Lacrimosa ラクリモサ

前編2

(4)
「古代さん」
 進はその呼びかけで目を開けた。進の反応がわかっているらしく、肩を叩く前に声をかけてきた男は、進の目の前に立っていた。
「何だ、加藤か」
 進は年下の男に隣の席に座るように促した。
 きちんとした制服は、加藤四郎がある程度の職についているのを表していた。
「先ほど、あなたが火星に来ているという話が伝わってきたので、つい探してしまいました」
 四郎は、周りに聞こえないように憚って、小さな声でささやいた。
「そう」
 進は加藤四郎の方を見ず、もう一度掲示板の方をチラリと見た。
「久々の宇宙ですね」
 四郎はにこやかに話し出すと、進も先ほどまでの堅い表情を緩めた。
「そうだな」
 掲示板が新しい数字を点滅させる。掲示板を見ていた進は、小さく息を吐いた。
「火星は事務処理が遅いと聞いていたが、民間船がエアポートに入るのにも一苦労だな」
 進の言葉に、四郎はすまなそうな顔をする。
「すみません、火星の港は軍の艦の稼働率も高くて、どうしても時間がかかってしまいます」
「仕事のやり方を変えていく必要があるな。これでは緊急時は、相当な混乱が生じる。煩雑すぎるのは事故の元になる」
 加藤四郎はため息をついた。
「古代さん、早く戻ってきてください。どこの基地も、毎日の仕事で手一杯で、抜本的に見直すなんて余裕ないんです。仕事のできる人が相対的に少ないんです」
 掲示板の数字が再び点滅しだす。進は、四郎の話に一応はうなづくと、立ち上がった。
「誰だって、細かな仕事は好きじゃないさ。でも、大事な仕事だ。平和な毎日は、そういう地道な仕事の繰り返しの中にあるものさ。それじゃあ、加藤。ありがとう」
 声をかけづらい立場の進に声をかけてきてくれたことへの礼を告げると、進は窓口へ歩いていった。

  
(5)
「太陽系外活動の貨物船法によりますと、不備がかなりあります。二通りありますので、どちらかを選んで、再度申請してください」
 進は差し出された書類を確認した。係員がラインを引いた部分に指をさした。
「一つが太陽系内だけの活動にし、後日、ある程度の実績と装備を兼ね備えた時に太陽系外活動もありに切り替えていく方法です」
 係員は下の方のラインの部分を説明しだした。
「もう一つはこちらです。装備を整えて、もう一度申請するかです。後者は、普通の業者にはお勧めしませんが、、よほどのことがない限り、あなたなら」
 自信ありげに話す係員の言葉を、進は繰り返した。
「よほどのことがない限り、とは?」
「今まで大きな事故事件等ありませんから、再申請まで何もなければ、可能です」
「君は、私なら可能だと?」
「はい、あなたは『古代艦長』です。宇宙へ出るの者で、あなた以上の人はいません」
 進は複雑な気持ちになった。喜ぶべきなのか、憂うべきなのか……
「ありがとう」
 進は、書類を受け取ると、連絡用の端末機を見た。大村耕作からのメールが入っていた。
<南部重工業の菊川さんと連絡を取る。18時、南部重工業の火星出張所で話をしたいとのこと。大村>
「大村さんか……」                                                                                

「雪はどう思った?大村さんのこと」
「おおらかな、ほがらかな方に見えたけど」
「そう……」
 あまり好意的にではない進の様子を見て、雪は尋ねた。
「あなたは知っているようだったけど、何か問題がある人だった?」
 進は大村耕作の履歴書の写真を指ではねた。
「君だけじゃなく、旧ヤマトメインクルーにも話したことがなかったけれど……」
 話が急にヤマトに及んだことで、雪は、進が何を言い出すのか、聞くことにした。
「ボクたちは当時18歳でヤマトクルーになったとき、それぞれの班には、それぞれ数人、班長候補がいた。もちろん、ヤマトのプロジェクトは地球最後の切り札だったのだから、複数の候補を立てることは当然なことなんだけどね」
 雪は息を呑んだ。進は何かの折にその資料を見たのか、それとも自分でその資料を探したのか。そして、どう思ったのか。
「最終的に、イスカンダルから届いた設計書で波動エンジンをつくり、ヤマトはそれまでの地球と違う戦艦となった。今までの既成概念にとらわれないメンバーということで、若いメインスタッフで固めることになった」
「それが私たち?」
「そう。大村さんはね、ボクたち以外の班長候補に入っていた人だ」
 進が言い出した事自体、この件は、進の中ではかなり大きくなっていると雪は思った。
「班長候補の人たちは、候補に挙がるだけの実力もある人ばかりだった。戦死した人もいたけれど、一線で活躍している人もいる。大村さんも、大きい戦功はないけれど、とても地道な経歴で来ている。彼がとても周りの人から好意的に思われていることも、うわさで聞いたことがある」
 普段の生活のときには見せない進の、何かを深く考えている顔……それはヤマトの第一艦橋の中では日常に見せていた顔……
「彼が、あなたのところに来たのは、意図があると?」
「偶然ではない、何かがあるのかもしれない」
 もう一度息を吐くと、進は真顔になった。
「少なくともボクが彼だったかもしれないし、彼がボクだったかもしれない」
                                                                          
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SORAMIMI

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