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とっておきの話

子どもに聞かせたい  とっておきの話  第4集
阿部知二・国分一太郎 編
英宝社 1959年10月刊


コンゴーの森の火  後 藤 董 子

(ごとうのぶこ 婦人画報社勤務・
早大アフリカ遠征隊参加)

 アフリカのジャングル地帯に住む、バンプーティー族(ピグミィとか、こびとといわれている)と過ごした、楽しかった日のことを、わたくしは、今でもはっきりとおぼえています。
 世界で、もっとも小さく、もっともみにくい種族といわれているピグミイは、アフリカに残る、わずかばかりの原始民族の一つに数えられています。
 そのため、はだかに、木の皮でつくったふんどし一つというかっこうのこびとたちが、観光客の人気の的となるわけです。
 コンゴーのジャングル地帯にある、プトナム・キャンプをおとずれたときのことです。

 プトナム夫人(プトナム氏は、お医者さまで、長年こびとたちと生活をともにし、六年前になくなられた)のはからいで、わたくしたちも、こびとたちの生活を見せてもらうことになりました。
 家のつくり方、踊り、木のぼり、木のつるを使ったつなひき、狩りなど、それは、こびとたちの生活を知るには、有意義なものであり、おもしろく見物することができました。
 でも、あまりにも行きとどいたプログラムは、サル芝居を見せられているような、あと味のわるいものでした。
 これが、ほんとうのピグミイたちの姿なのだろうか、と考えずにはおられませんでした。
 日がとっぷりと暮れ、ジャングルのなかは静まりかえりました。
赤くもえる、たき火のあかりにさそわれて、近づいていきますと、一日のスケジュールをおえて、ほっとしたようなピグミイたちが、たき火のまわりに集まって、自分勝手にわめきながら、話しこんでいます。
 とつぜん、くらやみからあらわれたわたくしたちをみつけて、ピグミイたちは、バナナの葉っぱのざぶとんをすすめ、仲間入りをしなさいというのです。

 狩りにいったとき、わたくしの荷物を持ってくれたり、なれないジャングルの道を案内してくれた、かわいい少女でした。
プトナム夫人は、
「こびとたちは、たいへん気まぐれやさんで、いやになると、途中でしごとを捨ててしまう」
と話していましたが、狩りにいったときも、えものがとれないといっては、何度もやりなおし、わたくしたちのために、努力をおしまなかったのです。
 わたくしは、少女の好意がうれしく、すすめられたバナナのざぶとんにすわって、円陣のなかまに加わりました。
 すっかり日やけした、わたくしのヒフの色は、少女のヒフの色と同じでした。
 ヒフの色が同じだということが、少女に安心感をあたえたのでしょうか、肌と肌がふれあうたびに、にっこりとほほえみかけてきます。
 サル芝居を見せつけられて、ふんがいしたわたくしでしたが、その少女の微笑は、無言のうちにも、人間と人間の結びつきというものを、しみじみと感じさせてくれました。
 隊員が、それぞれ円陣に加わり、歌や踊りがとび出し、急ににぎやかになったときです。

 ランプを手にしたプトナム夫人が、音楽と、人類社会学の研究のために、ここに住みついているふたりの青年とともにあらわれ、わたくしたちが、ピグミイたちと親しそうに、歌ったり踊ったりしていることに、おどろいたようすです。長年、ピグミイとともにすごしたプトナム夫人でさえ、こんなことはなかったのでしょう。ふたりの青年たちも、ピグミイたちを、研究のためとはいえ、動物を観察するような目で見てきたにちがいありません。
 そこに、わたくしは、白人と黒人の冷たいたたかいのようなものを、感ぜずにはいられませんでした。
 でも、わたくしたちは、たんなる旅行者でしかないのです。
 プトナム夫人の好意と、ピグミイたちの好意の板ばさみを、どうすることもできません。
 プトナム夫人と、ふたりの青年の出現で、ピグミイたちのさわぎもおさまりました。
 そんな雰囲気を、まぎらわすかのように、プトナム夫人は、日本の柔道というものを、ぜひみせてくれといいました。
 小さいピグミイを相手では、かわいそうです。そこで、隊員の一人が、ピグミイのなかでも、いちばん力の強そうな男の腕をとり、かるく逆手をとってみせました。
 ところが、たちまち、その男はひめいをあげました。すると、その男の奥さんらしい女があらわれて、
「わたしの夫を、ひどいめにあわせた」
と、かんかんになっておこりだしました。
 じょうだんにやったのだといっても、その怒りは、やみそうもありません。
 愛情は、ピグミイといえども、わたくしたちと、少しもかわりません。
 過去も未来も考えず、食べるものさえあれは、働らかず、のんびりとすごしているピグミイですが、人の心にはかわりはないのです。
 部落の人たちが、力をあわせて狩りをしたり、あかんぼうは、みんなで子守りをして育てたり、秩序が、ちゃんとたもたれているのです。
 文明というきものをきた人たちが、どんなにえらそうなことをいっても、信頼しあえないで、あらそいがたえないということは、なんとかなしいことでしょう。
 黒人に対する、白人の優越感というものは、根づよく、なかなかぬぐいさることはできないことかもしれません。
 でも、人間と人間の心のふれあいこそ、尊いものではないでしょうか。

 黒人、白人、そして黄色いわたくしたち日本人、みんなが、ほんとうに信頼しあえたら、どんなにしあわせなことでしょう。