第107章 暁の宇宙へ



 地球軌道における戦いは、奇妙な沈黙を迎えていた。オーブ艦隊もザフト艦隊も何故か発砲を控え、距離を置いて睨み合いを続けるばかりとなっている。その理由は、極東連合の艦隊が危険宙域に侵入してザフト艦隊に警告を送ったためだった。それはこの戦闘が極東連合の経済活動宙域を危険に晒しており、本艦隊はシーレーン防衛の為に出動したというもので、これ以上戦闘を継続するなら俺たちも相手になるという警告であった。
 明らかな詭弁であり、真の目的がザフト艦隊の妨害である事は明白であったが、ザフト艦隊司令官のハーヴィック司令はこの警告を無視する事は出来なかった。ことは政治問題であり、プラント本国の判断を仰がなくてはならなかったのだ。

 このハーヴィックに判断を任されたエザリアは、極東連合を敵に回すような行動は控えるように返事を返している。幸い地上軍は圧倒的優勢を確保しており、宇宙からの増援が無くともオーブを落とせると判断されたからだ。これにより地球軌道で暫しの間ザフトとオーブ、極東連合が睨み合うという異常としか言えない事態が生じたのである。ザフトにしてみればこんな挑発行為を受けたとしても、これ以上敵を増やすのは避けたかったのだ。


 この極東連合の意外とも言える助力に誰よりも驚いたのがオーブ軍であった。ミナもまさかこれまで参戦を避けてきた極東連合がここに来てこうまで露骨な軍事行動を起こすとは予見しておらず、驚いている。

「……何があったのか知らんが、極東連合に大きな借りを作ってしまったようだな」
「ロンド様、如何なさいますか?」
「折角助けてくれるのだ。好意を受けようではないか」

 この戦いが終わったら何を要求されるが分からないがな。と口の中で呟いて、ミナはこれからの事に思いを馳せた。それは、オーブが敗北したあとに如何するかという事であった。





 ウズミが死んだ。これはカガリたちに心理的に補いようの無いダメージを与えていた。カガリだけではなく、彼女に従ってやってきた幕僚達も顔色をなくしてしまっている。防衛方針で軍部と対立していたウズミだったが、やはり彼はオーブの精神的支柱だったのだ。
 だが、呆然としていたカガリは後ろからユウナが絶望的な状況を前に漏らした弱音を聞いて、ようやく我に返ることが出来た。

「終わりだ、ウズミ様が死んだんじゃ、もう降伏するしかない」
「……ユウナ?」
「もうどうしようもないだろ。宇宙に出ても再起する戦力なんて無いんだし、もう降伏するしかないじゃないか。これ以上戦ったって何の意味も……」
「ユウナっ!」

 周囲に頬を張る鋭い音が響き渡った。カガリが弱気な事を口にしたユウナの頬を右手で思いっきり平手打ちしたのだ。叩かれたユウナは呆然とした顔でカガリを見ている。

「良いか、2度とそんな事を口にするな。私たちが弱気になったら、全軍が崩れる!」
「カガリ……」
「諦めるのはまだ早い。カグヤは使えそうに無いが、まだ戦力を宇宙に脱出させる手段はある。お前の仕事は与えられたプランを実現可能にすることだ。余計な事は考えず、それに全力を尽くせ!」

 元々豪胆な男とは呼べない、良家のボンボンだったユウナだ。これが初めての実戦では弱気になるのも無理は無いとカガリには分かっていたが、それでもユウナに弱気になられては困るのだ。この男は自分の主席参謀なのだから。今ユウナが挫ければ、それは司令部全体の士気の崩壊を招くのはカガリには良く分かっていた。
 そしてカガリはユウナが立ち直るかどうかも確認せず、周囲で呆然としている幕僚を見回して一喝した。

「何をしている。早く車に乗れ。カグヤ管制センターが吹き飛ばされたのはもう仕方が無い。とりあえず宇宙港管制塔に行くぞ!」

 カグヤの管制センターは吹き飛んでも、まだ宇宙港全体を統括している管制塔は健在だ。ここに行けばそれなりの通信機能があるし、情報も集め易い。宇宙往還機の管制も出来るのだ。
 カガリに当面の仕事を与えられた幕僚達は慌てて車に乗り込んで宇宙港管制塔に向っていく。カガリも車に戻ろうと扉に手をかけたが、そこにユウナが声をかけてきた。

「カガリ、その……ごめん」
「謝る暇があるなら、これから如何するか考えてくれ。お前のが頭は良いんだからさ」

 謝るユウナにカガリは少し苛立ち気味な声で返した。カガリが求めているのは謝罪ではなく、現状を打開する為の知恵なのだ。それをユウナはまだ分かっていない。
 だが、車に入って腰を降ろしたカガリは、隣に座ったユウナの落ち込んだ横顔を見て困った顔で小さく溜息をつき、少しだけ本音を口にした。

「ユウナ、頼むからもう弱気な事は言わないでくれ。私だって怖いんだから」
「カガリ?」
「これが初陣のお前が不安を押さえられないのは分かるよ。でも、私たちが不安な顔をしてたら部下も不安がるんだ。だから私たちはどんな時でも弱気になっちゃいけないんだ。私がオーブの外で学んだのは、指揮官はどんな時でも、虚勢でも良いから胸を張ってろってことさ」

 マリューの不安は艦全体に影響を及ぼした。マリューとナタルの対立も艦内をギクシャクさせた。だからフラガやキースがマリューをフォローし、2人の間に立って緩衝材になることで艦の運営をスムーズにしていた。そしてだんだんと成長したマリューとナタルは上手く噛み合うようになり、アークエンジェルは戦闘力を高めていった。
 それを目の当たりにしてきたカガリは、指揮官の心理が部隊全体にどれだけの影響をもたらすのかを経験として理解していた。キラとフレイの騒動でもアークエンジェルの受ける影響は大きかったのだから。戦艦1隻の中でもそうなのだから、軍の総司令部が弱気になったなどと知られれば全軍の士気が崩壊しかねない。カガリはそれを恐れていた。

「だから、頼むよユウナ。私が頼れる相手は少ないんだ」
「……悪かったよ」

 だから謝るなとカガリは怒鳴りつけたかったが、今は言っても分からないだろうと思い直し、また小さく溜息を漏らす事で我慢した。しかし、この時カガリ自身も崩れそうな自分を必死に支えていたのである。ウズミという精神的支えを失って不安定になっているのは、カガリも同じだったから。





 管制塔に着いたカガリはユウナに指揮系統の整備を頼み、自分はオロファトのホムラと回線を繋いで今後のことを問うた。

「叔父貴、お父様の事は?」
「聞いている。絶望だそうだな」

 流石に兄を失った事は堪えているのか、ホムラの顔にも悲しみの色が見える。カガリもそんなホムラを見て気が緩みかけたが、慌てて引き締めるとホムラに状況を説明して今後の指示を求めた。

「もう戦線の維持は不可能だ。カグヤも管制センターが半壊しては使えないし、如何する叔父貴?」
「……ふむ、その事なのだがなカガリ、お前は宇宙港の往還機を全て使ってアメノミハシラに脱出してくれんか?」
「アメノミハシラに?」

 何故そんな所に行くのだという顔をするカガリに、ホムラは自分の考えを伝えた。それは、カガリに背負いきれない責任を負わせる事だと分かっていながら、ホムラはそれをカガリに求めたのだ。

「カガリ、お前はアメノミハシラに上がり、そこで亡命政権を樹立するのだ。地上に残るオーブの残存戦力も可能な限り国外に脱出させる。お前はこれらを纏めて、何時かオーブ本国を取り戻す為に使ってくれ。コロニーもお前に従うはずだ」
「お、おい、叔父貴?」
「私は脱出が完了後、オーブを降伏させる。何、後のことは心配するな。私の首1つで済ませてみせる」

 それはカガリにオーブを背負えという事だ。これから先の舵取りをカガリにしろと言われたのだ。まさかそんな事を言われるとは思っていなかったカガリであったが、不思議と取り乱す事は無かった。事態が余りにも予想外の方向に行き過ぎて、頭の中で上手く整理できなくなっている。まあ直ぐに受け入れろという方が無理だろうが。


 ホムラにオーブを頼むと言われたカガリは心底困り果ててしまったが、そこに更に問題が放り込まれてきた。キラとフレイがどうにか後退して補給を受けているそうなのだが、その2人から連合のパイロットを救助したと報告が来たのだ。それがどうかしたのかとカガリは疑問に思ったのだが、それが強化人間だと聞かされて事態を理解した。

「強化人間って、アズラエルの言ってたあれか?」
「うん、前に海で会ったステラちゃんなんだけど、怪我してて今軍医の手当てを受けてる。このままオーブに残した方が身体を考えると良いんだろうけど、ザフトに掴まったら何されるか分からないし」
「研究材料とか言ってプラントに連れて行かれそうだな」

 強化人間はプラントからすれば喉から手が出るほど欲しいだろう連合の生体改造技術の結晶だ。人体実験をせずにデータが手に入るのなら、プラントは大喜びでステラを本国の研究所に運び、そこでステラの身体を徹底的に調べる筈だ。その時ステラがどうなるかは考えるまでも無い。そしてカガリは、そんな事になると分かっていてステラをここに残すような人間ではない。

「傷の治療が終わったらこちらに移してくれ。一緒に宇宙に連れて行こう。ザフトに掴まるよりはマシな筈だ」
「分かったわ。それとカガリ、もうひとつ問題があるんだけど」
「まだあるのか?」

 これ以上何があるのだと思ったが、それはカガリを驚かせるに足る物だった。シンが自分のM1Sに乗り、ザフトと交戦しているというのだ。

「シンが? 何考えてるんだあいつは!?」
「シンは家族を逃がしたいだけだったみたい。今はステラちゃんに付いて軍医の所に行ってるわ」
「それじゃ、あいつは今ここにいるのか。もう避難民の方には戻れないぞ。敵の部隊がこっちと向こうを分断してるんだ」
「シンは民間人だから、戦闘したのは不味いわ。ここに残して降伏させたら、ザフトに掴まって銃殺されかねない。如何するカガリ?」
「……フレイ、お前、それ私の事を言ってるのか?」
「そんな事は無いわよ」

 こいつは、とカガリは怒りを込めてフレイを睨んだが、フレイは涼しい顔をしている。これはカガリには分の悪い勝負なので、カガリは渋々という顔でフレイの攻撃に降参の意を示した。

「分かった分かった。でも、シンは如何する気なんだ。必要なら軍属扱いにしてやるが」
「後で聞いてみるわ。でも、もしMSで戦うって言ったらどうするの。シン、この攻撃でザフトを憎んでるみたいだったから」
「……まあ、そうだろうな」

 故郷を滅茶苦茶にされれば普通は怒るだろう。ヘリオポリスから理不尽に追い出されたことのあるフレイにはシンの怒りが理解できるのだ。そしてカガリにもその気持ちは理解できたので、仕方なさそうに頷いてしまった。

「分かった、フレイに任せる」
「良いのカガリ、多分、あの子は……」
「シンが決める事だ。それより、悪いけどフレイ、私たちが宇宙に脱出する為の準備を整えるまで、敵を食い止めてくれ。大型機を最後まで残しておくから、脱出時にそれに飛び乗ってくれ」
「死ねって言われてるようなものね」

 無茶苦茶な命令だったが、フレイはそれを断わったりはしなかった。それをやれるのは自分やキラくらいだと分かっていたから。だからフレイはカガリの要請を快諾し、そして別の問題をカガリに切り出した。

「それとカガリ、ちょっと別の問題があるんだけど」
「なんだ?」
「あの、何でかこの人がいるのよね」

 そう言って、フレイはモニターから退いた。そして換わりに出てきたのは、何故かキースだった。

「よおカガリ、久しぶりだな」
「キ、キース、お前なんでそこに!?」
「撃ち落されちまってな。後退してたオーブ軍の車に便乗させてもらった。んで、どうも原隊復帰は無理そうなんで、そっちに合流させてもらいたいんだが。ザフトに掴まるよりはこっちと組んだ方が良いだろうしな」
「そ、それはこっちから頼みたいくらいだ。キースが付いて来てくれるなら心強い」

 キースは実戦経験の塊のような大ベテランだ。彼が加わってくれればオーブ軍の前線は著しく強化されるに違いない。これから先、頼れる人材がますます少なくなるオーブ軍にとって、キースは必要な人材だ。

「キースは管制塔に来てくれ。そっちに司令部がある。悪いが、楽はさせられないぞ」
「やれやれ、何処の軍も人を扱き使うのは好きだねえ」

 苦笑してキースはカガリの求めに応じた。こうなった以上、連合に戻るにはオーブ軍と行動を共にして、いつか戻るチャンスを待つしかない。もっとも、宇宙に出たとしても制宙権はザフトが取り戻してきているので、帰れるのは何時になるか分からないのだが。





 ザフトの大攻勢が続く中で、ステラは宇宙港の近くに仮設された医療天幕の中で軍医の手当てを受け、包帯や湿布だらけになってベッドに横たえられていた。その隣ではシンが心配そうに見ており、レントゲン写真とカルテを手にした軍医がシンに心配する事は無いと伝えている。

「大丈夫だ。傷は外傷だけのようだから、直ぐに動けるようになる。大半は打撲のようだからな」
「ほ、本当ですか!?」
「医者を信じてくれんかね」

 気持ちは分かるが少し落ち着けという軍医だったが、シンは軍医の話など聞いてないようで、ステラの右手を取ってしきりにステラに話しかけている。それを見た軍医はやれやれと呆れ混じりに肩を竦め、2人を残して天幕の外に出た。そして、そこにフレイを見て少し驚いている。

「アルスター2尉、如何したんだ?」
「あの、ステラちゃんは?」
「ああ、大したことは無い。酷く身体を打ちつけて出血もしていたが、なに、一週間もすれば元気になる。若いからな」
「そうですか」

 軍医の話を聞いて安堵の吐息を漏らし、フレイは天幕の中に入っていた。そこにはベッドのステラに話しかけているシンが居る。フレイは2人の傍に近付くと、ステラに声をかけた。

「ステラちゃん、大丈夫?」
「あ、フレイだ」
「ええ、フレイよ。まさかこんな風に再会するなんて思わなかったけど」

 フレイはステラに微笑みかけて、シンに真面目な顔を向けた。

「シン、ちょっといい?」
「は、なんすかフレイさん?」
「時間が無いから手短に言うわ。私たちはオーブを脱出する。ステラちゃんも一緒に宇宙に出る事になるわ。貴方は如何する?」
「如何って……?」
「ここに残るか、私たちと一緒に行くか。好きな方を選んで。軍属扱いにしてあげるから、さっきの戦闘行為は誤魔化せるわ。後は貴方に任せる。残るなら宇宙港のシェルターに行きなさい。これを渡せば入れて貰えるから」

 そう言ってフレイはシンに1枚のカードを手渡した。それを受け取ったシンはそれをじっと見つめた後、出て行こうとするフレイに慌てて声をかけた。

「何処に行くんです?」
「戦場よ。まだみんな戦ってるから、私も行かないと。脱出準備が整うまでまだ少しあるしね」
「あ、あの、僕の家族は。父さん母さん、マユはどうなったか分からないの?」
「避難民は戦場から離れるように移動させたけど、ここと分断されて連絡が取れないわ。最後の報せだと犠牲者も相当出ているらしいけど」

 シンの質問に答えて、フレイは天幕から出て行った。残されたシンは如何すれば良いのかと迷っていたのだが、ベッドが軋む音と苦しそうな声にステラの方を振り向き、驚いてしまった。

「ステラ、まだ起きちゃ駄目だよ!」
「でも……ステラ、パイロットだから」
「パイロットだからって、こんな身体で出ても何が出来るっていうんだよ!」

 ステラを無理やりベッドに寝かしつけようとしたシンだったが、いきなり近くで着弾の轟音が聞こえ、足元が激しく揺れた自分もベッドにしがみ付いてしまった。衝撃が収まった後で顔を上げると、天幕が破片か何かに引き裂かれていて、空が覗いている。どうやらかなり近くに弾が落ちたらしい。

「くそっ、あいつ等見境無しかよ。怪我人が居るのに!」

 戦場で細かい区別など付けていられない。まして砲撃でそんな細かく狙える筈も無いのだが、そんな知識は持たないシンはザフトが無差別攻撃をしているように感じていた。だが、その怒りもステラの様子がおかしいのを見て直ぐに何処かにいってしまう。ステラはベッドの上で小刻みに震えていたのだ。まるで怯えているかのように。

「ステラ、どうしたの?」

 様子がおかしいステラにシンが声をかけたが、ステラは聞こえていないようで、身体を両手で抱えるようにして震えている。

「やだ、やだ、死ぬのは怖い……」
「ステラ?」

 なんでMSに乗っていたような女の子がここまで怯えるのかシンには理解しがたかった。軍人は戦場でも怯えずに戦えるものだと思っていたので、ステラの様子はシンには意外なものだった。
 そしてまた着弾の音が、今度は連続して響き渡る。フレイたちは何をしているんだとシンは憤ったが、ここに来るまでに目の当たりにしてきた戦場を思い出すとその怒りも直ぐに萎えてしまう。フレイたちも手を抜いているわけではないのだ。そして怯えているステラの姿。天幕の裂け目から見える戦火の炎と、焼かれているオノゴロ島の姿を見て、シンは遂に決断をしてしまった。そう、逃げられないのなら、戦うしかないのだ。
 シンは震えているステラの頭を右掌で撫でて、意識して優しい声を出して自分が行くと伝えた。

「大丈夫だよステラ、僕が行くから」
「……シンが?」
「うん、だから安心して。僕が守るから、ステラは先にシャトルに行ってて」
「守る……ステラ死なない?」
「ああ、大丈夫だよ。だから安心してシャトルで待ってて」

 シンの約束を聞いて安心したのか、ステラが急に大人しくなった。その表情が安堵の笑みに変わり、それを見たシンが顔を赤くしてベッドから離れる。そんなシンの反応を見て、ステラは首を傾げていた。

「シン、どうしたの?」
「な、何でもないよ。それじゃ行ってくるから!」

 わたわたと駆け出して行って、入り口で頭を柱にぶつけて凄い音を立てながらシンは天幕を飛び出して行ってしまった。それを見送ったステラは如何したのだろうと不思議そうな顔をしているばかりであった。





 オーブ軍とザフトと最前線は縮小されていて、自然と両軍の主力が狭い地域でぶつかりあう激戦が繰り広げられていたのだが、ここでオーブ軍はこれまでに無い粘りを見せていた。数が減った事がかえってキサカに全体の掌握を取り易くさせ、全軍がキサカの指揮の下に上手く動くようになったからだ。これに対してザフトはどうも動きが鈍っている。まるで指揮系統が混乱しているようだ。
 このザフトの妙な鈍さはキサカも気になっていたのだが、これがオーブを救ってくれた。動きの鈍ったザフトはオーブ軍の後退を許し、部隊の再編を行う余裕を与えてくれたのだから。
 加えてキラやフレイたちも戻ってきてくれたので、カグヤに向うザフトはここに来て夥しい犠牲を支払わされる羽目になった。頼みのアスランはジャスティスの補給と整備をする為にアースロイルに戻っていたのだ。
 空を飛ぶフリーダムが地上を駆け回るジンやシグー、ゲイツを次々に撃破していき、空を飛ぶディンをフライトユニットを搭載したフレイのM1Hが落としていく。地上ではアサギとマユラを含むM1隊の残存が結集され、戦車隊と共にザフトMSをどうにか食い止めている。最初は上手く戦えなかった彼等も、ここに来るまでに少しは戦えるようになったらしい。その中に混じって数機のストライクダガーやIWCPパックを捨てた105ダガーの姿もあった。どうやら生き残りがまだ居たようだ。
 キラのフリーダムとフレイのM1Hがお互いの背中を向け合って周囲に居るMSを次々に落としていく。特にシャトルにとって脅威になるディンは1機残らず始末したいというのが本音なのだ。

「キラ、弾はまだ持ちそう!?」
「大丈夫だよ。フレイこそどうなの!?」
「今回は持てるだけ持って来たから大丈夫!」

 バッテリーの消耗を嫌ってリニアライフルを主体に戦うフレイ。それを見たキラは楽しげな笑い声を漏らし、そして表情を引き締めた。

「とにかく、ここに居るディンは全部落とさないと。行くよフレイ!」
「ええ!」

 フリーダムの全力射撃が次々にディンを叩き落し、空中で爆散する機体、推力を無くして地面に激突して爆発する機体が続出する。時折地上を行くゲイツやバクゥにもその砲は向けられ、上空からの砲火に撃ちぬかれて擱座している。
 その背後を守るフレイはキラほど圧倒的な強さは無かったものの、リニアライフルを手に1機、また1機と確実に落としている。ただフリーダムと違って装甲が薄いM1に乗っているので、重突撃機銃にも回避運動をしなくてはいけないのが辛そうではあった。
 そしてそこに新たなM1が、シンが使っていたM1Sが加わってきた。フレイと同じようにフライトユニットを装備し、些かぎこちないながらもディンをビームライフルで撃ち落していく。それを見たフレイは、M1Sに通信を繋いで声をかけた。

「シン、やっぱり来ちゃったのね」
「こうなったら、もう逃げられないでしょ。なら戦うしかないじゃないか!」
「……そっか、結局そうなるのかな」
「それに、ステラを放っておけなかったし」

 キラもそうだったが、追い詰められればみんな武器を手に戦うしかないのかもしれない。時代が変わっても結局は誰もが同じ道をいく事になるのだろうか。フレイはシンが昔のキラのように自分を追い詰めた挙句に自暴自棄にならなければ良いがと思ったが、口からは別の言葉を出した。

「敵の数は多いわ。私やキラから離れないで。孤立したら袋叩きにされるわよ!」
「分かってるよ!」
「本当に分かってれば良いんだけどね」

 血気盛んなシンの返事にフレイはクスリと笑みを浮かべ、シンに自分たちの隣に入るように指示した。これで上空には3機のMSが出てきた事になるが、なぜかザフト側はディンの応援が来ない。いや、むしろディンはこの戦場から離れようとしているようだ。それが何故か、キラにもフレイにも分からなかった。





 ディンが減っていた理由、それはオーブの近海に遂に出現した第8任務部隊の存在であった。オーブ近海でザフトの盛大な歓迎を受けた第8任務部隊はMSを出してこれを突破しようとしていたのだ。更にアークエンジェルの頭上をオーブに向う編隊が幾つも通過していく。遅れていた空軍部隊がようやく本腰を上げて出てきたらしい。

「MS隊全機緊急発進。敵機を艦隊に近付かせないで!」

 マリューの命令を受けて各艦からクライシスやストライク、フォビドゥンとレイダー、105ダガーが飛び出していく。カラミティとマローダー2機は艦上で砲台代わりになっていた。

「艦長、全機発艦しました。アルフレット少佐機を中心に迎撃隊形を組みます」
「それで良いわ。サイ君、オーブと連絡は取れた?」
「まだです。NJ干渉と妨害が酷くて。レーザー通信も繋がりません」
「……施設が破壊された可能性もある、か」

 オーブの戦況は通信傍受で伝わってくる断片的な情報でも判断できる。もう負けたと言っても良い状況のはずだ。このまま反転した方が良いのではないかともマリューは考えていたのだが、その決断も付かぬままにここまで来てしまったのだ。
 そして、遂にMS隊がザフトと接触した。

「MS隊、敵部隊と接触しました!」
「敵の動きは?」
「こちらのディフェンスを潰そうとしてるみたいですが、突破してくる機体はまだ居ません」
「……私たちの任務はオーブの救援。なら、ここはこちらが突破するしかないわね」

 ようやく決断すると、マリューはそれまで肘掛にかけていた軍帽を手にとって被った。そして全艦に指示を出す。

「全艦最大戦速、ザフトを叩き、オーブ領オノゴロ島に突入する!」

 その命令を受けてアークエンジェルとドミニオン、パワーと駆逐艦8隻が増速していく。アークエンジェルから3基の、ドミニオンとパワーからは2基のゴッドフリートが艦内から出てきて、前方の戦場に照準を合わせる。

「ゴッドフリートで正面を薙ぎ払う。ミリアリア、MS隊に正面から退くように伝えて!」
「は、はい!」
「ドミニオン、パワーにも通達。照準は本艦と同調させなさい!」

 程なくして7基14門のゴッドフリートの方針が一点を指向し、パルが照準完了を告げる。それを受けてマリューが発射を命じ、14本のビームがオーブ近海の空を穿った。この砲撃で数機のディンや下駄履きMSが消滅し、10機を越す機体が何らかのダメージを受けてよろめきながら後退していく。そこに開いた空間を見て、マリューは鋭い声で命令した。

「突進!」

 その聞き間違えようの無い命令を聞いて、ナタルとロディガンが気持ち良さそうな顔で艦を突撃させていく。もうマリューは頼り無い門外漢の技術屋艦長ではなく、歴戦の指揮官なのだ。そしてロディガンはともかく、ナタルはマリューを信頼していた。
 突撃してくる3隻のアークエンジェル級と8隻の駆逐艦。これに対してザフトは海中と空中から襲い掛かったが、空中ではアルフレット率いるMS隊に苦戦を強いられ、海中ではディープフォビドゥンの迎撃を受けてしまった。連合駆逐艦はディープフォビドゥンを乗せてきていたのだ。
 オーブ軍を圧倒してみせたザフトも大西洋連邦軍が相手だと苦戦を強いられる。世界最強国家の名は伊達ではないのだ。特に2機のクライシスが止めようも無いほどに強く、空中はザフトMSの墓場になっている。

「こんな所で時間を無駄に出来ねえ。セブン、イレブン、俺に続け!」

 IWCPを装備したアルフレットのクライシスが群がるザフトMSを次々に撃ち落し、その両脇を2人のソキウスが乗る105ダガーが固めている。この小隊を止めようとディンが集ってきて、流石のアルフレットも前進を阻まれていた。
 この苦戦を見てボーマンが自分の小隊を連れて援護に回ろうとしたが、これはアルフレットに止められた。

「ボーマン、お前は艦隊の直衛だろうが!」
「ですが、隊長だけでは!」
「心配すんな。フラガたちも居るさ!」

 アルフレットはこの大軍をまるで恐れていなかった。それは自分の周囲に居る頼もしすぎるまでの味方のせいだろうか。フラガのクライシスが有線ミサイルで確実に敵機を減らし、トールのストライクが戦場を突破しようと突撃をかけては引き返してくる。レイダーの破砕球がディンを木っ端微塵に、フォビドゥンの偏向ビームがジン3機を巻き込んで吹き飛ばしてしまう。

「なんか、落としても数減らないなあ」
「ウザすぎ」

 何機か落としたのに減った気がしない。その多さに流石のクロトとシャニも辟易しているようだ。
 そして3隻のアークエンジェル級の対空砲火は圧倒的な密度で、群がるザフトMSも近づけずに悔しがっていた。この状況で、アルフレットは直衛を除く全機に再度声をかけた。

「よおし、行くぞ前ら、遅れるなよ!」
「隊長、突っ込むんですか!?」
「おうよ、続けフラガ!」

 それはフラガでさえ無謀と思えるような突撃だった。それを見たフラガはもうなんとも言えないような盛大な溜息を漏らし、スロットルを全開にしてそれに続く。その後ろに続くトールは戸惑い気味にフラガに尋ねてきた。

「フ、フラガ少佐、本当に行くんですか!?」
「仕方ないだろ、隊長が突っ込んじゃったんだから」
「でも、無茶ですよ!」
「無茶があの人の売りなんだよ。ああいう人を上司に持ったのが不運と諦めな、トール!」

 もう達観しているフラガが楽しそうにトールに答えて後に続き、それに慌ててトールが追随して行く。そしてフォビドゥンとレイダーも続いた。それはザフトの防衛ラインに穴を穿つ槍の穂先となり、立ち向かったザフト機は悉くが返り討ちにあうという惨状になっている。
 しかし、ザフトもやられっぱなしでは無かった。ザフトは数に物を言わせて少数の連合MSを迂回し、3隻のアークエンジェル級に襲い掛かろうとしている。フラガたちでも一度に止められるのは精々3機が良いところなので、この大軍による飽和攻撃には対処しきれない。更にクルーゼを中心とする精鋭部隊が出てきたのだ。
 だが、3隻のアークエンジェル級が集中配備された事という事は、相互支援による対空砲火の密度が桁違いになったという事である。特に戦訓を元に改良を受け続けたアークエンジェルは殆ど空中要塞と化しており、濃密な火網を生み出している。空がレーザーと75mm弾の火線で染まるのを見たクルーゼはその凄まじさに声を無くしてしまった。前に見た時はこれほど凄くは無かったのだが。

「本当に同じ艦なのか。これほど強化されているとは……」

 クルーゼでさえ踏み込むのを躊躇うような対空砲火の中に下駄履きのゲイツ3機が飛び込み、あっという間に叩き落されてしまう。だがそれにも怯まずに次々に飛び込み、アークエンジェルにダメージを与える機も出る。対空レーザー砲が破壊されて砲身を飛ばし、ミサイルランチャーが銃火を受けて使えなくなる。
 攻撃を成功させたディンが離脱を試みるが、それはスティングのマローダーに阻まれた。逃げようと機体を下に向けたところを狙い撃たれ、多数のビーム弾に機体の各所をもぎ取られてバラバラになって落ちていってしまう。
 ディンを落としたスティングはアウルと背中を合わせ、お互いの死角をカバ−しあっていた。

「アウル、バッテリーは大丈夫か?」
「ああ、まだ大丈夫だよ。しっかし、こいつら多すぎるぜ」
「そうだな、どこに居たんだか」

 文句を言い合いながら近付いてくる敵機の鼻先にビームの弾幕を生み出し、攻撃を断念させる。殆ど移動砲台扱いであるが、マローダーはこういう使い方ではカラミティより有効なMSであった。そして文句が出尽くした後で、アウルが少し声のトーンを落としてスティングに問い掛ける。

「なあ、敵がこんなに居て、ステラは大丈夫かな?」
「……キースが付いてるから、大丈夫だと思いたいがな」

 答えるスティングも歯切れが悪い。オーブが負けてるのは今更言うまでも無く、そんな所に行ったステラがどうなったのかと考えると、どうしても悪い方向に行ってしまうのだ。そしてそれを助けに行けない自分達に腹が立っている。
 だが、それも1機のシグーが弾幕を掻い潜って突入してくるまでだった。そのシグーはグゥルを捨てると、全ての推進器を全開にして自力で短距離を飛行し、アークエンジェルの甲板に降り立ってきたのだ。そのシグーを狙ってアウルがビームガトリングを向けたのだが、シグーはアークエンジェルの構造物との間に自分を置いていた為に射撃できなかった。撃てばアークエンジェルの被害が洒落にならない。

「こいつ!」
「俺が行く、アウルは射撃を続けてろ!」

 スティングがビームガトリングを背中のアタッチメントに移してビームサーベルを抜く。だが、そのシグーは何とビームライフルを持っていたのだ。重突撃機銃だと思って油断していたスティングは驚いてシールドを前に出したが、間に合わずに頭部を破壊されてその場に倒れてしまう。

「スティング!?」

 スティングが一瞬で倒された。それを目の当たりにしたアウルは驚きと怒りをもってそのシグーを睨みつけている。よく見ればそのシグーはこれまでのシグーとは微妙に違う。改良型なのだろう。そしてアウルもスティングのようにガトリングをアタッチメントに固定してビームサーベルを抜いた。

「舐めんじゃねえよ!」

 手に持つのはビームライフル、右肩の砲はレールガンだと考えてアウルは突っ込んだ。するとそのシグーもビームサーベルを抜き、シールドを構え直して迎え撃ってくるかと思われたのだが、予想外にもそのシグーはアウルの相手はせず、近くのレーザー機銃座を潰し始めた。それを見たアウルがいきり立って斬りかかるのだが、シグーは身を逸らす事で簡単にそれを躱してしまう。

「……ふん、経験が足らんようだな」
「なんだ!?」
「無駄が多い、機体性能に頼りすぎている!」

 至近距離で通信回線がつながり、相手の声が聞こえた事にアウルが驚くが、次の瞬間、シグーに思いっきり蹴り飛ばされてアークエンジェルから落とされそうになってしまった。それでも何とか艦にしがみ付いて転落は免れた。そしてシグーはビームサーベルを振りかざしてアウルに止めを刺そうとしたが、新たに飛び込んできたスカイブルーの機体の体当たりを咄嗟にシールドで受け止めて弾き飛ばされてしまった。
 
「大丈夫か、アウル?」
「少佐か!?」

 助けに来たのはアルフレットだった。スカイブルーのクライシスでアークエンジェルの甲板上に突っ込んできたらしい。弾き飛ばされたシグーも直ぐに態勢を立て直し、慎重にクライシスとの距離を測っている。

「新手か。新型のようだが、腕の方は如何かな!?」
「はっ、おもしれえ、来やがれ!」

 コンバインドシールドを前に出し、対艦刀を右手で構える。それを見てシグーもビームサーベルを構えた。

「……ふん、貴様、名は?」
「あん?」
「私はグリアノス・エディン。貴様の名を聞いておきたい」
「妙な奴だな。俺はアルフレット・リンクスだ」
「……なんと、貴様がアルフレットか。このようなところで相対することが出来るとはな」

 その名を聞いたグリアノスが驚きと喜びの声を上げる。この時をグリアノスはずっと期待していたのだ。ナチュラル最強のパイロットとまで言われる男と一度戦ってみたいというグリアノスの夢は、今叶ったのだ。

「ははは、はーっははははははは、行くぞ!」

 歓喜の声と共にクライシスに挑むグリアノス。それを迎え撃つアルフレットは、対艦刀を構えながら少し焦りを見せていた。こいつはこれまで相手にしてきた奴とは違うと、自分の直感が告げていたのだ。
 だが、逃げるような真似はしない。覚悟を決めると、アルフレットも雄叫びを上げてグリアノスのシグーに斬りかかっていった。





 カグヤ宇宙港では脱出の準備が終わろうとしていた。M1の一部は輸送機に乗せられて持って行くが、大半はここに放棄して行く事になる。せめてパイロットだけでも運ぶ為に危険を承知で人員輸送用の往還機まで動員しているのだ。アサギたちもMSごと輸送機に乗り込み、発進を待っている。
 これの指揮を取っていたユウナから準備が終わったという報せを受けたカガリは、前線で頑張っているキサカに早くこっちに来るように命令を出した。

「キサカ、こっちの準備は終わった。お前も早く合流しろ!」
「そうですか」

 だが、何故か防衛隊司令部のキサカはカガリの命令に頷く事は無かった。それを見たカガリが如何したのか聞こうとするが、それより早くキサカがとんでもない事を言ってきた。

「カガリ様、私に構わず、早く御行き下さい。今ならまだ脱出が可能です」
「キサカ、お前何言ってるんだ!?」
「誰かがここで敵を食い止めねばなりません。そうでなければ、シャトルは飛び立てないでしょう。幸い制空権は連合機の加入でこちらが優勢になっていますから、今がチャンスなのです」

 キサカの穏やかな表情に、カガリは咄嗟に次の言葉が出てこなかった。理性ではキサカのいう事が正しいと認めながらも、感情がキサカを捨石にする事を拒んでいる。モニターの前で苦悩し、肩で息をしているカガリに、誰も声をかけることは無かった。キースさえじっとカガリの決断を待っている。
 そして、カガリはキサカに念を押すように聞いた。

「キサカ、死に急いでる訳じゃないんだな?」
「それは勿論です。カガリ様たちが脱出後、降伏しますよ」
「絶対だぞ。私がオーブに戻ったらお前を真っ先に呼びつけるからな!」

 それはカガリの命令であった。だからキサカはそれに頷き、カガリはそれ以上言う事は無いとばかりにモニターの前から姿を消してしまう。シャトルへの移乗を指揮しに行ったのだ。そしてモニターの前にキースが出てきて、それを見たキサカが驚いている。

「キース、どうしてそこに?」
「脱出した後でオーブ軍の車に拾ってもらったんだ。まあそれよりも、今はキサカ一佐の方だろ?」
「……仕方が無かろう、誰かが命を捨てて殿をやらねばならんのだ。カガリ様を今失うわけにはいかない」
「それは分かるが……」

 カガリには人を引っ張る天賦の才がある。そのカガリを、こんな所で失うわけにはいかないというキサカの気持ちはキースにも理解できるのだが、キサカも重要な人材なのだ。

「あんたが居なくなったら、カガリの軍事面は誰がサポートするんだ?」
「アメノミハシラにミナ様が居られる。ユウナ様も居るし、コロニー行政府にも人材は居る。私が居なくとも、何とかやっていけるだろう」
「おいおい、そんな無責任な」
「無責任ついでに、お前にも後を頼みたいのだがな」

 キサカの切り出してきた頼みごとに、キースは一瞬顔を顰めた。もう政治的な動きには関わりたくないというのがキースの本音だからだ。だが、命を賭けてカガリを逃がそうとしているキサカの、いわば遺言とも言える頼みを無下に断われるほど、キースは非情な男ではなかった。何よりキサカはキースにとって友人なのだ。
 暫しの逡巡を見せた後、キースは仕方なさそうに頭を掻いてキサカを見た。

「連合軍に合流するまでで良ければ、面倒を見よう」
「それで構わない。これで安心して戦う事が出来る」

 それは死に逝く者の台詞だとキースが突っ込みを入れかけたが、それを飲み込んで口からは別の言葉を出した。

「カガリじゃないが、また会える事を期待してるよ。何とか生き残ってくれ」
「……ああ、努力しよう」

 それを最後に、キースは通信を切った。白濁したモニターを見ていたキサカは一瞬だけ表情を暗くし、そしてそれを引き締めなおして司令部に残っていた少数の要員に声をかけた。

「すまんなみんな、悪いが、私の部下だったのが不運だと諦めてくれ」
「最初から諦めてますよ」
「ははっ、良い返事だ!」

 キサカの謝罪の言葉に部下が笑って返してくる。それを聞いたキサカも口元に苦笑を浮かべ、威勢の良い声で指示を出した。

「よし、全軍に通達しろ。地上軍はシャトルがカグヤを飛び立つまで全力で現防衛地点を維持する。残弾を使い切るつもりで撃ち尽くさせろ。海軍、空軍はシャトルが飛び立った後はオーブを脱出し、連合軍に合流せよ。MS隊も脱出できる機体は脱出するんだ!」
「一佐、0号ドックのタケミカヅチが出港準備完了と言ってきていますが?」
「脱出させろ。護衛艦2隻を付けられる筈だ。残るMSにはタケミカヅチの甲板に降りるように言え」

 カガリは宇宙で亡命政権を作れとホムラに言われている。となればキサカに出来る事は少しでも多くの戦力を脱出させ、カガリの使える手駒を残す事だ。これが少しでも多ければ、連合内のオーブの地位も高くなるだろう。

 キサカの指示で最後の力を振り絞りだしたオーブ地上軍。その反撃にザフトの進撃の足は一時的とはいえ止められてしまった。それは蝋燭が燃え尽きる前の最後の輝きであったが、それで十分なのだ。シャトルが脱出するまでの時間を稼ぐだけなのだから。
 そして上空で戦っていたキラとフレイ、シンにシャトルに向うよう命令が届く。既に機体をボロボロにしていた3人はその命令を受けて一目散に宇宙港を目指したが、その眼前で次々に宇宙往還機がスクラムジェットエンジンに点火して滑走路を駆け出していくのが見えた。

「キラ、シャトルが!?」
「大丈夫、カガリが大型輸送機を残してる。あれに飛び込むんだ!」
「分かった。シン、遅れないでね!」
「大丈夫すよ、こいつが一番速いですから!」

 軽量ながら大出力推進器を装備しているM1SがフリーダムとM1Hを置き去りにするようにどんどん前に出て行く。その後をキラとフレイが追う形となった。

 そしてこのシャトルの発進はザフトに驚きの目で見られた。まさか、逃げるというのだろうか。

「逃がすな、あれを撃ち落せ!」

 各部隊の指揮官が異句同音の命令を発し、地上のMSや空を飛ぶディンが銃を向けて撃ちまくる。だがオーブ側もそれを妨害し、連合の戦闘機隊がディン部隊の挑んで行く。だがそれでも全てを防ぐ事は出来ず、1機、また1機とシャトルが砲火に捉えられて空中で四散していくのが見える。
 だが、それでも大多数は宇宙に脱出出来そうだった。やはり敵の空中戦力の大半を第8任務部隊が引き付けてくれたのが大きかったのだ。地上のMSでは重突撃機銃は射程の問題で空に上がったシャトルに届く筈も無く、MSの使うビーム程度では地上では地磁気と空気に阻まれて長距離射撃など当たる筈も無い。ザフトには連合のバスター系のような長距離砲戦MSはないのである。
 ただ、ジンK型の背負い式リニアガンは効果的だった。これは対地、対空用の間接砲なので、対地榴弾のほかに対空砲弾も用意されていて、この対空砲弾が装甲など持たないシャトルを数機撃ち落としている。

「ザウートは如何した。対空ザウートは居ないのか!?」
「まだ前線に来ていません。後方の守りに使っていましたから!」

 頼みの対空型ザウートは悲しいかな、その足の遅さゆえに展開が速かった上に地形の上下が激しいオーブ戦では後方に置き去りにされていた。まあ元々防御用で、ジンやゲイツに随伴する機体ではないから当然なのだが。この問題があるからMS隊に随伴できるジンK型が作られたのだが、やはり中途半端な火力では今1つな戦果しか残せないようだ。

 空に上がったシャトルをスピードが出る前に落とそうとディンが上空から被さろうとするのだが、こちらはオーブのレップウと連合のスカイグラスパーに阻まれている。塵も積もれば山となるというか、五月雨式に後から後から現れた連合戦闘機隊は、今ではオーブの制空権を半ば奪還するまでの大軍となっていたのだ。ただ、降りられる飛行場が軒並み叩かれているので、燃料が続く間の制空権なのだが。
 しかし、そのオーブ・連合の共同軍が作り出した分厚い防衛ラインを単独で突破していくMSが居た。ようやく補給を終えて戻ってきたアスランのジャスティスである。地上の車両や対空陣地の砲撃に対してはビームキャノンとガトリングガンの掃射で対抗し、PS装甲の防御力で弾幕を弾き返しながら宇宙港に突進している。
 アスランはフリーダムが戦線から後退したという報せを受けて、宇宙に脱出するつもりだと読んで最後の賭けに出てきたのだ。このジャスティスの突撃を見てキサカは阻止しろと檄を飛ばしたが、既にオーブ軍にはジェスティスを止められるような戦力は残っていなかった。逆に地上施設が次々に吹き飛ばされ、戦闘機が返り討ちにあっている。
 そしてアスランは、この攻撃の基点となっている施設、防衛隊司令部に目を向けた。

「あそこを叩けば、オーブ軍の抵抗も終わる!」

 司令部を狙って移動するジャスティス。その狙いを察したキサカが撃ち落せと命じるが、それで落とせるなら苦労は無い。そしてジャスティスから放たれた最初の砲火がコンクリートと鉄板を重ね合わせた強固な壁を撃砕し、中に居た職員を薙ぎ倒したのである。
 キサカもこの一撃で生じた熱風と衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて血反吐を吐いた。恐らく内臓を傷付けたのだろう。それでもキサカは激痛に堪えながら体を起こし、這いずる様にして自分の端末の前まで来て、モニターに表示されているシャトルの発進状況を確かめた。そして、それがもう終わろうとしているのを確認したキサカは、満足げな笑みを口元に浮かべていた。

「最後の命令は守れませんでしたが、軍人として、やれるだけの事はやりました。後の事は頼みます、カガリ様」

 オーブは変わる。この敗戦は古いオーブを粉微塵にしてしまうだろう。そして、そう遠くない将来にカガリが必ず国を奪還してくれる筈だ。カガリという存在は何故か多くの人を動かしている。
 だが、自分が立派になったカガリを見る事は無い。その事が少し心残りではあった。

 この直後、ジャスティスから2度目の攻撃を受けて司令部は崩壊した。キサカも崩れてきた大量の鉄とコンクリートの中に飲み込まれ、一瞬にして姿が見えなくなってしまった。





 この状況下にあって、イザークたちは未だに宇宙港に向っては居なかった。いや、それどころか既にミゲルとエルフィのゲイツが大破させられてパイロットが脱出し、イザークのデュエルも中破されるという大損害を受けている。
 これは全て1機のMSによってもたらされた被害であった。今はジュディとフィリスのゲイツがユーレクのM1Bと激しい戦いを演じ、ディアッカが援護するという状態になっている。

「こいつ、どういう反応速度なんだ。コーディネイターだとしてもこれは異常だよ!?」
「アンヌマリー隊長、このままでは!?」
「くっ!」

 ユーレクの振るったビームサーベルを後方に飛んで回避し、腰の両脇、普通の機体ならエクステンション・アレスターが装備されている部分にアレスターに変わって装備されている2門の小型レールガンが正面を向き、2発の砲弾を撃ち出す。しかしユーレクはそれをあっさりシールドで弾いてしまう。まるでジュディがこうする事を読んでいたかのような落ち着きぶりだ。
 奥の手にしていた腰部レールガンをあっさりと防がれてジュディは歯軋りして悔しがった。6機がかりで勝てないのに、3機で勝てると思うほどジュディは実戦を舐めては居ない。ただ、向こうの消耗も激しいはずなのでいい加減動きが鈍ってもいいと思うのだが、何故かこのMSの動きは鈍らなかった。

「どういう化物が使ってるんだい。ナチュラルだって言うなら人間じゃないよ!」
「アンヌマリー隊長、援護お願いします!」
「止せフィリス、格闘戦は危険だ!」

 ビームサーベルを抜いて切りかかるフィリス。その目からは光が失われ、SEEDを発動させた状態になっている。こうなった時のフィリスはイザークすら超える強さを見せるのだが、このM1Bはフィリスの動きに付いてきてみせた。

「馬鹿な、SEEDを持つ私に付いてこれる。まさかこのパイロットもSEEDを持つ者なんですか!?」

 そうそうゴロゴロしているわけが無いと思うのだが、そうとでも考えないと理屈が通らない。これはもう人間の限界を超えているだろう。
 シールドを相手のシールドに叩きつけ、力比べをするフィリスの怒鳴り声が伝わったのか、相手が答えてきた。

「SEED、ではないな」
「な、何ですいきなり!?」
「質問に答えただけなのだがな。私は最強の兵器、とでも覚えておいてくれたまえ。そう、私は如何なる者よりも強くなるよう作られた」
「作られた?」

 どういう意味かと思ったが、その一瞬の気の緩みでフィリスのゲイツはM1Bに吹き飛ばされてしまった。吹き飛ばされた衝撃でフィリスの意識が朦朧とし、動けなくなってしまう。
 これで残るは2機、それを見たユーレクが少しつまらなそうな顔をする。

「確かにかなりの凄腕揃いだが、凄腕以上ではないか。もう少し規格外な奴が混じっているかと思ったのだがな」

 ユーレクが戦いたいのはキラと同レベルの相手だ。クルーゼでさえユーレクには物足りない。そんな葛藤を埋める為に特務隊の相手をしたのだが、満足には少し届かなかったようだ。
 そしてジュディとディアッカが余りの強さに臆したかのように2歩ほど下がるのを見て今度こそ詰まらなそうに鼻を鳴らすが、その視界の片隅で中破していたデュエルがゆっくりと起き上がってくるのが映った。

「クソッタレが。俺たちをここまでコケにして、無事に帰れると思うなよ!」
「ほう……気骨だけは見事、と言っておこうか」

 どうやら動けなかったのは機体の再調整をやっていたためだったらしい。ビームサーベルとシールドを持ち、再びユーレクに挑んでくる。デュエルが振り下ろしたビームサーベルをシールドで相手の腕ごと受け止め、ビームサーベルをデュエルのコクピットに突きつける。

「威勢は良いが、腕が付いてきてない」
「舐めるな。俺の部下を叩きのめした分の借りは返させてもらうぞ!」
「……なるほど」

 それまでの詰まらなそうな表情を改め、少し嬉しそうな顔をするユーレク。そして何故かビームサーベルを退くと、その機体を思いっきり蹴り飛ばした。その衝撃でデュエルが後ろにたららを踏んだが、どうにか横転は避けた。
 そしてユーレクは、何故か楽しげな笑みを浮かべて悠然とビームサーベルをデュエルに突きつけていた。そう、ユーレクは楽しんでいたのだ。

「面白い。なら何度でも来るがいい、戦い方を教えてやろう」
「ふ、ふざけるなあああ!」

 馬鹿にされていると感じてイザークが激昂して再度斬りかかったが、ユーレクは涼しい顔でその攻撃を受け流し続けた。それは、背伸びした未熟者をあしらう熟練者の姿に何処か似ていたと、ジュディは戦闘後に感想を述べている。





 次々にシャトルが発進していく中、カガリの乗っていた大型シャトルはまだ離陸していなかった。キラたちを待っているのだ。シャトルの中からあれこれ指示を出しているカガリは通信席にいるカズィにキラたちはまだかと聞いていた。

「カズィ、3人はまだか!?」
「もう少しだ。でも、敵の妨害も激しいみたいで、遅れてる!」
「急がせろ。ここにも弾が何時降って来るか分からないんだ。機長はいつでも出せるようにな!」
「分かっていますよ。今すぐにだって行けます!」

 カガリの問いに怒ったように返す機長。まあ周辺でドンパチをやってる中でひたすら待機をさせられれば殺気立ちもするだろう。
 幾つか指示を出して戻ろうとしたカガリだったが、ふと足を止めて壁の窓をじっと見ていた。

「……キサカ、何か言ったか?」
「ん? 如何したのカガリ?」
「いや、いまキサカに呼ばれたような気が」
「気のせいでしょ」

 妙な事を言うなあと思うカズィだったが、カガリはどうも何かが気になるらしく、キサカと連絡は付かないかと聞いてきた。

「カズィ、キサカとは?」
「駄目だね。何度かやってみたけど繋がらない。多分埋設ケーブルが切断されたんだと思う」
「そうか……」

 残念そうに客室の方に戻っていくカガリ。それを見送ったカズィはもう1つの、カガリには言わなかった想定をそっと口にしていた。

「ケーブルじゃなく、司令部が破壊されたかもしれないよ、カガリ」

 他の場所とは通信できるのだから、ケーブル回線はある程度は生きている。そして何より、前線部隊が指揮系統の混乱を来たしているという内容の通信を交しているのを幾つか傍受している。これらを総合すれば、答えは最悪の物へと行き着くしかない。それを想像してしまったカズィは、それをカガリに伝えるのを躊躇っていたのだ。


 そして、ようやくキラたちが戻ってきた。だがザフトのMSもちらほらと伺えており、ユウナが焦りを浮かべてコクピットに入ってきた。

「カガリ、もう限界だ。シャトルを出してくれ!」
「待てユウナ、まだ3人が乗っていない!」
「3人を待ってて、こっちが落とされたらどうするんだ!」

 ユウナが叫んでいる間にも滑走路周辺に着弾の光が見える。ザフトの砲火が宇宙港周辺に及んでいるのだ。それを見たカガリは苦しむような表情をみせたが、直ぐにそれを押さえつけて機長に発進命令を出した。

「よし、良いぞ出せ。3人には格納庫に飛び乗らせる。カズィ!」
「分かったよ!」

 無茶なこと言うなとカズィは思ったが、それが一番マシだとも思える程に状況が悪いのだ。カズィは3機に回線を繋ぐと滑走中の機体に飛び込めと指示を伝え、それを聞かされたsシンが無茶苦茶だと悲鳴を上げた。

「出鱈目言うな!」
「シン、今は突っ込むしかない!」
「ああもう、とんでもないとこに来ちまったよお!」

 泣きごとを叫びながらまずシンがシャトルの後部から格納庫に飛び込んだ。そして機体を後部に乗り出し、手を出してフリーダムに向ける。その手を掴んだフリーダムが機体に引き込まれ、そして今度はキラがフレイに手を差し出す。

「フレイ、早く!」
「わ、分かってるわよ!」

 M1Hが加速し、フリーダムに手を伸ばす。キラはそれを掴もうとするのだが、その時コクピットに警報が鳴り響いた。何かと視線をフレイの後ろに向ければ、シャトルに追いつくような勢いで迫るジャスティスの姿があった。

「アスラン、まだ諦めてなかったのか!?」
「逃がさんと言ったはずだ、キラ!」

 ジャスティスがビームライフルを向けてくる。だが、これに対してシンが先にビームライフルを放ち、ジャスティスに回避を強要した。だが、それでもアスランはビームライフルをシャトルに向けて3連射した。それは2発がシャトルを掠めるだけに留まったのだが、1発がフレイのM1Hの左肩を直撃した。

「あっ!」

 直撃を受けたフレイのM1Hはフリーダムの伸ばされた手を掴む事が出来ず、一瞬の悲鳴を残して衝撃に弾き飛ばされて滑走路に叩きつけられ、滑走路を転がって部品を撒き散らしながら停止する。それを目の当たりにしてしまったキラは、一瞬頭が真っ白になってしまった。

「フ、フレイ? フレイ―――っ!!」
「キラさん、駄目だ!」
「離せ、離してくれシン!」

 輸送機を飛び出そうとしたフリーダムをM1Sが後ろから押さえ込む。キラはM1Sを振り解こうとしたのだが、必死に止めるシンを振り解くことは出来なかった。そして滑走路に目を戻したキラの視界に、再びシャトルに迫ろうとするジャスティスの姿が飛び込んできた。その姿を見たキラの顔が怒りに歪み、全てを叩きつけるような声で叫んだ。

「アスラ―――ンッ!!」

 フリーダムの2門のプラズマ砲と2門のレールガンが正面を向き、ジャスティスに向けて一斉に発射された。砲がこちらを向くのを見たアスランは咄嗟にジャスティスを回避させようとしたが、間に合わずにプラズマ砲の直撃を受け、右腕が肩から持っていかれ、レールガンが腰を直撃して吹き飛ばしてしまう。
 それでも何とか滑走路に叩き付けられることだけは避けたアスランは、モニターで拡大したシャトルの映像を見て悔しさと残念さが込められた呟きを漏らした。

「……取り逃したか」

 流石にスクラムジェットで高高度まで駆け上がっていく宇宙往還機に追い付くことなど出来ない。残念だが、今回は見送るしかないようだ。しかし、必ずまたキラと戦う機会は来る。その時こそと決意を固めて、アスランはジャスティスを引き上げさせた。先ほど撃墜したM1が気になったのだ。
 大破したM1の傍までやってきたアスランはジャスティスでコクピットハッチを剥ぎ取ると、ジャスティスを降りてコクピットの中を確かめた。そこには衝撃を感知して作動したらしいエアバックの中に埋もれるようにして赤いパイロットスーツを着たパイロットいて、ぐったりと座席の背凭れに身体を預けている。胸が上下しているから生きているようだ。
 アスランはそのパイロットをコクピットから丁寧に気を使って外に運び出した。アスランはこのパイロットが誰であるのか、予想が付いていたのだ。滑走路の上にパイロットを横たえ、ヘルメットを外す。そして中から出てきた見知った顔を見たアスランは、やっぱりかと言いたげに大きな溜息を吐き出した。パイロットスーツのグローブを外し、フレイの右頬を上から下に軽く撫で、表情に穏やかな笑みを浮かべた。

「本当に、君とは縁があるな、フレイ」

 キラと行動を共にしていて、キラと共に戦えるパイロットとなれば、世界を探してもそうは居ない。まして今オーブに居るとなれば片手で数えるほどしか居ないだろう。そうなれば、キラと行動を共にしているのはフレイの可能性が極めて高かっただけだ。
 フレイを撃墜したのはこれで2度目だ。何でこうも縁があるのかと思いながら、アスランはフレイの両足と背中に両手を差し入れて持ち上げ、管制塔の方に向けてゆっくりと歩き出した。





 このカガリの脱出を見て、ホムラは全軍に戦闘の中止を命令し、ザフトに対して降伏の申し出を行った。この事を潜水母艦から伝えられたクルーゼは苦々しげな顔をしながらそれを受け入れ、全軍にオーブへの攻撃中止を指示した。
 こうしてオーブ防衛戦は終結した。残存していたオーブ海軍とオーブ空軍、そしてMS隊は本国の命令を無視し、シャトル脱出を見て一斉にオーブを離れて連合への合流を目指した。これは表向きには各部隊指揮官の独断による行動だとされたが、ホムラも了承している予定された行動である事はその混乱の無さを見れば誰にでも分かる事であったろう。
 この脱出した護衛艦隊はトダカ一佐に率いられた艤装中の大型空母タケミカヅチと合流し、連合軍の基地に辿り着けないと判断して艦隊の傍で機体を捨てたパイロットや、オーブを脱出して甲板に降りてきたMS隊を回収し、ティリング准将の指揮の元にラバウルを目指した。


 オーブ降伏の報はオーブ政府から駆けつけてくれたアークエンジェルにももたらされた。それを聞かされたマリューは驚きよりも間に合わなかったかという後悔を浮かべ、そしてオーブ政府の感謝の言葉と撤退勧告を受け、遂にオーブ上空に辿り着く事無くラバウルに引き返す事になる。この戦いで第8任務部隊は3隻全てが判定中波という損害を受け、護衛として随伴した駆逐艦8隻も沈没艦こそ出さなかったものの、全艦が損傷を受けるという甚大な損害を受ける事となった。これで第8任務部隊の3隻はまたマドラスのドックで修理を受けなくてはいけなくなった。
 しかし、その見返りは確かにあった。第8任務部隊を迎え撃ったザフトはオーブに振り向けた主力を欠いた状態でこれに立ち向かった為、迎撃機に振り向けたMSの3割を喪失したのである。これはオーブ侵攻軍の保有MSの1割近くにも達しており、オーブ戦全体での損害は2割を超えるほどになった。余りの被害にクルーゼが眩暈を起こしてよろめいたほどだ。
 カーペンタリアは空襲のみに終わったが、受けた被害は甚大なものとなった大西洋連邦が前に出てきた為に攻撃を防ぎきれず、多くの施設が空爆を受ける事となった。これの被害を知らされたプラントのエザリアは暫し言葉が出てこなかったほどの衝撃を受けたといわれている。更に最大の目標であったフリーダムは取り逃し、オーブ戦はプラントにとって失う物のみ大きな戦いとなった。だが、カーペンタリアの東側を守る要所を押さえたのも確かであり、ポートモレスビーはおろかラバウルも安全地帯とは言えなくなった連合も笑ってはいられず、新たな戦略を立案に迫られる事となる。




後書き

ジム改 オーブ防衛戦、終戦。
カガリ オーブがなくなっちまったあ!
ジム改 原作通りじゃないか。
カガリ 私にこれからどうしろって言うんだよ!?
ジム改 1に努力、2に努力かな。
カガリ 努力よりもお金とMSと戦艦が欲しい。
ジム改 正直な奴め。
カガリ このままじゃ私は亡国の王女じゃないか!
ジム改 待ってる未来はさてどんなかな。
カガリ こうなったらアメノミハシラでフリーダムの生産をするんだ!
ジム改 出来ねえよ。全く別の技術で作られた機体のコピーなんぞ直ぐに出来るかい。
カガリ でも新型は欲しい!
ジム改 まあ、クローカーもシモンズも居るから開発は可能だけどね。
カガリ おし、とりあえずM2の開発でも。
ジム改 無茶言うな。
カガリ ケチケチすんな!
ジム改 ケチと言われてもな。それでは次回、アメノミハシラにやってきたカガリはミナと合流する。今後の事は自分で決めなくてはいけないという立場にカガリは苦悩するが。一方で連合はオーブ残党を加えて戦略の変更を行う事に。オーブでは軍の解体と武装解除が進められ、下位の将兵は制限を受けた上で帰宅を許された
。フレイを送るアスランだったが、それはあらぬ疑惑を呼ぶ。次回「オーブの旗の下に」でお会いしましょう。

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