第115章  月への道


 

 連合諸国は喜びに包まれていた。開戦からもう1年以上になるが、遂にヨーロッパで始めての決定的な勝利を掴んだのだ。それはこのまま地球連合の大反撃に繋がると期待され、市民はザフトを地球から叩きだせるという希望を見出した。
 このマーケット・ガーデンで連合は3万の捕虜を得ている。死んだ敵兵は集計中だが、4万くらいだろうという推測が出されている。そして連合側の被害は死傷合わせて6万を出している。圧倒的な大軍で攻め込んだにしては多すぎる犠牲であるが、それでも連合の死傷者がザフトの死傷者とほぼ同数という戦いはこれが初めてだった。
 この戦いの後、ザフトは中東に展開していた部隊を後退させている。今の所これを追撃する意思はユーラシアにはなかったが、恐らくはパナマ運河辺りを防衛線として固めるつもりだろう考えている。
 一方、ジブラルタル海峡を越えてきたアフリカに逃げ込んだ敵部隊は少数ではあったが、これらはタンジールに居たザフト部隊と合流後、カサブランカにまで後退したらしい。洋上艦隊と潜水艦隊もカサブランカに集結しているようで、ジブラルタルを奪還したユーラシア軍はここへの攻撃の準備を進めている。
 ただ、ジブラルタルのマスドライバーは爆薬で8割ほどが破壊されてしまったため、これの再建が最優先の課題となっている。



 このユーラシアの大勝利を知った大西洋連邦のササンドラ大統領はユーラシア連邦の戦勝を祝い、それぞれの目標の攻略に全力を尽くすように求めている。そう、ユーラシアはアフリカの攻略を、そして大西洋連邦は太平洋の制圧を目指すのだ。そして最終的には大洋州連合を双方の部隊で包囲し、地上のザフトを殲滅する。これが地球連合の戦略だ。
 しかし、この動きを快く思わない勢力も居た。大西洋連邦本土を守る統合軍司令官のジークマイア大将だ。彼はこのユーラシアの圧勝を喜んではいたのだが、この勝利でブルーコスモスが勢いづく可能性を危惧していた。

「ブルーコスモスがこれ以上勢力を拡大するのは、面白くは無いな」

 ブルーコスモスは彼にとって邪魔以外の何者でもない。現在の統合参謀本部議長のグレン・ダルハート大将はブルーコスモスではないが強行派で、アズラエルから資金援助を受けて今の地位を手に入れた。しかも腹立たしい事にダルハート大将はジークマイアにとってライバルとも言える相手で、彼が統合参謀本部議長になって以来、ジークマイアは冷遇されている。
 勿論アズラエルがダルハートを選んだのには理由がある。ダルハートにはアズラエルの目に適うだけの能力が備わっていて、しかも信用のおける人物だったのだ。些か慎重すぎる所はあるが、軍人としての栄達は望んでいても政治には興味が無いという部分もアズラエルを満足させている。彼は軍人として実に有能で、そして使いやすかった。
 ジークマイアも無能ではないのだが、彼が選ばれなかったのには理由がある。それは、彼が政界への転出を目論んでいた事と、決して誠実とは言えない人物だったという事だ。彼がブルーコスモスを嫌っているのも、たんにアズラエルがダルハートを支援しているからに過ぎない。もしアズラエルが自分を支援してくれたなら、彼は喜んでブルーコスモスを支持しただろう。
 だが彼とブルーコスモスは対立している。だから彼はアズラエルを嫌い、彼の邪魔をし続けている。その反ブルーコスモス姿勢の為に国内の反ブルーコスモス系の軍人や民間人たちから自然とリーダーのように扱われるようになって、遂にはマルキオ導師から接触を受けるようになったのだ。
 現在では彼はラクスに物資と情報を流し、アズラエルの足を引っ張るのに利用しようとしている。ラクスもジークマイアを利用して物資や人員、装備を整えており、両者の利害は見事に一致したのだ。

 そしてジークマイアは、軍内部に流れる情報を傍受させてその中から危険と判断した情報をラクスに流している。勿論都合の悪いものは流していないが、時には必要な情報を求められる事がある。今回彼が掴んだ情報はそういう情報だった。そう、オーブとアズラエルの交渉で、NJCの受け渡しに関する情報だ。

「NJCか、本当にザフトは完成させていたのだな」
「どうなさいますか閣下、ラクス・クラインにこれを流しますか?」
「スカンジナビアだったな。まあ、渡しておけ。これはかなり大きな貸しに出来るだろうからな」

 ジークマイアはラクスの事を完全には信用していない。いや、むしろあの理想主義者は厄介者だと思っている。何しろラクスが起こしたクーデターは彼にとっては迷惑以外の何物でもなかったからだ。彼女のクーデターのせいでプラントは更なる攻撃に出るようになり、それに対抗するために大西洋連邦は統合軍から戦力を引き抜いて前線に投入したのだ。これは彼の手持ち部隊が減る事を意味しており、結果として彼の力を低下させている。
 世界の情勢はアズラエルらのブルーコスモスに有利に動いている。それはジークマイアにとって面白くない事態であり、ジークマイアは何とかしてこの状況を引っ繰り返したかった。これでもしアズラエルがNJCを手に入れたなどという事になれば、アズラエルの力は止めようも無いほどに大きな物となってしまう。それはアズラエルに味方する者の発言力をさらに大きくし、自分達反ブルーコスモス派は力を無くして埋没しかねない。それだけは避けたかったのだ。

 ザフトが勝つのは困る。だが連合が勝ちすぎてブルーコスモス派が力を増すのも困るという、ジークマイアたちの立場は非常に微妙な物であった。ただ、ここ最近になってアズラエルがコーディネイターへの態度を軟化させ、アルビム連合の受け入れなどを認めるなどのこれまでとは違う動きを見せるようになっており、反ブルーコスモス派の立場は微妙になっている。
 反ブルーコスモス派はブルーコスモス派の横暴に反発している者たちだけではない。たんにプラント利権の関係でプラントを壊されては困る者や、ジークマイアのように政治的にブルーコスモス派と対立している者、商売で敗れ去った企業などの恨み、コーディネイターを擁護する各種団体などの、雑多な寄せ集めの集団だ。これまでは利害の一致で纏まっていた彼等だったのだが、ブルーコスモスがコーディネイターに対して一定の寛容を見せるとたちまち内部分裂の危機に直面する事になった。ブルーコスモスがコーディネイターの根絶を目指さないのなら、わざわざ彼等と敵対する必要の無い者も多いのだ。



 そう、アズラエルはアルビム連合を迎え入れるという決断で、反ブルーコスモス派を弱体化させる事に成功していたのだ。その為にブルーコスモス強行派を押さえ込む必要に迫られたが、邪魔者の弱体化とアルビム連合の参戦、そしてアルビムが擁するコーディネイター技術者のアズラエル財団への協力という大きなメリットを得ることが出来ている。この態度の変化がオーブのカガリとの関係を改善させる事にも役立っており、彼は1つの拘りを捨てる事で多くの物を得る事に成功したのだ。
 だが、そんなアズラエルでも世界の全てを動かしているわけではない。彼の知らない所で、こうして密かに動く敵はいるのだ。それが1つの戦いを呼び込む事になる。





 ヨーロッパの敗北と、8万の将兵の喪失、それはザフトとプラント指導部に衝撃を与えた。これはザフトにとって初めて体験する完全なる敗北であり、占領地域を完全に喪失した戦いであった。
 ザフトはこの敗戦の影響からくる戦局の変化を直ぐに分析に入ったが、それがもたらした回答はザフト上層部とプラント指導部を失望させる物であった。ユーラシアはヨーロッパ方面に向けていた2個軍をアフリカに向け、アフリカからザフトを叩き出す事になるだろうと。
 アフリカにはヨーロッパから脱出した艦隊と僅かな地上部隊が逃げ込んできたが、ヨーロッパのザフトは大半が戦闘で撃破されるか、降伏して捕虜になった。降伏した部隊がどういう運命を辿ったのかは中立国のスカンジナビア王国や、戦争など関係ないかのように商売を続けているジャンク屋や独立商人たちからの情報で多少は入ってくる。降伏した部隊の運命は相手部隊の違いによってかなり差がでたようで、北部のドイツ系で編成された第2軍に降伏した部隊は概ね戦時捕虜として扱われたようだが、ロシア系で固められた第4軍に降伏した部隊はかなり悲惨な扱いを受けたらしい。それはピレネー山脈に立て篭もった部隊も同様だった。
 大西洋連邦の部隊に降伏した部隊は扱いこそ悪かったようだが、虐殺などは無かったらしい。ただ、大西洋連邦には珍しくは無いブルーコスモス系の指揮官に率いられた部隊は降伏そのものを受け入れない場合があったらしい。これを虐殺と数えるなら虐殺の数はユーラシア軍を超えるだろう。
 これらの情報をまとめて送りつけられたエザリアと側近の顔色は悪かった。届いた報告書には節々に明らかに指導部に対する不満と分かるような書き方がされており、ザフトがこの敗戦の責任の一端が指導部にあると思っているのは明白だ。それに新兵を使い捨ててベテランを宇宙に脱出させよ、という命令にも反感を持っていたのだろう。
 だが、エザリアが脱出の許可を出していなければ1人も脱出できず、ジブラルタルのマスドライバーも奪い返されていたかもしれない。地球軍の攻撃はそれ程の激しさと勢いがあった。統合作戦本部はユーラシア軍の戦力回復速度を侮っていた事を悔やみ続けている。


 しかし、エザリアたち指導部には悔やんでいる暇は無い。彼女は評議会を召集し、ザフトの高官を集めてこれからの戦略の建て直しを話し合う事になる。
 だが、ザフトの高官が持ち込んできた戦略プランを聞かされたエザリアは、その形の良い眉に不機嫌そうな鋭いカーブを描かせていた。

「つまり、ザフトには時間稼ぎも出来ないというのか?」
「い、いえ、それは……」

 エザリアに冷たい視線を向けられた高官は返答に詰って俯いてしまった。その態度がすでに答えを雄弁に物語っている。
 ザフト統合作戦本部が出した戦略プランは、言ってしまえばブルーネストを今すぐに発動し、逃がせるだけの地上軍を即時撤退させてマスドライバー全てを破壊してしまう事だ。勿論地上に取り残されてしまう友軍将兵も多いだろうが、それは必要な犠牲として諦める。司令部の見積もりでは地上軍の半数は何とか回収できるという事だった。
 もっとも、地上にはザフトの保有人員の大半が居る。その数は100万に達し、プラント総人口の5%にもなる。そのうちの半数を失うとなれば流石に許容範囲と呼べる犠牲ではない。プラント総人口の2%以上が1度の作戦で失われるという事なのだ。これはプラントという社会そのものを根底から揺るがしかねない問題である。
 ただ、50万の兵員を回収することが出来れば宇宙のザフトは息を吹き返す。今でも20万の兵員で宇宙軍全体を何とか動かしているのだ。ここに50万人も加われば兵員不足も解消され、新造艦の乗組員も確保できるようになる。つまりザフトは、早く地上から手を引いて宇宙で決戦をしたかったのだ。そのほうがまだ頑張れるという自信が彼等にはある。

 しかし、この作戦は評議会議員全員から否定された。先のヨーロッパ戦の敗北で8万の犠牲を出した事は隠しきれる物ではなく、ラクス派の地下放送で被害が暴露されるに至って市民に知られてしまい、強烈な突き上げを受けている。エザリアがどれほど強権を持っているとは言っても、市民を敵に回せば流石に政界から追放の憂き目を見る。
 ここで更に50万の犠牲を出せば、エザリア政権は間違いなく倒される。いや、下手をすればザフトがクーデターを起こすかもしれない。ザフト内部にラクス派へ同調する者が居るのは司法局とザフト情報部の調査で明らかになっている。もしラクスへの同調者が増えた段階でラクスが蜂起すれば、自分達が打倒されかねない。

「地上軍全体を最初から見捨てるような作戦は流石に却下する。別のプランは無いのか?」
「では、地上の戦線をこちらから縮小し、兵力の逐次撤退を進めるしかありません。集結地はビクトリアが一番適当では無いかと思います」
「では、カオシュンやカーペンタリアは?」
「放棄します。特にカオシュンは敵中に孤立しておりますから、早期に撤退させます。アジアに展開する部隊もカーペンタリアに集結、ビクトリアに移動という流れで。オーブの部隊は殿として時間を稼いだ後、カグヤから上がらせましょう」
「脱出後、マスドライバーは破壊か」
「そうなります」

 ブルーネストに従えばマスドライバーはさっさと破壊してしまった方が良い。ただ、大西洋連邦がフロリダに新たな大型マスドライバーの建設を信じられないような速さで進めているという問題もあり、ブルーネストも何処まで意味を持つかという不安はあった。
 そしてそれ以上にプラント指導部を青褪めさせたのが大西洋連邦の原子力発電所の稼動再開である。プラントからの観測でデトロイトの工場群に夜の輝きが戻ってきたのを確認した彼等は調査をすすめ、大型のベイシティ発電所が稼動を再開したという事を突き止めた。これは大西洋連邦の生産力が一気に回復する事を意味しており、評議会とザフトを慌てさせたのだ。


 だが、このマスドライバーの破壊という問題に関してアイリーン・カナーバが異議を挟んできた。

「待って頂きたい、カオシュンは無傷で返還するのではないのですか? 東アジア共和国との取り決めはどうなるのです?」
「東アジア共和国には悪いが、諦めてもらうしか無いな」
「馬鹿な、それでは折角味方に引き込んだ東アジアを敵に回します!」

 エザリアの答えにカナーバは声を荒げた。一体自分達がどれほど苦労を重ねて東アジア共和国と交渉を重ね、彼等を連合から脱落させる準備を整えたと思っているのだ。その努力をこの会議であっさり水泡に帰されては、カナーバたちはただの道化となってしまう。
だが、プラント評議会の中では実は外交はさほど重視される部署ではない。まだ建国して歴史が浅いプラントには積み重ねによる技術と経験の蓄積が無い。これはそのまま情報部門と外交部門の貧弱さとなって現れた。どちらも必要なのは経験と過去のデータの蓄積で、頭が良いとかの問題ではない。プラントにはこの2つが致命的に不足していた為、必然的にこれらに頼らない力技が多くなった。当然防諜も甘く、多くの情報が連合に漏れていた。情報が漏れていながらこれまでザフトが勝利を重ねてこれたのは、ザフトがそれだけ強かったからに他ならない。そしてこれまで何とかなっていた為、この問題を改善しようとする動きは鈍かった。


 結局、カオシュン基地は放棄後、自爆装置で爆破する事となった。その為に必要な爆薬と工兵隊を本国から送る事も決定される。実の所東アジア共和国はその尊大な態度から外交に当たったカナーバを含め、プラント評議員全員から嫌われていたので、東アジア共和国との取り決めを反故にする事に関しては誰も何の痛痒も感じていなかった。カナーバも外交上の倫理観から抗議していたのだが、内心では賛成していたので形式以上の抗議はしなかった。
 ただ、問題となるのは大西洋連邦の動きだ。すでにハワイを含む複数の拠点に艦隊と揚陸部隊を集結させている。更に極東連合と赤道連合も部隊を動かしており、これらが連携してカオシュンに攻めてくるのは確実視されている。特に極東連合はこれまで参戦せず、力を温存していただけに参戦してきたらかなり手強い相手となるだろう。将兵は鍛え上げられ、装備も一流だからだ。現在の世界では将兵の質ではザフトを超えて最高を誇るだろう。
 カオシュン陥落は避けられない。それが評議会とザフトの共通した認識となった。だからこそエザリアはカオシュンの放棄を当面の最優先目標とする事をザフトに命じる事になる。しかし、それはザフトに大きな負担となった。ただでさえアメノミハシラ攻略に戦力を割いているのに、更にカオシュンから撤退してくる部隊の輸送船団を編成する必要が出来たからだ。もうザフトには余分な船など残っては居ないのに。
 これとは別の問題だが、最近になってプラント支援国家
の中で反コーディネイター感情の高まりが起きていた。理由は現地部隊の横暴さにあると思われているが、どうやら背後で住民を扇動した勢力があるらしい。



 このザフトの無力さは、言ってしまえばプラントが国家として戦争を続けられるシステムになっていなかったことと、長期戦に耐えられるような国力を持っていなかったことが原因だ。連合諸国は膨大な予備役兵を抱えており、彼等は予備役となった後も一応の訓練は受けている。つまり募兵で集めるザフトの素人兵士より遙かに簡単に戦力化できる。予備役兵は軍人として必要なスキルは一応持っているので、2線級兵士として運用可能なのだ。流石に前線に直ぐに回すのは無理だが後方の輸送部隊などになら十分使える。また再訓練を施せば短期間で前線に回せるようにもなる。ゼロから訓練をして一人前にするより、半人前を一人前に鍛える方が簡単なのは言うまでも無い。
 この予備の存在が消耗戦で物を言い出している。ザフトには予備役などは居ないので、兵士の消耗に補充がまるで追いつかない。いや、既にその消耗が社会システムを維持するために必要な人間の不足という事態さえ起こしていた。何しろ国内人口の6%ほどが、それも働き盛りの若者が軍に取られてしまっているのだから。
 連合だと100億を越す人口があり、1億が軍人だとしても全体の1%以下でしかない。兵役人口に差がありすぎるのだ。これでは正面からの物量戦になったら勝負にすらならない。それがはっきりと出たのが先のヨーロッパの戦いだった。
 パトリック・ザラはこの限界を見越していたからこそアラスカで決着を付けようと工作を進め、味方を増やして国内を纏める準備をしていたのだが、それはクルーゼの陰謀で砕かれてしまった。そういう意味では現在の情勢はクルーゼにとって望ましい方向に向かっていると言えるだろう。




 この会議が終了した後、解散していく議員と軍人たちの中で、一応形だけの列席をしていたユウキに声をかけてくる男が居た。

「やあ、久しぶりだねユウキ隊長、元気だったかね?」
「ジュセック議員?」

 話しかけてきたのはパール・ジュセックであった。元々親交があったわけでもないこの議員がどうして自分に声をかけてきたのかとユウキが不思議そうにしているが、ジュセックは気にした風もなく気軽に話を続けている。

「君は、今から暇かね?」
「暇と言われるのは心外ですが、まあ時間は取れます。今の自分は本国防衛隊司令という閑職ですからね」

 本国防衛隊司令といえば聞こえは良いのだが、実態はお飾りの弱兵の寄せ集め部隊でしかない。旧式艦と旧式MSが主体で、兵士も訓練中の者ばかりの完全な予備部隊なのだ。その仕事は未熟な兵の練成と、プラント周辺の哨戒である。
 そんな部隊にザフトでも最優の指揮官の1人と呼ばれ、パトリックの側近として軍政を補佐したユウキが付けられているのは、完全な派閥人事であった。実際ユウキが欠けて以来ザフトの動きはおかしくなっている。ユウキという優秀なブレーンとパトリックの優れた頭脳が、ザフトの能力を超えているとしか思えない広がりきった戦線を支えてきたのだ。人事も概ね能力主義が貫かれ、質で量に対抗する事が何とか出来ていた。そのザフトを支えていた大黒柱は今や2本とも失われ、ザフトの屋台骨は傾いてきている。
 そんなザフトの退潮を遠くから眺めているしか出来ないユウキは、己の無力さを悔やんでいた。だが何も出来ない、その現実がユウキを無気力化していたのだ。

 そんなユウキを、ジュセックは自宅に招いていた。名目としてはパトリックの昔話をしたいというもので、ユウキは特に断わることもなくこれを受けている。エザリアはこの後も今後の事を話し合うために側近を集めているが、ジュセックもユウキも呼ばれる事は無さそうだった。



 ジュセックの家はアプリリウス市を囲む海に面した所にある。議員の家としては小さい方だが、セキュリティはかなりしっかりした、いや、過剰な物が施されている。軍人としての目でそれを見抜いたユウキだったが、議員という立場を考えれば当然かと思いそれ以上考える事はなかった。
 ユウキが招かれたのは応接室ではなく、なにやら殺風景な内装の部屋であった。それもつい最近になって改装したようで、壁も床も天上も真新しい。中央にはソファーと樫の木で作られたテーブルがあり、ジュセックが高価なブランデーとグラスを持ってソファーに腰掛け、ユウキに向かい合うソファーを勧めた。それにユウキが応じて座ると、ジュセックはグラスにブランデーを注いで渡してくれた。

「まあ、一杯やってくれたまえ。素面では話し難い事もある」
「話し難い事、と言われますと?」

 なんだか様子がおかしいユウキは気付いた。昔話と聞かされていたのに、ジュセックは随分と緊張している。一体何を話す気なのだろうか。ジュセックはユウキの問い掛けに直ぐに答えようとはせず、グラスの中身を空にして新しい酒を注いでいる。そして、琥珀色の液体に視線を落としながら、ジュセックはとんでもない事を言い出した。

「ユウキ隊長、これから話す内容は一切他言無用と、約束してくれるかね?」
「……それがザフトとプラントを裏切るような物でなければ」
「それは確約するよ」

 静かで落ち着いた、だが何処か不安さを見せるジュセックの声。ユウキはすこし考えた後、ゆっくりと頷いた。それを見て、ジュセックはゆっくりとユウキに語りだした。

「これはまだ確証は無い、状況証拠のみの話なのだが」
「はあ」
「……パトリックは、生きているのではないかと、私は思っている」
「それは、どういう事でしょうか?」
「言った通りだよ。私はパトリックの死因を調べてきた。そして彼の死亡に疑問が湧いたのだよ。何しろ、パトリックが死んだと断定しうる証拠が1つも無いのだからね。肉片も見つかっていないのだよ」
「それは、爆発で吹き飛ばされたからでは無いでしょうか?」
「肉片1つ残さずにかね? 運転手や護衛の体は判別できる物が残っているのに?」

 そう言われるとユウキも言い返せない。だが、パトリックが生きているとなると、彼を誘拐した人間が居るという事だ。それは誰なのか。そして、何でパトリックを誘拐するなどという面倒な事をしたのだろうか。その犯人の真意がユウキには分からない。

「勿論、これはまだ確証の無いことだ。だが、これまで調べてきた全てのデータがパトリックの生存を私に告げている。だから、私は彼が生きていると信じて、彼の救出を考えている。それに君も手を貸して欲しいのだ。プラントを滅亡から救う為に、そしてこの戦争を終わらせる為に」
「ですが、私に何が出来るのでしょうか?」
「君だから出来るのだ。本国防衛隊司令の君なら、周囲に怪しまれずに国内で動く事が出来る。エザリアは飼い殺しにしているつもりだろうが、それを利用して国内を探して欲しい。防衛隊指揮下の憲兵を使い、各所の捜索をしてくれないか。名目は適当に作れるだろう」

 ジュセックに頼まれたユウキは暫し考え込んだ。確かにジュセックの頼みを受ける事は出来る。本国の部隊は全て自分の指揮下にあるからだ。そして本当にパトリックが生きているのなら、確かに助け出さなくてはいけないだろう。彼が復帰してくれれば、この戦争を終わらせる事が出来るかもしれない。
 失敗したら、自分はエザリアに粛清されるだろう。だがこのまま行けばプラントは確実に負ける。ならば、ここでジュセックと組んで一か八かに賭けるのも悪くない。少なくとも、プラントが連合に勝利する確率よりは高いだろう。
 そう決意すると、ユウキはグラスを視線の高さまで持ち上げ、それを一気に飲み干した。

「付き合いましょう、その賭けに。プラントの為に」
「ありがとう、ユウキ隊長」

 こうして、水面下でプラントを救う為の活動が始まった。彼等はまだ小さい力しか持っていないが、彼等の動きは後に大きな意味を持つ事になる。


 

 
 アメノミハシラを出航した駆逐艦フブキ、そのMS格納庫ではキースとシン、エドワードとマユラが訓練用シミュレーターで模擬戦をしていた。キースがメビウスのデータでM1を使う3人と1人ずつ対戦しているのだが、既にマユラとエドワードは撃破され、最後のシンが必死に機体を操ってエメラルドカラーのメビウスの側面を取ろうとしていた。だが、ロックオンしようにも照準に捉えられるのはほんの一瞬で、メビウスは直ぐに視界から消えてしまうのだ。そのふざけた機動力にシンが悔し紛れの罵声を放つ。

「っだよこれ、何でMSが振り回されるんだよ!?」
「はっはっは、動きが鈍いぞシン。キラやフレイなら今のは当てられた」
「くっそお、馬鹿にすんな!」
「ほらほら、頭に血が上って動きがまた止まってる」

 完全に遊ばれていた。シンは反応は非常に速く、また勘も良いのだが、とにかく感情的になり易く、冷静な判断が必要な戦場では致命的なまでに隙を作っている。キースはそこを散々に突きまくってシンを弄んでいる。まあそれがシンにはいたく不満なのだが、キースはシンに弱点を教えているつもりだった。演習で欠点に気付けば、実戦で気をつけることが出来るから。
 だがまあ、半分くらいは遊ぶ気でやっているのが性質の悪いところだろう。

「どうした、撃ってこないのか?」
「撃っても当たらないだろ!」
「射撃ってのは撃たないと上達しないもんだぞ」
「う、煩いなあ!」

 完全に遊んでいるようだ。シンをわざと怒らせている。そしてキースは、ニヤリと笑うととんでもない事を言い出した。

「そうそうマユラ、面白い話があるんだが」
「え、何です?」
「薬を貰ってすぐに帰ってくるから、少しの間辛抱しててね」
「何です、それ?」

 訳が分からないという顔をするマユラだったが、それを聞いたシンが慌てふためいて悲鳴を上げていた。

「な、何でそれを!?」
「ふっ、お前がステラを見舞った時、俺は隣の部屋でステラの状態を医者に確かめていたのだ。まさか話の最中にあんな恥ずかしい会話を聞けるとは思わなかったがな」
「な、な、な……」
「う〜ん、大丈夫、君は死なない、僕が守るから、か。キラにもこんな台詞を堂々と言う甲斐性があれば、今頃フレイと甘い関係だったろうに」
「うわなに、それってひょっとして告白、プロポーズ?」
「シンの奴、見た目によらず積極的だな」

 キースからもたらされた恐るべき情報にマユラとエドワードが呆れたら良いのか、それとも感心したら言いのか分からないような顔になっている。そして、シンはとんでもない事を暴露してくれたキースに止めるよう頼みだした。

「ま、待て、待ってくれ!」
「う〜ん、でも暇だしなあ。俺が余計な事を言えなくなるくらいにお前が頑張れば黙るしかないけどな」
「ちょっと待て、この悪魔!」
「ほほう、良い度胸だシン。なら次の話を」
「だから止めろぉぉ!」

 ショータイムゥゥ、などと完全に調子に乗っているキース。シンは顔を真っ赤にして全力で攻撃を始めたが、そんな攻撃ではキースには掠らせる事も出来ない。このままキースのシン虐めが続くように見えたその時、いきなり艦内に警報が鳴り響いた。それを聞いたキースがシミュレーションを終了させ、装置から出てくる。

「何だ、敵襲?」
「キース大尉、艦橋と繋いだわよ」

 格納庫の端末を操作して艦橋を呼び出していたマユラ。キースは礼を言って場所を譲ってもらうと、艦橋に何事か聞いた。

「どうしたんだ、敵か?」
「キース大尉、ザフトのローラシア級1隻と連合の輸送艦が1隻、こちらに近付いてる」
「ローラシア級と連合の輸送艦? 輸送部隊にしては変な編成だが」

 ザフトが連合の輸送艦を使っているのは別に珍しくはない。生産力と工業力がどうしても連合に劣るプラントは艦艇の新規建造能力が消耗に追いつかないので、多くのドックは戦闘艦の建造と修理に振り向けられている。その為に輸送艦や民間船舶の建造能力は極めて低く、その不足分を連合からの鹵獲で補っているのだ。ザフトに多いグリーン系に塗り直された駆逐艦や戦艦も良く見られる。これらは損傷箇所をプラントで修復されている為、ザフト型の装備を施している物が多い。MS用のリニアカタパルトも装備されている艦がある。
 この輸送艦もそうした鹵獲艦だろうとキースは推測した。

「大方中継基地への物資輸送か、近辺の哨戒部隊だろう。だが面倒だな。回避出来そうか?」
「そう思って回避軌道に進路を変えてみたんだが、向こうも進路を変えてきた。どうやら狙いは我々らしい」
「なるほどね。哨戒網に引っ掛かったか、アズラエルとの通信が漏れて待ち伏せされたかな?」

 待ち伏せされていたなら厄介だなとキースは思った。月に向う前にアズラエルに事情を話し、月に向かう事は知らせていたのだ。月からも迎えの部隊が来てくれる事にはなっているのだが、まさかその前に敵とぶつかるとは運が悪い。
 しかし、自分たちの目的は敵の撃破ではなく、月に辿り着く事だ。ここで無理をしてフブキが沈められたら目も当てられない。だが向こうは逃がしてくれないようだ。となると、誰かが相手の足を止めて時間を稼ぐ事になる。数で負けているから撃破するのは困難だろう。

「……一戦交えるしかないかな。俺が時間を稼ぐから、フブキは月に急いでくれ」
「1機で2隻を相手取るつもりか。幾らなんでも無茶だ!」
「なに、時間を稼ぐだけさ。適当に逃げ回って、フブキが安全圏に達したら俺も逃げ出すよ」
「しかし……」

 幾らなんでもメビウス1機で2隻を足止めなど出来るのか? と疑う艦長であったが、キースの戦績を考えればひょっとして出来るのではという気もしてしまう。何しろエメラルドの死神といえば、音に聞こえる対艦戦のエキスパートだ。その個人撃沈スコアは10隻を超えるとまで言われている。オーブのパイロットと比較するのが間違いと言えるような化物だ。
 話は既に地球軍に通してあるので、最悪キースが落とされてもフブキが月に辿り着ければ目的は達成できる。軍人として考えれば、優先するべきはNJCを月に届ける事で、ここでザフト艦隊を撃破することではない。

「……死ぬなよ。お前が死んだら俺がカガリ様に宇宙服無しでエアロックから捨てられる」
「まあその辺は大丈夫だな。俺は死神に見捨てられてる男だ」

 そう、キースは死神に見捨てられている。地球軍ではそう言われていた。それはどんなに不利でも、どんなに絶望的な状況下からでも生還してくるというふざけた不死身ぶりを揶揄されて呼ばれるようになったキースの2つ名、アンデッド・キースの由来である。
 話を終えたキースは格納庫の整備兵にメビウスに積めるだけの増槽とレールガンとガトリングガン、弾装の搭載を命じ、ペイロードを食うミサイルやエネルギーを大量に消費するビームガンなどは全て下ろさせた。これは言うまでも無く持久戦を考えた装備であり、すこしでも長く戦えるように考えての変更だ。
 この装備変更を見たマユラが呆れた顔でキースを見ていた。

「大尉、貴方本気で時間を稼いで戻る積もりな訳?」
「ああ、そう言ったじゃないか。俺は死ぬ気なんてこれっぽっちも持って無いぞ」

 キースが時間を稼ぐと言った時は、てっきり命で時間を稼ぐ気なのかと思ってしまった3人だったのだが、キースは本気で時間を稼いで戻ってくるつもりであったらしい。真顔で言われてしまったマユラは二の句が告げなくなり、力なく首を左右に振っている。エドワードは正気じゃないと呟き、シンには止める言葉がなかった。
 そしてキースはメビウスの準備が終わったという整備兵からの報告を受け取ると、頷いてヘルメットを抱えた。

「まあ、フブキの方は頼むわ。俺も取りこぼしが出るだろうしな」
「キースさん、あんた、戻れると思ってるのか?」
「戻ってくるつもりではいるさ。少なくとも努力はする。言った事に責任を持たないとな」

 シンに答えて、キースはヘルメットを被ってメビウスへと乗り込んでいった。そして格納庫のクルーに避難が命じられ、全員が気密区画に入っていく。そして5分後に格納庫のハッチが開けられ、メビウスが飛び出して行った。流石にフブキ級駆逐艦にはカタパルトは装備できなかったらしい。
 それを見送ったシンは、隣に立つエドワードとマユラに不安そうに問い掛けた。

「帰ってくるかな、キースさん?」
「どうだろうな。あの人の腕は確かに化物レベルだが……」

 エドワードも腕には覚えがあるが、M1Bをメビウスで振り回すキースとは較べられない。キラのフリーダムが相手でも粘れるキースなら本当に帰ってくるのではという気もするのだ。
 どうすれば良いのかと悩む2人。そんな2人に、マユラはやれやれと呆れた声を漏らす。

「こんなところで悩んでても仕方が無いでしょ。不安なら艦橋にでも行けば。あそこが一番情報が入るんだから」
「そうだな、そうするか」

 マユラに言われてエドワードが同意し、シンを連れて艦橋へと向う。とりあえず、そこでどうするかを判断する事にしたのだ。



 そして、フブキを狙っていたローラシア級と輸送艦はフブキから1機のメビウスが出てくるのを見て首を傾げていた。こちらは巡洋艦と武装輸送艦の2隻だ。MSは合わせて8機もある。この部隊に対してメビウス1機で何をするつもりなのだろうか。

「メビウス1機か。あれでどうにかできると思われてるのかな?」
「どうだろうな」

 ローラシア級のヘルテンの艦長は何が狙いかと考え込んでいる。まさか核ミサイルを持っているわけではあるまいし。

「とりあえず迎撃準備をするか。ジャン、君の出番は無いかもな」
「……分かっているとは思うが」
「ああ、不殺だったな。君の信条は尊重するようラクス様にも言われている」
「それなら良い」

 艦橋で腕を組みながらじっと迫るメビウスを見据えるジャン。そのモニターに映し出されているメビウスは随分と変わった装備をした重武装のメビウスで、エメラルドグリーンに塗装される。パイロットはよほどおかしな奴なのだろうが、このような機体をジャンは知っていた。かつての友軍にこういうメビウスを愛用するエースがいたからだ。

「まさか、な」

 だが、奴がオーブに居る筈が無い。そう考えて湧き上がってくる不安を押さえ込む。しかし、そのモニター上で迎撃に出たジンが放った重突撃機銃をあっさりと回避し、急激な加速で距離を詰めてガトリングガンを放つメビウスの動きを見て、ジャンは自分の最悪の予想が現実の物になったことを悟った。

「まさか、何であの男がここに!?」
「どういう事だジャン、あのメビウスを知っているのか!?」

 迎撃に出たジンがあっという間に落とされた。余りにも予想と懸け離れた事態に艦長が動転した声でジャンにあれの正体を問うが、帰ってきた答えに艦長は顔色を無くしてしまう事になる。

「あの出鱈目な急加速と、高速域での旋回をやるようなアーマー乗りは、私の知る限り1人だけだ。そう、エメラルドの死神、キーエンス・バゥアー」
「エメラルドの死神、あの連合のシップエースの!?」
「そうだ。だが、何故奴がオーブ軍と行動を共にしている?」

 奴はアークエンジェル隊に居た筈だ。それがどうしてオーブに? まさかオーブ戦で落とされて、そのまま成り行き任せでオーブ軍に合流していたのだとは流石に想像も出来ず、ジャン・キャリーは予想外の展開に歯軋りしていた。

「私が出よう。奴を相手にジンを出しても無駄死にするだけだ」
「いや、あいつはサーペントテールに任せよう。このままでは駆逐艦に逃げられる。NJCのデータはあっちだろう」

 自分達はNJCのデータ受け渡しを阻止する為にここに居るのであって、エメラルドの死神を落とす為に居るのではない。ああいう化物はサーペントテールに任せ、自分達はこのまま駆逐艦を追って撃沈するべきだろう。
 ジャンも自分の仕事を思い出し、その命令に従って引き下がった。そして艦長はサーペントテールに目前のメビウスを任せ、ヘルテンの進路を変えて迂回しながら駆逐艦の進路に割り込むべく移動を開始した。
 キースはこれを見てローラシア級を仕留めようとしたのだが、輸送艦から出てきた新手の攻撃を受けて追撃を止められてしまった。それに対してランダム回避を行いつつローラシア級めがけて牽制のレールガンを放ち、ローラシア級に回避運動を強要して行き足を鈍らせる。ここでこの艦を逃がせば自分が出てきた意味が無い。
 しかし、ローラシア級の足を止めようとしても後ろから追って来る2機のMSの追撃も執拗で、キースも回避運動を強いられていた。

「ちっ、この距離で狙ってくるのか!」

 自分の移動進路を読みきられた事にキースが苛立つが、すぐにそれを振り払って機首を新手に向け、識別をかける。それで出てきた答えは、キースをして目を疑わせる物であった。

「プロト・03 ブルーフレーム? 何だこれは。所属はサーペントテール、あの最強とかいう傭兵部隊か」

 サーペントテールの叢雲劾はキースも知っている。不可能といわれる仕事を幾度も成し遂げてきたとして名を上げている凄腕の傭兵だ。まあ、流石に自分と同じくメンデルで作られた戦闘兵器だとまでは知らなかったが。
 ただ、キースが気になったのはこのプロト・03という識別だ。外見がM1に酷似している所からすればブルーフレームというのはM1の試作機の1つだ。キースはヘンリーからM1の開発の経緯を記したディスクを貰った事があり、オーブがヘリオポリスでM1の試作機を造っていたという事は知っている。それが3機あったという事も。これはその1機という事なのだろうか。
 オーブのメビウスのデータに入っているという事は、オーブ軍はあの機体の存在を知っている事になるのだが。

「だが、何でその試作機をサーペントテールが持ってる。サーペントテールはオーブと繋がってたのか?」

 ありえない話ではあるまい。オーブとって他所には言えないような工作くらいはしていただろう。その為の戦力として繋がりを悟られ難い傭兵を使うというのは考えられる事だ。試作機を今日まで維持していられたという事を考えれば、M1の部品供給を受けていたのだろうか。M1はオーブしか保有しておらず、実戦には数えるほどしか投入されていないからジャンク屋に流れる筈が無い。

 しかし、余計な事を考えていられるのもそれまでだった。ブルーフレームと識別された機体が、ビームライフルを向けて撃ってきたのだ。キースもメビウスに戦闘速度を出させ、一気に加速する。メビウスが急加速に出たのを見た劾はビームライフルを向けようとしたが、余りの加速に照準が合わせられなかた。

「……速いな、メビウスとは思えん動きだ」
「劾、どうするんだ?」
「重突撃機銃を持って来るべきだった。ライフルでは追い切れん」

 直線的ではあるが、ノーマルのメビウスなど比較にもならない加速性能を見せるエメラルドのメビウスに、劾は武器の選択を間違えたかと悔やんでいた。ああいうのに当てるには弾幕を張れる重突撃機銃の方が使い勝手がいい。
 しかし、劾をして追い切れないと言わせたキースの方も楽ではなかった。相手があの叢雲劾と知っていきなり全力での機動をしているのだが、こんな無茶な動きをすれば機体も体も長くは持たない。推進剤だけは沢山あるので問題はないが、長期戦になったら不利なのは自分だという自覚がキースにはある。
 メビウスで殺りあえる相手じゃないよなとキースは自分で自分の無茶を嘲笑った後、グリップを握る手に力を込め、自分自身を奮い立たせる為に大きな声を出した。

「でもなあ、お前みたいなのにフブキを追わせる訳にはいかないんだよっ!」

 高速で動きながら、まるで無人機のように鋭角の急旋回をかけてブルーフレーム、正確にはブルーフレームGに対して突っ込んでいく。その人間離れした機動に劾が目を見開き、後ろに付けているイライジャが吃驚している。

「メビウスであんな動きが!?」
「イライジャ、散れ!」

 劾とイライジャが同時に左右に散り、すこし遅れてガトリングガンとレールガンの驟雨が降り注いできた。そして猛烈な速さでエメラルドのメビウスが駆け抜けて行った。あの砲火に掴まったら装甲の薄いブルーフレームやジンなど一瞬でバラバラにされてしまうだろう。それでもイライジャが逃げていくメビウスの背後から重突撃機銃で追い撃ちをかけたのだが、このメビウスは上方に垂直移動して火線を回避してみせる。それを見たイライジャはふざけた動きに罵声を放っていた。

「本当に人間か、何で失神しないんだ。コーディネイターでも耐えられない動きだぞ!?」

 メビウスを使っているのだからナチュラルなのだろうが、何であんな動きが出来るんだとイライジャが疑問に思っている。まあ当然の疑問だろう。そして劾は、自分でも耐えられる自信が無いような出鱈目な機動を見せるメビウスに違和感を隠せなかった。ナチュラルには稀にコーディネイターを凌ぐ能力を持つ天才が生まれる事があるが、この対G能力は才能と呼んで良い物なのだろうか。これは自分のように、後天的に強化された結果なのでは無いのかと。

「強化人間、という奴か?」

 連合がナチュラルを改造して強化したパイロットを作っているという情報は劾も聞いた事がある。これがそうなのだろうかと劾は思ったのだ。
 メンデルが生み出した戦闘用コーディネイターと調整体、呪われた出生を持つ2人は、互いの秘密を知らぬままにここに激突した。




後書き
ジム改 メビウスvsブルーフレーム。
カガリ こいつは流石に無茶だろ。
ジム改 まあこれで勝負になると思ってる人は居ないだろうて。
カガリ 腕はともかく、機体がなあ。せめてコスモグラスパーなら。
ジム改 この2人に混じると、イライジャが凄く雑魚っぽい。
カガリ それは比較対象が間違ってると思うぞ。
ジム改 プラントの方もパトリックを救う動きが出てきたし、このまま行くと世界を救うのはユウキ隊長か。
カガリ いや、それは完全に間違ってると思うんだが。
ジム改 ユウキ隊長じゃ不満か?
カガリ いや、それはやっぱ主人公の仕事だろ。
ジム改 主人公が世界を救うねえ…………何故だろう、全然想像できない。
カガリ すまん、私もシーンが想像できなかった。
ジム改 やばいネタはこのへんにして、それでは次回、激突する劾とキース、だがブルーフレームにメビウスで挑むのはやはり無謀だったのか、だんだんと追い詰められてしまう。そこに、キースを庇うように割り込んでくる機体があった。そしてクルーゼは彼独自の動きを見せ始める。次回「シンの力」でお会いしましょう。
カガリ シンの奴、そのうちキラに届くんじゃないか?

 

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