第142章  諸人来たりて



 

 オロファトの迎賓館では連合諸国の要人を招いたカガリ主催の盛大なクリスマスパーティーが開かれていた。まあカガリ主催とは言っても実際に運営しているのはユウナであり、カガリは単なるお飾りであったが。
 迎賓館のホールの2階貴賓席にドレス姿で座らされているカガリは、表面上は幾重にも猫を被って気品ある令嬢を演じて見せていたが、内心ではこんなドレスを着て国内の有力者や各国からやってきた大臣や長官といった要人に笑顔を振りまく作業に苛立ちを募らせていたりする。カガリは腹芸が出来ない女であり、ここにやってくるような一癖も二癖もある古狸は最も苦手であると同時に軽蔑している存在だ。
 だが、カガリはこういった連中から逃げる事を許されてはいなかった。カガリはオーブの現代表であり、彼らの機嫌を取って復興資金を出させなくてはいけないのだ。

 しかし、今日集まってきた面子の中にはカガリが最も期待をかけていた2人の男の姿は無かった。そのことに不満を感じて隣で愛想笑いをしているユウナに顔を寄せて小声で問いかける。

「おいユウナ、アズラエルとヘンリーの野郎はどうしたんだ?」
「一応声はかけたんだけどねえ。気が向いたら行くとしか返事が来てないんだよね」
「何だよ、あいつらが一番金出してくれそうな奴らだぞ」
「……カガリ、君も代表らしくなってきたねえ」

 昔の正義馬鹿振りからすれば信じられない事だが、自由オーブ軍を率いるようになってからのカガリの変化は著しい。今では金策の為にはプライドなど切り捨てるようにまでなっている。国を立て直すのに必要なのはプライドでも理念でもなく、まず金と資材だということを彼女は現実に立ち向かうことで学んだのだ。理念だの信念だのを唱えるには国内を安定させ、国際的な発言力を得てからでなくてはいけないという事を、カガリは長い苦労の果てに理解したのである。まあオーブ本土を取り戻して以来、貧乏と人材不足にあえぎ続けたので嫌でも変わってしまったのだ。
 そんな彼女にとってあの2人は金を貸してくれそうな相手としては最も話しやすい部類に入る。特にアズラエルとはもう金を貸してもらうという話をしているので、今日顔を見たら話そうと思っていたのだ。

「あいつらが来ないとはなあ、期待が外れたぞ」
「まあ、大西洋連邦や極東連合にでも借りるしかないだろうね。赤道連合やユーラシアは自国の建て直しがあるから難しそうだし」
「極東連合は無償援助はしてくれないのがなあ……」

 世界最大の経済大国である大西洋連邦よりも第2位の極東連合の方が金は貸してくれやすい。だが極東連合はただでは貸してくれない。極東連合から借りると大抵返済義務を負う有償援助となる。借りた金は返すという焦りが無ければ援助は実を結ばないというのがあの国の考えらしいのだが、今はタダで金貸して欲しいというのが偽らざる心境であった。

「こうなったら何処かの島に大西洋連邦軍の駐屯を認めるとか譲歩して金貸してもらうか」
「余りそういう事すると、後で苦労するよ」
「そういう事は後で考えればいいんだよ」

 ユウナは他国の軍隊に基地を提供するメリットがオーブには無いと考えているのでカガリの提案に難色を示したが、カガリはそういう事は復興の目処が立ってから考えれば良いと考えていたのでユウナの意見を退けてしまった。
 ただ、このカガリの案には大きな欠点があった。大西洋連邦からすれば別にオーブ国内に基地を持つ積極的なメリットが無いという欠点が。


 そしてこの煌びやかなパーティーの会場に、一際異彩を放つ美女が姿を現した。全身黒尽くめで長身、黒髪という何とも威圧感のあるその人は、アメノミハシラの主でありカガリと並ぶ数少ない王族、ロンド・ミナ・サハクであった。その威圧感を前に客たちが気圧されたように道を明けていく。その様をみてカガリとユウナは苦笑いを浮かべてしまった。

「おいミナ、前もう少し愛想良く出来ないのか、客が引いてるぞ」
「ふん、愛想笑いなど何故私がせねばならぬのだ?」
「お前、私にあれこれ言うくせに自分は全然社交性が無いな。それじゃ国は纏められないだろ」
「だからお前を担ぎ上げたのだろう。私は裏方で汚れ仕事をする、お前は表でオーブの印象を良くする、そういう事だ」
「はいはい、分かりましたよ」

 ミナの容赦も何も感じさせない言葉にカガリは無責任な奴だなあと愚痴をこぼしてしまう。カガリにしてみれば裏方であれこれやってる方が表で愛想笑い浮かべて人付き合いするより気楽だと思えて仕方が無いのだ。まあ間違っているわけではない。少なくともミナは馬鹿の相手をカガリに押し付けているという認識なのは間違いないだろう。
 そこに今回集まってきた客の中でも重要人物といえる男、大西洋連邦国務長官のマクナマラが声をかけてきた。彼は対プラント強硬派として知られる人物で、コーディネイターにも反感が強い人間だ。当然オーブにも余り好感情は持っていない人物であり、カガリとユウナの顔に警戒の色が走った。

「やあカガリ・ユラ・アスハ様、今日はお招きいただきありがとうございます」
「マクナマラ長官、今日は良く来てくれたな」
「何、連合の絆を深める為にはこのくらいは幾らでもしますよ。大統領からもオーブと今後の事を話し合ってこいと言われておりますから」
「つまり、オーブを前線基地にして大洋州連合攻略を進めたい、と?」
「話が早くて助かります。勿論細かい事は制服組に詰めさせますが、とりあえずは代表殿の内諾を貰いたいと思いまして」

 大西洋連邦はオノゴロ島を拠点としてカーペンタリアを攻略、大洋州連合に降伏を迫るつもりなのだ。最もこの時既に極東連合を経由した大洋州連合の講和の働きかけは既に一定の成果を上げており、カーペンタリア攻略の際には寝返る方向で話が進んでいたのだが。
 ただ、講和と言っても実質上の降伏であり、敗戦国という不名誉を蒙らないだけで相当の譲歩をさせられることになる。特にオーブや赤道連合といった大洋州連合とは主権がぶつかり合っている国々は嬉々として大洋州連合に自国に有利な条件を突きつけて要求を飲ませようとするだろう。さらに地球連合内で問題となっているアルビム連合の処遇についても大洋州連合の領土割譲で対処しようという考えがある。敗戦国には戦勝国に文句を言う権利さえもらえないのだから。
 ただ、これらの細かい事を大西洋連邦はオーブに伝えるつもりは無かった。余り余計な交渉ごとが増えては後に響きかねないし、そこまでオーブに義理立てしてやる理由も無いからだ。余り大洋州連合を叩いて必要以上に恨まれるとそれこそ面倒な事にもなる。
 ただ招待された以上は礼儀上来ない訳にはいかない。弱体化著しいオーブはもう大西洋連邦に脅威を与える存在ではないが、最低限の外交的な礼儀という物があるのだ。

 カガリが慣れない社交辞令を並べながらマクナマラと話をしているが、その姿は傍から見てもマクナマラにカガリが遊ばれていて、ユウナがどうしようかと悩んでいる。カガリを助けに出たいがオーブの代表と大西洋連邦の国務長官の話にカガリの補佐官でしかない自分が割り込むというのは後に不味い事になりかねない。だが放置もしておけないジレンマに陥ったユウナを助けたのは、以外にもミナであった。

「マクナマラ長官、少々お聞きしたい事があるのだが」
「サハク殿か、どのような用件ですかな?」
「人に聞かれると色々と問題がありますゆえ、あちらに」

 意味ありげな薄笑いを浮かべて人気の無い奥の部屋を示すミナに、マクナマラは表情を真剣な物へと変えた。カガリは素人に近いが、ミナは大西洋連邦政府も一目置く練達の人物であるからだ。
 みながマクナマラを連れて行ってくれた事でようやく開放されたカガリはホッと息をはいて椅子に腰を降ろし、ユウナが持ってきてくれたアップルジュースで喉を潤した。

「ぷはあ、いや、焦った焦った」
「まあ、まだカガリには早い相手だよ。ああいうのはミナ様に任せておくのが良い。君があんまり恥をかかされると権威に傷が付くから色々と困るからね」
「……権威、か」

 ユウナの言葉にカガリが少し考え込んでしまい、どうしたのかとユウナが首を捻っている。そしてカガリが妙な事をユウナに聞いてきた。

「なあユウナ、首長って、必要なのかな?」
「……いきなり何を言うかと思えば、必要に決まってるだろ。首長が居なければ誰が政治をするんだい?」
「ああ、そうなんだけどな」

 ユウナの答えはオーブ人としては常識的なものだった。多分誰に聞いてもこういう答えが返ってくるに違いない。だが、この時カガリはオーブの常識とは違う未来を考えてしまっていた。だがそれは表に出せない考えでもある。カガリは首長制に疑問を感じていたのだ。





 同じ頃、アルスター邸でもパーティーが開かれていた。そこにはオーブでのフレイの知人たちだけではなく、アークエンジェルのクルーたちも大勢やってきていた。更にアークエンジェルのクルーに誘われたのかドミニオンやパワーのクルーも一部がやってきている。アルスター邸の本館正面の広場を飾りつけた会場には大勢の人で溢れかえり、ワイングラスやビールジョッキ、料理の皿を手に騒ぎまくっていた。
 この騒ぎの中で、フレイは訪れる客人を忙しそうに迎えていた。一応彼女が主なのでその勤めだけは果たさないといけないのだ。まあ一般客はソアラに一言言うくらいで良いのだが、中にはそれなりに地位レベルの高い者もおり、そういった客はフレイに回されてくるのだ。
 ただ、それまでやってくるのはせいぜい地方の名士、サイの実家程度の客だった。こういった辺りはカガリのパーティーに顔を出せる程でもないが、地元ではそれなりの力を持っている。そんな中で3時ごろになっていきなりトンでもない大物が顔を現した。まあお供も連れず、カンカン帽にラフな服装という怪しげな出で立ちではあったが、ソアラはその人物を知っていた。だから驚いてフレイの元にまで案内してきたのだ。
 しかしソアラの想像に反して、フレイはその男を見てげんなりとしてしまった。

「ヘンリーさん、何でここに?」
「そんな嫌そうにしなくても良いじゃないですか。今日は友人として尋ねてきたんですよ」
「……友人、誰が?」
「うわっ、酷い、酷すぎますよその言葉!?」

 真顔で問い返されたヘンリーは彼にしては珍しく傷ついた顔で言い返してきたが、フレイに露骨に無視されていじけながら料理の皿を手に人込みへと消えていった。それを見送ったソアラが流石に不味いのではないかと思ってフレイにそっと声をかける。

「あ、あの、お嬢様、あの方はヘンリー・ステュワート様ですよ。あのスチュワート財団の現当主の」
「ええ、知ってるわ」
「では何故あのような態度を。あの方の敵意を買う事は今後色々と問題になります」
「大丈夫よ、あの人の扱いはあれくらいで丁度いいんだから。何しろすごい変人だもの」
「……お嬢様、前に滞在されたアズラエル様といい、今回のスチュワート様といい、どこでそのような交友関係を築かれたのですか?」
「偶然よ、気が付いたらいつの間にか周りにそういう人が居ただけ」

 それは嘘ではない。気が付いたら変な人たちと知り合いになってしまっただけで、自分から彼らに接触して行った訳ではないのだ。でも言われてみれば確かに変な縁であり、何でこんなのばかり集まるのだろうかとフレイは少し真面目に考え込んでしまった。




 そしてこの日、アルスター邸には続けて珍客が訪れ、フレイたちを驚かせることになる。この次に現れたのはアズラエルと、なにやらアズラエル以上に趣味の悪い服を着た血色と目つきの悪い男であった。アズラエルは会場でキラたちと談笑しているフレイを見つけると、物凄く不機嫌そうな男を伴って近づいてきた。どうやら秘書か何からしい。

「やあフレイさん、お久しぶりですね」
「アズラエルさん、貴方まで来たんですか?」
「おや、僕以外に誰か来ましたか?」
「さっきヘンリーさんが」

 ヘンリーの名を聞いたアズラエルは少し微妙な顔になったが、すぐにそれを消すと何時もの薄笑いを浮かべてキラたちにも声をかけてきた。

「キラ君も元気そうですねえ。また負けたって聞いて驚きましたよ」
「あのお、ブルーコスモスの偉い人がコーディネイターに馴れ馴れしく声をかけてくるってのは有りなんでしょうか?」
「クリスマスに無粋なこと言っちゃいけませんねえ。今日はお祭ですよ」

 だから無礼講なのだと言い切るアズラエルにキラたちは呆れ果ててしまった。ここにはコーディネイターも大勢集まってきているのに、そんなところにブルーコスモスの総帥がやってきて良いのか。組織を纏める事が出来なくなるのではないのかとキラが疑問をぶつけると、アズラエルはキラの顔の前で人差し指を立てて左右に振った。

「ブルーコスモスと言いましても色々有りましてね。今の僕はコーディネイターとの共存を模索する中立寄り強硬派なんですよ」
「ちゅ、中立寄り?」
「ええ、元々コーディネイターを皆殺しにしろと騒いでたのは僕じゃなくてロード・ジブリール君でしたから。僕もその意見には賛成派でしたが、色々と事情が変わりまして、今は転向して中立派寄りになってるんですよ。アルビムなんかと付き合いが出来ちゃいまして、商売上これまでの方針だと不都合が多くなりまして」
「そんな理由で考えを変えられるんですか?」
「私にとっては主義主張なんて商売の道具です。道具ですから都合が悪くなれば切り捨てるんですよ」

 その代わり身の速さはさすがと言うべきか、聞いていた全員が呆れれば良いのか感心すれば良いのか困る顔をしてしまった。
 そしてさらにこのどうしようもない空気に余計な混乱をもたらす声が加わってくる。

「なんじゃ、また何か面白い事になっとるのかの?」
「おや、これはこれは、あなたまで来ましたか」

 アズラエルが振り返った先には、ソアラの案内でイタラとアーシャがやってきていた。アルビムの方は良いのだろうか。驚くフレイが前に出てきてなんでここに居るのかと聞いてしまう。

「おじいちゃん、なんで?」
「いやな、最初はカガリの嬢ちゃんの方に行こうと思ったんじゃが、あっちは色々と面倒な客が多いようなのでな。それでまあ、こっちに居ればそのうち向こうから来るじゃろうと思っての。一応建前はオーブ開放のお祝いを言いに来たんじゃぞ」
「イタラ様、建前と言わないでください」
「ほっほっほ、アーシャは細かいの」

 イタラのボケに毎回毎回きちんと突っ込みを入れているアーシャは結構凄いのかもしれない。そして毎回の如く懲りないイタラにやれやれと肩を落とし、アーシャは顔を上げてキラたちに挨拶をしてきた。

「すいません、いきなり押しかけてしまって。イタラさまがこっちの方が面白いからって言って」
「なるほど、相変わらずですね」

 イタラの悪戯心満載の行動力は相変わらず健在であるらしい。というかこの爺さん、いい加減年を考えろろと突っ込みを入れてくれる奴は居ないのだろうか。毎度の事ながら好き放題に暴れまわっている。
 そしてイタラはアーシャたちが肩を落としてるのを無視してアズラエルと社交辞令無しの本音をぶつけあっていた。

「それで、財団の会長がこんなところで油売ってて良いのかの?」
「いえいえ、アルビム連合の代表ともあろう方が暢気にこんな所でクリスマスを楽しんでいるよりはマシでしょう」
「いやいや、儂など単なるお飾りじゃよ。もう若い者に任せて隠居状態よ」
「おやそうでしたか、その割にはアルビムの意思決定にかなり深く関わってると聞いていますが?」
「そりゃ初耳じゃの。ところで話は変わるが、ロングダガーの卸価格をもう少し安く出来んかの?」
「はっはっは、それは難しい相談ですねえ。今でも結構勉強してる金額ですよ」
「ふむ、モルゲンレーテからM1B型を買ってロングダガーは止めようかという話もあるんじゃがのう」
「……分かりました、一度検討してみましょう」

 高いから他所の機種に鞍替えしようかと言われた途端、手の平返して譲歩するアズラエルであった。MSは1機辺りの単価が物凄く高く、それだけに少数でもそれなりに大きな利益になるのだ。ましてアルビムは駆逐艦などを購入してくれるお得意先なので他所に取られるとかなり痛い。
 また、アルビムは高度な技術者を多数抱えていて、アズラエル財団の関連企業に協力して幾つかの新型兵器の開発を進めているのだ。クライシス系列機やその量産型のウィンダム、そしてストライカーパックの幾つかにはアルビムの技術者が関与して開発速度を加速させたという実績があるのだ。
 こんなアルビム連合がもしオーブと手を組んで新型の開発なんて始めた日には、それこそとんでもない化け物が出てきかねない。モルゲンレーテも中々に侮れない技術力を持っている上にそこそこの生産力を持っているからだ。

「オーブの時期主力MS開発計画なんかに手を貸されたら困りますからねえ」
「ふむ、確か変形MSの計画じゃったの」
「おや、ご存知なんですか?」
「ほっほっほ、儂らとてそれなりの情報網は持っておるよ」

 オーブの時期主力MS開発計画、先のオーブ開放作戦で猛威を振るったあの金色の悪魔、スーパーメカカガリで試験された技術を投入して開発される可変MSの計画の事だ。周囲を海に囲まれたオーブでは空陸兼用のMSこそが理想とされており、空を飛ぶならやはり戦闘機の方が遥かに便利となる。また空母などに積む際にも航空機の形状の方が遥かに運用し易くなる。大西洋連邦はレイダーを開発して運用しているが、オーブはより航空機に近い形状の機体の開発を目指していたのだ。
 だが、最近オーブはこの計画とは別に、別の陸戦MSの開発をスタートさせたという情報もある。これが何なのかはまだ分からないが、なんでもザフトのフリーダムやジャスティスと同じ、1機で大軍を止められるMSの計画だという。それが何なのかもアズラエルは知りたかったりする。




「ほら、焼けたぞ。持ってけ」

 庭に置かれているバーベキューセットの上で串に刺した肉と野菜を焼いているガタイの良いおっさんはアルフレットだった。この男が半袖シャツで串を焼いている姿は中々に様になっている。その隣では妻のクローカーが肉と野菜を刻み、串に通して次に焼く串を準備していた。

「クローカー、やっぱり賑やかなのは良いなあ」
「そうね、こんなに騒がしいと学生時代の学祭を思い出すわね」

 クローカーが懐かしそうな顔をしている。彼女は昔大西洋連邦で大学に通っており、その時には散々に騒いだ物なのだ。だがアルフレットには学祭での良い思い出というものはない様でなにやら複雑そうな顔をしていた。そして視線を中央に転じれば若い連中が軽快なダンスを踊って楽しんでいるのが見えた。セランやボーマンたちもその中に混じって踊っているのが見える。

「あいつらは楽しそうだな」
「良いんじゃない、若いうちに思いっきり遊んでおかないと、後で後悔するわよ。私の青春なんて研究室で埋め尽くされてるんだから」
「へいへい、その愚痴はもう何十回も聞かされたよ。俺が軍人であっちこっち飛び回ってて悪かったです」

 憮然としたアルフレットの答えにクローカーは噴出すように笑い出してしまった。別にそんなことは気にしてないのに、この男は何時もそう言って謝るのだ。研究室に篭ってたのは自分が好きでやっていた事なのに、自分が軍人で中々本土に戻れなかった事を気にしている。そんな男だから自分も付いていく気になったのだろう。



 パーティーもたけなわとなり、鮭も料理も減っていく中で状況はますますヒートアップしていく。酔った勢いで特設ステージを作り上げた馬鹿どもがステージの上で隠し芸をしたり歌を歌ったりして騒ぎ出し、だんだんクリスマスパーティーとは関係ない方向に走り出してしまう。
 今ステージの上ではヘンリーが凄い手品を披露していた。

「良いですか、こちらの箱にこの人形が入っていますね。ではこれをこの杖で叩きます」

 ヘンリーの手品は箱から箱へ人形が移動するという物で、見ていた観客はどうやったのかと口々に騒いでいる。それを眺めていたキラとサイの元に料理を積み上げた皿を持ってトールとミリィが戻ってきた。

「はい、料理の補充」
「あ、ありがとミリィ」
「フレイとカズィは何処に行ったんだ?」

料理をテーブルに置いたトールが姿の無い2人を探して周囲をきょろきょろと見回す。

「フレイだったらまだ挨拶回りだよ。今じゃアルスター家はオーブの有力者だから面倒な客が多いのさ。カズィはカメラもって写真撮りまくってるみたいだ」

 盛ってきた料理を自分の皿に移しながらサイが答える。それを聞いたトールがなるほどと頷いて自分も料理を食べようとした時、ステージの方から歌が聞こえてきた。

「おお、ステラと……隣の娘は誰だろ?」
「マユちゃんだよ、シンの妹さん」
「へー、あいつに妹なんて居たんだ。そういやそのシンは何処いったんだ?」

 キラの答えを聞いて頷いたトールは、シンの姿を見ないことを思い出した。何時もならこういうときに騒ぎそうな奴なのに。それを聞かれたキラは食べる手を止めて少しだけ暗い顔になった。

「まだ、騒ぐ気分にはなれないみたいなんだ。今も海岸の方の斜面に居るよ。お父さんが死んだって聞かされたばかりだからね」
「そっか、それじゃ仕方ないよな」

 不味い事を聞いたなと今更後悔してトールは黙り込んでしまった。何時も陽気な男が口を閉ざすと場の空気が少し重くなってしまい、サイとミリィが居心地悪そうに顔を見合わせている。そして空気を変える手はないかと周囲を見回したミリィは、近くを歩いているナタルを見つけて声をかけた。

「あ、ナタルさん、こっちあいてますよ」
「ん? ああ、ミリアリアか」

 1人で行く当ても無くぶらついていたナタルは誘われるままにミリィの隣に腰掛けた。そしてミリィがチャンスとばかりにキースはどうしたのかと問いかける。

「ナタルさん、キースさんと一緒じゃなかったんですか?」
「ああ、大尉はアズラエル理事と話しがあるそうでな、会場から離れていってしまった」
「そうなんですか。それじゃ艦長は?」
「ラミアス艦長は今日はフラガ少佐と一緒に居るといって病院に戻られたよ。おかげで私は1人だ」

 なるほど、マリューは酒よりも恋人を選んだわけだと納得したミリィは、視線をステージの方に移した。

「でも、ステラちゃんって歌上手いですよね」
「あの娘は歌うのが好きらしいからな。よく歌っているよ」
「ナタルさんは歌わないんですか?」
「私は目立つのが苦手でな。ああいう場所は合わないよ」

 苦笑いを浮かべて首を横に振るナタル。それをみたミリィは意地悪な光を両眼に宿らせると、ナタルの手を取って立ち上がった。

「行きましょうナタルさん」
「行くって、何処にだ?」
「ステージですよ、次は私たちが歌うんです。ついでにフレイも巻き込んでアークエンジェルの綺麗どころを揃えましょう!」
「ま、待て、だから私はああいうところは苦手だと……」
「パーティーと宴会で飲めない、歌えないはご法度ですよ!」

 ミリィの正論と言っていいのかどうか分からない正論にナタルは返答に詰まった。その隙に手を引っ張ってナタルを連れ出してしまったミリィ。2人が人込みに消えたのをみて唖然としていたキラたちであったが、あの3人が並んで歌うのは絵になるだろうなあ、などという健全な妄想に浸ってしまっていた。アークエンジェルの美人率はかなり高いのだ。
 その時、会場内にソアラの声で放送が流れた。

「皆様、空を見上げてください。アルスター家デボスズメ隊による曲芸飛行が始まります」

 雀の曲芸飛行って何だよと誰もが疑問に思いながら空を見上げると、見た事も無いような巨大な雀が雁行でアルスター家の上空に現れ、そのまま様々な色の煙を引きながら空に見事な模様を描き出した。何しろ雀だ、その小回りは飛行機の比ではない。どうやら発煙筒か何かを掴んで飛んでいるらしかった。
 雀の曲芸飛行という珍しい芸に観客たちが歓声を上げて空にエールを送り、雀たちがそれに答えるように3度上空を縦回転して見せ、そして屋敷の裏手へと消えていった。この芸を見た観客たちは凄い物が見れたと口々に語り合い、雀たちの功績を称えている。どうやらソアラは雀に芸を仕込んでいたらしい。
 そしてそれが終わると同時に、今度はキラを呼ぶ放送がかかった。

「キラ・ヤマト様、お客様がおいでです。本館正面にお越しください」
「客、誰だろ?」

 いきなりな前を呼ばれたことに驚いたキラは仕方無さそうに席を立つと、サイとトールにすまないと謝って席を立ち、言われた本館正面へと向かった。そしてそこで待っていたのは、キラの予想には全く無かった人物であった。

「お久しぶりですね、キラ・ヤマト」
「貴方は、マルキオ導師」

 自分をプラントに運び、ラクスと共にSEED理論を自分に語った盲目の導師、マルキオの姿がそこにあった。一体この男は自分にどのような用が有るというのだろうか。




 パーティーから離れて海の見える所まで歩いてきたアズラエルは、そこでキースにブルーコスモスへの復帰を求めてきた。キースもそれを予想していたのか驚く事も無く、淡々とアズラエルの話を聞いている。

「キース、昔とは状況が変わりました。今の僕は君と近い位置に居る」
「……確かに、それは認める。お前は転向したようだ」

 最近のブルーコスモスの方針転換はキースにも肌で感じられる物だった。コーディネイターへの攻撃が鳴りを潜め、地球連合の彼方此方にコーディネイターの姿が見えるようになってきている。アルビム連合を受け入れたのも昔からすれば信じられないような変化だ。
 アズラエルは弱体化した強硬派に止めを刺すためにキースを復帰させ、穏健派の勢力を拡大しようと考えていたのだ。穏健派はリーダーと呼べる人物が少ないのでまとまりが悪いのが弱点で、だからこそ昔に穏健派を纏めていた若手リーダーの1人だったキースを求めていたのだ。
 だが、それもこれも元はと言えばアズラエルが悪い。昔は穏健派を邪魔に感じていたアズラエルは、あの手この手で1人、また1人と失脚させ、あるいは暗殺してきたのだから。キースが暗殺されなかったのは下手に手を出して反撃されるのが怖かったからに他ならない。調整体が並のコーディネイターなど問題としないほどの能力を持っている事を彼は良く知っていたのだ。

「今回は戦争を終わらせる為に貴方が必要です。一時で構いません。ドミニオンが宇宙に上がる際には復帰させる事を約束しますよ」
「つまり、カーペンタリアには俺抜きで行けって事か?」
「カーペンタリアは弱体化が著しい。大丈夫ですよ。それにパワーにはソキウスが2人居ます。あれは使い勝手の良い道具でしょう?」
「道具、か」

 ソキウスの正体をキースは知っていた。自分と同じようにメンデルで研究されていた戦闘用コーディネイターたち、その技術の延長線にある最強の兵士たちだ。だがキースは別に彼らには同情していなかった。彼らは自分の境遇を辛いとも悲しいとも感じる事は無い。そのように作られているからだ。自分もそうだが、同情されても仕方の無いことなのだ。
 ただ、道具という表現は気に食わなかった。自分も道具として作られた身であるが、道具などといわれれば気分は良くない。

「お前は、戦争を終わらせた後に世界をどうするつもりなんだ?」
「別に特別な事をするつもりはありません、昔に戻すだけですよ。プラントは再び理事国の支配下に戻り、生産拠点として使うでしょう」
「アルビムは?」
「敵と味方には明確な差をつけますよ、当然でしょう。彼らは私に味方してくれたんですから」
「そうか、なら良いが」
「私だってそこまで人でなしではないつもりですよ、アルビムがあれば地上のコーディネイターを集めて隔離できますし、メリットもあるんですよ」

 言っている事はアレだが、アズラエルも昔に比べれば随分と丸くなった物だ。昔なら皆殺しにする事に拘っただろうに、何があって考えを変えたのだろうか。
 そんなことを話しながら緩やかな斜面を歩いていると、アズラエルが何かを見つけてそれを指差した。それを目で追うと、そこには膝を抱えているシンが座っていた。

「シン、何やってるんだこんな所で?」

 キースが声をかけるが、シンは返事をしなかった。それを不審に思ったキースが隣に行って肩に手を置き、もう一度どうしたのかと聞くと、シンは抑揚の無い声でぼそぼそと答えてくれた。

「騒ぐ気にならないんだ」
「……シン、気持ちは分かるが死んだ人は帰って来ない。何時までも落ち込んでいるより、何かした方が気が晴れるぞ」
「ほっといてくれよ、あんたに何が分かるっていうんだ」
「分かるぞ、俺はザフトに家族を皆殺しにされてるからな。今の世の中、そんな奴は数え切れないほどいるさ。オーブだってこれまでの戦いで千人単位の犠牲を出してるんだ」

 家族を亡くしたのはシンだけではない。いや、そんな奴は世界中に数え切れないほどいるだろう。カガリだって肉親はもうキラだけだし、フレイも血縁者は居ない。父親を亡くしたのは同情するが、シンだけが辛いわけではないのだ。
 キースにいわれたシンは膝に顔を埋めると、震える声で言い返してきた。

「分かってるよ、そんな事は。でも、辛い物は辛いんだ」
「……そうだな」

 辛い物は辛い、その通りであり、キースも仕方が無いかと思ったのだが、そこにアズラエルが余計な事を言ってくれた。

「悲劇を背負っていても、今のご時世じゃ誰も同情してくれませんよ?」
「おい、アズラエル。子供相手に何を?」
「僕は事実を言っているだけです。今この世界には億で数えなくてはいけないほどの難民が溢れ、毎日何千、いえ何万人が飢えや病気、暑さ寒さで死んでいます。そんな彼らに比べればこの子供はよほど恵まれていますよ。こんな所で泣いてる暇があるんですからね」

 アズラエルの言葉にキースは反感を感じたが、言い返す言葉は無かった。事実その通りであり、アークエンジェルも地球に降りてから様々な場所で難民と遭遇してきた。体力の無い幼児や老人は移動に耐えられずに路上で倒れ、埋葬もされずに朽ちていく。中には邪魔になるからという理由で自分の子供を手にかける親や、乳飲み子を捨てていった親も居た事だろう。ユーラシアやアフリカではそれが現実だったのだ。
 彼らに比べればとりあえず衣食住を保障され、母と妹と共に生きているシンは確かに恵まれている。自分とて家族も隣人も全て無くし、故郷も失った身なのだ。今の世界にはシンの境遇など同情するに値しないと言えてしまうほどの悲劇が満ちているのだ。

 だが、言われているシンにはこれは許容できない言葉だった。自分が一番不幸だと思っている人間にとって、アズラエルの言った現実は罵倒されたり貶されるよりも遥かに辛く、否定したい物だから。

「あんたに、あんたに何が分かるんだよ。ブルーコスモスで何時も後ろで偉そうにふんぞり返ってるくせに!」
「ガキの我侭など聞く耳は持っていませんよ。少なくとも私はこれ以上の悲劇の拡大を防ぐ為に力を尽くしています。ここで腐ってるだけの君と一緒にされたくは無いですね」
「俺に、俺に何が出来るって言うんだ。俺はあんたみたいに偉くも何も無いんだよ!」

 自分はタダの子供だと叫ぶシン。その剣幕にキースが気圧されたが、アズラエルは涼しい顔で言い返していた。

「何も出来ない事は無いでしょう、何かあるはずですよ、君にもやれる事が、出来る事が」
「何かって……」

 アズラエルの言葉に困惑するシン。自分に何が出来るというのだろうか、と考えてしまったのだ。そしてアズラエルは踵を返してその場から離れだし、キースが仕方なさそうにその後を追っていこうと腰を上げたが、いきなりアズラエルが足を止め、振り返らずに1つだけアドバイスをくれた。

「ヴァンガードの後任はまだ決まっていません。アレを動かせる人間は限られていますからね」
「ヴァンガード……」
「どうするかは自分で決めなさい、ここで腐るのも、敵討ちをするのも君の自由です」

 そう言い残してアズラエルはその場から立ち去り、キースがその後を追って声をかけた。

「おい、どういうつもりだ。まさかまた子供を巻き込むつもりか?」
「使える物は使うだけです。それに嘘は言っていませんよ、彼にはやれるだけの力があります」
「それはそうだろうが、あんな言い方をしなくても良いだろ」
「傷はばっさりと切ったほうが治りが早いですよ。うじうじしてるより、辛くても前を見て進むべきです。違いますか?」

 アズラエルの問いにキースは渋々頷いた。確かにその通りなのだ、どんなに辛くても、人間は生きていかなくてはいけないのだから。
 そんなことを話しながら歩いてると、パーティー会場のほうから料理の皿を持ったステラが歩いてきて周囲をきょろきょろと見回しているのが見えた。何をしているのかとキースが声をかけると、ステラはシンを探していると答えてきた。それを利いたキースはシンが向こうに居ると教えてやり、ステラが喜んでそっちへと行くのを見送った。

「……まっ、1人じゃないってのは良い事さ。誰かが居れば人は立ち上がれる」
「そうですね、それは同感です」

 キースの言葉に苦笑を交えて頷いたアズラエルは足を止めると、少し真面目な顔でキースに違う話を切り出した。

「キース、実は私はカガリさんとフレイさんに頼まれて強化人間の治療法を研究させています。そしてそれに実現の可能性が見えてきました」
「……あの2人がそんなことを?」
「ええ、金は出すから何とかしてくれと頼まれましてね。全くお人好しな方たちです。ですがそれもまだ完成していませんし、完成しても治療には長い時間が必要です。そのためには戦争を早く終わらせる必要があります。長引けば治療の前に廃人ですから」

 戦争が終われば難民を国に帰してやれる、世界を復興に向かわせる事も出来る、そしてステラたちも助かるかもしれない。アズラエルはそう言い、シンが居た方をみた。

「だから、今は戦って欲しいのですよ。彼が手を貸してくれれば戦争の終結は少しは早まるでしょう。ヴァンガードはザフトのジャスティス、フリーダムへの切り札ですから」
「そうだな、確かにヴァンガードは強かった」
「そして、ブルーコスモスを纏める為に今だけでも貴方にも手を貸して欲しいのですよ。これは貴方にしか出来ない事です」

 そう言って、アズラエルは立ち尽くしているキースを残してパーティー会場へと戻っていってしまった。残されたキースはまだ困った顔をしていたが、ほうっとため息を漏らすとどうしたものかと右手で頭を掻いた。

「艦長には先に言っておかんといかんだろうな」

 ナタルが怒ったらどうなるのかなあと、マリューを怒らせた時のフラガやフレイを怒らせた時のキラの運命を考えたキースは、やはり何も言わずに出て行って怒らせるよりは先に行って謝った方がいいと考えた。まあナタルはあの2人のように暴行はしてこないと思うが、とりあえず今夜にでも話すことに決めてパーティー会場へと戻っていった。まだ酒は残っているだろうから。




後書き

ジム改 今日は無礼講だ。
カガリ 仕事してるのは私たちだけか!?
ジム改 だってクリスマスだもの。
カガリ 私も、私も遊ばせろお!
ジム改 政治家がこのくそ忙しい時に遊んでるんじゃないよ。
カガリ 有事の政治家ほど割りにあわねえ職業は無いぞ。
ジム改 自分で選んだ道だ、茨だらけでも真っ直ぐ進め。
カガリ 舗装された道路をパレード付きで進めない?
ジム改 戦争を終結に導ければ可能だと思う。
カガリ よし、とりあえずユウナとミナをこき使って連合内の主導権を握ろう!
ジム改 ……まあいいか。それでは次回、アスランを蝕む苦悩、キラはマルキオの説得を受ける。そしてフレイは友人たちと共に温泉に向かう、それを知った馬鹿どもが勇者となって動きだすが、そこはまさに要塞であった。次回「パーティーナイト」でお会いしましょう。
キラ  見せてあげるよ、最高のコーディネイターの実力を!
カガリ 何で急に張り切ってるんだよ!?

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