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Top Pageおはなし>仏教の教え−移ろい行く世界
諸行無常
茶碗などをあやまって割ってしまった時に便利な言葉、「形あるものは必ず壊れる」は、経験的にそういうものなんだなあと感じることができます。さらに茶碗や花瓶だけでなく、この世のすべてのものにもこの言葉はあてはまります。つまり、あらゆるものは生じそして滅するのです。このことわりを「諸行無常」といいます。私たち自身、動物や草木、私達の住むこの環境の世界はとどまることなく生まれ、やがて消えていくということの繰り返しです。どうしてこのようにこの世は無常なのでしょうか?

「これもなにかのご縁で・・・」
少し話がそれますが、「これも何かのご縁ですね」とか、「ご先祖様の因縁で・・・」などと耳にすることがよくありますね。「なんだかよく説明できないがつながりがある」というような意味で使われるようですが、「因縁」とはもともとはそんな摩訶不思議な現象のことではありません。この「因縁」という観念により諸行無常を理解してみましょう。
この世に存在するすべてのものは、因(直接的な原因)と縁(因がどのような方向にいくかがきまる条件)によって成り立っているといわれます。例えば、植物の種を蒔くことを考えてみましょう。種はやがて発芽し、成長して花を咲かせて実をつけることでしょう。この場合、発芽の直接原因(因)ですが、周りに十分な土、栄養、水分という条件(縁)があって初めて発芽するのです。その種を蒔いた人はやがてその実を収穫して食べることができるかもしれませんが、無事に実がなる為には、種を蒔くという直接的な原因だけでなく、まず種が発芽するという条件(縁)がなければなりません。そしてあらゆる縁があって実がなるのです。
このように、この世にあるものは、すべてお互いに因となったり縁となったりして成り立っています。すべては因と縁によるものですから、その因や縁が変われば必然的に滅するものもあり、また生ずるものもあるのです。この世のすべてが移ろい行くのは、すべての存在がつながりあい、支えあっているからなのです。



諸行無常
すべてのものは変化してやまないという意味。平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常のひびきあり」の一節に使われているのが有名である。


因縁
現象の基になる主となる原因(因)と、その原因によって成り立つ結果を導く補助条件(縁)の組み合わせ。因縁によってすべての存在、現象が生じ起こると説明されるが、それを縁起という。



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