最後の一片 第三章「未知標」

(40)

 宇宙空間へ出たヤマトは、通常航行に切り替わった。

 島大介は、自動操舵に切り替え、一息ついた。隣の古代進も、ほっとしているようで、計器から目を離して、スクリーンに映る、遠ざかる地球を見つめていた。大介は、話を切り出した。

「さっきの長官からの命令って何だった?」

 進は、何も答えず、封筒を出して、中から便せんを取り出した。
 進は、勝手に読めと言わんばかりに、大介の目の前に差し出した。
 大介が受け取り、手紙を広げ出す動作をし始めると、進は、マイクに向かって別の行動を始めた。

「コスモタイガー隊。ちゃんと、機体チェックをしたか。今から、飛行チェックするぞ」
 進は立ち上がって、席から離れようとした。

「よかったな」
 大介は、そそくさと立ち去ろうとする進に、話し掛けた。
「ああ」

 大介は、あえてそれ以上聞かず、進が第一艦橋から出ていくのを、見送った。
 ドアが閉まった瞬間、おしゃべりがあちこちで始まった。

「真田さん、さっきの盗聴と盗撮、地球に帰るまで言えないですね」
 南部康雄が、振り返った。

「半分気づいているかもしれませんよ。あんな風に出ていったし......」
 機関長の山崎奨が笑った。

「真田さんも、結構、やりますね」

「二人の結婚式、盛り上げたいって、みんな言っていただろう」
 康雄の言葉に、志郎は言い訳をした。

「地球の連中とも、連絡つけて、結婚式の予定を立てておかなくっちゃ。みんなのスケジュールを考えると、やっぱり、地球に着いてすぐがいいですね」
 相原義一が、帰還予定日を割り出していた。

「おいおい、あんまり、仕事以外の通信増やすなよ。艦長にばれるぞ」

 大介は、進がこのことを知った時、どういう顔をするか想像した。

「ところで島さん。さっき、艦長から渡された手紙、なんて書いてあったんですか」
 太田健二郎が自動航行のプログラムをチェックしながら、大介に聞いてきた。

「無事、地球に帰ってくること」

「?」
 大介が呟くように言った言葉に、皆、聞き取れず振り返った。

「『無事、地球に帰ってくること』......それしか書いてなかった」

 艦橋は、急に静かになった。長官も第一艦橋のスタッフも皆、同じ気持ちなのだと大介は思った。

「ワタシハ、ヤッパリ、イヤデス」
 話をずっと聞いていたアナライザーが、大きな声で叫んだ。

(41)

 ユキは、モニターでヤマトの発進をずっと見ていた。画面から、消えていってしまっても、モニターから離れる気がしなかった。ユキは、青い空が映るモニターをじっと見つめていた。
 帰還してきたヤマトがモニターに映し出されるのは、いったい何日後になるのだろうか......。

「行ってしまいましたね」

 ユキは、振り返った。
 そこには、このドックの責任者の初老の男が立っていた。モニターを見て考え事をしていたせいで、ユキは、声をかけれれるまで、気がつかなかった。
 厳しい人だという評判を聞いていたので、なんと返事をしようか、迷ってしまった。
『二人のことを見て、どう思ったのだろう?』

 ユキは、少し緊張して、答えた。
「あの......、さっきは、どうもすみませんでした」

 ドック長は、最初は何のことかわからなかったようだったが、途中で気づいたらしく、口元がゆるんだ。
「いやいや、何も気にすることはないさ」
 ドック長の顔は、どんどんにやけていった。それをユキに見られていたと気づくと、テレ笑いをしだした。

「ははは、なに......自分の若かった頃を思い出してね。私も女房にプロポーズしたのは、当時勤務していた基地の前でね。同僚に冷やかされたけれど、自分の一番自信のある場所で言いたくて......」

 ユキは、顔を赤らめて喋る男の話を聞きながら、進も皆に冷やかされているのではないかと想像した。
『でも、言い過ぎると、古代くん、怒っちゃうから、きっと、みんな、面と向かって言わないだろうな』

「ドック長、よかったら詳しくお話してくださいませんか」

 ユキの言葉で、初老の男の顔は、いっそう、深いしわを刻んだ。

 

 それから数日間、ユキは、会う人会う人に、
「おめでとう」
と、声をかけられた。

 ほとんどの軍の関係者は、あのドックでのできごとを知っているのではないかと思うほどであった。恥ずかしくて、笑顔で答えるだけだったが、夜、一人でベッドに寝ている時、ふと、浮かぶのは、海辺での進の姿だった。

 進が行ってしまってから、ユキは、あれが、進の本当の姿のように思えて仕方がなかった。それは、何度打ち消しても、あの姿がまぶたに焼き付いていて、記憶の中から消しさることができなかった。

『あれは、疲れていたんだわ、きっと......。長官にお願いして、ヤマト帰還後、たくさん休暇をもらおう。そして、南十字島へ行って......』

 進が帰ってきた後のことを考えて、たくさん考えて、ユキは、毎晩眠りにつくことにした。

 

(42)

 太陽系を出ると、ヤマトは、銀河中心部へ向かって進んでいった。

「......依然、ガルマン・ガミラスとは、交信ができぬままです」
 相原義一の報告のあと、進は、何も答えず考え込んでいた。部屋の中には、第一艦橋のスタッフが揃い、各々意見を自由に述べあっていた。

「艦長?」

 義一に呼ばれた進は、髪の毛をかきあげた。

「相原、こちらからの通信がなんらかの障害を受けて届かないのか、それとも、届いているのに、返事が返ってこないのか、お前はどっちだと思う?」

 進は、義一の方に視線を戻した。皆も、義一の方にからだを向けた。

「前回と今回の航海は、ほとんど同じような航路、かつ、同じようなやり方で通信をしています。しかし、障害になる条件は、前回よりもはるかに多く、届いたにせよ、前回ほど安定した音声・映像は送れていない可能性があります。そうであっても、それは、こちらからの通信の内容がわからないほどの障害ではありません。届いているけれど、返信できない......、私はそう思います」

 義一の言葉が終わるのを待って、志郎が話し出した。
「比較は辛いが、よほど、人為的な妨害がない限り、届いていると思う......」

 志郎は、進の顔をうかがった。進は、うなずいて答えた。

「まだ、試験段階なんだが......、今回の航海に、少しでも役に立てばと思って......」
 志郎が手で合図を送ると、部屋の照明が落ち、床の画面がぼおっとひかりだした。

「ガミラスの瞬間物質移送機を思い出して欲しい。外部から当てたエネルギーによって、空間をいじって、物体を移動させていたあの方法を」

 ヤマトの甲板が映し出され、何かの装置が取り付けられている状態が映し出された。

「理論を応用してでの実験段階では、成功はしたんだが、成功率がとても低い。これでは、人の移動で使えるのは、いつになるかどうかわからない代物だ」

 今までの実験のデータが映し出されると、皆、小さなためいきをついた。

「ただ、目的地に移動させることだけで、三分の1ですか」
 南部康雄がつぶやいた。

「それでも、今回のように、ワープアウトした地点の状況を知りたい時には役に立つ。まあ、1、2回では、探査機をうまく移送できないかも知れないが、とにかく、何度でも成功するまで、探査機をワープアウト予定の地点に飛ばして、安全が確認されたのち、ヤマトがワープするという方法を提案したい」

 志郎の話が終わると、進は、皆を見回した。
「どうだろう、時間のロスは、多少あるが、時間的なものを今回要求されていないので、より安全なこの方法を取っていきたいのだが」

「『急がば回れ』ですよ」
 珍しく、機関長の山崎が言葉をはさんだ。進は、笑みを返した。

「そうなるといいですね。修理のロスや、何が待っているかわからない状態を行くことよりも、早く行けるのかもしれませんから」

「我々、工作班は、ひっきりなしに、探査機を製作しなきゃならんがな」
 志郎は、首をすくめた。 

 メインスタッフ達の快諾をもらい、会議は終了した。

 

(43)

 藤堂晶子は、ユキに頭をぺこりと下げた。
「あの、ごめんなさい。お仕事忙しいのに」

 大きな荷物を抱えて、待ち合わせの店で、晶子は待っていた。コップの中の氷は解けていた。かなり待たせてしまったようだ。

「ううん、待たせてごめんなさい。つい、ヤマトからの定期通信を待ってしまって」
 晶子はにこりとした。

「ああ、ごめんなさい。なんか、仕事上の特権、ひけらかしちゃって」

「いいえ、私も、通信部の方に気を使ってもらって、メールを送ってもらっちゃってますから」
 晶子のうれしそうな顔をユキはほんの少し羨ましかった。

『楽しそう......』

「あの......」
 晶子は、ユキの顔色をうかがうように話し始めた。

「あの、おじいさまから話をきいていませんか」

「えっ、なんの話?」

 晶子は、一人くすっと笑った。
「やっぱり、おじいさま、言えなかったんだわ。実は、ユキさんへお願いがあるんです」

 毎日、藤堂と顔を合わせているのに、なぜ......ユキは、藤堂も言えず、晶子も言いにくそうに話すことがなんなのか、予想がつかなかった。

「あの〜、断わってもいいんですよ。おじいさま、結構、勝手なんで」

「ええ......」

 晶子は、ごそごそ、隣に置いた鞄を開け出した。
「実は......、もう決まってたら、断わって下さいね。おじいさま、悩みも解消しますから」

「......」

 ユキはよくわからず、ただ、晶子の話の行方を待つだけだった。

「あの、これは、私の母の時のものなのですが」
 晶子は、ユキの方へ鞄を運んだ。

 中から、白い薄く輝く布が見えた。

『ウエディングドレス?』

 ユキは、手に取ると晶子の顔を見た。晶子は、心配そうな顔をして、ユキの様子をじっと見つめていた。

「おじいさま、ここのところ、毎日、このドレス着てくれるかな、やっぱり言うのやめようかなって、耳にたこができるぐらい言っているんです。昨日も、突然、夜中に、私の所に相談しに来たり......」

「長官が.....」

「ええ、おじいさまの体調のことも心配だし、ユキさんの気持ちも害したくないし。でも、もしよかったら、もらっていただきたいんです」

 晶子の真剣な顔がユキの顔前にあった。

「あなたのおかあさまのでしょ。晶子さんだって、結婚の時、着たいでしょう。そういう大事なものをいただけないわ」

 ユキの言葉で晶子は、にっこりした。

「私の分は大丈夫です。実は、これ、おじいさまが母に贈ろうと思っていたものなのです。母は、父ともうすでにウェディングドレスを買っていて、それを知ってしまったおじいさまは、母には、贈ることができなかったんです。だから、家には、実際、母が着たドレスもあって」

 人のいい藤堂が、贈れなかった......。きっと、自分の気持ちを押さえてしまっていたのだろう。

「おじいさま、随分前から、絶対ユキさんにあげたいって言っているわりには、いままでも言えなくて......」

 ずっと、待ちぼうけを食らっていたドレス。まるで、自分のことのようにユキは愛おしく思えた。

「いいわ。彼も形式にこだわらないから、豪華な式やドレスは無縁かもしれないって思って、何も準備してなかったの。きっと、長官の話を聞いたら、彼も、受け取ることに賛成してくれるはずだわ」

 晶子は、ユキの手を掴んだ。

「ありがとうございます。今晩、おじいさまに報告します」

『長官が悩んで倒れちゃいそうだったと言えば、古代君も許してくれるでしょ』

 

(44)

 志郎は、より精度を高くするため、工作班との詰めの作業を続けていた。ヤマトの航行が進むにつれ、探査機のワープ失敗率が高くなっていったからだった。

「やはり、これ以上の航行は、難しいのかな」
 進のつぶやきに、大介は、答えた。
「しかし、探査機さえ飛んで、データを送ってくれば、ワープ先の空間の情報をきちんと知ることができるんだ。今まで以上の安全な方法だよ、艦長」

 大介は、進が、ガルマン・ガミラスからの返信がないことが、一番気掛かりだと知っていた。が、今、その話を出したところで、何も解決にならない。今回の航海は、できる限り、この銀河系の様子を探ってくること、それも、ただ、銀河系の物理的な変化だけでなく、ボラー、ガルマンの情勢の変化も含まれていた。デスラーとの特別な関係を使ってでも、情報を集めて来いという見えないプレッシャーが、進にはあった。

「はぁー」
 進は、艦橋の自分の座席に座りながら、背伸びをした。

「古代......」

「うん?」

「帰るか?『これ以上は、何も成果があげれません』って、報告して」

 意外な大介の言葉に進は起き上がった。

「帰って、お前は、結婚して。みんなは、それぞれの職場に帰って......」
 進は、大介が何かを言いたくて、回りくどい言い方をしているのだと思った。

『楽な方法は、いくらでもあるか......』

「もう少し、がんばろう。手は全て尽くしても遅くはない」

 進が微笑んだ。

『俺の気持ちが皆に伝わってしまうのだな』

 大介は、星が無数に光る宇宙を見据えて、席を立った。進も席から体を浮かそうと手を椅子にかけた。

「じゃ、もう一回、航路計算してくるか」
 大介は、軽く手を上げて、挨拶をした。

「お前は、寝ろ。そのかわり、地球に帰ったら......まあ、いいか」
 言い出した言葉を大介は飲み込んだ。

「おい、相原に、通信中ににやけるなって言っとけよ」
 進は、ドアに向かって歩く大介に大声で叫んだ。

『地球に帰った時の覚悟はできているみたいだな』

 大介は振り向かず、手を高く上げて、その言葉に答えた。

 

(45)

 進の体が硬直した。パネルに映されたガルマン・ガミラス本星の姿、そして、探査機は主都の建築物を映し出した。

 進は、目を閉じた。

『こんなことで.....』

 そう思いたかった気持ちは、この無惨な星の終わりの姿の前には、勝てなかった。

「隕石群が落ちたんだな。星の大気成分、陸地の地形の変ぼうから、かなりの量だ」
 志郎が呟いた。

「この星の人々は?」

「脱出したものもいただろう。しかし、皆、隕石群に巻き込まれてしまったのかもしれない......。地上に残った人々は、もちろん、この急激な環境の変化についていけなかっただろうな」
 大介の言葉に、志郎は、一段と低い声で答えた。

『古代......』
 大介は、微動だにせず、目を閉じたままの進に声をかけれずにいた。
 大介の心の声が届いたのか、進の目がぱっと開いた。

「太田、周辺の状況は、どうだ」

「あっ、はい。今は、比較的安定しています。しかし、ここまでの航路で、かなり不安定な所もありましたから、この星の周辺も、不安定かと」
 健二郎は、今までのデータを、再チェックし出した。

「南部、弔砲の用意を」

「弔砲ですか......、はい、今から、準備します」

 進のテキパキとした言葉に、第一艦橋が緊張し出した。

「真田さん、手を外せるものは、全員甲板に整列させて下さい。私は、花を用意します」

『誰かに......』

 志郎は、そう言いたかったが、進の気持ちを通した。今、進にできることは、そのぐらいなのだから。

 

 茎にはさみを入れながら、進は、胸の複雑な思いを整とんしていった。

 なぜ、あんなに憎んでも憎みきれないほどの思いをぶつけていたはずの男を、自分は、こんなにも信じるようになっていたのだろうか。そして、今、ガルマン・ガミラスの美しいほど静寂な廃虚を見て、なお、彼がこんなことで死ぬわけがないと思ってしまうのだろうか......。

『それでも、見送らねば』
 もう、ここに留まっているほど、状況は甘くない。

「艦長、準備がすべて整いました」

 背後からの声で、進は、立ち上がった。

 

(46)

 落ちていく花は、地上に届く前にちりじりになっていった。進の耳にヤマトからの弔砲の音が響く。

 進の気持ちを断ち切るかの様に艦橋に残っていた太田健二郎の声が飛び込んできた。
「艦長、太陽に異変が!危険です。全員艦内に避難させてください」

 ヤマトの乗組員達は、一気に艦内に戻っていった。 

 

「ヤマトを緊急発進させろ」

 ヤマトは、大波に飲まれたように、大きく揺れた。

 そして、進の提案通り、ワープアウト先をチェックすることなく、ワープを決行した。

 その先には、初めて見る惑星が今、大きな水の固まりに飲み込まれていく姿があった。

 

 進は、スクリーンに映る逃げまどう人々を見て、まるで自分がその場にいるような錯覚にとらわれた。

 夢で何度も見た、遊星爆弾から逃げる父と母。目の前には、同じように、逃げ場のない人々が右往左往していた。ほとんどヤマトが向っても間に合わないような状況であったが、その中で、ひときわ大きな建物だけが、まだ、波が届かず、逃げてきた人々に溢れていた。

「島、あの建物の側へ近づけるか?」

 スクリーンを見つめていた進の口からの言葉に驚いたが、大介も、この場を見て、やはり見過ごして、この場を去ることはできないと思っていた。それは、第一艦橋の者すべて感じていたことだった。

「あまり、高度は下げられないが、上空ならなんとか」

 進は、マイクに向って叫んだ。
「コスモハウンドの発進準備を。この惑星の人々の救助にむかう」

 大介は、その言葉を聞くと、ヤマトの艦首をその惑星に向けた。

 進は、率先して、救助メンバーに入った。この危険な作業を現場で指示したかったからだ。敢えて、志郎もそれに同意した。進が一番的確な判断が出来るであろうことは、今までの進の勘の良さでわかっていた。

 

&%$#”$#%&&......

 何を言われたか、良くわからなかったが、進は、一人の女性から、ぐったりとしている少年を受け取った。

 きっと、『この子をよろしく』そう言っていたのだと進は理解した。自分がもし、あの時母と一緒にいて、もし、誰か助けてくれる人がいたら、きっと、同じことを母は言ったであろう。

 進は、少年をしっかり受けとめた。

 その時、もう振り返ることができないほど、大きい波が建物に覆いかぶさっていた。

救助、中止だ。全員、コスモハウンドに
 進は、出せるだけの大きな声で叫んだ。

 

(47)

 とっさの判断で、進は、ヤマトに着いたコスモハウンドから飛び出した時、支柱を掴んだ。その瞬間、激しく艦が傾いた。進は、片腕にすべての力を集中させた。

「!」
 目の前でスローモーションの様に、人々が今さっきいた建物へ、そして、海と化した周辺部へ落ちていった。

 いつの間にか、進の腕は、艦内から助けに来た数人に掴まれた。そして、少年も、他の乗組員に抱きかかえられていった。
 進は、腕を払った。壁にもたれながら、息を整えて、周りの様子をうかがった。一人の者は、インターホンで進の安否を第一艦橋へ伝えていた。進は、その受話器を無理矢理取り上げた。相手は、島大介だった。

「島、救助を」

 進は、半分は諦めていた。しかし、彼等を見捨てていくわけにはいかない。

「無理だ、艦長。この高さから落ちたら......」

 進は、受話器を投げ捨てて、第一艦橋にむかった。大介は、志郎の方に振り返った。

「本人が一番わかっているはずだ」

「そうですね」

 頭ではわかっていても、きっと、感情的に押さえられないのだ。

 第一艦橋に現れた進は、かなり、いらだっていた。しかし、大介の言葉に、進はあっさり引いた。

 

 宇宙服の装備とはいえ、進の体は、濡れていた。進は、少し、濡れた髪をかきあげ、目の前のパネルを見つめた。

 大介は、こういう時、副長である自分と艦長の進との違いを感じる。責任は、全て進の肩にかかる。それでも、進は、踏ん張って、立っていなくてはならない。進は、地球に、多大な被害があったことを報告した。

「艦長、さっき救助された少年は、無事だそうだ......」

 志郎の落ち着いた声に、進は、顔を起こした。

「見に行くか?」

「ああ」
 志郎の言葉に、力なく答え、進は立ち上がった。

 

 たったひとり助けることができた少年。
『あの遊星爆弾の後の、言葉にはできないほどの寂しさを、この少年も背負って生きて行くのか』

 何人もの犠牲者......
『本当に自分は、人の運命を握る権利はあるのだろうか......』

 

 地球では、ヤマトからの二度めの通信に驚きを隠せなかった。しかし、それが将来の話でまだ、地球には直接関係ない話だとわかると、フロアからホッとした安堵の空気が流れた。そのためか、報告をする進の顔も少し和んだかのように見えた。

 ユキは、さっきの通信で、進がどれほど傷ついていたか気になっていた。

『とりあえず、これで、古代くんの仕事も終りね』

 

 その数十分後、突然、ヤマトから、未知なものからの攻撃を受けている報告が来て、突然報告も途切れた。

 ユキは驚いた。

 報告が途切れる.....
『通信回路が攻撃によって不能になったのか、それとも......』

 ユキは、その先を考えるのが恐かった。人の目を気にして一人になっても、体の震えが止まらなかった。

 

(48)

 ヤマトが連絡を経った後、地球には、もう一つの情報が寄せられた。

「先ほど、ヤマトからの報告があった回遊する水惑星が予定軌道上から消えました」

『ヤマトも消え、水惑星も......』
 藤堂に、嫌な予感が駆け巡った。

「広範囲を、細かくチェックするように。あわせて引き続きヤマトの探索を」

 フロアはいっせいに、人の声と、キーを打つ音で、溢れた。伊達はそのいくつかのチームの間を小走りに回った。

 半日も過ぎた頃、一人が興奮した声を出した。
「見つかりました。世界中の天体観測所の中で、アクエリアスと地球の間を観測しているところをチェックしていたら、見つかりました」

 その声に、フロアは一瞬に人が消えてしまったかのように静まり返った。

「どこだ」
 興奮していたせいか大事なところを言い忘れていたことに、伊達の怒鳴り声に近い言葉で気づいた。

「は、はい、モンゴルのフフホト近くの個人の観測所から、水惑星が消えた地点から、約150光年ずれたところに、新しい天体が出現した形跡があるそうです。今、科学局の方に資料が送られ、再チェックしています」

 再チェックの結果は、最悪であった。未明、一旦解散となり、通常通りの夜勤のものを除いたものは、一時的な休憩に入った。

 フロアの椅子に足を投げ出して仮眠していた伊達は、コーヒーの香りで起きた。

「森くん?」
 コーヒーを持ってきたのは、ユキだった。

『一番眠れないのは、彼女に違いない』
 カップを受け取った伊達は、ユキの気持ちを察した。

「すみません、あんまり上手じゃないんです。コーヒーは。あ、でも、眠気は凄く取れるって、みんな言ってくれるんですよ」

 一生懸命笑顔を見せるユキに、何か気の効いた言葉を返せないか、伊達は、フルに頭を回転させた。

 

(49)

 ユキは、仮眠を命じられたものの、嫌な妄想を振払うのに精一杯だった。

『ヤマトは、何か、通信できない状態になっているのかもしれない......』

 今までも、何度もあった。位置を知られたくない。通信機能が破壊され、修理が間に合わない......
 しかし、一日、二日と時間が経っても、回復しないのは、やはり、一つのことを考えざるを得ない。

 一人の夜は、考えることが多くて、ユキは、それだけで根をあげそうになっていた。薬に頼らずに眠ることは、大変だった。

 夜半、ユキは、まどろんでいた。

 隣に、誰かが寝ている。ユキは、進なのだと思った。

 目を開け、横を向くと進が寝ている。

 ユキは、そっと、進の頬に触れた。

『冷たい......』

「古代君」

 ユキは、進の体を揺らした。進の体は、反応せず、崩れていった。

「古代君?古代く......」

 ユキは、何度も揺さぶった。

「いや、いや......」

 泣叫んでいたユキは、ここが仮眠室だと気づき、簡易ベッドに寝ていたと気づき、夢だったと気づくまでは、そう多くの時間を要さなかった。

 けれど、一抹の不安は、消えなかった。
『もう......』

 

 翌日、ユキは、あの夢と同じ中にいた。

 第一艦橋で倒れている進は、夢と同じ。何度揺さぶっても起きない。

『一人にしないで......』

 何日も眠れなくて、何も考えられなくて、ユキは、とっさに進のホルダーに手をかけた。

 進の銃は、氷のように冷たかった。

 ユキは、深呼吸をして、気持ちを整えた。

『きっと、怒るわね。古代君』

 ユキがそう思った一瞬、ユキの握っていた銃は、弾き飛ばされた。
 そして、ただ、泣いた。

「息をしているぞ、かすかだが」

 佐渡酒造の声が聞こえ、人々が集まってきた。ユキは、進が運ばれていく姿を呆然と見ていた。

 ユキの持っていた銃を弾き飛ばした志郎は、顔をもう一度起こした。
「ユキ、古代の側に行くんだ。あいつの側に」

 ユキは、その言葉で、やっと、立ち上がることができた。

 

(50)

 進の安否は、すぐ発表され、手術は、何よりも優先され、すぐ行われた。
 ユキは、ただ、その様子を見守るだけだった。

 

「少し寝たら?ユキ」
 聞き慣れた声が、ユキの隣りから聞こえた。

「ママ......」

 ユキは、いままで、ずっと、こらえていたものがあふれだした。ユキを見兼ねて、誰かが、連れてきたのだろう。
 ユキは、母親に抱きついた。

「ユキ......、進くん、きっと、大丈夫よ。だから、あなたも、こんなに泣いていちゃあ......」
 ユキの体をそっとさすって、ユキを安心させていた。
「進くんに、そんな泣きっ面の顔を見せるつもり?」

 ユキが顔を上げると、母のにっこりした顔がそこにあった。

「手術が済んだら、今度は、あなたのお仕事が待っているわ。あなただけしかできないことよ」

『ありがとう、ママ』

 自分も、知らぬ知らぬうち、母に心配をかけていたこと......それは、自分が、進のことを心配しているのと同じである。ユキは、側にいてくれる人が、いることに感謝した。

『ごめんなさい......』

 ユキは、一度、命を断とうと考えてしまったことを詫びた。

 

 ユキは、進の手術の間、母と話した。もう何年も、じっくり話すことがなかったが、言葉は途切れず次々と出てくる。なんでも、うなずいて聞いてくれたことでユキはだんだん頭の中が冴えてきた。
 今までの旅でのこと、そして、発進前のこと......。
 あの浜辺で隣のコテージの人を見かけた時、バウル氏にコーヒーをごちそうになった後、際立って進の体に変化があった。それまでの航海後の疲れとは違った、何か別のことがあったのか......

 

「ユキ、手術は、済んだぞ」
 進の手術のプロジェクトチームに入っていた佐渡が、ニッカリとした笑顔で声をかけてきた。

「当分、安静が必要だがな。まあ、奴にとっても、それが一番辛いかもしれん」
 佐渡酒造の言葉通りだと、ユキは思った。

「アクエリアスのことは言わん方がいいかもしれんな。あの体では、艦(ふね)には、乗れん」

 無茶するほど、元気になってくれればいい......ユキはそう思った。

「良かったわね、ユキ」

「ありがとう」
 母の言葉に、今度は、素直に答えることができた。

 

(51)

 目が醒めた進は、案の定、自分のことなど頭の片隅にもない様子だった。
 乗組員の多数に死傷者が出たことに、ショックを隠しきれない様子だった。
 ユキは、それ以上語らず、進もそれ以上何も聞かなかった。進は、ユキと顔を合わせたくないのか、窓の方を向いて、目を閉じている。起きているか、寝ているか、それすらわからなかった。

 心臓の音さえも聞こえてきそうなほど、静かな部屋で、窓辺に置かれていた物の影が徐々に長くなることで、ユキは、時間が刻々と過ぎていくのを知った。アクエリアスは、またワープをする。正確に、24時間ごとに。静かな時は、もう、後わずかなのだ。進も、何日後は、避難の為に、知るだろう。しかし、この静かなときが、進の気持ちを少しでも解きほぐしてくれればと、ユキは思った。

 

「ユキ」
 小さい声が、ユキの耳に届いた。

「どうしたの?」
 ユキは、おびえる子どもに声をかけるように、やさしく返す。

「さっきは、君のこと、考えずに、口走ってしまって.....」
 少しは、落ち着いたのだろうか、進の語気も穏やかになっていた。

「ううん。聞くことぐらいしかできないけれど、それで、あなたの心のつかえが取れるなら」
 進は、何も言わずに目をそっと閉じた。

 ユキは、待った。進は、何か言いたいことがあるはずだ。

 進の目が、ぱっと開く。何か決心したかのように、瞳が澄んでいた。

「ユキ、頼みごとがあるんだ.....。君だけにしか頼めない......」

 『君だけ』の言葉に、 進の強い希望が込められているようにユキは感じた。

「なに?」

「乗組員の遺族にお悔やみの手紙を送りたい。その代筆をしてくれないか」

 進の体は、感覚も普段より鈍いという医師の説明があった。まだ、自分で、きちんとした文字を書くことができないのだろう。ユキは、コクリとうなづいた。

「もう一つ、あるんだ。頼みごと......」

 進の言葉は、さっきとは違ったゆっくりとした語調だった。ユキは、進の本当に言い出しにくいことがこっちであると気づいた。

「君に書いて欲しい。艦長辞表の文を。そして、すぐ、長官に届けてほしいんだ」
 進の目は、ずっと、ユキの目を見つめていた。

 

(52)

 ユキは首を横に振った。けれど、進の目は、ユキに訴えていた。

『今は、体の感覚も、起き上がる体力すらないはずだわ。だから、一時的に気力が萎えて......。あなたらしくない......』
 ユキは、ぐっとその言葉を押さえた。

「ユキ......君は、きっと、一時的な気の迷いと思っているだろう......でも......」

 起き上がろうとした進を、ユキはそっとベッドに戻した。力が出せない進は、ただ、ユキの瞳を見つめていた。

「ユキ、僕は、気づいてしまったんだ。自分が艦長に、人の上に立つべき人物ではないことを」

『...あなたのお仕事が待っているわ。あなただけしかできないことよ』
 母の言葉が蘇ってきた。ユキは、進の言葉を聞くことにした。

 進は、ユキが、拒否する姿勢ではないことを知り、言葉を続けた。

「ずっと、ずっと考えていた。僕と沖田艦長の違いを。土門や揚羽の最期を見た時、彼等が、ああいう行動をとることに少なからず自分が影響を与えていたんじゃないかと」

 ユキは、唾を飲み込んだ。

「白色彗星帝国との戦いを憶えているかい、ユキ。あの時、僕は、ヤマトに残って、自分の命を捨てようと思った」

 ユキは、その時、きっと進はヤマトに残るだろうと、先読みして、艦内に残った。

「僕の戦い方はね、自分の命を削るような、そんな戦い方なんだ。だから、周りの人たちも艦長の僕のやり方に染まっていく......」

 進は、大きく息を吸った。

「それはね、沖田さんと僕の大きな違いなんだ」

 ユキは、進の気持ちを悟った。慰めの言葉をかけても、すべて否定してしまうだろう。

「このまま、艦長を続けていたら、ダメなんだ。きっと、同じことをくり返してしまう。また、きっと、同じ道を選んでしまう......」

『あなたじゃなくても......』
 ユキは、何度そう言おうと思ったか。しかし、進の心を救うことは、そんな言葉では、足りないことを知っていた。

 ベッドの脇にベッドに付いている生命維持装置の、進の状態を表示しているグラフが揺れ始めた。今の進には、休息が必要である。

 ユキは、進の言葉にうなづいた。

「わかったわ......」

 周りの風景が歪んでいく。そんなユキに、進は、スローモーションのように、ゆっくり腕を伸ばした。

 ユキの頬に触れ、目もとをやさしく撫でる。ユキの目からこぼれ落ちるしずくをすくっていった。

「いつも......ごめん」

 ユキは、震える進の手を両手で握り締めた。進の手は、いつもより温かだった。

 

(53)

 ユキは、辞表とお悔やみの手紙を持って、進の病室から出た。

 書き終えた後の、幾分気持ちが納まった様子の進の顔が忘れられない。

『これで、よかったのかしら』

 ユキは、振り返った。受け取ったまま、ユキが提出しなければ、この辞表はないに等しい。しかし......

 地球は、あと10何日かで、水没の危機にある。進の体は、それまでには、到底、普通の状態には戻れられない。艦長の仕事はこなせない。

 

「ユキ、古代は、どうだった?」

 診察時間が終りに近づき、せわしく人が行き交う病院の廊下を歩いているユキの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

 ユキが、あたりを見渡すと、すぐ近くの椅子で、島大介が、弟とジュースを飲んでいた。

「島くん......。、次郎くん...っだったわよね、こんにちは」

「こ、こんにちは」

 次郎は、年上の女性に声をかけてもらうのは、珍しいのか、赤くなった。

 次郎を見て微笑むユキに、大介は進が快方に向っているのだと知った。

「古代は、目を醒ましたようだね。どう?」

「え、ええ......」
 ユキは、言葉が続かなかった。

「どうした?」
 大介は、少し、事情があるのだと気づいた。

「担当医も、思った以上、症状が軽く、快方に向っているとおっしゃっていらしたのだけれど......」

 ユキは、大介に言うべきか迷った。しかし、大介の横に、まだ、子どもの次郎がいることに、そして、部下である大介はどう思うか.....ユキは、軽々しく話すことをやめようと思った。

「大勢の乗組員が亡くなったことにショックを受けていたわ。もっと、自分が助かったことを喜んでくれればいいのに......」

 ユキは、手に握っていた封筒をぎゅっと握った。

「そうか......、あいつらしいな。でも、ユキが部下じゃないってことで、君にいろいろ話せるんじゃないかな。俺や真田さんには、言えないことがあっても」

 ユキは、込み上げてくるものを押さえた。

「そうかも......。でも、私では、わかってあげれないこともあるもの。島君、その時は、フォローしてあげて」

「ああ」

 ユキは、大介の返事に微笑んだ。

「島君、元気そうね。他の乗組員の人は?」

 次郎にジュースの入れ物を片付けるように指示を出していた大介は、ユキの言葉を半分は聞き流していたようであった。
「あ、ああ、他の奴らか......。ヘルメットをかぶっていた乗組員は、大方大丈夫だったよ。まあ、みんな一旦、下艦したけれど。近々、再度、集合することになるんじゃないかな」

「そう......」

 ユキには、無縁の話に聞こえた。

『もう、二度と乗艦することがないかもしれない......。私も古代君も』

 

(54)

 進は、目を閉じていた。物に触れても、ユキに触れても、いつもと違う指先の感覚。しかし、こうして、目を閉じていると、指先に蘇ってくるのは、ヤマトの感触。イス、そして、スイッチ、レバー......
 冷たい壁面の感触も、温かく思える。
 いつの間にか、ヤマトの第一艦橋の席にいる。目をつぶってもきっとぶつかることなく歩けるだろう。

 ここ数年、いったいどのくらいの時間をここで過ごしてきたのだろうか。伸ばせば、進の手に触れそうだったが、思わず手を引っ込めた。

『さようなら、ヤマト......』

 

 ユキは、司令部本部に戻っていった。その手には、進の辞表が握られていた。

『私が書いた辞表......』

 ユキは、司令部内がとても緊張していることに気づいた。

『何かが起こっている?』

 ユキの予想通り、艦隊が地球の防衛圏に侵入してきた。

 ユキは、手の中の辞表を長官に渡す決心をした。今の進には、何もできない。状況を知って、無理をしても、いい結果を出せないだろう。それは、誰よりも、進が一番わかっている。

 ユキは、藤堂に差し出した。藤堂は、思ったよりすんなり、受け取ってくれた。

 引き換えに渡されたメモを見た時、ユキはがく然とした。

 そこには、電話番号であると推測できる数字と、知っている名前が書かれていた。

『沖田十三』

 ユキは、震えが止まらなかった。

 唯一、今の進の支えになりうる人......

 部屋の隅の自分の席の受話器を取る。

 何度も鳴るコール。

 呼び出しコールが途切れたが、画面は、相変わらず、無機質な画像のままである。

 ユキは、相手が、音声オンリーのモードになっていることに気が付いた。

「ああの、こちらは、地球防衛軍指令本部です。藤堂指令長官からの命で、この電話を......」

 ユキは、自分の足が地面についていないような気がした。

「沖田十三さんでしょうか?」

 一瞬、沈黙が流れた。

「そうだ」

 ユキは、言葉が出なかった。懐かしい声。間違えるはずはない。一年近く側にいたのだから。

 ユキは、口に手を当て、震える体を押さえようとした。

 

(55)

「それで......」

 ユキは、目の前に起きていることが信じられなかった。

「古代が艦長を辞任した。もう、君以外、あの艦(ふね)の艦長をやれる人物はいない」

 藤堂の部屋にいるのは、ユキと、藤堂、進の主治医と佐渡酒造、そして、沖田十三であった。

「長官、艦長と言うものは、一日二日で、なれるものではない。いくら、艦長をやっていた私が戻ったとしても、乗組員達は、納得はしまい」

 静かに話す沖田は、じっと、見つめていたユキに視線を移した。

「そうだろう、ユキ」

 急に、話を振られ、ユキは、どきどき心臓が鳴り始めた。

「確かに、艦長代理時代を含めると、古代進が、ずっとあの艦(ふね)を取り仕切っていたからのぉ」
 何も言えなかったユキの代わりに酒造が答えた。

 沖田は、ユキから視線をはずし、再び、藤堂の方を向いた。

「一つだけ条件を出したい......。古代進を乗艦(の)せること。これだけは、必要だ」

 沖田の言葉に、医師は、目をかっと開いた。
「無理です。この病気は、初期の集中した治療が、とても大切なのです。まだ、数日なんですよ、彼が手術を終えてからは。長時間にわたる戦闘なんかに耐えれる状態ではありません」
 少し興奮気味に立ち上がって、まだ30台前半であろう若い医師は、大きな声で反論した。

「動けなくてもいい。艦(ふね)に乗っているだけでもいいのだ」

 ユキは、どんなことがあっても、進を連れていく構えである沖田を見ながら、ただ、話を聞いているだけだった。

「ヤマトには、あの男が必要なのだ」

『ヤマトには、あの男が必要なのだ』
 ユキは、沖田の言葉を繰り返した。

『ヤマトには、あの男が必要なのだ』

 ユキは、迷路に迷い込んでしまった進を導いてくれるのは、沖田十三だけだと思った。

「治療の中断で、彼は、二度と元の体に戻れなくなってしまうことだってあるんですよ」

『ヤマトには、あの男が必要なのだ』

『ヤマトには、あの男が必要なのだ』

 ユキの気持ちは固まっていった。

『もし、彼が今、何も知らず、ヤマトから降りてしまったら、きっと一生後悔してしまう......』

「沖田艦長!」
 ユキは、沖田ににじり寄った。

「沖田艦長、古代君を連れていってください。そして、答えてあげてください、彼の気持ちに」

 沖田は、小さくうなづいた。

 

(56)につづく

  


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