第145章  新たなる力


 

 1月中旬、ドミニオンとパワーが出港して2週間ほどしてからアークエンジェルもオーブを離れる事となった。アークエンジェルは一足先に宇宙に上がり、第8任務部隊主力と合流する事になったのだ。
 オーブで受けた損傷の修理に一ヶ月ほどかかった為に別行動となったのだが、この際にアークエンジェルは核動力MSを運用する為の若干の改装を受け、原子炉などの整備を別とすれば核動力MSを運用するのに十分な新規設備を導入している。これは同時に、アークエンジェルが連合の核動力MS、カタストロフィ・シリーズの母艦として運用される事を意味してもいる。今後は姉妹艦にも同様の改装が施されるだろうが、暫くの間はアークエンジェルが連合で唯一の核動力MS運用艦として使われることになるだろう。
 アークエンジェルの艦載機もまた一新された。艦載機には唯一残っていたヴァンガードに加わって新たにアルフレットのクライシスとフレイのウィンダムが追加され、更にストライクを大破喪失したトールの為にウィンダムが1機送られてきている。流石にトールにクライシスは支給されなかったようだ。
 そしてモルゲンレーテの工場からクローカーの手によって損傷を修復する過程で大幅な改装を施されたフリーダムが加わる。これは新たにアズラエル財団の支援を受けて幾つかの新技術を取り込んだ機体で、フリーダムにカタストロフィの技術を移植したキメラのようなMSと化した。
 MSとしてはフリーダムと言うよりもカタストロフィ・シリーズの1つと言った方がしっくりくる機体となり、外見はフリーダムでも中身は殆ど連合製になってしまったこの機体に、クローカーは自分が手がけた4番目のMSという意味でデルタ・フリーダムという名を送っている。最初はジン、そしてオリオン、オーブの時期主力可変MSムラサメと手がけた彼女にとって、フリーダムは改修とはいえすでにその大部分は彼女の手でオーブ製部品に替えられており、もうオーブMSと呼んで差し支えない状態にある。すでにこのフリーダムはクローカーにとって自分の関わった機体という位置付けにいたのだ。
 アズラエル財団から提供された技術を加えられたフリーダムは光波防御シールドを装備し、装甲はオーブ製の新型PS装甲に張り直されて強化されている。武装は2つ折り式のレールガンが排除され、固定砲はイーゲルシュテルンを除けばプラズマ砲2門に減らされている。機体バランスも見直され、バックパックの改造も含む大改修によって機動性と操縦性を改善した。
 そして最大の変化は手持ち武装の強化だろう。それまで装備していたビームライフルとは比較にならない破壊力を有する新型ビームキャノン、エグゾスター粒子ビーム砲の採用だろう。重金属粒子を低速で発射するこの砲は極めて高い破壊力を有し、その威力はビームライフルより大きいという程度でありながらアグニ級という凄まじさである。欠点は質量を持つ金属粒子を加速して撃ちだすために強烈な反動があることで、機体バランスの見直しによる強度の向上と反動を逃がす工夫が図られている。
 MS用火砲としてはザフトのアーバレストと並ぶ凶悪な物だと言えるこのエグゾスターであるが、現在のところ運用出来るのはカタストロフィ・シリーズとデルタフリーダムくらいとなっている。現状ではまだ試作品であり、量産機でも使えるようにするには更なる改良が必要だろう。

 このエグゾスター粒子ビーム砲の採用によって火力を改造前より向上させたフリーダムはより強力な砲撃能力を有するMSとなったが、機体の基本性能も向上したのでジャスティスともどうにか戦えるだろう、という程度の接近戦能力を持つようになった。アークエンジェルに搬入されてきたフリーダムを見たマードックはオーブに来る前と外見的にはそれほど変化していないフリーダムに少々落胆したが、同行してきたクローカーに手渡されたファイルに目を通した事でその印象を吹き飛ばされてしまった。外見はそれほど変化していなくとも中身は別物だと分かったからだ。

「よくもまあこんなMSを作れましたね」
「フレームはフリーダムを流用しましたから。後はカタストロフィ・シリーズに予定されていた装備を組み込んで機体設計を見直したくらいです」
「これで、坊主もますます強くなりますかねえ」
「どうかしら、操縦性も改善したつもりだけど、機体の性能向上に付いていけたかどうか。これまでのキラ君じゃ逆に振り回されるかも」

 デルタフリーダムはキラが乗ることを前提に改造された為に兵器としては欠陥品とレッテルを貼られても仕方が無いような機体バランスをしている。ヴァンガードほどではないが、パイロットの事を無視したMSとなっているのだ。キラの反応速度や身体強度を前提に作られている為、他の扱えるパイロットがいない。使えるとしたらユーレクなどの特殊な人間だけだろう。




 そしてアークエンジェルに帰ってきたフレイは久しぶりのアークエンジェルの艦内にはしゃいでいた。なんだかんだと色々問題にぶつかった艦だが、やはり帰ってくると懐かしいと感じてしまうのだ。
 だが、一緒にやってきたキラの様子は何処かおかしかった。体つきは大分がっしりしていて鍛えられたという感じがするのだが、酷く憔悴していて目が空ろになっているのだ。一体何があったのかと驚いている昔馴染みたちの顔を見たフレイは引き攣った笑顔で返し、フラフラしているキラの手を引いてさっさと居住ブロックの方に荷物を置きに行ってしまった。この時ちゃんと説明しなかった事が災いし、キラは尻に敷かれたのかとか、実は夜の相手で精魂尽き果てたんじゃとかの様々な憶測が飛び交う事になる。
 真相はソアラの手によるキラへの特訓と称した私的制裁の結果であった。フィジカル面に不安が有るといって彼女はキラをボコボコにしたのだが、それはアルフレットの特訓も重なったキラの心身を著しくすり減らしてしまい、とうとう廃人寸前にまで追い込まれてしまったのだ。まあおかげでそこそこ強くはなったのが救いだろうか。素手戦闘も多少は出来るようになったというソアラの答えにフレイはどう答えた物かと暫し悩んだという。
 そしてシンも正式にアークエンジェルに配属された。一応パイロットということでオーブ軍三尉待遇、大西洋連邦では少尉として扱われる事になるシンだったが、彼は士官待遇という扱いに戸惑い、アークエンジェルのクルーたちに笑いを提供する事になる。丁度軍に志願したばかりのキラがこんな感じだったからだ。
 しかし、シンの志願はキラとフレイにとって驚きであった。国で家族と一緒にこれからの生活を作り上げなくてはいけない彼がどうして軍に入ったのかと2人が聞くと、シンは父親の復讐もあるが、この戦争を終わらせたいからだと答えている。

「アズラエルとかいうおっさんが言ってたんだ、この戦争が終わればステラを助けられるかもしれないって。ステラは強化人間だから長生きできないってキースさんが言ってたけど、治療法を研究してるって」
「アズラエルさん、本気で研究してくれてたんだ」

 強化人間の治療法の研究を頼んだのは他ならぬフレイ自身であったが、その完成はもっとずっと先の事だと思っていた。だが、シンの話からするともうそれはある程度の成果を上げているようだ。アズラエルは自分が思っていた以上に色々と頑張ってくれたらしい。
 そして、同時にフレイはシンの志願理由にくすぐったい様な物を感じていた。キラと同じように、シンもまた気になっている女の子を守る為に戦場に身を投げ出そうとしているのだから。あの時は自分がキラを嵌めたのだが、シンは多分自分でも気付いていないだろうがステラに惚れているのだろう。


 出撃直前になってカガリはアークエンジェルにやってきた。仕事の合間を縫ってきたようで服装は正装で、カガリのイメージには余り合わない豪奢な服に出迎えたクルーたちが目を丸くしている。勿論それで済ませておけば何も起きないのだが、1人だけはっきりと声に出して大笑いしだした思慮の浅い少年がいた。彼がこの後どうなったかは言うまでもあるまい。
 カガリはマリューたちに挨拶をし、これからの無事を願うを伝えた後、自分が送り出したキラとフレイの前に来た。

「……すまない、オーブの国益の為に、お前たちをまた戦場に送らなくちゃいけなくなった」
「謝らないでよ、カガリは代表なんだからさ」

 カガリは指導者で自分たちに命令をする立場なのだ。キラもこれまでの戦いで人にはそれぞれの役割があるという事を理解していたので、カガリが自分たちに戦えと命令した事に怒ってはいない。自分たちはオーブ軍人で、カガリは自分たちに命令する人間なのだから。カガリが好き好んで自分たちを戦場に送った訳ではない事も分かっている。
 キラにそう言ってもらったカガリは一瞬だけ泣きそうに顔を歪めると、キラとフレイの肩に両腕を回して力を込めて抱き寄せた。それに2人が驚くが、身を離そうとするより速くカガリが2人に自分の決意を伝えてきた。

「私は私の戦いをする、国内を纏めて必ずオーブ軍を立て直してお前たちに続くからな」
「カガリ……」
「だから、私が行くまで絶対に死ぬなよ。何があってもだ。私はお前らの遺影を見るつもりは無いからな」
「全く、こんな時まで我侭言わないでよ、カガリ」

 戦場に送り出しておいて死ぬなとは、随分と無茶を言うものだ。だがそれは気持ちのいい我侭であり、友人に対してなら言っても許される物だろう。彼女が死んで来いと送り出すはずが無いのだから。
 キラとフレイから離れたカガリは2人に敬礼をし、祭後にもう一度出迎えてくれた幹部クルーに敬礼をしてアークエンジェルから降りていった。そのタラップの先ではヘンリーが待っており、アークエンジェルから出てきたカガリに右手を上げて挨拶してくる。それを見たカガリはこんな所で何をしているのかと聞いた。

「いえね、ちょっとキラ君に頼まれ事をされまして」
「頼まれ事?」
「ええ、ラウ・ル・クルーゼを調べて欲しいと。一体何があるんでしょうね」
「クルーゼ、あの仮面の男クルーゼを、何で?」
「さあ、その辺は彼も知らないようでした。ただ、いずれ自分の前に敵として必ず現れる男だと教えられた、と言っていましたよ。彼の正体を考えれば中々に興味深い話ですよ」

 クルーゼの背後には何があるのだろうか、それをヘンリーは知りたくなっていた。彼の持つ好奇心が久しぶりの刺激に打ち震え、興味津々という状態になっているのだ。
 それにはカガリも興味を引かれたが、それは自分の仕事ではない。今はヘンリーに任せるべきだと考えてそれ以上は聞かなかった。そしてヘンリーはカガリに1つ質問をしてきた。

「カガリさん、オーブ代表である貴女に、今後の方針を聞きたいのですが。貴女はオーブをどういう方向に導くのですか?」
「……あんたの質問は何時も唐突だな。あの島でもそうだったが」
「言ったでしょう、いずれまた質問をすると。貴女はどうするつもりです?」

 ヘンリーの問い掛け、それはカガリの考えを聞く物であった。彼の問いにはカガリは自分の言葉で自分の考えを返さなくてはいけない。ヘンリーが求めているのはそういうものだからだ。

「私は、オーブの理念を捨てたつもりは無い。今後もオーブは自国の理念を継承していくつもりだ」
「つまり、あくまでも戦争を否定し続けると」
「私も戦争を賛美する事はしないさ、その点ではお父様を今でも尊敬している。でも、私はお父様とは違う。オーブの理念は理想だが、念仏みたいに平和を唱えても世界は平和にならないって事はオーブが攻められた事で実証されたからな」

 平和を唱えるだけの念仏平和主義では世界は何も変わらない。いや、むしろそれは国を危険に晒すだけの害悪でしかない。何故なら自分が平和を唱えて理念を崇めていても、他国がそれを考慮する謂れは無いからだ。
 ウズミはそれを理解していながらも理念に盲従し、その結果として国を滅ぼしてしまった。オーブだけが理念を守っていても何の意味も無かったのだ。だからカガリは、オーブの理念を尊重しつつ、世界の中でそれに意味を持たせる手法を選んだ。それが地球連合の中のオーブという立場だ。

「今後、オーブは地球連合の中で穏健派の国として動く。この戦争が破滅的な未来に向かわないよう、オーブが連合で強硬な国に待ったをかける国になるんだ。それが私なりのオーブの理念に対する考えだ」

 オーブだけが頑迷に理念を守っても世界がそれに配慮する事は無い。ウズミのようにオーブの中だけで平和を唱えていても誰も聞いてはくれず、むしろ他所からの侵略を招くだけの愚挙となる。ならばどうすれば良いのか、その命題に対するカガリなりの答えがこれだった。
世界の中に入ってオーブの主張を唱えるというカガリのやり方はウズミとはまるで違う物だといえるだろうが、軍事力の行使も視野に入れている点で本来のオーブの理念には反しているかもしれない。
だが、このカガリの回答はヘンリーを頷かせる物だった。彼は別にカガリに画期的な回答を期待していた訳ではない、16歳の少女にそれを求めるのは酷というものだからだ。だから彼がカガリに求めたのは、カガリ自身の考えであった。それを出せるかどうかで今後の評価が決まると考えていたのだが、彼女は自分が思っていた以上に急激な成長を遂げていたらしい。

「驚きました、あの時別荘で私にお父様がどうこうと言った子供とは思えない言葉です」
「目の前で国が焼かれて、大勢の国民を死なせたんだ。流石に考えが変わったさ」
「……それで変われる人間がどれだけ少ないか。世の中には経験からさえ学ばない人間の方が圧倒的に多いんですよ」
「あんたの哲学なんてどうでも良いさ、私が今欲しいのは金と物資と人だからな。国を立て直したくても先立つ物が無いから頭が痛い」

 ヘンリーの賛辞に自分の苦境を漏らしてため息をつくカガリ。今頃首長府ではユウナが積もりに積もった各地の被害報告書に目を通して頭を抱えているに違いあるまい。そしてそれを聞いたヘンリーは、カガリに1つの提案をしてきた。

「カガリ・ユラ・アスハ、どうです、オーブに私の会社を誘致しませんか?」
「スチュワートを?」
「ええ、その見返りとして、オーブに資金援助を行いましょう。会社もオーブで人を集める事になります。今のオーブにとって悪い話ではないでしょう?」

 ヘンリーの申し出に、カガリは即答はしなかった。資金援助というのは今のオーブにとっては喉から手が出るほど欲しい物であるが、だからといってスチュワート財団を受け入れるというのは軽々しく決めていいものではない。一応ミナとユウナに相談してから答えると返事を返し、ヘンリーもそれに頷いた。
 その時、軍港から轟音が聞こえてきた。アークエンジェルが出港していったのだ。振り返ってそれを見送ったカガリは出航していくアークエンジェルの姿を頼もしそうに見上げ、そして小さく呟いた。

「終戦への戦いが、これから始まるな。終わらせる為の戦いだ」
「アークエンジェルはパナマから宇宙に上がりますが、オーブ軍も動くつもりですか?」「今は無理だが、いずれな。カグヤも再建しなくちゃいけないし、やることが山積みで頭が痛いよ」
「ははは、まあその辺は私とアズラエルで資金を集めましょう。何、オーブはこのまま行けば戦勝国の一員ですから、戦後はそれなりの恩恵にあずかれます」
「戦勝国ねえ……」

 この国土の惨状を見てはそんな事言われてもピンとはこない。第一まだ戦争に勝った訳ではないのだ。いずれ戦争の勝利したら利権配分などが行われるのだろうが、その時オーブはどれだけの分け前を貰えるのだろう。せめて国土を再建できるくらいの代価は得たい物であるが。

「ほんと、頭痛いなあ」

 


 
 オーストラリアのカーペンタリア基地では往還シャトルが集められて脱出の準備が進められていた。この基地にはマスドライバーが無く、大洋州連合のマスドライバー基地は遥か南方だ。大洋州連合の動きが不穏な現状では下手に頼る事が出来ず、宇宙往還機で人員だけでも脱出しようと考えている。
 ただ、往還シャトルだけでは一度に全員を上げる事は不可能であり、その辺りをどうするかが問題となっている。
 そして、それと同時に彼らは自分たちをここまで追い込んでくれた敵、ナチュラル以上に憎悪の対象となっているコーディネイターの裏切り者、アルビム連合の代表スフィアであるアルビムのアーモニアに対する復讐を目論んでいた。
 これまで幾度アルビム連合によって大きな犠牲を払い、作戦を妨害されてきたか。同じコーディネイターでありながら自分たちに武器を向けてきたあの裏切り者たちに一撃くれてやら無くては気がすまない。それがカーペンタリアに集結したザフトの結論であった。

「カーペンタリアに集結している潜水母艦と水中用MSを投入するのだ。どうせ宇宙には持っていけん。ここが祭後と使い切る覚悟で挑もうではないか!」

 アーモニアに対する攻撃を主張するのはモラシム隊長だ。現在のカーペンタリアでは最高の指揮官と呼べる海のエースであり、これまでの戦いで多くの戦果を上げてきた頼れる男だ。兵士たちも彼の言う事には従い、消極的な指導部に対して兵士たちは攻撃すべしという意見が大勢を占めていた。
 この将兵からの突き上げに抗しきれず、カーペンタリアの司令部は渋々潜水艦隊の出撃を許可する事になり、潜水艦隊は余力の大半を費やしてアーモニア攻略作戦を準備する事になる。だがそれはカーペンタリアにとって破滅の足音が聞こえてきた瞬間であった。




 この時ポートモレスビー基地には大西洋連邦、赤道連合、極東連合の3ヶ国連合艦隊が集結していた。一度はアスランに壊滅させられたポートモレスビー基地であったが、再建されて連合軍の主要基地として機能するようになっている。MSの配備数も増え、カーペンタリアへの航空攻撃の拠点として現在は活用されていたのだ。
 ここに更にドミニオンとパワーが加わり、ポートモレスビー基地の戦力はカーペンタリア基地を攻略するには過剰といえるほどの物となっている。数々のエースパイロットを欠いている両艦ではあったが、それでもアークエンジェル級戦艦の戦闘力は破格のものだと言えるのだ。
 しかし、ポートモレスビーに降り立ったナタルはその陣容に違和感を感じていた。確かに圧倒的な大軍であるが、何故ここに東アジア共和国軍が居ないのだ。陣容の分厚さを考えれば地球連合の3大大国である東アジア軍の姿が無いのはおかしいだろうに。

「どういう事だ、東アジアの艦が1隻も無い、東アジアの兵も1人もいない。何故です?」
「……彼らは先のカオシュン攻略戦で連合軍に対して意図的なサボタージュを行っていた。今回もその類かも知れんな」

 ロディガンはナタルの問いに少しだけ不愉快そうに答えた。東アジア共和国のここ最近の動きは明らかにおかしく、意図的に大西洋連邦の足を引っ張ろうとしているとしか思えないのだ。そして大西洋連邦やユーラシア連合の情報部は、東アジア共和国の背信の証拠を手にしており、両国の政府は東アジア共和国の今後の動きを警戒していた。地球上で3番目の大国であるだけに厄介な相手であり、もし今敵に回せばこの戦争の遂行に支障が出かねない。
 現在では極東連合と赤道連合、ユーラシア連邦が包囲する形で東アジア共和国の動きを監視していて、何か行動を起こせば即座に叩き潰す準備だけはされている。だが出来れば東アジア共和国の始末はプラントとの戦争が終わった後にしたいというのが各国の本音であった。
 そして間抜けな事に、東アジア共和国は自らの張り巡らした暴力に足をすくわれようとしていたのである。ラクス軍に艦隊を送っている東アジア共和国であるが、同時にプラントとも内通しているのだ。もしラクス軍と通じていた事がプラントに発覚すればプラントは激怒して東アジアとの関係を切ってしまうだろう。そなればこれまでの謀略が全て無に帰し、ただ連合諸国の不信と怒りを買っただけという結果に終わるのだ。




 そして東アジア共和国とは別の意味で追い詰められている勢力もあった。ジブリールを中心とするブルーコスモス強硬派の過激派グループである。彼らはこれまでそれなりの勢力を誇っていたのだが、アズラエルの飴と鞭を使い分けた懐柔によって少しずつ切り崩されており、更に厄介な事にブルーコスモスから姿を消していたはずの穏健派グループのリーダーの1人であったナハトがアズラエルの求めに応じて復帰してしまったのだ。
 ナハトはそれまで主張がばらばらで統一に欠けていたブルーコスモス穏健派のリーダーたちの間を駆け回り、その主張を取り纏めて回ったのである。特に昔は一緒に仕事をしていたマーガレット・ブリストルはナハトの復帰を歓迎してくれて、穏健派の説得を手伝ってくれたりした。
 そして穏健派グループのリーダーとも言えるルフト氏の介入も取り付けることで、彼は短期間で穏健派の意見を纏め上げて見せた。この調整能力の高さが数年前の抗争時代にアズラエルから一目置かれたナハトの凄さである。穏健派の若手グループを若輩ながらも纏め上げて強硬派に対抗する勢力を作り上げた手腕はいまだ衰えていなかったのだ。



 しかし、ジブリールの動きを押さえ込むのには賛成していたナハトことキースであったが、ジブリールの反撃を心配していた。あの気の長くない男が激発して一矢報いてくる可能性を否定できなかったのだ。

「アズラエル、どっかでジブリールの顔を立てておかないと不味くないか?」
「貴方が気にする事じゃありませんよ、それを何とかするのが僕の仕事です。心配しなくてもジブリール君の力ではアズラエル財団は小揺るぎもしません」
「自信満々だな、その自信が油断にならないことを祈るよ」
「相変わらず心配性ですねえ、貴方は。まっ、これ以上邪魔をするなら彼にはこの世から退場してもらうだけですよ」

 キースの心配をアズラエルは笑い飛ばした。こちらが本気を出した以上、ジブリールに出来る事は何も無い。ロゴス全体を相手にするにはジブリール家は余りにも小さな存在なのだ。
 だが、ジブリールは黙ってやられっ放しになっているような男ではなかった。アズラエルはジブリールのコーディネイターに対する憎悪の深さを見誤っていたのだ。



 穏健派が歩調をあわせてアズラエルと共に動き出すとなると、それまで日和見を決め込んでいた中道派も其方に流れる事になる。こうして大勢を纏め上げたアズラエルはジブリールの動きを押さえ込んできたのだ。すでにブルーコスモス外でもアズラエルはロゴスを動かし、ジブリール家の経済活動の封じ込めに入っているのだ。経済的に追い込まれたジブリールは資金繰りに苦しむようになり、更にブルーコスモス内での圧力もあって完全にその動きを押さえ込まれてしまった。
 この現状はジブリールを激怒させる物であったが、彼にはアズラエルを排除する力は無かった。アズラエル財団はスチュワート財団と最近になって力を合わせる様になっており、両財団が手を組んだ力は桁はずれた物となる。アズラエル財団にも勝てないジブリール家では話にもならないだろう。

「ええい、アズラエルの裏切り者が。金で寝返りおったな!」

 ジブリールはアズラエルの変節に激怒したが、もうどうにもならなかったこのままでは経済活動そのものをストップされかねず、そうなればジブリール家そのものが終わってしまう。そうなれば笑うのはアズラエルなのだ。だから彼はアズラエルの勧告に従って表面的には大人しくしていたが、裏では資金を手に入れる為に武器の密輸などを行っていた。とりわけ大きな取引は彼が少し前から取引するようになったザルクという武装組織に対するMSと強化人間の売却で、アズラエルの手が及ばない部分で大金を手にする事が出来た。
 ザルクはジブリールにプラントや連合諸国の動きを情報としてジブリールに売りつけてくるようになり、ジブリールはその情報を買って各地で反コーディネイター活動の拡大を行ってきた。大洋州連合やアフリカでジブリールの工作が短期間で成果を上げたのもザルクから入手した情報によって効果的な工作が行えたからだった。
 この見返りに彼は武器などをザルクに売却しており、強化人間関連の技術なども引き渡している。中にはプラントがまだ持たない高度な物も含まれており、アズラエルでなくとも笑ってはすまさないであろう事を彼はしていた。





 地球でも最後の時が迫る中、プラントからはクルーゼの艦隊が出撃していた。陣容はエターナル改級戦艦2隻にナスカ級高速艦5隻、ローラシア級MS運用艦10隻、駆逐艦8隻、補給艦4隻という大部隊である。今のザフトとしてはかなりの大軍であり、それだけのこの艦隊の任務の重要性が周囲の注目を集めている。
 艦隊旗艦はエターナル改級のカリオペで、艦載機にはジャスティス4機にフリーダム2機、試作ザク2機にザクウォーリア4機という新型に、ゲイツとゲイツRが90機、ジンHMが24機という充実した編成を持っている。更に今回エターナル改級には特別にミーティア2機とヴェルヌ開発局が開発したミーティアの量産試作型、ヴェルヌが2機配備されていた。これはクルーゼが実戦でテストをする役目も与えられたということをあらわしている。
 これらの最新装備を与えられた自分の艦隊を見て、流石のクルーゼも苦笑を隠せなかった。

「やれやれ、私にこれだけの戦力を預けるとはな。議長は私を信頼してくれているようだ」
「人を見る目のない議長、ですね」
「その通りだな、パトリック・ザラなどは信頼はしても信用はしなかったのだが」

 幾ら味方が少ないとはいえ、他人を信用しすぎるTOPというのは困り者だ。世の中には自分のような悪人が居るというのに、もしそんな相手だったら取り返しがつかないだろうに。
 
「まあ良いさ、とりあえずはラクス・クラインを確実に始末する事だ。その後にプラント内のラクス派を一掃する。暫くは急がしいぞアンテラ」
「はい、承知しております。ですが、シーゲル前議長はどうなさるのです。未だに司法局に拘束したままですが?」
「放っておけ、もう何も出来はせん。下手に殺せば説明が面倒になるし、このまま拘束して閉じ込めておけば良い」
「分かりました、そうしておきます。後、1つ気になることが」
「何かね?」
「どうやらラクス・クラインがカガリ・ユラ・アスハと話し合いの場を持ったようです。交渉は決裂したそうですが、あのウズミ・ナラ・アスハの跡継ぎとなりますと、ラクス・クラインに何らかの援助をする可能性を否定できません」
「出所は……ターミナルか」

 ラクスとカガリの接触、それはクルーゼにとっても愉快な事ではなかった。クルーゼはウズミの跡を継いだカガリを、もしかしたらウズミ以上に厄介な相手ではないのかと警戒していたので、そのカガリが強烈なカリスマを持つラクスと共闘するような事があれば不確定要素が拡大する事になる。それは避けたいと思っていた。
 ターミナルは世界中に網の目のように張り巡らされた情報網を持っていて、今回もその網にかかった物らしい。ザルクもターミナルと関係を持っており、その情報を利用できていたのだ。勿論ターミナルも万能ではなく、彼らにも掴めない情報は幾らでも存在するが。
 
「厄介な事が起きる前に、ラクス・クラインを潰すべきか」
「それが良いかと思います。ただでさえ予定が狂っているのですから」

 人類を破滅させる為に様々な手を打っているクルーゼであったが、今ではその計画は粉微塵と言っいいほどに砕かれてしまっている。それまでは順調に進んでいたのに、何時の間にか事態は自分の手を離れてしまったのだ。どうにかレールに戻す事は出来たが、それは幸運の産物でしかない。
 何かが自分の邪魔をしている。そのことにクルーゼは気付いていたが、何が邪魔しているのかは分からなかった。それこそ神のような超自然的な存在が自分の動きを快く思っていないのではないか、という下らない想像さえ浮かんでくる有様なのだから。

「ところで、あの男はどうなさるのです?」
「ユーレクの事かね、あれは好きにさせておけば良い」
「ですが、彼もイレギュラーには違いありません。あの力は強大すぎます」

 ユーレクの力はアンテラですら脅威に感じるほどに凄まじい。戦闘用コーディネイターとして作られたガザートたちでも勝ち目があるとは思えない相手だ。ガザートより強い自分でも真っ向から殺り合えば勝てる自信は無い。

「最高のコーディネイターに対する対抗策、調整体の中でも最高の力を与えられた完成品、あんな化け物を懐に抱えるのは良い気はしません」
「では、彼を放逐して敵になったらどうするのかね。彼は最高のコーディネイターを狙うという以外にはこれといった目的も主義も持たない戦闘狂だ。ザフトから抜ければ連合に付くぞ」
「それは……」
「そうさせない為にも、味方に置いておいた方がいいのだ。手元においておけば監視も出来るしな」

 ユーレクは手元においておいても危険な男であるが、目の届かないところに置くのは危険すぎる男だ。もし何らかの間違いで敵に回ったりしたら目も当てられない。オーブ攻略戦ではユーレクはオーブ側に付き、ザフトに多大な犠牲を支払わせた。何しろ特務隊が総がかりでいって返り討ちにあってしまったほどなのだから。むしろ総がかりでユーレクを止めて見せた彼らを褒めるべきだとクルーゼは思っているほどだ。

「では、行くとするか。目指すはメンデルだ」
「背徳の地でラクス・クラインに引導を渡す、ですか。これも運命の悪戯ですか?」
「違うな、運命ではなく、用意された過程の1つだよ」

 アンテラの問いにクルーゼは薄く笑って答え、艦橋に戻っていった。予定通りなら数日後にはメンデルに到着し、ラクス・クラインを始末できる事になる。そうすればますます全ては予定通りに進む事になり、世界は破滅へと邁進する事になるのだ。
 そして、彼はそろそろ準備していた火種が発火する頃だと思い出して口元を歪めてしまった。

「できれば、予定通りになって欲しいものだな」




「クルーゼが出撃したか。何処に向かうつもりなのか」

 艦隊司令部のオフィスから外を見ていたウィリアムスが席に戻り、客人2人に視線を向けた。

「それで、一体何の用かね。他に聞かれたくない話とは穏やかではないが?」

 ウィリアムスの前に現れたのは2人の軍人で、いずれもウィリアムスと面識がある人物だ。だが自分にこんな妙な相談を持ちかけてくるほど親密でもない筈なのだが、一体どんな用なのだろうか。
 ウィリアムスに促された2人の黒服の軍人は、ウィリアムスに妙な事を聞いてきた。

「提督、提督は現在のプラントについて、どう思いますか?」
「どういうことかね?」
「このままではプラントは滅ぼされてしまう、我々はそう思っているのです」

 2人の話はウィリアムスの機嫌を急激に悪化させる類の物であった。彼らはこのままではプラントは破滅すると考え、軍事力で政権転覆を目論んでいたのだ。その為の組織はすでに存在しており、ウィリアムスにも協力して欲しいと持ちかけてきたのである。
 この話を聞いたウィリアムスは腕組みをして少し考え込んだ後、彼らにどういう組織なのかを聞いた。

「私に話を持ってくるということは、それなりに準備が進んでいるのだろうな。一体何者だ、こんな事を考えたのは?」
「我々は、ラクス様に従う者です」
「……なるほど、ラクス・クラインか」

 今プラントを騒がせているあの歌姫が組織したテログループだったかと納得して頷いたウィリアムスは、2人を見据えて怒りを込めて怒鳴りつけた。

「戯けた事を言うな、ザフトの将は反逆などせんっ!」
「ウィリアムス提督、それでは貴方はプラントがどうなっても良いと!?」
「この窮状を作り上げたのは誰だ。ラクス・クラインがザラ議長を暗殺などしなければ、我々はここまで追い込まれてなどおらん! さっさと出て行け、それとも自分の足で出て行くのは嫌か!?」

 これ以上私の前に居るのなら衛兵を呼んで連行するぞと言い放ち、2人はウィリアムスの迫力に圧倒されて飛び出すようにして部屋から逃げ出してしまった。2人が出て行ったのを見送ったウィリアムスはまだ憤懣収まらぬ様子であったが、2人のことを通報しようとはしなかった。彼らの言い分も全く理解できぬ訳ではなく、プラントを思う気持ちは本物であったのだろう。
 だが、ウィリアムスにはクーデターという手段は選べなかった。彼はプラントを愛していたが、それと同じくらい軍人としての良識も持ち合わせていたのだ。





 そして、地球でももう1つの火種が発火しようとしていた。大西洋連邦に併合された南米には大西洋連邦に不満を持つ者が多く、彼らは決起して独立しようと目論んでいたのだ。その中には相当数の大西洋連邦の部隊が含まれており、装備はそれなりの物を持っている。そしてそんな独立派のリーダー格は、ある意味意外な男であった。

「それじゃそろそろ行くか。最初の目標はサンタフェデボルカ、か」

 かつて連合でエースの1人と言われた男、切り裂きエド、それが南米の独立派の象徴であった。そして彼を支援しているのが南米に未だに展開し続けているザフトである。ブエノスアイレスに拠点を置くザフトは南米の独立派と手を組み、終戦の暁には南米の独立を彼らに約束する事で味方に引き込んだのだ。
 ザフトの支援を受けた南米独立派は戦力を著しく強化していた。どうやらジャンク屋の支援もあったようで連合製、ザフト製のMSをかなり溜め込んでいる。その中にはジャンク屋製のMS、レイスタまでが含まれている。
 そしてエドと共に中米に向けて動き出そうとする部隊の中にはエドの他にもザフトの試作ザクを駆るコートニー・ヒエロニムスなどのザフトのベテランたちが見受けられる。またここには居ないが、白鯨と呼ばれるジェーン・ヒューストンも沿岸から中米を目指しているはずだ。
 だが、このザフト部隊は別に本国の命令があったからエドに手を貸しているわけでもない。すでに制海権と制空権をなくしている彼らにとって、これがパナマ宇宙港を奪取できる最後のチャンスなのだ。宇宙に脱出する為には宇宙港が必要で、そうなればパナマを手にするしかないのだ。
 こうしてザフトの南米侵攻軍と南米独立派が手を組んだ、南米独立戦争の狼煙が南米各地で一斉に上がり、地上にまた新たな戦火が生まれてしまった。エドがパナマを攻略する事が出来れば陸路での侵攻は困難となり、南米独立派は戦い易くなる。だからこそエドはザフトの思惑に乗ってパナマを目指したのである。


 だが、もし彼がクルーゼの手の平の上で躍らされていると知ったら、彼はどういう反応をしただろうか。今回のザフトの支援の裏には、クルーゼの入れ知恵を受けたエザリアの命令があったのだから。




後書き

ジム改 南米独立戦争も開始、ラクスとクルーゼの対決も目前だ。
カガリ 南米のザフトって、まだ残ってたんだな。
ジム改 主戦場じゃなかったからねえ。お互い小競り合いばっかりだったし。
カガリ 孤立したまま本国からも見捨てられてたのか。このまま何も無ければ終戦だったかもな。
ジム改 そしてクルーゼもラクスとの直接対決だ。生き残るのは果たしてどっちか。
カガリ ミーティアがある時点でクルーゼの勝ちだろ?
ジム改 残念だがあれは防御が紙だから当たると脆いぞ。
カガリ あれにもバリア張れば良いのにな。
ジム改 まあ張られてもミサイル撃てば当たるんだけどな。
カガリ 何で、誘導できないんじゃなかったか?
ジム改 アークエンジェルとかミーティアのミサイルは追尾して当たってるぞ。
カガリ ……あれ?
ジム改 ミサイルの誘導が出来るんならMSはただの的の筈だが、どうすれば良いのか。
カガリ ま、まあ、その辺は気にするな。
ジム改 そうだな、それでは次回、メンデルに迫るクルーゼ艦隊、ダコスタは迎撃の準備を始めるが、同時に1つの決意を持ってロウに頼み事をする。アークエンジェルはパナマ基地に向かうが、そこには戦火が迫っていた。次回「理想を求めた者たち」でお会いしましょう。

 

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