Lacrimosa ラクリモサ

前編 2217年 

(1)
「船長、この曲お好きですね」
 大村耕作は、民間船舶の書類を進の前に広げながら、この少し、沈うつな雰囲気の曲について、進に問うてみた。
「ラクリモサのことですか? 小惑星の名前でもあるんです。昔、パトロール艇で、小惑星帯をかなり詳細に回ったことがあって、小惑星のことをいろいろ調べたことがありました」
 進はたまに質問の答えをはずす時がある。大抵は、真意を答えたくないのだろうと思うことだった。この曲についても、小惑星へ話題をそらすあたり、どうやら何か思うところがある曲なのだろうと耕作は話を続けた。
「ミサで歌われるような曲ですね」
「ええ。モーツァルトのレクイエムの中の曲で、モーツァルトの絶筆の曲だとも言われているんです」
 進は、目の前の書類を一通り目を通していた。大村耕作は、進の反応をずっと見ていた。
「今まで、宇宙空間をなんとも思わず航海していましたが、民間はこんなに書類があるんですね……まいったな」
 そう言いながら、進は、書類を分けておいていく。大村耕作はその仕分け方が正確であるのを確認しながら、進の言葉を待った。航海が始まるまでの数ヶ月、側で見ていて、いろんな場における進のスタンスを見分けていた。
「時間がかかっても、きちんとやりましょう。会計の面は坂城(さかき)に任せて、大村さんはこっちをお願いできますか。私は、この分をやります」
 大村耕作は、進の下で働くようになってから、この『古代艦長』と言えば、地球では知らぬ者がいない英雄の判断が、浮世離れしていないことに満足していた。
(よほど、いろいろ経験してきのだろう。それとも、周りがよほど彼に気を配っていたのか)
「火星か……。仕方がない」
 進は、それでも不満な顔をみせず、くさることも言わず、机の上に端末を広げて、書類の内容の確認を始めていた。


「機関長、酒をそんなに飲んでいていいんですか」
 貨物船『ゆき』の機関室では、若い男と機関長と呼ばれる男が、エンジンのチェックを行なっていた。
「どうせ、火星で足止めさ。民間船の関所だから、あそこは。特に船長は、あの『古代艦長』ときてる。関所の役人次第じゃ、かなり意地悪なことも言われるだろうに」
「どうしてなんですか?」
「なんで、艦隊じゃなくて、ただの貨物船の船長かって、とこだよ。くやしいってのかねぇ。なんで、船長は、軍人やめちゃってこんな船の船長かって、俺だって、わかんねえから、特に地球防衛軍の奴らは、もっとわかんねえんじゃないかい?」
 チェックが終わって、機関長は手馴れた手つきで、通常のモードに戻していく。
「まあ、確かに。私だって、商船で働く身で、『古代艦長』の下で働けるなんて、思っていませんでしたから」
「お前、気をつけておけよ。火星で半舷上陸で船下りたら、殴られるかもしれん。船長は、カリスマ性があるからね。英雄話だけじゃなくて、その後、なぜ艦隊勤務しなかったのかてことも含めて」
 機関長と呼ばれる男は、ミニボトルの酒をポケットから出して飲み干すと、エンジンをとんとん叩いた。
「太陽圏外航行の許可をもらえるのかどうか、お手並み拝見だな」


(2)
「うわさ通りですね」
 貨物船『ゆき』は火星のエアポートになかなか入れずにいた。大村耕作は、民間船の横を素通りしていく、地球防衛軍の艦(ふね)をにらむように見ていた。
「ええ。もう何年も前から民間の会社からの苦情が一番多かったのは火星でしたから、この状態は慢性的でしょう」
(手続き以上に、入港することもむずかしそうだな)
 進は火星について、手を打つこともしなかった。せめて、一回は火星の現状を見にいく必要があったなと思いつつ、貨物船『ゆき』の周りの艦(ふね)の動きを確認した。
「機関長、エンジンの出力あげてください。大村さん……」
 進は、耕作を立ち上がるように促すと、イスに滑り込み、操舵機に手を伸ばした。エンジン音が船底から響いてくる。
「機関長、エンジン全開」
「はあ?」
 進の言葉に、機関長は耳を疑ったようだったが、エンジン音がさらに大きくなった。進は舵を思いっきり動かした。ポンと一歩踏み出すように貨物船『ゆき』は飛び出し、前の艦(ふね)に続くように入港してきた護衛艦の前に躍り出た。
「大村さん、すみませんでした」
「船長の操艦技術、驚きました」
「少し、強引でしたか?」
「いえ、いいんじゃないですか。民間船は、相手が軍艦だと一歩引いてしまいますからね」
 言葉と裏腹に、耕作は、管制官からのお咎めないよう、祈った。
 特別な連絡はなく、通常に管制棟からの指示がはいり、貨物船『ゆき』は、火星のエアポートの奥へと進入していった。
 トゥトゥー、トゥトゥー
 通信機から音がし、通信が入った事を知らせていた。
「あまり、危険な行為は控えてくださいね」という言葉とともに、出航日時は書類が揃ってから申請することが伝えられた。そして、伝言が入っているのでと、伝言メッセージが伝えられた。
「仕事依頼有り、南部重工業第三開発部菊川聡……」
「南部重工業……大村さん、連絡を入れて、早急にアポを取ってもらえませんか」
「わかりました」
「私は、入港前に作った書類を提出してきます。たぶん、あと何度かかかると思いますが」
「そうですね」
 耕作は進が「きちんとやりましょう」と言った言葉を思い出した。
(人任せにしないところが、堅実だな)
「船長、火星についたと、ご家族に連絡を入れた方がいいのではないですか?火星からなら、メール、届きますよ」
「ありがとう」
 にこりと微笑んだ進はきっとメールを送らないだろうと耕作は思った。
(なるほど、おせっかいしたくなるぐらい、不器用なところもあるのだな)
「すみません。南部重工業火星出張所ですか?こちらは貨物船『ゆき』の大村と申します……」

(3)
 進は、ポストに一通の手紙を投函した。

「あなたの夢が見つかるのを待ってる……」
 まるで昨日のように、雪の言葉が蘇ってきた。
(ホームシックか)
 書類受け取りの窓口の前には、何人かが並んでいた。整理券を受け取ると、少し離れたベンチに進は座った。窓口に来るまで、何度視線を感じ、すれ違った人に振り返られたか。覚悟は決めていたはずの進は、意識しないように心がけていたが、好奇心の混ざった視線とひそひそ声を避けるために、目を閉じた。

「どうだった?」
 進は娘の美雪に話したあと、リビングに戻ってきた。雪はその結果を知りたくて、進に声をかけた。
「宇宙にでたいのなら、防衛軍の艦隊司令じゃダメなのかと言われた」
 進はソファに体を任せるように座ると、大きく息を吐いた。
「あの子は、あなたのことを尊敬しているから」
「それは、『古代艦長』としてだろ」
 雪はそれ以上は言葉にしなかった。進が自分の評価を嫌っており、特に、沖田をヤマトに残してきてしまったことには、誰にも介入させないほど、進の中では大きなしこりになっていたと知っていたからだった。その時の判断は、共にヤマトの艦長であった沖田と進が判断したことであるが、進が宇宙勤務を断っている大きな原因であることは雪だけでなく、軍の中の事情を知っているものならば、察しがつくことであった。
「ごめんなさい」
 雪は、珍しく苛立ちを表している進に、謝りの言葉をかけた。
「?」
「もう少し早く、あなたのこと、気づいてあげればよかった」
「そんなことはないよ。君がボクの気持ちを優先してくれたことだけで、気持ちの半分以上はすっきりできたから」
「ううん、あなたは私の時、すぐに気づいてくれたわ。美雪を産んで、子育てに戸惑って、仕事から離れてあせっていたとき、あなたは育児休暇を取って、私を復帰させてくれた」
「美雪は二人の子どもだもの、二人で育てるのは当たり前だよ」
 雪は素直にそう思っている夫に感謝していた。地上勤務になった進の評価はとてもよく、将来を嘱望され、また、仕事も順調にこなしていた。妻が献身して夫に仕えるのがそんなにも美徳とは取られていない時代であったが、進は多くの人の期待を背負った人物であった。当然、進の育児休暇は、論争の元にもなった。だが、進自身の固い決意と「才能ある女性を家庭だけに置いておくのは、これからの地球防衛軍の未来ある芽を摘み取ってしまうものである」という論旨をもって、進は周りを対処した。その後、仕事に関しては、雪の仕事を優先して、その分、子どもの世話は進が負担する形になっていった。雪はありがたいと思いつつ、全力で仕事をやることない進が、達成感を感じることがなくこの十何年をすごしてしまったのではないかと申し分けなく思っていた。
「今回はちょうどいいタイミングだったんだよ。仕事もひと段落ついて、別にボクがいなくても、他のメンバーや君で回っていけるようになっている。君が仕事をし続けていたから、ボクもこうして自由になることができたんだ。君ががんばってくれたおかげだ」
 雪は進の胸に顔をうずめた。
(あなたが行ってしまう)
 仕事で、家庭ですべてに進を頼りにしていた。
「私、一人でやれるかしら」
「大丈夫だよ、宇宙のどこかには必ずいるから、君に何かあったら、必ず戻るよ。君のところに」

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なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでください。
SORAMIMI

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