第102章  風が吹く時


 

 オーブに事実上の最後通牒を突きつけた事で、カーペンタリア基地に集結した艦隊は出撃態勢に入った。この艦隊は明日にもカーペンタリアを発ち、回答期限の明後日にはオーブ近海に展開する事になっている。潜水母艦には整備が完了したMSが次々に搬入され、潜水揚陸母艦にはザウートや地上車両、歩兵部隊が乗り込んでいく。オーブは多数の島で形成される海洋国家で、MSや戦車には戦い難い市街戦が中心と予想されるので、戦いは歩兵と装甲車が中心となる可能性が高い。
 そしてアスランたち特務隊も何時も使っているアースロイルのほかに第2師団からこちらに回されている潜水母艦3隻を指揮下におさめ、1個部隊として数が揃えられていた。アスランはジュディから隊長と認められたのだ。
 指揮下に30を越すMSを配備されたアスランの顔色は悪かった。これまでは数人の部下だけだったものが、とうとう4隻の艦艇と30機以上のMSのパイロット全員に責任を持つ身となってしまったからだ。これまでの過重労働と心労によって打ちのめされていたアスランにとって、この精神的な加重は耐え難い威力が有った。
 アスランの見ている先ではイザークが指揮を取って潜水母艦にMSや物資を運びこんでいる。フィリスがそれをサポートして、シホやエルフィ、ジャックが使いっパシリと化して走り回されていた。
 ミゲルとディアッカはというと、こちらはルナマリアとレイを連れて3隻の潜水母艦に配属されている新米パイロット達に戦う時の注意などを説明していた。既にベテランは希少な存在となっているザフトにおいては、新米が中心とならざるをえない。特務隊に回された部隊も大半が初陣か数回の経験しか持たない新米なので、ミゲルとディアッカは彼等の引率役に抜擢されていたのである。

 そんな光景を眺めながらアスランはこの戦いの先に待つものに不安を覚えずにはいられなかった。オーブと戦えば必ず味方にも犠牲が出る。それが大きな物となったら、どうやって連合との今後の戦いを進めていけば良いのだ。

「本国は何を考えている。オーブが邪魔なら経済封鎖なりで干上がらせれば直ぐに屈服するだろうに。NJCの流出を恐れるのは分かるが、ザフトの体力も限界なんだぞ」
「隊長……」

 まだ今回の作戦に納得できないで居るアスランに、エルフィは気遣うような視線を向けている。
オーブは資源を輸入し、製品に加工して輸出して外貨を稼ぐ貿易国である。故に食糧や原料は全て海外からの輸入に頼っていると言っても良い。あの狭い国土には一次生産力など無いのだから。
 こんな国なのだから、経済封鎖を行えば直ぐに音をあげる。座して餓死を待つのでなければ、向こうから手を出してくるか降伏するかの2択しかなくなるのだから。
 もっとも、これはオーブを攻撃したくないアスランの心情から出た考えであって、プラントの指導部にしてみればNJCの流出は死活問題とまで考えられていた。現在でさえ泣きたくなるほどの生産力の差を見せ付けられているのだ。これでもし連合が核を復活させたりすれば、連合は核動力兵器や原発を復活させて更なる戦力拡充に走るようになり、戦力差は逆転不可能になるに違いない。それだけは避けたかったのだ。その為になら多少の無理は覚悟の上で、プラント指導部は今回の作戦を強行したのだから。
 
 深刻な顔で考え込んでいるアスランにエルフィが何か話しかけようとするが、言葉が見つからずに口を噤んでしまう。エルフィが言葉を選んでしまうほど、今のアスランの苦悩は深かった。
 だが、その時いきなりエルフィの頭にポンと大きな手が置かれた。何かと思ってエルフィが後ろを振り返ると、そこにはグリアノスが立っていた。

「グ、グリアノス隊長」
「どうしたのだエルフィ・バートン。なにか悩み事か?」
「い、いえ、私じゃなくて……」

 エルフィがチラリとアスランを見る。アスランはまだ思考の深みに沈んでいるようで、グリアノスが来た事にさえ気付いていない。それを見たグリアノスはなるほどと頷き、エルフィに任せておけと言った。
 そしてグリアノスはアスランの隣に立つと、少し大きな声でどうかしたのかと声をかけた。その声にアスランが弾かれるように反応し、びっくりした顔でグリアノスを見上げている。

「グ、グリアノス隊長、何時ここに?」
「先ほどからだが、気付いてもらえなかったのかな」
「す、すいません」

 全く気付いてなかったアスランが素直に謝ると、グリアノスは苦笑してしまった。

「別に謝る事は無い。それよりどうしたのだ、深刻な顔をして」
「そんなに深刻そうでしたか?」
「ああ、眉間に深い皺を刻んで、まるで悩んでいる時のザラ議長のようだったな。何を考えていたのだ?」

 グリアノスの穏やかの問い掛けに、アスランは躊躇いがちに内心をグリアノスに語って聞かせた。この作戦に対する反感と、本国の動きが理解出来ないという苛立ち。そして、この戦争の行く末への不安。
 それを聞いたグリアノスはなるほどと頷き、少し考えてアスランの言葉に返事を返した。

「気持ちは分かる。正直、私もこの作戦は無茶だと思っている」
「グリアノス隊長もですか?」
「おかしいかね? 確かに私は強い敵との戦いを好むが、別に望んで戦争をしているわけではない。こんな戦争が無ければ、今でも国で塗装業者を続けていただろう」
「と、塗装業者だったんですか?」

 まさかあのザフトでも指折りの猛将と言われるグリアノスの戦争前の仕事が塗装業者だったとは。余りにも印象と合わないせいか、アスランもエルフィも目を丸くして驚いていた。その反応を見たグリアノスは流石に苦笑してしまっている。

「ふふふ、そんなに意外かね?」
「あ、いや、そんな事は……」
「気にせんでも良い。ザフトに入って以来、顔付きも含めて自分でも随分変わってしまったものだと思っているからな。時々、今国に帰っても家族は私を分からないのではないかと不安になる」
「…………」

 初めてグリアノスの内心を聞いたアスランは唖然としていた。グリアノスのような歴戦の勇士でさえ不安になる事があるというのだろうか。驚いているアスランの肩をグリアノスが軽く叩く。

「今は作戦の成功だけを考えるのだ、アスラン・ザラ。もう作戦は発動してしまっている。我々が何を言おうと、もう作戦の撤回は出来ん」
「グリアノス隊長……」
「悩んでいるだけでは何も出来んぞ。今は部下を全員生きて連れ帰る事を考えろ、それが今のお前の仕事だ。人間は自分の手の届く範囲の事しかできんのだからな」
「……はい」

 グリアノスに諭されたアスランは、それでもまだ吹っ切れない表情で頷いていた。それを見たグリアノスは困ったもんだという顔になったが、それ以上アスランに何か言う事は無く、アスランに背を向けて歩き去ろうとして、足を止めてエルフィを振り返った。

「ああそうだ。エルフィ・バートン、君の差し入れてくれたコーヒーが部下に大好評でな。また差し入れてやってくれんか」
「そうですか。それなら喜んでお伺いしますっ」
「はははは、楽しみにしているよ」

 嬉しそうに頷いたエルフィを見て、グリアノスは楽しげな笑い声をあげてそこから立ち去っていった。このグリアノスの言葉がアスランにどのような影響を与えたのかは定かではないが、この後アスランは自分も仕事に加わって行っており、エルフィを一安心させていた。






 ザフトの最後通牒を受けたウズミは激怒していた。こんな要求など受け入れられるはずが無い。これはオーブの主権の侵害に他ならないではないか。

「ザフトめ、初めから我が国を潰す魂胆だったな!」

 種類を会議室のテーブルに叩きつけてウズミは怒りを露にしていた。これまでの交渉は戦力集結のための時間稼ぎに過ぎなかったわけだ。ウズミの前に集っている各首長家の代表達や軍の高官たちは配布されたコピーを前に一様に顔色を変えており、流石にこんな要求を受け入れられるわけが無いと考えている事が伺える。
 書類をテーブルに戻したホムラがフウッと重い溜息をつき、ウズミを見る。

「だが、どうするのだウズミ殿、敵の数は圧倒的ですぞ?」
「迎え撃つしかあるまい。このような脅しに屈するわけにはいかん!」
「それはそうなのだが……」

 流石にこれは無茶が過ぎる。しかも一切の妥協の余地無しと言うのだから、プラントは最初からオーブと交渉するつもりなど無い事が伺える。ウズミほどオーブの理念に拘りなど持たないホムラであっても既に開戦以外に選択肢が無い事は分かっていた。
 それを踏まえて、ホムラはこの場に大西洋連邦からの提案を持ち出した。

「ところで、実はプラントからの最後通牒のことを何処からか知ったらしい大西洋連邦が、我が国に援軍を送る用意があると言って来たのだが」
「援軍ですと!?」

 その人事に、意気消沈していた軍の高官たちが俄かに色めき立つ。この状況下で援軍は喉から手が出るほどに欲しい存在だ。だが、ウズミはそれに対してはっきりとした拒絶を突きつけた。

「駄目だ、オーブはオーブの力で守る。我等の理念は如何なる国にも侵略を許さぬことだ!」
「ですが、オーブ単独で勝ち目があると?」
「勝ち負けではない。我が国は如何なる戦争にも加担せぬこと、これが第1だ。だからこそ、他国の援軍など断じて受け入れられぬ」
「ウズミ殿、貴方は国の理念と国民のどちらが大事なのだ?」

 ホムラが静かな、だが確かな怒りを感じさせる声で問う。これまで黙って聞いていたカガリはホムラの問い掛けを聞いてハッとした顔になっていた。それはついこの間、ヘンリーが自分に投げ掛けた物と等質の問い掛けだったから。
 そしてウズミは、それに対して彼のこれまでの主張を繰り返す回答を示した。

「国民は守る、それは当然の事だ。だが、理念を曲げては国が成り立たぬ!」
「そのような事が出来ると本気で考えておられるのか!?」
「出来る出来ぬでは無い、やらなくてはならんのだ!」

 圧倒的な威圧感で会議場を圧するウズミ。幾ら無理難題を言っていても、それに人を従わせるだけの迫力をウズミは確かに持っていた。それは強固な信念を持つ者ならではの覇気なのだろうか。ウズミの迫力に首長たちや軍人たちが息を飲み、反論の声を無くしてしまっている。
 ホムラはまだ何か言いたそうであったが、他の首長たちがウズミの首長に同意しだすのを見て悔しそうに口を噤んでしまった。残念だが、ウズミとホムラでは指導者としての格に差がありすぎたのだ。
 それでオーブの方針が単独での防衛戦に決まりかけた時、カガリが初めてウズミに声をかけた。

「お父様、1つお聞きしたい事があります」
「……なんだ、カガリ?」

 このような場で初めて発言したカガリに、ウズミが意表を突かれたような顔をしている。だがカガリには父親のそんな驚きなどどうでも良かった。

「オーブ軍の現在の戦力ではザフトを相手にしても勝つことは不可能です。それを承知の上での決断なのですね?」
「……無論だ」
「確実に負けると分かっている戦場に将兵を送ると?」
「ではどうしろと言うのだ?」

 このような場でのはじめての娘の反抗にウズミが苛立った声で問い掛ける。それに対して、カガリは当然過ぎる答えで返した。

「大西洋連邦の援軍を受け入れるべきです。そうすれば、オーブを守りきる事は不可能ではありません」
「それは先ほど許さんと言った筈だ!」
「それが最善の方法ではないのですか。国と人が残れば、理念も残ります!」
「違う、一度失えば、理念は二度と取り戻せぬ!」
「国と人を失くして、誰が理念を残すのですか!?」

 カガリは食い下がっていた。オーブ軍の現状を知るカガリにしてみれば、ウズミの命令は死ねと言われているに等しい。大勢の部下に責任を持つ身としては、こんな命令は承服し難かったのだ。
 だが、カガリはここでオーブの命令系統の壁を思い知らされる事となった。

「カガリ、軍人が政治決定に口を挟む権限は無いぞ!」
「お父様!」
「これは首長会議での決定だ。お前はオブザーバーに過ぎん事を忘れるな!」

 オーブ軍人の権限は現場での対応に限定されており、政治に口を出す事は許されていない。大西洋連邦などは現役の軍人がスタッフとしてサポートするのと較べると、オーブの軍人の地位はかなり低い。カガリは拳を握り締め肩を振るわせて開く発しそうな怒りを堪えると、ドサリと音を立てて自分の席に腰を降ろした。

 これでオーブ首長会議の決定が下ったわけだが、その結論が出たのを見て、ホムラがカガリに話しかけた。

「カガリ、こうなった以上、あとは軍の仕事となる」
「……分かってます」
「それでだ、私は代表としての権限を持って、カガリに防衛戦に際して必要な全ての行為を許可する。直ちに準備に入ってくれ」
「なっ!?」

 ホムラの言った言葉にカガリは驚いていた。キサカたちも同様に驚愕している。オーブの法律では軍にはそこまでの権限は無く、全てまず自治体との協議を行ってからになる筈なのだ。ホムラはそれらの手続きを全て無視して良いと言ったのだ。これはオーブの法を捻じ曲げる事となる。

「い、良いのか、叔父貴?」
「代表には有事に際しての非常大権が認められている。その権限を行使したまでだ」

 そう言って、ホムラはウズミを見た。

「問題はありませんな、ウズミ殿?」
「……うむ、お前にはその権限がある」

 ホムラの問いにウズミは頷いた。これでカガリには防衛戦に必要な全ての権限が与えられた事になる。カガリは表情を輝かせてキサカを見た。

「キサカ、直ぐにオノゴロ島の避難を開始させろ。誘導には軍と警察を動員するんだ!」
「分かりました」

 キサカが急いで退室し、それに続いて出席していた高級軍人達が次々に会議場を飛び出していく。それを見送った後でカガリも会議場を後にしようとしたが、それをホムラが呼び止めた。

「カガリ、君に1つ聞いておきたい事がある」
「なんだよ叔父貴。忙しいから手短に頼む」
「ああ、直ぐ済むさ。お前はどうやってザフトを迎え撃つつもりなのだ?」
「それは……」

 ホムラの問いに、カガリは返答に詰ってしまった。確かに答えはある。こういう事態を想定した作戦案も立案されているからだ。ただし、それは口に出すのも憚られるような内容だったのだ。だが、答えないわけにはいかない。カガリは意を決すると、ホムラに簡単に作戦を説明した。

「第1から第4までの全ての護衛艦隊はオノゴロ島から離れさせます。地上軍は全てオノゴロ島に集結させ、他の島全てに無防備都市宣言を出させます」
「艦隊を離れさせる? 何故だ?」
「敵をオノゴロ島に上陸させる為です。ザフトはこれまでまずディンと水陸両用機で上陸地点を押さえ、陸戦MSを投入して橋頭堡を作っています。そこでまずディンと水陸両用機をオノゴロ島に引き付け、手薄になった潜水艦隊を退避させた護衛艦隊で叩きます。潜水母艦を失えばザフトは補給を失い、戦闘を継続できなくなりますから」
「なるほどな。だが、それで我が軍の受ける損害は?」

 ホムラのこの問い掛けに、カガリは顔を顰めていた。その答えは口に出すのも憚られるようなものであったから。

「よ、予想では……こちらも壊滅状態になると」
「そうか」

 カガリの答えを聞いて、ホムラはやはりという感じで答えた。こちらの犠牲を抑えて相手を撤退させるなど、ムシの良すぎる話が通用する訳が無い。ホムラとカガリはそれを再確認したのだ。
 そしてホムラは、最も重要な事を切り出した。

「ところでカガリ、オノゴロ島の民間人だが、今日明日で脱出させられるのか? 恐らく明後日にザフトの攻撃が始まると思うのだが?」

 幾ら軍事要塞化が進んでいるとはいえ、オノゴロ島にも万単位の民間人が暮らしている。それを2日で避難させられるのかと問うホムラに、カガリはまたしてもヘンリーの言葉を思い出してしまっていた。

『それでは、オーブが戦場になって、敵が攻めてきたら、貴女は敵の迎撃と民間人の安全のどちらを優先しますか?』

 そう、あの時のヘンリーの問い掛けそのままの状況だ。カガリは確かにその答えを知っている。船舶は無限ではなく、しかも他の島を無防備都市宣言で守るためにこれらの島すべてから部隊を引き上げなくてはいけない以上、オノゴロ島の民間人を避難させるのに使える船舶量は限られてくる。たとえ全てを使えたとしても全員を避難させる事は不可能だろうが、まだ逃がせる人数は多くなる。この時カガリは、防衛のためにオノゴロ島の民間人を犠牲にするか、オーブ全土を戦場にするかの二択を迫られたのだ。
 カガリはこの問題に答えを出すのを拒みたかった。いや、答えは最初から決まっている。数万人のために数百万人を犠牲にして良い訳が無い。そんな事は分かっているのだ。分かっていても、16歳のカガリにその決断を下すのはまだ無理と言えた。だからカガリは、この件に関してはホムラに命令してほしかったのだ。防衛体制の準備を急げと。
 しかし、ホムラは何も言ってくれない。カガリの縋るような眼差しにもまるで動じた様子が無い。だから、カガリは自分で言わなくてはいけなかったのだ。自分が最も嫌悪してきた筈の事を、大勢を救う為に一部を切り捨てる決断を口にしなくては。

「お、オノゴロ島の湾口部付近の住民は船で近隣の島に避難させる。残りの住民は……住民は……」

 ここから先を口にするのがどうしても躊躇われた。ヘンリーの時には出せなかった答え。出したくなかった答えを、カガリは現実という回避不可能な脅威を前に口にしなくてはいけないのだ。それがカガリの仕事なのだから。

「の、残りの住民は……軍用シェルターや基地に収容して、少しでも危険から遠ざける……」
「分かった、その方針で進めてくれ。私はオロファトの首長府のほうにいる」

 それでカガリは解放された。大急ぎで駆け出していったカガリを見送ったホムラはフウッと溜息を漏らし、目を閉じて背凭れに体重を預ける。そして、誰にとも無くポツリと呟いた。

「あの子は、決断が出来るようになっていたのだな」

 それは何を意味する言葉だったのだろうか。






 所定の作戦に従って迎撃準備を始めるオーブ軍。オノゴロ島の全住民には避難勧告が出されたが、島外に避難できるのは僅かに沿岸部の数千人だけで、残りの大多数は島のシェルターや軍の地下施設に避難するしかない。この避難は住んでいる地区ごとに何処に行けばいいのかが指示され、シンたちアスカ家の面々も近くの軍の基地の地下格納庫に避難する事となった。

「お兄ちゃん、早く早く!」
「ま、待ってくれ。このプレミア級の資料集とかだけは灰にされちゃ困るんだ!」
「お兄ちゃん、命とどっちが大事なの!?」

 マニアにとって、時としてその価値は命と引き換えにしてもという品がある場合もある。だが、それは往々にして興味の無い人からはただの粗大ゴミと映るのであった。価値観の共有とは難しいのである。

 そしてオーブ軍が迎撃の準備を始める。航路から外れた場所には機雷が敷設され、武器弾薬が貯蔵庫から引き出されてくる。戦車や戦闘機、MSの整備が始められ、パイロット達が緊張した趣で初めての実戦に臨もうとしている。
 そんな中で、キラはカガリに協力を申し出ていたのだが、カガリはそれを受け入れなかった。

「キラ、気持ちはありがたいけど、お前はオーブ軍じゃないんだ。家族と一緒に避難してくれ」
「だけど、僕だってきっと役に立つと思うけど?」
「それはまあそうなんだが、やっぱ色々と不味いんだって。他所の国の兵隊を勝手に使うってのはな」

 そう言ってキラは追い返されてしまったのだ。肩を落として帰ろうとするキラであったが、ふと基地の中でMS隊に指示を出しているフレイを見つけてしまった。フレイは忙しそうに駆け回り、各小隊の隊長を1人ずつ捕まえてあれこれ指示を出している。頑張ってるなあとぽややんとしながら見ているキラだったが、自分は今回助けてやれないんだという事を思い出し、どんよりと落ち込んでとぼとぼと家への道を戻っていった。


 そして傭兵達にも声がかけられたが、こちらはまるで集らなかった。どう考えてもオーブに分が無い勝負であり、負けると分かってる仕事に手を出してくる傭兵などいるわけが無い。
 だが、中には奇特な傭兵もいるのであった。

「ブルーフレームに水中戦装備を施せば、万が一の時でも脱出はできる」

 こう言って母船だけ避難させ、海での戦闘を条件に参加してくる奇特な傭兵もいた。


 そして、この男も。

「まさか、こんなところでも戦争をするなんてね」

 TVで流しているニュースを聞いたエレンが悔しそうに呟いている。こうなった以上、もう自分達に出来る事は逃げる事だけだ。

「ねえユーレク、この島は無防備都市宣言を出すらしいけど、これで安全だと思う?」
「どうだろうな、相手の指揮官の性格次第だろう。無防備都市宣言など、無視された例は過去に幾らでもある」

 エレンの隣の箱に腰掛けてTVを見ていたユーレクが無駄な事をと言いたげな顔をして答えている。戦時国際法を持ち出しても、一体誰がその違反者を罰してくれるというのだ。強国は全て戦争に参加しているというのに。
 2人がそんな話をしていると、エレンの膝の上に腰掛けていたジーナが不安そうな顔で母を見上げていた。

「またせんそうするの?」
「そうね。私たちもどこかに避難した方が良いかもね」
「そうなんだ」

 母の返事に見た目でも落ち込んでるのが分かってしまうほどに元気が無くなってしまった娘にエレンが慌ててフォローを入れていたが、どうにも効果が無いようだ。だが、そんな2人を見ていたユーレクが突然腰を上げ、首を軽く左右に動かしだす。

「ふむ、どうやら、久々に本業に戻れそうだな」
「本業って、ユーレク、貴方まさか?」
「私は元々傭兵だ。丁度近場で戦争があるのなら、稼ぎ時だろう」

 そう言って出て行こうとするユーレクの足元にジーナがとてとてと駆け寄ってきてズボンをがしっと掴んできた。

「おじちゃん、何処行くの?」
「……ちょっと、オーブを攻めてくる悪者を懲らしめにな」

 流石にこんな子供に戦争をしに行くと言っても分かるかどうか疑問だったユーレクはわざとボケた答えを返した。傭兵という職業も理解できないだろうから。だが、それを聞いたジーナはユーレクにはいっと何かを差し出してきた。それは、何時もジーナが遊んでいた小さな人形。

「何だ?」
「ママ言ってたもん。おじちゃんは何でも屋さんだから、何か頼む時はお金が要るって。ジーナはお金持ってないから、これ上げる。だから、みんなを守ってね」
「…………」

 ユーレクは何も言わず、小さく頷いてその人形を受け取ると、母娘の前から歩き去ってしまった。それを見送ったジーナは、隣に来た母親を涙目で見上げている。

「ねえママ、おじちゃん、帰ってくるよね?」
「何馬鹿なこと言ってるのよ。帰ってくるに決まってるじゃない」
「うん……」

 でも、何故かジーナは不安だった。もうユーレクとは会えない気がして、だから人形を渡したのだ。何時か、あの人形を手にユーレクがあのむっつり顔で現れると信じて。






 プラントがオーブに最後通牒を突きつけた。この事はラバウルに展開するマリューたちにも直ぐに知られる事となった。あそこには自分の仲間達がいる。そこを助けに行きたいと思うのは当然で、マリューは早速サザーランドに救援を進言しに行ったのだが、帰ってきた答えはNOであった。
 その答えを聞かされたマリューはサザーランドのデスクに両手を叩きつけて怒りを表している。丁度作戦の打ち合わせに来ていたネルソン大佐たちも驚いた顔でマリューの方を見ている。

「何故ですか。こうなった以上、オーブは我々の味方の筈では!?」
「そうではないのだラミアス艦長」
「何がですか。ここからなら1日もかからずにオーブに到着します。今から準備に入れば、明日の朝には出撃できる筈です。それならば余裕を持ってオーブ領海内に大軍を展開させられます!」
「違うのだ艦長。我々は既に援軍を送る用意があるとオーブに申し入れている。だが、向こうが拒否してきたのだ」
「……え?」

 余りにも予想外の答えに、マリューは我が耳を疑っていた。まさか、オーブは自殺をする気なのか。

「どういう事です。オーブ単独でザフトに勝てると?」
「分からん。とにかく向こうからは援軍を拒否するという回答が来たのだ。オーブの理念とやらに殉じるつもりなのかもしれんが」

 サザーランドの表情は硬い。彼とて手を差し伸べる事が出来る場所でナチュラルがコーディネイターに殺戮されるのは忸怩たる思いでいるのだろう。だが、主権国家であるオーブが援軍を拒否した以上、勝手に出すわけにもいかない。何より、オーブは連合国ではないのだから。

「分かってくれラミアス艦長、部隊を出す大義名分が無いのだ」
「ですが……」

 マリューは歯を噛み締めて苦衷を露にしていた。あそこにはキラたちが、仲間がいるのだ。さらにアークエンジェルには何人かのオーブ出身者もいる。その事情を考慮すれば、自分たちがオーブを助けに行くのは当然だとさえ言える。だが、サザーランドが許可を出さないなら出撃する事は出来ない。
 それでも暫く粘っていたマリューだったが、遂に諦めるとサザーランドの執務室を後にした。それを見送ったネルソンはサザーランドを見る。ドゥシャンベでアークエンジェルに助けられた経験を持つネルソン大佐は、マリューの肩を持ってサザーランドにこれで良いのかを問うた。

「よかったのか、サザーランド?」
「仕方あるまい、断わったのはオーブだ」
「理由など幾らでも付けられるだろう。いつもの強引な手腕はどうしたんだ?」
「皮肉を言ってくれるなネルソン」

 ネルソンの追及にサザーランドは顔を顰めていた。自分だって好き好んでオーブを見捨てたわけではない。こちらが差し伸べた手を向こうが振り払ったのがそもそもの原因なのだ。

「オーブがこちらの要請を受けていれば、全軍に出撃命令を出したものを」

 苦々しい声で呟くサザーランドに、ネルソンはそれ以上声をかける事はしなかった。サザーランドも決して納得できているわけではなかったのだ。




 しかし、アークエンジェルにはサザーランドの予想を超える馬鹿が沢山いたのである。何しろアークエンジェルはイレギュラーの塊なのだから。


 このオーブ救援は無いという報せを聞かされた聞かされたとき、サイとトール、ミリアリアは激発していた。大西洋連邦はオーブを見殺しにするのかと。だが、出撃できない理由がオーブがこちらの援軍の提案を一蹴したからだと聞かされた彼等は一様に絶望を浮かべてしまった。オーブは自分で自分の首を絞めたのだ。

 とぼとぼと自室に帰っていく3人を見送ったキースはどうしたもんかとアルフレットに声をかけた。

「どう思います隊長、俺たちはここで寝てますか?」
「そうもいかんだろ。個人的にもオーブには女房がいるしな。今度は俺がサザーランド大佐に掛け合ってみる」
「自分も行きましょうか?」
「そうだな、頼むわ」

 2人は何とかサザーランドを説得しようと考え、一緒にサザーランドの部屋に向った。それを見送ったフラガはマリューとナタル、ロディガンの3人の艦長を見る。

「どうする。一応艦の出港準備だけはしておくかい。隊長たちが説得に成功するかもしれないし」

 この言葉にロディガンとマリューが頷いた。

「そうだな、万が一に備えるくらいなら構わんだろう」
「私も賛成します。やれる事はやっておきましょう」

 2人はオーブに救援に出向く事を前提に考えているようだ。だが、ナタルだけは難色を示していた。

「ですがラミアス艦長、勝手にそんな事をするわけには。下手をすれば命令不服従に問われかねません」
「ナタル、手遅れになってからじゃ遅いのよ」
「それは、そうなのですが……」

 命令は命令、そう考えるナタルにしてみれば、マリューのやり方はかなり危険な物に映る。しかし、オーブを助けたいのはナタルも同じなのだ。だから迷っている。軍人は命令に従わなくてはいけない。そうでなければ指揮系統が保てなくなり、軍隊ではなくなってしまうからだ。
 だが、結局ナタルも出港準備を始める事になる。それくらいならまだ命令違反にはならないと自分を納得させながら。あとはキースやアルフレットに期待するしかないだろう。


 オーブ救援をどうするのか、この騒ぎはたちまち第8任務部隊やパナマ艦隊の間にまで知れ渡る事になり、あちこちでこれからどうなるのかといった憶測が飛び交うようになっている。そんな話を耳にしてステラが待機室で本を顔に載せて寝ているオルガを叩き起こしてどうなってるのかを質問しようとした。

「オルガ、起きて」

 ゆっさゆっさと身体を揺さぶってみるが起きる気配は無い。それに腹を立てたのか、頬を膨らませたステラはオルガの耳元で思いっきり大きな声を上げた。

「お、き、ろ―――っ!!」

 流石にそれは効いたのか、吃驚したオルガがベッド代わりにしていた長椅子から転げ落ちてしまった。なにやら鈍い音が聞こえ、頭を押さえたオルガがプルプルと痙攣している。なお、室内にはアウルとスティング、クロトも居てボードゲームなどをしていたのだが、こちらも流石にどうしたのかとステラの方を見ていた。
 そしてオルガは右手で頭を押さえながら膝立ちになると、ステラに向って怒った声を上げた。

「ステラ、手前何いきなり大声上げてやがる!?」
「だって、起きなかったから」
「だからってこんな事するんじゃねえ。ガキか手前は! って、ガキだったな」

 自分で言っておいて自分で突っ込みを入れるという空しい行為をした後、オルガは寝ていた長椅子に腰を降ろして何の用かを聞いた。

「んで、何の用だ?」
「あのね、あのね、オーブはどうなるの?」
「ああ、その事か。オーブをザフトが攻めるらしい。俺たちが助けに行くって話も合ったらしいが、どうも中止になったらしいぜ」
「じゃ、オーブはどうなるの?」
「それくらい言わなくても分かるだろ。あんなちっぽけな所、攻められたら勝負になんかなりゃしねえよ」

 オルガは処置無しと言いたげに首を左右に振っているが、ステラはそれで納得しなかったようでさらにオルガに質問をぶつけてきた。

「じゃあシンはどうなるの。お姉さん達は? ねえオルガ!?」
「知るかよ。俺に聞くんじゃねえ!」

 苛立たしげにそう怒鳴りつけてオルガはまたゴロリと寝転んでしまった。それを見たステラはゲームをしていたクロトたちを振り返ったが、こちらは視線を合わせないようにゲームに没頭している振りをして逃げている。
 どいつもこいつも頼りにならないと悟ったステラは、もう良いと言って待機室から出て行ってしまった。それを見送ったクロトはどうしたものかという目で寝ているオルガを見る。

「あいつ行っちゃったぜ。良いのかよオルガ?」
「うるせえな。俺に何が出来るって言うんだ?」
「そりゃそうなんだけどね。でもあいつ、放っておくと何するか分かんないよ」
「ぐっ」

 クロトに反論できず、オルガは悔しそうにそっぽを向いてしまった。
 2人の話を聞いていたアウルは、ステラは何処に行ったと思うかとスティングに問い掛ける。

「あいつ、何処に行ったと思う?」
「多分ムウかトールの所だろう。ステラが会いに行きそうな奴で、今暇そうなのはあの2人くらいだ」
「でもさあ、あいつ等になんかできんの?」
「さあな。ムウは多分何もできんと思うが、トールはどうかな。オーブはあいつ等の故郷らしいし、暴発する危険はあるだろう」
「そんな所にステラ行かせて良いのか?」
「良いんじゃないか。どうせ大した事は出来んだろう」

 そう言ってスティングはルーレットを回し、出た数字だけ駒を進めていく。そして止まった所に書かれている内容を読んで眉を動かしていた。

「株価が暴落、持ち金の半分を失う、だと……」

 どうやらやっているのは人生ゲームらしかった。



 そして、軍人以外でも動き出してる者はいた。アズラエルもまたオーブの危機を知って彼にしか出来ない事を、幾つかの勢力に直接働きかけを行っていたのだ。






 その夜になって、ザフトでは出撃前の騒ぎが各部隊で行われていた。もう帰ってこれないかもしれないから、誰もが飲んで歌って馬鹿騒ぎをしている。アスランたちも例外ではなく、プレハブ小屋に食べ物と飲み物を持ち込んで大笑いしていた、ように見えた。

「母上、イザークは、イザークは今日も頑張っております!」
「はいはい隊長、泣いてないでもう一杯行きましょうね〜」

 なんだか1人で泣きながら酒を煽っているイザークが居る。その隣にはフィリスが腰掛けて何が楽しいのかニコニコと笑いながらイザークのグラスに酒を注ぎ足し続けている。
 どうやってか知らないはプレハブ内に特設された舞台の上ではミゲルがマイクを持ち、「俺の歌を聴け―――っ!」と叫んで歌いだしていた。普段は歌う事など無いのに、何故か酒が入るとこの男は人が代わったように歌いだす。しかもかなり上手い。

「だからねジャック、私は悲しいのよ、分かる?」
「あ、ああ、分かった、分かったからその辺で酒は止めとこうなエルフィ」
「そうですよ、少し飲みすぎですよエルフィさん」
「な〜に、まだまだ大丈夫だって〜」

 ジャックとシホが止めるのも気にせず、エルフィはまたビールを口にしている。それを見てジャックとシホは顔を見合わせてトホホと項垂れてしまった。普段は良い人なのに、酒が入るとなんでこう気が大きくなるのだろうか。
 ちなみに、アスランは何故か1人で蛍光灯の明かりさえ跳ね返すほどのどんよりとして真っ暗な空気を漂わせており、1人で酒瓶を抱え込んで延々と飲み続けていた。どうもこの男、酒が入ると落ち込むタイプらしい。

 この凄惨な会場を眺めながら、ルナマリアとレイはオレンジジュースとお菓子を手にちびちびとやっていた。ルナマリアはお酒が飲みたいと言ったのだが、顔の前でビシッと右手人さ指を立てたエルフィに笑顔で駄目だしされてしまい、仕方なくこうしてジュースを手にしている。事軍事に関する問題以外では、エルフィに逆らえる人間は特務隊には居ない。なぜなら、日常業務で余りにも借りを作りすぎていて、みんな頭が上がらなくなってしまっているのだ。特にディアッカとかジャックが。

「ねえレイ、なんて言うか、すごいわね」
「そうだな……」

 初めての酒宴を見てルナマリアが呆れた顔をしている。お酒が入ると違う面が見られるとは聞いていたが、こうも変わる物だとは。あの普段は温厚で常識人なエルフィまでがなんだか人が変わっている。
 だが、これだけみんな暴走しているなら酒を手にしても誰も気付かないのではないか。そう考えたルナマリアはレイにそれを提案してみた。

「ねえレイ、今なら酒瓶を取ってきてもみんな気にしないと思わない?」
「……まあ、そうだろうな」
「おっし、レイ行って来て」
「何故俺が?」

 そう言いつつも椅子から立ち上がって酒を取りに行くレイ。酔っ払ってるイザークの前にある酒瓶を数本掴むと、貰っていきますと声をかけて自分たちのテーブルにと持ってきてルナマリアに渡した。渡されたルナマリアは喜んでそれを受け取り、自分とレイのグラスに注いで乾杯の声と共にそれを口にしていく。これが、レイの後悔の始まりであった。


「だからね、私は鳥なのよ〜」
「……ルナ、飲みすぎだぞ」

 顔を赤くして訳の分からない事を言い続けるルナマリアにレイが少し引きながら忠告するが、酔っ払いが忠告を聞くことはまず無いのだ。

「大丈夫であります教官。さ、最後までやり遂げねば!」
「最後って何処だ?」

 何で俺はここでこいつに突っ込みを入れ続けてるんだろうと悩みつつ、レイもグラスを傾けている。どうもレイは酒に強いタイプらしかった。

「だからねレイ、軍人ってのはねえ」
「…………」
「つまりこの焼き鳥みたいなもんなのよ。私が肉で貴方がネギ」
「…………」
「つまりそういう事なのよ、分かる?」
「さっぱり分からん」

 今の話で何を理解しろと言うのだこいつは。だが、それを聞いたルナマリアはやれやれという感じに肩を竦めていた。

「まあしょうがないか。レイ馬鹿だしね〜」
「俺のが成績上だったろうが!」

 流石にそれは聞き捨てなら無いと怒鳴るレイだったが、酔っ払い相手にそれは何の効果もなく、レイはガクリと肩を落としてグラスに残った酒を飲み干してしまった。



「ううう、俺だってなあ、こう見えても色々と苦労が多いんだよう、ラスティ、ニコル、お前達が居てくれたら〜」
「はいはい、それでどーなったんですか?」

 何やら自分で言って落ち込んで泣き出すという1人落ちを続けているイザーク。そんなイザークの隣で相変わらず酒を注いでやりながら楽しそうに笑っているフィリス。あれは多分イザークを使って遊んでいるのだろう。
やがてミゲルの歌が終わり、次は誰が何やるという話になって、ディアッカが立候補してきた。

「よし、次は俺がグゥレイトなボケツッコミを見せてやるぜ!」

 勢いよく壇上に上がったディアッカが、ビシッと会場の中を指差す。

「よし、最初の相手はシホだ。さあ壇上にきな!」
「え、えええええ、私ですか!?」
「そうだ、さあここに来て俺に何かボケた質問をぶつけてきな。それに俺が華麗な突込みを入れてやるぜ」
「で、でも……」

 何だか恥ずかしそうなシホだったが、エルフィやジャックにまでいけいけと言われて仕方なく壇上に上がってきた。

「そ、それでは、前からの疑問なんですが」
「おう、なんでもきな」

 ディアッカが自信満々にカモンと言うと、シホはその前からの疑問を語りだした。

「連合軍は有線ガンバレルという武器を使っているそうですが、では有線じゃガンバレナイとか、無線だとガンバレルとか、ヤルキガナイとかいう武器もあるのでしょうか?」
「…………」
「これを聞いたとき、ナチュラルのネーミングセンスは凄いなあって思ったんです。どうなんでしょうか、ディアッカさん?」

 興味津々、という顔で聞いてくるシホ。だが、この時ディアッカの脳みそは普段では考えられないほどに必死に考え続けていた。これはギャグで言っているのか。それとも本気で聞いてきているのか。いや、こんな場所なんだからギャグで聞いてるはずだと思うのだが、シホのことだから素でボケた疑問をぶつけてきているのかもしれないし。
 この手の漫才に天然属性のキャラを使ってはいけない、という当り前の事を、ディアッカは失念してしまっていたのだ。それがこの窮状を招いている。まあ自業自得なのだが。
 暫くシホの隣で滝のような脂汗を流しながら考える人の真似をしていたディアッカは、ようやく考えを纏めるとやけに憔悴しながらシホの疑問に突っ込んだ。

「そ、そんなもんあるわけ無いだろ――!」
「そ、そうだったんですか。私はてっきりそういう名前の武器系統があるものとばかり」

 やはり素でボケていたのか。と知ったディアッカがガックリと肩を落としてしまった。そしてとぼとぼと壇上から降りていく。その姿はまさに敗者のそれであった。天然キャラはボケてくれるが、それに突っ込みを入れるのは並大抵の事では出来ないのである。

 特務隊のお笑い要員たるディアッカの早期退場という予想外の事態に、誰が次に芸をするのかが問題となった。元々ザラ隊には一芸を持った奴は多いが、数多の隠し手を持つ芸達者な奴となるとディアッカくらいしか居ない。こうなったらミゲルがもう一度歌うかと立ち上がったとき、いきなり会場の照明が消えた。

「なんだ、停電か?」

 暗くなった室内を見回してミゲルが呟くと、いきなりステージの壇上に1つだけスポットライトの光が降り立った。

「アスランです」

 突如響き渡ったアスランの名に、その場に居た全員がびびった様子でステージの方を見た。そこには何故か妙な負にきを漂わせるアスランが立っている。

「国の為と粉骨砕身頑張って、心身ボロボロになって国に帰ってみたら、婚約者がクーデターを起こしてたとです」

 それを聞いた全員が飲んでた酒を吹いたり、咽返ったりして大騒ぎになってしまった。そんな混乱など意に介さない様子でアスランが続ける。

「アスランです、階級上がったのに給料の手取りは減る一方です」」
「アスランです、でも仕事量は天上知らずです」
「アスランです、薬や栄養剤が領収書では落ちなかったとです」
「アスランです、何故かクルーゼ隊長に関する苦情までこっちに来るとです」
「アスランです…………」
「アスランです……」
「アスランです…」

 暗い、余りにも暗すぎるアスランの芸に、全員が何も言えなくなり、袖で目頭を拭ってすまないと謝る事しか出来なかった。一体自分達に何を言えと言うのだ。




 翌朝、目を覚ましたアスランは何だか重い頭を左手で抱えながらゆっくりとベッドの上で上半身を起こした。

「ああ、昨日は飲みすぎたかな。頭重いし、なんだか途中から記憶が無い。俺何時ベッドで寝たんだ?」

 困ったもんだと思いつつ右手をベッドに付こうとしたのだが、何故かその右手からはベッドにしては妙に暖かくて柔らかい物を掴んでいる感触が伝わってきた。

「何だ?」

 寝ぼけた頭でそちらを見ると、そこには軍服を着崩して下着が見えてるルナマリアが寝ていた。アスランの右手は寝ているルナマリアの胸を鷲掴みにしていたのだ。

「…………」

 これは何だろうとアスランの頭が考えるが、異常なまでに負荷のかかっている今のアスランには状況を認識する事が出来なかった。いや、別の部分が答えに行き着くことを拒んでいると言うべきか。
 そんな事をしていると、ルナマリアが目を覚ましてむっくりと上半身を起こしてきて、寝ぼけ眼でアスランを見てきた。

「あ、ザラ隊長、おはようございます」

 いや、そこで落ちついて言われても困るのですがとアスランの引き攣った顔が言っている。でも昨日何があったのか記憶が無いのでどうしてここにルナマリアが居るのかも分からない。でも答えを知るのが怖いので聞けない。
 アスランが何時までも無限ループを続けていると、外から災厄がやってきた。書類を手にしたシホがアスランの部屋の前にやってきたのだ。入り口の前に立ってインターホンで声をかけようとしたら、それより早くセンサーが反応して扉が開いてしまった。何で鍵が開いてるのだと思いつつ中に入ったシホは、そこでとんでもないものを目にする事になった。

「ザラ隊長、申し訳ないのですが、急ぎの書類がありまして…………」

 そこでシホが目にしたのはベッドの上でシーツを引き寄せている乱れた軍服姿のルナマリアと、何だか両手で頭を抱えているトランクスと肌着だけのアスランであった。それを見てシホが目を丸くし、2人もシホの方を見て硬直している。

「し、失礼しましたっ!」

 状況を理解できたシホが顔を真っ赤にして頭を下げて慌てて部屋から飛び出していく。それを見たアスランはシホが何か誤解していると気付き、慌てて呼び止めようとした。

「ま、待てシホ、違う、誤解だぁ!」

 だがシホが待ってくれることも無く、彼女は何処かへと行ってしまった。残されたアスランは顔を真っ青にして絶望感に浸ってしまっている。そしてルナマリアはというと、周囲をきょろきょろと見回して何かを考え込み、そしてようやく何かに気付いたようにポンと両手を打ち合わせた。
 そっか、私、昨日寝ぼけて自分の部屋と間違えてザラ隊長の部屋に入ってベッドに入ってたんだ。ザラ隊長鍵かけ忘れてたのね。

 ようするに戸締りせずに寝たアスランが悪いのだが、どうもアスランはどうして自分がここに居るのかが理解できないようだ。それを悟ったルナマリアは、このまま黙っておこうと決めた。恋の世界に引き分けは無い以上、エルフィたちとの差を埋める為には多少のズルは仕方が無いと自分を納得させてしまう。
 だが、アスランにはそんな簡単な話ではなかった。過去の経験からこれから自分の身に降りかかってくるであろう凶事を想像して、扉に手を伸ばした姿勢のまま真っ白になってしまっていた。
 だが、最近立ち直りが早くなってきたのか、直ぐに色が戻ってくると慌てふためいてルナマリアの方を振り返った。

「と、とにかく、君は早く服を調えて出て行くんだ。これ以上ここにいたらますます誤解が!」
「そんな、誤解なんて……」
「うっ」

 なんだか悲しそうなルナマリアにアスランの良心がたちまち悲鳴を上げる。というか昨日何があったのか覚えてないので、もしかしてルナマリアをベッドに連れ込んだんじゃなかろうなという疑いもあるのだ。
 そんな事をしていると、早速最初の災厄がやってきた。いきなり扉が開き、室内に怪しい三角錐型の黒頭巾を被った連中がやってっきたのだ。

「おのれアスラン・ザラ、貴様女と見れば見境無しか。ラクス様にエルフィにフレイに続いて、とうとうルナマリアまで毒牙にかけるとは!」
「男として、いや人間として貴様だけは許せねえ、天誅を加えてくれる!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は多分無実、だと思う、多分……いやきっと……」

 壁際までずりずり下がって助けを請うアスランだったが、何だか何時になくマジになってる嫉妬団には聞こえてる様子も無かった。というか、珍しく嫉妬団の主張の方が正当な気さえする。だが、そんな時嫉妬団の背後にフィリスの姿が。

「フィ、フィリス、丁度良い所に!」
「なに!?」

 アスランがまさに地獄に仏、とでも言うかのように目を輝かせている。逆に嫉妬団2人は焦りを見せて振り返った。だが、今日のフィリスは何故か銃を持っておらず、胸の前で腕組みしてアスランを冷たい目で見下ろしていた。

「隊長、幾らなんでも酒の勢いで女の子をベッドに連れ込むのはどうかと思うのですが?」
「ま、まて、せめて話だけでも!?」
「全く、まさかザラ隊長にこんな甲斐性があったとは」

 教育的指導が必要ですね、と目で言っているフィリスさん。それでもう早進退窮まったアスランに、嫉妬団2人が手をワキワキさせながら迫ってきた。

「ふっふっふ、どうやら今日こそはこれまでのようだなアスラン」
「さあ、潔く天誅を受けるがいい!」
「ちょっと待て、俺にだって何が何だか――っ!?」

 悲鳴を上げたアスランだったが、今回は自分が無実だと言い切る自身が無いせいで強く出れず、2人にボコボコにされてしまうのであった。


 こうして、出撃を前にしてアスランがルナマリアをベッドに連れ込んだという噂は尾鰭を付けながらたちまちカーペンタリア中に広まり、小さな騒動をあちこちに生む事になる。特に倉庫でおきた嫉妬団の一大決起集会は壮絶で、1000人を超す人間が参加したのではないかといわれるほどの規模となった。

 だが、一番迷惑を蒙ったのはこの人たちだったかもしれない。

「…………」
「あ、あの、エルフィ?」
「…………」

 恐る恐るアスランが声をかけても、むすっとした顔で返事もせずに黙々と仕事を続けるエルフィ。あの事件で嫉妬団に襲われていたアスランは、その嫉妬団を吹き飛ばしてやってきたエルフィにどういう事かを問い詰められ、勝手に自分で「胸ですか、やっぱりザラ隊長も大きい胸じゃないと嫌なんですね。そうなんですね!」と言って結論付けて泣きながら何処かに行ってしまったのだ。
 そしてその後、ずっとこんな調子が続いている。余りにも重苦しい空気の漂う中、アスランは心労で頬の肉を削ぎ落としたようにやつれさせて仕事を続けていた。
 しかし、それ以上にたまったものではなかったのが一緒に仕事をしていたフィリスとミゲルとシホだったろう。この嫉妬の渦巻く修羅場の中で、黙々と仕事をさせられていたのだから。



後書き

ジム改 オーブ滅亡まで後一歩だ。もう処置無しだろ。
カガリ 援軍は、援軍は何処だ―――!?
ジム改 何処かじゃないか。
カガリ 何処かじゃねえ。このままじゃ嬲り殺しにされるだろ。しかもフリーダムも無しかよ!
ジム改 頑張れ、オーブの理念の為に。
カガリ 私に兵隊に死ねって言わせる気かあ!
ジム改 それが司令官の仕事だろうが。偉いんだから責任が重いのは当然だ。
カガリ せめて、せめてアークエンジェルだけでも来て下さい。
ジム改 泣き落とされてもな。
カガリ お父様のアホ―――!!
ジム改 だんだんカガリもはっちゃけて来たなあ。
カガリ はっちゃけて来たといえば、今回のアスランは不幸すぎないか?
ジム改 ある意味役得だった気も。
カガリ まあ、ねえ。
ジム改 それでは次回。第103話「灯火は炎となりて」でお会いしましょう。
カガリ あれ、予告は?
ジム改 今回はあえて無し。


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