第48章  戦友たちの再会


 パワーと合流した事で敵を追い返したアークエンジェルは、地上に降りて応急修理を施す事になった。とにかく飛べるようにしてマドラスまでたどり着き、そこで本格的な修理を受ける必要があるのだ。何しろ1ヶ月以上も本格的な整備を受けておらず、艦のあちこちにガタが来ている。よく漫画なんかでは平気で長期間動き続ける戦艦が出てくるが、現実問題として艦艇というものはこまめにドッグ入りしないとすぐに故障するものなのだ。艦そのものが痛む事で戦闘力ががた落ちする事になる。
 マリューはナタルとフラガを伴ってアークエンジェルの修理を手伝ってくれているロディガンの元を訪れた。ロディガンは相変わらず作業着姿で指揮を執っている。

「ロディガン大尉」
「ああ、ラミアス少佐、それにフラガ少佐と……」

 ナタルを知らないロディガンは視線でナタルに問いかけた。ロディガンと視線のあったナタルは姿勢を正し、敬礼をする。

「アークエンジェル副長、ナタル・バジルール中尉であります」
「……バジルール。では君がバジルール中佐の妹さんかな?」
「兄をご存知で?」
「勿論だとも。バジルール中佐とは幾度もともに戦った戦友だ」

 にこやかな笑みとともに兄との共闘の過去を語るロディガン。歴戦の士官らしく、その顔には実績に裏打ちされた自信が見て取れる。ナタルが兄の健在を知らせれてほっと安堵の息を漏らしていると、パワーの士官が駆け寄ってきてロディガンにボードを差し出してきた。それを受け取ったロディガンはざっと目を通し、顔を上げてマリューを見た。

「ふむ、これなら2時間もあれば飛べるようになると思います。装甲や武装の補修はここでは無理ですので諦めてください」
「いえ、飛べるなら、それで充分です」

 マリューは僅かに顔を赤くしながらロディガンに答えた。それを見てフラガが複雑な顔になる。もしかして、マリューはこういうのがタイプなのだろうか。

 同じ頃、アークエンジェルの格納庫では損傷したフレイのデュエルを回収してくれたストライクのパイロットがキラたちの元を訪れていた。いや、正確にはキースに会いに来たのだ。格納庫では脱出していたキースが軍医の手当てを受けているが、幸い数箇所に打撲がある以外は大した怪我も無いようだ。だが彼のスカイグラスパーは完全破壊している為、回収は出来なかった。幾度も撃墜された経験を持つキースにしてみればまた落とされたかとしか思わないが、大事にしていたスカイグラスパーを失ったのは些か気にしていた。


 やってきたのは筋骨隆々の逞しすぎる身体を持つ40代半ばの男性で、くすんだ金髪を短く刈り込んでいる。このストライクのパイロット、アルフレット・リンクス少佐を見てキースは驚きの声を上げた。

「リ、リンクス隊長!?」
「よう、久しぶりだな。アンデッド・キース」
「それ止めてくださいよ!」

 キースが物凄く嫌そうな顔でアルフレットに懇願する。だが、アルフレットは楽しそうに笑うだけで止める気はなさそうだった。意味の分からないキラがアルフレットに問いかける。

「あの、アンデッド・キースって何なんですか。前にフラガ少佐も言ってましたが?」
「うん? お前は?」
「あっと、キラ・ヤマト少尉です」
「そうか、俺はアルフレット・リンクス少佐だ。よろしくなヤマト少尉」

 そう自己紹介して右手を差し出してくるアルフレットに、キラは目を丸くして戸惑っていた。だがアルフレットはキラの様子などお構い無しに右手を取って握手すると、面白そうな顔で再びキースを見た。

「そうだな、お前さんたちは知らないかもな」

 アルフレットは笑いを納めるとキースを右手の親指で指差し、事情を話してくれた。

「こいつなあ、どんな戦場からでも生きて帰ってきたんだよ。それどころか撃墜されたら終わりのはずのMAパイロットの癖に、2回も撃墜されて2回とも生還するなんて奇跡まで起こしてやがる。そんな事が続くうちにMA乗り仲間からこいつに送られた名前が、死神に見放された男、『アンデッド・キース』だ」
「あれ、キースさんは『エメラルドの死神』じゃあないんですか?」

 トールが不思議そうに疑問をぶつけると、アルフレットは肩を竦めて答えてくれた。

「そっちはザフトがキースに付けた異名だよ。こっちはアーマー乗りが付けた異名さ。まあ、エメラルドの死神の方が通りはいいかな」
「なるほど、それでフラガ少佐はアンデッド・キースって呼んで、ザフトの人たちや地上の友軍はエメラルドの死神って呼ぶんですね」

 納得してキラは頷いた。思えば砂漠でもバルトフェルドはキースの事をエメラルドの死神と呼んでいた。あれがザフトの付けた呼び名なら、彼らがそれを使うのは当然だ。そして、キースはどうやらアンデッド・キースという呼び名が嫌いであるらしく、アルフレットに必死に懇願している姿は滑稽でさえある。
 しかし、ここまで低姿勢なキースは珍しいと言うか、初めてなのではないだろうか。流石に不思議に思ったフレイがキースに問いかけた。

「あの、何でそんなに嫌がるんです?」
「ちょっと、苦い思い出があってな」
「ああ、あの事か」

 アルフレットがまたにやり笑いを浮かべた。

「実はなあ、こいつの不死身っぷりが伝わってくるとなあ、それにあやかろうって奴が出始めたんだよ」
「はあ?」
「何しろまともに生きて帰って来れない状況だったからなあ。気休めでも迷信でも良いって奴は一杯いたのさ。おかげでキースの私物が徹底的に狙われてな。気が付いたらキースは身包み剥がされていたってわけだ」
「そ、それは・・・・・・・・・」

 聞いててキラは何となく同情混じりの視線をキースに向けた。キースはというと、こちらは当時の状況でも思い出したのか心底うんざりしたような顔をしている。
 そして、キラ以外の聞いていた者たちはというと、身包み剥がされたキースの姿を想像してしまい、一斉に笑い出していた。なんともまあ薄情な連中である。

「で、ご利益はあったんですか?」
「どうなのかねえ。気休めくらいにはなったと思うんだが」

 アルフレットが昔を思い出しながらその時の事を語ってくれたが、それはとても笑い話に出来るような内容ではなかった。アルフレットとキースがいた第6艦隊はヤキン・ドゥーエ戦で壊滅し、キースの私物を持っていった戦友の多くも戦死してしまったというのだから。ただ、他部隊より僅かに生存率は高かったらしく、その意味ではご利益はあったのかもしれないとアルフレットは言った。
 だが、それはキラたちに衝撃を与えた。僅かな生還率を求めて迷信にさえ縋った連合MA乗りたち。だが、その生還率は僅か30%でしかなかったという。もはや部隊としての形さえ維持してはいない。それほどの消耗戦が平然と行われていたのだと言われては、顔色を無くすのも無理は無い。
 キラは前にキースが言っていた、先輩も同僚も部下もみんな死んでしまったという話を思い出した。あれは誇張などではなかった。紛れも無い真実だったのだ。そんな中で敵機を落とし続け、「エメラルドの死神」「エンディミオンの鷹」などと呼ばれるに至ったキースやフラガがどれほど凄いパイロットだったのか、今更ながらにキラは知る事になったのだ。
 
 だが、キラたちの興味とは裏腹にこの話題を続けられたくないらしいキースは話題の転換を図った。

「しっかし、なんで隊長がこんな所でMSに乗ってるんです?」
「ああ、俺はなあ、グリマルディ戦線が出来た頃に月から地球に降ろされてな。暫くこっちで戦闘機に乗ってたんだ。それで、1月位前にMS部隊が編成されるって事になってな。俺がその初代隊長に任命されたってわけだ」
「なるほど。で、あのストライクはなんなんです? うちにもストライクはありますが、空を飛んだりはしませんよ」

 キースが指差す先には、アルフレットが乗っていたストライクがあった。このストライクはふざけた事に空をディンみたいに飛び、次々に敵機を叩き落して回ったのだ。

「ああ、こいつはストライクシリーズの最新型だよ。B型、D型と来て、とうとうG型が出来ちまった。用意されたストライカーパックも増えててな。最初の3種類に加えて空戦パック、長距離侵攻パック、水中戦パックなんかが出来た。まあ、役に立つって言うより、とにかく作ってみてテストしたいって事だろうな。使ってみたが碌な物じゃなかった」
「G型? Gシリーズはイージス以外は一応D型が作られたとは聞いていましたが、更に改良したのですか?」

 キースの疑問に、アルフレットは苦笑を浮かべて首を横に振った。

「いや、こいつは量産型じゃなくて、テストベッドって奴だ。5機のGを更に発展させたMSに使われる装備をあれこれ付けられた試験機だな。D型とは比較できない性能向上振りだぜ。でもまあ、おかげで使い難くなっちまったがな」

 やれやれと肩を竦めるアルフレット。どうやらこのG型はMSに慣れた者でないと上手く動かせないようだ。
 だが、アルフレットの苦労話よりも、もっと気になる内容が含まれている。そう、Gの発展型が存在するというのだ。

「なんです、その発展型って言うのは?」
「ん? ああ、その事か。ストライク、バスター、ブリッツ、イージスの特性を更に押し進めたMSなんだがな。俺も詳しくは知らねえんだが、かなり出鱈目な性能を持ってるらしい。そのうちの1つがほれ、あいつだ」

 アルフレットが指差したのは、青みがかった緑色のMSだった。両肩に大砲を背負う重MSである。足元には不機嫌そうな顔のパイロットがヘルメットを手に装甲にもたれかかって立っている。

「GAT−X131カラミティだ。バスターの発展型で、性能はさっき見た通り。火力は反則だな」
「でもあの機体、装甲の色が落ちてませんね。そういえばこのストライクも。フェイズシフト装甲じゃないんですか?」

 トールの問い掛けは当然だったろう。フェイズシフト装甲は起動していないと色が落ちるはずなのだ。なのに両機はともに色が落ちていない。

「ああ、そいつらは新型のトランスフェイズ装甲を採用してるからな。しかしまあ、こいつがなかなかに信用できねえ代物でな」
「どういう事です?」
「フェイズシフト装甲の改良型っていえば聞こえはいいが、直撃弾を感知して瞬間的にフェイズシフトを展開できる2次装甲を組み込んであるだけなんだよ。しかもこの直撃弾を感知してってのが不安でね。もし反応が遅れたら貫通されるって事なんだぜ」
「少佐は、トランスフェイズ装甲を信用していないって事ですか?」

 トールの問いに、アルフレットは当たり前だと言いたげに頷いた。

「戦車にも反応装甲なんかがあるが、これだって確実に動作するってわけじゃねえ。もし作動しなければそれが命取りになるんだ。しかも着弾の衝撃がセンサーを狂わせる事は多い。そんな装甲に命を預けたくはねえよ」

 アルフレットは最新技術をまったく信用していないらしい。キラたちにしてみれば新しい物は良い物だ、という考えがあるため、アルフレットの考え方は時代遅れのものに映る。しかし、実戦経験豊富なキースはアルフレットに頷いた。

「そうですね。常に展開していられるフェイズシフトの方が安心できます。もしくは素直に装甲を強化してくれれば良いんですが」
「まあ、試作品っていう事だし、仕方ねえとは思うんだがな。前に一度だけトランスフェイズ装甲が反応しなくて危うく貫通されかけたことがあったんだ」

 恐ろしい事をサラリと言うアルフレットに、キラたちは驚愕を浮かべた。まさか、本当に誤動作したというのか。

「軍事兵器なのに、そんな事でいいんですか?」
「まあ、新兵器なんてそんな物さ。ベテランほど実績の無い新型機を嫌がるもんだが、その理由はそこら辺にあるのさ。誰だってモルモットで死にたくはねえだろ?」

 アルフレットの答えにキラは自分のストライクを見た。これも試作品だが、これまで大きな故障も無く来る事が出来た。それが遂に今日壊れたわけだが、アルフレットの話しを聞いた後では流石に薄ら寒くなってしまう。もしも、戦闘中に故障していたら、その時は間違いなく死んでいただろう。
 アルフレットは考え込んでいるキラの肩を少し強めに叩いた。大きな手に肩を叩かれてキラが僅かに顔を顰める。

「はっはっは、そう深刻になるな。どうせ整備状態が良くても死ぬ時は死ぬんだ」
「……フォローになってませんよ?」
「最後に物を言うのは運と腕だからな。俺やキース、フラガなんかはこれまで何とか生きてきたわけだが、それだって何時までもつやら」

 アルフレットが人の悪い笑みを顔に貼り付けて言うと、キラやフレイ、トールの顔が面白いように不安げな色を浮かべる。それを見てキースが困った顔でアルフレットを嗜めた。

「隊長、あんまりこいつらを苛めないでやってください」
「だが、こいつは知っておいた方がいいことだぞ」
「そいつは分かりますがね」

 キースは不安げな3人を見ると、やれやれと軽く肩を竦めた。

「そんなに心配するな。お前たちを死なせはせんよ」
「でも・・・・・・」

 キースは不安そうなトールの頭を軽く小突いた。

「大丈夫だ、お前たちを死なせない為に、俺やフラガ少佐がいる」

 キースの言葉にアルフレットも頷いた。新兵を死なせない為にベテランがいるのだ。もっとも、キラやフレイは単純な正面対決でなら既にキースより強いので、逆に守られる可能性のほうが高いのだが。
 
 そこで話していると、ようやくマリューたちが戻ってきた。その中にフラガを見つけたアルフレットが面白そうな顔で声をかけた。

「よお、久しぶりだな」
「え、な、隊長!?」

 フラガはアルフレットに声をかけられて飛び上がらんばかりに驚いていた。何でこんな所にこの人がいるんだ。
 その反応を見たアルフレットは視線に険を交えてフラガを見た。

「おいおい、何だその反応は?」
「い、いえ、なんでもないですよ、はははははははは」

 物凄く怪しい笑い方で誤魔化そうとするフラガ。だが、アルフレットはそれで誤魔化されてくれるほど優しくも寛大でもなかった。

「いい度胸だな。久しぶりに俺の特訓を受けたいのか?」
「そ、それだけは勘弁してください!」

 泣き出さんばかりに情けない声で許しを請うフラガの姿に、マリューやナタル、キラ、トール、フレイは目を丸くして驚いていた。なんというか、見てはいけない物を見ているような気にさせられる。

「しかしまあ、相変わらず『レディキラー』のフラガは健在みたいだな。美人を2人も連れてるじゃねえか」
「た、隊長、それは秘密にぃ!」

 アルフレットの出した呼び名にフラガが顔色を失った。顔に疑問符を浮かべている子供たちとは対照的にマリューはなんだか機嫌が直角に曲がろうとしている様で、目じりに険が見て取れる。

「あらぁ、何をそんなに慌ててらっしゃるんですか、フラガ少佐?」
「ラ、ラミアス艦長。これは、そのぉ・・・・・・」
「リンクス少佐、そのお話、もう少し詳しく聞かせていただけるでしょうか?」

 何やら怒気を内包するマリューの求めに、リンクスはチラリとフラガを見た。かつての部下であった『エンディミオンの鷹』は、なにやら必死さの漂う目で自分に助けを請うている。だが、マリューはといえば、こちらはまるで自分を視線だけで殺せそうなほどに禍々しい殺気を放っているではないか。
 しばし頭の中で戦友への義務感と現状からの脱出を天秤にかけてしまう。そして出した答えは、ごく普通のものであった。

「じつはだなあ、レディキラーというのはフラガに付けられた異名で・・・・・・」
「隊長、ともに戦った戦友を売るんですか!?」
「フラガ、俺たちは生きなくちゃならねえんだ。そのためには常に最小の犠牲で危険な状況を潜り抜けていく。それがプロってものだろう?」
「かっこいい事言って自分のやってる事を取り繕わないで下さい!」
「……まあ、ここで死ぬと女房にあの世でまで文句言われそうなんでな。悪いが犠牲になってくれ」

 はっはっはと笑ってアルフレットは『レディキラー』の事を話し始めた。

「レディキラーってのはフラガの手の早さを揶揄ったあだ名だよ。まあ月基地じゃあ結構有名だったんだがな」
「へぇ、それで、何人くらいに手を出してたんです?」
「え、ええと、何人だったかなあ、キース?」
「うおっ?」

 まさかいきなり自分に話が振られるとは思っていなかったキースは焦った声を上げた。そしてマリューがギロリという感じで自分に視線を向ける。その途端に心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖を感じてしまった。その目がはっきりとこう言っている。

「命が惜しかったらとっとと吐きなさい」

 と。
 キースは死ぬと分かっていてドラゴンに挑む物語の冒険者でもなければ、苦痛に快感を感じるマゾヒストでもなかったので、すぐにマリューの圧力に屈服した。

「ええと、俺の知る限りでは30人くらいでしょうか」
「キ、キース、ちょっと待てえ!」
「ええと、ブリジッタにレイチェル、イリヤにドロレス、フィリア……」
「止めてくれえええええ!」

 フラガの悲痛な叫びが木霊するがもう遅い。マリューが引き攣った笑顔でフラガの方を見る。丁度フラガの後方、視線の直線上にいたキラが身体をビクリと震わせ、なにやら脂汗を滝のように流しながらガタガタ震えている。まるで蛇に睨まれたかえるのようだ。
 そしてフラガはというと、声も出せなくなってアウアウと喘ぎ声を漏らしている。そんなフラガにマリューは見た目笑顔で、だが決して笑っていない、まるで噴火直前の活火山のような印象を与える表情で穏やかに問いかけた。

「少佐?」
「ひゃ、ひゃい!」
「私もそういった女性たちの中に加えるおつもりだったのかしら?」
「い、いや、そんな事は……」

 無いと続けようとしたのだが、マリューの視線がにわかに険しさを増したのを見て、いよいよ言い訳すらも封じられてしまった。ちなみにその背後ではキラが痙攣を起こしだしている。

「残念ですわ、少佐」

 それだけ告げると、マリューはフラガに一瞥もくれる事はなく、ツカツカと足音も高くアークエンジェルの方に行ってしまった。それを呆然と見送ったフラガは訳が分からずナタルを見たが、ナタルもなにやら軽蔑したような眼差しを向けてきている。

「あ、あの、さっきの言葉は、どういう意味?」
「艦長は少佐にOKを出すかどうか、考えてたみたいですよ」
「そ、そうなの?」
「ですが、軽薄な男は嫌いだそうです」

 ナタルは些かきつい目でフラガの顔を睨みつけると、自分も踵を返してマリューの後を追って行った。
 フラガはなにやら真っ白に燃え尽きてしまい、虚ろな目でぼんやりと2人の去っていった方を見続けていた。

 

 そんなフラガを横目で見やりつつ、キースはアルフレットと小声で話していた。

「流石に、悪い事しましたね」
「後でフォローを入れといてやろう」

 流石に良心が咎めていたらしい。キースもアルフレットもすまなそうに話している。勿論燃え尽きているフラガはあえて視界から外している。
 ちなみに、何にもしていないのに巻き込まれたキラは精も根も尽き果ててその場に崩れ落ち、トールとフレイに肩を支えられている有様だった。

 

 

 

 こうして、修理を終えたアークエンジェルはマドラスを目指して再び飛べるようになった。難民はやってきた地上部隊に任せ、アークエンジェルとパワーはマドラスに帰ることになったのだ。
 フラガが傷ついた心を抱えてぼんやりと甲板上で体育座りをして雲を眺めていたり(突風に飛ばされて死にそうだ)、キラが自室で寝込んでしまったりと、些か問題は起きていたものの、それはアークエンジェルにとって久しぶりの穏やかな航海であった。
 だが、そんな平和な航海の中でも、幾人かは平和とは無縁であった。

「うわああああああああっ!!」
「おら、これくらいで悲鳴上げてんじゃねえよ!」

 狭いコクピットにわざわざ後部シートを仮設した105Gストライクにトールを乗せて、アルフレットは飛び回っていた。これまでキースのシゴキに耐えていたトールはそれくらい大丈夫だと思っていたのだが、アルフレットの操縦はキースの操縦を上回る荒々しさだったのだ。実は本気を出したキースの操縦はアルフレットを更に上回る激しさなのだが、訓練ではかなり手心を加えていたりする。
 まるでシェイカーのように激しく揺れるコクピットの中で振舞わされたトールは、文字通り目を回していたのである。それでも気絶していないのはキースの特訓の賜物だろう。それを艦橋にあるCICから見ていたサイは、気の毒そうな声を出した。

「あれは、トール死んでるかも」
「ちょっとサイ、怖い事言わないでよね」
「でもあのアルフレット少佐って凄いな。本当にナチュラルかよ?」
「キースさんの話だと、自分やフラガ少佐より強いらしいわよ」
「……人間か?」

 キースやフラガの強さでも充分ナチュラル離れしている。何しろMAや戦闘機で性能面で圧倒しているはずのMSを苦も無く撃墜し、エースと呼ばれているのだから。2人の個人撃墜スコアは確実に50を軽く超えている。ディアッカなど、本当にこいつらはナチュラルなのかどうか疑問を感じているほどに強いのだ。
 そのキースやフラガより強いナチュラルがいるなど、到底信じられる事ではない。というか、それはもう人類ではないだろう。
 だが、あのストライクは20を越すMSや戦闘機を一方的に蹴散らしている。その強さは見ていて唖然としたほどだ。戦い方はキースに近かったが、フラガのようにトリッキーな動きも出来るらしい。
 サイは操舵席に座るノイマンに声をかけた。

「少尉はどう思いますか。キースさんたちより強いっていう少佐を?」
「ああ、そのことか。俺も聞いたことがある。メビウスゼロ部隊を率いていた最強のパイロットのことはな。聞いた話じゃほとんど無敵だっていうことだな」
「メビウスゼロ部隊って、グリマルディ戦線で全滅したんじゃないんですか?」

 通信席に座っていたカズィが話に入ってきた。ノイマンはよく知ってるなと感心しながらカズィの質問に答えた。

「そう、メビウスゼロ部隊はフラガ少佐を除いて全滅した。生き残ったのはフラガ少佐だけだよ」
「じゃあ、あの人は何なんですか?」
「まあ、グリマルディ戦線に参加しなかった、転属なんかでそこに居なかった元隊員なんだよ。他にも何人かいるらしいがね」
「運がよかったんですねえ」

 サイが感心した声を出すが、これで大体話が繋がった。キースやフラガが手玉に取られるのも何となく分かる。数少ない昔からの戦友で、自分より強い元上官とくれば、そりゃ頭も上がらないだろう。

 

 そして、艦橋を離れた通路では、キースがナタルとフレイ、カガリに頭を下げていた。

「この通り、お願いします」
「……と言われても、ねえ?」
「あ、ああ、ちょっとなあ」

 フレイとカガリは露骨に迷惑そうな表情を向け合っている。そしてナタルは不満を表に出してキースを睨んでいた。

「そこを何とか。艦長のフラガ少佐に対する印象を少しでも和らげるようフォローをしてくれ」
「でもねえ」
「ああ、私もフレイから聞いたけど、女の敵だぞ」
「いや、それは、ねえ……」
「身から出た錆、というものですね。諦めるしかないのではありませんか?」

 取り付く島も無いほどに冷たい言葉で返すナタルに、キースは反論する言葉も見つからずに口をしばしパクパクさせている。キースに珍しくきつい事を言っているナタルを見てフレイとカガリがひそひそと小さな声で何かを話していた。

「ちょっと、なんかバジルール中尉、怖くない?」
「ああ、なんか昔のきつい中尉に戻ってるよな」
「もしかして、中尉って浮気を絶対に許せないタイプ?」
「どうもそうみたいだな」
「これは、カガリも大変ね」
「なんで?」
「だって、カガリもキースさん好きなんでしょ。バジルール中尉と真っ向からぶつかるじゃない」
「な、何言ってるんだお前は!」

 そこで大きな声を出したカガリに、ナタルとキースは何事かと視線を向けてきた。

「何だカガリ?」
「なにを言ってるんだ?」

 2人の問い掛けを受けて、カガリとフレイは扇風機のように首を横に振っていた。もしばれたら命が無いかもしれない。
 しかしまあ、話が逸れたおかげか、ナタルがふうっと小さく溜息を吐いた。

「まあ、私としましても艦長とフラガ少佐が喧嘩、というより一方的な無視をされるのは確かに困りますから、艦長には話してみましょう」
「ほ、本当か?」
「仕方ありませんよ。ただし、貸しですからね」

 そう言ってナタルは悪戯っぽく笑って見せた。その笑顔にキースは柄にもなく見惚れ、カガリは何やら苦みばしった顔でキースを睨んでいた。

「でも、何か良い手はあるのか?」
「1つだけありますね。ただし、それなりの代償が必要です」
「代償?」

 キースが不安そうな表情となる。ナタルはキースの呟きに頷き、それを教えてくれた。

「大尉は、今から6年ほど前に起きた士官学校食中毒事件、をご存知ですか?」
「いや、知らないが」
「当時、士官学校の生徒が行った野外実習。そこで生徒と教員、283名が病院に担ぎ込まれるという事件が発生したんです」
「そりゃまた凄いな。でも、それと艦長と一体何の関係が?」

 キースの問いに、ナタルは思い出すのも嫌だという表情で渋々口を開いた。

「その時の料理担当が、ラミアス艦長でした」
「……食中毒って、食材が腐ってたとか?」

 キースの問いに、ナタルは力なく首を横に振った。

「じゃあ、毒キノコでも混ざってたのか?」

 その問いにもナタルは首を横に振った。そして、何とも言えない複雑な顔でナタルはそれを教えてくれた。

「食材にも調味料にも別に問題はありませんでした。出来た料理にも特に毒素は混じっていませんでした」
「じゃあ、何が原因で……」

 そこまで言って、唐突にキースは悟ってしまった。何が原因なのか。どうしてナタルは顔を背けているのか。そしてキースに遅れてフレイとカガリも気付いた。ナタルが何を言いたいのかに。

「……生徒も教官も耐えられなかったのです。あの想像を絶する味覚破壊兵器に」
「そ、そんなに不味いのか?」
「私は未だかつて、口にしただけで意識を持っていかれる料理というものをあの時以外に食べた事はありません」

 どうやらナタルもその時の犠牲者であったらしい。しかし、知らないとは恐ろしい。世の中には口にするだけであの世が見える料理というものも存在するのである。どこかの国の歌姫様が作る料理のように。
 そしてキースはナタルが何を言いたいのかに気付いてしまった。

「ま、まさか、副長が言いたいのは」
「はい、フラガ少佐が艦長の料理を口にして、美味しいと言ってあげれば、きっと艦長の機嫌も直るでしょう」

 とんでもない事を言い出すナタルに、キースはしばし悩んだ。なんだか取り返しのつかないことになりそうな気がするのだ。
 だが、他に手段もなさそうであり、キースは仕方なく頷いた。この時、フラガは自分の命を全くあずかり知らぬところで売り渡されたのであった。

 

 

 その頃、アスランたちは……

「貴様、ラクス様にエルフィだけでなく、ナチュラルの女にまで手を出していたとは!」
「男として許せん、天誅を加えてくれる!」

 何故かアスランは頭からすっぽりと怪しい黒い覆面を被った男たちに襲われていた。そのマスクには1号、2号と書いてある。

「うおお、誰だ貴様ら!?」
「俺の名は嫉妬マスク1号!」
「同じく2号!」
「「我ら私怨の名の下にこの世の悪を打ち砕く嫉妬団!」」
「ただの八つ当たりじゃないか!」

 アスランの至極ごもっともな反論にも臆することなく、シットマスクズはアスランに襲い掛かってきた。流石のアスランも2人がかりで来られては対抗する事も出来ず、抵抗空しくボコボコにされてしまう。


 その後、普段人が来る事の無い物陰でボロボロになった状態で倒れていたアスランをたまたま通りかかったイザークとディアッカが発見し、アスランは無事に保護された。だが、その後にアスランが語った覆面を被った変態2人の行方はようとして知れず、イザークもディアッカもそんな連中は見ていないと証言しており、事件は迷宮入りしてしまうのであった。


後書き
ジム改 久々に平和なシーンだ。
カガリ キースとフラガの過去って……
ジム改 気にするな。所詮過去だ。
カガリ でも、キースの2つ名ってあんまり大した意味は無いんだな。
ジム改 2つ名なんてそんなもんだよ。物によっては相手がびびるけどな。
カガリ ところで、このおっさんには2つ名は無いのか?
ジム改 無いよ。
カガリ 何で? 2人より強いんだろ?
ジム改 強けりゃそういうのが貰えるって訳でも無くてね。
カガリ その辺りの基準が良く分からないんだよな。どうやって命名するんだ?
ジム改 こういう2つ名がつくのは大体3通りある。
ジム改 1、敵が凄い敵手を畏敬の念を込めてそう呼ぶようになる。
    2、味方が目立つ奴にそういう呼称を付ける。愛称が多いが、蔑称もある。
    3、自称する。多くが売名の為だが、政治的理由がある場合もある。
ジム改 とまあ、このように2つ名が出来る理由も沢山あるのだ。
カガリ 船とかに付く2つ名は愛称だよな?
ジム改 そうとも限らん。蔑称というか、運の悪さを皮肉ったのもある。
カガリ なるほどね。
ジム改 では次回、地獄の料理バトルでお会いしましょう。

 

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