千手観音
京都に行った時の話。
千手観音ってなんで、「千手」って言うのか。
千本ないじゃん。(実際に千本あるものもあるらしい。)
42本じゃん。(数えたわけじゃない。)
京都にある有名な寺にツアーで行きました。
千手観音を前にして、その寺の坊主は得意げに語り出しました。
坊主「観音様は、一本の手で、25個の世界を救うことができます。」
坊主「後ろに40本あるので、25×40=1000本です。」
坊主はとても得意げだった。
他の観光客のオバチャン達も、
半分納得し、
半分聞いていなくて、
とりあえず理解したふりをしているように見えた。
が、よく考えるとおかしいです。
熱心な仏教徒以外からは、あとから25という数字をこじつけたようにしか見えなくてもしょうがないと思いますが、それはいいとしましょう、
ただ、
あなた、掛け算の使い方、
間違ってません?
40×25で出したのは、腕の数じゃなくて、
観音が救えるとされる世界の数です。
それじゃあ、千手観音じゃなくて、千世界観音です。
で、なんで後ろにある手だけで計算しているかというと、
坊主「42本有る内の、前で合掌している2本の手は、人間にもある手なので、数えません。」
それって、千手観音以外の仏は役立たずってこと?
ところで、元々は「千手千眼観世音菩薩」というらしいです。
千眼?
そちらの言い訳理由も聞いてみたいものですな。
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