『あなたに白い花束を』第1章
(1)
「上手になったね、土門」
古代進は、土門竜介のいれた紅茶を一口飲んで、そう言った。
「ありがとうございます。葉の種類とか、お湯の温度とか、時間とか、いろいろ変えてみてるんですけど...。艦長に気付いていたただけて、とてもうれしいです」
素直に喜ぶ、ほんの数年年下の部下を懐かしい思いでながめた。
自分も数年前までそうだった。あの人がいて、自分はベストを尽くすことだけ考えていればよかった。でも今は、常に艦や乗組員のことを考えている。自分のことは、いつも後回しにっていた。だんだん、そのことが、自分にとって負担になってきているのかも知れないと、進は思う。自分自身についても客観的に見ることができる様になったのは、艦長の仕事が身についてきたのかもしれない。その反面、心の奥底の本心を、どこかにかくしている自分の存在にも気がついていた。無理をしているのか?それとも、艦長にむいていないのか?
こういう時、忙しさというものは、有効に働いてくれる。進は、あまり深くそのことを考えずにすんでいた。しかし、時折、ふっとした瞬間、いろいろな不安がわいてくることがあった。それを周りの人に感じさせないこと、進があの人--沖田十三--を見て学んだことであった。
コン、コン。
軽いドアをたたく音が部屋に響いた。進は、『現実』に引き戻された。
「生活班長の森ユキです」
やわらかい声が響いてきた。進が許可を与えると、ファイルをかかえたきゃしゃな女性が入ってきた。
「艦長、次の探査予定の惑星のデータと探査計画が出来上がったので、持ってきました」
進は、座ったまま彼女からファイルを受け取り、読みはじめた。
「あ、あの......。私は、失礼......」
二人の関係を知っている竜介は、気を利かせたつもりで部屋を退出しようとした。しかし、二人の動きが余りにもスムーズで、それに対する気はずかさもあり、つい、どもってしまったのである。
進は、竜介の声に気付いて、顔を上げた。竜介の顔を見、一瞬にこりとして、
「土門、食事は?」
進の意外な質問に、竜介は、逆に戸惑ってしまった。
「は、はい。まだです。けど......」
「ユキ、先に土門と食事をすませて。俺も書類を読み次第、食堂へ行くから。土門、お前も探査準備があるはずだ。早く済ませてこい」
それを受けて、ユキは竜介の腕をつかみ、
「それでは、森、土門の両名、食事を済ませてきます。土門君、さ、先にいきましょう」
形ばかりのあいさつを済ませたユキは、竜介を引きずる様にして、艦長室から出ていった。
「あ、えっ、いいんですか?」
ユキに腕を取られた竜介は、わけもわからず退出したものの、ドキドキしていた。
腕を取られたとき、彼女の体に触れてしまった。進の前で。それだけではない。
「土門君、艦長はね、次の探査すごく楽しみにしているのよ」
竜介は、ユキの顔をみて、彼女自身がとても喜んでいる様に見えた。そして、その笑みはとても美しかった。
直属の上司であるユキとは、一対一の会話は何度もあったし、ユキの笑みも何度も見た。ユキは、もともと美しい女性であったが、竜介は、『女性』として見ることはなかったのかもしれない。でも、今日の笑顔は、竜介の心を騒がせるのに十分であった。そのおかげで、竜介は、彼女と目をあわせることができなくなってしまった。
そんな、竜介の気持ちを知らず、ユキはいつもより速めで、それでいて、軽やかな足取りで、食堂にむかっていた。
「きっと、探査計画の変更が何箇所かあるわね。艦長は動植物がとても好きなのよ。次の星では、多くの植物と、小動物が存在しているという予想のデータがでててね。」
「はあ......」
なんだ、そうなんだ。竜介は、今日、なぜユキの笑顔が美しいと感じたのかやっと解った。進の機嫌がすこぶるいいからなのだ。
人を愛するというのは、あんな風に、愛する人の喜びを分かち合えるものなのだろうか。進を愛するユキの姿が、周りにいる人を心地よくさせることに、竜介は気付いた。他の乗組員達が二人の関係を祝福し、その行く末をあたたかく見守っているのがよくわかる。例え、あの美しい笑顔が、一人の男にのみ向けられているとわかっていても、彼女の笑みは、乗組員全員を魅了しているのだ。
(2)
無限に広がる大宇宙。一瞬という短い時間の中ですら、多数の星々が生まれ、煌めき、そして消えていく。人間の一生など、この宇宙のいとなみの中では取るにたらない短さである。それでも、我々は、一所懸命に生きていかなければならない。それが、使命であるかのように。果たして、一人の人間の生きている価値は、どれほどの物なのだろうか?
22XX年、宇宙戦艦ヤマトは、銀河の星々の間をひたはしっていた。
太陽系は、星間戦争の流れ弾のため、危機に瀕していた。母なる太陽は大きく形をゆがめ、その命が尽きるのは、だれの目にもはっきりわかるようになっていた。
宇宙戦艦ヤマトは、第二の地球探索の使命を受け、幾十もの星々を調査し続けていた。そして、惑星ファンタムでシャルバート星のルダ王女を助けて以来、星間戦争の大きなうねりの中にのみ込まれていく......。
「あのォ、艦長は、休暇の時は何しているんですか?」
竜介は、自分の動揺を悟られまいと、突然ユキに質問をした。
「えっ?」
「すみません。ちょっと、想像できなくて」
「うふふふ、そうねー......」
ユキが楽しそうに考えている姿は、さっきの笑みに優るとも劣らず美しかった。竜介は、質問の選択を過ったと思った。余計にドキドキして、顔が赤くなっていくのが自覚できた。竜介は、自分の顔を見られまいと少し後ろに下がって歩いた。
「そうねー。一日中本を読んでいたり、海をみていたり。私も最初は驚いたわ。初めての航海のときは、結構、けんかっぱやい人だったから」
「けんかっぱやい......」
竜介も最初はそう思った。乗艦そうそう、ユキのことで殴合いする羽目になったからだ。しかし、毎日艦長室に紅茶を届けていると、その印象は変わった。艦長室の進は、とても穏やかに、そして、さり気なく気を使ってくれる、兄のようだった。といっても、一人っ子の竜介は、『兄』などいないので、もし兄がいたらこんな風なのかなと思い込んでいただけなのだが。
「そうよ、よく島君とけんかしてたわね。沖田艦長からもよく怒られていたし」
ユキは昔を思い出しているのだろうか、くすっと一人笑いをした。
そんなユキの横顔を竜介は、気付かれないように見つめていた。
トゥルルールーン。
食堂の入り口のドアが開いた。食事の時間のピークのせいか、乗組員が大勢集まっていた。
竜介は、同期の何人かに声をかけられ、答えている間に、ユキと離れてしまった。
調理室の部下に話し掛けているユキを横目で見つつ、竜介は、ひときわ大きな声をかけてきた一団の方へ向かった。
(3)
「おい、土門。こっちだぞ」
いつも、大声の坂東平次は、竜介を見るなり、立ち上がり、大きく手を振って呼んだ。隅の方に陣取っているのに、声が大きいのでよく目立つ。平次は、宇宙戦士訓練学校の同期である。大柄だが、周りの人間に気を使い過ぎる程使うので、食事の食べっぷりを見ていると、今どういう状態にあるのかよくわかる男だ。ふだんは、人一倍食べる男なのに、悩みごとがあると、食べ物がのどを通らないのである。
同期の友たちの食事に関心を持つようになった自分は、やっぱり、生活班向きかなと竜介は思う。以前は、事あるごとに、生活班に回されたことをぐじぐじ悩んでいたのに。そのうえ 竜介は、ヤマト発進前に、両親を事故で失ったのだが、今のところ寂しさを感じることは少なかった。突然のヤマト乗り込みは、あまりにも忙しい毎日を連れてきた。深く考える時間がなかったし、毎日の任務を果たすのに精一杯だった。それでも、失敗してめげている時の友たちからの声かけは、とてもありがたかった。そう、周りには、仲間がいつもたくさんいた。 そして、いろいろ慰め、気持ちを分かちあえたのが、同じように突然ヤマトに配属された平次等、同期の友であった。
「お姫様と同伴かい?艦長に見られたら、嫉妬されるかもよ」
いつも冗談ばかり言っている仁科春夫が、声をかける。
「違うよ。艦長に言われたんだ。二人で先に食事をしてこいって」
「まあまあ、あんまりむきにならないの。それにしちゃー、今日のお姫様は、ごきげんだったぜ」
春夫の言葉で、ユキの機嫌のよさは、皆一目瞭然なのだなと竜介は思った。
「ああ、ちょっと......」
竜介が、しゃべり出した時、平次のかたわらにある写真に目が止まった。
「その写真は?」
竜介が言うと、平次は、写真を取り上げ、竜介に差し出した。
「ああ、これか?工作室に落ちてたんだよ。きっと、真田副長のだと思うんだけど」
竜介は写真を受け取るのを、一瞬躊躇した。人の写真を見る趣味はなかったが、周りの目が、竜介の意見を期待していることがわかったからだ。しかし、竜介は、ちらっと見ただけで、この写真は見てはいけなかった物だと直感した。
「勝手に見ちゃぁ、まずいんじゃないの?」
と、正論を言うが、皆がこの写真を見た理由もわからなくもなかった。
「さっきさあ、みんなで話していたんだけど、この女の子ユキさんじゃないよなあ」
美しい少女が二人の男と強引に腕組みをして、満面の笑顔を浮かべている。その少女の笑顔と違い、両サイドの男達は、少し困ったような顔をしている。少女と男達の表情の違いに、この写真が、どういうシチュエーションで写されたものか、竜介には皆目見当もつかなかった。が、少女の笑みは、さっき間近で見たユキの笑み同様に翳りのないものだった。確かにユキに似ているが、長く透き通るような金髪の髪、まだ、幼さが残る顔立から、少なくとも今のユキより2、3若い少女である。しかし、両サイドの男----片方は、ヤマトの副長である真田志郎と、もう一人----をみるとどうしてもそんな年数がたっているとは思えなかった。
「やっぱ、ユキさん以外にも可愛い子乗ってたんだなあ」
「しっかし、艦長と副長、ほんと情けない顔だなー」
赤城大六が竜介の手にある写真を覗き込みながら、つぶやいた。大六が言うように、もう一人の人物は、
進であった。
竜介は、進がユキ以外の女性とこんな顔をして写真に写っていることが信じれなかった。多分、それは、他の者も同じであっただろう。一人の少女に男二人が動揺している姿は、今の二人を知っている者からは、ちょっと想像できないものだった。
そして、写真の少女は、地球でもなかなか見ることのできない美しさがあった。 少女の笑顔は、一度見たら忘れられない程、心に焼き付くような美しさがあった。
「この子さア、地球で流行ってるアイドルの女の子よりきれいだぜ」
ふだん食堂では、新米であるが故に静かに食事し、しゃべる時でも、声を落としていたが、気付かぬうちに声が大きくなっていた。
「おい、何騒いでいるんだよ。......んっ、澪?」
竜介達が気付かぬうち、すぐ後ろに南部康夫と太田健二郎が食器を持って、立っていた。康夫がちらっと見えた写真を見て、少女の名を思わず口に出してしまった。
「へー、彼女、澪って言うんですか。」
平次は、少女の名をきいて、少しほっとした。見てはいけないものだったのかなと、人に見せてから後悔していたからである。康夫と健二郎は、顔を見合わせていた。しかし、二人の様子から、この写真の存在はそんな奇異なものではないことが分かった。竜介はさらに、この少女の事が知りたくなった。
「この人はヤマトに乗っていたんですか?」
「ああ、艦長の姪ッ子なんだけどね。それにしても、この写真、どうしたんだ」
健二郎が答えている途中、康夫はそれ以上は言うなとばかり、健二郎をこづいた。しかし、竜介は、その少女が進の姪であることを聞くともう二人の姿から目が離れてしまった。平次が康夫と健二郎に、写真の事を説明している間、竜介は、写真の少女をもう一度じっくり見た。ちょうど、その時、食堂のドアが開き、一人の人物が入ってきた。
一瞬、食器を片付けている者、食事を食べている者、その部屋にいる者総ての気が、その人物に注がれた。もちろん、竜介達もその瞬間、その人物----艦長である進----が食堂に来たことを知った。ほんの瞬間の出来事だが、この艦の責任者が、彼であるのは、明白であった。
(4)
進は、艦長室で森ユキから提出されたファイルを一読し、追加項目を作り、書き足した。ペンをおいて、スキャナーの中に一枚一枚、再度確認しながら書類をいれていった。最後の書類を入れながら、流れていく紙が手許から離れていくように意識も離れていった。
もしかしたら.....そう、もしかしたら、この惑星が第二の地球になることができるのなら.....。しかし、甘い考えに浸っている時間はない。すぐにまた集中して、机の端に並ぶキーをリズミカルに打った。進は、もう何度もした動作を今日も繰り返した。
「すまない、今送った書類を、急いで各担当にまわしてくれ」
そして、マイクに向かって言い終わると目を閉じ、天井を仰いだ。今、目をあければ、窓の向こうに満点の星々が見えるだろう。自分は、あの星々を自由に旅する日がくるのだろうか。自由に...。
「ふー」
自分の大きなため息を聞き、進はユキたちに言ったことを思い出した。
「自由か......」
イスから立ち上がり進は部屋を後にした。
食堂に着けば、部下達が声をかけてくる。そして答える。自分流のやり方が一番良い方法なのかわからない。しかし、自分は一人ではないととても強く感じる。沖田からの最後の言葉の意味が今ならば.....。
「おい、次の探査計画まとまったか」
進の背後から島大介の聞きなれた声がきこえた。進が少し振り向くと大介は食べ終えた食器を片方の手に持ち、もう片方の手で、進の顔に向かって、ゆっくり振りかざした。
パシッ
進が右手で大介のこぶしを受け止めた。
「さすが、(訓練学校の)元チャンピオン。まだ、にぶってないね」
少年宇宙戦士訓練学校時代から、何度、大介と殴り合ったのだろうか。進は、いつの頃からか、大介と殴り合いのけんかをしていないことに気付いた。
「不意打ちは、ずるい奴がすることじゃないのかい」
以前、大介が言ったことを進は言い返した。
「お前とは、このぐらいのハンデは必要だよ。お前が本気を出したら、俺なんか、足下にもおよばないよ。それより、計画表は?」
「ああ、さっき、各関係セクションに送っておいた。お前のところにも届いてると思うよ」
「了解。じゃ、な」
「ああ」
大介はわざと話を手短かにし、進から離れた。ユキが近付いてきたのに気付いたのだ。大介は、食器を片付け、食堂をあとにした。しかし、せっかくの大介の好意がかえって裏目に出てしまった。大介と進の会話が終わったと見るや、竜介が、写真をもって近付いてきたのだ。
竜介は、平次の持っていた写真にうつっている少女に心を奪われていた。太田健二郎達が、言っていた進の姪---澪---に。彼女の笑顔はさっき間近で見たユキの笑顔に通じるところがあったかもしれない。少女の笑顔の秘密を竜介は、知りたくなった。
(5)
「艦長ー!艦長ー!」
竜介は、大介が去った後、すぐに進に声をかけた。
「艦長ぉ」
竜介は、テーブルについて食事をしている何人かの乗組員をかき分け、進のいるカウンターに近づいていった。
「なんだ、大きな声を出して。何かあったのか?」
竜介の大きな声に、進は少し不快感を感じていた。あまり、食事のマナーは、こだわる方ではなかったが、竜介の声の大きさと動作は少し度が外れているように思われたからだ。
「いいえ、そんなに重大なことじゃないんですけど、艦長にお聞きしたいことがあって」
「ならば、あまり大声を出すな。それに、食事している人の側を通る時は......」
進と竜介のやり取りを見ていたユキはくすっと笑った。進の竜介に対する期待感を、竜介が乗艦した時からユキは知っていたが、沖田が進を目をかけていた姿と違い、二人の姿はまるで、兄弟のようであった。ふだんは、くどくど言わないのに、相手が竜介だと、ついつい口に出してしまうと進が言っていたのをユキは思い出し、つい笑ってしまった。
「すみません。いまの行動は少し軽卒でした。あの......」
竜介は、進のかたわらにユキががいるのが少し気になったが、なによりも、写真の少女の事の方が重大であった。自分に言い聞かせるように竜介は、右手に掴んでいる写真に目をやった。そして、再び進の目を見た。
「あの、この写真の女性が、艦長の姪にあたる方だときいたのですが」
瞬間、進は何を言われているのか、わからなかった。そして、ユキも。
竜介は、なるべく進だけ見えるように、進の目の前に写真を差し出した。進は一瞬、伏せ目をしたようにもみえた。したとしても、それはほんの一瞬であっただろう。しかし、ユキは進が竜介の言葉に反応した姿を見つめていた。そして、ちらっと見えた写真から進の姪であったサーシャの事を竜介が言っているのに、気付いた。
「どうしたんだ。この写真は」
竜介の差し出した写真を受け取ると、進は、他の人から見えないように写真を丸めてしまった。
「すみません。私が、工作室で拾ったんです」
竜介の行動を一通り見ていた平次は、竜介の後ろから、申し訳なさそうにしゃべりだした。しかし、進の視線を感じると、少し下をむいた。少し、後ろから見ていたせいか、平次もまた、一瞬、進の様子が変わったのを感じていたからである。
「すみません。多分真田副長が落とされたんだと思います」
「そう」
進は、平次にそう言われると、写真を握っている手に力を入れた。
「私から、真田副長に返しておくよ」
進は、そう言うと、写真をズボンのポケットにしまってしまった。必要以上に、反省している平次に、進は、優しい目をむけた。
「す、すみません」
平次は、深々と頭を下げた。
進は、その頭をぽんと軽き叩く。そして、竜介の方を見ると、小さい声でぽつりと言った。
「澪は、澪は、死んだんだ。前の戦いでね.....」
「!」
竜介は思わぬ答えがかえってきたので、何も答えることができなかった。なぜ、進が一瞬、寂しそうな顔になったのか、少しだけわかったような気がした。しかし、それは、理由の中のほんのひとかけらであることを竜介は後で知ることになるのである。
(6)
進は、何も知らない竜介に、澪の話をしたことを少し後悔した。ユキに対してさえも、澪--サーシャ--のことをたいして話していない。自分自身触れたくない部分のせいかもしれない。とにかく、進は口に出したことを後悔した。
写真の存在を手に感じながら、進は、竜介に何かを話し掛けようとした。とにかく、話題をそらしたかった。
ヴィーィ、ヴィーィ、ヴィーィ、ヴィーィ......
その時、突然、非常事態が起こったことを知らせるランプが光り、艦内に非常事態が起こったことを知らせる音が響き渡った。進は、すぐに、一番近くのインターフォンに駆け寄り、艦内の管理セクションに連絡をいれた。
「古代だ。どうしたんだ」
音声による指示が出なかったことに、不満があるがそんなことを言っている場合ではない。
「工作室で、事故がありました。けが人がいたため、医務室の方に連絡をとっていて、遅くなりましたが、火災等は起きていません」
そんなに大きな事故らしくないので、少し安心をしたが、すぐに進は次の指示を出した。
「けが人の様子は?」
「けが人がいたという知らせしか今現在わかっておりません。今から、調べます」
管理セクションの者がその程度の情報しか持っていないことから、進は、事故発生から、そんなにたっていない状態であるらしいと仮定して、周りにいる者達に命令を出していった。
「工作班の者は、ただちに工作室に行って、事故後の処理を手伝え。ユキは医務室に。土門、食事を後で艦長室の方に運んでくれ」
竜介に言っている最中、再び、インターフォンから、音声が流れた。周りの該当者は、足早に移動し、そうでない者も、進の次の指示を静かに待っていた。
「艦長、わかりました。真田副長が怪我をされたそうです。真田副長が工作機械を操作中、誤操作をして、事故になったようです」
「怪我の様子は?」
進は、副長の真田志郎の名が出てきたことに驚いた。その分、進は、強い語調になった。
「詳しくはわかりません。少し待って下さい...。意識はあったそうです」
通信相手は、かなり短い間、情報を集め、また、集めながら、進に状況を伝えていた。
「わかった。ありがとう。私も、医務室の方に行くことにする。工場内の様子は、おって、連絡してくれ」
進はインターフォンを切ると、
「他の者は、次の連絡があるまで、通常のまま待機するように」
食堂にいる者に短く言うと、急いで、医務室に向かった。
『真田さん......』
進は、兄と同じ年である志郎を精神的に、かなりたよりにしていた。自分が揺らいでいる時、いつも、後ろから支えてくれたのは、志郎であった。
『軽い怪我であってくれ』
進は、そう、祈らざるをえなかった。
(7)
進が医務室に着く頃になると、だんだん、事故の内容が明らかになっていった。
志郎が工作機械の操作中、過った操作をして、自分のからだの上に 釣り上げていたものを落としまったらしい。幸い、上半身は避けることができたが、下肢の部分は、もろに受けてしまった。そして通常、他の者だったらば、足を切断しなければならない大怪我になっていた。しかし、志郎の両足は、もともと、義足である。義足が潰れただけで済み、予備のパーツに取り替えただけで済んだ。
進が志郎にあった時は、すでに、足のパーツの取り替えが済んでおり、いつものとおりの志郎であった。
「済まないな。心配をかけて」
あまりにも、けろっとしている志郎に進は少しいらだった。
「あまり、心配させないで下さい」
珍しく感情的な進を目にして志郎は、自分のことを心配してくれる青年に心からわびた。
「すまん......」
「まあ、そういうことだから、艦長、大目にみてやって......」
すでに一杯やっている佐渡酒造言葉をさえぎり、進は一段とガンとした態度で言葉を発した。
「真田さんには、一日自室で謹慎してもらいます」
「おいおい、次の探査はどうするんだ?」
かたわらで、ことのなり往きを見守っていた島大介は、志郎に懲罰を言い渡した進に在り来たりな疑問を投げかけた。
「かわりに、私がでます。真田さんは、とにかく、今日一日、自室からでないように。私の命令です」
きぜんとした態度の進に、真田は、なんとか、その状態を避けたいと思った。艦長の進には、なるべく危険な役割を避けてもらいたい。
「今度の探査は、規模がおおきいんだ。他のやつには任せてはおけない」
志郎は、あまりいい理由ではないが、とりあえず実状を訴えた。
「真田さん、それでは、いつまでたっても新人達が一人立ちしませんよ。今回は、重要な探査ですが、幸いこの空間は、ボラーやガルマンの勢力下ではないし、今のところ危険な星でもなさそうだし。多少の失敗はつきものです。確かに彼等は、出航時は、訓練中の半人前でした。でも、そろそろ彼等も一人前に仕事をこなせるようになってきています」
「わかったよ、艦長」
進の発言が、行き当たりばったりなものではないと理解した志郎は、進の言葉に従うことにした。
『いつの間にか、いつの間にか、きちんと一人で考えを』
志郎は、はじめてあった頃の進を思い出した。そして、沖田十三に見い出された少年は、見事に、一人前の青年艦長となった。十近くも年上である自分ですら、悩みがこんなにあるのに!
志郎は、進の卓越した能力---自分にはないもの---に目を奪われていたのかもしれない。
(8)
志郎は一人自室で、ベットに腰をおろし、部屋の片隅の『物』を静かに見つめていた。部屋は暗く、その上、白い布がかぶさっていたので、そのものは見えない。
コン、コン。
ドアのノックの音がした。志郎は、ドアの開くボタンを押した。
志郎は、ドアの向こうの明るい廊下に、一人の青年が立っているのを見た。
「どうしたんだ、艦長。こんな時に」
志郎は、進がこの忙しい時、なぜ、自分の部屋にやってきたか理解できなかった。
「これを渡すのを忘れていました」
進は、ポケットから一枚の写真を差し出した。
「もしかして、今日の事故はこれが原因じゃないかと思って」
薄暗い部屋のせいか、志郎は、最初それが何が写っているのかも判らなかった。進が近づいてきて、その写真を近くまで持ってきてくれたおかげで、志郎は気付いた。
まん中には、満面の笑顔の少女が写っている。大事な娘。そう、わが子のように育てた大事な。そして、その少女が一番嬉しそうな顔をしていた『あの日』の写真。
志郎は写真を受け取ると、すぐ近くに立っている進を見上げた。
そして、朝から写真をなくして、一日中頭の中が、写真一色だったことを自覚した。
進が言うとおり、志郎のミスは、この写真が原因だった。
「どこで?」
志郎は、その写真をなぜ進が持っているのか、不思議に思った。自室でなくしたものだとずっと思っていたからだ。
「坂東たちが、工作室で拾ったと言っていました。『あの日』の写真ですね。」
たぶん、ファイルか何かに紛れ込んで、工作室で落としたのだろう。物の管理に自信のあった志郎は、自分を過信し過ぎたことを悔やんだ。この写真が他人の目に触れたことも含めて。
志郎は進に何も語らなかった。語れなかったというべきなのかもしれない。何を話したらいいのか迷い、いろいろな言葉をのみ込んでしまった。それは、進も同じであった。二人はそれぞれ『あの日』を思い出していたのかもしれない。
「この写真、お前が持っていてくれないか?」
志郎が先に沈黙を破った。
「お前に持っていて欲しいんだ。いまは」
志郎は、立ち上がり、進の手に写真を握らせた。これは、お前が持っているべきだ...その動作は、そんな意志が感じられた。
「それでは、僕が預かります。いまは。......探査の方ですが、いつもより人数が多いですが、主だったところを彼等に任せます」
許可を求めるような進の言葉を聞いて、志郎は、少しにっこりした。
「そう、あいつらには、いい経験だ」
志郎の言葉を聞くと、進は写真を元の位置におさめ、部屋を出ていった。志郎は、何か言わなくてはならないような気がした。しかし、進には時間がないことを知っている志郎は、何も言い出すことができなかった。
ドアが開いた瞬間のまぶしさが、志郎の脳裏に残った。光に吸い込まれていくように消えた進の後ろ姿とともに。
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