第141章  クリスマス・イブ


 

「ラクス・クライン?」
「ああ、ちょっとダチに頼まれてね。あんたに手を貸して欲しいんだ」

 アメノミハシラは奇妙な客を迎えていた。地球連合の一大拠点として姿を変えつつあるこの宇宙ステーションの主、ロンド・ミナ・サハクの元をアポも無しに訪れたジャンク屋、ロウ・ギュールは珍しそうな顔をするミナにいきなりとんでもない名前を出してきた。ラクス・クラインといえばちょっとした有名人であり、ミナも当然その名は知っている。だからこそ彼女はロウに敵意を向けていた。

「ラクス・クラインといえばプラントでクーデターを起こした厄介者、だったな」
「それを言われると何も言い返せないんだが……」
「で、その厄介者の名を私に出して、何を要求するつもりだ?」

 ミナの目に明らかな敵意が混じる。ようやく本土を奪還し、これから再建しようという大切な時期にこの男はどんな厄介事を持ち込んできたのだ。事と次第によっては生かしては帰さんという意志を見せるミナに、ロウは冷や汗をかきながらダコスタに頼まれた用件を伝えた。

「実は、カガリ・ユラ・アスハと話がしたいらしいんだ。それで、あんたに仲介をして欲しいと思ってさ」
「……なるほどな。何時から貴様はブローカー紛いの仕事をするようになったのだ?」
「別にそうじゃねえさ。こいつはダチの頼みだからやってるんで、それ以上の意味はねえよ」
「…………」

 ミナはロウの言葉に疑わしげな顔をしている。ロウが嘘をつくような男ではない事は知っているが、ジャンク屋の言う事を信じるような馬鹿な政治家は滅多にいない。まして信頼できる相手に殆ど恵まれていないミナにとっては胡散臭い事この上ない話だ。
 暫くの間ミナの疑わしげな視線に晒されたロウは正直良い気がしなかった。元々彼は政治的な動きに関わるのは御免という立場なので、こういった仕事は引き受けない。今回はあくまでダコスタの頼みだから引き受けただけなのだ。それに個人的にラクス派の主張が面白いと感じている面もある。
 しかし、ミナにはそんな考えは無い。ラクスなど今のオーブにとっては厄介者以外の何者でもないのだから。このまま行けばプラントは間違いなく敗北し、地球連合の勝利に戦争は終わる。そうなればオーブは勝ち組であり、このまま行けば世界にその存在感を示す事が出来るのだ。
 だが、持ち込まれた交渉をにべも無く拒絶する理由もまたミナには無かった。どんな情報であってもそれなりの価値があり、それを使って何らかの材料とすることも出来る。チャンネルを自分から閉ざすのは外交上では愚策でしかない。

「仮に私が受けたとしても、直接会わせる事はできんな。カガリは今オーブの再建に全力を挙げている。こちらに出向く余裕は無い」
「ああ、それはこっちも似たようなもんだよ。だからレーザー通信の中継をして欲しいんだ」
「レーザー通信の?」

 レーザー通信は有線と並んで現在ではもっとも確実な通信手段の1つだ。しかも盗聴され難いという利点もある。お尋ね者のラクスでは正規の回線を使いにくいからこんな裏口を使ってきたのかもしれない。
 この申し出に対して、ミナは別に受けても構わないとは思ったが、そのための代償は何かとロウに問いかけた。

「それは構わぬが、タダで使わせて貰えるなどとは思っていまいな?」
「まあね。とは言っても金は無いんで、情報でどうだ?」
「情報だと、貴様が私の欲するような情報を握っているというのか?」

 ミナは嘲るようにロウを見下した。たかがジャンク屋風情が国家の情報網に勝てると思っているのだろうか、国家の力とは個人で対抗できる物ではないのだから。ただ、絶対にありえないとも言い切れないので、ミナは一応聞いてみることにした。

「まあ良かろう、言うだけ言ってみろ。その情報に価値があれば受けてやろうではないか」
「何だよそれ、俺の出し損にならないか?」
「心配するな、私は契約は違えん」

 心配するロウにミナはさあ言えと促し、ロウは仕方無さそうにミナに自分の握っている情報を流した。

「南米に独立の気運があるのは知ってるよな?」
「それはな。あそこは大西洋連邦に占領されて以来、ずっと抵抗を続けている」
「その運動にプラントが実戦部隊まで含んだ大規模な支援をしている。もうすぐ奴らは決起するぜ。大西洋連邦の現地駐留部隊にも呼応する動きがある」:
「……ほう?」

 南米に独立の動きがある、プラントがそれを支援している事まではミナも知っていたが、大西洋連邦の部隊がそれに呼応している事までは知らなかった。大西洋連邦もプラントとの戦争で足元がお留守になっているのだろうか。まあ自分が積極的に調べようとしなかっただけで、注意を向けていれば気付いていたであろうが。
 
「貴様、そのことを何処で知ったのだ。ジャンク屋ギルドは情報屋もやっていたのかな?」
「いや、一寸したツテさ。ターミナルって知ってるかい?」
「…………」

 ターミナル、現在の世界の有り様に反発した者たちが作り上げた世界の裏側に潜む情報ネットワーク組織。その存在は掴み難く、各国の諜報機関が全貌を掴もうと四苦八苦しているという。恐らく全貌を知る者など誰も居ないのだろうが、その存在だけは都市伝説のように聞こえてくるのだ。
 そして馬鹿馬鹿しい話ではあるが、この組織にはミナも関わっている。彼女の諜報網はこのターミナルなのだ。ただかなり歪な繋がりを持つ集団であり、連帯意識などとは無縁だったりする。ジャンク屋ギルドも実はこのターミナルに関わっているのだが、それはロウも知らない事だ。既にその全貌はミナでさえ把握し切れてはいないし、末端が何処と繋がっているのかも分からない。そんな組織だから根絶も難しいという利点がある代わりに、今回のように自分に回ってこない情報が出てくることもある。アズラエルやパトリックがターミナルの情報を得ている可能性さえある。
 だが、ミナはロウが自分の知らない情報を持ってきたことを評価した。それほど大きな情報ではなかったが、大西洋連邦に流せばそれなりの貸しを作ってやる事が出来る。

「まあ良かろう、先ほどの話は了解した」
「そうか、ありがとよ」

 ミナが受けてくれたことでロウはホッと胸をなでおろし、年末に回線を開いてくれるよう約束を取り付けてアメノミハシラを後にしていった。ロウを送り出したミナは戸棚からグラスとワインを取り出すと、赤い液体をグラスに注いで口に運んだ。

「ラクス・クライン、か。理想主義者だと聞いていたが、形振りかまわぬ手も使うではないか。私に頼み事をしてくるとはな。それとも良い相談役でも居るのか?」

 自分の知っているラクス・クラインはこういう手は使わない人物の筈なのだが、思っていたよりも現実主義者だったのだろうか。情報は所詮人間の手を渡る物であり、主観を完全に排除する事は出来ない。自分の元にもたらされていたラクスの人物像は理想主義に偏りすぎた姿だったのかもしれない。

 ただ、ミナはこの情報を大西洋連邦に渡すべきかどうか悩んだ。実は南米の運動にはミナも援助していたのだ。成功するとは全く思ってはいないが大西洋連邦の力を削ぐのには役に立つ。この戦争が終わった時、大西洋連邦が余りにも強大な力を持つと何かと面倒な事になるので、大西洋連邦を弱体化させるために影で色々と支援していたのだ。
 かつて大西洋連邦は潜在的な敵国だったのでこんな謀略を進めていたが、現在では大西洋連邦は明確な味方なのだ。もう状況が変わった以上、切り捨てるべきかもしれない。

「…………」

 どうするか考え込んだミナは、この問題はすぐに答えを出す必要は無いと考えてとりあえず棚上げした。どう転んでも損はすまいという計算もあったが、せっかく進めた謀略を潰すのも惜しいという考えが働いたのだ。
 とりあえずこの件を胸の内にしまいこむと、ミナはラスクから連絡が着たらオーブの私に回せと部下に指示を出して本国に戻るシャトルを用意させた。事が事だけに一度カガリと話す必要があると思ったのだ。ラクスがウズミと結託していた事をミナは知っており、もしかしたらカガリがラクスの話に乗せられるかもしれない、という危惧が僅かにあったのだ。それに、クリスマスにパーティーを開くから戻って来いと命令されてもいたから。





 だが、ラクスの動きは少々遅かった。ラクスを邪魔者と感じている勢力は宇宙にも幾らでも居たのだから。その中でも最も危険な男、ラウ・ル・クルーゼはプラントでラクスを潰す動きを始めようとしていた。エザリアにラクスが潜伏しているL4のメンデルを叩くように進言したのだ。

「メンデルだと、あのメンデルか?」
「ええ、禁断の地ですよ。あそこで何が行われていたかは議長もご存知でしょう?」
「噂くらいにはな」

 メンデル、あそこはナチュラルにとってもコーディネイターにとっても忌まわしい地だ。表向きにはただの遺伝子研究所であり、バイオハザードによって壊滅したと公表されているが、実際にはその異常な研究の危険性からブルーコスモスの標的となり、攻撃を受けたのだ。その後メンデルは放棄され、研究の一部はプラントに受け継がれた。そのうちの幾つかは今でも継続されている。

「だが、どうして彼女はあんな所に。いや、どうやって拠点を築いたのだ?」
「どうやらジャンク屋の手を借りたようですな。他にも手を貸した組織があったのでしょう。これがその写真です」

 クルーゼはエザリアのデスクに数枚の望遠映像写真を並べた。そこには見た目には放棄されて腐ったメンデルコロニーが写されているが、よく見れば宇宙港から数隻の小さな船が出入りしているのが伺えるし、ゴミに混じって砲台らしき物まである。中には真新しい太陽光発電衛星もあった。どうやらかなりの規模を持った拠点となっているようだ。

「戦艦も確認しております。部隊1つ程度では返り討ちにあうかと」
「つまり、自分の艦隊を使わせろというのか?」
「慣らしも必要でしょうし、今後の事を考えれば関わる人間は少ない方が宜しいかと。何しろ反逆者に利用された悲劇の姫君を救出しなくてはいけないのですから」
「……上手く行くのか?」

 反逆者に囚われた悲劇の姫君、それが何を意味するのかはエザリアも知っているが、どうにも懐疑的であった。そう、クルーゼは本物のラクスを殺害した後、替え玉を持ち上げて国内の動揺を抑えようと考えていたのだ。
 ラクスの人望を利用しつつ反逆者を始末する一石二鳥の作戦ではあったが、それだけに関わる人間は局限するに越した事は無い。幸いクルーゼの艦隊はエザリアの信頼厚い兵士だけで編成されている為、他の部隊に任せるよりは余程信用が置ける。だが、もし失敗すればエザリアは吊るし上げられるだろう。
 だがラクスはいずれ倒さなくてはいけない。それならこれは丁度良い機会だといえる。地球軍がまだ宇宙で反撃に出てこない今のうちに後顧の憂いを断ち、地球軍に全力を傾けるのだ。

「良かろう、好きにしろ。ただししくじったら」
「分かっております、ヘマはしませんよ。出撃は年明けになると思いますが、宜しいですか?」
「かまわん」

 エザリアの許可を取り付けたクルーゼは愉快そうに笑うと、敬礼を残して執務室を後にした。そして外に待っていたゼムとアンテラはクルーゼが出てきたのを見ると成果を聞いてきた。

「クルーゼ隊長、どうでしたか?」
「許可は出た、すぐに準備を始めるぞ。1月上旬には出撃する」
「分かりました。ザルクの部隊はどれだけ出しますか?」
「ああ、其方はゼムに任せる。私は艦隊を纏めて訓練をしなくてはいかんからな、余裕が無い」
「分かりました、何とかしましょう」

 ゼムは快く引き受け、クルーゼと分かれてどこかに行ってしまった。それを見送ったクルーゼは愉快そうにアンテラに今後の予定を話し、アンテラは少し複雑そうな顔でそれに頷いていた。



 同じ頃、再編成が進んでいる宇宙軍司令部ではアスランが作戦会議の場で司令官に噛み付いていた。特務隊隊長であるアスランは権威的には隊長より上位の提督や司令官級であり、このような会議に出席する権限を持つ。ただ出席者の顔ぶれは大分様代わりしていて、ウィリアムスやハーヴィックといった一部の提督を除けばアスランの知っている顔は無かった。ハーヴィックは数少ないエザリア派の良将なので留任され、ウィリアムスは中立であったこととその能力から外せなかったのだろう。ウィリアムスと並ぶ名将マーカストはエザリアに刃向かった為に更迭されてしまった。
 その会議の中で、アスランは宇宙軍の無策を糾弾していた。エザリア政権下で新たな宇宙軍総司令官となったハルミア司令官は宇宙艦隊の増強と新型MSの配備を進め、一定の数が揃うまではこちらから打って出るべきではないという従来の方針を堅持し、新兵の訓練と再編成を急ぐという方針を伝えてきた。
 これがアスランには気に食わなかった。宇宙軍はMSの性能と数、そしてコーディネイターの能力が揃えば昔のようにナチュラルを圧倒して劣勢を覆せると考えているようだが、それは既に過去の話だという事をアスランは地上で散々に思い知らされていたのだ。

「司令官、ナチュラルに対してそれだけでは不足です」
「アスラン・ザラか。何が足りないと言うのかね?」

 地上から叩き出された敗軍の将が何を言うつもりだと視線で嘲りながらハルミアが聞いてくる。それはハルミアだけではなく、この場に居る大勢に共通する物で、アスランは屈辱に肩を震わせて耐えている。

「今のナチュラルは開戦した頃とは違います。彼らはMSを使いこなす技術を持ち、ジンを超える高性能なMSを大量に送り込んできています。我々は多数のジャスティス、フリーダムを投入しても勝利を得る事は出来ませんでした」

 オーブ戦では4機の核動力MSを投入したが、最終的には全てを失ったのだ。アスランのジャスティスも修理不能と判定されて廃棄され、ユーレクに貸したフリーダムは未だ戻らない。幾ら高性能でも無敵ではないのだ。

「しかもナチュラルはフリーダムやジャスティスと互角に戦えるMSの配備まで進めています。クライシスというMSとそのバリエーションですが、これが出てこれば質の面でも彼らは我々に拮抗します」
「ジャスティス、フリーダム並みのMSの配備が進んでいるだと?」

 アスランの話に出席者たちから動揺の声が聞こえる。クライシスは地上に優先配備されて宇宙では月基地くらいにしかいないので、宇宙軍は交戦したことが無いのだ。これがあれば何とかなると考えていた提督たちも流石にこれは無視できない問題だったようで、顔色が明らかに変わっている。
 その中でウィリアムスは比較的に冷静で、アスランに具体的な情報を求めた。

「クライシスというのは、どういうMSなのかね?」
「ストライクの発展型のようで、バックパックを換装して様々な装備を使います。装甲はラミネート装甲のようでビームライフルを直撃させても効きませんでした。基本性能はジャスティスと渡り合えるほどで、それなりの数が投入されています。しかもこれのバリエーションもあるようで、私は接近戦特化型の機体と交戦しました。ジャスティスでは歯が立たない化け物です」
「ジャスティスが歯が立たない?」
「極端に防御力を高めた機体です。ビームは全て逸らされてしまい、当たっても装甲に止められます。更にシールドまで装備し、高周波ブレードの応用と思われる槍まで持っていました。これは極東連合のオリオンと同じです。残念ながらジャスティスでは相性が悪すぎました」

 あれは相性の悪さによる敗北だとアスランは考えている。フリーダムならば圧倒まではされないと考えているのだが、それでも恐ろしい相手には違いない。もしあれが量産されたりしたらプラントは持たないだろう。

「もう装備の改良だけでは対抗し切れません。既にナチュラルは戦い方でも我々の上を行っています。これに対抗するには我々も戦術ドクトリンを改善する必要があります」
「簡単に言ってくれるなアスラン・ザラ、それがどれほど大変な事か分かっているのかね?」
「大変でもやらなくては敗北します、これまでの戦い方ではナチュラルの物量を前提とした戦術に対抗できません。もうMSの性能やコーディネイターの能力だけで勝てる戦争ではないのです。工夫をしないと!」

 これはアスランが過去の戦いで得た戦訓だ。確かにナチュラルは数で攻めてくる。だがそれだけではない。彼らはその大軍を軍隊として有機的に機能させる術を心得ていて、単純な力押しだけでは攻めてこない。MSを遣うようになった彼らを相手にするには、こちらも新しい戦い方をしなくてはいけないのだ。もう開戦初期のようなMSを使えば勝てるという戦いは過去の物となっている。
 地上軍ではそれを痛感していて戦術の改善を図ったり工夫をしていたのだが、宇宙軍ではそういった事はしていないようだ。その怠慢がこのような事態を招いたというのに。



 だが、アスランを見る提督たちの目は一様に冷たかった。宇宙では未だに優勢とまではいかないが、対等に戦えているという自負があり、地上で苦労してきたアスランの言葉は彼らには届いてはいない。ウィリアムスやハーヴィックですら聞いてはくれていても賛同してくれてはいない。新しいドクトリンの開発などそう簡単に出来る事ではないのだから無理も無いだろう。
 アスランはここでも無力感を味わった挙句、黙って椅子に座るしかなかった。宇宙軍も一度決定的な敗北を思い知らされなければコーディネイターの持つ傲慢から開放されることは無いのだろう。

「勝利は人を変えないが、敗北は人を変える、か」

 それは誰が言った言葉か葉は忘れたが、至言であると言わざるを得ない。曲がりなりにも対等以上に戦い続けてきた宇宙軍はまだ昔のザフトの体質を引き摺っているが、地上ではあのイザークですら考えを改め、ナチュラルの強さを認めたのだ。
 だが決定的な敗北を迎えてからでは遅い。そうなる前に気付き、対策を練らなければザ府とは二度と立ち直れなくなってしまうだろう。負けてからあの時こうしておけば良かったと後悔しても後の祭りなのだ。


 しかし、アスランにはこの運命を止める事は出来そうも無かった。幾ら司令官級の立場である特務隊隊長だとはいっても、実際には派閥抗争に敗れた落ち目の元エリートだ。その発言には力は無く、何かを変える力は無い。彼に出来る事は精鋭部隊である特務隊を纏め、前線で頑張る事しかないのだ。





 オーブはお祭気分に包まれていた。もうすぐクリスマス、この復興の最中にオーブはお祭気分に包まれていたのだ。これは新代表となったカガリが盛大に騒げと発言した為で、手の開いている者は各地でパーティーの準備にいそしんでいた。オノゴロ島以外の被害はまあ大した物でもなく、オロファトなどでも盛大なイベントが行われたりしていた。
 これはカガリの発案で、復興の中で気分が沈んでいたら悪い方向にしか行かないと考えて景気付けの為に国民を煽ったのだ。ユウナなどは予算がと愚痴を言っていたが、新代表の命令に異議を唱える事はしていない。この程度の事に反対して代表の権威を傷つける意味は無いと思ったのだ。
 ただ、ユウナはこの発言をした後のカガリに1つ質問をしていた。

「ところでカガリ、アルスター邸の方でも友人を集めて盛大なパーティーがあるそうだけど、まさかそれに顔出したいからこんな事言ったんじゃないよね?」

 この問いにカガリは額に冷や汗を流して沈黙してしまい、ユウナは呆れた吐息を漏らしてカガリの頭を持っていたボードで叩いていた。




 アルスター邸は大騒ぎだった。室内はマユたちが飾り付けをしており、紙リボンやらモールやらがあちこちを走っている。庭にある大きなモミの木はクリスマスツリーとしての飾り付けが施されており、厨房ではソアラがパーティー料理作りに勤しんでいて、ステラが手伝っていた。
 更に時間がたつに連れてここには人が集まってきた。手の開いたサイやミリアリア、カズィがやってきて忙しそうに駆け回るマユを手伝ったり、デボたちが空で見事な曲芸飛行をしてたり、
お菓子をもってやってきたマードックたち整備チームがモミの木の飾り付けを脚立でやらされたりと大変な騒ぎであった。
 そんな中で、サイはフレイが居ないことに気付いてどうしたのかとソアラにたずねていた。

「ソアラさん、フレイは何処に行ったんですか?」
「ああ、お嬢様でしたら演習場で訓練をしておられます。パーティーには間に合わせると仰っていました」
「訓練って、こんな日にまでですか?」
「最近のお嬢様は楽しそうです。何か目標が見つかったのかもしれませんね」

 ソアラとしては常に支えてきたお嬢様が楽しそうにしているのが嬉しいのだ。オーブ陥落以後は何処と無く精彩を欠いていただけに、今のフレイの姿は彼女の望む物であるらしい。例えそれがMSの操縦訓練であったとしても。
 だが、それを聞いたサイはオイオイと呆れてしまっていた。元々親父さんの敵討ちで始めたパイロット家業だろうに、いつの間にか強くなるのが楽しくなってるんじゃないのかフレイはと思えてしまったのだ。

「良いんですかね、MSの操縦が上手くなるのに頑張っちゃうなんてのは?」
「良いんではないですか、打ち込めるものが有るというのは」
「そうですかねえ」

 サイにはMSの操縦が上手くなっても将来の役に立つとは思えないのだが。フレイが今後も軍人を続けていくのならともかく、そうはなるまいし。
 そこまで考えて、自分たちはこれからどうするのかとサイは思いを馳せてしまった。戦争が終わったらアカデミーに戻って学業を再開するのだと漠然と考えていたのだが、もしかして何人かは軍人として残る事になるのだろうか。トールやキラはこのまま行けば士官として軍に残る事が出来るのだし、試験にパスすれば佐官への道も開けないわけではない。いや、キラと一緒にトールもオーブ軍に確実に出世できるだろう。フレイなどは固定資産から得られる収入だけでも余裕で暮らしていけるから軍人を辞めて趣味に没頭しながら生きていく事も出来る。これも上流階級に属する人間の生き方の1つだ。
 だがトールやキラは違う。彼らは庶民であり、丁度今まさに人生の勝ち組に乗れる位置に居るのだから、このまま軍人を続けた方が将来の為だとも言える。カガリの贔屓を考えれば結構良い所まで出世できるかもしれないのだから。


 その頃、演習場では訓練を終えたフレイがドリンクを飲みながら相手をしてくれたパイロットたちにパーティーに来ないかと声をかけていた。

「うちでパーティーやるんだけど、アサギさんとマユラさんもどうですか?」
「私は用事無いから良いよ、マユラはどうなの?」
「う〜ん、私は本当なら用事が入ってるはずなんだけどねえ。何でかどっかの誰かさんが今日まで全くお誘いをくれなかったせいでフリーなのよね」
「……マユラ、それは用事が入る予定がゼロの私に対する嫌味かしら?」

 恋人が居るのにその恋人がさっぱり声をかけてくれないからフリーだと嘆くマユラに、現在恋人募集中のアサギは額に青筋浮かべて凄んでいた。そして今日の今日までクリスマスを忘れていた男、エドワードは逃げる事も許されずに同じ休憩所の隅っこで聞こえないフリをしてドリンクを口にしている。
 アサギはマユラを恨めしげに睨んだ後、良い男は居ないかなとフレイに聞いてきた。

「ねえフレイ、どこかに良い男いない?」
「うちのパイロットって彼女居る人多いわよ」
「じゃあ、ほら、アークエンジェルのフラガ少佐とかキース大尉は?」
「一応正式に付き合ってる人は居ない筈だけど、止めといた方が良いと思うわよ。夜道が怖くなるから」

 ナタルはともかく、マリューは怒らせると危なそうだからフレイは本気でアサギに忠告していた。止めといた方が良いと言われたアサギはテーブルにドサリと上半身上げだしてだらしなくだれた顔になってしまう。

「うう、私はこのまま恋も知らずにおばさんになっちゃうのかしら?」
「そんな大げさな」
「フレイは良いわよ、キラ君ゲットしてるから余裕だもんね」

 テーブルの上でだらしなく身体を投げ出しながら愚痴り続けるアサギに、マユラとフレイは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。ただ、それは男が居る余裕から来る苦笑なのでアサギは悔しそうに唸り続けていたりする。

 そして部屋の隅で1人肩身の狭い思いをしていたエドワードは、飲んでいたコーヒーの紙パックを潰すとポツリと言い訳を呟いていた。

「こんなに早くオーブが奪還できるなんて思わなかったんだよお……」

 クリスマスは宇宙で迎えるだろうと気楽に構えていたのだが、事態はトントン拍子に進んであっという間にオーブを奪還にまで行ってしまった。その怒涛の日々の中でクリスマスなどすっかり忘れてしまっていた為に、すっかりへそを曲げたマユラに散々文句を言われた挙句にこの有様となったのだ。まあ自業自得だろう。




 このクリスマスを前に、悩む若者は街に溢れていた。普段はそんな事欠片も見せない連中も、流石にこういう日が来ると少しは気にするのか財布を手にショーウィンドゥを眺めている者も多い。そして同時に、そんな彼らを憎み、私的制裁に走る者たちも居たのだ。ザフトの占領はオーブに様々な傷跡を残したが、一番傍迷惑なのはこの馬鹿どもの過激思想だったろう。そう、イザークたちがオーブで組織した嫉妬団オーブ支部はイザークたちが去った後もその組織を維持し、活動を続けていたのである。
 オロファトの各地で多発するテロ紛いの制裁行為に、実務全般をこなしていたユウナはこの訳の分からない集団に頭を痛めていた。過激思想集団という意味ではブルーコスモスと一緒なのだが、その掲げる大義がカップルに対する嫉妬だというのだからアホらしい。でも一応相手しないと抗議が殺到するから無視も出来ないので、ユウナは困っていたのだ。

「この忙しい時に何なんだこの連中は?」
「メンバーが不特定多数なのでどうにも対処できません。数も多すぎます」
「軍と警察で全員拘束するか?」
「留置所がパンクしますよ。ただでさえ戦後の混乱で治安が悪化しているのに、この上こんな連中まで収監は出来ません」
「そうだよねえ」

 オーブ開放作戦の成功でオーブ本土を奪還したカガリたちであったが、全てが上手く行ったわけではない。国内には戦争の傷跡が彼方此方にあるし、残されていたザフト将兵の処遇もある。とりあえずザフトの捕虜は国内の軍用施設しかない孤島の建物に収監して脱走不可能の状態においているが、これは劣悪な居住環境で伝染病の発生などが懸念されている。残念ながら今のオーブには数千の捕虜の生活を保証してやれるだけの力は無いのだ。それ以前に戦前から住んでいる難民の問題もある。彼らにも支援をしなくてはいけないのだが、こちらも死なない程度の支援をするのが手一杯だ。まあこちらは既に自治組織も生まれているので物資さえ送れば何とかなるのだが。
 そして国内はザフトの軍政から開放された反動からか、犯罪の発生率が飛躍的に高まってしまった。特に多いのが空き巣や暴行傷害などだが、中には殺人や強盗などの洒落にならない物もある。そして特に増えたのがコーディネイター系市民に対する様々な嫌がらせだった。暴言を吐かれる、家財に悪戯をされるくらいなら日常茶飯事で、酷い物になると殺害される者まで出ている。子供を狙った誘拐や傷害も頻発していて、政府は警察や軍を動員してコーディネイターを守る必要に迫られたほどだ。
 カガリがこれらの復讐を止める様に何度も布告を出していたのだが、これらの問題が収まる様子は無かった。事態がこれ以上進むようならカガリはコーディネイターとナチュラルを分けて居住区を分割する事も考えなくてはいけなくなるかもしれないが、それはカガリの考えとは著しく反する選択であった。

 様々な問題を一手に抱え込む事になってしまったユウナであったが、彼の手元には人材が殆ど居なかった。ホムラと共にオーブ行政機構を維持させた官僚たちはカガリたちの帰還と共にホムラと一緒に収監されており、出所させて協力させる事も出来ない。おかげでユウナの元には碌な人材が集まらなかったのだ。

「踏んだり蹴ったりってのはこの事だね、人材は国の宝とはよく言ったものさ」

 国を動かせる官僚や政治家というのは滅多に居ないものらしい。かといって新規に探す時間も無ければ育てる時間も無く、ユウナは定年で引退した官僚や、海外の在外公館や大使館に勤務している人材、亡命していた要人などに声をかけてとりあえず行政機構を立て直したのだ。まあ、質的に落ちてしまうのは急造政権の悲しいところだろうか。無能だの役立たずだのと叩かれ易い官僚や政治家であるが、育てるのは10年単位の時間が必要となる。一度失うと補充は結構大変なのだ。
 
「どうしたものかな」
「まあ、悩んでも仕方がありませんな。それより今日はパーティーに出席するのですから、そろそろ準備をしませんと」
「国内の年寄りを集めての行事だよ、カガリ1人で十分さ」
「ユウナ様、そうもいかないでしょう」
「分かってるよ、言ってみただけさ」

 部下の窘めるような声に不承不承頷き、ユウナはパーティーに出席する為の準備に入った。ただ、カガリの予定に付き合うならばこのパーティーが終わったあと、アルスター邸で行われるクリスマスパーティーに参加する予定になる。それまで体力は持つのかとちょっと心配になってしまうが。
 パーティーは今日と明日の2日に分けて行われるので今日は前夜祭とでも言うべき物だ。別に無理に参加する必要などは無い。だが、こういうイベントには参加することに意義が有るというのがカガリの主張で、それにはユウナも全面的に賛成であった。


 そしてユウナの知らないところで、ユウナの頭痛の種になりそうな連中が続々とオーブに集まってきていたのだが、幸せな事にこの時彼はまだそれを知らなかった。





 クリスマスの陽気に包まれていたのは街だけではない。オノゴロの軍港に係留されているドミニオンとパワーのクルーにもその喧騒は訪れており、艦を電飾や旗で飾り立てるクルーが居るかと思えば仲間で連れ立って街へと繰り出す者もいる。そんな中で、ナタルは何かの書類を書いているキースに声をかけていた。

「大尉、これからどうするんです?」
「そうだなあ、明日はフレイのところのパーティーに出ることになってるが、今日は特に用事は無いな。前夜祭には出れそうも無いし」
「そうですか」
「用事があるなら気にせず行って来ると良い。留守番はしとくからさ」

 ドミニオン幹部クルーは少ない。士官が払底しているのは何処の国でも同じで、艦を運用するための士官も最低限しか確保できないのが実情だ。だから本来なら艦載機部隊の隊長でしかないキースも自分の仕事ではない艦の仕事を引き受けたりもしている。今回のように艦長の代わりに監督をする事もある。
 だが、それを聞いたナタルは慌てて頭を左右に振ると、顔を赤くしてキースに雑誌のページを開いてキースの前に滑り込ませてきた。

「あ、あの、これから一緒に行きませんか?」
「……行くって、俺がここに?」
「はい。あの、それとも大尉はその、こういう場所は苦手でしょうか?」
「苦手と聞かれたら苦手なんだが……」

 キースは何とも表現しかねる難しい顔をして首を捻っている。それを見たナタルはイブの夜を一緒にすごすという計画があっさり崩れたショックでガクリと肩を落としてしまったが、キースはナタルの様子など意にもかけずにページを指で叩いて困った声を出した。

「俺はエステサロンなんぞに行った事は無いんだが。こういう所ならラミアス艦長を誘った方が良いんじゃないの?」
「…………!?」

 その声に弾かれたように顔を上げたナタルが食い入るようにページを見ると、確かにそこはオーブの有名なエステサロンの紹介であった。間違えた事に気付いたナタルが顔を真っ赤にして雑誌を丸めて後ろにやり、キースは訝しげな視線を向けている。

「あの〜、どうしてもと言うのなら……」
「いいいえいえ、結構です。失礼しました!」

 付き合おうかと続けようとしたキースの言葉を遮ってナタルは逃げるようにその場から去っていった。それをキースは戸惑った顔で見送り、首を傾げて何をしに来たんだろうと呟いてまた仕事に戻ってしまった。

「何考えてんだ、あいつは?」
「ありゃ鈍感と言うよりもただの馬鹿だろ?」
「艦長も可哀想になあ」

 その様子を目撃したオルガと整備兵2人はこのやり取りに呆れ果て、ナタルの不憫さに同情すると共にキースの愚かさを散々に語り合っていた。実はドミニオンではこの2人の関係は誰もが知る公然の秘密と化しており、どちらが先に相手に告白するかで賭けが行われていたりする。最近ではナタルの方が積極的な為かナタルにかけた側が勝ちそうな雰囲気となっているが、未だにその賭けは結果を出してはいない。ちなみにオルガはナタルに賭けている。

 とはいえ、キースも全く何も考えていないわけではなく、彼は彼なりに少し真面目にあれこれ考えていたりはする。宇宙に上がっている間に色々と思うところがあったようだ。



 

 だが、こんな日であっても楽しめない者はいる。戦争で受けた傷は未だに完全に癒えることは無く、所在無げに歩くシンはオノゴロ島の軍事基地にやってきていた。まだ自由オーブ軍に参加している事になっているシンは見咎められる事も無く中に入り、昔にフレイに鍛えられた練習場にやってくる。そこでは今日もMSの訓練をしていたのだが、何だか妙な訓練をしていた。沢山いるストライクダガーが大量の大きなコンクリートブロックを持ち上げて指定された場所に降ろすという作業を繰り返していたのである。
 それを指揮していたのはアルフレットだった。タンクトップに軍用の迷彩ズボンという何時もの服装で太い腕を組み、仁王立ちしてじっとその作業を見つめている。そのアルフレットに、この作業に飽きたのかキラが不満をぶつけてきた。

「少佐、こんな事続けて何の意味があるんです。こんな事してる暇があったら格闘戦とかの練習をさせて下さいよ」
「俺が言ったタイムを切れたら考えてやっても良いぞ。まずは課題をこなしな」

 キラは強くなりたくて訓練に参加しているのに、何でこんな土木作業みたいな事を延々とさせられなくてはいけないのだと愚痴っている。だがアルフレットは完全にキラの意見を無視してひたすら訳の分からない動作を繰り返させている。どうやらアルフレットが設定した時間内に終えられない限り別の事をさせるつもりは無いらしい。
 この訓練にシンは自分もフレイに似たような事を延々とやらされた事を思い出してしまい、あれはきつかったなあと思い出してしまった。何しろ退屈なのだが、フレイは基礎訓練だといって延々とやらせたのだ。あの時は意味が分からなかったが、アルフレットに聞けば何か分かるかもしれないと思い、思い切って声をかけた。

「アルフレット少佐!」
「あん? 何だシンじゃねえか、どうしたこんなとこに来て?」
「ちょっと聞きたいことがあるんすけど、あれ何の為にやってるんです?」
「ああ、あれは操縦を効率よくやれるようにする訓練だ。やってる事は地味だがそれだけ無駄な動きが作業時間に響くからな。効率よく機体を動かさないとタイムが縮まらねえ」

 つまり、機体を上手く動かせなければタイムはどんなに頑張っても縮まらない訳だ。地味だが基本操作を身体に叩き込むという意味では効果があるのかもしれないとシンが思っていると、アルフレットが何かを思いついたような顔でシンを見てきた。

「そうだ、お前もやってみるか?」
「俺がですか?」
「ああ、お前の腕もついで見てやる。キラとどっちが早いか競争だ」

 面白そうな顔で嗾けてくるアルフレット。言われてシンはストライクダガーを見上げ、そして少しだけ表情を緩めて頷いた。何かしていた方が気が晴れていいと思ったのだ。

 ちなみにこの勝負はアルフレットの指定したタイムを簡単にクリアしたシンの圧勝に終わり、キラに何でだあと悲鳴を上げさせていたりする。この瞬間、キラはシンより下手だということが実証されてしまったのだった。




後書き

ジム改 クリスマス前日の騒動でした。
カガリ 私はこんな日まで公務か。
ジム改 それが指導者の務めだ、諦めろ。
カガリ このまま私は背景化か。
ジム改 心配するな、本編は出ずとも後書きには出てる。
カガリ ……そのうち後書きも誰かに奪われたりしないよな?
ジム改 予定は未定と言いまして。
カガリ 嫌だあ、この上後書きまで奪われたら私はどうなる!?
ジム改 種死後半と一緒だろ。
カガリ あんなラストに台詞も貰えないのは嫌だ!
ジム改 贅沢な奴め。それでは次回、クリスマスと言えばパーティー、アルスター邸に人々が集まってきて騒ぎがどんどん大きくなっていく。誰彼構わず集まってくる会場は混沌の熱気に包まれ、斜め上の方向に全力でダッシュすることに。次回「諸人来たりて」でお会いしましょう。
カガリ なんか場違いな奴も来てないか?

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