が来て現場検証が始まり、現在1時間経過だそうだ。
なんてこと!何時に帰って来れるのでしょうか。(>_<)

1時30分*やっと動き出した。
家に着くのは2時過ぎかな。(-.-)

おっと、1時55分、無事到着。


2005年10月24日(月) 妙な汗

昨日は楽仙でいつもより1時間30分遅れで
レッスンだった。
天気が曇っていたこともあり、部屋の中は
16℃とちょっと寒い。これでも過ごせない
ことはないが、夕方になればもっと冷える
ので、この秋初めてストーブに火を入れた。
去年は確か18日くらい。一昨年は16日
だったように思う。
年々暖冬に向かっていくのだろうか。
薪ストーブを焚いて2時間も経つと、
部屋中あったかくなってきて、そのうち睡魔に
襲われそうになるのが困ったものだ。
今年初めて薪ストーブを体験するNちゃんは
部屋に入ってくるなり「あったかーい!」と
はしゃいで、早速ストーブの火を覗き込んでいた。

昨夜、ひっさんのサックスの練習をいつもより真剣に聞いていると、
自信のある曲とそうでない曲の差が、出てくる音で極端に違うことがわかってしまったので、
ついについに私も「ちょ、ちょっとー!!!」 ・・・口と手と足を出した。

裏拍で入り付点4分音符が並び、タイ続きでおまけに小節をまたぐ2小節のフレーズが、
4拍でちゃんとハマっているのかが、リズムを読む度、わからなくなり、一度でちゃんと
読めない悔しさと、合っている事の確認ができない悔しさで、
さらに大きな声を出して歌い、テンポを刻む足踏みと手を叩く音もさらにさらに強くなって、
気がつくと、私の方がムキになっていた。挙句の果ては変な汗が出るほど。(-.-)
「頭が痛くなった・・・」と言う私を見て、ひっさんは呆れていたが。

宇宙人も来るらしい。。。マンデーのコンサート


2005年10月17日(月) 休日

15、16日と豊橋まつりだった。
今年は雨にたたられてしまった。
メインの市民総おどりは16日に延期の上、1時間余りで中止となってしまったようだ。
来年の市制100周年にドンと盛り上がってもらいましょう。

今日はひっさんも仕事が休みだったこともあって、
久し振りにのんびりだらだらと過ごしてしまった。
残り半分の衣料の入れ替えも夜実行するといった有り様。
その中から、数年前に作った編み込みのセーターが出てきて、
『あら、こんなのあったんだ〜』
一応先生に教えてもらいながら完成させたもので、私にしてみれば
大作だったのに、もう何年も忘れていたとは・・・。
冬になっても、分厚いセーターを着ることってほとんどなくなってきたからかな。

こんなもの見たから、編み物もまたやってみたくなってきたじゃない。^_^;


2005年10月13日(木) 今の心境は

今年の豊橋マンデイナイトジャズオーケストラの定期演奏会は
11月6日に開催される。
昨年初参加となったひっさんは今回2回目の参加だ。

今年は5月から職場内の異動に伴って、出勤時間が早くなり、
その上帰宅時間は遅く、休日も変動と生活のリズムが家族
共々一変してしまった。

そんな状況なので、去年より練習時間は少なくなっているはずなのに、
小濱組のサックスバンドに参加したりと忙しく過ごしていた。
マンディの方の個人練習は大丈夫なのかいな、と心配しながらも
私は何も聞かず・・・・・。

10月に入って、
本番までの合同練習が(日、月)残り少ないというのに、

『やっと練習ができる』と。 


『えーーー!!!』

細かい練習がほとんどできてないみたい・・・(やっぱり)(>_<)


と言うわけで、
毎晩、追い込み練習に、おでこにしわを作って、必死のご様子だ。


私が珈琲を飲もうものなら、何やら視線が突き刺さる・・・
鬼の形相で・・・・・『わしも』。


そんな中、ひっさんの今の心境ズバリ表したような
人形を甥っ子からいただいた!!!

     
       ↓


       ↓


       ↓


       ↓


       ↓


              
  《痩せる思い》



いやぁ、しかし、これ、よく見つけたよね。 わはは(^^)v  
あまりにタイムリーで笑ってしまった。

本番までにこんな姿になってしまったらどうしましょ。(>_<)
いや、睡眠時間を削ってでも頑張ってもらわにゃ。
今年は知人、友人達に『来てね』と声掛けちゃいましたからね。

そんなプレッシャーもある?かもしれないから、マジで
一回りは小さくなっちゃうかもねぇ。(-.-) 





横から見ると



そう、実はアリさんでした。^_^;


2005年10月04日(火) レッスン開始

昨日は新たにドラムレッスンの再開日だった。
予定より一ヶ月遅れとなってしまった。
そうなってしまったのは・・・

8月の時点で、さてここのレッスンを退会できたら、
心置きなくジャズドラムができるぞ!とあんなに気力充分だったのに、
ヤマ○を退会したとたん、なぜかドーッとやる気が下降してしまった。
頭の隅にしまったはずの『今更やってどうなる』『年齢のこと』などなどが
また私に囁き出したことで、迷いが出てきてしまったこと。
夏バテ気味で体が思うように動かないようなだるさが重なり、出かけること
さえ億劫になったことで、このまま止めてもいいかなという所まで、
悩んでしまったから。

ところが、だんだん過ごしやすくなってきた頃から、何のきっかけか
もう忘れてしまったが、フツフツと気力も上昇してきた。
どうせダメ元なので、兎に角始めようと思い直すことができた。

早速、先生にレッスンの予約を申し込み、やっと昨日の再開となった。
また最初からということで、椅子の高さのことから、スティックの持ち方、
左右スティックの運び方の最低限の決まりごと、普段の練習の仕方などを
再確認しながら始まった。

それと前回の体験レッスンでもやった、曲に合わせて、フォービートの練習をした。
アルバムはMiles Davis の『Kind of Blue』
ハイハットを2拍4拍、バスドラを4拍うちながら、右手サイドシンバルを4分で4拍と
シャッフルのリズムを刻むのが特徴。
右手は打った時の点を意識するのではなく、スティックが離れている時の
シンバルの響きとその時に、他の楽器の音を意識すること。だっけかなぁ^_^;
このリズムを打つのが慣れてきたら、左手を入れるようにするみたい。
その先の先は左手でメロディーを打てるようになるらしい。
先生の自由自在に動く左手がとても人間技とは思えなく見えて、ただ唖然だった。
盛りだくさんのレッスンで、一時間が(本当は40分じゃなかったっけ)
結構あっという間に終わった感じだった。

それはいいのだが、今度の先生はライブで忙しい上に、尚且つ生徒さんが
大勢いらっしゃるようで、なかなか予約が取れない場合もあるようだ。
なので、早速予約した次回のレッスンは来月の初めになってしまう。
今までとは大違いなので、練習を怠ってしまうと次に中々進めないことになってしまう。
大丈夫だろうか。怠け癖のあるわたしは・・・。ちょっと心配もよぎる。
でもでも、昨日は基礎的なことしかやってないのに、やっぱりおもしろいし、楽しかった。
こうして、勇気を出したものの、ドラム再開はちょっと弱気で始まった。。。