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「バスキア」(時間の矢) 次に私が手に取った画集はアンディーウォーホールが天才と絶賛し、数年前には映画にもなった「バスキア」という人物の画集です。映画自身はアメリカ作成の映画らしくアメリカンサクセスストーリーと苦悶を描くというスポーツスターの人生を描いたような映画で、日本でもそれなりに人気のある作品です。名前だけは多くの人が知っている。しかしその作品を見たことがないという日本人は多いのではないでしょうか・・・。 極端なまでの前衛的手法(本当はそうではないのだけど・・・。理由は後述)を使うと受け取られている傾向の強い彼の作品は前衛を避ける傾向にある日本人にとっては余りなじまないのかも知れない。そのために映画は好評だったにもかかわらずバスキアを認めたアンディーウォーホールの作品のように葉書やポスターになったという話は余り聞きません。 ぱっとみての彼の作品の印象は、はっきりいって「汚いなぁ・・」って感じでしょうか。落書きと文字を組み合わせて矢印などの記号で結びつける。それも、書き殴るという感じで乱暴に描かれている。Boteroの作品ならば、太った人々が醸し出すユーモラスな雰囲気と現実にはないまるっこい世界がポエムの風情をもって家に一枚置いてみようかという気にもなるのでしょうが・・・ <<< 前のページ |
とてもじゃないけどバスキアの絵を食卓や寝室に置きたいとは多くの人は思えないでしょう。私自身もそうです。家に彼の絵を掛ければ、影響を受けやすい私はその日から寝不足と食欲不振に陥ってしまうでしょう。バスキアの作品とは外観はそういう代物です。 「落書き」「文字」「記号」この三つを組み合わせたバスキアの作品群、これらは殆どの場合untitled(無題)となっている。その作品に名前がないということはその作品のテーマを見る側が探さなければならないということ。一体この作品群の中には何が隠されているのだろうか・・・流れる時間と意味と感情。 バスキアという人物は一体何を言いたいのだろうか・・・ そして私はこの絵から何を感じているのだろうか・・・ わたしはいつものようにポケットからクレールフォンテーヌのジャーナルを取り出すと、自分が感じている事をノートし始めた。絵と文字そして記号がに乱雑に並ぶ私のいつものノートに・・・ 幾つかの文字と記号を書き殴った後に私はバスキアの絵に目を移しこう思った。「まるでバスキアの絵みたいだ」と・・・ このときバスキアの表現方法が少し解ったような気がし、またアンディーウォーホールがバスキアを評価した理由も解ったような気もした。 次のページ >>> |
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