「想人」第九話 決戦

(1)

 『やっと一人になれた・・・・・・』
 進は、机に手をついた。さっきのワープの時のダメージで、体が悲鳴をあげていた。

 進は、ベッドの方へ、体の向きを変えた。少しでもバランスを崩したら、起き上がることができないほど、疲れきっていた。

「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・」
 人前では、押さえていたが、ホッとした途端、たががはずれたように、息が体から溢れ出した。

 進は、重い体を引きずって、ベッドの端に手を付くと、顔を起こした。進は、胸元に手を入れた。ベッドに手をついた時に、上着の下で、カサッと物がシャツの表面を滑った感触で、その物の存在に気付いたからだった。取り出した懐中時計の表面を、指でやさしくなでた。

 フッと息をついた時、くらっと心地よい虚脱感が進の体に走った。

 進はそのまま、ベッドの脇に倒れた。

 「ユキ・・・・・・」
 光が遠のいていく中、進のまぶたに、懐かしい笑顔が蘇ってきた。


(2)

「大丈夫なのか?」

「ええ、たぶん・・・・・傷は大したことはなかった」
 柳原涼子は、ちらりとドアの方を見た。

「思い出したのか・・・・・・」
 島次郎も同じ方向を見つめた。

「手の傷以外は、冷静な処置だった。ちゃんと、脈や呼吸の確認もしていたし・・・・・・。昔も同じことがあったみたい、佐渡先生の話だと」
 涼子は、長い髪をかき上げた。
 二人の視線の先の、ドアの前の椅子には、メインスタッフが集合していた。その中で、ユウはうなだれたままの姿勢で、長いすに座っていた。


「おとうさん!」
 ユウは大きな声で叫んだ。
 床に転がっていた進の体をユウは、大きく揺さぶった。

「おとうさん」

 涙が止まらなかったが、ユウは一番近くの受話器を探した。指は、慣れた番号を押していた。

「おかあさん、おとうさんが・・・・・・」
 ひっくひっくと体が上下し、声が途切れ途切れになっていった。

「まず、口の側に近寄って、息をしているか、確認して」
 ユウは、言葉どおり、顔を進の口元に近づける。

「息をしていた?」
 その言葉にユウがうなずくと、画面に映っていた女性の顔が笑顔になった。

「大丈夫よ。次は、おとうさんがいつもはめていた、腕時計を探して、おとうさんにはめて」
 ユウは、机の上に載っていた腕時計を見つけると、進の腕にはめた。

「私が病院に連絡をしておくから・・・・・・・」
 ユウは、その後、何を言われたか憶えていない。ものすごく不安な気持ちだったことと、たくさんの人が来たことと、何時間も経った後、母が来てくれたことだったことだけは、断片的に頭に残っていた。


「ユウ」
 少し恥ずかしげに呼んだ声は、優しい女性の声だった。ユウは顔を持ち上げた。そこには、坂上葵の顔があった。

「佐渡先生が、艦長の病状の説明をするそう、よ」
 葵の声をきいて、ユウは周りを見渡した。ユウと顔をあわせると、皆用意していたようなやさしい顔をした。けれども、その顔に明るさはない。
 
 ユウが立ち上がるのを見届けると、皆一斉に歩き出した。葵は、ユウの腕を取り、一緒に歩くように促した。ユウは、引っ張られるような体勢で、やっと一歩踏み出すことができた。

「ありがとう」
 葵の小さな声が、ユウに届いた。

「最初に連絡を入れてくれて、ありがとう・・・・・・」
 葵の声は小さくなっていったが、顔は微笑んでいた。
 ユウは、無我夢中になって、インターフォンに向かって、艦長室のドアを開けてくれるよう、葵に叫んでいたことを思い出した。

「あんなことしたのに・・・・・・。こんな私でも、頼ってくれて。ホントに・・・ありがとう・・・・・・
 そう言うと、葵は少し小走りになって、先に歩いていった太助たちメインスタッフの後ろについて行った。

『そうだった・・・』
 ユウは、順番に思い出していた。半狂乱の状態で、葵に連絡したことを、そして、葵に艦長室のドアを開けてもらったことを。駆けつけた佐渡たちの作業を、ただ、傍観していた・・・・・
 のどが張り裂けんばかりに叫んだ。手の皮が破れるほど、ドアを叩いた。ハタから見たら、狂ったように見えたに違いない。ユウは、葵の判断にただただ感謝した。


(3)
 
『無理をしていたのか』
 ユウは、治療室で眠る進の姿を見つめていた。

 コンピュータ室の一件の際、進を立ち上がらせる時に触れた手・・・・・・いつもより温かい手・・・・・・昔、同じことがあった・・・・・・

『あの時もそうだったのだ』
 ユウは、自分に対して腹が立った。
『自分は、何も知らずに・・・・・・』

 
「佐渡先生から、艦長の病状の説明をはじめます」
 橘俊介は、集まって来たメインスタッフ---太助、葵、次郎、フェイ、涼子、そして、ユウ---を見渡した。俊介は、その後、ちらりと進の姿をガラス越しに見た。佐渡が何度も振り向き、名残惜しそうに進の様子を見ていた。

 出てきた佐渡は、普段と違い、神妙な顔をしていた。手はしきりに頭の汗を拭くために動いていた。佐渡は、決意を促すためか、髪のない後頭部をぽんぽんと叩いた。そして、くちびるをもぞもぞさせると、口を開いた。

「手術が必要だ」
 ユウは、すっと進の顔を見た。そこには、いつもの進の寝顔があった。そんなに悪い状態に見えない。しかし、ユウは、同じシーンを過去に見ていた。もう二度と目を開けないのはないかと、不安だったあの時の気持ちが蘇ってきた。

 佐渡の声を聞き漏らすまいと、そこにいた者すべて、口を閉ざして、すべての感覚を佐渡の話を聞くことだけに向けていた。
「できるだけ早い方がいいだろう。宇宙放射線病だ。急性化した病状は、一気に悪化をたどる・・・・・」

「では、佐渡先生。手術の準備をお願いします」
 次郎は、頭を下げた。

「ま、待ってください。その手術は、もしかしたら、ヤマトのコンピュータの処理能力のほとんどを使う必要があるんじゃないですか」
 葵が叫んだ。きれいな髪が、大きく揺れた。

「きちんと計算をしたわけじゃないんだが・・・たぶんそうなるだろう・・・・・・」
 佐渡は、言葉を濁した。

「それでは、きちんと計算してみます。基本システムが動くために、最低どの程度必要で、手術では、どの程度必要かを明確にしておかないと」
 いつもより多弁な葵の頬は、紅潮していった。

「佐渡先生。私たちは、すぐに手術の計画を立てましょう」
 俊介は、袖をまくり出した。

「その間に、私と航海長と機関長の3人で、ヤマトの運行面で必要なことを検討します」
 葵たち3人は、コンピュータの端末がある方へ移動し始めた。

 佐渡は、俊介にカルテを差し出して、説明を始めた。涼子は、その会話を聞きながら、ただ、立ち尽くしているだけのユウを見ていた。

「戦闘班長?」
 フェイに声をかけられたユウは、やっと顔を上げた。


(4)

「沒関係(meiguanxi)、ユウ」
 フェイは、微笑んだ。

「メイクワン・・・・・・?」
 ユウは、初めて聞いた言葉に戸惑った。

「メイクワンシーです。中国語で、大丈夫、気にしないという意味です」
 フェイの言葉を聞いたユウは、その言葉をもう一度つぶやいた。
『メイクワンシー……』

「できる範囲のことだけしましょう。私は、第一艦橋に戻ります。ユウ、あなたは、艦長の側にいてください。大丈夫、皆で力をあわせれば、最善の方法が見つかります」
「そうだね。フェイ」
 ユウの言葉にフェイは、にこりとした。

「そうよ。艦長が今すぐ死んじゃうわけじゃないのよ」
 二人を見守っていた涼子が、話の中に入ってきた。涼子は、ぎゅっと、自分の親指の付け根を押さえた。

「あなたに、艦長の病状を簡単に説明するね。フェイ、ゴメンだけど、席をはずして」
 涼子が、片手を立てて、目を軽くつむった。涼子はそのまま、フェイの顔を見て、反応をうかがった。

「わかりました。では、私は、第一艦橋に行きます。先生、お願いします」
 フェイがぺこりと頭を下げた。

 涼子は、髪の毛をかき上げながら、頭をかいた。タダでさえ、言いにくい話をユウにしなければならないのに、一段と気が重くなった。
『フェイからも任されたか・・・・・・』
 
 涼子は、ユウを見た。ユウは、涼子と目が合った瞬間、目をそらした。

 涼子は小さく息を一つ吐いた。

「思い出した?」
 相変わらず、自分の手をいじっていた涼子は、口火を切った。

「ええ、少し・・・・・・。子どもの頃、やはり同じように、倒れた姿を見たことがあります・・・・・・」
 ユウは、淡々とした言葉を返した。

「そう・・・・・・」
 涼子は頷きながら、髪をかき上げた。指に髪が絡んで動かない。仕方がないので、少し強く引っ張って手を髪の毛から抜いた。涼子は手の動きを止めるためにまた、左右の親指の付け根を交互に握った。

「いつかは、言わなければならないと思っていた。あなたは、艦長の一番近い家族だから・・・・・・。でも、いままで、皆、あなたが、まだ子どもだと判断していて・・・・・・言いそびれていた。あの時から・・・・・・ごめんなさい」
 落ち着かない手を押さえながら、涼子は、頭の中で言葉をまとめていた。
 
「艦長は、子どもの時に一回、旧ヤマト乗艦時に一回、大量に放射能を浴びているの。その話は?」
 涼子の言葉に対して、ユウは、ただ首を振るだけだった。
 涼子は、また、髪をかき上げた。


(5)

「艦長は、運が良かった。2度ともその時の最高の治療ができた。でも、完治できたわけじゃなかったの。艦長は、いつも体の中に爆弾を抱えて生きていかなければならなかったんだから」
 涼子はだんだん早口になっていった。

「柳原先生、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど、今、いい?」
 その時、涼子は、いつもユキと二人で仕事をしていた。トナティカではユキの側で、涼子は、地球から来た人々や、このトナティカの人々の体を診ていた。
 いつも、涼子の名前を呼ぶのに、その日のユキは、涼子のことを人前以外で初めて、『柳原先生』と呼んだ。涼子は、いつもと何かが違うことに戸惑った。
 
 ユキは、一つのカルテを涼子に見せた。
 
「これは?」
 涼子は、名前がなく、記号でしか記名されてないカルテを見た。

「それは、機密書類・・・・・・ただ一人の地球人のカルテなのにね」
 笑ったユキの顔は、寂しそうな目をしていた。


「艦長は、あなたと同じ歳に初代ヤマトに乗艦してから、ずっと地球の危機の時は最前線にいただった。若くて、強くて、彼がヤマトに乗って戦えば、負けることはない、必ず地球を救ってくれる・・・・・・だから、英雄・古代進が病気をかかえている状態であることは、隠さなければならなかった。それは、あなたにも・・・・・・」
 涼子は、大きく息を吐いた。

「トナティカからの帰還後、艦長があなたを避けたのは、あの時も、艦長は再発していたから。今回といっしょ、手術をして、療養をしなければならなかった」

「僕を置いて軍に戻っていたのは、それを隠すためだったっていうんですか」
 ユウは、涼子の言葉を遮った。しかし、ユウは、自分の言葉の後に、自己嫌悪に陥った。

『これじゃあ、ダダをこねている子どもだ・・・・・・』
 
 目の前には、悲しい目をした涼子が立っていた。涼子の瞳が母の瞳とだぶった。母の悲しい顔を、ユウは見たことがなかったが、きっと、こんな顔をするに違いないと思った。


「ありがとうございます」
 ユウは、頭を下げた。

「今は、すべて納得できたわけじゃないけれど、艦長の部下としてなら、ヤマトの、乗組員としてなら・・・・・・」
 涼子は、何も言わず、ユウの言葉を待っていた。ユウは、ごくりとつばを飲み込んで、言葉を続けようとしたが、そのあとは、言葉にならなかった。

「涼子先生、艦長が覚醒しました」
 俊介の声が、飛び込んできた。ユウは、進が見えるところまで駆けた。ガラス越しに佐渡酒造が、ユウに向かって両手で大きく丸のサインを送っている。

「さっ、行きな。ヤマトの戦闘班長としてなら、艦長を受け入れることができるんでしょ」
 ユウは、涼子の言葉に押されるように、集中治療室に入っていった。


(6)

 進の目覚めで、分散していた各班長たちが再び集まってきた。その中で、ユウは、他の班長たちと進のやり取りを見守っていた。

 進は、ごねることなく、手術を受けることに同意した。手術中、どれだけ、ヤマトに負担があるかを、葵が細かく説明した。

『不安だと思っているのは、俺だけか・・・・・・』
 ユウは、足元を見た。各班長たちは、冷静に、着実に自分の仕事をこなしている。葵や太助、次郎の声の合間に、いつもより少しかすれた気味の進の声が、ユウの耳に届いていた。ユウは、その様子を、早送りのビデオを観ているかのように、ただ傍観していた。

「では、艦長、ヤマトは小ワープを繰り返します」
 次郎は、進に敬礼をした。その言葉に、進は頷いた。

「森」

 自分の名前を呼ばれたような気がしたが、聞き間違いだったのだろうかと、ユウは周りを見た。皆の視線はユウに向いていた。その言葉は、確かに進の口から発せられたものだった。

「戦闘班長・・・」
 ユウは、フェイに肩を叩かれた。すぐ横に立っていた徳川太助が、ユウに進の方へ行くように、顎を振った。
 視線の先の進が、ユウを見つめていた。ユウは、ベッドへ向かって歩き出した。

「か、艦長、すみません・・・・・・」
 ユウの背中をいろんな人が押していた。ユウは、ベッドのすぐ脇へ行くように、皆の手に押された。

「森・・・・・・」
 なんと、小さい声かとユウは思った。口元を見ていなければ、聞き逃してしまいそうだった。

「は、はい」
 小さな進の声を聞きのがさまいと、腰をかがめた。

「もし・・・もしもヤマトか、私かを選択するときが来たら、戦闘班長、君の判断に任せる」

『えっ・・・・・・』
 
 ユウは心の中で、何度も繰り返した。言葉は、ただ音だけで、意味にならなかった。
『モシモヤマトカ、ワタシカヲセンタクスルトキガキタラ……』

 ユウが答えを返す前に、進は目を閉じた。佐渡は、進が再び眠りについたことを皆に伝えた。


(7)
 
 次郎は、ワープ終了と同時に、隣に座っているユウを見た。ユウは、ずっと誰とも話さず、目を合わせずにいた。周りの者も、あえて声をかけない。次郎は、見続けることが悪いと思ったのか、窓に映るユウの姿を見ることさえ控えていた。次郎は、よい言葉が見つからなかった。

 カタッ

 椅子に座っていたユウが立ち上がった。次郎は、少し体の向きをユウに向けた。ユウの手がギュッと握り締められているのに、次郎は気がつき、体を正面に戻した。
 
「艦長の手術が始まりますよ、戦闘班長」
 ユウと次郎は、その声に振り返った。そこには、手術室に向かうために立ち上がった俊介がいた。

「ユウ、あなたは艦長の所へ行った方がいい」
 ヘッドフォンをはずしたフェイが、席から立ち上がった。
 ユウと次郎は、周りを見渡した。第一艦橋の者みんなが二人を見つめている。

「メイクワンシーだよ、フェイ。佐渡先生や涼子先生や橘さんを信頼してるから」
 ユウはそう言って、立ち去ろうとした。
 第一艦橋のエレベーターへ行こうと一歩を踏み出した瞬間、ユウの手首は、次郎の手にしっかり握られていた。

「逃げるなよ」

 次郎の言葉を振り切ろうと、ユウは、強く腕を自分の体に引き寄せた。しかし、次郎の手は、振り切ろうとするほど、力が入り、ユウは振り切ることができなった。

「最後の決断はお前がするんだろ。艦長だって、お前に任せたんだ。三年前とは違うんだよ」

「どこが違うんですか?僕は、こんなこと望んではいないのに・・・・・・」

「選択したのは、君だ。君自身の意志でヤマトに乗ったんじゃないのか。お前ならできる。お前しか、いないんだよ。俺や機関長では、絶対艦長を取ってしまうんだ。わかるか。お前だけなんだ、冷静に選択できるのは」
 次郎の手がさらにぎゅっと、ユウの手を握った。

「森君、・・・・・・君がどんな選択をしても、君だけのせいじゃないからね」
 次郎は、俊介の言葉に頷いた。そして、ユウの手首を握っていた手を離した。

 
(8)

「ダメ。迷っているあなたにコスモゼロをいじらせること、私が許さない」
 格納庫の入り口では、澪が仁王立ちになって立ちふさがっていた。ユウには、見慣れた金色の髪が、まるで逆立っているかのように、威圧的に感じた。
 落ち着かないユウは第一艦橋に居ることが出来ず、格納庫で時間をつぶそうと考えていた。澪はそんなユウの気持ちを察してか、格納庫の入り口で待っていた。

「艦長が第一艦橋にいない時に、あなたが外へ出たら、誰が戦闘時の指揮をとるの」

 澪の言葉は正しく、ユウは何も返せなかった。そして、ユウは、一人部屋に戻ることしか選択できなかった。


 暗い部屋の中、小さな赤いランプが静かに点滅を繰り返していた。艦内の誰かからのメールを着信していることを知らせている。ユウは、ランプの横のスイッチに手をやった。メールの内容が、ディスプレイに表示され、その内容がそのままプリントアウトされていった。紙は、永遠に続くのかと思わせるほど、何枚も出てくた。ユウは、小さくため息をついた。
 最後の一枚を、無機質な音で知ったユウは、一枚目の紙を、その中から抜き出した。
 葵からだった。手術中、攻撃を受けることを想定して、それに対する可能な迎撃パターンが事細かに書かれていた。ユウは、一枚一枚ページの数字どおり、目を通した。ページの端の数字が大きくなるほど、ユウの頭はさえていった。

『これじゃ、ほとんど手動じゃないとダメってことじゃないか』
 書類を読み終わると、ユウは大きな、大きなため息をついて、ベッドに倒れこんだ。そして、ユウは、鉄紺の無機質な天井を見上げた。

 頭の中で、幾通りの攻撃に対する迎撃のパターンがめぐる。しかし、思うような最善の結果を向かえることのできる次の手を考えることができなかった。
 
 大きなため息一つつき、ユウは、ゴロンと横向きになった。瞼が重たく感じた。体が休息を欲しがっていた。

 眠たさで、思考がくらくらゆがみ始め、夢の入り口に入り始めた時、小さい頃の記憶が蘇ってきた。昔、地球にいた頃は、父・進とよく同じベッドで寝た。ユウは、いつも進の寝ていた右側に体を向けていたことを思い出した。今でも、そのくせが取れずに、右向きに寝ている……。ユウは頭を振り、目を明けた。

『もしもヤマトか、私かを選択するときが来たら、戦闘班長、君の判断に任せる』
 そう言った進の声が耳から離れない。
『その時、僕は、どうするんだろう……』

 ユウは、寝返りを打ち、反対側に体を向けた。机の上の写真たてが視界の中に入ってきた。
 にこやかに笑う母と自分の姿。
 ユウは、その写真の母が好きだった。覚えている母の笑顔の中で、1番美しい、幸福そうな母。母の笑顔は、自分ではなく、この写真を撮っている者へ向けられていた。そんなことは、ずっと前から知っていた。

『どうして?』
 
 トナティカで取った進の行動が許せない。ユウの中から、突き上げるような怒りが沸き起こってきた。発作のように沸き起こった感情は、自分で押さえることができないほど大きくなった。
 
 ユウはベッドから飛び降りるように下りると、写真たてをつかんだ。

『こんな写真・・・・・・』

 がちゃ
 ユウの手から投げられた写真たては、鈍い音をたてて落ちた。

 こんなことをしても、満足はできるわけではなく、ユウの心には、荒波が幾つも幾つも押し寄せていた。

 この程度の衝撃ぐらいでは、強化ガラスでできた写真たてのガラスは、ひび割れず、しっかり組み立てられたフレームは、写真を押さえていた部分が多少緩んだせいで、中の写真がこぼれ出してしまったいた。ユウは、ぼんやりとその写真を見ていた。
 写真は5枚。数えると、ユウは、1枚1枚、ゆっくりと拾い上げた。

 若い父母の写真。服装から、ヤマトで写したものだと判る。もう一枚、同じ場所で、先ほどの初々しさの感じられる関係ではなく、信頼しあっているようなそんな感じがする二人の写真。見知った父の友たちと母と父が写った写真・・・・・・皆若い。その中に、次郎と似た青年がいた。次郎の兄、大介に違いない。そして・・・・・・若い父と真田志郎、その二人の間にいる少女の写真・・・・・・その美しい笑顔の少女は、さっき、激しく怒っていた澪と瓜二つだった。

『イケナイモノヲミテシマッタ?』

 ユウは、あわてて写真を重ね、写真入れに戻した。ユウの胸は、悪さを見つかった時のように、とくとくと鼓動を鳴らしていた。

 いつも、いつも、父の机の上に飾られていた写真たて・・・・・・子どもの頃の写真は、焼けて残っていないのだと言っていた父はその反動なのか、毎年、必ず記念日には、写真を撮っていた。
 誕生日、結婚記念日、そして、毎年何度か墓参りで日本へ帰った時・・・・・・写真たての1番表の写真は、幼い頃のユウの誕生日に撮ったものだった。

『ここに入っていた写真は、おやじの大事なモノなのか?』
 写真立てを胸に、ユウは、床に転がり、仰向けに寝た。冷たい床が火照った体を冷やしていく。ヤマトのエンジン音が、艦底から心地よい響きをもたらしていた。

 父・古代進はなぜ、軍に戻ったのか。なぜ、自分を捨てたのか・・・・・・
 トナティカから地球に戻った後のユウの記憶に残っていた父の姿は、後姿だけだった。初めて、何も言わず、一人で行ってしまった父の後姿だった。

『おやじの大切なモノは、なんだったのだろう』
 

(9)
 
 澪は、艦橋にある後方展望室にいた。戦闘を配慮して、不必要な電力を極力押さえていたので、展望室はふだんより薄暗かった。その静かな暗い部屋の中、澪は目を閉じ、手を合わせ、無心に祈っていた。
 
 テュルルー
 ドアが開く音に、澪は反応して振り向いた。

 入り口に立っていたのは、ユウだった。

 澪は、にこりと微笑んだ。先ほどの、格納庫での阿修羅のごとくの怒った顔とは違う、優しい目をしていた。外の星々がよく見れるようになっている展望台のガラスに映る星々が、金色の澪の髪の添え星のように輝いていた。
 ユウは、一瞬、澪のその姿に釘付けになった。
 
「さっきは、ありがとう」
 ユウの声が静かな展望室の空間に響く。

「私も言い過ぎた。あなたが落ち着けないのは、当たり前なんだもの……」
 澪は、自分の手で、髪をさっとすいた。金糸がさらさらと、その手を滑っていった。金糸の一本一本が光っているように、指の間をぬけていく。
「いい言葉が浮かばなかった。何て言ったらいいのかわからなくて」
 長いまつげが柔らかに揺れた。そして、澪はくるりと体の向きを変えて、ガラスの方へ体を向けた。金の髪もその動きに合わせて揺れた。

 ユウは歩を進ませ、澪の側に近づいた。動揺していたのは、自分だけではないのだと、窓の外をずっと見つめている澪を見て、ユウは思った。

 二人は、展望室のガラスの前に並んでいくつかの光を見つめた。その姿の影が、目の前のガラスに映る。ユウは、その時、若い頃の父と母が映っていた写真が、この場所であることを知った。

『そうなんだ・・・・・・』
 父が昔、同じように母と並んでいた。そんな父がどんな思いで、この部屋にいたのかわからないが、航海の合間、こうした時間を母と共に過ごしていたことは確かなのだ。あの時の父母、それぞれ、ほんのちょっと、いたずらな気持ちが働いたのだろうか。

 隣の澪の横顔をながめながら、いろんなことを考えていたユウは、押さえ切れないほどだった、さっきの憤りが消え去っていたことに気がついた。

「写真写そうか」
「えっ」
 澪の驚いた顔に、今度は、ユウが笑顔を返した。

「いいわよ」
 澪が笑った。笑う澪の体の揺れにあわせて、澪の豊かな髪が揺れた。

『写真を撮るとき、澪の髪を触ってみよう。彼女は、いったいどんなリアクションするのかな』
 ユウは、カメラを取りにドアの方へ一歩踏み出した。
 
 があたあっ
 
 何の前触れもなく、艦(ふね)が大きく揺れた。

『攻撃?』
 ユウと澪は、それぞれの持ち場へ向かって駆け出した。


(10)
「攻撃は?」
 第一艦橋に飛び込んだユウの言葉に、だれもそれに答えてくれない。そんなことは、皆、それぞれの席の目の前のディスプレイでチェックし、各部署へ指示を出していた。ユウもそれにならって、ディスプレイに映るデータを確認した。

『艦載機が右舷から・・・・・・右舷後方から、未確認の艦隊、艦影が1・2・3・4・5・・・・・』

「不意を打たれた。とにかく、逃げるぞ」
 ディスプレイを見ていたユウの耳に、次郎の声が届いた。

「コスモタイガー隊を出します。周りにうろちょろしている艦載機だけでも、散らさないと」

「まかせた、戦闘班長。機関長、今現在、出せるだけの出力で航行できるように、お願いします」
 次郎は、計器類から目を離さない。

「コスモタイガー隊、出るぞ」
 ユウは椅子から立ち上がると、ヤストの席に近づいた。

「ヤスト、頼むぞ」
 ただ、背中を叩いただけだが、それで、ヤストには、充分通じたはずだった。ユウは、そのまま、ドアへ向かって走った。

 第一艦橋のドアの扉が開くほんの短い時間、ユウは振り返った。
 指揮官がいない第一艦橋。しかし、たぶん、指揮官がいても皆、同じような動きをしただろう。いるはずの指揮官席は、空席だが、そこには、確かにいるのだ。目に見えないだけ・・・・・・
 
 扉が閉まりきる直前、ヤストの手が上がった。指は、GOサインを出している。
『わかってる』

 ユウは、動き出すエレベータの中で目を閉じた。頭の中は、どのフォーメーションでいくかでいっぱいになっていた。



「佐渡先生、戦闘が始まったそうです。私は、他の看護師と代わります」
 手術室では、上の様子をうかがっていた俊介が、佐渡酒造に、第一艦橋に戻ることを伝えていた。

「わかっとるわい」
 佐渡は、機械が細かく進の体をチェックしていく様を、ひとつも見逃さまいと、瞬きするのも惜しんでいた。今の佐渡には、他の事は、すべて雑音になっていた。

 敵の艦載機から攻撃の度に、艦が少し揺れる。小さな揺れを感じると、画面に映る数値の動きがゆっくりになる。
「このままだと、マシンが危険を感じて、ストップしてしまう可能性があります。どうしましょうか」
 涼子の声が聞こえたのか、佐渡が叫んだ。

「航海長に、このままじゃ、手術中断だと伝えてくれ。も少しましな操艦しろとな」
 叫んでいながら、目と頭は、機械の数値を追っていた。
 涼子は、その手際を見て、佐渡が意外にクールな状態であることを知った。

『次郎、きっちり仕事しなさい』  
 涼子は、小さい揺れがある度に、天井をにらんだ。


(11)
「迎撃中心でいく、あまり広がるんじゃないぞ。ヤマトに戻ることができなるぞ」
 そう言いながらユウは、パネルで、全体の動きを確認した。次郎はとにかく逃げまくる。ヤストは、前方、または、近くの艦載機を撃っている。ユウは、ヤマトから迎撃できない艦載機を蹴散らしていく・・・・・・

『逃げているだけでは、ダメだ』
 撃っても撃っても、わいて出てくるような艦載機が疎ましかった。
 
「っちぃ」
 ヤマトが被弾するのを見たユウは、つい、声を出した。見た感じは大した被害はないが、艦内では、大きく揺れたに違いない。

「ちょっとぉ。全然減っていかないわよ」
 澪の声が入ってきた。
 
『このままだとジリ貧だ。いつかは、ヤラレる』
 ユウは、ヤマトから送られてくるデータを見て、決意した。

「澪、俺は一旦戻る。コスモタイガー隊は、3分の1ずつ戻るように。残りの3分の1は、着艦するコスモタイガーを援護、3分の1は、ヤマトの前方を」
 
「後は、任せなさい」
 澪は、そう言うと、他のコスモタイガー隊に通信を取り始めた。

 ユウはヤマトから送られてきたデータをチェックしながら、着艦の体勢をとった。普段と違って、ユウが一番最初に戻る。着艦体勢に入った機体の側に光の筋が走った。次瞬間、ヤマトの外壁の一部が爆発する。ユウは、構わずその体勢のまま、コスモゼロをヤマトの艦底へ向かわせた。



「航海長、ヤマトを反転させてください」
 第一艦橋に戻ると、ユウは次郎に叫んだ。

「何言っているんだ。こっちは、これで手一杯だ」
 いつになく、次郎は、イライラしていた。しゃべっている余裕がないのだ。ヤマトは出来る限りの速さで、艦隊を振り切ろうとしていた。ユウは、そんな次郎にお構いなしで、自分の席のパネルのキーに指を走らせる。

「葵さん、今、ヤマトを反転させて、波動砲を拡散モードに撃つことは可能ですか」

「何を言っているんだ」
 ユウの言葉に、操艦していた次郎は、すかさず、言葉を挟んだ。

「このままでは、逃げ切れません。艦隊に飲み込まれます。彼らは、横に広がった陣形から、両サイドの機動力がある艦艇がヤマトを囲みつつあります。なぜか、左側が遅れ気味で、かなり乱れてます」
 ユウは、予想の動きのシュミレーションを作ると、前面のスクリーンに映した。

「左に突っ込むのか」
 ちらりと画面を見た次郎は、額の汗を手の甲でぬぐった。

「違います。右を狙います。ヤマトが反転すれば、お互いのスピードのために、かなり早くすれ違います」

「ならば、カートリッジ弾か、波動爆雷を使ってみたら」
 
「意外性を狙いたいんです。葵さん、結果は?」

「危ないわ。至近距離過ぎる・・・・・至近距離になればなるほど、拡散モードでも、かなり狭い範囲でしか有効にならないわ」

「じゃあ、願ったりです」

「手術中の艦長もいるんだぞ。こんなに不安定な状況で、安定した出力も医務室に送れないかもしれないんだぞ」

「艦長から、判断するように言われたのは、僕です」
 ユウの言葉に、次郎は体に力を入れた。

「戦闘班長の判断に任せよう。それが艦長の判断だっただろう、航海長」
 太助は、第一艦橋の他の音にかき消されないよう大きな声を出した。その言葉に、次郎は操縦桿を握る腕に力を込めた。

「ヤマトを反転させます。機関長、お願いします」
 次郎は、大きく操縦桿を動かした。ヤマトは大きくその巨体をねじるように向きを変えていった。
 


(12)

「戦闘班長、手術室のUPS(無停電電源装置)だけに頼るのは、危険があります」
 葵は、大きく体をそらせ、ユウに向かって叫んだ。葵にとって精一杯の声であった。

「波動砲発射準備に入ります」
 ユウは葵の言葉にお構いなしに、準備を進めた。

「艦長の命が・・・・・・」
 泣きそうな声で葵が叫ぶ。

「ここでやめてしまったら、艦長どころか、ヤマトごと我々が沈められてしまいます。まず、我々が生き残ることが先決です」
 ユウは立ち上がり、振り向いた。 
 
「ヤマトが沈んでしまったら、私たちにも、艦長にも、死しかないんです。地球が助かるすべがなくなるんです」
 ユウの言葉は、そこで終わった。ユウは、自分の言葉を自分の中で繰り返した。ユウの中の気持ちと、言葉と行動がちぐはぐになっていた。

『お前も、艦長と同じ選択をするのか・・・』
 次郎は、何も言わなかった。
 次郎は、トナティカからの脱出を思い出した。次郎が進にユキの救出を勧めた時、進が言った言葉・・・・・・言葉とは裏腹の進の後姿・・・・・・何もできない自分・・・・・・

『凶とでるか、吉とでるか・・・・・・ままよ』
 次郎は、操艦に全神経を集中させた。


「波動エンジン内圧力を上げるぞ」
 すべての雑念を振り払うかのように、太助の大きな声が、第一艦橋に走った。太助は、ユウに再確認するよう、声をかける。
 ユウは、ごくりとつばを飲み込んだ。右手を握り閉め、指先の神経を鋭敏にさせるための準備運動をした。



「こんな状況で波動砲を撃つなんて・・・・・・馬鹿なことを。やめさせます、佐渡先生」
 俊介から連絡を受けた涼子が、佐渡の耳元で叫んだ。

「今は大事なところなんじゃ。向こうもこっちも。両方ともストップはできん。第一艦橋へHRの音を送れ」

「心拍数の音ですか」

「そうじゃ。橘くんに送って、第一艦橋に流してもらってくれ」
 佐渡は、再び目の前のモニターに集中しだした。佐渡の額に汗が走る。佐渡は、ぬぐうことを忘れて、モニターの数値を少しずつ変更していった。涼子は、佐渡の汗をぬぐおうとガーゼをつかむが、一旦手を引き、インターフォンのオンボタンに手を伸ばした。



「艦長の心拍数のモニターの音が手術室から送られてきました。佐渡先生から、これを聴きながら波動砲を撃てだそうです」
 俊介は、音声のスイッチを切り替えた。単一のリズム音が、第一艦橋に流れ出した。波動エンジン内のエネルギー充填の音と、進の心拍数の音が重なって響く。

 とくん、とくん、とくん・・・・・・・

 やがてその音は、波動砲の圧力上昇の轟音に、かき消されていった。

「エネルギー充填90、100、・・・120パーセントになったぞ」
 太助が確認する。
 
 とくん・・・とくん・・・とくん・・・・・・

 微かに聴こえる音を、ユウは見逃さなかった。緊張で、体は硬直しているが、頭の中には、進の心臓の動きを知らせる音が、ゆっくり聞こえる。昔、添い寝をしてもらった時に、進の胸に顔をくっつけて寝た時に聴こえた音と同じリズム・・・・・・

 とくん・・・と・・・・・・と・・・・・・
 
 音が消えていく。ユウには、それが何の事かわかっていた。音が消えると今度は、けたたましい警告音となっていった。
 ユウは動かない。一早く気づいた俊介は、ユウの気持ちが決っているとわかると、ただ、音だけに集中し、手術室の様子をうかがった。

『お父さん・・・・・・・』
 声になりそうだった。しかし、ユウは、体に力を入れて、腹から声を出した。
「対ショック、対閃光防御」

 佐渡や涼子、看護兵たちの姿がユウの中で映像として浮かんだ。
『あの二人なら、最後まで、あきらめずやってくれる・・・・・・きっと・・・』

 ユウは、カウントを数え出した。進の心臓の打つ音は、ユウの耳に届いてこなかった。 

(13)
 カチッ、カチッ、
 こ気味の良いリズムが、将棋盤から響いていた。
 少年の頃、ユウは、進とよく将棋をしていた。進は、さほど強いわけではないが、子どものユウは、一度も勝ったことがなかった。紅茶とおいしいクッキー、窓から涼しい風。時間はたっぷりあった。

『勝てる・・・・・・』
 ユウは、初めての勝利の瞬間を思い描いた。あと数手・・・・・・進の後ろの窓に、ヤストが顔を出している。このままでいけば、遊びの約束をした時間に間に合うだろう。ユウの口角は、自然に上がっていった。

 カチッ
 進は相変わらず一定のリズムでコマを動かした。ユウは、さっと次のコマを動かそうと手を机上に伸ばした。

『えっ』

 思ってもみなかったコマの位置。危うく進の手に引っかかるところだった。他の手を考える。ユウは、一つ一つのコマを見渡した。
 ユウは、顔を上げた。目の前には、進がにっこりしていた。

「投了・・・だ」
 再び、盤のコマを確認しだしたユウに、進は声をかけた。

 確かに、何度見ても、同じなのだ。ユウの王将は、どんなことをしても、後数手で、進に取られてしまう。今日こそは、勝てると思ったのに負けてしまったユウは、投げやりな動きで、コマを片付け始めた。将棋に負けた方が片付けることが二人の約束だった。

「ヤストくん、来ているんだろう」
 進は、ソファにどかっと転がり、読みかけの本をまた広げながら、ユウに言った。ユウは、その言葉に返事をしなかった。黙々と、将棋セットをいつもの引き出しに押し込んでいた。

「どうして、ヤストが来ていることがわかったの?」
 ユウは、本を読む進の前に立って、わざと、本を読みにくくした。それは、少し抵抗の意味もあった。

「知りたい?」
 こういう時、進は必ずもったいぶる。ヤストは、相変わらず、進の後ろの窓で、ボディランゲージで、ユウにアピールをしていた。

「ほら」
 ユウは、進に顎をつかまえられた。
「また、他のことを考えた」
 ユウの頬を少しなでると、進は、ユウの顔から手を放した。

「気持ちがそれていただろう。窓の外のヤストくんに」
 進は、体を倒し、また本を読み始めた。
「そういう時はね、ミスを犯しやすいんだ。特に勝ちを急いでいる時はね」
 進は、そう話ながら、ページをめくっていった。

「相手は、自分の思っている通りに動くに決ってる思っていなかったかい」
 
 進にそう言われ、ユウは考えた。確かに、自分は、進のコマを読んでいたつもりだった。しかし、3つ前に、まったく予想だにしなかった所に進のコマが一つ移動していたのを見落としていた。そのコマも、気をつけていれば、取れたはずだった。

「全体の動きが見えてくると、油断しがちなんだ。たぶん、相手はこう動くってね。勝手に思い込んでしまって。そういう時は、意外なことをして状況を崩してみるのも一つの・・・・・・すまないな、ヤストくんが待っているんだったな」
 進は、行っておいでと言わんばかりに、手を振った。

「今、このポイントで撃っても、通常の半分も威力がありません」
 再び警告するように葵が叫んだ。しかし、ユウは、そのまま、カウントを続けた。
「・・・4・3・2・1・ゼロ、発射」

 すさまじい、光と音の中、ユウの神経は、ただ一点に集中していた。

どくんっ
 波動砲の大音響の中、ユウの耳に小さな音が届いた。

どくんっ、どくんっ・・・・・・


(14)

どくんっ、どくんっ・・・・・・
 今は、自分の心臓の音が、スピーカーからの心臓の音と重なって聞こえている。
『静まれ!静まれ!』
 ユウは、自分の胸をどんどんと叩いて、自分を落ち着かせようとした。そうしながら、ユウは、少しずつ自分の中から外界へと感覚を広げていった。
 ユウは発射後からずっと、トリガーに右手をかけたままであったことに気がついた。目の前の時計は、発射数分後経過をユウに知らしていた。

「追っ手は?」
 次郎の声が耳に飛び込んできたユウは、息を大きく吸いながら、閃光防御のグラスを頭からはずした。

「完全に振り切れました。ワープ可能空域に65秒後入ります」
 計測中の桜内真理が、キーを叩きながら、返事をした。

「エンジンの損傷30%だが、小ワープするには充分の出力だぞ、航海長」

「航海長、多少後退してしまうかもしれませんが、ワープ先は、1時の方向、四光年戻った地点が比較的安定しています。そこなら、計測せずにワープできます」
 
「わかった。ワープ可能空域に入り次第、ワープすることを手術室に伝えてくれ」
 
 メインスタッフは、それぞれの任務を忠実に遂行している。ユウは、ありきたりな質問をするのを控えた。その質問をしても、誰もその答えを返してくれそうにないほど、第一艦橋はあわただしい状態だった。

『艦長はどうなったのだろう・・・・・・』


 その質問を声に出せずに、ユウがうろたえている状態であることに気がついたのは、ワープ後の次郎だった。

「艦長の手術、見て来い。まだ、終わってないぞ、ユウ」

『終わってない?じゃあ・・・・・・』

「早く、行って来い」
 次郎は、ユウの背中を押した。ユウの目から涙がこぼれ落ちそうだったが、それを誰かに見せたくなくユウは、第一艦橋を走りぬけた。


どくん、どくん、どくん・・・・・・
 胸の鼓動は、静めることをできず、ユウは、艦内を歩きまわった。そして、 艦内通路の流れに身を任せながら、ユウは少しずつ、さっきの戦闘の状態を思い出していた。頭をめぐらすほど、冷静になってきて、ユウは、戦闘時の艦隊配置を思い返してみた。
 ボラー連邦の艦隊の動き……ヤマトの動きと関係ない動きをしていた。
『偶然、ヤマトは戦場に入ってしまったのではないだろうか。・・・・・・そうすると、ボラーは誰と?』

 次の瞬間、ユウの頭に、宇宙戦士訓練学校の授業のひとコマが浮かんだ。
『潜宙艦!?』

 潜宙艦だったら、ボラーと戦っていた艦隊が見えなくても、合点がいく・・・・・・今まで、地球連邦が経験した戦闘を学ぶ、宇宙海戦史の授業で、ガルマンガミラスとの戦闘でそういう例があったことを聞いたことがあった。
『そう言えば、あの教官もヤマトに乗っている時に経験したって言っていたな。ということは、おやじも・・・・・・』

 ユウの脳裏に、笑顔の母と幼い自分の映像がよぎった。
『いまさら医務室に行ったって、俺に何ができるっていうんだ』

 ユウは足を止め、艦橋後部の展望室へ向かった。
 ユウの脳裏に浮かんだのは、戦闘前に祈っていた澪の姿だった。柔らかく緩やかな背中のカーブにそって、金糸の髪がそのスレンダーな体を包んでいた……

 ユウは展望室へ急いだ。

 
(15)

「ヤマトは、この空域から脱出できたようです」
 味方の被害報告を受けていた長身の司令官に、副官らしき男が囁いた。

「我々が護衛をした方がいいのではないですか。その方が、我々も・・・」
 司令官は、副官の眼前に手を出した。そして、副官の言葉を制した。

「総統のご希望なのだ。我々はガルマンガミラスの制空圏まで、ヤマトが自力で来るのを、ただ、見守るのが役目。そして、こうして、その任務に乗じて、ボラーをかく乱できれば上出来なのだ」
 司令官の男は、目を伏せ、言葉を続けた。
「総統の直々のご命令ではなかったら、ヤマトともう一度戦ってみたかった」
 口元のひげが少し動いた。男の表情は、何かを思い出しながら、笑っているようにも見えた。

「フラーケン中将も、よほどヤマトに関わる思い出があるのでしょうか」
 副官は、指揮官の顔をのぞき込もうとした。その瞬間、フラーケン東部方面司令は、スッと向きを変え、男をかわした。

「総統ほどではないが・・・・・・。しかし、ガルマンガミラスの将校なら、誰もが一度はヤマトと、と思うのは、仕方あるまい。それほど、ヤマトは強かったのだ」
 フラーケンは、ゆっくり顔を上げ、司令室のパネルを見上げていた。そこには、銀河系の立体図があり、小さな光が一つ、チカチカと点滅している。ヤマトの位置である。

「そのまま進んでいくと、トナティカ経由の航行ルートしかないぞ、ヤマトよ」
 


 開いていく展望室のドアのすき間から、金色の髪の後ろ姿が現れた。
『澪・・・・・・』
 ユウはつばを飲み込んだ。さっきの記憶どおりの風景がそこにあった。

 澪の金色の髪は、光を発しているように、一本一本光り輝いている。豊かな髪は、澪の動きに従って大きく揺れる。振り向いた澪の澄んだ瞳は、ユウだけを見ていた。

 ただ、向き合ったまま、二人は立っていた。ユウは、この静かな空間を何とかしたかった。そうでなければ、ユウは、ただじっとその髪を見続けることになりそうだった。

「何をしているの?」
 言葉にしてから、ユウは後悔した。

 声を発したしまったばかりに、柔らかな澪の発する光に満ちていた空間は、次第に色あせていき、ただの展望室へと戻っていった。ユウは口をきゅっと閉じた。
 澪は柔らかい笑みをユウに返した。

「小さなお願い・・・・・・神様に・・・・・・まあ、神様なんていないかもしれないけど、艦長の手術が成功しますように祈っていたのよ」
 ユウは、澪の髪をまじまじと見た。澪の髪は、いつもの色に戻っている。

「私の1番大事なものと交換してもいい。艦長の手術が成功するのなら・・・・・・」
 澪の長いまつげは、ゆっくり、上下に動いた。

 ずっと口を閉ざしたままのユウの顔を見ていた澪は、頭を振り、髪の毛をさっと大きく揺らした。

「そうだ、ねえ、さっきの続きしよ」
 そこには、いつもの澪が、いつものように無邪気な笑顔をユウに向けていた。
 その変化にユウは驚き、目を大きく開けた。

「さっきの続き?」

「写真を撮ろうって、言っていたじゃない」
 澪は軽くユウの胸元に拳を近づけた。ユウは反射的に手でその拳を受け止めた。澪はニヤリと笑った。

「い、言ったけど」
 緊張した顔を見られまいと、ユウは、顔を伏せた。

「じゃ、撮ろう。カメラもあるんだから」
 澪は、一人鼻歌を歌いながら、テキパキカメラの準備をした。カメラをセットし終わると、強引にユウの腕をつかんで、窓際に引っ張った。その澪の指の感触が、ユウの腕から体中に走った。ユウは何も言えず、ただ、従うだけだった。

 澪の髪の一本一本が、ユウの目の前で揺れていた。

「カメラの点滅が始まったら、5秒後よ」
 澪は、ユウの腕を取り、体を寄せてきた。澪の柔らかい体も気になったが、ユウは、時折自分の体に触れる澪の髪に、心奪われていた。

『触りたい・・・・・』
 ユウは自分の欲求を止めることができず、右手の指先をほんの少し伸ばした。


(16)

「いたぁっ」
 ユウは、思わず声をあげた。ほんの少しだけ伸ばした指先が勢いよく打たれたのだった。
 ユウは顔をしかめた。次の瞬間、小さなシャッター音がユウの耳に届いた。
 
「今、触ろうとしたでしょ」
 澪の言葉に、ユウは何も返せなかった。澪は、顎を上げながら、ユウから一歩はなれた。
「そういうの、セクハラっていうのよ」

「何言ってんだ。別に何かしようと思っていたわけじゃ・・・・・・」

「やっぱり、触ろうとしていたんでしょ、その言い方」

「い、言いがかりつけるのはやめろよ。君の思い過ごしだ」
 ユウは多少の後ろめたさを感じながら、澪の言葉を否定した。

「ううん。わざと手をこっちへ出してきたわ。私、見ていたもん」
 澪の言葉に、ユウは息を荒くして息巻いているしかなかった。

「やっぱり、触ろうとしたんでしょ」
 澪は、そのユウの姿を見て、強気になっていた。

「もう少し、真面目な奴だと思っていたんだけど・・・スケベな班長さん。今度やったら、セクハラで艦長に訴えるからね。いいわね」
 澪は、言葉を言い終わるまで、ユウを睨みつけていた。

 しばらく睨んでいた澪は、頭を大きく振って、踵を返した。その動きは、澪の髪の毛の先を大きく弧を描いて広がらせた。一本一本広がった髪の毛は、次の瞬間には、また、体の方へ引き寄せられるように戻っていった。

「自意識過剰だよ」
 ユウは、去り行く澪に、捨て台詞を吐いた。澪は振り返ることなく、部屋を出て行った。

 ユウは、ため息を一つつくと、カメラの方へ目をやった。
『素直に言った方がよかったのだろうか』

 カメラから出ていた写真には、顔をしかめているユウと、憮然とした顔をして髪を大きく揺らしている澪が写っていた。

「わはははは。若いもんはいいのう。いつの時代も」
 不意に澪が出て行った反対側のドアのところから、大きな笑い声が聞こえてきた。一升瓶を抱えた、佐渡酒造であった。

「先生」
 ユウは声を出したものの、佐渡がここにいることが腑に落ちなかった。佐渡は、進を手術していたはずである。

「術後の一杯で宇宙見酒とシャレこんで来たら、なんとまあ、いい思い出ができたじゃないか」
 佐渡は、酒をもう片手に持っていた茶わんに注ぎ始めた。
 ユウは佐渡が注ぎ終わるまで、じっと見守った。

「先生、佐渡先生、艦長の手術は・・・・・・」
 佐渡は、ユウの言葉を聞くと、手に持っていた茶わんを口に持って行き、ぐっと酒を飲み干した。

「安心せい。艦長の手術は、ひとまず成功じゃ」
 ユウは、ホッとした。体の中の火照りがおさまっていった。ユウは深々と、佐渡の前に頭を下げた。


(17)

『眠い・・・・・・』
 涼子は、ペンを指で回しながら、たまっていたカルテのチェックをしていた。そうでもしないと、眠たさをこらえることができそうになかった。ペンの回転が鈍って、ペンを何度も落とした。
『まずい』
 頭を何度も振って、どうにか睡魔を追い払いたかった涼子は、その誘惑に負け、頬づえついて、ほんの少し目を閉じた。

「眠たい時は、少し仮眠したらどうだ」
 その声で、涼子は振り返った。いつの間にか部屋に入ってきていた次郎だった。どうやら、少々まどろんでいたつもりが、いつの間にか眠りこけていた。

「まずいんじゃないか。俺が入ってきたことも気がつかないなんて」
 次郎は、涼子の手からペンを取った。
「眠たい時に、ペンは、危ないぜ」

「返して」
 涼子は次郎の手のペンを取ろうとするが、次郎は、すんでの所で、身をかわした。

「結局、寝ちゃうでしょ。眠さに弱いんだから」

「寝ないわよ。艦長の術後の様子も診(み)なきゃならないし、今回の戦闘で怪我した乗組員のカルテのチェックもしなきゃなんないし・・・・・・」
 涼子は、カルテの束をトントンと机の上でそろえた。眠たい時に寝てしまって失敗は、確かに一度や二度ではなかった。


「腕はいいんだけど、集中力に欠ける・・・・・・」
 涼子は、トナティカへ行く前に、赴任先の病院の外科部長に言われた言葉を思い出した。
「外科には向いてないと私は思うのだが・・・・・・」

『じゃ、なんならいいの?』
 涼子は、ただ、話を聞いているだけだった。数日続いた過密なスケジュール、もう少しで担当患者が死にいたる程の過失・・・・・・自分の過失が大きかったかもしれない。でも、勤務状態がいい病院だとも思えない。すべて、自分の過失になってしまったのが不服だったが、何も言えない。

「宇宙勤務はどうだね?今度のトナティカへは、森君がいくんだ。森雪くん、知っているだろう。行ってみる気はないか。彼女は、看護師経験もあるし、最先端のことも学んでいるし、いろんな意味で学べるんではないかな」

『そう言って、追い払いたいの?』

「少し寝たら?何かあったら、機械が異常音出すんだろ、そうしたら、殴ってでも起こすから」
 次郎の顔を見ていた涼子がにこりと微笑んだ。

「やさしいんだから」
 次郎が何か言葉を言い出そうとしたとき、それを遮るように言葉を続けた。
「くせもんだよ、次郎のやさしさ」
 
「この間はあんなこと言ってけど、トナティアカから帰還後帰って来た時、側にいてくれても、きっとだめだっただろうなあ、私たち」

「どうして?」
 次郎の動きが止まった。涼子は、さっと、次郎の握っていたペンを奪い取った。

「相手を慰めてあげれるほど、二人とも強くなかった。だから、一緒にいても、あなたを傷つけてばかりで、そのうち、そのことで自分も傷ついて……こんな風に話すこともできなかったよ、きっと、ね」
 涼子の言葉を聞いていた次郎は、壁に背をもたれた。

「すごいな、涼子は。いつも、俺よりも早く回答を出す。いつまでたっても勝てないな」

『次郎は勝ちたいんだ、いつも・・・』
 涼子は、笑いをこらえた。

「次郎もいい男になってきたわよ。もう少し、操艦うまくやれたら、もっとポイント上げてあげる」

「まだ、合格ラインじゃないんだ」

「私の合格ライン高いのよ」
 涼子は、次郎の眉間を指ではじいた。
 
 『傷つけちゃった?』
 涼子は、次郎が何かをしてくるものと思って身構えていたが、次郎は、涼子の後方を眺めていた。次郎は、進が寝ている処置室の入り口の方を見ていた。

 涼子が振り向くと、そこには、ユウが立っていた。

「あの二人はいいね、親子だから。別れても、離れていても、いつでも戻ることができる・・・・・・」
 涼子は目を伏せた。

「ありがとう、次郎。おかげで目が覚めたわ」
 


(18)

 ユウは、窓の向こうの進を見つめていた。手には、展望室で佐渡から渡された、進の懐中時計があった。

『ずるいじゃないか……』
 ユウはぎゅっと、懐中時計を握り締めた。
 蓋の内側に貼られた写真……あの写真立てに入っていた写真と同じだった。
 ちらり、ちらりと、写真の写した日の記憶が脳裏に蘇る……
「だめだめ、もっと、くっつかなくっちゃ」
 カメラを首からぶら下げた進が二人に向かって、手を振った。もっと近づけの合図だった。

「だって、お母さん、くすぐるんだもん」
 幼いユウは、ユキから離れようとする。
 
「少し我慢して…そうそう……」
 進がまた、カメラを構えた。
 ユウは、ふと、横にいるユキの顔を見た。とてもうれしそうな笑顔を返してくれた。そして、ユキが頬をくっつけてくる。温かい頬……

「あっ、ずるい」
 写真を撮り終わった進が二人の間に入ってくる。ユウの体は、いつの間にか進の腕の中にあった。ユウの顔の側には、父と母の笑顔があった……




「ヤマトを見失ったか」
 前線に配置した艦隊からの連絡を受け、スヴァンホルムがぽつりとひとりごとのようにこぼした。

「この状態から、移動したとなると、トナティカの近くを通過するコースですね」
 スヴァンホルムの隣の男が前面のパネルに、ヤマトの推定航路とトナティカの位置を表示させた。

 スヴァンホルムは、その図を何度も何度も目で追って確認した。
「あわてることはない……」

「ガミラス艦隊がヤマトと接触しないように、ヤマトをこちら(トナティカ)側に追い込む」
 スヴァンホルムは、にやっと口元を緩めた。スヴァンホルムの動向を見守っていた隣の男は、小さく頷いた。

「少しずつだ、少しずつ……」
 スヴァンホルムはつぶやいた。

「ボラー本国に暗号を送れ」
 スヴァンホルムの声に隣の男が背を伸ばし、体を緊張させた。

「内容はどうなされます?」

「ヤマトのために、このトナティカ丸ごとを犠牲にしていいのか、本国の作戦本部にそう伝えてくれ」
 スヴァンホルムは、再びパネルに目をやった。

『古代、お前との決戦は、これからなのだ』
第九話「決戦」終わり
第十話「ユキ」へ続く


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね
SORAMIMI 

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