「想人」第三話 サーシャ

(1) 

 ユウとヤストは、救助信号を待つ間、氷の剥がれたあたりに下りてみた。

「人工物だな、これは」
 ヤストが表面を撫でながらつぶやいた。

「灯台の一部なんだろうけど......」
 ヤストは、ずっと固まりに手を沿わせ、全体の形を探ろうとしていた。

「あなたたちね、さっきの小型機を追いかけていたのは」
 二人の耳に女性の声が飛び込んできた。誰も側にいるとは思ってなかったユウとヤストは、ヘルメットに届いた音声の主を探すため、あたりを見渡した。

 ここは、宇宙空間であると気づいたヤストが、上を見上げた時、ずっと二人を観察していたかのように、座っている宇宙服を着た女性を見つけた。
「君は......」

 その女性が、しなやかな肢体を踊らせてユウ達の側に下りてきた。
「あなた方を迎えにきました」

 ユウは、さっきまで影になって見えなかった女性の顔を見て驚いた。
『おかあさん......?』
 女性は、顔を傾げたままだった。目が合うと、ニコリと目が微笑む。母も美しかったが、この女性の笑顔も美しかった。それは、ヤストにとっても同じであったようで、口が開いたまま、女性の姿を見続けていた。女性の腰には、どこかにつながっているらしいロープがたれていた。
「ヤマトに、ようこそ」
『ヤマト?』
 ユウとヤストは、突っ立ったまま声を出すこともできなかった。

 

(2)

 女神のような笑みは、クスッと声をたて始め、子悪魔的な笑いに変わっていった。女性の華奢な体は、女性的な魅力で溢れ、なだらかな曲線にユウ達は虜になっていた。
「へんな人たちねえ。まあ、さっきの戦闘も、無駄な動きばかりだったし」
 ユウは、容姿とは裏腹のその言葉で、ムッとした。さっき、母に似ていると思ったことすら、頭の片隅から消したいほどだった。
 ヤストは、つっかかろうと身を乗り出したユウを、捕まえた。そして、ヤストは、ユウの前に立ち、女性とユウの間に入った。
「相手は、女だぜ、ユ...」
 そう言いかけたヤストの首元が急にきつくなった。ヤストの首元はさっきの女性に完全に掴まれ、絞められていた。ヤストの目の前には、無表情な顔が揺れていた。

「おい、やめろよ。ここは、宇宙空間だぞ」
 ユウは、女性の腕を掴んだが、逆にはらわれてしまった。ヤストも相手が女性だと思ってか、あまり抵抗できなかった。今、ここで大暴れしたら、体のバランスが取れなくなって、何もない宇宙空間に放り出されてしまうだろう。無抵抗なヤストの態度で、かえって女性も少し落ち着きを取り戻したようだった。ヤストから体を離した。

「くっ」
 ヤストは、首元に手をやった。自分の手で触って、感覚を確かめていた。

 その様子を見て、女性は、再びヤストに近づいた。ユウは、バランスを取りながら、二人の元に近づいていった。
「ごめんなさいね。初対面で、非礼なことをして。でも、次は許さないわ」
 自信ありげな笑みを浮かべ、顔をぺこりと下げた。顔を上げた時の笑顔に、二人は何も言い返えせなかった。やはり、常軌の美しさではない。長いまつげがまばたくと、女性の瞳の輝きが増していくようだった。

「こっちにきて、ここに入り口があるの」
 ユウに手を差し出した。ユウは、その手を見つめていた。
『つかむべきかなのか』
 ユウが悩んでいると、その手は、強引にユウの手を取った。そして、ヤストにも、ユウの手を握るように、女性は指図した。

 

(3)

 女性が身軽にジャンプをすると、狭い穴に向かってするすると体を滑らせていった。ロープが引っ張られ、そして、すらりと伸びた足が、穴の中へ吸い込まれていく。穴の外に残っていた上半身は、笑顔でユウ達を招いていた。ユウの手をぐっと引っ張ると、残った上半身も穴の中へと消えていく。続いて、ユウとヤストも狭い穴に、順番に入っていった。

 穴が閉まり、一瞬、小さな空間は、真っ暗になった。体に圧力を感じ、体が少しずつ重くなっていくと、周りは明るくなっていった。
 壁のメモリの一番上まで光がつくと、目の前の女性はヘルメットをはずし始めた。ばさっと豊かな金色の髪がメットから溢れだし、サラっと落ちていく。ユウもヤストも、その空間に、空気が満たされたのだと気づき、顎のベルトをはずし始めた。

「さっ、行きましょ」
 豊かな髪を揺らせ、女性が、たっと歩き始めた。

「さっき、ヤマトって......」
 ユウの言葉が届かなかったのか、きちんと伸びた背中、ゆれる金絲(きんし)は、どんどん前へ進んでいった。意外と速い。歩く女性を追い掛けるため、ユウ達は、小走りになった。
 女性は、わざとエレベーターを使わず、階段を使って上っていく。ユウ達は、息が切れそうになった。ヤストがユウの耳もとでつぶやいた。
「なんなんだい、一体」
「俺だって、わかんないよ」

 ただ、二人とも<ヤマト>という言葉だけが、耳に残っていた。
『どこへ連れていくつもりなんだ』

 

(4) 

「危ない連中だな。もうちょっとで、命を落とすところだったぞ」
 真田志郎は、島次郎と打ち合わせをしている進に声をかけた。

「ホントに彼等が戦闘班のチーフ候補なんですか」
 次郎も、レーダーから計算された戦闘中の動きを見ていたので、不安になっていた。
 進は、次郎の問いに答える様子もなく、次郎が作った航路予定表を機械のデータと比べていた。

トン、トン
 艦長室のドアをやさしくノックする音が聞こえた。
「艦長、連れて参りました」

 次郎との打ち合わせに忙しい進の代わりに、志郎は、ドアを開けた。

「ありがとう、澪」
 志郎は女性の後ろの二人を見て、ニコリ微笑んだ。

 志郎は振り向き、艦長席に座る進の様子をうかがった。
 進は、顔をあげるわけでもなく、数カ所赤いラインの入った資料を説明し続けていた。

「入りなさい」
 ドアの外にいた三人は、志郎によって中に案内された。

 ユウは、窓側の席に座って、次郎に説明をしている男の背中をちらりと見て、目を疑った。その反応を見守っていた志郎は、驚くユウに、ただ、頷くだけだった。

「ようこそ、ヤマトへ。私が......」

 進は、席を立ち、振り向いた。顔を合わせた瞬間、その視線は、ユウ達の前に立っていた志郎に移った。

『約束だぞ、古代』

 ユウの進を見る目つきは、まるで、敵にあったように、今にも食らいついてきそうな勢いがあった。次郎も志郎も、ただ、見守っていた。

 

(5)

「久しぶりだな」
 進の静かな声が艦長室に響いた。

 ヤストは、隣のユウの顔をちらりと伺いながら、この間の悪さを恨んだ。

「お久し、ぶりです」
 ユウは、そう答え、口を閉ざした。ユウは、こんな形で実の父と再会するとは、思っていなかった。

 皆、二人の事情を知っているのか、それとも、この状況をフォローしがいがないと感じたのか、誰も言葉を出すことなく、沈黙の時が流れていった。

「私は、この艦、ヤマトIIの艦長古代進だ」
 口火をきったのは、進だった。さっきの自己紹介の言葉を続けた。ユウの眼は瞬きすることなく、一直線に進に向けられていた。

「ヤマトII?」
 ヤストは、小さな声で言葉を繰り返した。

「そう、この艦(ふね)は、宇宙戦艦ヤマトの二号艦だ。昔のヤマトのデータを元に、アクエリアス灯台の中で、密かに建造されていた」
 ユウとヤストは顔を見合わせた。ヤストが何か巨大建造物だと思っていたのは、どうやら、ドックの外壁だったらしい。

「今、地球は、太陽圏の側のブラックホールの影響で、人類が住むことができなくなるばかりか、その存在も危うい......」
 地球に住んでいるものなら、誰でも知っている、今の地球の状況を聞きながら、ユウは、父と最後に何を話したのか、思い出していた。

「先日、月に不時着したガルマン・ガミラスからの使者のたずさえていたメッセージを受け、我々は、ブラックホールを消滅させる装置を受け取るため、近々発進することになった。そこでだ」 
 進は、ユウを顔をじろりと睨んだ。
 ユウは、体を硬くした。
 ユウとヤストは、あの使者が運んできたのが、その救いのメッセージだと初めて知った。

「君たちは、ヤマトの乗組員になる意志があるのなら、このまま、この艦(ふね)に残って、勤務について欲しい」

 意外な言葉。ヤマトに乗るこことができる......そして、それは、ユウにとって仇敵のような男の部下になれということであった。

「君たちには、森くんが戦闘班長、南部君が砲術長という推薦が、月面基地の加藤指令から出ている」
 志郎が付け加えのように言葉を続けた。
 しかし、喜びの表情を浮かべているヤストと違って、ユウの表情は、浮かなかった。

「もちろん、君たちにも、選択の余地はある。家族との連絡も、トップシークレットな作戦故、取ることはできない。それを覚悟して欲しい。二時間後に返事をもらおう」
 それは、ユウのことを考慮した進の最大限の気持ちだということは、その場にいた誰もが知っていた。
  

(6)

 ユウとヤストは、その後、志郎と次郎に付き添われ、艦長室を後にし、第一艦橋に向かった。ほとんど乗る気になっているヤストと、迷っているユウは、二時間後に一緒に返事をすることになり、二人は、志郎に艦を案内してもらうことになった。

 第一艦橋に入ると、ヤストは、まるで、遊園地に来た園児のようにはしゃぎ出した。

「見ろよ。ヤマトの模型そっくりじゃないか」
 ヤストの言葉通り、目の前は、ヤストの家にあった、あの宇宙戦艦ヤマトの模型を大きくした部屋があった。    
 席に駆け寄るヤストと対称的に、ユウは、ただ、遠くから眺めているだけだった。

「あの、真田のおじさん」
 ユウは、小さな声で、志郎を呼び掛けた。

「父は、三年前、母を見殺しにしました。そんな父が、本当に地球を救えるのでしょうか.....」
 バシッ
 ユウの言葉が終わらないうちに、ユウは、頬を思いっきりぶたれた。ぶったのは、近くにいた次郎だった。

「なに......」
 ユウは、突然のことで、驚いた。

「次郎」
 志郎は、頬を打った次郎の腕をつかんだ。

「すみません。でも......」
 志郎は、それ以上言うなと言わんばかりに次郎の腕をつかみ続けた。 

 

 進は、目の前にあったユウの経歴が書かれたファイルを閉じた。

「いいんですか、おじさま」

 進は、ニコリとして振り返った。

「私が決めることではないよ、サーシャ」

 進の前では、少し甘えているのか、少女のような面だちになる。

「では、私は、艦載機の方の整備に行きます」

 部屋を去ろうとした少女は、ドアのところでまた、振り返った。

「彼は、いい戦闘隊長になれそうな気がします」

「ありがとう」

 進の答えを、微笑んで受け取ったあと、少女は、一礼して扉から出ていった。

 

(7)

 頬の腫れたユウは、志郎とヤストと共に、医務室に向かっていた。
 頬の痛さより、兄のように慕っていた次郎にぶたれたことで、ユウの気持ちは、行き場を失いかけていた。

『こんな気持ちで、ここで、やっていけるんだろうか』

「おい、あれ」
 ヤストは、考え事をしているユウに肘うちした。
「ユウ、ヤス、ゲンキダッタカ?」
 聞き覚えのある声と共に、大きな固まりが突進してくる。

「アナライザー!」
 ヤストもユウも、旧友に飛び込んだ。子どもの時から、何度も一緒に遊んだロボット、アナライザー。二人は、とうにアナライザーの身長より高くなっていて、子どもの時のように抱きつくことができなかったが、アナライザーの腕や体を触り、感触を確かめた。

「元気そうだな」
 少し、赤い顔の小柄な老人が近寄ってきた。
「佐渡先生。お久しぶりです」
 二人は、声をそろえて挨拶をした。

 佐渡の目は、見えなくなるぐらい小さく細くなった。
「あの悪戯坊主たちが、こんなに大きくなっとるとはな」

「先生だって、また、ちょっと、毛が少なくなって」
 ヤストは、佐渡の髪の毛をぱらっとかきあげる。
「なに、するんじゃ」

 ぱっと逃げるヤストの様子を見ていて、志郎は、ニヤっと笑った。ヤストとユウが、本当に小さい時から繰り返している動きだったからだ。
『まだまだ、子どもだな』

「ちょっと、静かにしてちょうだい。ここをどこだと思ってンの」
 医務室の中では、新しい乗組員の身体検査をしていたようだった。その奥から、不機嫌な口調の女性の声が響いてきた。身体検査をしていた乗組員の向こうから、白衣の女性が仁王立ちになって、にらんでいる。

「いやあ、すまんのお」
 佐渡が、ぴかぴかな表面の頭をかきながら、奥の女性に頭を下げた。
 
 長い白衣の隙間から、すっと伸びる長い足。女性は、モデルのようにすたすたとユウたちに近づいてきた。

「あー、涼子先生」
 叫んだユウの目は、まん丸になった。
「ぼくです。ユウです」

 白衣の女性は、ユウの顔をしっかり見るため、胸元にぶら下がっていた眼鏡をかけた。

「おおっ、ユウじゃない。久しぶり」
 

(8) 

「そう、次郎にねえ」
 頬が腫れた訳を聞いた柳原涼子は、ユウの口の中を覗き終えると、鼻で笑った。

「突然なんですよ。次郎さん、やさしい人だったのに……」
 そうつぶやくユウの顔を、涼子は見守るように見ていた。

「よしっ、口の中は、あんまり切れてない。このままで大丈夫よ。すぐに治るわ」
 ぽんっと、ユウの肩を叩くと、身体検査の続きを開始しようと席を立った。
「あとで、次郎に言っとく。……それにしても、ユウ、いい男になってきたねえ」
 涼子の目はやさしく笑っていた。

「おい、何者?」
 涼子が立ち去ると、ヤストは、椅子から立ち上がったユウの腕を引っ張った。

「ああ、涼子先生のこと?」

 ユウは、検査をしている涼子を見た。なよっとした動作をする乗組員には、背中を叩いて喝を入れている。

「トナティカにいた時に、一緒だったんだ」

『トナティカ』
 ヤストは、ユウが三年前にいた惑星の名を思い出した。

 志郎は、ユウの顔色が一瞬沈んだのを何も言わず見ていた。

 佐渡酒造による簡単な検査を済ませたヤストとユウは、志郎に連れられ、居住エリアや主砲塔や波動砲の発射口付近をまわった。
 ユウの思いは複雑だった。幼い頃、ヤストと何度も遊んだ模型と同じ構造のヤマト。父からは、一度も聞いたことがなかった旧ヤマトの活躍。そして、三年前の惑星トナティカからの脱出……

「どうした?」
 ヤストに答えず、ユウは、真田志郎の背中だけを追いかけて歩いた。
 
 ユウの頭の中は、いろんなことが渦を巻いていた。
『この艦(ふね)で、父とうまくやっていけるんだろうか』

 

(9)

「ここが格納庫だ」
 志郎は、入るように促した。中は、照明が明るく、きちんと並んだ機体をより美しく輝かせていた。

「ふふふふふ」
「いやーねえ」
 女性特有の甘くやさしい話し声が聞こえた。それは、ユウやヤストにとって、場違いの音に思えた。

「澪!」
 志郎は大きな声で、名らしき言葉を叫んだ。

「はい。お父さま?」
 少しくぐもった声が帰ってきた。やがて、一機のコスモタイガーから、金色の頭が見えた。髪は、邪魔にならないよう、後ろでくるっと簡単に留められていた。ユウとヤストは、その女性が、自分たちを迎えに来た金髪の少女だとすぐ気づいた。

「ユウ、ヤスト、あれが、コスモタイガー隊・隊長の真田澪。私の娘だ」
 澪は、コクピットから体を滑らすように降りた。ぴたりとした制服が、体のラインの美しさを一段と引き立たせていた。

 ユウとヤストは、澪だけでなく、周りに、たくさんの女性がいることに気づいた。二人は周りを見渡した
くすくすくす……
 女性達は、ユウとヤストの驚きの顔を見て、笑っていた。

「ワルキューレだ……」
 ヤストの言葉に、ユウは、『ニーベルンゲンの指輪』の9人の戰乙女に喩えられ、通称でそう呼ばれている女性だけの戦闘機隊があることを思い出した。厳選された女性戦士9人の地球防衛軍最強の戦闘機隊……

「よろしく、戦闘隊長」
 ユウの目の前に躍り出た澪は、ユウに手を差し出した。ユウは、志郎に助けを求めた。しかし、志郎は笑っているだけだった。

「まだ……」
 ユウは、取り囲んでいる女性たちに向かって話しだした。
 女性たちの並ぶ姿は、舞台に並んでいるような迫力と壮観さがあった。

「まだ、ぼくが戦闘班長だって決まった訳じゃないんだ」

 皆は、事情を知っているのか、クスッと笑い出した。その中で、ひときわ輝くように美しい笑顔の澪がいた。
 
 その様子を見ていた志郎は、ユウ達を促した。
「さあ、行くぞ」

 ユウとヤストの背中を押すと、志郎は、二人を格納庫から押し出すように連れ出した。

「待ってるわ、戦闘班長さん」
 くすくすくす……
 一人が叫ぶと、他の皆が声を立てて笑い出した。

「男性の隊員もいるんだけどな」
 志郎の言葉から、今の自分達のように、あのワルキューレたちに駆逐されているのだろうとユウは思った。

 

(10)

「ここが食堂だ。私は、これから、工作班と最終の打ち合わせをしなくてはならないので、君たちは、ここでゆっくり食事をして、後は、自由に歩き回ってくれ」
 
志郎は、ふと、ユウが気になり、ユウの顔をうかがった。
「ユウ」

「はい」
 志郎に呼ばれ、ユウは、顔を上げた。

「君には、古代の側にいて欲しいと思っているんだ」
 ユウはその自信がなかった。志郎は、いい返事ができなくて、答えを探しているユウを見続けていた。

「決めるのは、お前だ。わかってるな」
 昔から志郎の言葉は、ユウの気持ちを大切にしてくれた。ユウは、小さくうなづいた。

 ヤストとユウは志郎を見送ると、はあーと胸をなでおろした。

「腹減ったな」
「なにしろ寝るはずだった非番の夜からずっと起きているからな」

 二人は、緊張と不安で、寝ることすら忘れていたことに気づいた。
 係りの指示に従って、二人は、各々好きなおかずの皿に、次々と手を伸ばしていった。出発前の最終チェックで作られた何十種類のメニューは、二人の気持ちを子どものように無邪気にさせていた。。

「これ、おいしいよ」
 二人の間から手が伸び、ユウのトレイに、野菜の料理の皿が乗せられた。

 ユウが振り向くと、少し小太りの男が立っている。

「徳川さん」
 ユウの瞳は輝いた。

「へえー、徳川さんが、この艦(ふね)の機関長なんですか」
 ヤストは、いつも、なにかしらお土産をくれた、父親の元同僚が好きだった。それは、ユウも同じであった。徳川太助は、子どもの好きなものを良く知っていた。二人の父達は、それは、太助がいつまでも子どもみたいだからだと言っていた。

「次郎く…島航海長がなぐったか」
 つい、話し易い太助に、二人は、この艦(ふね)に辿り着いたこと、ユウが次郎にぶたれたことを細かく話した。

「そうか......」
 太助は、前のヤマトの機関長だった、父の話を思い出した。

「どうかしたんですか?」
 ユウは、太助の顔色をうかがっていた。

「繰り返すんだなあ」
 太助は、独り言が口に出てしまったようで、ばつが悪い顔をした。 

 ユウは、その言葉が気になった。
「何がですか?」

 

(11)

 太助は、ユウの真直ぐな眼差しを受けて、話を続けた。
「ユウ、君のお父さん……艦長も、昔、ヤマトの初代艦長のことを俺のおやじに同じように言ったそうだ。『兄を救えなかった人が、地球を救えると思いますか』ってね」

 ユウは、ハッとした。

「君もそのうちわかると思うよ。ヤマトに乗って、戦ってみるとね」

 ユウの目は、ぱちりと開かれたままだった。
 太助は、ユウの皿の中の肉のかたまりをさっとフォークで差し、口へ運んだ。
「スキあり。それでも、君のお父さんは、そのヤマト艦長に心酔していった。君もきっと、そうなるよ。君のお父さんはすごい人だから」
 太助は、ニコリと笑って、席を立った。

「ユウ、ヤスト、待ってるぞ」

 

 食事が済むと、ユウは、砲塔をゆっくり見たいというヤストと別れ、第一艦橋へ登った。
 そこは、誰もいなかった。ユウは、一番前のまん中の席、戦闘班長の席の前に立っていた。

「博物館でも飾ってありそうな、古い型だな」
 ユウは、学校で習った艦(ふね)とは、違うタイプのボタン、表示……。

トゥルルーン 

 第一艦橋のドアが開いた。
 ユウが振り向くと、そこには、島次郎が立っていた。
 次郎は、まっすぐユウに向かって歩いてきた。ユウは気まずくなり、下を向いた。

「さっきはすまなかったな」
 ユウが顔をあげると、目の前の次郎は、昔の優しい次郎の顔だった。

「トナティカからの脱出の時のこと、まだ、許せない?」
 次郎の言葉を聞くと、ユウは、涙がこぼれそうだった。ただ、頷くことしかできなかった。

「実はね、俺も昔、艦長にひどいことを言ったんだ。兄が亡くなった時にね。『どうして兄を連れて返ってくれなかったのか』って」
 ユウは次の言葉を口にすることができなかった。次郎はかまわず、航海長の席に座った。

「艦長と兄は、同期で、親友同士だった。兄は戦死してしまい、艦長は生きて地球に戻ってきた。そのことがどうしても、納得できなくて、子どもの俺は、艦長に言ってしまった」
 次郎は、目の前のボタン類をチェックするかのように、触っていた。
「けれど、何年かすぎて、冷静に考えることができるようになったとき、『大事な人を失ったのは、艦長だって同じだった』ってことに気づいたんだ。子どもだったとはいえ、自分の気持ちしか見えなかった……」
 ユウは、次郎の言葉を頭の中で次郎の言葉を繰り返していた
『大事な人を失う……』

 そのユウの姿を見て、次郎は、それ以上何も言わなかった。人には、すぐには許せない、気づけないこともある。二人は、そのことが良くわかり、そして、それは、人に言われてわかることではなく、自分で納得しなければならないことも知っていた。
 二人は、無言のまま、シャッターが下りた目の前の窓を見つめていた。

「もうすぐなのだろう、二時間は」
 次郎は、座ろうとはしないユウに、声をかけた。

「そう、ですね」
 ユウは、前髪を掻き揚げた。その仕種は、進が前髪をかきあげて帽子をかぶる仕種に似ていると、次郎は思った。

 

(12)

「時間だな」
 艦長室では、懐中時計のふたを開けて、時間を見ていた進が呟いた。進は、どっかり椅子に身を沈めていた。

 艦長室には、早めにやってきたヤストが進と共に、ユウが来るのを待っていた。
 ヤストは、待ちながら、進と、父と母の話をし続けた。 たわいのない話題……。ヤストは、時間を伸ばすために、色々な話をするのだが、進の方は、やはり、ユウが来るのが気になるらしく、口を開くことがなかった。話は、ほとんどヤストが話しているだけだった。

トントン

 ドアのノックの音が響いた。

「森です」
 ヤストは、胸をなでおろした。もしかしたら、ユウは、来ないかもしれないと、不安だった。

 

「約束の時間だ。君たちの返事を聞かせて欲しい」
 進がそう言うと、ヤストは、ちらりとユウの顔を見た。ユウは、まっすぐ進を見ていた。

「一つだけ言いたいことがある。君たちは、この艦の一員になるということは、私の指揮下に入るということだ」
 ユウは、まばたきもせず、進の話を聞いていた。それがどういう意味なのか、軍人であるユウには、わかっていた。

 進は、ヤストの方を見た。まず、ヤストからの返事を求めた。

「乗ります。艦長。ヤマトは、私の憧れでしたから」
 ヤストは、言い終わると、ごくっと唾を飲み込んだ。

 次は、ユウの番になった。
 ヤストは、視線を床に落とした。今、進とユウは、お互いを見合っている。そして、ユウの答えは……ヤストは祈るように、目をつむった。

「私も乗艦します」
 ヤストは、ふーと息を吐いた。

「そう、わかった。君たちに乗船許可をだそう。それと森には戦闘班長を、南部には砲術長を命ずる」
 進は、二人を交互に見た。そして、脇に置いてあったファイルとカード式の記憶媒体をそれぞれに渡した。

「発進前まで、このファイルの中身は全部網羅しておくように」
 二人の目は、丸くなった。ファイルの中身は細かく、さらに細かい内容が、記憶媒体の中に入っている。ヤマトは、手動部分が恐ろしく多い。それは、それを動かす人の技量が、ヤマトの運命を握っているということだ。

『何が何でも覚えてやる』
 ユウは、それが、父に追いつく一歩だと思った。

 

第三話「サーシャ」終わり

第四話「試練」へつづく 

         


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね。

SORAMIMI 


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